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DA: The Masked Empire

2014年7月14日 (月)

The Masked Empire、感想・グチその他(完)

 正直間に合うとは思っていませんでした。また今週これから仕事で海外、ちょくちょくそうやっているうちに、次のDA小説"The Last Flight"が手元に届く。なんだかんだで、すぐに発売開始になっちゃいますね、「なんちゃらの軌跡II」(DAIちゃうんかい!)。

 そろそろエンディングも近いはずのPQもあまりやらずに完了させた。

 パトリック・ウィークス氏の、多少饒舌にすぎるきらいはあるとはいえ、原文では流れるような、ときとして緩急を織り交ぜた見事な長文の連続。ハードボイルド調に慣れている私としては新鮮だった。ところが日本語文にしようとすると、日本の中学高校で教えているとおり、一番後ろから全部逆向きに訳さないといけなくなりそうな、この上ないイライラが募る書き方。

 私も今回学びました。描写の順番は意地でも変えない。さすがに日本語として意味が変になってしまうくらい許容範囲を超えるときは断念しましたが、極力、原文(センテンス)中のイベントやら、描写やらの順番を変えないように努めた。省エネルギー翻訳。
 日本語としては「こなれていない」とか、「もっと違う表現が」とか講釈つける輩が出てきても気にしない。目的はあくまで内容の紹介ですから。しかも理に適っているし。人間たる者、最初に提示した話題が一番大事なのがふつう(あるいは、場合によっては意図的な仕掛けがある)。この前の文の場合は、「人間」が大事。どの言語だってそれは変わらないはずという含意があるわけです。

 とはいえ、(大筋に影響ないとはいえ)センテンス丸ごと見落として抜けているところも今頃発見したので、こっそり直しておきますが。

 それと、固有名詞も最初のほうと後の方で若干揺らいでいたり、一人称、二人称もたまに統一を忘れていたりと、粗いままの部分ありますが、なにしろ今は気力が・・・。気が向いたらしこしこ剪定します(そう言って、やった試しがあまりないけど)。

 何が怖いって、DAIでたとえば主要登場人物である"Gaspard"の発音が、フレンチ寄りのガスパールだったり、ギャスパーだったりと判明したとき、どうすんだよ、ということ。ひとつづつ検索して全文修正(笑)。ココログはお金を払わないと一括修正できないのだ。

 中身については、もう途中でだいぶ書いちゃいました。ファンタジーの剣と魔法の戦いを描写するのって並外れた面倒くささなのでしょうが(と翻訳していて思いましたが)、(はるかにお金がかかるとはいえ)ヴィデオゲームや映像であっさりやられちまったら、辛いものがあるなあ、という虚しさもあり。映画「ホビット」のドラゴンは、あれがすべてのファンタジーRPGの原典であることをヴィジュアルで示すという、エポックな偉業であることは認めるとしても、もう、ドラゴンの造形があれで決まりになっちゃいましたね。

 途中でも書きましたが、レヴナントやディーモン・メイジはともかくとして、シルヴァン(木ね)、ヴァーテラル(虫ね)など、とてもお行儀よく原典に忠実、オリジナル・ゲーム準拠ではありますが、はっきり言ってシャビーな(正直個人的にはどうでもいいような)化け物との対決シーン。シルヴァンについては、ぜんぶすっとばそうかと真剣に思った(そうしてしまうと、いつの間にか馬が死んでしまうので、後の方で話がつながらなくなる)。 
 この小説、半分はエルフの物語なので仕方がないのでしょうし、シャビーだと感じるのは、私の個人的趣味でしかないのですが。

 エルーヴィアンの間の「道」については、訳していて二重の意味で頭痛がした。グチしか出てこないので、省かせていただきます。

 
 紹介中に、EAのDAI公式でいきなりばらされてしまったのですが、セリーンが復活することはあらかじめ決まっていた。よって(メタ的に見て)結末は、いかにしてセリーンに簡単な復活を許さないか、これにかかっていたわけです。
 そこから逆算してしまうと、おのずとこの小説の結末の答えが出てしまうのですが、一筋縄ではいかない粋な仕掛けもあって、ヒューマン(じゃなくて、エルフも)ドラマのほうはまあまあ、愉しめました。 

 私としては、どのキャラクターにも感情移入しにくい、アタッチメントの要素が少ない小説でした。きっと、セリーンかブリアラにぐっとくるかどうかにかかっているのでしょう。
 フェラッサンが感じたように、ミシェルは心があまりにも「少年」すぎる「ガキ」。逆にフェラッサン自身は、謎の隠者の「お約束」を避ける意味か、ウィークス氏の自己投影か、やたらと饒舌である。典型的「親分キャラ」であるギャスパードにアタッチする人はあまりいないだろうから、野郎キャラの場合も二人のどちらかにのめりこまなければ、突き放して見る(デタッチメント)しかないのかな。 

 リマッチェについて何か書こうと思っていたんですが、もういいかな。伝統主義、差別主義、剣の達人、さらには陰謀公家とか色々なキャラクターを背負わされて、ノブレス・オブリージュを示すこともありながら、最期は親分の手で殺されてしまう。色男だという描写が結局最後までどこにもなかったので、それは私の脳内生成物であることがはっきりした。でも、この小説を映像・画像にするなら、きっとそうするよね。セリーンに顔を傷つけられたから逆上したわけでもないのでしょうが。

 心に残るところ、すでに書きましたが、ミシェルがギャスパードの説教を聞き、ディーモン退治を心に決めるところがひとつ。
 後は、しいてあげれば、フェラッサンとブリアラの関係でしょうか。

 フェラッサンのブリアラへの恋慕は、そしてあるいは本人では気が付いていないブリアラの彼へのそれは、このくらい控え目でちょうどよいということなのだろうか。これじゃあ、気が付かない人がいそう。

