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TV Tropes

2014年7月20日 (日)

【DAI】Raptr Q&A お気に入りトーク

 ようやく、Raptr Q&Aを読む時間ができたので、お気に入りのQ&Aだけ並べてみましょう。

 1. 残念ながら全部読んだわけでもなく、よって網羅的(exhaustive)でもなく、

 2.重要性の原則に従っているわけでもなく、

 なぜなら、(1)自ら「この質問は重要だ」、「これから重要な質問をする」というやつに限って、ゴミクズのような質問であるし、(2)本当に「重要な質問」であれば、BioWareがこの場で答えるはずがないからだし、そして、(3)私自身がゴミクズにはなりたくないからだ。

 3.ファンまたはBioWareのおっさんたちが愉しそうなものを選んだ。

 2.の(1)が「必ず」ゴミクズであるのは、本来何が重要かは、作り手(この場合BioWare)が予算(99%これと同義だが納期)制約下で選ぶことだったり、または、そもそも努力しても決められないことであるのに、質問者が「自分にはわかっている」と言っている時点で明らかでしょう。

 範囲としては、「ゲームプレイ」のところから読みはじめたので、以下その部分だけやります。気が向いたら「コンパニオン」もやるかも。

 次は、私の目を見開かせてくれたQ&A。 というか、このひとつのQ&Aを読んでいて、私にふいにマザー・メアリーかどちらの方のものかわかりませんが啓示が下りました。そう、"Let it be."と(ちがうやん)。ではなく、「意外に、ブログのネタ転がってんじゃねえの?」という俗物の啓示。

Q: Will all areas be available from the start or will they unlock as we progress along the main quest?
A: Some areas will be unlocked once you have a rational reason to visit them (MD)

Q すべてのエリアはよーいどんの時点で開かれているのか、メイン・クエストの進展にあわせて徐々にアンロック(開放)されるのか?
A いくつかのエリアは、そこに訪れる合理的な理由が生まれたときにアンロックされる。(MD) 

 「オープンワールド」の定義って、少なくともそのひとつはこれだったのですね。その定義の範囲においてDAIはそうではなく、Skyrimはそうであることにようやく気が付いた。 

Q: Will there be a good amount of side missions?  Will organizations like the Blackstone Irregulars, Friends of Red Jenny, The Mages' Collective, and The Chantry Board quests make a return?  Or at least something similar?
A: Yeah, there's a goodly dose of side missions, though we've tried to contextualize most of them to make sense as something the Inquisition would do to either win the hearts of people or otherwise grow the Inquisition's power.
Oh, and Red Jenny.  There will be some Red Jenny. Because I've wanted to answer "who ARE they?" for a while now. (ML)

Q サイド・ミッションは沢山あるのか? ブラックストーン・イレギュラーズ、フレンズ・オヴ・レッド・ジェニー、メイジズ・コレクティヴ、そしてチャントリー・ボード・クエストのように各組織が報酬を用意しているのか? 少なくともそれに似たものか?
A そう、サイド・ミッションはかなりあるが、我々はそのほとんどをインクイジションが民心を掴むためか勢力を増すために活動する文脈の中で関連付けられるように狙った。
 そうそう、レッド・ジェニー。レッド・ジェニーのもいくつかある。「彼ら一体誰なんだ?」と長い間持たれていた疑問に答えたかったからね、(ML) 

(サイド・ミッションがメイン・クエストにほぼほぼ関連づけられている。これは「オープン・エンド」の定義を教えてくれる(つまり、DAIはそうじゃない)。Skyrimでは、あまたのミッションやクエストがゲームの「世界観」だけに紐づけられていて、メイン・クエストとは無関係。そもそもSkyrimのメイン・クエストは、存在はしているものの、ゲームの中に占める割合は小さい。インクイジションがDAIの中に占める割合は、ほぼ全体と同義、となるのでしょう)

Q: Which other Dragon Age game does Inquisition play like?
A: Dragon Age 4 (MD) 

Q インクイジションのプレイは、どのDAゲームに近いのか?
A DA4。(MD)  

(大好きです(笑))

Q: Will there be cake?
A: Iron Bull already ate it. (?)
it is a lie (MD)
TOPICAL!

Q ケーキは出てくるか?
A アイアンブルがもう食べちゃった。(?)
  うそうそ。(MD)
  旬ネタ!(TOPICAL!)

Q: You've talked previously about non-combat based solution to quests. Can we assume that these alternatives still feature in the game?
A: Some quests (?)
 

Q 戦闘以外のクエスト解決策に言及していた。ゲーム内にその趣向は残されているか?
A いくらかは。(?)

Q: To what extent will we be able to customise the Inquisition?
A: Some extent (?)

Q インクイジションのカスタマイズはどのくらいまで可能か?
A いくらかは。(?)

Q: Without spoiling, could you elaborate on the number of endings available and how these will be presented (for example, a slide show like Origins or various cut scenes)?
A: Not without spoiling, no (?)

Q ネタバレなしで、エンディングの数と、どのように示されるのか詳述してもらえるか? (たとえばDAOのスライドショウのようなものか、様々なカットシーンを用いるのか?)
A ネタバレなしでは、無理だ。(?)

 上の三つ、いいっすねえ(笑)。

Q: Does the origin of a dwarf Inquisitor have to be in the deep roads like in Dragon Age: Origins, or can you be a surface dweller?
A: You are a surface dwarf if you are a dwarf in DAI (MD)

Q ドワーフ・インクイジターのオリジンはDAOのようにディープロードか、それとも地表の住民か?
A DAIのドワーフはサーフェス(地表)・ドワーフ。(MD)

(他の質問から読み取ると、ディープロードは舞台に用いられないようにも思われたが・・・)

Q: will we be revisiting orzammar or other dwarven citys
A: No Orzammar in DAI (MD)

Q オーザマーや他のドワーフの都市に訪れるか?
A オーザマーはDAIに登場しない。(MD)
 

Q: Will we see a dwarven settlement, camp or a thaig?
A: ... yes ...  (MD)

Q ドワーフの居住地、キャンプ、あるいはタイグは出てくるか?
A ・・・、出てくる・・・。(MD)

(ディープロードそのものは用いるのでしょうか。あるいは地表ドワーフの居住地を言っているのか。質問者はここまで追及しながら惜しいところでした)

Q: If you get into a fight/battle with friendly npc's around (that aren't your followers) will they come and help you?
A: If they are warriors, then typically, yes. (ML)

Q 戦闘時、付近の(コンパニオンではない)味方NPCは手助けするか?
A 彼らが戦士なら、普通そうするだろう。(ML)

(DA2でも、ほんのちらりと出て来た趣向。特にカークウォールのゲートを警護する衛兵たち。それを定番化したんだろうか)

Q: Hawke is main antagonist ?
A: Umm what? (MD)

Q ホークが敵のボスでしょう?
A んー、えっ? (MD) 

(この手のが、私は大嫌い) 

Q: Will some of the major choices in DA:I be very black and white like the Amaranthine choice where you have to choose one of the other, or will there be ways to have multiple outcomes on major choices if you do just the right things at the right time?
A: Little from column A, little from Column B. (ML)

Q DAIの重要な選択の中には、アマランティンの選択のように黒か白かハッキリわかれるものがあるのか、それとも、プレイヤーが適時に適宜なものを選べば重要な選択はさまざまな帰結を生むことになるのか。
A どちらもある。(ML)

(マイクの回答の意味はレストランのメニューによくある「Aからひとつ、Bからひとつお選びください」を想起すればよい。ことほどさようにマイクの言い回し(colloquialism)はあちらのローカル色がきつい)

Q: Is DA:I "only" going to be in Orlais+Ferelden or all of Thedas? Tevinter, Nevarra, Antiva, Seheron/Par Vollen? And will we get to visit famous locations such as Val Royeaux, Minrathous, Starkhaven, Weisshaupt?
A: Two countries isn't enough for you? (ML)

Q DAIはオーレイとフェラルデンだけが舞台か? テヴィンター、ネヴァラ、アンティヴァ、セヘロン/パー・ヴォレンは? ヴァル・ロヨー、ミンラサウス、スタークヘイヴン、ワイズホプトのような著名な場所に訪れることはないのか?
A 二つじゃ不満かい?(ML)

 (笑)。質問者はオタク知識をひけらかしたいだけである(しかもDAファンなら常識レヴェル)。

Q: What is the level cap of the characters?
A: 25-30 (MD)

Q キャラクターのレヴェルキャップは?
A 25から30(MD)

(まさにこれこそ、「重要な質問」ですね。RPGのお約束から考えて、エキスパンション、DLCなどが、もしかしたら複数、大いに期待できる)

Q: So Elven Inquisitors will be Dalish, Dwarven ones will be from the surface, Qunari ones will be Vashoth. Could you please tell us what background will Humans have? :)
A: Nobel for non-mage (MD)

Q エルフのインクイジターはデーリッシュ、ドワーフはサーフェス、クナリはヴァショス、では、ヒューマンのバックグラウンドを教えてもらえないか? 
A メイジ以外は貴族。(MD)

