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Dragon Age Asunder

2014年7月25日 (金)

【DAI】ゲイダーさん、コールを手離す。

 久々にゲイダーさんのTumblrから。脚の病気の療養でしばらく自宅から動けなかったらしく、ここのところ珍しくかなりの数のファンの質問に答えていました。

 これはDAコンフェッションの「告白・懺悔」にコメントしているもの。

http://dgaider.tumblr.com/post/92439471594/dragonageconfessions-confession-when-i-heard

 「告白」自体は、DAIのコール担当ライターが(小説Asunderの著者でもある)ゲイダーさん以外に割り当てられたと聞き、当初がっかりしたが、パトリック・ウィークス氏の担当となったと知って期待しているというもの(どこが告白やねん!)。「パトリックはきっと素晴らしい出来栄えを見せてくれるに違いない!」

 以下、ゲイダーさん。

***

 間違いなくそのとおりの出来栄えだよ。

 たしかに私のコールではないが、とりわけ気にかけているわけでもないのは、コールは小説版最後でも容易に変化できるような分岐点にあったからだしね・・・、そしてパトリックは彼を、私のコールから大きく変えたわけでもないんだ(私のアンダースとジェニファーのアンダースの間に比べれば違いがずっと小さいことは確かだ)。乞うご期待。

 コールを別の書き手に委ねるのは、容易なことではなかった。部外者の視点から見れば、我々ライターたちは、くじ引きか何かで誰が誰を書くか決めている、そう思われているのかもしれない。ときにはまるでそうして決めたかのような気がするときもあるが・・・、ほとんどの場合、キャラクターがあるライターの手から別のライターへたらい回しにされるようなときで、納期の問題や、誰が手すきかなどに影響される。パトリックがMass Effectチームからやってきたときに担当することになったのは、他のDAライターたちがまだ手掛けていないキャラクターやプロットだった(日々増殖を続けるかに思われる、不安を誘発する仕事の束)。彼がコールに興味を示したとき、私は心臓発作に見舞われ、それが約三日間続き、やがて、彼を引き渡すか、あるいはゲームに登場させることをあきらめるか、どちらかしか道はないことを悟ったんだ。その頃の私のスケジュールはめちゃくちゃで、仕事の負荷は到底減るはずもなかった。 

 最後には、不安げに両手を握り合わせながら彼の肩の後ろから覗き込み、うちの赤ちゃんはどんな具合だと、あれやこれや口出しすることさえやめた。パトリックは、兵士のように忍耐強いので、ただの一回たりとも私に、「すっこんでろ」なんて言わなかったよ。

***

 ゲイダー節のひとつ、「うちの子に何してくれるねん」ネタです。

 これはライターたるもの皆そうなんでしょうね。DnDノヴェライズで知られているサルちゃん(サルヴァドール氏)も同じようなこと言っていた。一方では「キャラクターはライターだけが生み出すのではなく、アーティスト、アニメーター、シネマトグラファー、その他諸々のスタッフの共同作品だ」と言っていながら、その本心は最初に「無」から産み出したのは自分だという自負があるのでしょう。

 (特に人種差別的な目的で)キャラクターの肌や見かけを変更するModについて苦々しげに怒りを表明していたこともあった。ところが二次創作(ファンアート)には好意的。でもファン小説には否定的なことが多い。

 「RPGはファンのみんなと一緒に作る物語だ」と「うちの子に余計な手を出すな」は矛盾しているように見えて・・・、矛盾してますね。ま、前者はマイク・レイドロウ、リード・デザイナー以上の立場が言う発言、後者はライターやアーティスト個人の発言という違いですかね。

 キャラクターの誰それはおれたちが育てたようなものだ!
 んー。たかだか60USDか100USDくらいの出費では、誰も何も育たんぞ?

 まあ、このオーサーシップ(著者)とオーナーシップ(所有者)の問題は、右と左の両方から声の大きなわけわからん人たちが登場する話題#1なので、この辺で。

2014年4月28日 (月)

The Masked Empire 5(1)

 さて、DiabloIIIも遊ばずに(ちょっとだけ遊んだ(笑))、続いていきましょう。

*** 

 第五章 

 ハラムシラルのスラムでは、叛乱の火口(ほぐち)が燻っていた。貴族の冷酷な所作は目新しくもなく、街中のエルフは下を向いて歩くことをわきまえていた。エルフ女性は、一人で出歩くこと、見かけが可愛いらし過ぎることの危険をまだ若い頃から知っていた。エルフの商人は、滞っている支払いの一部をせしめるくらいまで貴族に催促することは許されるが、やりすぎると自分の家を焼かれることも知っていた。 

 それが好まれていたわけではないが、そう知られ、甘んじられ、世の中はそういうものだと諦められていた。

 レメットの死は許されなかった。友人だったスレンは、他の商人たちとかつての彼の善人ぶりを囁き合った。仕事に正直で、家は清潔に保ち、安価で丁寧で完璧な仕事ぶりによって貴族の御者たちの仕事まで請け負っていた。怒らず、良く笑い、友人には気前よく酒を奢った。レメットはごみ屑などではなかったが、メインセライ卿の手の者たちは彼を殴り、切り刻み、バラバラになった身体をみせしめのため、まるで最悪の犯罪者のように街中に晒した。レメットのようにいざこざと無縁だった善きエルフがそんな目に合うなら、他の者たちはどうだ。 

 レメットは遣い走りを救うため死んだ、と盗賊たちは囁き合った。稼業がなんであれ、真のエルフの心の持ち主を、支配者が誰か見せつけるためシェムどもが犬のように切り刻んだ。それによって石つぶてがさらに飛んでくるとヒューマンどもが恐れていたのは、とうに昔の話だった。 

 レメットはあの晩酒場で歴史の話をしていた、とジネットや他のエルフ信奉者たちは囁き合った。彼が何を話したかはともかく、ヒューマンが和平を反故にして侵攻するまで、ハラムシラルがエルフの故郷であった時代の話を聞いていた。そしてエルフの故郷を焼いた貴族の末裔どもが、ひとりの無辜の子供を殺そうとしたとき、彼はその前に立ちはだかった。そうしないエルフがいるものか。 

 ハラムシラルのピエール伯爵は、ヒューマンに害が及ばない以上メインセライ卿の行いを咎めることはせず、スラムの巡邏を強化するように命じた。深夜仕事から帰宅するエルフの集団は、衛兵たちから執拗に苛まれ、殴打された。翌朝、市場の開かれる広場で衛兵たちの死骸が見つかり、その耳はエルフの盗賊がやるように切り取られていた。 

 ピエール伯爵はシェヴァリエの一隊をスラムに送り込み、屋内に留まる分別を欠いていたエルフを十人、見せしめのため殺した。翌朝、シェヴァリエの厩の馬丁たちが殺され、彼らの馬の喉が皆掻き切られているのが見つかった。 

 レディ・エルスペスは、彼女の領地へ立ち入ろうとするメインセライ卿を追い帰した。彼の粗暴な行いによって、彼女の大好物であるタルトの原料ベリーが市場から調達できなくなったというのが理由だった。卿が引き返すと自邸からは煙が上がっており、馬車の窓から飛び込んだ石つぶてが、卿の鼻に当たって血で濡らした。

 賢い貴族たちは秋の休暇と称して別荘に引きこもった。愚かな貴族たちは衛兵を増やした。

 そしてそういった顛末は、静かに、ゆっくりと、ハラムシラルからオーレイ全土に伝播していった。

---

 セリーンにとって、ギャスパードが初手をしくじった後の日々は、爽やかで静かに流れた。外交文書に署名し、報告を読み、援助を求める発明家たちや芸術家たちに謁見し、ディヴァインを主賓として招く舞踏会の準備に追われた。そこでディヴァインは貴族たちを前にして、メイジとテンプラーの間の緊張関係を緩和する何らかの一歩を踏み出す手はずだった。

 ディヴァインの赤毛の代弁者から便りはない。拒絶も承諾もなく、続く沈黙はセリーンの胃を締め付けた。また眠れない夜が訪れ、寝台の隣で丸まって横になっているブリアラをよそに、彼女は夜明けを眺めていた。 

 オーレイに必要なのは次のブライトだ、と彼女は考えを巡らせていた。それが真の救いになるわけではなく、帝国に破壊が訪れるのも望まなかった。だがブライトへの対処は、容易ではないとしても、少なくとも単純だ。戦える者を集め、ダークスポーンに立ち向かわせ、グレイ・ウォーデンたちがアーチディーモンを退治するのを待つ。即座にそうならなくても、最後には政治ごとは抜きになる。ローゲイン・マク・ティアがグレイ・ウォーデンを愚かにも裏切り、先のブライトの最中に政権を簒奪しようとした話は、どう考えても困惑を呼ぶが、野蛮なフェラルダン貴族たちですら、最終的には結束することになった。

 アビサル・リフトからダークスポーンが湧き出し、次のブライトが始まるなら、大公ギャスパードは前線に立って、その類稀なる軍略の才を持って敵と対峙するだろうか? テンプラーたちとメイジたちは、怒りの矛先をダークスポーンに向けるだろうか? 

 セリーンはため息をついた。次のブライトは文字通り、内紛や内戦など及びもつかないほど手ひどくオーレイを切り刻むことを知っていた。それだけではなく、ブライトのたびに文化は失われ、知識は散逸した。戦時に図書館を建てる者はいない。彼女の大学、父の教えに虚ろに盲従する代わりに、批判的考察を学んだ彼女の受講生たち、学び舎への道を徐々に進むことになる庶民たちやさらにはエルフたち・・・、それらすべての事柄は、単なる生存のための戦いを前にすれば、置き去りにされる。

 眠ったほうがいいと、横でブリアラが囁いた。起こしてしまったと謝るセリーンに、ブリアラはとうに前から起こされていたと答える。
 女帝の背負う重荷、とセリーンが言って笑う。ブリアラは彼女の上に覆いかぶさると、一緒に背負わせてほしいと求める。
 耳と目はブリアラに委ねたが、これは自分だけで背負うもの、セリーンは相手を引き寄せるとそう言った。起き直ったブリアラが、ひとりでは無理だと告げ、リマッチェの求婚への返答について尋ねた。ブリアラの両の瞳はあまりにも大きく、朝早い光の中では暗く、セリーンは、穏やかで深い底なしの水面の中をのぞき込んでいるような感じがした。 

 リマッチェはすでにギャスパードについた。そう言ったセリーンはため息をついた。ギャスパードが狩りの旅で彼女に提案を持ちかけた日の夜、ブリアラがバードの罠からミシェルを救い出した日の夜、二人の貴族は誓約を交わしていた。ギャスパードは二つの戦線で敗北したが、リマッチェが失われた事実が、セリーンの勝利に後味の悪さを加味したことは知っている。

ブリアラが彼女の手を握りしめ、彼が忠誠の向ける先を変えたことを度外視すれば、今からでもリマッチェの求婚を受け入れることは可能だと言った。彼にとって、玉座の隣で統治するほうが、ギャスパードにつくより魅力的なはずだ。求婚を正式に取り下げて、女帝の怒りを買うよりもそのほうが・・・。

 それではブリアラを失ってしまう。その言葉はセリーンの喉をつまらせた。自分にはブリアラしかいない。ブリアラがいてこそ自分だ。彼女はブリアラを引き寄せ、その温かい腕が自分の身体を抱くのを感じた。そして、ときにはブリアラのことが羨ましくなる、と告げた。

 セリーンは、それが言ってはいけなかった言葉であることに即座に気が付いた。ブリアラの身体が強張るが、彼女の声に変化は現れず、オーレイの女帝がエルフの侍女に嫉妬するのか、と問い返した。
 ブリアラはいつでもここから立ち去り、別の人生を歩むことができるから、とセリーンが答える。それでも依然としてエルフのまま、そう言ってブリアラはえくぼを浮かべて笑ったが、セリーンには彼女がまだ傷ついていることがわかった。

 でも、自分は玉座に座るために生まれ、それ以外なにもすることはできない。自分の両親とレディ・マンティロンが・・・。セリーンの声は小さくなっていく。
 ブリアラは身体を離して立ち上がり、自分のローブを羽織りながら、セリーンは立派な学者になれるでしょう、と言ったが、それも皇帝ギャスパードが彼女の意に沿わない決断をするまでの話であり、そのあとは面倒なことになるのは間違いない、と付け加えた。

 そうかもしれない、愛しい人、と言ったセリーンも立ち上がり、何事もなかったかのようにローブを羽織り、リマッチェのことは考えてみよう、と言った。
 ブリアラは頷き、マスクを身に着け、姿見の陰の通路から姿を消し、ため息をついたセリーンは、小さな魔法のポットを手に取った。

 どうやら、今朝のお茶は自分で淹れなければならないようだった。

*** 

 後半のブリアラとのやり取り、女帝と立場はだいぶ違いますが、フランス革命前夜の宮殿近衛連隊長(准将)、ジャルジェ(ジャルジャイユ)伯爵家令嬢のことを歌った歌を思い出しますね、って「ベルばら」のレディ・オスカー(オスカル)かよ! 