 フェラッサンはドリーマーであった。彼はブリアラや、最後にはミーリスからも、彼の部族のところに連れて行ってほしいと何度か懇願されますが、その都度言を左右にはぐらかす。
 存在していないんでしょうね。はるか昔、おそらくハラムシラルの時代ではなく、もっと昔のアーラサンの時代に置き去りにしてきたのかもしれない。その場合彼は、長い歳月を経て再びこの世に現れた。
 あるいは、彼はすでに滅びた部族の生き残りで、夢の世界を駆け巡ることができるドリーマーであるがゆえに、エルヴェナンの時代に精通しているのかもしれない。「君と私でこの世界のあらゆることを何百回となく見て来た」というディーモンのセリフをどう解釈するかで変わりますが。

 彼は負け犬根性のデーリッシュは大嫌い。ブリアラは彼が本当にデーリッシュであるかどうか疑いを持つが、彼の思いがけない恫喝の前に、その答えを知ることを断念した。
 かつての彼は誇り高いエルフのメイジ、しかもドリーマーだった。貴族だったのかもしれない。ミシェルとの森の中の会話では、当時のことを何か仄めかそうとしていた。

 もはやこの世の者ではない、定命の者ではないがゆえに、彼のブリアラへの思いは成就しないことがはじめからわかっていた。
 彼がフェイドの存在に殺されるのを覚悟の上で、ブリアラにエルーヴィアンを託した理由は、理性ではなく感情、計算ではなく恋慕。私はそう思います。
 そしてそうすることで、フェラッサンはフェンハレルの教えにも背いた。身の安全を計らずに、感情や憐憫に流されるのはフェンハレルの行いから最も縁遠いこと。
 いや、果たしてそうでしょうか。
 

 彼は、ブリアラにエルーヴィアンを託し、そしてまたフェンハレルの教えも伝承した。
 たとえその身は滅しようとも、弟子であり、最愛の友でもあった娘がやがてその思いを継き、大願を成就するのであれば、彼こそ「ゆっくりした矢」の名に相応しいのかもしれません。

(なんだよ、しっかりアタッチメントしてんじゃん) 
 んー、おっさんだからねえ。そうなればわかると思いますよ。

The Masked Empire Epilogue(4)

 最後は、フェラッサン。

***

 その夜の暗闇の中、自らをフェラッサンと呼ぶエルフが、深い森の中で火を起こした。彼は宿営地の回りに結界を設け、何かが近づいてきたときに彼を目覚めさせるエナジーの円を慎重に描いた・・・、というのも、うろつく盗賊たちが、明らかにそのときの彼の最大の心配であったからだ。その考えに彼は自分で笑い、彼はかき消すように手を振って結界を消散させた。ともかく、それはいつものように空気の臭いを変わった感じに変えた。

 彼はその日の早い時分にウサギを捕まえていた。彼はそれを火の上で炙り、時間をかけてその煙臭い肉を賞味した。食べ終わると、彼は顔と両手についた汁を少量の雪で洗い流し、それから自分に、寒さを凌ぐための暖を取る魔法をかけた。
 彼は、濡れた枝がパチパチ、シューシューと音を立てている炎を見た。煙が木々の間に立ち上り、まるで遠くのダイアモンドのように夜空一杯に広がる、素晴らしい星々の中に消えていった。

 寝ずに起きているという考えが、突然ひらめいた。彼は、ほとんどの場合において夢の世界に入らないようにしておくことができる薬草を持っており、薬草がうまく行かなかった場合でも、フェイドからの影響を見事に遮断してくれる結界の準備があった。逃げつ隠れつ、彼の残りの人生にわたってずっと、肩の後ろを振り返り続ける暮らしは、うんざりするほど素敵な時間を過ごさせてくれるだろう、と彼は思った。
 だがサー・ミシェルは約束を守り、そしてフェラッサンは、自分の中に強情な少年の心が顔を出すことには我慢ができなかった。
 これ以上引き伸ばしても意味はない。

 彼はローブに手を入れて、薬草の束を取り出した。彼は胡坐を組み、その皮の下にある、彼の本当の正体を見つけ出すまで息を整え、そして薬草を火にくべた。
 焔が燃え上がり、鼓動何回分かの間緑色になり、それから煙の臭いが何か鋭く古いものに変わった。

 フェラッサンは目を閉じて、夢を見た。
 彼は焚火の前の森の中に依然として坐していたが、彼の回りのすべてのものが、フェイドのオーラとともにぼんやりと輝きはじめ、まるで夏の牧草地を歩いているように、薬草の匂いは豊穣で新鮮だった。

 彼の後ろから誰かが近づいてきて、枯れ葉が音を立てた。
「合言葉は知らないぞ」とフェラッサンが振り返らずに言った。
「ブリアラは私には伝えなかった」
 それは、嘘とも言えるものであった。彼が止めさえしなければ、彼女は彼に伝えたはずだ。そして彼の背後の影は、その嘘を聞き、嘘であることもまた知っていた。
「そう、わかっている。彼女は機会を与えるに相応しい」とフェラッサンが言った。「それで何の害があるのかね? どうしてあの娘にやらせてみないのだ?」

 彼の背後には、ただ沈黙しかなかった。口論はなく、論理的な議論もなく、熱のこもった歎願もなかった。フェラッサンは、彼が焚火の前に座ったときから、そのことを知っていた。 
 フェラッサンはため息をついた。「それは済まない。私は、彼女の手からエルーヴィアンを取り上げることはしない」
 再び枯れ葉が鳴り、背後の影は彼にさらに近づいてきた。