(これもどこかに出ていたかもしれないけど、「重要な質問」。原文はサイト管理のファンのミスタイポかな。Nobleでないと意味通じないね)

Q: What is the name of the little fox like creatures?
A: Fennec (MD)

Q ちっちゃいキツネのような生き物はなんていうのか?
A フェネック。(MD) 

(重要な質問が続きましたね(うそつけ!)。いーえ、キツネ様は重要です)

Fennec

Q: Depending on what we did in past games say get Dagna in to the Circle of Magi to study magic could there be any possibly that there could be a chance of dwarfen mages or dwarfen magic? (or what we do in future games)
A: No Dwarven mages

Q 過去のゲームのプレイヤーの選択によって、たとえばダグナを魔法の研究のためサークル・オヴ・メジャイに送り込んだとしたら、ドワーフ・メイジやドワーフの魔法が(将来のゲームを含め)生まれる可能性があるのか?
A ドワーフにメイジはいない。

(実は、ダグナの名前はDAIのデモ画像に登場します。なにかの発明をしたらしいが、それはエンチャントメントの分野だったような気がする)

Q: Will the demons be able to win?
A: Yes but that would suck (MD)

Q ディーモンが勝つことはあるか?
A あるけど、御免だね。(MD)

Q: Is there a fast travel system?
A: Yes but only to Inquisitions camps which you've setup in the world and which have your solders in them. (CL)

Q ファスト・トラヴェル・システムはあるか?
A あるけど、世界中にプレイヤーが設置し、兵士が逗留しているインクイジションのキャンプ(群)に向かうときのみ用いる。(CL)

(ファスト・トラヴェルにエルーヴィアンを用いたりすると無粋だし、小説と矛盾すると思っていたので、これは納得)

 とりあえずここまで。

2014年3月19日 (水)

A Forgiving Index

 謝罪の裏返しで、容赦のインデックス。または勘弁、寛恕とか。権力者がやるのは特赦、恩赦。神(ジーザス)がなされたのは贖罪(Atonement)、教会がやるのは贖宥(しょくゆう、indulgenceまたはpardon)、昔は免罪と呼ばれていた。

 原文のインデックスはアルファベット順に並んでいますが、ここはやはり「容赦」(Forgiveness)を一番最初に載せましょう。

http://tvtropes.org/pmwiki/pmwiki.php/Main/AForgivingIndex

 *** 

容赦(Forgiveness)

「過つは人の性、許すは神の心」

"To err is human, to forgive, divine."
— Alexander Pope, An Essay on Criticism

 容赦こそ最も難しい行いかもしれない。なぜなら、最も手ひどい損害を与えた事柄こそ真に容赦されるべきであるから。

典型的なイソップ物語(その教訓):

1.たとえ復讐を願う真っ当な理由があっても、強行すべきではない。復讐の連鎖を繰り返すことになり、自分も標的と同じ化け物となってしまうから。真のけじめをつけるためには相手を許す他にない。

2.復讐はすべきではないが・・・、どうしても行うなら、自分が化け物になることなく、完全に正当化できる方法で正義を履行できる場合。通常は相手がアンチ(アンタイ)ヒーローであるか、完全な化け物の場合。

3.復讐することが可能なだけではなく、そう「すべき」場合。それにより感情的けじめがつけられるだけではなく、標的が巻き起こしたとてつもない騒動に、長く待ち望まれていた決着をつける公的な使命を果たすことになる。それに加え、一回こっきりで決着がつくので懲罰の連鎖をエスカレートさせることはない。

復讐を行った(行わない)場合の効果

・復讐を行わないことで、キャラクターは宗教的に浄化される(Turn the Other Cheek)。贖罪で得た人生(Redemption Equals Life)、悪から善への回心(Hell-Face Turn)などを伴う。もちろん「パウロの回心」が念頭にあるのでしょうが、日本で有名な物語は「恩讐の彼方に」ですかね。

・復讐を行わないことで、キャラクターは少なくとも短期間は感情的に破綻するが、長期的にはより良い心情を得ると思われる。ただし「農夫と毒ヘビ」(凍えていた毒ヘビを温めて救った農夫が即座に噛まれて独で死ぬ)の譬えが成立する場合は例外。アジアでは「カメと毒サソリ」の譬えが有名かな。

・復讐を行っても精神的または感情的な後遺症を伴うことはなく、あるいは抱えていた感情的な傷がそれによって癒えるかもしれないが、道徳的には破綻してしまう(If You Kill Him, You Will Be Just Like Him)。

・復讐を行うことが感情的な後遺症を伴い、かつ道徳的に破綻する。

・復讐を行わないことで標的側が増長し、反撃を恐れる必要がないことから何度も何度も繰り返し被害を受け続ける。

 以下は、残りの「お約束」をアルファベット順に。

残酷な慈悲(Cruel Mercy)

 かつての敵対者を始末するのではなく、むしろ生き永らえて一生罪を償わせる。または、自分が栄華を極める様子を死ぬまで目撃させる。相手に屈辱・恥辱、後悔・悔恨、慙愧(ざんき)、絶望などをできるだけ長い間味あわせること。死よりも悲惨な運命(Fate Worse than Death)。サイファイやファンタジーには永劫の牢獄なんてのがありますね。無論、自死すら許されない。
 Mass Effectシリーズにはいくつか例がありました。アリアはかつてのボス(クローガン)からオメガを乗っ取ることに成功するが、そのボスに屈辱を味あわせるため生きたまま敢えてそばに置く。
 ギャレス(アークエンジェル)は、かつて自分と仲間を裏切った相手を敢えて生き永らえさせることに合意する(場合がある。彼やシェパードの意志がどうであるかに係らず、結果的に相手は死ぬまで懺悔を続けることになる)。あるいはDragon Age IIのアンダースも、ホークの選択によっては一生罪を背負い続けることになるケースもある。
 「武士の情け」は、この対極にあると言えるでしょう。その場合、保全・挽回されるのは「名誉」です。

かわいければ何でも許す(Cuteness Equals Forgiveness)

 説明不要ですね。(男女問わず)かわいさは、非難や糾弾に対して常に無敵(インミューン)。
 この「裏」、かわいくなければ何をやっても許されない。これも真実。いや、なにもしなくてもそもそも存在自体が許されない。
 「かわいさ余って憎さ百倍」なんてのもこの変形。憎しみも結局は愛の一形態。「アンチ」は「ファン」の一種。

昨日の仇敵は今日の親友(Easily Forgiven)

 少年ジャンプ。それに限らずほとんどの少年コミック。これが成立してるから「少年」向け、そうでなければ「青年」向け、なんて分類法はどうでしょう。

不躾けな容赦(Flippant Forgiveness)

 「失敗したのかよ。まあしゃあない、許したる」
 または、「気に病むな、どうせ君には土台無理な相談だったのさ」

 話者の悪意の有無にかかわらず、勘弁してもらった(らしい)方が怒り出す場合ですね。それを「逆ぎれ」とまでは言わないが、許したと思っているほうはそう感じることが多いでしょう。
 そもそも容赦するべき事柄自体が存在しない(受け手が責められる謂われがない)、または勘弁した(と思っている)方が実際にそれを許す立場でもないし、その権利もない、などの場合。
 それにも係らず(そのことがわかっているのに)、「勘弁された方」が謝罪したり、容赦されたことに感謝したりすると、これは前回紹介した「皮肉に満ちた謝罪」(Backhanded Apology)に当てはまる。

許しはするが忘れはしない(Forgiven But Not Forgotten)

「愚か者は許しも忘れもせず、初心(うぶ)な者は許して忘れるが、賢い者は許しても忘れない」
"The stupid neither forgive nor forget; the naïve forgive and forget; the wise forgive but do not forget."
—Thomas Szasz
 
 済んだことは済んだこと(許して忘れる、Forgiven and Forgotten、上のEasily Forgiven)とは違って、相手の罪は許すがその行いの事実は忘れない。相手から一生忘れることのできないほどの手ひどいダメージを受けたが、道徳的または宗教的な立場からそれを許さざるを得ないのかもしれない。あるいは「三つ子の魂百まで」ということわざを思い出したのかもしれない。悪人は(またはドジは)いずれまた同じことをやる。Dragon Age 2でいうなら、「ローグは結局ローグ」(”Once a rogue, always a rogue.”イザベラ)、”rogue”を”slave”に変えれば「一度奴隷だったらいつまでも奴隷(根性のまま)」(フェンリス)。
 日本の恩赦(大赦、特赦、減刑など)では言い渡された刑は消滅するが、その判決の記録は消えない。あちらでいう”amnesty”(語源は「忘れること」)は刑が免除されるだけではなく、犯罪のあらゆる公的記録も消滅して全ての権利が回復される。”pardon”(語源は「許すこと」は、刑は免除されるが記録は消えない。

自らの死による容赦(Forgiveness Requires Death)
 