2013年11月17日 (日)

【DAI】Dragon Age Asunder (Epilogue)

 自室に戻ったロード・シーカー・ランバートの顔は満足げに紅潮していた。黒いクロークを手早く脱ぐと、付き従ってきたエルフの小姓に放り投げる。十五名の騎士団長たちが一堂に会していたが、誰一人反論する者はいなかった。皆何を為さねばならないかわかっていた。内心忸怩たるものを抱えている少数の者たちは黙し続けるか、そうでなければ他の者に置き換えられるだろう。

 大軍が召集され、アンドラルズ・リーチにたむろする惨めなメイジどもはそれによって一蹴されるか、あるいは籠城して餓死することになるが、どちらでも大差はなかった。彼らの死が後に続く者たちへの見せしめになる。サークル・オヴ・メジャイはなくなったが、真の平和をもたらす力を有した新しい秩序がすぐ代わりに生まれるだろう。チャントリーですらしくじった役割を、メイカーそのお方が見守られる中、シーカーズ・オヴ・トゥルースが代わりに成し遂げるのだ。

 「手紙の用意だ、小僧」彼がぶっきらぼうに告げる。
 小姓は怯えて悲鳴を上げそうになり、クロークと一緒に持ってきた紙まで床に落としてしまった。ロード・シーカーは小姓がそれらを拾い集める姿を苛立たしそうに見つめている。少年はクロークを壁に掛けると、小さな机に座って震える手でペンをインク壺に浸した。

 「メイカーズ・ブレス、小僧よ、もし読めもしないような出来栄えだったら、お前の皮を剥いでしまうぞ」
 小姓は息をのんだ。「畏まりました、閣下」彼の手の震えは止まったが、その息遣いは乱れていた。少年がその場で絶命することなく手紙を最後まで書き終えたなら、ランバートはそれを幸運と感じるべきだろう。もっとも手紙が今晩中に書きあがって届けられるのなら、それですらどうでも構わない。彼は手紙の内容を口述しながら鎧を脱ぎ始めた。

―――

 至聖なるお方。 

 シーカーズはあなたがこのたびの叛乱に果たした役割について十分承知している。あの夜中に、あなたが私を「緊急の」要件でグランド・カシードラルに召喚したのは、至極些末なことを伝えるためであったようだ。私が帰投したときホワイト・スパイアは混乱に見舞われており、しかもアポステイトたちの中には、あなたの手の者の姿もひとり含まれていた。 

 私が見過ごすとでもお考えだったのか? それらの所作の科(とが)も問われず済ませるお考えか? チャントリーがかかる無能な女性を日輪の玉座に頂いている今このときは不遇な時代である。長きにわたって伝統と正義が築いた成果をあなたが破壊する間、私が手を拱いて見ているようなことはない。

 ディヴァイン・エイジ二十年にネヴァラ合意が締結された。シーカーズ・オヴ・トゥルースは独自の旗印を下ろしてチャントリーの右腕の役割を担うことに合意するとともに、双方の組織がともにサークル・オヴ・メジャイを創設した。サークルがもはや存在していない今、私はここに、かかる合意の効力がすべて喪失されたことを宣言する。もはやシーカーズ・オヴ・トゥルースもテンプラー騎士団もチャントリーの権威に服することはなく、我々はメイカーのお勤めをそう期待されるとおり、我々がふさわしいと考えるとおりに担っていくことにする。

 ドラゴン・エイジ四十年の本日署名
 ロード・シーカー・ランバート・ヴァン・リーヴズ

――― 

 彼は机に歩み寄ると、小姓がちょうど書き終えた手紙を奪い取った。それに一通り目を通すと、彼は満足げに頷いた。「私の封蝋を押してサー・アーノードに直に手渡せ。これを彼自身がグランド・カシードラルまで届けるように告げよ。彼自身が、だ。わかったか?」

 「畏まりました、閣下」小姓はあまりにあわてて部屋から出ていこうとしたため危うく転びそうになった。扉をピシャリと閉めたランバートは思わず笑顔を浮かべた。彼はディヴァインが手紙を読んだときの様子を想像した。テンプラーなくしてチャントリーは牙をもがれたも同然である。口舌のみで身を守らざるを得ない老婦の集まりでしかない。彼女はどうするだろうか? メイジどもを恐れよ、囲い込めと長きにわたって教えてきたにも関わらず、今度は全てが変わったとでも告げて人々を説得しようとするのか?

 三日のうちにテンプラーの軍勢がアンドラルズ・リーチに向かって進軍する。うまく行けば彼が凱旋する頃にはチャントリーにも分別が生まれ、新しいディヴァインを選出していることだろう。今度は、シーカーズが手にするにふさわしいずっと強固な権限を与える新たな合意を望んで締結しようとする者に。

 ロード・シーカーは残りの鎧を脱ぎ去ると、照明石の灯りを消して寝台に潜り込んだ。今夜はよく眠れそうだ。間もなく彼は英雄になり、メイジどもは元の立場に引き戻され、この世は正しい姿に戻る。まさしく実りある一日であった。 

 ゆっくりと眠りに落ちそうになったとき、彼は何かがおかしいことに気が付いた。闇の中の音、彼の部屋の扉が開くときのような擦れる音。即座に彼は寝台の横に置いた剣に手を伸ばすが、それを掴む前に何かが彼に覆いかぶさって来た。男が彼を抑えつけ、その喉元にダガーを突き付ける。彼は凍り付いた。 

 窓を通したぼんやりした月明かりを手がかりに、侵入者のもつれた金髪を一目見た彼は相手が誰か即座に理解した。「ディーモン」と彼は唸り、肌に押し付けられた刃先の痛みのせいで低くうめいた。 

 若者の顔はすぐ近くにあり、その表情は恐ろしいほど真剣であった。「コールという名の者は現に存在していた」と彼は囁いた。「お前たちは牢の中に彼がいることを忘れ、誰の耳にも届かない彼の叫びを私だけが聞いていた。私は彼の元に赴き、闇の中で彼の手を取って、息絶えるまで見届けた。それからテンプラーどもが彼を見つけ、失態を隠すために痕跡を消し去った・・・、だが私は自分ではどうすることもできなかった」悲嘆と、それからおそらくは後悔が、若者の顔にほんの一瞬だけ往来した。「今はもう無力ではない」その言葉はランバートの心を冷たく突き刺した。

 「何が望みだ?」

 若者は冷たく笑った。

 「私の目を見るんだ」

【DAI】Dragon Age Asunder (22‐3)

 夜になって雪は強さを増していたが、リースは気にもかけなかった。

 彼は廃墟の中庭の暗い一角に腰を下ろし、ようやくひとりきりになって考えを巡らしていた。彼は自分の投票が騒乱を巻き起こすと思っていたが、沈黙に迎えられただけであった。サークル・オヴ・メジャイの廃止が決定された今となっては、残された問いはたったひとつだ。これからどうするか? それはまだ直面することのできない問いであったので、彼はその場を後にした。他のメイジたちも同じようにしていたのは、皆避けられない運命を潔く受け入れる心の準備が必要だったからだ。

 雪と風の中からエヴァンジェリンが現れた。他の誰であっても彼の慰めのときを邪魔する相手とみなしただろうが、彼女だけは別であった。
 「終わったわね」と言って近づいてくる彼女の面持ちは真剣だった。
 「ああ」 

 彼女は彼が立ち上がれるように手を差し出し、彼はそれを取った。「何を考えていたの?」と彼女は言った。
 「母のことさ」
 悲しげに頷いた彼女に、それ以上の言葉は必要なかった。「私があの暗闇の別のほうの側に立っていると、ウィンが金色の光を送ってそこから連れ戻してくれた。それは・・・、綺麗だった」

 エヴァンジェリンはあの夜のことを、今まで一度も話してはいなかった。リースは今でも彼女が生きていることに驚いていた。あのときまで魔法が生と死の狭間を乗り越えることはできなかった。それは不可能だと考えられていたのだが、エヴァンジェリンはこうして生き返った。スピリットでもなく、以前知っていた者の模造としてでもなく。奇跡だ。

 「それは・・・、君の中にいるのかい?」彼が不安げに尋ねた。
 「スピリットが? わからない。何も違いを感じないから」
 「その前に何が起きたかは覚えているかい?」
 エヴァンジェリンはしばらく何も言わなかった。「コールは覚えている。それから彼の正体を知ったときのあなたの瞳に浮かんだものを覚えている」リースが頷いて、恥辱のあまり頬を染めると、彼女は元気づけるように彼の肩に手を置いた。「自分を責めるべきじゃないわ」

 「そうかい? 彼は僕を騙していた。選りによってこの僕こそ、それに気が付くべきだったんだ」
 「私もフェイドにいた。あれは嘘じゃなかったわ、リース」
 彼は首を振った。「でも嘘なんだ。コールという名の少年はいなかった。あれも決して起きなかったことなんだ。きっとすべてが・・・」
 「ついさっき集まったメイジに思い込みを捨てるときだと言ったのは誰でしたっけ?」リースが口を閉じると、エヴァンジェリンは悲しげに笑った。「コールが誰か私にはわからない。彼はさまよう魂で、あなたは彼を何とか救おうとした。それだけでいいじゃない」
 「あのメイジたちもきっと僕が殺したんだ」
 「そうね。だからといってあなたは何も変わらない」
 しばらく静寂が訪れた。「またコールと会えると思うかい」とうとう彼が尋ねた。
 「わからない。会えるとは思えない」

 リースも同意の頷きを返した。「それで・・・、どうするつもりだい?」彼は静かに尋ねた。「サークルはなくなってしまった。フィオナが言ったようにテンプラーがやって来て戦争になるだろう。彼らと戦うつもりかい?」
 彼を見た彼女の顔から笑いが消え、至極真剣な顔つきになった。「あなたの傍らで戦うのなら、もう一度死んだって構わない」

 「それじゃあ、ふたりで一緒に未来に向き合おう」エヴァンジェリンは頷くと彼を強く抱きしめ、彼も喜んでそうされるままにしていた。この先何が待っているかなど大したことではないことにリースは気がついた。彼女と一緒なら・・・、だが彼女の瞳を見詰めているとその考えも途中で消えた。彼女を危うく永遠に喪うところだったのだ。二人の周りに雪が静かに降り続けているこの廃墟の中庭で、ふたりはキスをした。それは自然で真っ当なことに感じられた。

 ふたりが身体を離すと、彼女は笑って彼の手を取った。「一緒に来て」

 彼らはアンドラルズ・リーチからさほど遠くない場所までやってきた。巨大なオークの樹が一本だけ野原に立っており、とてつもなく古いごつごつとこぶだらけで灰色のそれが今でも立っていること自体信じられなかったが、また同時にそれは目にする者の息を奪うほど威厳に満ちていた。その樹はずっと長い間歴史を見続けてきている。ダークスポーンが跋扈していたブライトの時代も潜り抜けたが、汚染を浴びることもなかった。アンドラステの軍勢が強固な要塞を撃ち破るのも見ていたのかもしれないし、何千人もの兵士たちが斃れた戦いも目撃していたのだろうが、その樹は倒れることなくまだ立っていた。 

 ウィンの遺灰はその樹の根元に埋められていた。それはレリアナの示唆によるものだった。ウィンは墓碑も、大理石の墓石も、ファンファーレも欲しないだろうと彼女は言っていた。永遠の眠りに就けることができるだけの場所、彼女を知る者たちが訪れ、彼女を偲ぶことができる場所。彼女は、自分の信念に従って戦った女性、ダークスポーンと混沌に立ち向かった女性。この世界をより良いものにしてから去るため、与えられた命を捧げた女性。 

 そこにはレリアナも、シェイルも来ていた。ファースト・エンチャンター・アーヴィングもいた。他の者たちも集まって、亡き友を惜しんでこうべを垂れ、別離を心に刻んでいた。ゴーレムですらいつもの皮肉を封印しており、その眼窩の輝きも暗く灰色であった。

 リースとエヴァンジェリンは遠くから見つめていた。彼は母のことを、彼女の最後の微笑みを思い出そうとした。彼女が息子である自分と引き裂かれることなく過ごした場合の、自分の人生について、彼女自身の異なる人生について考えると心が痛んだ。それぞれにとってそちらのほうが良かったのかもしれない。 

 レリアナが歌いはじめた。エルフの言葉であったが、それでもリースには意味がわかった。それは歓喜と喪失についての、全てのものには終わりがあることについての歌だった。 

 それはまた、彼が今まで耳にした中でも最も心をとらえて離さない美しい調べだった。

2013年11月16日 (土)

【DAI】Dragon Age Asunder (22‐2)

 今回の集会は前回とまるで違っていた。大理石とステンドグラスに囲まれた巨大な広間ではなく、メイジたちが集っているのは廃墟の一室で、そこはかつては兵舎に用いられていたのかもしれないが、今はもう何ものでもなかった。壁の半分は崩れ落ちた石材と化していて、天井のそこここもずっと昔に抜け落ちていた。雑草が床を貫いて生えており、表面に隙間があるところは全て苔むしていた。多少雨風が凌げるとはいえ、メイジたちは野外に集まっていたと言ってもいいくらいだった。

 ここに参集しているのも一ダースを少し超えるだけの数のファースト・エンチャンターだけではなかった。部屋には何百人ものメイジがひしめいていたので、天井が残っているところに皆が立てるはずもなかった。彼らの頭上からは雪が舞い落ち、ゆっくりと床に積もり始めていた。メイジたちは文字通り肩を寄せ合って立っており、部屋の中央に倒壊した石柱の周囲だけが辛うじて演台と呼べそうなくらい開いているだけであった。

 しかも、ここにいるテンプラーはひとりきりだけだ。リースが入って来た姿を見つけたエヴァンジェリンはほっとして微笑んでいた。彼も笑い返し、エイドリアンとの間の出来事を頭から脇に追いやった。エヴァンジェリンが近づいてくるに連れ、多くの者たちの視線がリースに集まって来た。室内の会話が少なくなり、やがて完全になくなった。誰もが集会が間もなく始まることに気が付いていた。