 フェラッサンは目を閉じ、背筋を伸ばし、最後に一度だけ、豊穣な香りを吸い込んだ。「彼らは、君が考えているよりも強いんだよ」 彼は微笑んだ。「だから、こういうのは君の気に食わないかもしれないけど、彼女を見ていると思い出すんだ、あの・・・」 
 彼は、自分を殺すことになった一撃の音さえ聞くことはなかった。
 彼の最期の思考は、エルフの娘が、ひとりきりで、魔法も用いず、家族もおらず、権力もなく、彼女の民を探し回っている姿だった。

*** 

 もしかしたら、フェラッサンが最大の犠牲を払ったことになるかもしれない。
 そして、敢えてそうした理由は・・・。 

 "The Masked Empire"(あくまで「要約版」)、これで終了です。ここまで読んでいただいた方は(数えるほどでしょうが)、ありがとうございました。
 感想、グチ、暴言などは、まとめて次回以降に書きたいと思います。

2014年7月13日 (日)

The Masked Empire Epilogue(3)

 シェヴァリエたち。

***

 ミシェルとギャスパードは、エルーヴィアンが彼らをヒューマンの世界に送り戻した、ちっぽけなエルフの廃墟から外に出て呻いた。彼らは雪で覆われた、何本かの低木の他は吹きさらしの平原に立っていた。日没が雪におぼろげな赤味のある色合いを与え、ミシェルにエルーヴィアンを思い出させた。その色には、もう二度とお目にかかれなくても構わなかった。

 氷のような風がミシェルの薄い外套を貫き、彼は身震いしたが、まだ本格的な冬ではなく、シェヴァリエとして、厳しい状況で生き残る訓練は積んでいた。
 もっとも、彼はもうシェヴァリエではないのだった。
「メイカーズ・ブレス」 彼の後ろでギャスパードが言った。「あの呪われた道のことを思うと、少々寒気を覚えるな」
「たしかに、閣下」 ミシェルは木々を見た。「ここがどこかおわかりですか?」
 ギャスパードは目を細め、それから笑った。「わからんのか? 記憶が正しければ、わしらはヴァル・シェヴィンから馬で一日ほどのところにおるはずだ」

 ミシェルは首をすくめ、 悔しそうな顔をした。「ブレヴィンが拙者の爵位を手に入れてから、何度か訪れたことがあるのですが、馴染みがあるとは到底言えません」
「ブレヴィン?」
 ミシェルは、その貴族の名前と名声を無傷のままにしておくべきだったかもしれないと思ったが、彼はとっくに死んでいる。それだけではなく、ミシェルはもう嘘をつくことに疲れていた。「そうです、モントフォートの。彼は、子供の頃に街で戦っている拙者を見かけた。彼は一族の衛兵とともに拙者に訓練を積ませ、最後には拙者に爵位を与えた・・・、見つけて来たというべきでしょう。彼は、拙者には見どころがあると言っていた」
「間違ってはおらんかった」とギャスパードが言って、頷いた。「彼がはじめてでもあるまいが」 彼は振り向いた。「隧道がわしらのすぐ後ろで閉まった。どこにあるかすらわからん」
「魔法の類であることに疑いはありません」 ミシェルは見ていなかった。冷たい空気の中、彼の傷は痛み始めた。

 彼らは、ふたりともゆっくりした足取りを維持していたが、それでもデールズからヴァル・シェヴィンまでわずか数日で到着しており、伝書の鳥が旅するよりも速かった。彼らは口数少なく、力を温存し、脅威に対して警戒を怠らなかったが、やがて脅威など来ないことがわかった。夜休む前には、おのおのが自分の傷の包帯を締め直した。

「なんとも惜しい話だ。ドレイケン皇帝がエルーヴィアンのことを知っておられたとしたら。オーレイの版図は一体どこまで拡大していたことだろう」 ギャスパードが首を振った。「それもわからなくなった。セリーンのエルフがどちらに与するか決めない限り」
 ミシェルは遠い西の地平線の下に、陽光の最後の銀の輝きが隠れていくのを見つめていた。「彼女はもうセリーンの手の者ではありません、閣下」
 ギャスパードがまた笑った。「そうだったな。そしておぬしもではないか、それを言うなら」

 ミシェルは彼の方を振り向いた。 「それで、これからどうなるのでしょう?」
「そんなこと知るか」 ギャスパードは身体の両脇に身体を回して筋を伸ばし、顔をしかめた。「おぬしから受けた傷のおかげで、わしの戦士としての日々は終わったらしい。しかもあれは、わしがおぬしの剣を砕いただった」
「拙者の身の上はどうなるかという意味でしたが、閣下」
 ギャスパードはミシェルのほうを振り向いた。「アカデミーがおぬしの籍を剥奪し、処刑を命じるであろう」
 ミシェルは頷いた。彼もギャスパードと同じだけ、規則を知っている。

「教えてくれんか」 しばらく後にギャスパードが言った。「なぜ、あっさりわしを殺さなかった?」
「約束をしたからです」とミシェルが言って、首を振った。あのヴァル・ロヨーの倉庫の外に出たときには、自分の秘密を守ることが最高に重要な問題だと思っていた。その約束の対価について知っていたなら、彼は違う決断をしたのだろうか?
「だがなぜ、それを守る?」 ギャスパードが詰った。「おぬしは真のシェヴァリエでもないのであろう、息子よ」
 ミシェルは剣に手をかけようとして、そこにないことに気が付き、代わりにダガーを手にした。「シェヴァリエたちが、拙者の名前を除籍したうえで殺すと言うなら、それは彼らの権利でしょう」と彼は言って、刃先を向けたギャスパードを睨み付けた。「だが、彼らにも拙者の名誉まで剥ぎ取ることはできない。そして拙者は、そのような侮辱を看過することもしない」
「ほらな?」とギャスパードが言って、微笑んだ。「だからこそ、わしはおぬしのことをアカデミーに伝える気にならんのだ」
 ミシェルは瞬きをした。「意味が分かりませんが」