 そもそも悪法によって、またはでたらめな法治による冤罪で、あるいは為政者の悪意や罠によって死刑を宣告されたキャラクターが、甘んじてそれを受け入れようとする場合。
 ソクラテス(ソクラティーズ)。一部の「ハラキリ」。「走れメロス」のプロットはトリッキーに見えるが、実はこれ(人間不信という為政者の過ち(罪)を、自らの死をもって証明しようとする歪んだ形の容赦)。
 ハリウッド映画では、アメリカンなど先進国のキャラクターたちがそうではない国を気軽に観光旅行中、バッグからなぜか大量の麻薬(または重大犯罪の証拠など)が見つかり、即刻死刑などの厳罰を受ける場合。大抵自分ではめられる原因を作っているため、本人たちは徐々に死を受け入れ始めるが、周囲の助けでなんとかなってしまう(そうでなければ映画にならない)。

刑務所釈放カード("Get Out of Jail Free" Card)

 元悪玉(今は善玉)や魅力的なアンチ・ヒーローが、良くわからない(観客に示されない)理由でいつの間にか刑務所から出ている場合。理由はおそらく次の二段階からなっていて、(1)刑務所にいたのではそのキャラクターの出番が作れない、(2)せっかく回心したのにずっと刑務所に入っているのであれば、最初から誰も回心しない。
 (回心していない)真の悪玉が、シリーズ前回の最後で捕まってぶちこまれた終身刑務所から、次回冒頭で難なく脱走している(マグニートとか)のは別のお約束。

往け、この後ふたたび罪を犯すな(Go and Sin No More)

 元はヨハネ伝の有名なくだり、姦通の罪に問われた女に対するジーザスの言葉。直前は「なんぢらの中、罪なき者まづ石を擲て」。
 説明不要でしょう。大抵こう言われた者は二度と悪さをしないか、回心して(Atoner)贖罪の旅(Redemption Quest)に出たりする。
 ふと気がついたのは、ディクスン・カーの有名なある推理小説。探偵が鮮やかにトリックを解明するのだが、その探偵、刑事、警察の偉い人、街の偉い人などが集まって協議のうえ、殺人犯の罪をいきなり不問にしてしまう。もちろん被害者が道徳的には完璧に許し難い悪党で、初心(うぶ)とはいえ犯人のほうが善玉だった。
 これはきっと「探偵(刑事)知らんぷり」(Let Off by the Detective)というお約束にあたるだろう。良く考えたらアガサ・クリスティーのあの作品もそうだったか。

正気じゃない容赦(Insane Forgiveness)

 どれだけ深刻な悪事を働いた者もあっさり許してしまう。済んだことは済んだこと(Forgiven and Forgotten、Easily Forgiven)の究極の形。(観客も、作中人物も)どう見てもこれには納得できない。負けるが勝ち(Victorious Loser)、博愛主義のヒーロー(All-Loving Hero)などのキャラクターによくある資質。愚かにして善(Stupid Good)のキャラクターもよくやるが、大抵悲惨な結果を招く。

俺にも一発殴らせろ(My Fist Forgives You)

 それでおあいこだ。数えきれないくらい見かけますね。逆の場合なら「僕の頬もぶってくれ」。んー、「走れメロス」。有名なジーザスのセリフは後から出てきます。

同情への罰(Punished for Sympathy)

 誰かの悪事に対して間違いなく天罰を下すべきところ、相手への同情心などからかあっさり許してしまう者がいる。何を考えているんだ、許したお前も同罪だ!
 または、社会の中でひどい悪評がたっている者を、慈悲の心などで救った場合。
 あるいは、戦意を喪った敵の種族を皆殺しにせよと(または重要人物を殺せと)命じられた兵士たちが、慈悲の心からか、または自らの名誉の保全のためか、それに背いて見逃す場合。
 愚かにして善のキャラクターが往々にしてこのお約束の世界に陥る。

制限つき復讐(Restrained Revenge)

 誰かを赦免する前に、非常にあっさりした、表面上だけの復讐を行うこと。たとえば他愛もないイタズラ(プラクティカル・ジョークやプランク)をしかけるとか。あるいは懲罰のルールを「文字どおり」に解釈して、なんらダメージを負わない形で決着させるとか(肉を切り取られるとは書いてあるが、血を流していいとは書いてない)。何もなしで放免されるのが納得いかない被害者(登場人物)や観客に対する言い訳の場合もある。俺にも一発殴らせろ(My Fist Forgives You)の上位お約束。昨日の仇敵は今日の親友(Easily Forgiven)の下位お約束。
 映画「遠すぎた橋」では、負傷した上官の治療を強要するため味方の軍医(もちろん将校)に銃を向けた軍曹が、その軍医の申し出により十秒間だけ憲兵に身柄を拘束されて放免される。

左頬をも向けよ(Turn the Other Cheek)

 マタイ伝、「されど我は汝らに告ぐ、惡しき者に抵抗ふな。人もし汝の右の頬をうたば、左をも向けよ」
 究極の慈愛の形とされていますが、悪党の反応は当然様々なはず。そのフィクションの世界が理想主義・冷笑主義の間のどこに位置づけられるかを計る格好の尺度になりうる。現実世界でも結果はまちまち。
 理想主義の例は「レ・ミゼラブル」。司教の恩義に背いて銀食器を盗んで逃げたジャン・ヴァルジャン。憲兵に捕まった彼に対して司教は、「それは差し上げたものであるし、彼はこれを忘れて行ってしまった」と言って銀の燭台まで差し出す。ヴァルジャンはそこで突然回心する。冷笑主義の例はイソップの「農夫と毒ヘビ」。

お帰り、裏切り者(Welcome Back, Traitor)

 裏切り者が最悪のタイミングで身分を明かし、主人公とその仲間たちを散々な目に合わせて立ち去り・・・、そして戻ってくる。マインド・コントロール、または一時的な誤解や勘違いから解放され、あるいは主人公から説得されて、今度は本心から主人公の仲間となる。仲間って大事ね! 昨日の仇敵は今日の親友(Easily Forgiven)の特殊形態。Star Warsのランド・カルリシアン。Avengersの誰かさん。
 ヴィデオゲームRPGにも数限りなく例がある。Dragon Age IIならAct2イザベラがそのまんま(プレイスルーによる)。Act3アンダースも場合によってはそれ。また、フェンリスが敵と味方を行ったり来たり。
 Dragon Age: Originsでは多少ひねっていて、ローゲインを最終段階で仲間にしようとする場合、アリスターだけは決して彼の裏切りを許さない。
 強烈な例としてMass Effect 2。その「丸ごと全部」がシリーズ全体でこのお約束を成立させるための布石。

***  

 日本人は謝罪大好きだが、クリスチャニティ世界では容赦(慈愛、博愛)の事例があまりにも豊富。ジーザス(神)そのものが贖罪のシンボルであるから。ここには聖書由来のものが数多くあり、さすがに「勝手訳」はまずかろうと対応に苦慮してしまいました。

 「最高の善とは最大の悪を回心(一般には改心)させること」というのもここのお約束に関連しているし、元は、パウロの目からうろこが落ちた(パウロの回心)というエピソードですね。

 ヴィデオゲーム(RPG)では圧倒的に「容赦」の場面が多いが、これは当たり前。主人公が謝罪するかしないかを選ぶ場面を描くよりも(ふつうに考えて物語の中でまで謝罪なんてしたくはないですよね)、相手を容赦するかしないかを選ばせるほうがずっと面白いに決まっています。
 
 悪のキャラクターを簡単に許す話がどうしてそんなにも多いのか。上述の宗教的な影響の他、物語創作上の要請がありますよね。主人公と同じくらい、あるいはそれ以上に気合を入れてせっかく造形した悪のキャラクターを一回こっきりで使い捨てるのはさすがにもったいない。その悪が強烈であればあるほどもったいない。よって「使いまわし」が得策となるが、その方法は(1)何度も何度もいつまでも復活し続けるか、(2)いっそ味方にしてしまう、のどっちかしかないわけですもんね。

 日本語では「水に流す」ということがありますが、これはなんでしょうね。蟠(わだかま)りや復讐の心に伴う怒りや憤りは穢れであり、清める必要があるという意味でしょうか。ちなみに「水くさい」は水っぽすぎて味も素っ気もない、そこから転じて人間関係が希薄過ぎる(薄情である)ということらしい。
 

2014年3月17日 (月)

Index of Apologies

 本当に申し訳ございません。BioWareがちっともネタを出さないから、みなさんがひとつも読みたくもないだろうTV Tropesの記事なんかでお目を汚してお茶を濁して自分の顔に泥を塗りたくっているこの不始末、この粗相。土下座ですか、いえいえ土下座で済むはずもございません。いっそ死んでお詫びをぉぉぉ。生きていてごめんなさい、生まれてきてすみません。

 日本人大好きな、お詫び、謝罪、アポロジー。何かに因縁つけられたら取り敢えず頭でも下げとけば、すぐマスコミが興味喪うし、仮にいつまでもマスコミから糾弾されたときには「だから謝っただろうが!」と逆切れする権利でも生まれる、とでも思っているのだろうか。  