 グランド・エンチャンター・フィオナが倒壊した石柱に近づいた。注意深くその上に登ったエルフが一同のほうに厳粛な顔を向けると、彼女がその立場に適任かどうか疑いを差しはさむ者は誰もいなかった。彼女は不撓不屈に見えた。大胆不敵であった。彼女がかつてグレイ・ウォーデンであったことも容易に信じることができる。彼女がメイジたちを自由に導くのか、それともチャントリーの庇護のもとに皆を連れ戻すのか、それも今からわかる。

 「選択肢はふたつ」と彼女が告げた。彼女の声はよく通り、室内には囁き声も聴かれなかった。「ここにお集まりの誰しもがそれをご存じでしょう。私たちは服従するのか、戦うのか」

 彼女の目が、反論があるかと問いかけるように皆の顔を眺めまわす。誰ひとり異存はなかった。「服従するのなら」彼女は続けた。「私たちはまとまってそうします。たとえリバタリアンズであっても。チャントリーに帰還して彼らの慈悲を請うでしょう。その事実を知る者は多くはないでしょうが、私たちがホワイト・スパイアを脱出するにあたり、ディヴァインそのお方からお力添えをいただきました。彼女は友人です。トランクィリティや処刑からも何人かお救いいただけることになるでしょうが、皆が救われるわけではありません」

 誰一人口を開かなかった。「戦うのなら、私たちは一人残らずそうします。私たちはサークルの廃止を宣言し、それによってテンプラーやチャントリーが私たちを支配しようとするいかなる試みも拒否します。それは戦争を意味します。ディヴァインがたとえそう欲したとしても、テンプラーを掣肘することはできません。私たちも多くの者が戦いの果て斃れるでしょうが、皆が斃れるわけではありません」

 依然誰も口を開かなかった。天井の隙間から降る雪は強さを増していたが、そのことにも誰も気が付かなかった。リースの背中が寒さで凍みた。「議論のときは過ぎました」とグランド・エンチャンターが言った。「今は行動するときであり、さもなくばテンプラーがやってきて全ての選択肢を私たちから奪い去ってしまうでしょう。サークル・オヴ・メジャイのグランド・エンチャンターとして、私は今ここに、私たちの独立に関する投票の開始を宣言します」 

 さざ波のような囁き声が室内を覆ったが、それもすぐにやんだ。「すべてのファースト・エンチャンターがここに集っているわけではありません。ディアズミッド(Dairsmuid)のサークルではライト・オヴ・アナルメントが発動されたと聞いています。タワーの全てのメイジが殺害され、ファースト・エンチャンター・リヴェラもその例外ではありませんでした」彼女は再び言葉を句切り、聴衆の間に驚きが染み渡るのを待った。「消息の知れない者も多くおります。ここに集うメイジたちが代わりに各フラタニティの代表者を選出しました。リーダーの方々は意見を述べ、投票を行ってください」 

 最初に投票を行ったのは腰のまがった老人で、ローヤリスツの代表者として任命されたファースト・エンチャンターに就任して間もない男だった。彼は震える声で短い演説を行い、メイジは服従すべきであると意見を述べた。テンプラーとの戦いに勝つ望みはないと彼は言った。セダスの人々は自由なメイジを決して許容することはなく、アンドラステの時代のように一致団結してメイジたちを撃ち滅ぼすであろう。サークルだけがメイジの唯一の希望である。 

 ローヤリスツの主張としては予想どおりのものだったが、それに追従する者たちの多さは予想外だったのかもしれない。続いて小規模のフラタニティが順に投票を行い、その全てがローヤリスツの主張に従った。抵抗ではなく服従を。支持者の数こそ少ないが、その言葉は室内に陰鬱な雰囲気を醸し出していった。グランド・エンチャンターの瞳に宿る生気がほとんど根こそぎ喪われていった。 

 次にリースの立っているところからさほど遠くない入口からエイドリアンが歩み出た。「リバタリアンズは戦うほうに投票する!」彼女は叫んだ。聴衆が一斉に彼女に注目しようとしてカサカサという音をたてた。「あなたたちは皆、家畜のように横たわって避けられない運命を甘んじて受けるつもりなの? 服従して何かが変わるというなら、もちろんそのとおりよ! 事態はいっそう悪くなる! すべてのサークルが監獄と化す。ここから一マイル以内に近づいたメイジは全てトランクィルにされる。奴らは他の手段を知らないし、私たちが教えなければこれからも何も学ばない!」

 彼女の言葉を受けて以前より大きな呟き声が聴こえてきたが、怒りの声はあがらなかった。彼女の主張を否定する者もほとんどいなかった。頭を下げ、涙を流している者たちの姿から、リースは今問われているのはどちらの選択がより多くの苦痛をもたらすかに尽きるように感じられた。その選択は容易なものではなかった。 

 騒音が止んだ頃、グランド・エンチャンターがリースのほうに目を向けた。エクイタリアンズは最大多数派のフラタニティで、今までも今も力の均衡を保つ役割を担っていた。リバタリアンズに与すれば過半数を握る。ローヤリスツの肩を持てばやはり議論は決着する。エクイタリアンの代表者の選出方法について訝しく思う者もいるだろう。ファースト・エンチャンターでもなければ、つい今朝までこのフラタニティの一員ですらなかった男だ。リース自身が悩んでいた。自分が母親の代役として役者不足のような感じがした。たとえそうであっても、誰も彼の回答を予想することはできない。 

 彼はエヴァンジェリンの手が彼の手を包んで、きつく握っているのを感じた。
 「僕の母については皆ご存じのとおりだ」彼は聴衆に向かって言った。「彼女は死ぬ少し前に僕にあることを教えてくれた。それは、過去に起きたことからの思い込みを捨てなければならないときがやってくるということだ。他者についてもそうだし、自分たち自身についての思い込みも捨てなければならない。僕たちはトランクィリティについても、ディーモンについても、それこそ自分たちメイジの限界についても何もわかっていない。次にやって来るのが何であっても、僕たちはそれを新しい目で見詰めることでしか生き残ることはできない。もしそうしなければ、昔の間違いをまた何度も繰り返すだけになるし、それがもたらすどんな運命も、自分たちで招いたものだと言わざるを得ないのだ」 

 何人かが頷いていたが、誰も言葉を発しなかった。しばらくの間待っていたグランド・エンチャンター・フィオナが、やがて彼を途方に暮れた顔つきで見た。「申し訳ありません、エンチャンター・リース」と彼女は言った。「どちらに投票するのか、はっきりと述べてもらえませんか」

 リースは一度深呼吸をして、最後のサイを投げた。
 「戦うほうに投票する」

【DAI】Dragon Age Asunder (22‐1)

 残っている塔のうち、一番背の高いものの頂上に立って廃墟を見渡していたリースの髪を冷たい風が揺らしていた。
 暗い雲が午後いっぱい降雪を予感させ、空気は冬の嵐の到来を告げていたが、空は持ちこたえていた。天候もまた、彼の気持ちと同様に予断を許さないようだった。

 アンドラルズ・リーチ(Andoral's Reach)はオーレイの周縁部に位置し、大昔にはテヴィンター帝国の強固な要塞であったが、蛮族の軍勢を率いたアンドラステがメイジ支配打倒のため決起した戦いで陥落した。ホワイト・スパイアにおけるもの以来初めてメイジの集会が開催される場所としてさぞうってつけに違いない。

 ひと月前にファースト・エンチャンターたちが到着して以来、メイジたちががぽつぽつと集まってきていた。しばらくの間は一日に一ダース程度のメイジたちが到着し、その後何週間はそのペースが落ちるといった感じだったが、今では百名を超えるメイジたちでごった返しており、その全てがアポステイトだった。この廃墟について皆が何を聴かされ、何を目的に来るのかリースにはわからなかったが、それでも彼らはやって来た。他にどこに向かうべきところがあるというのか? 

 皆が飢えていて、携える荷物もなく、目は不安に満ちていて、それぞれのサークルでの出来事を語り合っていた。テンプラーは厳重な取り締まりをはじめていた。一部の場所のテンプラーは、ホワイト・スパイアでの一件の情報をメイジたちよりも早く入手することができたため先手を打つことができた。だがそれでも何の違いもなかった。どのタワーでも、メイジたちは同じ反応を示した。彼らは戦った。多くが死んだ。生き残った者たちは逃亡した。

 リースは、本当は憂慮すべきなのだろうと思った。数多くのフラクタリが破壊されたのでメイジたちはしばらくのところ守られているが、他のタワーのメイジたちがアンドラルズ・リーチの集会のことを知れば、テンプラーたちの知るところにもなる。そうなれば彼らはフラクタリを必要としない。だがテンプラーがここを目指すのであれば、大軍を引き連れてこなければなるまい。廃墟は朽ち果て、壁は崩れてツタに覆われているが、その基盤はまだ守りに役立つ。百人ものメイジが胸壁に配置されれば、少なくともその十倍もの軍勢を食い止めることができるだろう。 

 来るなら来い、彼は断固として決意した。

 彼はもう何百回目になるかわからないほど地平線を見渡しているが、雪山と黒い空以外には何も見えない。たったひとりのテンプラーの影すらない。オーレイの内戦はさらに激化していると噂されている。ハートランズでは激戦が繰り広げられているという。ヴァル・ロヨーは炎上しているとの話だ。それらのどれかにでも真実が含まれているならテンプラーは手一杯のはずで、帝国周縁部に隠れているアポステイトたちに対処することなどできないだろう。 

 彼はエイドリアンが塔の階段を上ってくる足音を、彼女がこの頂上に姿を現すずっと前から耳にしていた。自分たちが見舞われたあの試練にもまるで堪えていない様子だが、彼女の場合はそれも不思議ではない。エイドリアンは挫けない。彼女は今や黒いローブを身に纏うファースト・エンチャンターだ。高齢だったエドモンドはホワイト・スパイアからの逃避行を生き延びることができず、タワーの生存者たちがエイドリアンを後継者に選出したのはほんの一週間ほど前のことだった。ファースト・エンチャンターと言っても、どこのそれかはリースにも言えなかった。彼女が主導すべきサークルはもはやない。どのファースト・エンチャンターもそれは同じだった。

 だからと言って彼女がその地位への指名を熱烈に受け止めないはずもなく、どれだけ短い間のことになろうと、留まるつもりだろう。近づいてくる彼女は彼に会釈すると、突然吹いてきた風のため顔にまとわりついた赤い巻き毛を手で押さえた。

 「皆が呼んでいるわ、リース」と彼女が言った。「もうすぐ始まるって」
 「わかった」

 彼女はそのまま立ち去ることもできたのだが、彼の傍らに留まった。彼女は彼と一緒に不毛の丘陵を見つめていて、二人の間に長い沈黙が続いた。「サー・エヴァンジェリンから、あなたがリバタリアンズ・フラタニティを抜けたと聞いたわ」と彼女はあっさりと、まるで何事でもないかのようにそう言った。リースは騙されなかった。エイドリアンが耐え難いほど侮辱されたと感じているときは、いつでも手に取るようにわかる。「彼女によれば、あなたエクイタリアンズに入るんですってね」 

 もちろん、それが彼女がここにやって来た狙いだったのだ。「もうそうしたよ」と彼は答えた。「今朝ファースト・エンチャンター・アーヴィングから、母の後を継いで集会の代表者になるように求められた。それを受けたよ」
「あなたが、彼らの代表者ですって?」
「どうやら僕の判断を信用してくれているみたいだ」
 彼女は思慮深げに眉をひそめた。「それで、投票はどうするつもり?」
「まだ決めていない」

 彼を注意深げに見据えている彼女が、彼が曖昧に答える理由を吟味しているのは間違いなかった。もしかしたらグランド・エンチャンターが彼女を送り込んできたのであって、ふたりの間の友情を手がかりにして、集会が始まる前にリースの投票権をエイドリアンに託すよう説得することを求められたのかもしれない。そうだとしても、それは間違いだった。エイドリアンと疎遠になったと感じていたのは昔の話で、今は完全に絶縁していると言えた。ふたりの友情は霧散して、言いようのないぎこちなさが取って代わっていた。彼が自分の居室で彼女を拒絶したことだけがその理由とは思えない。彼女が彼と目を合わせようとしないのは他に何か理由があるはずで、彼はそれについて入念に考えを巡らせていた。 

 エイドリアンは説得を諦めてこの場を立ち去ろうとしたが、その肩を彼が掴んだ。「待つんだ」と彼が言った。「尋ねたいことがある」
 彼女は身構えた。だが振り向いたときには平然さを取り繕っていた。「どうぞ」
 「ファラモンドの死の真相はどうなんだ?」
 彼女はぎくりとした。「テンプラーが殺して、あなたを嵌めたんでしょう」
 「ロード・シーカーは否定していた」彼は反駁した。「彼が嘘をついていたと言いたいんだろうが、なぜそんな嘘をつく? 他のことについては全て真実のみ語っていたのに、どうしてそこだけ嘘をつく? どうしてわざわざ苦労して僕を嵌める必要があった? 意味が通らない」
 彼女は肩をすくめた。「じゃあ他の者たちを殺害した誰かさんがファラモンドも殺したのよ」
 「彼の名前はコールだ。君も彼に会ったが、もう覚えていない」リースはエイドリアンの視線を逸らさず自分に向けるように強いた。彼女が再び目を逸らすと彼は顔をしかめた。「つまり、コールもまたエヴァンジェリンに自分は殺していないと言っていた。彼は他の殺害についてひとつも嘘をついていなかったのに、なぜそこだけ嘘をつく?」

 「さあね。どうして殺害について嘘をつくのかしらね」
 リースはエイドリアンに歩み寄り、怒りの眼を向けた。彼女は後ずさり、びくつき、欄干に背中が当たって行き場所をなくした。彼女は振り返って遥か下に見える廃墟の中庭を見下ろし、それから彼に目を戻した。「答えは別にあるようだ」と彼が唸った。
 