「サー・ミシェル」 ギャスパードは首を振った。「おぬしはわしを正々堂々と打ち負かした。おぬしは、それ以外のすべてを失うことになっても名誉を重んじた。おぬしは、全きシェヴァリエの鏡だ、その身にどんな血が流れているかに関わらず」 彼はまた遠くの方、隧道があったほうを見やった。「二百年前、彼らは同じことをしたひとりの女性を殺したが、フレヤンが規則を変えたことで、彼女はサー・アヴェリンとなった」

 ミシェルは、大公が話すにつれてダガーを降ろした。彼はそれを鞘に戻しながら、静かに話した。「シェヴァリエに残れとおっしゃるのか」
「おぬしはシェヴァリエに相違ない。それをどう活かすかはおぬし次第だ」 ギャスパードがくっくっと笑った。「だが、セリーンのチャンピオンには戻れんだろうがな・・・」
「無理でしょう、閣下」 セリーンの処置は極めて明確だ。彼が裏切ったことにより、再び彼女の目の前に姿を現したなら、彼の生命はそこでおしまいだ。

「そしてわしは、わしの方に仕えよと申し出て、おぬしを侮辱するつもりもない」 ギャスパードが見やると、ミシェルは感謝を込めて頷いた。「とは言え、わしらはこの帝国の炎と死を目の当たりにすることになる。わしとセリーン、テンプラーどもとメイジども。オーレイが弱るのを見て、フェラルデンとテヴィンターがどう動くかはメイカーのみぞ知るところだ。事態は、良くなる前に一層悪くなる。わしがセリーンに叛旗を翻したのは、わしがその難事にあるオーレイを導くに相応しい男だと考えたからで・・・」 彼は言葉を止め、かすかに微笑んだ。「・・・そして、わしが玉座を欲していたから、というのが正味の話だ。だが何が起きようとも、この帝国には、肩書きなんぞを守ることよりも、名誉を重んじる者たちが必要なのだ」
 ミシェルは息を呑んだ。「かたじけない、閣下」
「わしへの感謝は、ここぞというときに何か役立つことをなして示してもらおう」とギャスパードは言って、手を伸ばした。ミシェルはそれをしっかり握りしめた。

 大公は、兵隊の行進曲を口笛で吹きながら、ヴァル・シェヴィンに向かって歩き出した。ミシェルは、彼が去るのを見送り、大公の姿が黄昏の中に消えてしまうと、しばらく立ったまま、星々を見上げていた。

 彼には、どこに向かうべきか見当もつかなかった。
 彼には鎧もなく、馬もなく、シェヴァリエであることを示す剣すらなかった。誰かが道で彼に出くわせば、逃散した農奴か何かと思うだろう。
 そして、それはそれで間違ってはいないのかもしれなかった。長い間で初めて、サー・ミシェルには、守るべき大いなる嘘もまたなかった。

 彼には、たったひとつだけ背負っている負い目があり、今や彼はそれに思いを馳せていた。それはセリーンに仕えていたが故に被ったものであったが、ミシェルは、自分ひとりでそれを背負うべきことは承知していた。
 ミシェルの行いによって、ディーモンのイムシャエルがこの世界に野放しになっている。やつがオーレイのどこにいるのか、世界のどこにいるのか見当もつかないが、どこにいるのだとしても、やつは混沌を巻き起こし、無辜の人々を危機に陥れている。

 ミシェルは隠密でもなければ、追跡者でもなかった。あのディーモンを発見するのは、一生の仕事になるかもしれないし、それさえも見つけることができればの話だ。
 だが、それも目的に違いはなかった。
 彼はでたらめに方角を選び、新しい人生に向かって歩み出した。

*** 

 やばい。馬鹿な野郎である私は、やっぱ、こちらのふたりのお話の方が好きだった。

 小枝を投げたり、コインを投げたりして、進む方角を決め、でたらめ(ランダム)に歩き始める。ハリウッド映画などのラストシーンで何度も使われたモチーフですが、好きなんだなあ。
 ミシェルは、ディーモン・ハンターとしての人生を選ぶことになった。遍歴の騎士(knights-errant)、本来の意味とは違いますが、結果的には同じことですね。というか、明らかに著者はそう思わせようとしている。
 「ドン・キホーテ」(いや、お店じゃねえから)のお話は長くなるのでやめますが、野郎たるもの、どうしてもロマンチック(ロマンスの意味ではないから)なお話には惹かれてしまうわけで、ましてや見つかるかどうかもわからないディーモン狩りなんて言ったら、もうそれだけで外伝書いて欲しい。

 この話、DAIに繋がるかどうか、ビミョーなところですが・・・。

 ここまでで、ブリアラ以外の登場人物たちは、すっからかんの状態から再スタートということになりました。セリーンは、まあ少なくとも僻地での返り咲きは果たしたとはいえ。

 フェラッサンだけが残っています。
 次回が最後。もう少しお待ちください。

The Masked Empire Epilogue(2)

 セリーン。

*** 

 この世のものではない光に顔をしかめながら、セリーンは道の最後の数歩を進み、エルーヴィアンから歩み出た。
 彼女はブリアラにヴァル・ロヨーに戻すように頼んだ。結局それが、彼女の当初の目標であり、その頃には愛する相手とチャンピオンがいた。ギャスパードの前にオーレイを手に入れ、ギャスパードの襲撃が失敗したことをはっきりと示し、それからオリージャン軍の総力を結集して、叛乱軍を打ち破る。
 そして、それはうまくいくはずだった。