 どの道マスコミと当事者(人身御供)の間だけに成立する物語ですから、国民には何の関係もありませんし、何か意見を述べたがるような奇特な一般国民もいるようですが、申し訳ございませんが埒外。それに塵芥ほどの意味もございません。
 あ、仮に本当のことを少し言いすぎたようでしたら謝罪いたします。

*** 

「謝罪は人生にとって最高の接着剤。およそどんなものでも修復できる」
 ‐Lynn Johnston 

 キャラクターが謝罪を行うことに関するお約束。
 もしこのインデックスが読者の期待はずれだったなら、何卒ご容赦いただきたい。あくまでお粗末なインデックスのひとつなものですから。
 容赦のインデックス(A Forgiving Index)を参照のこと。

・謝罪まじりの攻撃者(Apologetic Attacker)

 正義の主人公が悪者を倒すときに、あるいはなんらかの理由でそこまで悪くはない相手を気絶させるなど無力化するときに謝罪の言葉を述べること。ところが主人公によっては、どうしようもなく性格の破綻した職業的殺し屋や拷問者を攻撃する際にすらそうする場合がある。またそんなに正義でもないキャラクターが、やむを得ず回りの者を手当たり次第に攻撃するときにそうする場合もある。
 「悪く思うな」、「恨みっこなしだぜ」(”Nothing personal”)なんて決まり文句もここに入るのかな。

・やたらと沢山の謝罪(Apologises a Lot)

 とにかくやたらと沢山謝るキャラクター。そのうちやたらと沢山謝ること自体を非難されると、またそのことについても当然やたらと沢山謝り続けるのが定番。キャラクターがどじっこ(Dojikko)、かわいいあわてんぼ(Cute Clumsy Girl)などの場合に重要な資質。アスカに対するシンジ。
 謝罪ではないけど、自分が素晴らしいプレイをして褒められても、必ず何かを言い訳する「アリバイ・アイク」って大リーグ選手の話がありました。

・謝罪のための贈り物(Apology Gift)

 そのまんま。カップルの男性から女性になら花束(特にバラ)、または宝石。あるいは手づくりの料理、お菓子、チョコレート。アスカがシンジに買ったウォークマンもそうかな(弁償の意味もあるけど)。

・皮肉に満ちた謝罪(Backhanded Apology)

 国営放送。「先ほど番組内で不適切な表現がありましたので、ひねもすテレビ観て過ごすしかやることのない、そこら辺のしょうもない視聴者から苦情の電話やメールが来てるぽいので、そいつら受信料払ってんのかどうかすら怪しいが、取り敢えずお詫びしときます」 

「まあ、お前ごときにはなぜこの私が敢えて頭を下げるのか、その理由すら理解できんだろうがな」

・言葉も出ない感情の高ぶり(Emotionally Tongue Tied)

 ごめんなさい、このお約束自体は実は謝罪の場合に限らず、例えば愛の告白なんかも意味しているのでした。本心からの言葉こそ語るのは難しく、言い淀んだり、絶句したりするのが常。そんな言葉は自分のキャラクターと違うから、単にシャイな性格だから言えない、なども理由になる。

・ひれ伏す者(The Grovel)

 一度危機を迎えた恋愛関係(夫婦関係など)を修復するとき、(大抵男のほうが)長い長い謝罪の言葉やなんらかの行動を示して、(大抵女のほうが)それを受け入れるように乞い願うこと。それがうまく行くなら感動的なシーンにもなりうるが、失敗すれば許しを請う方にとって品位を毀損するような大きなダメージになりうるし、また容易に謝罪を受け入れるほうは相手に甘い人とみなされるというリスクを負う。現にドメスティック・ヴァイオレンスでは虐待、謝罪、虐待のサイクルが繰り返される。
 日本人大好きな土下座は、この一種でしょう。

・命じられた謝罪(Ordered Apology)

 「悪いこといわん、君、とりあえず謝っとこ」

 権威者(指導者、教育者、親その他)から、その場の人間関係を取り敢えず取り繕うために命じられた謝罪。大抵、謝罪を命じるものはその事件や出来事の真実(本当の加害者、原因などの真相)を確かめるような意識も才能も知性もなく、対象にはその場で一番目立つ者や、前科もち、犠牲にしてもあたり障りのない者が選ばれる。

 あるいは、恋人などその意見を無視できない相手から要請されて(謂れのないようなことに)渋々謝罪をしなければならない場合。

・先制謝罪(Preemptive Apology)

 これから相手に対して行おうとする無礼な、または敵対的な言動について事前に謝罪しておくこと。裏切りのシーンにはうってつけの「決まり文句」(Stock Phrase)。「許せ、ジャック」、「何を?」、「これからお前を撃たなきゃならんことをだよ」。だいたいそんなこと言ってるから、悪人の弾丸は大抵外れるのだ。

・拒絶された謝罪(Rejected Apology)

 半島国。「今頃謝っても遅い」、「ごめんで済んだらケーサツいらない」

・悪いのはこっち(Sorry I Fell on Your Fist)

 直訳は「君の拳にあたってしまってごめん」。通常は怪我をした本人が、自分が重荷になってしまって申し訳ないなどと言う場合。

 わざわざTDLに遊びに来た国賓級の要人を説明が面倒くさいから国外退去させた島国の元外相。あと島国の「なんとか談話」。あと戦国なんとかとかいうヴィデオを隠そうとした、こないだのゴミ掃除選挙で見事に落選した元政治家。自称暴力装置の遣い手。

・遅くなってすまん(Sorry I'm Late)

 Star Wars(1977)のハン・ソロ。または(彼が登場したあらゆる映画における)チャック・ノリス。あるいは登場したいくつかの映画のアーノルド・シュワルツネッガー、シルベスタ・スタローン、ブルース・ウィルスとかあそこら辺の役者たち。戦争関係の映画における戦闘爆撃機(Saving Private Ryan(1998))とか戦車(La vita è bella、Life is Beautiful(1997))、あるいはたまたま近くにいた輸送機(Air Force One(1997))。こう並べるとここら辺の時代のアクション映画の典型的「お約束」みたいですね。最近ではAvengersシリーズですら恥ずかしがって滅多にやらないかな。大抵のヴィデオ・ゲームの主人公。Dragon Age IIのAct2クライマックスのイザベラ(プレイスルーによる)。大抵の活劇アニメの主人公など。
 ポイントは、確かに遅くはなったけど事態には「ちゃんと間に合っている」こと。間に合わなかった場合(It’s too late!)はドラマが続かないか、全然別のドラマになっちゃったりする(遅かりし由良之助)。

・すまん、最早これまで(Sorry That I'm Dying)

 説明不要ですね。「愛してるよ」や、「妻(子供)に愛してると伝えてくれ」などの決めゼリフの出番のときでもある。思いつく例があまりに多すぎますが、個人的に好きなのは、やっぱAliens(1986)の少尉とヴァスケスの最期のシーン。「俺の屍を越えて行け」はこの変形でしょうか。

・お邪魔みたいね(Sorry to Interrupt)

 (ある登場人物に会うため)部屋などに入ろうとしたキャラクターが、意外にもそこで目当ての相手が別の登場人物と親しげにしている光景に出くわし、このセリフを吐いて去っていく場面。あちらのドラマではとても多いけど和製では少ないかも。居住空間の設計の違いのせいだろうか。三角関係ものでは必須シーンでしょう。アスカ、レイ、シンジでもあった気がする。

・謝罪せざる者(The Unapologetic)

 半島国に言わせると島国。私に言わせると×日新聞。

・悪いのはそっちだ(Why Did You Make Me Hit You?)

 直訳は「どうして自分に殴らせるようなことをしたんだ」

 先に殴ってしまったほうが、(大抵は口論の罵詈雑言で)殴るように仕向けた相手を糾弾すること。とはいえ、男性が女性を殴った場合と、女性が男性を殴った場合では、全く違う意味あいが生まれる。

 アメリカ合衆国。まず相手に一発殴らせて(撃たせて)、百万倍返しする。一発も殴られなくても、相手が殴りそうな顔をしたら百万倍、っていうかゼロは何倍してもゼロなので、いっぱい仕返しする。
 かつては、なにをかくそうこの島国。ルーズベルト大統領陰謀説。

*** 

 やっぱ、基本的に誰にも謝りたくないアメリカンが書いてるの読んでも、申し訳ないけど面白くないですね。
 実例も少なく、失礼にあたるかもしれませんが記事自体もあまり面白くもなく、今回はかなり私が脚色いたしました。そういう意味で今回についてはTV Tropesの純粋な成分が多少薄まっているかもしれませんので、その点お断りするとともに、また挙げた実例もだいぶ自分の趣味に偏っているのかもしれません。お気に召さない方もおられるかもしれませんので、ここにお詫び申し上げます。

 なお、私への苦情や中傷等のコメントを頂いた場合、なんの返答もなく即刻削除することは往々にしてございますので、その点予めご了承いただきたく、何卒無作法をご寛恕ください。

 

2014年3月15日 (土)

Rule of Romantic

 取り敢えず「何とかのルール」シリーズはここまでにしておきます。他にあるのは、セクシー、あでやかさ、不気味さなど、今まで紹介していたルールと関連しているから。

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 ある要素に関する「疑念の意識的な保留」(Willing Suspension of Disbelief)の限界は、直接そのままロマンチック(romantic)の要素に比例する。 