 張りつめた沈黙の中、ふたりは対峙した。彼女は身動きするつもりも、彼に答えるつもりも断固としてないようだった。やがて、ゆっくりと眼差しを下した。「わかったわ」と彼女が言った。彼女の声はとても静かで罪悪感に塗れていたので、リースには聞く前からその答えがわかった。「あたしがファラモンドを殺して、あなたのベッドの下にナイフを置いた」
 「なぜそんなことを?」
 「なぜだと思う?」憤りながら彼女が言った。「ウィンの考えを変えさせるにはそれしかなかったからよ。彼女は他の皆との会合に出向いて、またしても独立に反対の投票をするよう働きかけて、しかもそれはうまく行きそうだった」彼女は挑戦的な眼差しで彼を見上げた。「彼女は理由がなければテンプラーと戦うこともしなかったはずよ。誰か自分の愛する者がテンプラーたちからの危険に曝されなければ」

 リースは心の中に憤怒が沸き立つのを感じた。エイドリアンのローブの胸倉を掴んだ彼は、いっそ相手をここから投げ落としたいという激しい誘惑にかられた。それは容易なはずだった。どんな魔法も彼女の命を救うことはできないし、彼女も抗いもしないだろう。実際、彼女の顔つきはやれるものならやってみろと告げているのに等しかった。それがまた怒りを大きくした。「君が彼女を殺したんだ」彼は癇癪を爆発させた。「君がエヴァンジェリンを殺し、他の皆を殺したんだ。君の両手は血に塗れている」

 「自分の行いの責任は取るつもりだわ」と彼女は言った。「でもテンプラーのやったことは知らない。こんなことになるなんて思ってもいなかった。たとえわかっていても、あたしはまたやるわ。ファラモンドは死にたがっていた。彼はあたしに懇願した」
 「自分の行いに誇りを抱いてるのか」
 「誰かがやらなきゃならなかった。あたしたち皆のために」

 あたしたち皆のために。リースは乱暴に彼女を離すと背を向けた。もはやその姿を見ることすら耐えられなかったが、ある意味で彼女は正しい。死体の山にもうひとつ新たに加わったからと言ってそれが何だろう。自分のこともとても無辜とは呼べない。彼もまたこの一件の中で役割を果たしてしまったのだ。彼の両手もまた血に塗れている。 

 それでも彼はカークウォールの叛乱について想起せざるを得なかった。アンダースという名のメイジがグランド・クレリックを殺害し、あの街のサークルのほとんど全てのメイジたちが殺されることになる出来事の引き金を引いたのだ。だがそれもまた彼が他の皆のために善かれと思ってやったことだろうし、テンプラーと対決する以外の手段は彼には思いつかなかったのだ。誰がその巻き沿いになろうとも厭わず。

 本当にそれしか道は残されていないのだろうか? 正義の名のもとに、どちらか一方だけが残るまで互いに血を流し合い、殺し合うしかないのだろうか? サークルは争いをやめなければならないという意見に説得されたのはそう遠い昔のことではないが、それについてウィンは間違っていた。彼女はエイドリアンのおかげで考えを改めたが、自分はどうだ? だが今は愛想を尽かしたという気持ちしか感じられない。

 「これでおしまいだな、僕たちの間柄も」と彼は冷たく言った。「かつては友人だったが今は違う。覚えておいてくれ」 

 彼女は悲しげに見えたが、予期していたようだった。「わかったわ」
 「君にはなにもわかっちゃいない」

 彼女を後に残し、彼は塔から下りる階段に向かって足早に歩いていった。雪が降り始めた。

【DAI】Dragon Age Asunder (21‐2)

 リースもコールも、ふたりとも身動きしなかった。
 「なるほど」ロード・シーカーがほくそ笑んだ。「不可視とは、興味深いトリックであることは認めよう。もちろん、どんなトリックもタネが明かされてしまえば価値はない」彼は小瓶をしまうと小さな本を取り出した。それは彼の掌ほどの大きさで、輝く金で装丁された奇妙な代物だった。男はそれを開くと声をあげて読み始めた。古代テヴィンターの言葉で、実際にはほとんど詠唱に近い。相手が何を狙っているのかリースには見当がつかなかった。

 何かが変わり始めた。魔法のちりちりとした疼きが彼の首元あたりを刺激する。それが通路を風のように通り過ぎ、二人の姿を隠していた覆いを剥ぎ取っていった。コールが息を呑んだ。
 その音を聴きつけたロード・シーカーが即座に振り返る。ふたりを視野に捉えた灰色の瞳が狭まり、彼は冷たく笑った。「思った通りだ」彼は言った。「お前がコールだな」彼は本を放り投げると、剣を振り上げて突進した。

 コールは跳ね起きるとダガーを手にした。音も立てずロード・シーカーのほうに走り出す。彼を掴もうとしたリースが警告の叫びをあげる。「やめろ! バカはよせ! 逃げるんだ!」
 だがコールは止まらず、代わりにリースは堤防の端から転げ落ちてしまった。水中に落ちた彼の頭の中に血が充満して眩暈をもたらす。マナを召喚するため、心の奥底に残っているかもしれないパワーを必死に手繰り寄せようとするが、激しい頭痛のため引き戻されてしまう。彼は悲鳴を上げた。

 コールはロード・シーカーの最初の一振りを低く屈んでかわすとダガーを突き出した。だがそれは男の黒い鎧にあたって敢え無く弾き返される。リースの眼からはとても常人技とは思えない速さでシーカーが即座に体を回し、コールを蹴り飛ばす。金属のブーツで蹴られ、若者は苦痛のうめき声をあげながら下水の中に落下する。
 コールは長く倒れてはいなかった。彼は流れるような動きで飛び起きると、低く屈んで戦いの姿勢をとった。ふたりは円を描く用に間合いを保って動き、ロード・シーカーは相手の技倆を注意深く見極めている。

 「リースを傷つけさせはしない」とコールが唸る。ロード・シーカーに突進して、ヘビのような速さで打ちかかる。シーカーが振り下ろした剣をコールがぎりぎりのところで飛び退き、剣は空しく水を切る。すかさずコールが跳び上がり男の首元に斬りつける。ダガーは相手を捉え、ロード・シーカーが身体を捻って受け流さなかったなら、傷を負うだけでは済まなかっただろう。

 それで男は激高したようだ。彼は小手で首元を探り、それから小手に付着した自分の血を検分した。「素早いな」彼は言った。「それは認めよう」彼がコールに突きつけた剣先は、左右に位置を変える若者を追っていき、それから彼は突進した。ロード・シーカーの剣の振りは素早く、次々と繰り出してくるため、コールはすんでのところでかわすことしかできない。後ずさりを余儀なくされた若者が土手まで追い込まれたとき、ロード・シーカーはとどめを繰り出してきた。

 「コール!」リースが叫んだ。
 コールは相手の剣先を跳ね除けようとしたが、代わりにダガーを弾き飛ばされてしまった。地面に落ちたダガーをロード・シーカーが水中に蹴り込んだ。コールがそれを追って跳びつこうとしたとき、シーカーは剣の柄を素早く振ってコールの頭を打ちのめした。若者は弾き飛ばされ、通路の壁に打ち付けられた。

 コールが起き上がる前に、ロード・シーカーがコールの一方の肩を剣で貫く。剣は深く突き刺さり、痛みのためコールは悲鳴をあげた。
 シーカーが剣を抜くと、コールは獰猛な野獣のような唸り声をあげ、相手に跳びかかった。ロード・シーカーは不意を突かれた。コールは相手にのしかかるとその顔を掻きむしり、噛みついた。男はふらつき剣を取り落としたが、混乱から立ち直るのにそう長くはかからなかった。彼はコールの髪を掴んでぼろ人形のように投げ飛ばした。コールは大きな水飛沫をあげて水中に落ちたが、即座に立ち直った。だがそれさえも予期していたロード・シーカーがコールの腹部を蹴り上げた。それが強烈な一撃だったので、コールは数フィートも弾き飛ばされて再び水の中に落ちた。立ち上がろうとしたコールをロード・シーカーがまた蹴り上げた。弾き飛ばされるコールの口から鮮血がほとばしる。

 「やめろ!」リースが叫んだ。「コール! 逃げろ!」彼はロード・シーカーがダガーを蹴り込んだあたりの汚水の中を這いまわっていた。この近くのどこかにあるはずだ!ねばつく泥の中を探る彼の両手は震えていた。

 ロード・シーカーはコールのほうにずかずかと近づくと、髪を掴んで引き摺りあげた。もはやコールにはそれに抗うだけの力しか残されていなかった。シーカーは拳を固めるとコールの顔を殴った。コールは倒れたが、また立ち上がろうとした。ロード・シーカーは再びコールの髪を掴んで引き摺りあげると同じように折檻を繰り返した。二度、三度。最後の一撃でコールの鼻孔から血がシャワーのように噴き出した。コールは倒れ伏したまま、水の中を堤防の方に向かってのろのろと這い寄っていた。

 リースはダガーを見つけた。その柄を握り、彼は震えながら立ち上がった。世の中全部が彼の周りでゆらゆら揺れている。彼は突進するつもりだったが、ロード・シーカーのほうへただよろよろと近づいていくことしかできなかった。「彼に、手を、出すな!」彼は叫んだ。

 ロード・シーカーは振り向いて彼の手首を握り締め、ダガーを取り落すまで締め付けた。それから侮辱の意味を込めて、手の甲でリースの顔を叩いた。一撃でよろめいたリースは壁に打ち付けられ、汚物の塊の中に倒れ込んだ。彼の腹が刺すような痛みに見舞われ、床を転げ回って身もだえしたが、悲鳴はただの喘ぎにしかならなかった。

 苛立たしそうに溜息をついたロード・シーカーは、自分の剣のところまで歩いて行ってそれを手にした。そこで立ち止まると、彼はコールが再び起き上がっている姿を見つめた。若者の顔は血まみれで、片方の瞼が塞がっており、足元はふらふらしていたが、まだ戦う構えであった。シーカーは感銘を受けたようだった。「獲物を逃さないため、そこまで必死になるのか、ディーモン? フェイドに逃げ帰って、二度と現れないのが賢明だと思わんのか」
 コールが黒い血を吐き出した。「僕は・・・、違う・・・」

 「ディーモンじゃない? バカを言うな」ロード・シーカーは周囲を見回すと、先ほど自分が放り投げた本を見つけた。それを取り上げてコールのほうに示す。「『リタニー・オヴ・エイドララ』(The Litany of Adralla、『エイドララの連祷』)だ。これが何かわかるか?」
 コールは彼を睨み付けたまま何も言わなかった。
 「もちろん知らんだろうな」男は続けた。「ディーモンが人の心に与える影響を消散させるため、テヴィンターのとあるマジスターの手によって造り出されたものだ。それ以外に使い途はない」

 リースは絶望した。彼はコールから怒りが消えていく様子を見つめていた。彼はシーカーを困惑した様子で見つめている。

 「憐れで、愚かなスピリットよ」とロード・シーカーが言った。彼は本をしまうとコールの方に歩み寄った。若者は退こうとしたが、相手から眼を離すことができず、口をあんぐりと開いていた。「あまりに必死に人間の仲間だという振りをして、現実の存在の振りをして、自分が何者だったかまで忘れてしまったのではないか?」

 彼は乱暴に手を伸ばすとコールの首を掴んで、その身体を地面から浮き上がらせた。コールは喉をつまらせ、弱々しく揺れているだけで何もできなかった。「貴様は現実ではない」とロード・シーカーが言った。その口調は痛烈だった。「我々の世界に潜り込んで、自分たちが持つことのできないものを何でも呑み込む寄生虫の類に過ぎない」
 「彼を離せ!」リースが叫んだ。「お前には関係ない!」

 ロード・シーカーは心底仰天したような様子でリースに振り向いた。「この化け物は、たとえその価値がなかろうとも私が守ると誓った者たちを食い物にするのだ。貴様を騙し、貴様を殺害犯にし、そのうち貴様を宿主として利用するかもしれなかったのだ。なぜ擁護する?」
「お前は彼のことを誤解している」リースは気を強く持ち、ゆっくりと立ち上がった。「全てのスピリットが同じじゃない。全てのメイジが同じじゃないように。憑依された者全てがアボミネーションではない。全ての魔法が同じじゃない」彼はマナを召喚するため心の奥底を探った。苦痛は耐えがたいもので、目もくらみそうなほどだったが、むき出しの意志の力だけでそれに耐えた。白い焔が彼の両の拳の周りに現れ、魔法のために空気がぱちぱちと鳴った。

 それがロード・シーカーの注意を引いた。リースには彼が値踏みしている様子がその眼から読み取れた。はったりか? どれだけのパワーが残っている? 彼はコールから手を離して、地面に倒れ伏すままにし、剣先をリースに向けて警告した。「愚かな真似はよせ」

 リースはひるまなかった。「愚か者とは、知りもできないことを知ろうとする者。愚か者とは、自分が知りうることに限りがあると認めない者。僕は違う」

 コールはロード・シーカーの傍から逃げ出そうとしていたが、立ち止まった。彼がリースの方を見てふたりの視線が交わり、リースは彼が泣いているのを見た。それは否定でも、拒絶でも、憤怒でもなかった。そこにあるのは開悟(かいご)だった。コールの世界は彼の周りで崩壊し始めており、彼がいつも恐れていたことがとうとう現実になったのだ。彼は現実ではなかった。

 そしてその通りにコールの姿が消えていった。

 その瞬間、リースは真実を知った。彼の心の一部、ずっと奥深いところでは、とうの昔に気がついていたことだった。
 まるで彼自身の足元にぽっかりと穴が開いて、戦うための力がそこに全部吸い込まれて行ったような気がした。マナは霧散し、白い焔も消え、彼は両膝をついた。奴に殺されてしまえばいい。彼は思った。もう終わりにしよう、今ここで。