 だがセリーンは、女帝の要求を聞いているブリアラの顔を見た。ブリアラの情熱的な目には、計算高さを示す些細なきらめきが見えた。彼女は、自身がブリアラの立場であれば、同じようにしただろうと思った。
 だから彼女が、強いエナジーの波に逆らって目を開け、エルーヴィアンから足を踏み出したとき、エルフの遺物で飾られた質素な食堂に立っていたことにも驚きはしなかった。

 そこには庭園が見下ろせる素敵な窓があるため、彼女はときたまそこで朝食を摂ることがあった。
 彼女は、ハラムシラルのすぐ外にある、自分自身の冬の宮廷にいた。
 セリーンはため息をつき、首を振った。よりひどい結末の可能性もあった。少なくともブリアラは、彼女をどこかの忘れ去られた霊廟に送り込み、死に至らしめるようなことをしないくらいには優しかった。彼女が振り返ってエルーヴィアンを睨んでいると、しばらくしてから、表面に現れていた深紅の雲が消え去り、鈍い青っぽい灰色になった。

 彼女にはチャンピオンもなく、軍もなく、隠密の手練れもなかった。権力の座から遠く離れ、ギャスパードが占領しているだろう街の近くにいた。
 彼女の心は引き裂かれ、後から泣き叫ぶことになるのはわかっていた。だが強情にも、彼女のある小さな一部は、心のずっと奥底の闇の部分では、笑っていた。彼女は、ヴァル・ロヨーに身寄りのない十六の頃に戻ったような気分がしており・・・、そして彼女が最後にそう感じたときには、勝利をその手に収めたのだ。
 当分の間は、たとえ一人寝するとしても、朝遅くまで何の苦も無く眠っていることができるだろう、そう彼女は気が付いていた。

 彼女は目を閉じ、耳をそばだて、それから大広間から回廊に忍び出た。幼い頃、冬の間はこの家族の宮廷で過ごしてきたため、裏手の廊下が人目につかないことは知っていた。
 しばらく後、彼女は自分の部屋に辿り着いた。彼女は寝台横の灯り台の傍にある銀の呼び鈴を手に取り、大きく鳴らし、そして待った。
 宮廷の召使いのひとり、がっしりした体格の威厳あるヒューマンの女性が、困惑した様子で部屋を訪れ、衝撃に目を見開いた。
 セリーンは、まだ盗んだ鎧を身に着けたままで、薄汚く、マスクも身に着けておらず、ただ待っていた。

 一呼吸の後、女性は深々と会釈した。「輝けるお方」 
 鍵は、他の全ての事柄と同様、自信だった。
「ハラムシラルについての報告、入浴、それから強いお茶を一杯」と彼女は言って、召使いがそれに従おうとしてあわてる様子を見せたときには、微笑みを隠した。

 入浴の準備が整ったとき、彼女は全裸になり、鎧は焼き捨てるように命じた。水に浸かって身体を洗っている間、彼女は、年老いた宮廷の家宰、背が高く痩せた男で、彼女が赤ん坊の頃から知っている彼が、目隠し用の衝立の後ろで、ピエール卿がギャスパードに降伏し、続いて彼がこの冬の宮廷の衛兵たちもまた軍門に降るよう要求していることについて話すのを聞いた。
「ハラムシラルのピエール卿に伝令を出して、降伏についての話し合いのため、彼ひとりでここを訪れるように伝えて頂戴」と彼女は言って、言葉なく身振りで、召使いたちにラヴェンダーの香りの石鹸をもっと沢山使うよう指図した。

 召使いたちが彼女にコルセットと夜会服を着つけている間、彼女は、茶の最初の一すすりを嗜んだ。夜会服は濃い紫で、金の獅子の飾りが施されており、いずれも彼女の家の象徴であるとともに、オーレイそのものの象徴でもあった。茶は熱く、強く、極上で、彼女は深く飲み下すと至福のため息をつき、それから年老いたエルフの侍女が化粧を施せるよう、顔の動きを止めた。

 召使いたちがピエール卿の到着を告げたのは、セリーンが丁度、代えのマスクを見つけたときだった。彼女がそれを身に着けると、顔に当たる感触と、視界の隅にある小さな壁に、一瞬不思議な感覚を覚えた。もう何十年もの長い間、それを被らずに過ごしてきたような気がした。

 彼女は、ピエール卿が招き入れられたとき、気楽に視線を避けていることのできる、白い螺旋階段のてっぺんで待っていた。彼女は、ピエールの進む足音と、それに伴う宮廷の衛兵たちと彼の兵士たちの金属の鎧が鳴る音を聞いていた。彼は誇り高きオリージャン貴族の礼儀正しさを示しながら、家宰に挨拶をした。

「お望みどおりここに参った」と彼は言った。「そして私は、そなたとそなたの手の者たちにできうる限りの寛大な措置を約束しよう。心配めさるな、今は我々皆にとって困難なときであり、私もハラムシラルそのものの惨状からそう学んだのだが、そのような強大な力に直面したとき、降伏することは何ら不名誉なことではない」

 彼が話し始めるのにあわせ、セリーンは階段を降り始めた。何年にも渡る実践のおかげで間合いは完璧であり、ピエール卿が話を終えた丁度そのとき、玄関の広間から彼女の姿を目にすることができた。

「そのような高貴なお言葉を耳にできてうれしく存じます、ピエール卿」とオーレイの女帝セリーンが言うと、ピエール卿はそこに立ったまま、口もきけないほどの驚きを露わにして見つめていた。 「そして皇帝が、貴族を不忠のあったその場で処刑するような暗黒のときであるとしても、あなたの言葉はわたくしの心を打ちました」 彼女は階段の下まで降りたときに微笑み、彼女の宮廷の衛兵たちが進み出てその脇を固めた。「であるから、あなたの降伏を受け入れることにいたします」