 フィクションが恋愛を取り扱う方法はたくさんある。そしてまたクールのルール(Rule of Cool)、ドラマのルール(Rule of Drama)、可笑しさのルール(Rule of Funny)、そしておっかなさのルール(Rule of Scary)などと同様、観客が何かを十分ロマンチックであると見なすのなら、それがどれだけ非現実的でも問題にされない。とどのつまり、エンターテイメントであるのだから。 

 しかしそれらのお約束とは異なり、このお約束ではその事柄が不可能であることまでは必要とせず、単に「もっともらしくない」、または「とてもありそうもない」くらいである。 

 ここには、価値観の不協和(Values of Dissonance)が他の「ルール」のお約束よりも頻繁に関与してくるが、それは国境に影響を受けるにとどまらず、性別にも左右される。男性諸君は否定するだろうが、彼らだってロマンチックの観念を有しているのだ。それは典型的なロマンチック・コメディ(Romantic Comedy)や恋愛小説(Romance Novel)に描かれているものとは極端に異なっているのみならず、少なくともアメリカ文化においては、ずっと私的なものとして取り扱われる傾向がある。 

 このお約束は、シップ同志の戦い(Ship-to-Ship Combat)には実際には適用されない。それらの戦いをする人々は通常、自分たちの選び出したカップルの見栄えが良くなることにのみ興味がある。そのことは彼らが、自分たちの好みのカップルが成立することを支持するような非現実的な点を称賛する一方で、全く同じ点が自分たちの支持しないカップルの成立を助けるような場合には切り捨てることがしばしばあることから、容易に見て取れるのだ。

 これは、19世紀の芸術的運動に関するいかなる事柄とも混同してはならない。 

 ドラマのルール(Rule of Drama)、あでやかさのルール(Rule of Glamorous)、セクシーのルール(Rule of Sexy)、および、いちゃつきと求婚(Flirting And Courtship)と比較のこと。

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 「価値観の不協和」(Values of Dissonance)は、上述の国境(あるいは文化)だけではなく、時代の違いによっても問題になります。

  それが顕著になるのは、他言語翻訳やリメイクの際に、キャラクターの性別・人種までも変更してしまう場合ですね。例えば和製作品がUSでリメイクされると、色々いじられる。

 時代が異なるため変更された例は、「宇宙戦艦ヤマト」なんかどうでしょうか。オリジナル(1970年代)では主要登場人物(んー、地球人の)に女性が一名しかいなかった(そして、当時そのことは日本ではノー・プロブレムであった)。実写リメイク(2010年)では登場人物の何人かが女性に変更されました。理由はひとつには時代の変化、もうひとつには(これすらも時代の変化に含まれると言えばそうだが)女性観客の興味を獲得しようとしたことでしょうか。

 「シップ」とは、フィクションの中における恋愛関係(リレーションシップ)のこと。「シップ同志の戦い」(Ship-to-Ship Combat)は英語の洒落で、海上戦闘とも宇宙戦闘とも全く関係なく、作中人物の誰と誰がくっつくのか、くっつくべきなのかについてファンの陣営が激しく主張し合う論争のこと。お好きにどうぞという感じです。

 

 

Rule of Scary

 個人的にこれだけは避けたい、と思っていたのですが、短いし、ついでだからやってしまおう。

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 クールのルール(Rule of Cool)と可笑しさのルール(Rule of Funny)と同様に、おっかなさのルールもまた、十分に不気味なのであれば、論理的かどうかは関係ない、というものである。どうして偏執狂がホッケーマスクをかぶっているのか、どこで手に入れたのか、どうしてショットガンで顔を撃たれても生きているのかなどの問いは無関係だ。問題なのは、果たしてそれがどれだけ君を怖がらせるか(Nightmare Fuel)についてのみである。 

 おっかなさのための、もっとも効果的な処方箋は次。

・超常的なこと、または異常なことに、ごく平凡なことを組み合わせる(Uncanny Valley、不気味の谷)。もしすべてが不気味であれば、おっかないはずのものがそうでなくなる。 

・正気な者が用いないような調子(Last Note Nightmare)または要素(Bread, Eggs, Milk, Squick) を用いて話を終わらせる。人間は気違いじみた存在であることがわかる(Humans Are the Real Monsters) 。何か可笑しなことが、一段階あがって、おっかなくなる(そして依然として可笑しい)。例えば、「手品なんてどうだい? この鉛筆を消して見せようか・・・」(The Dark Knight、「ダークナイト」)

・人間の身体に直接影響を与えるような、何かおっかないものを詳細に見せる(または記述する)。恐ろしげに変化した身体(Body Horror)はこの一部であるが、それに限らない。例えば「マトリックス」(The Matrix)では人間を「生きた電池」として用いたり、ウイルス(ヴァイルス)を正確に描写したりする。見栄え優先の生物学(Art Major Biology)が、これの主要因である。

 下に列挙されたリストからお気づきになるはずだが、これは、映画(Film)の世界であまりに過剰に使われてきたお約束である。果たしてプロデューサーが論理などというたわけたものを気にしなかったのか(They Just Didn't Care )、または全ての些細な特異性を説明するだけの時間がなかったのか、その理由はこのメディアが存在する限り、論争の話題になり続けるだろう。

 色々あって(Hand Wave)、悪夢促進剤(Nightmare Fuel)も参照のこと。

 しばらくあとから気づく論理の穴(Fridge Logic)と比較のこと。画面外瞬間移動(Offscreen Teleportation)、及び恐ろしげに変化した身体(Body Horror)はこの下位お約束。

 失笑を買う真剣さ(Narm)、悪夢遅延剤(Nightmare Retardant)、かわいさのルール(Rule of Cute)の反対。

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 今回は、今までにもまして関連お約束の適当な翻訳を思いつくのが大変でした。

 「色々あって」(Hand Wave)は苦しい。あちらの学者や技師の世界などでは、ホワイトボードを使って学説や技術などを説明するときに、ある部分を「ここで色々あって何とかなって・・・」と省略してしまうとき、片手をひらひらさせる(hand wave)のだそうだ。わかるかそんなの。

 「しばらくあとから気づく論理の穴」(Fridge Logic)とは、直訳すると「冷蔵庫(を開けて缶ビールが足りないことに気づいたとき同時に気づくさっき観た映画など)の論理(の穴)」のこと(それ直訳かよ!) 

 「恐ろし気に変化した身体」(Body Horror)はまさにそのまま。こなれてないように思うかもしれませんが、それ以外に言いようがないんだもの。丸ごと別の何かに変身することはもちろん、自分の身体にあり得ないものがくっついているなども含まれる。最初はちっちゃい出来物か何かだと思っていたのに、それがだんだん大きくなってきて・・・。 

 「失笑を買う真剣さ」(Narm)もそのまんまです。とても重大でまじめで真剣な場面のはずなのに、演出や演じ方が悪くて、またはメロドラマチックになりすぎて、あるいは過剰にやり過ぎて、受け手が思わず失笑してしまうこと。 

 「最後の調子」(Last Note Nightmare)と言っているのは、本当は最後の音符(an ending note)または和音(a chord)のこと。純粋に音楽の世界の「お約束」。でも上で言っているのは、最後の最後でおっかない事実(または誰かの正体)が判明することも含むのでしょう。

 かく言う私、おっかないお話は、本当にキライです。映画「キャリー」のリメイク(Carrie、2013)なんてPSNでも観れるようですが、とてもとても。そんなもの観てしまった日には、なにか物音がするだけでもおっかなくなってしまいますし、ものによっては長い間尾を引いてしまう。現に

 

 

2014年3月14日 (金)

Rule of Cute

 かわいさのルールも、ほぼ「お約束」の列挙と実例のみが記載されている。可笑しさのルールとはまた別の理由で、問答無用ですもんね。

*** 

「もし十分に可愛らしいのなら、意味はいらない」

 例えば、解剖学的にあり得ない(Waddling Head)生き物(Ridiculously Cute Critter)は、正しく用いられれるなら(Sugar Bowl)完璧に正当化できる。

 クールのルール(Rule of Cool)の下位お約束。あでやかさのルール(Rule of Glamorous)、ちっちゃーいのお約束(Tiny Tropes)と比較のこと。

 ブサイク(Gonk) ハリウッド的不器量(Hollywood Homely)(かわいくも美しくもないとみなされている者が、実はそうじゃない)、押しつけられた魅力(Informed Attractiveness)(かわいいし美しいとみなされている者が、実はそうじゃない)などと対比のこと。

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 「これは事件です!!」

 ― ティオ・プラトー、「碧の軌跡」から

 ここも、可笑しさのルール同様に、多数列挙されているかわいさのルールに則ったお約束については省略します。
 「ブサイク」(Gonk)はほぼ文字どおりですが、フィクションのブサイクなキャラクターは(基本断らなければ主人公級の登場人物はイケメン・美形が当たり前だったりするので)現実世界よりも醜さの程度がとてつもなく誇張されているという意味。Gonk自体の由来は、随分昔に流行したブサイクさを売りにしたマスコット人形のこと。