 「失望したぞ」リースのほうに歩み寄ってくるロード・シーカーの口元が不快そうに結ばれている。「もう少し戦う気概があると思ったが、エンチャンター。実のところこの叛乱は以前から予想していたのだが、正直に言えばかなり対処の難しいものになると考えていた」

 リースはようやく眼をあげた。「僕を斬り捨てればいい」彼は言った。「だがそれで他の者たちを止めることはできない」
 
 「他の者たちの番も巡ってくる。秩序は回復される。必要とあらばメイジひとりづつ順番にでも」
 「残念だけどそれにはもう手遅れよ、マイ・ロード・シーカー」闇の中から別の声がした。エヴァンジェリンだった。薄暗い光の中に姿を現した彼女が、今まで戦いを潜り抜けてきたことは明らかだ。鎧には血の筋がいくつも塗りたくられており、容赦ない厳しさを湛えた眼つきはかつての同僚たちとの殺し合いを余儀なくされた女性のものだ。だが剣を構えて彼女が歩を進める様子は、それも覚悟の上であることを示していた。

 「サー・エヴァンジェリン」ロード・シーカーは驚いたようだった。リースを無視した彼は彼女の方に顔を向け、自分の剣を注意深く構えた。「そうできるうちに逃げ出せば良かったものを。貴様は騎士団の名に泥を塗り、家名に泥を塗り、メイカーそのお方の名誉まで汚したのだ」

 ふたりとも相手から眼を離さず、水の中をゆっくりと円を描くように動いている。「他は好きに言ってもいいけれど」彼女が言った。「家族については違うわ。父は私の行いを誇りに思ったことでしょう。彼はいつもこう言っていた。専制とは導く資格を喪った者たちの最後のよすが」
 「たわけた教えだ」
 「エヴァンジェリン」リースはかすれ声で言った。身体中の力が抜けたような気がして、立っているのがやっとだった。「コール、彼は・・・」

 彼女はロード・シーカーから眼を逸らさない。「聴いていたわ。だからと言って何も変わらない」そう告げると彼女は突進した。剣士二人が激突し、二振りの剣が交わる。戦いの舞踏が繰り広げられ、腕の立つ剣士同志の間に情けも容赦もなかった。リースはただ見守るしかない。魔法を呼び起こそうとしても、そのたびに気が遠くなってしまった。

 他の者たちが近づいてくる。遠くの方から、彼らの声と彼らが走るときに立てる水音の反響が聴こえる。メイジたちか、それともテンプラーたちか。踏ん張るんだ、エヴァンジェリン。

 彼女は果敢に戦った。リースの眼から見て幾度かエヴァンジェリンがロード・シーカーより優位に立つ場面もあった。だがその度ごとに男は彼女の剣を弾き返すか、身を交わすかして辛うじて難を逃れた。
 彼女は徐々に押され気味になっていった。エヴァンジェリンは防戦を強いられ、後ずさりしながら相手の剣を弾き返すしかなくなっていた。ロード・シーカーは勝機を見て取った。彼は彼女の剣を激しく打ち据えはじめ、その力が一撃ごとに強くなっていくので、彼女は剣を取り落さないように必死に耐えるしかなかった。

 ついに人々の姿が現れ始めた。メイジたちだった。ウィンが先頭にたち、その杖は明るく輝いていて、少なくとも一ダースほどの他のメイジたちが彼女に付き従っていた。ロード・シーカーを阻止するため、水を掻き分け駆けつけてくる。

 だが手遅れだった。

 たった一度注意を逸らしただけで、ロード・シーカーが必殺の剣を繰り出すには十分だった。彼の痛烈な一撃がエヴァンジェリンの剣をその手から弾き飛ばした。剣は激しく回転して、リースの居場所から一フィートも離れていないところに落ちて水飛沫と大きな音を立てた。男は彼女が反応するより早く突進し、鎧の胸当て越しに剣で相手を突き刺した。

 「エヴァンジェリン!」リースが叫んだ。彼は彼女のほうに両手を差し出し、自らの無力を呪い・・・、そしてしばらくの間、周りのすべてが動きを止めた。リースの眼には自分を見つめるエヴァンジェリンの瞳しか見えなかった。そこには苦痛が、掴み切れなかったものへの喪失感があり、彼はそれらを彼女と同じくらい強烈に感じていた。エヴァンジェリンの唇が、ごめんなさい、と動き、その後から血が噴き出してきた。彼女の身体がロード・シーカーの剣から滑り落ち、音もなく水の中に沈んていく様子を、リースは信じられない思いで見つめていた。

 突進してきたメイジたちが足を止めた。歩み寄ってきたウィンが最初にエヴァンジェリンの亡骸を見つけ、次にリースを、最後にロード・シーカーを、厳しい表情で見た。「あなたの騎士団は負けた」彼女は彼に告げた。「あなたは敗北した」

 彼は何も言葉を発しなかった。緊張した様子で身構えながら、自分の立場を計算していた。傷を負って身を守る呪文も満足に打てないひとりのメイジ相手。ダガー一本だけで武装したひとりの若者相手。倒すのになんの問題もない。ひとりの腕の立つテンプラー相手ですら、彼は容易に凌駕することができた。だが怒れる一ダースのメイジたちが相手となると、話は全く違う。

 「だが貴様たちは何も手に入れることはできない」とうとう彼は告げた。「ここでしでかしたどんなことからも、その罪を逃れることなど許されない。我々は貴様たちを追跡し、また牢に放り込んでやる。そう誓う」
 ウィンが眼を細めた。「受けて立つわ」

 ロード・シーカーは退いた。近づくメイジは容赦なく斬るというように剣を構え、それから振り向くと闇の中に消えていった。メイジたちが杖に炎を纏わせて即座に追跡する。間もなくみなその場から立ち去ると、彼らの呪文の音さえも隧道の中に消えていき、ウィンだけがこの場に残った。老婦人は悲しげに首を振っていた。

 リースはそれにも気づかず、苦痛と衰弱に耐えながら水の中を這いずってエヴァンジェリンのほうに近づいて行った。彼は自分が涙を流していることにようやく気がついた。心の中では大声で悲鳴を上げていた。こんなバカなことがあってたまるか。こんなことが許されるのか。エヴァンジェリンはロード・シーカーが自分を殺すに任せればよかった、彼を制止して代わりにこんな目に合うことはなかったのだ。

 彼が彼女の亡骸に辿り着くと、水の中から引きあげた。彼はありったけの力を絞り出した。それから彼女を両手で包み込むと、血まみれの顔から濡れた髪の束を除けていた。彼女の死に顔はほとんど安らかなものだと言ってよく、その瞳はどこか遠くを見つめていた。「うそだ・・・、うそだ、うそだ、うそだ」彼は何度もそう繰り返し、とめどもなく湧き出てくる嘆きを抑える気持ちさえ今はなかった。

 彼女を死なせたくはなかった。彼女を取り戻したかった。リースは自分の心の中に残ったほんの少しのマナを探した。その苦痛で身体が震え、しかも見つけたのは惨めなほど少しだけだったが、それでも彼はエヴァンジェリンの亡骸にそれを降り注いだ。肌を治療の呪文で縫い合わせ、傷口を治癒の呪文で元に戻したが、なんの意味もなかった。彼女は蒼白で生気を喪ったままだった。

 手が彼の肩に優しく触れた。「リース」ウィンの声は憐憫のため痛々しかった。「もう手遅れよ。あなたには・・・」
 彼は首を振り、悲嘆のあまり支離滅裂なことを口走る。「彼女は最高の騎士だった。彼女がこんな目に合うなんておかしい。メイカーが僕の元からこんな風に彼女を取り上げるなんてできないはずだ・・・」彼はエヴァンジェリンの胸に自分の頭をあずけて泣きながら、自分にも死が訪れるように無言で祈った。コールを喪い、エヴァンジェリンを喪い、何もかもを喪った。彼はただ助けたかっただけなのに、皆を破滅に導いてしまった。

 ウィンは彼の髪を撫でていた。それは愛情のこもった仕草で・・・、そして彼が見上げるとウィンの眼に同情の涙が浮かんでいるのを見た。彼はずっと昔に出会った女性を思い出していた。ホワイト・スパイアを訪れたブライトとの戦いの英雄は、暖かい微笑みと広い心を持ち合わせた、彼が誇りを持って母と呼べる人だった。

 「任せて・・・」
 「あなたにも無理だ、彼女は・・・」
 「しーっ」ウィンは彼の唇に指を立てて黙らせた。それから彼女は彼の両頬を両手で愛おしそうに包んだが、その目には悲嘆と痛恨の念が浮かんでいた。「何年も昔に死ぬべきだった私のことを、あのスピリットが今まで生かし続けてきた理由がずっとわからなかった。今ようやくわかったの」

 ウィンはエヴァンジェリンに注意を向けた。彼女は両手を亡骸の上に置くと眼を閉じた。パワーがほとばしり出てくる。リースはそれをどう表現して良いかわからなかった。それはウィンの身体から湧き上がると、暖かい光で下水道の内部を充たした。リースは彼女の身体から何かが浮き上がり、それがエヴァンジェリンの亡骸に吸い込まれていく様を度肝を抜かれながら見守った。それは暗くも惨くもなかった。それは命だった。それは生の閃光だった。

 はじめは何も起きないかのように思われた。だがやがてエヴァンジェリンの頬に赤みが差してくるのを彼は見た。突然彼女が大きく喘ぐように息を吸い込んだ。両目を見開いた彼女は恐慌に見舞われて激しく動揺していた。リースは彼女が水の中に落ちないようにしっかり抑え付けていなければなかった。
 ふたりの眼が合った。それは彼女だった。彼女は生きかえった。

 リースはその本当の意味に気がついた。ウィンのほうを見やった彼は・・・、彼女が微笑んでいるのを見た。それは別離の微笑みだった。それから彼女は倒れ、今度こそ永遠の眠りに就いた。

2013年11月15日 (金)

【DAI】Dragon Age Asunder (21‐1)

 苦痛が生み出す朦朧とした意識の中にぐずぐず留まっていたリースは、誰かに肩を揺さぶられてそこから無理やり引きずり出された。
 メイカーご慈悲を、痛いってば!
 彼は悲鳴をあげたかったが、出てきたのは弱々しい呻き声だった。
 起きるんだと叫ぶ声がコールのものだとわかったが、それもずっと遠くから聞こえてくるような気がしていた。まるで闇の中に横たわる自分自身を見下ろしているような感じがするが、そのことすら自分とはなんの関わりもないことのように思われた。きっと夢からまだ醒めていないのだろう。

 大声で名前を叫ばれ、嫌々眼を開けた彼を現実が鋭く容赦なく襲ってきた。燃えるような胃の痛みが体中に触手を伸ばしているような感じだ。彼は闇の中に再び逃げ戻りたかったが、激しく体を揺さぶられていてはそれも適わない。もう目覚めたからやめてくれとリースは呟いた。

 コールはほっとしたようだった。彼に手枷を外してもらう間、リースは周囲の異様な感じに気がついた。牢の外から聴こえる叫び声は切迫しており、扉の開閉する音や人々が駆け出す足音がする。ずっと遠くの方からは爆発音が聴こえてきた。

 身体を起こした彼は、タワーが攻撃を受けているのかと訝しみ、皆一体何をしたのかとコールに尋ねた。
 外された手枷が鈍い音とともに床に落ち、そんなに重いものを身に着けていたことに初めて気がついたリースは解放された気分に浸った。救いに来たと告げるコールの口ぶりは、それがまるでこの世の中で一番容易なことのようだった。彼はリースの眼を直視して、立ち上がれないなら自分が担いでいくと言った。

 コールの力でそれができるとは思えなかったが、それでも彼はひるまず試みるに違いない。だがリースが躊躇したのはそれが理由ではなかった。コールの立居振る舞いやその心配そうな表情を見つめているうちに、その中に以前と違うものを見出したからだ。リースの記憶にはロード・シーカーの言葉が蘇ってきた。

 あの男の言葉が正しかったらどうする。全部本当だったら。
 話したいことがある、という言葉が考えるよりも先に口をついた。
 コールは何も訊ね返さず、時間がないとも言い返さず、ただ頷くと腰を下ろしてリースの言葉を待っていた。

 何を話すべきなのだろう。ロード・シーカーから示された以上の証拠は何もないし、あの男には目的のために事実さえ歪めようとする動機がいくらでもあるはずだ。ロード・シーカーはコールと一度も出会っていないし、その眼を覗き込んだこともない。フェイドに侵入したことも、若者が今このような存在となってしまった痛みの正体を目撃することもなかった。リースの直感はコールが現実の存在であることを告げている。
 だがそれならなぜ、自分は罪悪感を抱くのだろうか。
 彼はゆっくりと視線を下ろすと、やっぱりよそう、とだけ言った。

 コールはリースを立たせるとふたりで通路に歩み出た。一歩踏み出すごとにまるで内臓が飛び出してしまうかと思うような激痛がリースを襲う。胃を強く抑え付けても助けにならず、眉毛からは汗が滴り、震えがとまらなかった。
 これ以上歩けないと唸るリースを、あと少しだけだとコールが励ます。

 リースは自分を治癒しようとしてマナを召喚しはじめたが、苦痛があまりに強すぎて意識を集中することができなかった。苦痛はまるで抗うことのできない白い焔のようで、それを突破しようとするほど増大していった。彼は身体を折り曲げ、眩暈のために気を喪いかけた。