 ハラムシラルのピエール卿は、善人で、優しい男だったが、心の強い人物ではなかった。エルフの叛乱を自ら鎮圧するほどの度胸はなく、ギャスパードに逆らう勇気もなかったが、そのどちらもセリーンには驚くべきことでもなかった。
 長い間があってから、ピエール卿は片膝をついたが、それも彼女には驚くべきことではなかった。「女帝陛下」
 わずか二、三時間前に戻ってきたセリーンは、すでに最初の街を奪回していた。

***

 女帝セリーンは、愛人も、チャンピオンも、軍も、玉座も領土も失ってはいるものの、物語が始まった時より、何段もパワーアップしてしまった感じです。
 物語劈頭、口舌で相手を意のままに操っていた彼女が、最後にもまた同じように言葉のみで相手を籠絡する。
 でも、それにしてやられているのは常に野郎のような気もするのですが・・・。

 女性キャラクターには誰一人「甘い」人物がいなかったような気が。つうか一人残らず全員「デンジャラス」な、油断も隙もないキャラクターたちでしたね。

The Masked Empire Epilogue(1)

 エルフたち。

***

 ブリアラは、隧道から午前の陽光の中に歩み出た。
 地面は白い色で覆われ、蒼白い光をとらえてきらめいていた。彼女がエルーヴィアンの間を歩いていた間、この冬初めての積雪があったことのしるしで、今時分にはオーレイのほとんどの場所が雪に覆われているだろう。彼女の前には、葉の落ちた枝に雪を纏い、風の中に揺らしている木々があった。彼女の後ろには平原が広がり、遠くのほうがもやのように白くけぶっていた。

 木々の様子から見て、彼女はデールズの近くにいるようだ。彼女はフェラッサンの求めに応じてここに舞い戻ってきたが、本当は一刻も早くヴァル・ロヨーに向かいたいところだった。彼女にはなすべきことがあった。

 エルーヴィアンによって、彼女はオーレイ中を馬上のシェヴァリエよりも早く移動することができた。そしてそのシェヴァリエが彼女を目にすることは決してない。
「厳しい冬になりそう」 ミーリスが凍えながら、彼女の背後から言った。「ギャスパードでもセリーンでもいいから手早くことを済ませなければ、多くの者たちが死ぬ」
「戦争には、しばしばそんな結果がつきものだ」 光の中に出て来たフェラッサンが言って、目を細めた。

「飢えるっていう意味」 ミーリスがぴしゃりと言った。
「そして、あなたに何の関係があるの?」とブリアラが尋ね、彼女のほうを振り向いた。「デーリッシュが害を受けると? あなた、他の部族のことを心配しているの?」
「いつもよ」とミーリスが言った。彼女は木々を見ており、ブリアラには彼女が自分のいる位置を見極めていることがわかった。彼女の一族はこの近くに何年も暮らしていた。ブリアラには、ミーリスが生存者を探し出すつもりなのか、死者を埋葬するつもりなのか、それとも単にこの場を去るつもりなのかわからなかった。それはどうでもよかった。「あなたが気にかけているのは・・・、あなたのエルフたち」
「私の平ら耳たち、そうよ」 ブリアラは背後の隧道の入り口を振り返った。数ペース離れてみても、それは見事に紛れており、探そうとしていない限り見つけることはほとんど不可能だった。いずれにしろ彼女はそこにあることを知っており、いまだに彼女の身体の中に響き渡る魔法のおかげで、彼女の身体の一部のようにさえ感じることができる。「私は、私の民のことをとても気にかけているわ、ミーリス。そして初めて、私は彼らを救う手立てを手に入れた」
「もしその秘密をデーリッシュに手渡すなら」とミーリスが言った。「私たちは・・・」
 ブリアラが面と向かって笑うと、デーリッシュの女は黙り込んだ。

「どこのエイリアネイジであっても、そこに住むエルフ一人残らず、あなたたちは伝説の生き物だと考えている」 彼女はミーリスに言った。「ハラムシラルが陥落した時にさえ降伏しなかったエルフたち。彼らはあなたたちを恐れるか、あるいは感化される・・・、いまだ戦いをやめず、古い魔法を司る者たちとして。彼らは、あなたたちがここで、ディーモンと戯れ、古い遺物を探すだけではなく、自分たちを窮地から救おうとしていると考えていて、そしてもし、あなたたちが実際に彼らを救ってきたのなら、あなたたちは今頃、アーラサンをその手に奪還できるに足るだけの、忠義深い軍隊を手に入れていた」 彼女は微笑んだ。「でもそうはしなかった。あなたたちは、彼らは実際には自分たちの民ではないと考え、死ぬに任せた。だから、私が彼らを救うの。私が戦い続けるの」 彼女は隧道の入り口のほうを身振りで示した。「そして私が古の魔法を手にするの」

「私はあなたの敵じゃないわ、ブリアラ」 ミーリスは視線を落とした。「私はあなたの手助けをした」
「あなたが欲しがるものを私が手にしていたから」 ブリアラは微笑み続けていた。「そしてあなたの民は私の民でもあり、彼らがそれを忘れていてもそう。私はデーリッシュと一緒に働くつもりだけれど、それは彼らが全ての私の民を救うときのみ。次に出会った部族には、そう伝えておいて頂戴」

 ミーリスは息を呑み、頷いた。彼女はフェラッサンのほうを向いた。「あなたの部族に連れて行ってはくれないの?」
「君が私の部族の者たちに会いたくなるとは思えない、ダーレン」とフェラッサンは言った。「だが、どこの部族が受け入れてくれるとしても、幸運を祈るよ」
「どこに加わるにしても」とミーリスが言った。「ディーモンと取引するようなことのないところにするわ」 彼女は木々の中に歩み去った。彼女の杖は、新鮮な朝の雪と同じ色をしていた。