 「ハリウッド的不器量」(Hollywood Homely)とは、(特に実写ドラマなどの)フィクション作中で登場人物が不器量であることを強調するため、黒縁メガネ(牛乳瓶の底)、おかっぱ頭、ニキビ・ソバカス、歯にブレイス(または乱杭歯、出っ歯)、すっぴんに見せかけた薄化粧などのシンボル操作を行う場合(例Ugly Betty、古い方のCarrie)でも、それを演じる俳優は、結局のところハリウッド映画(などマスメディア)に出演できる時点で、受け手の人々が普通の生活で出会う誰よりもはるかに「美形」であること。また登場する端役の「普通の人々」でさえ、日常生活で見かけることが滅多にないくらい「美形」であること。

 美少女アニメの世界などでは、通行人まで全部美形に描かれたりして(例Onegai My Melody、ただし登場するオタク男子どもだけ例外で全員残酷なほどブサイクに描かれる)、「誰もが漏れなくもってる可愛さ」(Generic Cuteness)が当てはまるかもしれない。

 「押しつけられた魅力」(Informed Attractiveness)とは(我ながら良い訳ではないが)、(実写ドラマなどの)フィクション作中で、その登場人物が作中では(イケメン・美形であることは言うに及ばず)類まれなる魅力の持ち主(しばしば「世界一の美女」などと形容される)であると設定されていることを、別の作中人物の発言などから伝達されて知るしかないこと。たとえ受け手が「どう考えてもそれは違う」と思っても、作中では類まれなる魅力がある人物として扱われたまま物語が進行するのをどうしようもない(例Star Warsのレイア姫、またはFFXのシーモア、あるいはBioWare社RPGのほとんどのプレイヤー・キャラクター)。

 小説、ラジオドラマなどヴィジュアルを伴わないメディアであれば、「まあ、そう言ってるからそうなんだろうな」と、受け手自身が魅力的と考える人物を想像すれば済むので問題は起きにくい。
 コメディやアニメの世界などでは「美形と聞いてたのと全然違うじゃん!」というミスマッチで可笑しさを引き出すことは(陳腐だが)十分可能です(例えばShrek、また「ぜんぜんブサイクじゃないじゃん!」というのも成立するので双方向で可能)。でもそれは別な話。

 こちらはゲイダーさんのいう”universally pretty”、「誰がどう見てもキレイ」が成立するのかどうかという話にも通じるネタですね。

 また、「かわいさのルール」は「萌え」(Moe)にも密接に関連するのはご想像のとおりです。

 上述のセリフはご存じキーアペンギンのくだり。ただし私はこの手の「かわいさ」にインミューン(完全耐性もち)で、むしろティオすけのほうが(むにゃむにゃ)。いや、エリィから浮気しませんよ!

Rule of Funny

 可笑しさのルールには、実例となる「お約束」の長大なリスト以外にほとんど何も書いていません。何か書けば書くほど「可笑しくなくなる」、そのことを知っている書き手が非常に賢いということだと思います。

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"If it's good for laughs, if it works, just do it." 

「笑いのためなら、そして笑えるなら、やればいい」

 Noah "Spoony" Antwiler, The Spoony Experiment

 継続性(Canon)、論理(Fridge Logic)、物理(Artistic License - Physics)、または常識(Violation of Common Sense)からの逸脱は、その結果として笑いを生むのであれば許される。

 これは、コメディにおけるクールのルール(Rule of Cool)の等価物であり、まさにその通りにコメディ・ショウの場でより尊重される。特にユーモア中心のアメリカン・アニメーションやウェブコミックス(Webcomics)で容易に行使されるが、受け手が、他の分野に適用可能なリアリズムがその分野では欠如していることを予期しているのがその理由である。
 楽しさのルール(Rule of Fun)と比較のこと。、

*** 

 この後、まさにアメリカン・アニメーションで多用される「お約束」のリストが続くのですが、それを一個づつ説明しても面白くも(Rule of Fun)可笑しく(Rule of Funny)も、ましてやクール(Rule of Cool)でもないので、ここまでにしておきましょう。
(もちろん、そのような「お約束」をこれでもかというくらい延々と列挙して、かつそれぞれに詳細な解説と例示を提示していること自体は、明らかに「常識」的な感覚から逸脱しているため、相当可笑しいことは言うまでもありません(TV Tropes Will Ruin Your Life))

2014年3月13日 (木)

Sliding Scale of Linearity vs. Openness

 前記事で予告したとおり、ヴィデオゲームがリニアリティ(一本道)とオープンネス(開放)をどのくらいの割合で含有しているかを計る六段階の尺度について。
 尺度自体のみ、抄訳します。

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1.ゲームプレイは完全にリニア(一本道)である。プラットフォーマー、スクロール・ゲーム、Battlefield、Modern Warfareなど大抵のFPSシングル・キャンペーン・シナリオ。レイルシューター(railshooters、一本道シューター)。

2.ゲームプレイはリニアだが、簡単な分岐やボーナス・ステージなどがある。オールド・スクールのFPS。Doom、Half-Life 2、Halo、Far Cryなど。FFシリーズの一部(X、XIII)。

3.メイン・ストーリーはリニアだが、AからBに向かう途中の道筋が多数選べる。サイド・クエストがあることもあるが支配的ではない。FFシリーズの多く、MGSシリーズのほとんど。サガ・フロンティア。

4.メトロイドヴァニア(Metroidvania)。サイドクエストがあり、世界探索も可能だが、メイン・ストーリーが優先する。世界はストーリーが進むにしたがって拡張されていくことが多い。Assassin’s Creed、Borderlands、Dragon Age: Origins、FFシリーズの一部(V、XII)、「メトロイド」シリーズ。「キャッスルヴァニア」シリーズの多く。

5.オープンワールドRPG(Open-World RPG)。数多くのサイドクエスト、かなり広い世界。メイン・ストーリーも分岐することがあり、マルチ・エンディングである場合が多い。「ゼルダ」シリーズ、GTAシリーズ、Mass Effectシリーズ、Falloutシリーズ、FFシリーズの一部(VI、X-2)、「ロマンシング・サガ」シリーズ。

6.やたらと広い砂場(Wide Open Sandbox)。メイン・ストーリーや目的が存在しないか、存在していても非常に弱い。MMORPG、TESのRPG、Minecraft、Sims、SimCityなど。

*** 

 DAIの舞台も「広い砂場(群)」だそうですが、開発者は「強い」メイン・ストーリーが存在すると言っているので、「やたらと広い砂場」の定義には当てはまらない。上の尺度ではOpen-World RPGでしょうね。

 リニアリティのほうは「横道なし、探索なし、自由なし」(No Sidepaths, No Exploration, No Freedom)と表現されることがある。何ごとであれ「自由」が関係するととたんにむきになるあちらのゲーマーは(その条件反射的反応にこそ自由がないのではないかということは別にして)、故に「一本道」ストーリーがごく普通であったJRPGのことを「ダメ」とこき下ろした。同じゲーマーが「一本道」に近いシューターのことは「クール」と呼ぶ。

 MMORPG至上主義、Wide Open World至上主義というのも根は一緒で、要するにプレイヤー様に当然あるべき「自由」がないことに我慢ができないだけの話。まあ気持ちはわからんでもないが、結局はデザイナーたちの掌の上をぐるぐる回る孫悟空でしかないのですが。 

 上に例示したゲームを眺めればわかるように、どの尺度だって名作・傑作は成立しているし、成立しうる。プラットフォーマーやスクロールゲームは定義上リニアリティが強くなり、RPGは関連技術の深化と比例するような形でオープンネスを追究する傾向が高まっている(そして、その流行は後戻りしそうにはないので、残された一本道RPGと広い砂場RPGの世界の面積・容積的な乖離がどんどん拡大していくと思われる)。

 一方で、やたらと広い砂場は一般に多額の開発費用(すなわち数多くの開発者)を要するため、商業的失敗の許容水準が低い。だからどうしても保守的なつくりにならざるを得ない(MMORPGがWoWのクローン化する、どのオープンワールドRPGもSkyrimに似てくる)。さらに、プレイヤー側から見れば、これらのゲームは他のゲームに比べて膨大な時間をかけてプレイすることが可能である(つまり、飽きるまでの時間が他より長い)。時間占有率が高いゲームが生まれると、クローンや他の類似のゲームをプレイする理由がなくなる。少数の選ばれたゲーム以外の類似品の商業的な失敗確率があがる(MMORPGでは、あるいは当該ゲームにModコミュニティなどが存在していると、プレイヤー間のネットワーク効果が高まる(大勢集まるところのほうがなにかとお得)ので、選ばれなかった場合の悲惨さは増大する)。

 最近のKickstarterファンド・ゲームや独立系のRPGの(形式的な)オールドスクール派回帰の傾向(典型的にはアイソメトリック(ななめ見おろし式)、ターンベースト、限定的なヴォイス・オーヴァーなどの特徴を有する)は、結局そういう背景を反映しているのでしょう。主流のゲーム開発の方法論では画期的なアイデアを生むことが難しいうえに、大手パブリッシャーは商業的失敗を恐れるあまりそのような企画の採用に二の足を踏む。