 照明石を手に駆け寄ってきたのはエイドリアンであった。誰かの顔を見かけてそんなにも嬉しく思ったことは今までなかった。彼女は大講堂の戦いで殺されてしまったと思っていたのだ。完全に負けと決まるまで戦いを止めない者がいるとしたら彼女だ。彼女の腫れた頬が少なくともそれを試みたことを物語っている。

 エイドリアンは立ち止まってリースの容態と、魔法で治療しない理由をコールに尋ねた。苦痛が耐え難いようだとコールが答えると、エイドリアンは顔をしかめ、このタワーには何千もの治療薬が用意してあるのに、それを持ってくることに誰ひとり思い至らなかったことを非難した。彼女はリースの顎を持ち上げてその顔を見た。リースは歯を食いしばって同時に襲ってくる灼熱と冷気に耐えていた。エイドリアンのいらついた顔が真剣な憂慮の表情に変わり、自分が治療の呪文を使えないこと、それが使える誰かを連れてくる時間さえ今はないことをリースに詫びた。

 そっちこそ大丈夫か、とリースは彼女に弱々しく声を掛けた。驚いたような表情になったエイドリアンは、次に当惑したような、むしろ疑わしそうな顔をした。どこと指摘できないが彼女は変わってしまっていた。エイドリアンとの付き合いは長かったが、リースは自室で最後に彼女と話した時のことを思い出した。あの時以来、馴染の親友を永久に喪ってしまったのだろう。彼にはそれが悲しかった。

 エイドリアンは、リースこそ安全に脱出するようにと告げて走り去った。リースはその姿を見届け、自分を介助してくれるコールに嬉しそうにうなずいた。彼はおぼつかない足取りでなんとか歩き続けた。

 人々がふたりを追い越していった。その中には大講堂にいたファースト・エンチャンターたちも、このタワーで顔馴染のメイジたちもいた。皆恐怖にかられており、ふたりのため歩みを止める者は誰もいなかった。照明石を手にした赤毛の女性が前方の広間の入口に立っていて、手振りで皆を誘導している。どこかで見かけたはずだが、リースには良く思い出せなかった。

 今はそんなことよりも歩くことの方に意識を集中するときだ。コールとふたりで必死に歩こうとしても、ペタ、ズル、ピョン、ペタ、ズル、ピョンといった奇妙な、身もだえしたくなるほど遅い足取りにしかならない。それでもリースは歯を食いしばってなんとか前に進み続けようとした。リースは腹が立つほどの無力感にさいなまれたが、気にもしていない様子のコールは彼を励まし続けた。

 間もなくふたりは他の者たちに後れを取ってしまっていた。皆急ぐように叫んでいる赤毛の女性の傍らにはグランド・エンチャンターもエイドリアンも立っていたが、しばらくすると彼女たち三人も姿を消してしまった。リースとコールふたりだけが闇の中に取り残され、遠い剣戟の音と、メイジたちの叫ぶ声だけが進むべき方向を知らせている。もちろんここの通路を熟知しているコールにはそれすら不要だ。

 ペタ、ズル、ピョン、ペタ、ズル、ピョン。

 時の流れがあまりに遅い。物音もどんどん遠ざかって行き、ついに全き暗闇が訪れた。ピットの深部に降りているのはわかったが、どこに向かっているかリースには皆目見当がつかなかった。先導はコールに任せきりで、リースの耳には自分たちの足音と、自分の心臓の鼓動だけが鳴り響く。

 エヴァンジェリンやウィンもどこかにいて戦いに参加しているのだろうか。皆はどこに向かっているのだろう。テンプラーの追撃の手が及んだらどうするつもりだろう。リースはそれらのことをコールに尋ねたかったが、今は苦痛に耐えつつ歩みを進めるのに精一杯だった。

 拷問とも思える長い時間が過ぎた頃、リースは足元の水音に気がついた。廃棄物まみれの下水道で嗅ぐような汚臭もしてきた。リースは途切れがちな息遣いで自分たちの居場所をコールに尋ねた。

 もうすぐ先だとコールが答える。彼は姿を消しているのかもしれないが、闇の中から聴こえるその声とリースの腰を支える片腕は確かなものだ。
 この先にある壁を伝って降りることになると告げられたリースは、それを言うなら壁から転げ落ちるだろうと言って笑った。なんとかするとコールが答えた。

 突然、後ろの方から物音が聴こえてきた。何人もの走る足音。命令を叫ぶ声。テンプラーたちだ。リースは凍りつき、反射的にマナを召喚して守りを固めようとしたが、襲いくる激痛がそれを許さなかった。後ろによろめき、石につまずいて転びそうになったリースの身体をコールが支えた。

 リースの鼓動が激しくなった。その場にしゃがんだ彼は胃の苦痛に顔を歪めながら待った。周囲の闇を暴く照明石の灯りが遠くの方にいくつも見え始めると、テンプラーが違う方向に行って欲しいという望みも打ち砕かれた。テンプラーが近づいてくるにつれ、灯りの眩さも増してくる。

 早く逃げなければとコールを急かしても、彼は大丈夫だと言うばかりだ。
 大丈夫なわけがない。自分の足取りでは遠くまで逃げることなどできないが、だからといってここで座して待っていても幸運など訪れるはずがない。

 一人目のテンプラーが視界に入るとリースは恐慌に見舞われた。テンプラーは全部で五人で、がっしりした巨漢たちの鎧はどれも返り血で汚れている。その真剣な面持ちから、出会う誰でも叩き斬る気満々であることがわかる。

 先頭の男が照明石を高く掲げて通路の先を覗き込む。リースは困惑した。男から五フィートも離れていないのだから、リースたちの姿は白日の下のように晒されなくてはならないはずなのだ。

「確かに水音がしたはずなんだ」先頭のテンプラーが呟く。
「俺たちの立てた音だろう」と別のテンプラーが言った。「ただの反響だよ」
「かもしれん。だいたい奴ら本当にここに逃げこんだのか。こんなところに何があるっていうんだ」

 黒ひげを蓄えたテンプラーが進み出ると、壁に向かって苛立たしげに剣を振り回した。

「メイカーズ・ブレス、そんなこと知るかよ。戻ろうぜ。ゴーストを追いかけた挙句にこんなところで迷子になるのは御免だ」
「ロード・シーカーの命令は、ダンジョンから逃げ出した奴らは一人残らず見つけ出せだ。彼自身も間もなくここにやって来る」
「もし来なかったら? 一ダースものファースト・エンチャンターどもと俺たちだけで戦う羽目になったら? 勘弁してくれよ!」

 先頭の男が意地の悪そうな顔で他の者たちを見た。

「じゃあ、ロード・シーカーにそう言えよ。それともサー・エヴァンジェリンの味方にでもつくか? メイジどもと一緒に戦っている姿をお前だって見ただろう。正気の沙汰じゃない」

 他のテンプラーたちは押し黙り、心中を見透かされたくないかのように誰とも眼を合わせなかった。先頭のテンプラーが忌々しげに唾を吐き出すと、通路を先に進んでいった。他の者たちも遅れてそれに付き従う。彼らの立てる水飛沫がコールとリースを濡らしたが、誰一人としてふたりに気がつかなかった。

 リースは微か過ぎてそれまで気がつかなかったパワーの存在を感じた。毛布のように自分の身体を包み隠しているそれは厚く、濃密で、コールから発せられていた。テンプラーたちの照明石の灯りが見えなくなるほんの一瞬前、きつく目を閉じているコールの顔が見えた。あまりに神経を集中させているためか、彼は鼻血を流していた。

 連中はもういなくなったとリースが声を掛けると、両目を見開いたコールが驚いた顔でリースを見て、それから苦しそうに顔を歪めた。彼は地面にうずくまり、両脚で頭を挟み込んですすり泣き始めた。何が理由なのかわからず途方に暮れたリースはコールの肩を叩き続けるしかなく、やがてふたりは再び闇の中に取り残された。
 しばらくしてようやく呼吸が穏やかになったコールが、もう大丈夫だと言った。
 リースが尋ねても、コールは先ほどテンプラーをやり過ごした手口について何も答えず、リースを立ちあがらせて再び歩き始めた。コールの新しい能力はリースを不安がらせた。彼の知る限りそれはどんな種類の魔法でもなく、何か完璧に異なるものに違いなかったが、その考えは心地よいものではない。

 テンプラーたちはエヴァンジェリンについても話していた。リースは彼女がまだ生きていると信じたかった。メイカーが真に信仰に篤く善なる者をお救いになるのなら、彼女こそ生き延びさせて欲しい。

 ふたりはコールが言っていた壁のところまでやってきた。闇の中でそれを降りるのは難しく、永遠とも思えるほどの時間を要した。リースは自分の眼では見えない石を握りしめ、途切れがちに息をしてこのまま落ちないように祈った。その甲斐もなく落ちてしまったリースの身体を下で待っていたコールが首尾よく受け止めた。想像を絶するほどの激痛に見舞われたリースが冷たくじとじとした下水の中に横たわって痛みが去るのを待つ間、コールは彼の頭を叩いて先に進むよう急かしていた。

 汚水の匂いから、ふたりがいるのが下水道の中だとわかった。他のメイジたちもここを通って逃げたのだろう。通路の先から微かに声が聴こえると、コールは即座にリースを反対方向に誘導した。

 テンプラーの援軍が到着するのに時間はかからなかったようだ。しかも今度は大勢である。互いに命令を叫び合う声と、汚水を掻き分けて進む水音が、リースの耳にはありとあらゆる方角から聴こえてくるような気がした。だがコールには進むべき道がわかっているようで、リースはそれに頼るしかなかった。

 いくつもの角を曲がりながら進む道のりは永遠に続くかと思われ、苦痛のため朦朧となっていたリースは何度か気を喪いかけた、実際気を喪ったはずなのだが、気づいた時にはまだ歩き続けていた。
 とうとうリースがコールの袖を引っ張り、少し休ませてほしいと言った。

 コールは何も言わずにリースを近くの堤防まで連れて行った。ふたりでそこに座り込んで、リースは呼吸を整えようとしていた。腹部が燃えるような感じがするのは出血が再度はじまっているからに違いなく、生きる力がどんどん萎んでいくのをリースは自分でどうしようもなかった。疲労困憊で眩暈もしていた。

 天井の鉄格子から微かな灯りが漏れてくるのはヴァル・ロヨーが夜だからだろう。通路の壁の輪郭を知るには十分な光で、隅を走り回るネズミたちの姿も映しだしていた。リースはそこから街に出ることができないかと一瞬だけ思ったが、即座にその考えを打ち消した。たとえ梯子があったとしても今の自分では到底それを登れない。鉄格子が外れないかもしれない。魔法が使えなければ自分は完全に無力だ。

 リースは凍りついた。誰かが近づいてくるのだがその足音は走ってはおらず歩いている。コールに手を掴まれたリースは、彼が再び先ほどの闇の覆いを使ってふたりの姿を隠すつもりだろうと思った。

 姿を現した追跡者はロード・シーカーだった。

 下水の中をゆっくりと進んでくる男の片手は赤く輝く小瓶をかざしている。それが自分のフラクタリであるに違いないと思ったリースは絶望した。ロード・シーカーは自分を追跡してきたのだ。彼はまるで何でもないことのように優雅に歩いている。獲物を探してうろつく狩人だ。

 フラクタリがあってもコールの能力で姿を隠すことはできるのだろうか。リースはロード・シーカーが立ち止まるのに合わせて息を止めた。男はゆっくりと小瓶を左右に振り、深紅の光がどのように変化するか吟味している。そして顔をしかめた。

「出てこい」と彼は言った。
「そこにいるのはわかっている。お前のフラクタリを破壊するために仲間が苦心惨憺したようだが、ずっと私が持っていたのだ」

2013年11月13日 (水)

【DAI】Dragon Age Asunder (20‐2)

 コールの両足は痙攣しそうになっていた。彼はダンジョンの入口からそう遠くない闇の中に長い間隠れていた。

 見知らぬ連れと一緒でなければ隠れる必要すらなかったのだが、彼は老婦人がシスター・レリアナと呼ぶ短い赤毛の女性と同行していた。赤銅色のチェインメイルを身に纏い、太ももまで覆う黒い革製のブーツを履き、肩にはロングボウを担いでいる彼女のいでたちはコールが今まで見たこともないほど絢爛豪華で、とても尼僧には見えなかった。彼女は呼吸をするように気軽に戦いに臨むことのできる類の人物に見えたが、そんな尼僧がいるとも思えなかった。

 エヴァンジェリンたちと別れてこのかた、シスターとコールは一言も言葉を交わしていなかった。自分の隣にしゃがんでテンプラーたちを見詰めている彼女に、コールは老婦人やリースとの間柄について尋ねたかった。コールはおぼろげな記憶から、あの香水の匂いが漂う聖なる館で、背の高い帽子をかぶった女性の傍に立っていた女性とこのシスターが同一人物であるとわかったが、今の彼女はその時とは全く異なる佇まいであった。 

 だが今すべきなのは質問ではなく、リースを救い出すことだ。コールが牢の中の様子を覗いたとき、リースは蒼ざめ、話は要領を得ず、腹の傷はひどそうだった。薬品の知識もなければ治療の呪文も使えないコールはその時何もできなかった。あれから今までの間にリースが死んでしまったりしていないだろうか。 

 何時間も待たされたような気がした頃、ようやく事が始まった。 

 はじめに頭上の遥か遠くのほうから雷鳴のような音が微かに伝わってきた。その音が徐々に大きくなり、天井を揺らし始め、溜まっていた塵の塊が崩れてパラパラと降り注ぎ、テンプラーたちの警戒を呼び起こした。彼らは一斉に飛び跳ねると剣を抜いて口ぐちに叫び合った。