「彼女を殺すべきだったと思います?」 デーリッシュの娘の姿が木々の中に消えたとき、ブリアラは尋ねた。
 彼女の横で、フェラッサンが肩をすくめた。「それはこれから君が確かめることになるんじゃないのかな」 彼女はくすりと笑い、彼は彼女のほうを向いた。「本気なのか? 君はエルーヴィアンの道を、君の民を救うために用いるつもりなのか?」

 ブリアラはしばし黙考した。「セリーンとギャスパードは軍に用いようと考えていたけれど、それはあくまで彼らの戦いのためのもの。私はこの道を用いて、他には飢えるしか道のないエルフの住むエイリアネイジに食糧を送り届ける。私はこの道で、進軍する軍勢の先回りをし、標的に警告し、あるいは彼らの背後に回って、兵站線を叩く」
「どっちの軍の動きを邪魔するんだい?」

 ブリアラはフェラッサンのほうを見やり、冬の寒さに震えはじめながらも、微笑んだ。「勝ちそうなほう。なんでしたっけ? アナリスとアンドルイリ?」
 フェラッサンは微笑んだ。「君は彼らの戦いを長引かせ、その混沌の中で、君の民たちがその縛めから解き放たれるように企てる」
「うまくいく、そう思う」 ブリアラは腕で自分の身体を抱きしめた。
「ハラムシラルは、たったひとりの貴族のために蜂起した。私は、私の助けになるエルフたちをオーレイの全ての街で見つけることができるでしょうし、それだけじゃなく、あまりに戦いに怯えている者たちであっても、冬にその子らが飢えを凌ぐ手助けをしてあげることで、目や耳として働いてもらえるようになる」

「それは」とフェラッサンが言って、しばらく間を置き、そして言い終えた。「我々の民の古い遺産の類稀なる使い途だ、ダーレン」
「フェンハレルにも認めていただけるでしょう」とブリアラが言うと、フェラッサンがぎょっとさせるような笑い声をたてた。
「かもしれんな」 彼女の師匠が言った。「私にはとてもそうだとは思えんが」

「ああ、忘れるところでした」と彼女は言った。「エルーヴィアンを用いる合言葉。ふたりが離れ離れになったときのため、それは・・・」
 彼の指先が彼女の唇に当てられ、彼女は言い澱み、驚いて彼を見た。
 フェラッサンは再び微笑んだが、その目は悲し気で、ブリアラがこれまで思い描くこともできなかったほど、知恵に満ちていた。「よすんだ」

 彼女はしばらく静かに彼を見つめ、それから思い至った。「行ってしまうのですね」
「そうせねばならん」
「デーリッシュの元へ?」
 彼は鼻を鳴らした。「連中? 勘弁してくれ」 それから彼は真剣な顔つきに戻った。「だが、オーレイのエルフたちのことは心配無用のようだ。そうでない事柄は他に山ほどあり、私には他ですべきことがまだ残されている」

 彼女は頷いたが、その目はひりひりと痛んだ。彼に残って欲しいと乞い願ったとしても、意味がないことはわかっていた。彼女の心の奥底にある抗い、まだ学ぶべきことが残っており、彼抜きでそれがなしえないこと、それらが声になる前に彼女は押し殺した。今まで出会った中でもっとも賢き男は、彼女が彼女の民のため自由を勝ち取ることを信じていた。そして自分でも驚くことに、彼女は彼の見通しが正しいことを疑いもしていなかった。

「ならば、最後にひとつだけ教えて下さい、ハーレン。これは・・・」 彼女は身振りで隧道の方を示し、それから森を、ここから数日分の行程だけ離れているだろう、ヴァーネーン一族が死に絶えた場所を、さらには北の方、彼女の民が自由を手にするかもしれない戦いに揺れたハラムシラルのほうを示した。「これは、あなたがずっと目論んでいたことなのですか?」
 彼は最後にくすりと笑った。「そうじゃない、ダーレン。これは君が自分で成し遂げたこと」 彼は身体を寄せると、彼女の額に優しくキスをした。彼の唇は焼きごてのように熱く、彼女の頭はしばらくの間ぐるぐる回った。
 彼女が再び目を開けたとき、ひとりきりで、周囲のどこを見渡しても、フェラッサンが立ち去った痕跡を見つけることはできなかった。

 ブリアラは隧道を振り返った。彼女はもはや震えてはいなかった。おそらくフェラッサンがいくばくか残してくれた魔法の痕跡が、彼女を冬の寒さから守ってくれているのかもしれず、あるいは単に目的を思い定めたことで、身体が火照っているだけなのかもしれなかった。
 彼女は符牒を口にした。背後の隧道が、あたかも最初から存在していなかったかのように閉ざされた。

「フェンハレル・エナンサル」 恐るべき狼の恩恵。
 彼女は、それを無駄にはしない。

***

 おっさんとして、フェラッサンのブリアラに対する気持ちは痛いほどわかってしまう・・・。
 ま、おっさんちゅうか、ディーモンと「ダチ」になるくらい長い間暮らしてきたお方なんですけど。

 最後は、"She would make it count."、地の文は過去形ですから、"She will make it count."ということ。フェンハレル神から与えられた恩恵(blessing)を「大切にする」、「頼りにする」、「無駄にしない」というところでしょうか。

The Masked Empire 17(5)