 ごく少数それが目的化しているケースはあるかもしれませんが、一般には、誰も形式的なオールドスクール派のRPGを好んで創りたがっているのではないのだと思います。アイデアを実現するためにはそのほうが安上がりだから(すなわち少数の開発者で済むから、高価な開発エンジンのために余計な費用を必要としないから)、故に失敗しても大した被害ではないから。

 なお、「やたらと広い砂場」や「メトロイドヴァニア」なゲームを始めるにあたり、あまりに完璧な行動の自由が与えられることによって、逆に何をしていいかわからなくなり、その場で凍りついて(麻痺して)しまうことを、「流砂の砂場」(Quicksand Box)というそうです。やがて無目的に延々とあたりをうろつき始めたり、出会ったものを片っ端から殺し続けたり、壊し続けたり、最悪の場合は最初の場所から動かないままゲームを終了させる(そして二度とプレイしない)。プレイヤーが長い中断の後でゲームを再開したときに、進行状態を忘れ、ひどいときにはゲーム・メカニズムまで忘れてしまい(Now, Where Was I Going Again?、「えーと、どこ行く途中だったっけ?」)、「流砂の砂場」同様にただうろついたり、やはり最悪の場合にはその場でプレイをやめ、二度とプレイしなくなってしまったりすることもある。

 驚くなかれ、前者のように「麻痺する」人はかなりの数存在する。なんと公共のレヴューで「何していいかわからず、最初の街から出れず、何もプレイできずに終了」と告白する人もいる。それで☆一つとか、それは自分が悪いんだろう!

 そして驚くべきことではないが、私自身は後者、「んー、何してたところだっけ?」の常習犯である。大抵一人目の主人公はぶっ続けてプレイするのだが、二人目以降になると色々やってみたくて数人の主人公を並行してプレイしはじめたりして(MMORPGではこのことをAlt-itisと呼ぶのだそうだ)、とっかえひっかえやっているうちに(それを同時期に複数のゲームでやってしまうときもある)何がなんだかわからなくなり、かつリアルが忙しくてちょっと中断したりすると、もうあきまへん。インヴェントリーに入っているものをじっと眺めて記憶を呼び戻そうとしてみたりする。

 やたらと一杯入っているのだがどれも何の手掛かりも与えてくれない。途方に暮れて(文字どおり!)しばらく黙ってそれを見続け、やがて「ま、一度はクリアしたんだからいっか。もっとゆっくり時間があるときに考えよう」とつぶやいて静かにゲームからEXITするのでした(そしてしばらく経ってから同じことを繰り返す)。

Rule of Fun

 自分が愉しければそれでいい。そういうつもりで続けているわけですが、それこそ「楽しさのルール」。

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「もうすぐ死にそうなキャラクターが足を引き摺り、のろのろ動き、普通よりも効果的ではない動作を繰り返すのは『リアリスティック』かもしれないが、楽しくはない(Unstable Equilibrium)」

 ― David Sirlin、Street Fighterについて

 ゲームはプレイして楽しくなければならない。もちろん、綺麗なグラフィックや良きプロットも好ましいものだが、楽しさこそが肝要だ。ゲームが楽しければ沢山の不調和な点は見逃してもらえる。なんなら、黄色い丸(Pac-Man)はドットが大好きな理由、それから彼を幽霊たちが追いかけてくる理由、あるいはカエル(Frogger)が道路を横断しなければならない理由を説明(Excuse Plot)してごらん。説明することはできるだろうが、それはどうでもいいことだ。かつてゲームの目的は、一義的に楽しさを与えることだったのだ。

 このことは技術的制約がゲームの描くことができる深みや細部に制限を与えていた時代、最初期のヴィデオゲームで最も顕著であった。その頃、デザイナーはまずゲームを楽しいものにすることを真っ先に考え、それから理由づけをしていた。それに加えて、どのみち全てのゲームは基本的にはぶつかり合う沢山の長方形を描くだけだったのだ。デザイナーがその長方形の背後にどんな意味づけを隠そうとするかに関して、そんなに興奮してどうするんだい?

 もちろん、このことはヴィデオゲーム以外にもあてはまる。中世風の剣の戦いを本当の細部まで描き出そうとするテーブルトップRPG(Tabletop RPG)を創ることは可能かもしれないが、それを楽しいと感じる人は多くはないだろう(「本当の」剣の戦いは、通常極めて残忍であり、驚くほど短い間に終わるので、それ自体RPGの「楽しさ」にとってのアンチテーゼ(アンタイセシス、反対命題)なのだ)。故に、ヒットポイント(Hit Points)が生まれた。
 
 無意味でばかげた前提、変てこりんなストーリー、不気味なゲーム・プレイ・メカニズム、それらすべては、ゲームが楽しければ黙って頭を下げているしかない。これが楽しさのルール(Rule of Fun)だ。「これはショウで現実じゃない真言」(MST3K Mantra)、クールのルール(Rule of Cool)、可笑しさのルール(Rule of Funny、ちなみにこのお約束とは全く違うものだ(I Thought It Meant))なども参照のこと。

 楽しさのルールは、ゲーム・プレイのみならずゲーム・デザインにまで拡張して用いられる。鍛冶屋、仕立て屋、技師などであることはそれで楽しいかもしれないが、職業の細部(鍛冶の技術的側面、仕立てに要する時間)は決してそうではない。よって職業は、通常、沢山のしゃれた楽しいことがてんこ盛りで、実際の生産工程には相当な労力が必要とされるという事実は都合良く省略されるのだ。
 
 退屈と倦怠(tedium and boredom)は、いつでもエンターテイメントの伝統的な「敵」である。良いテンポで進み、沢山のアクションができるように上手にデザインされたゲームがプレイして楽しいのと同様、へたくそな脚本、またはへたくそなやり方で持ち込まれたコンセプトによって台無しにされたゲームはひどく非直感的でプレイヤーを飽き飽きさせることになる場合が多いだろう。

 「楽しさのルール」にその一部または全部を負っているお約束は次のとおり。

「許容可能な現実との乖離」(Acceptable Breaks from Reality)のほとんどは、邪魔くさい「リアリズム」なるものが、必要以上に楽しさを妨害しないようにするためのものである。
「すごいけど、無意味」(Awesome, but Impractical)。
「自慢する権利を得るためだけの報酬」(Bragging Rights Reward)。たしかに、「最強+1の剣」(Infinity+1 Sword)は必要ないかもしれないが・・・、でもクールだと思わない?
「ボタン連打」(Button Mashing)
「言い訳プロット」(Excuse Plot)
「偽の所要時間」(Fake Longevity)
「偽のゲームバランス」(Fake Balance)
「偽の難易度」(Fake Difficulty)。そう、通常は「楽しさのルール」を促進させる目的で導入されるとしてもだ。
「決め技」(Finishing Move)
「その使いみちは違う」(Not the Intended Use)
「プレイヤー自ら課した試練」(Self-Imposed Challenge)
「常識の侵害」(Violation of Common Sense)
「やたらと広い砂場」(Wide Open Sandbox)

***  

 んー、だいたいの部分は説明不要ですかね。
 「すごいけど、無意味」の究極の例は、Star Warsのデススター。
 「自慢する権利を得るためだけの報酬」を少し説明すると、極めて難易度の高い挑戦を突破して「最強+1の剣」のような究極装備を手にするプレイヤー・キャラクターは、定義上、すでにそのような装備を必要としないくらい強いはず。従ってそのような究極装備が存在する理由は、それを自慢する権利を獲得すること以外に何もない。
 「偽の」シリーズは、通常「水増し」とか「下駄をはかせた」とか「開発サイドのチートである」などネガティヴな意味に取られるのでしょうけど、たとえそうであってもゲームが楽しければ良いという意味。

 「その使いみちは違う」は開発者の悪夢。プレイヤーによって開発者が意図したものとまったく別の用途に供され、ゲーム・バランスなどを著しく狂わせてしまうアイテムその他のゲーム・フィーチャー(趣向)またはバグ。ゲーム・デザインを台無しにしてしまうゲーム・ブレイカー。

 ご想像のとおりMMO/MOには数多くの例がありますが、これを端的に示す例は、実はバグでもなんでもなくてデザインの穴を突いているもの。新米プレイヤー・キャラクターをものすごいスピードで育成するために上級プレイヤー・キャラクターが援助できる仕組みになっている場合。このズルのことを(MMO/MOリタイアしてしばらく経つので)日本語でなんていうのか忘れちゃいましたが、あちらではトウィンキング(Twinking)。最近のMMO/MOではこれを防止するデザインになっているのが一般的でしょうけどね。
 手軽な自動回復用アイテムなんてのもMMO/MOでは典型的な曲者で、パーティーで順番に回して使えてしまったりすると無限回復が成立してしまう。