 ひとりのテンプラーが駆けつけ、タワーが攻撃されていると叫んだ。ロード・シーカーの居場所が不明だと知ってテンプラーたちはしばし混乱していたが、次に聴こえてきた爆発音をきっかけに、ようやく行動を開始した。指揮を執ったテンプラーが、三名だけをここに残して他の者たちと階段を駆け上がっていく。その足音が聞えなくなった頃、シスターがようやく身体の向きを変えた。

 彼女はロングボウを手にすると矢をつがえたが、弦はまだ引かなかった。そして三人も残ってしまったのは具合が悪い、と不愉快そうに囁いた。三人くらい楽に倒せるのではないかとコールが尋ねると、シスターは、ダンジョン入口の防御装置はたった一人で起動することができるため、三人いっぺんに倒さなければならず、それは至難の業なのだと答え、微かに笑って弓を持ち上げると弦をひき始めた。

 コールは彼女の肩に手を置くと、自分に任せてほしいと言った。シスターは好奇に満ちた目で彼を見たが、特に拒絶もしなかったのでコールは立ち上がった。
 コールは今までテンプラーを傷つけたことはなかった。だがリースを救うことを邪魔する者は許せなかったし、エヴァンジェリンからは時間をかけている暇はないと言われていたのだ。

 ダガーを強く握ると、コールは衛兵詰所に向かって通路を忍び足で進み始めた。入口付近に立っている最初のテンプラーのところまで近づく。日焼けして年季を示す肌の、白いものの混じった黒いひげを蓄えた年長の男だ。彼はコールの姿を通して階段のほうを不安げに見つめている。剣戟の微かな物音がするたびに彼の身体がぴくりと動いた。

 また叛乱か、と男が唸る。四角い顎をした女性のテンプラーは、兜ですっぽりと覆っている頭を振りながら、ロード・シーカーは今度こそ愚かなメイジたちの頸を刎ねるに違いないし、そうでなければ連中は何も学ばない、と答えた。

 年長のテンプラーは何かをぶつぶつ呟いた。男の目を見つめるコールには、その臭い息まで感じることができた。コールは自分の心の奥底にある闇の井戸に触れるため神経を集中させた。襲ってくる恐怖に打ち勝つよう気を強く持った。

 自分はこの世から消え去ったりはしない。リースは世界で唯ひとりの友人、彼を救うためなら何だってやる。

 コールはダガーを持ち上げ、そのぎざぎざの刃をテンプラーの首筋にゆっくりと近づけた。肌に押し付けると一筋の血が流れたが、男はまだ気が付かず、何事もなかったかのように前方を注視しているばかりであった。

 お前たちには僕は見えない。コールが深く切り裂くと、男の喉から鮮血がほとばしり、鎧の胸にしたたり落ちた。男は目を見開いて息を呑み、恐慌に見舞われて自分の首を抑えた。血の流れはさらに早くなり、チュニックを濡らして床にまで飛び散り始める。彼は自分の小手を見つめて困惑した顔つきになり、喉からごぼっと音を立てるとついに片膝をついた。

 お前たちには僕のすることが見えない。コールは年長のテンプラーを捨て置いて次の標的である女性に近づいた。コールは彼女の眼に自分がかけた覆いを感じることができた。彼女はそれに抗っていたが、そうしていることにすら気が付いていない。コールの両のこめかみは痛みで脈打っている。

 お前たちには僕を止めることはできない。コールはダガーの切っ先を彼女の喉元に突き付け、体重を乗せて押し込んだ。刃は奥までぶっすりと突き刺さり、ぐうと音を立てた彼女の口からほんの少量の血が吐き出された。それでも彼女は釘付けにされたままで、忘却の海から顔を出すことができないでいた。

 お前たちの誰も僕を止めることはできない。コールはダガーを抜き去り、女が後方によろめいて壁に倒れ掛かるのを見つめていた。彼女が剣を床に取り落すとガチャリと音がした。彼女は流血を食い止めようと両手で無為に傷口を抑えている。彼女は最後のテンプラーのほうに震える手を伸ばして警告を与えようとするが、その口からは締め付けられたような叫び声しか生み出せなかった。

 リースが死んでいたら、お前たちの最後の一人まで狩りたててやる。最後の一人まで逃がさない、そう誓う。

 最後のテンプラーは若い男であった。長くぼさぼさの金髪の男はどこかしらコールに似通っていた。若い男はなにか妙な感じを察知したかのように眉をひそめているが、その正体を突き止めることはできないでいた。コールはなんとか神経を集中させようとしたができなかった。自分の鼓動があまりに大きく響いていて、耳にはそれしか聞えないほどになった。 

 女はついに地面に倒れ伏し、その物音が若いテンプラーの注意を引いた。振り向いた彼が驚きの叫び声を発し、同時にコールの姿を目にとめた。若い男は叫び声をあげ、振り上げた剣でコールに斬りかかった。

 だが時すでに遅く、コールのダガーはすでに若い男の喉元を切り裂いていた。男はよろよろと後ずさりし、コールはその不器用な剣捌きを容易く避けることができた。男が再度剣を振り上げようとするが、もはや鮮血は留まることなく吹き出している。男の力は弱く、剣は揺れ動いてやがて床に落ちた。男も両膝から崩れ落ち、コールを驚愕の表情で見つめつつ、ゆっくりと倒れ伏した。

 コールは大きく強く息を吐き出した。死体から離れると壁に背中をあずけ、吐き気と戦っていた。彼の全身に蔓延する闇の力は、まるで身体の中のあらゆる線維に染み渡る瘴気に満ちた油のような感じがした。身体が震え、眉毛からは汗がしたたり落ちた。彼は目を閉じ、その闇を抑えつけようとした。自制を取り戻すためには、意志の力の最後の一かけらまで必要とした。

 コールが再びようやく震える足で立つことができるようになった頃、弓を手にしたままのシスターはすでに詰所の中に入っていた。彼女はテンプラーの死体には気が付いていたが、ずっとコールを注視していた。彼女の眼には彼に対する警戒が、むしろ恐怖が潜んでいた。

「あなた随分と・・・、興味深いことができるのね」と彼女は慎重に言葉を選んで言った。

「気にしないで。どうせあなたは覚えちゃいないから」 

 彼女はその言葉を信用していないようだったが、コールも気にしていなかった。彼がひとりのテンプラーのクロークでダガーの血を拭っていると、階上の叫び声が次第に大きく、近づいてきているように聴こえた。 

 シスターが壁の照明石を手にし、年長のテンプラーのベルトから鍵の束を取り上げると、ふたりは沢山の牢が連なる通路に駆け込んだ。コールはいくつかの扉の陰から大勢のくぐもった声がするのを耳にした。コールがいまだかつて見たことのないほどの人数が、こことさらに下の階にも閉じ込められており、皆が助けを求めているようだった。 

「リースを探さなくちゃ」

 彼は不安げに言った。

「もちろん!」

 シスターが最寄りの牢に駆け寄って開錠する。扉の中には片方の頬にむごい殴打の後のある背の低い女性がいて、追い詰められた猫が今にも相手に飛びかからんとしているかのように牢の隅っこにしゃがみこみ、ふたりに怒りの表情を向けてきた。コールはそれが赤毛、いつも口論ばかりしていたエイドリアンであることに気が付いた。 

「あたしをどうする気?」と彼女が詰問する。

 シスターがくすりと笑う。

「助けに来た相手に対して、随分なご挨拶だこと」

 赤毛は疑い深そうに目を細めた。

「助けに来た?」

「ここに居残りたいならどうぞご自由に」

 赤毛が事態を呑み込むまでほんの一瞬を要するだけであった。彼女は立ち上がり、手枷された両手を突き出した。

「じゃあ、これも外してよ」と彼女は言った。

「グランド・エンチャンターを探さないと。彼女だけはどうしてもここから逃がさなくちゃ」

 シスターは頷き、コールを振り返った。彼女は鍵束から鍵をひとつ抜き去って彼に放り投げる。

「他の人たちも出してあげて。急いで」

「リースを探さないと」彼が繰り返す。

「皆一人残さず逃がさないといけないの」

 彼女は即座にエイドリアンに駆け寄り、手枷を外した。コールは通路に走り出た。騒音はさらに大きくなっている。牢の中からあがる沢山の叫び声には恐怖が入り混じっており、彼は敢えてそれに身を曝すことにした。

 コールは目を閉じ、自分の思念を探り始めた。リースは生きている。彼が近くにいることが感じられる。か弱く、消え入りそうだが、持ちこたえている。まだ手遅れじゃない。他の者たちはシスターが救えばいい。コールはそのために来たのではない。

 死んじゃだめだ、と彼は呼びかけた。僕は君を救うために来たんだ、そう約束したじゃないか。

 死なせたりするもんか。 

2013年11月11日 (月)

【DAI】Dragon Age Asunder (20‐1)

 フェラルデンのタワーのほうがまだよかった、とシェイルが呟いた。

 ウィンはバカを言うなというように鼻を鳴らし、シェイルはたった一度しか訪れたことがないはずであり、そのときあの場所はアボミネーションとあらゆる種類の堕落で半分埋まっていたではないか、と囁き声で問い詰めた。
 そこが洒落ていたところだ、とシェイルが言い返す。

 エヴァンジェリンが静かにするようにふたりを小声で叱った。ゴーレムと一緒に隠密行動をすること自体難しいのに、お喋りされていてはどうにもならない。ウィンがシェイルとどうやって合流できたのかエヴァンジェリンには見当もつかなかった。モンツィマードに到着した後、シェイルは首都までエヴァンジェリンたちを追いかけてきたのだ。もちろん道中出会う鳩たちに恐怖を振りまきながら。
 たとえ隠密行動が苦手でも、これから待ち受ける事態にゴーレムの味方が心強いことは言うまでもない。 

 ここまでのところ順調だった。エヴァンジェリンたち一行は、古代の地下道とタワーを結ぶ遥か昔に忘れ去られた連絡路からの侵入を計画した。エヴァンジェリン自身もその抜け道の存在を知らなかったし、このピットの最奥部を人が往来した形跡は何世紀にもわたってなさそうだった。
 黒い汚水に半ば漬かったり、今にも崩れそうなしっくいの壁をよじ登るなど決して楽な行程ではなかったが、予想に反して壁はゴーレムの重さにさえ耐え、一行は首尾よくタワー内部に侵入した。

 コールはピットの内部をまるで自分の手の甲のように熟知していた。通路には崩落した箇所や攻城戦用に要塞化された部分が至る所にあり、彼の先導無くして暗闇の中を誤りなく踏破することはできなかっただろう。

 ダンジョン付近に到着すると、そこはコールから知らされていたようにテンプラーでごった返していた。詰所内部には少なくとも二十名がおり、その外にも大勢が屯(たむろ)している。少なくともメイジの半数が牢に入れられているに違いない。仮にメイジ全員を投獄しようとするなら、ロード・シーカーはダンジョンの最下部の牢まで使わなければならなかったはずだ。そこにはタワー全体のメイジの優に倍の人数が収容できる。

 正面突破も可能ではあった。エヴァンジェリンはかつての同僚たちと剣を交える考えを好まなかったが、流血を避けることができると考えるほど間抜けでもなかった。だが真の脅威はテンプラーたち自身ではない。その中の誰かひとりでも誤ったレバーを操作してしまえば、ダンジョン入口の防御装置が作動して誰も出入りができなくなってしまう。
 それが悩みの種なのだ。

 リースの怪我のことを気にかけているウィンは、コールとレリアナと一緒に彼の救出に向かうべきだったと後悔していた。自分がいなければ誰もリースを治療することができないのではないかと慮っていた。エヴァンジェリンは、リースのことはふたりに任せて、こちらは自分たちの役目を果たすことに傾注すべきだと告げた。

 ウィンが用心のため杖の灯りを消していたため、タワーの正面玄関階までの長い階段は慎重に進む必要があった。深夜のこの時分でもテンプラーが徘徊していることは十分あり得るし、そのうちたった一人に見つかるだけで全ての努力は水泡に帰してしまう。

 だが運は一行に味方していた。誰にも遭遇することはなかったし、タワーの内部は完全に静まり返っていた。通常時でも大広間の入口や共用広間はテンプラーたちが警備しているが、さらに手厚い警備を予想していたエヴァンジェリンは、それが杞憂だったことを知って安堵した。

 おざなりな警備だ、とシェイルが批判する。彼らは内部からの攻撃は心配していないようだとエヴァンジェリンが答えると、それこそ最も警戒すべきことではないのかとゴーレムが食い下がる。
 タワーがあまりに広すぎるため、テンプラーがそのすべてを一度に監視することはできない。代わりにメイジたちを狭い区域に押し込めてテンプラーはそこだけ集中的に監視しているのだ、とエヴァンジェリンが説明する。
 とはいえ長く留まるほど巡回警備の者に遭遇する可能性も高くなる。彼女が手を振って指図すると、一行はさらに上層を目指して階段をゆっくりと上り始めた。 

 数階層は何事もなく通過したが、メイジたちがいる階層に近づくと話し声が聴こえてきた。エヴァンジェリンが手摺から身を乗り出して様子をうかがうと、彼女の予想どおりテンプラーの一隊が共用広間を占有していた。だが彼らに警戒している様子はなく、ひとつきりの照明石の灯りをたよりにカードで遊んでいる数名の者たちの他は、囁きあったり、頷きあったりしていた。
 メイジの姿はひとりも見当たらない。 

 ロード・シーカーの眼にとまれば、この怠慢なテンプラーたちの頸が軒なみ刎ね飛ばされてしまいそうだが、今それは問題ではない。このままでは誰にも気づかれずに上層に向かう階段までたどり着くことができないのだ。 

 エヴァンジェリンは、ウィンの名前を呼んで目くばせする。老婦人はそれに応えて片手を掲げ神経を集中させ始めた。その手を包み込んだ微かな輝きが、最後にはエヴァンジェリンが心配になるほど強く明るくなっていった。

 ウィンは両目を開くと、目の前に浮かんでいる輝くオーブに向かって声をかけた。オーブはまるで承知したと答えるように弾み、高く浮かび上がると一ダースほどの小さなオーブに分かれたが、その光はずっと微かなものなので暗闇の中ではほとんど目につかないほどだった。小さなオーブの群れは一斉にテンプラーたちのほうに飛んでいった。
 エヴァンジェリンが狙いを尋ねても、ウィンは黙って見ているようにと言い返すだけだった。

 自分たちの頭上を越えて飛んでいくオーブの群れにテンプラーたちは誰も気が付かなかった。オーブはそれぞれが目指す扉のほうに向かって散っていき、床と扉の隙間から室内に入り込んでいった。

 エヴァンジェリンたちは階段でやきもきしながら待っていた。 時間が経てば経つほどテンプラーの誰かに見つかる可能性が高くなっていく。派手な剣戟こそ今ここでは最も避けたいことだった。 

 カード遊びをしているテンプラーの一人が勝利の叫びをあげて手札を卓に投げ捨てた丁度そのとき、扉の向こうから大きな破裂音が立て続けに聴こえた。テンプラーたちは即座に跳びあがり、よろめきながら大慌てて剣を抜き去った。何人かは音のした扉のほうに駆け出して行ってそれらを大きく開け放つ。部屋の奥からは恐怖に駆られたメイジたちが悲鳴を上げた。 

 これだけの騒音と混乱があれば気づかれずに移動するのには十分だ。エヴァンジェリンたちの心配は、この騒ぎが下の階層はともかく、上の階層のテンプラーたちまで警戒させてしまっていないかどうかに尽きる。

 共用広間からかなり遠ざかってから、エヴァンジェリンが誰も傷つけることなく騒ぎが済んでいることを祈った。先ほどの階層にいるのはほとんどがアプレンティスたちで、彼らの緊張ぶりを考えると間違いが起きてもおかしくない。それについてはウィンも同意見だった。

 それ以上話し合うこともなく、やがて一行はテンプラーの将校クラスが居住する上層階に到着した。ロード・シーカーが変更を命じていなければエヴァンジェリン自身の居室もそこにある。それともアーノードが戦利品として使っているのかもしれない。彼女は父の本だけは取り返したいと思いつつも、今は形見の品のため危険を冒す場合ではないことも承知していた。 

 墓場のような静寂の中、たったひとつの照明石だけが進路を照らしている。自分たちの一歩一歩の足音がエヴァンジェリンにはまるで雷鳴のように感じられ、間違いなく誰かに気づかれるだろうと覚悟していた。 

 階段の次の角を曲がったとき、行く手を誰かが遮った。

 ウィンが驚愕して息を呑む。石の拳を固めて前に飛び出そうとするゴーレムをエヴァンジェリンが制止する。灰色のローブと額の日輪の印から、目前のエルフの女性がトランクィルであることがエヴァンジェリンにはわかった。暗闇の中で踊場に佇んでいる相手は身じろぎもしないが、その表情からは恐怖ではなく、不意に遭遇した相手に対する冷静な好奇心だけが読み取れた。 

 無言で対峙する一瞬の間だけ誰も身動きしなかった。エヴァンジェリンが自分のことを知っているかと尋ねると、相手は彼女が騎士隊長であり、ロード・シーカーからサークルの敵であると名指しされた者であると答えた。

 テンプラーたちに警告を発するつもりかと問われるとエルフは逡巡し、エヴァンジェリンたちに誰かを傷つける意図があるのかどうか尋ね返した。必要に迫られない限りそうはしないとエヴァンジェリンが答えると、トランクィルはそれを許容するかのようにゆっくり頷いて、こう告げた。
 ロード・シーカーがグランド・カシードラルに緊急召喚され、多数のテンプラーを伴って出ていった。彼はタワーを長く離れることにはならないと言い残していたので、何か事を構えるなら早くした方がいい。 

 エヴァンジェリンはウィンに目配せした。タワーからテンプラーが大挙して出張っているのはレリアナが首尾よくディヴァインの協力を取り付けたからに違いない。
 彼女はエルフに、指示に従うだけのトランクィルが、その情報を敢えて自分たちに伝えた意図を尋ねた。

 エルフの女性は、自明なことを質問されたかのように不思議そうに首を傾げながらこう答えた。
 従順さは分別の現れ。それを自由意志の欠如のように解釈するのは誤りである。
 
 彼女は去り際に振り返り、騎士隊長の幸運を祈ると闇の中に消えていった。

 このまま見逃すのかといぶかし気に尋ねるシェイルに、ほとんど悲し気な顔になったウィンが頷き、エヴァンジェリンもそれに同意するしかなかった。エルフを手に掛ける理由などないが、今のやり取りは疑問を生んだ。トランクィルでさえ騎士団の行いに反感を抱いていることを仄めかしたのは、暗黙の了解と同じと受け取っていいのだろうか。トランクィルの論理的な思考が叛乱すべき理由を見出したとき、彼らが一体どんな行動をとるのかエヴァンジェリンは常に疑問を抱いていたのだ。

 だが思いあぐねる時間はなかった。エヴァンジェリンは今まで以上にウィンとゴーレムを急かして、最後の階段を上りはじめた。彼女がファースト・エンチャンター・エドモンドとともに、今と同じ理由でここを上ったのはそう遠い昔のことではない。

 彼女たちはタワーの最上部に到着した。入り口にはフラクタリ・チャンバーに続いている巨大な扉があり、以前同様にテンプラーがひとりきりで警護していたが、今回の男はすでに剣を手にしていた。同僚だったテンプラーの他、杖を輝かせているアーチメイジ、岩石と水晶からなるゴーレムに対峙しなければならないことに気が付いた彼の眉毛からは汗がだらだらとしたたり落ちている。

 彼はエヴァンジェリンたちを大声で誰何した。名前こそ失念していたが、彼女にはそれがまだ入団一年足らずの夢と理想に満ち溢れた新人であることを覚えていた。若者は恐怖に塗れながらも持ち場を放棄することを拒む様子だ。 

 自分のことは知っているだろうと告げたエヴァンジェリンは剣を抜いた。彼女が入口に近づくのをテンプラーは不安げに見やり、ウィンとシェイルにもちらちらと目くばせをした。彼の剣が小刻みに震えているのは腕前が稚拙なしるしであり、エヴァンジェリンが即座にその剣を叩き落すことも、さらには相手を刺し殺すことさえ容易であったはずだ。

 ここに来るべきではないという警告をエヴァンジェリンからあっさり無視されると、彼は保管庫の壁に背中が付くまで後ずさりし、そのこと自体に驚いて飛び上がった。エヴァンジェリンは窮地に追い込まれた相手が斬りかかってくることを予期したが、テンプラーはそれをやっとのことで思い留まった。 

 エヴァンジェリンは相手から剣先を逸らさず、懐柔をはじめた。ここで死ぬ必要はない。持ち場を離れ、階段を降り、他のテンプラーを呼びに行け。急いで、できるだけ大声で。
 唇をなめている相手は逡巡しているようだった。エヴァンジェリンは、無謀な戦いで死ぬことではなく、警告を発するのが今の任務だろう、と畳みかけた。 

 テンプラーは試すように一歩エヴァンジェリンのほうに近づいたが、その剣の震えはますますひどくなっていた。エヴァンジェリンは相手に道を譲るため後ずさりした。それで勇気づけられたのか、テンプラーはさらに二歩、恐慌寸前の様子で剣をウィンとシェイルのほうに振り向けながら彼女たちのほうに近づいていった。

 相手を静かに見守っていたウィンは、杖を包んでいた魔法の輝きを抑えるとテンプラーに道を譲った。ずっと気乗りしなさそうだったゴーレムは、若いテンプラーが目の前を通るときに不機嫌な顔で睨みつけたが、通り道は開けてやった。

 何かの罠に違いないと考えている様子のテンプラーはじりじりと歩を進めていったが、扉にたどり着くまで何事も起きなかったとわかると、ありったけの声で叫び出しながら階段を駆け下りていった。それを聞いたエヴァンジェリンは溜息をついた。 

 さてこれで、間もなくテンプラーたちが大勢押し寄せてくる。 

 早く済ませてしまおうとウィンが言って、保管庫の一方のプレートまで歩み寄ると片手をかざした。エヴァンジェリンももう一方のプレートの前で同じことをする。フラクタリ・チャンバーの扉は、テンプラー一人とメイジ一人が揃わなければ開かない。エヴァンジェリンはロード・シーカーがこの仕掛けに何の細工も施していないことを祈った。

 ふたりがパワーをプレートに注ぎ込むとその赤い輝きが青く変わり、保管庫の扉が開き始めた。扉のメカニズムが大きな音をたてはじめ、何重もの金属の層が次々と位置を変えていく。
 ずっと下のほうから叫び声が聴こえてきた。 

 さっきのテンプラーは殺すべきだった、とシェイルが呟くが、エヴァンジェリンはそれには答えず、やがて現れた保管庫の取っ手に駆け寄るとそれを引いた。巨大な扉が唸るような音をたてながら開き始める。その後ろから以前に見たとおりのチャンバーの内部が見えてきた。

 大きく輝くピラー群がタワー最上階の天井まで届き、それぞれに何百もの赤い小瓶が格納されている。ホワイト・スパイアのメイジひとりひとりの、その他多くの者たちの血。チャンバー全体が発している闇のエナジーがエヴァンジェリンの背筋に悪寒を走らせた。

 チャンバーに入った三人は階下の騒乱をひとときだけ忘れた。ウィンがフラクタリ・チャンバーを見るのが初めてかどうかは定かではないが、彼女の見開かれた目が意味するのは驚嘆なのか拒絶なのか、エヴァンジェリンには判然としなかった。

 エヴァンジェリンは中央にある最も大きなピラーに歩み寄った。

「リースの小瓶がある場所は覚えています。トランクィルが戻し間違えていなければ・・・」

「待ちなさい」 

 最寄りのピラーを観察していたウィンが言った。彼女は片手を差し出すと小瓶の列に指を這わせた。彼女の表情が徐々に険しいものになっていった。 

「時間はありませんよ、ウィン」 

「リースのフラクタリを見つけたとしても、ファースト・エンチャンターたちのものもここにあるはず。それらをここに残したまま彼らを解放したところで、また狩りたてられるのがおち」

 エヴァンジェリンは動揺した。

「何がお望み?」

 ウィンはシェイルを見た。

「粉々にしてしまって」と彼女は言った。「ひとつ残らず」 

 おそらく微笑んだのだろうゴーレムは、力強く中央のピラーに歩み寄った。ほんの一瞬、エヴァンジェリンはふたりを制止するべきかどうか逡巡した。フラクタリを破壊するという考えが浮かんだことなど今までひと時もなかった。いや、そうだったろうか。テンプラーがただの方便としてブラッド・マジックを用いることには常に疑念を抱いていたのではなかったか。今更何を尻込みする。皆と同様、自分も覚悟を決めたはずだ。

 エヴァンジェリンはシェイルがピラーに近づくのを見守った。ゴーレムはピラーに一瞥を加えると、両の拳を握りしめて巨大なハンマー代わりとし、すさまじい力でピラーに叩きつけた。耳をつんざくようなガラスの割れる音がするとピラー全体が揺れ、棚に並んでいた小瓶が雨のように床に降り注いだ。

 シェイルが二発目の打撃を加えるとピラーそのものの位置がずれた。エヴァンジェリンは自分の骨が打撃を受けているような感じがした。ピラーの周りを取り巻いていた金属のらせん階段が突然外れ、二つに折れそうにひしげたかと思うと、ついにはゴーレムのすぐそばを掠めて床に落下し、粉じんを巻き上げた。他のピラーも震え始めており、それぞれから数多くの小瓶がばらばらとこぼれ落ちてきた。 

 物凄い叫び声をあげながら、三度ゴーレムがピラーに一撃を浴びせた。それがとどめになったようで、ふらついたピラーに最後まで残っていたフラクタリの赤いガラスがゴーレムに降り注ぎ、それからピラー自体がぐらりと倒れ始めた。中央のピラーが轟音とともに別の一本のピラーに衝突すると、またそれが次のピラーに倒れかかり、将棋倒しのようになったすべてのピラーが倒れ始めるとチャンバー全体の崩壊がはじまった。そのあおりで天井の一部さえ脱落した。

 ウィンとエヴァンジェリンは入口の外まで退避して、チャンバーが吐き出す粉じんから顔を覆っていた。轟音はタワー全体が倒れはじめているのではないかと錯覚させるほど強烈で、エヴァンジェリンはその破壊の程度のすさまじさに言葉を喪っていた。 

 狂乱が過ぎ去ると、ふたりは保管庫の扉から中の様子をうかがった。闇と粉じん以外はほとんど何も見えなかった。そこに形あるものが残っているはずもなく、ゴーレムでさえ生き残っているとは到底思えなかった。

 だが、ふたりが見つめている間にも、ぶかっこうな影がガラスを踏み潰す音を立てながら近づいてきた。
 全身ガラスの破片に覆われたままのシェイルが現れ、にやりと笑った。そして、なにやら奇妙なまでに愉しかった、と言った。

 軍靴が階段を駆け上がってくる足音が近づいてくる。大勢の者の叫び声を伴って。

 エヴァンジェリンは剣を構えた。戦いはこれからだ。

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