 これを逆手にとって、目が覚めるような鮮やかなデザインが成立する場合もあります。あるMMO/MOの超難解レイドで、プレイヤーはあることができるアイテムを簡単に手に入れることができる。そのアイテムの使いみちはレイドの前段階を突破するためには必須なのですが、大抵はそこで用済みで「レイドボス攻略には無価値」と思ってしまう。ところが実は、その無価値と思っていた使いみち、まったくそのとおりに使わないとボスを倒せない(つまり正解であった)。アイテムを一旦使ったらなぜかもう用済みと考えてしまうプレイヤーの先入観を巧みに利用した優れたデザインだと感心したものです。

 「プレイヤー自ら課した試練」は回りくどい訳になっていますが、「やり込み大将」プレイヤーがよくやる、初期装備でクリアとか、最短時間でクリアとか、パーティーメンバーを使わずクリアとか、そんなやつ。

 「常識の侵害」は、現実世界では常識的に誰もやらない(やりたくない)ことが、ゲーム内では推奨されるだけではなく、何らかの見返りを得られるような場合。自傷行為や自殺行為の形をとる場合が多い。プレイヤー・キャラクターは得体の知れない科学者(魔術師)から彼/彼女が開発した得体の知れない新薬(ポーション)を試すように要請され、言われるままモルモットになる(普通はやらない!)。その結果、長い期間かなり悲惨な副作用に苦しめられるが、最後には感謝されて報酬(通常、まさにその新薬(ポーション)の副作用がなくなった完成品)を手に入れる。
 または、自宅の冷蔵庫の中の怪しげな(明らかに賞味期限をとっくに過ぎたような)食物・飲料を摂取する(普通はやらない!)と、キャラクターのスタッツが向上する。
 あるいは、クエストを解決する答えが「死後の世界」にあると知ったプレイヤー・キャラクターが、んーと、本当に死んでみる(絶対やらない!)。

 「やたらと広い砂場」(Wide Open Sandbox)はもちろんSkyrimなどTESのRPGが代表作で、大抵のMMORPGを含み、Sims、SimCityなどシミュレーション・ゲームの一部も含む。
 TV Tropesは、ヴィデオゲームが「リニアリティ(一本道)とオープンネス(開放)」をどのくらいの割合で含有しているかを計る六段階の尺度(Sliding Scale of Linearity vs. Openness)まで用意しています。それについては次の記事で簡単に紹介することにしましょう。

Rule of Cool

 “Rule of Cool”と言った場合の”cool”をなんとか訳そうとしたのですが、どれもクールじゃない、というかその苦労自体がクールじゃない・・・。例えば「いけてる」はすでに「いけてない」し、いまどき「さいこー」は「さいてー」だし、「かっけー」は音感が近いが「格好いい」と同様に一部の意味しか拾ってないし、一部の人にしか通じない(そしておそらくすでに古い)。日本人は何に驚いても「すごい」、「すげー」なので、それも避けたい。そういう意味では本当は意味が近いのかもしれないかもしれないけど。「素晴らしい」は意味もずれるし言葉が長すぎる。

 そこに含まれるほとんどの意味を表現する日本語をひとつだけ選べといわれると「クール」(kūru)以外に見あたりません。

 (ここでいう意味での“cool”はあちらのジャズ・プレイヤー発祥だというから、同じく周辺的存在だった芸者言葉から始まったという)「いき」(粋、意気)が意味的に一番近いのかもしれないけど、まず使わないし、仮に使ったとしても日本人が「古臭い」と受け止めてしまうとどうしようもない(し、現にそういう私ですら「いきだね」という表現は古臭く感じてしまう)。

 「ステキ」(素敵、語源は「かなわない」説がある)は比較的広い範囲の意味を拾うので悪くないが、残念なことにあまり多くの人は使わない(女性語と誤解されるからか)。またあちらで良く使う「ゴージャス」(素敵)と区別がつくのかとつっこまれるとキツい。クールな彼(彼女)とゴージャスな彼(彼女)は、どちらも意味が固定されていないにも係らず明らかに違う表現なのだが(でなければ”cool and gorgeous”とは言わない)、どっちもステキな彼(彼女)になってしまう。

 つことで、「クールのルール」だ。語呂もいいしね(悔し紛れ)。

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 ある要素に対する「疑念の意識的な保留」(Willing Suspension of Disbelief)の限界は、直接そのまま素晴らしさ(awesomeness)の要素に比例する。

 別の言い方をすれば、最も衒学的な観客以外の全ての者は、その結果がめちゃくちゃステキか素晴らしい(wicked sweet or awesome)のである限り、現実の束縛から自由であることを許容する。このことは観客一般に適用できるものの、その閾値は当然ながら個人ごとに異なる。

 クールのルール(Rule of Cool)は、フィクション世界のあり得なさに対するファンの間の議論を終息させることを企図した、また別の原則である。アニメーション・ディレクターのスティーヴ・ロウター(Steve Loter)が、自作品の論理的な一貫性に暫定的な齟齬があることを指摘しようとしたファンの質問に対する回答で引用したことがある。
 これは、べリサリオの格律である「あんまり近寄って観るな」(Bellisario's Maxim)や、「これはショウで現実じゃない真言」(MST3K Mantra)の補完物である。
 これは、科学法則の縛り(Mohs Scale of Science Fiction Hardness)を迂回するためのもので、最も頻繁に毀損されるのが運動の第三法則(Law of Inverse Recoil)であり、僅差の二番目が平方・立方の法則(Square/Cube Law、二乗三乗の法則とも)であろう。それに熱力学の第二法則が続く。それからもちろん、超光速航行(Faster-Than-Light Travel)を用いて遠く離れた惑星に数時間で到着すること(Casual Interstellar Travel)を阻止する相対性理論にも触れなければなるまい。

 注意しなければならないのは、クールのルールを行使できるのは、その結果が実際にクールな場合のみであることだ。同じく注意すべきなのは、ほとんどの論争(Flame War)が生み出される理由は、何が「クール」であるかに関する異なる意見があることだ。とは言え、クールのルールは極めて主観的なものである。このお約束を正しく行使することにしくじれば、壁との衝突(Punch a Wall)が待っている。

 主観的であるが故に、「山頂の死神がエレキギターを奏でる」様子が必ずクールとみなされるわけではない。ナイフや杭(ステーク)でヴァンパイアと戦うほうがよりクールなのであれば、主人公は銃を用いないかもしれない(Guns Are Worthless)。国中を旅する主人公に両親がくっついてくるのが変であれば、親なし症候群(Missing Parent Syndrome)が用いられるかもしれない。基本的には、クールのルールはストーリーが書かれるジャンルによって異なるのだ。このお約束が正当化される場合などひとつとしてないし、そもそもあり得ないと主張することもまったく可能であるが、ここでひとえに論ずべきなのは、このお約束が、意味こそ通じなくとも皆が喜んで受け入れたがる事柄に関するものである点であり、なぜならそのほうがクールだからだ。

 まったくもって完全なクールに関するガイド決定版(The Utterly and Completely Definitive Guide to Cool)を参照のこと。
 これは書き手の特権(Artistic License)の下位お約束(Sub-Trope)である。
 これは楽しさのルール(Rule of Fun)の関連お約束(Sister Trope)である。
 ニンジャ・海賊・ゾンビ・ロボット(Ninja Pirate Zombie Robot)、ルールはクール(Cool Of Rule)、可笑しさのルール(Rule of Funny)、おっかなさのルール(Rule of Scary)、ドラマのルール(Rule of Drama)、ロマンチックのルール(Rule of Romantic)、かわいさのルール(Rule of Cute)、男らしさのお約束(Masculinity Tropes)、ストーリーの付け合せ(Garnishing The Story)と比較のこと。
 観客はどうせバカ(Viewers Are Morons)との差異を対比のこと。

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 上の記事自体も、例えば以前紹介したリカーシヴ・リアリティに関する傑作記事などに比べればあまり「クール」ではないのですが、文中にある「クールに関するガイド」は、ひとつも「クール」ではないので読まなくて良いと思います(私の主観ですが)。

 ここから、そもそもこうやって文章を書くことは「クール」なのか、という疑問が湧くわけですが。「クール」な物語は確かに存在するとしても、「クール」な物語を書くこと自体は実は「クール」ではないのかもしれない。

 むしろ、文中にある「あんまり近寄って観るな」(Don't examine this too closely.)とかそれだけで意味が分かるし、それこそクールのルールそのものじゃないのかと思うほど好きですね。しかもこのBellisario's Maximの記事の上述の文章にはすごく小さなアスタリスクが右肩に付いていて、クリックすると「人の話ちゃんと聞いてないんだね」(You don't listen very well, do you?)という文章が出てきて驚かせる仕掛け。「クール」(笑)。*いやいやここにはないから

 私が知って納得している「いき」の解釈は(男女関係など一部についてだけかもしれないが)、「ほどほどに」、「突き詰めない」ということ。「あんまり近寄って観るな」に通じると思いませんか?

 「いき」の反対が「やぼ」(野暮)で、たとえば「聞くだけ野暮」などと・・・、っと、これ以上はやめとくか(Captain Obvious)。

 

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