 エピローグを除いて、最後となりました。

 前回の最後の台詞は違ったみたい。色々書いたので格好悪いんですが、直しておきました・・・。

***

 セリーンは彼女の回りの空気の動きが止まったように感じ、ブリアラのほうを振り向いた。
「何のつもりです?」
 ブリアラは答えなかった。彼女がミシェルを見つめると、彼は苦悩しているようにみえ、紅潮していた顔が蒼白に変わった。
「ブリアラ!」 セリーンは彼女の両肩を掴み、エルフに自分を見るように仕向けたが、違いはなかった。ブリアラの顔は無表情だった。まるで死んでいるかのように見えた。「どうして?」

 彼女たちの傍らで、セリーンの勝利の瞬間がわき道に逸れ、暗闇の中に消えようとしているとき、フェラッサンが笑い出した。
 セリーンはブリアラを押しやり、首を振ってその笑い声を頭から振り払おうとした。これが何であれ、どんなばかげた考えが彼女を捉えたかわからないが、セリーンは後から対処することができるだろう。彼女はミシェルの方を振り返った。「ミシェル、けりをつけなさい!」
 彼は彼女を見つめ、それからセリーンを見た。

「あなたはわたくしのチャンピオンでしょう」 だが彼女はそう言いながら、そうではないことがわかっていた。もしそれがまだ正しいのであれば、彼はすでに剣を振り降ろしている。そして彼は目をブリアラから逸らそうとしなかった。
「彼はシェヴァリエ」とブリアラが言って、セリーンが彼女のほうを向いたときも、まだミシェルを見ていた。「不名誉の前に死を」

 ギャスパードは、まだ膝をついたままで、セリーンを見て、それからブリアラを、最後にミシェルを振り返った。「ミシェル?」
 ミシェルは微動だにせず立ち、まだ剣を掲げたままだった。
「拙者は、サー・ミシェル・デ・シェヴィンに相違ない」と彼は言った。「だが拙者はまた、エルフの母親から生まれたあいの子」
 剣が地面に落ちるとき、ガチャンと鳴った。「負けを認める」

 充棟の書物で破裂しそうな図書館を有する沢山の大学。修復された街道に夥しく行きかう貨物を満載した荷車。微笑みを浮かべながら世界一偉大な帝国に仕える、市場のエルフたち。毎朝夜明け前に給される一杯の熱い茶。彼女の顔から優しくマスクを剥ぎ取る、小さくて強い指。
 彼女のチャンピオンが発したたった一言で、百もの夢が消え去った。

 セリーンはブリアラのほうに身体を回し、両手にダガーを握った。ブリアラは後ろに下がり、二歩で彼女の間合いから逃れた。彼女自身は剣を手にしていないが、今や彼女は間違いなくセリーンのことを見ており、そしてセリーンは自分が愚か者であることを呪い、愛する者の両目に浮かぶ怒りを見ていた。
「どうして?」 セリーンはダガーをあまりにも強く握りしめていたため、指が焼けつくように感じた。

「あなたが私の民をどのように解き放つか、もう一度言って」
「約束したではありませんか!」 セリーンが前に踏み出し、一本のダガーを掲げた。「そのとおり誓うわ!」
「そして、自分でそれを信じてさえいるのでしょうね」 ブリアラは息を呑んだ。「でも、貴族たちが抗ったら、それが帝国を弱めることになるときには、あなたは放っておくのでしょうね。あなたは私への約束を無視する、どうせ私が許すと知っているから。私がいつもあなたの側につくと知っているから」 そして彼女の剣が現れた。「とどのつまり、あなたが私の両親を殺した後でさえ、私はあなたを信じたのだから」

 セリーンは手を振って打ち消した。「あれはレディ・マンティロンよ! あなたが何を考えているのか知らないけれど・・・」
「ギャスパード!」 ブリアラが叫んだ。「レディ・マンティロンがあなたに指輪を贈ったのはいつ?」
 ギャスパードは、脇腹の痛みに耐えかねて、長椅子のひとつに寄り掛かっていた。
「わしに見どころがあることを示したときだ」
「そして、どうやって示したのです?」 ブリアラは目を向けもしなかった。彼女の両目はセリーンから離れない。
 ギャスパードは咳き込んだ。「わしは『ゲーム』の一部として、ある男の死を命じた」

 セリーンは、ブリアラの苦悩に苛まれた顔を見て、夜明け前の朝の時間に何度となくそうしたように、レディ・マンティロンとの会合のことを思い出した。

「あなたには感服いたします、姫様」とレディ・マンティロンが言ったが、彼女の表情は何層もの化粧の下に隠れていた。「わたくし自身の息子が、わたくしがあなたを援助すれば、あなたはあの子の求婚を間違いなく受け入れると信じております。ジェネヴィエ伯爵夫人のご子息もまた、奇遇なことに、あなたが彼の求婚を受け入れると信じております」 

 それは脅迫だったのかもしれなかった。セリーンは怯まなかった。愛嬌いっぱいの笑顔で、彼女は言った。「若い殿方たちのお考えになることにまで、責任を持つことはできません」
「フロリアンはもうおしまいです」とレディ・マンティロンが言った。「とはいえ、帝国があらゆる努力を尽くすことで、彼はあと数年生き続け、弱く、力もないまま、周囲に混沌をまき散らすことでしょう。わたくしがあなたをエティエンヌ侯爵に紹介したとして、あなたの叔父がメイカーそのお方の手を自らの身体に感じるその日まで、あなたはあなたの得る支援を、損なうことなく維持し続けることができますでしょうか?」 
 

 また別の試練。「もし、わたくしがそうできないのであれば」とセリーンは言って、微笑みを浮かべ続けた。「あなたからこの素敵なご招待を頂戴することはなかったでしょう、マンティロン侯爵夫人」 鼓動一回の後、貴族の女性を注意深く観察して、彼女は続けた。「ですが、帝国の裨益に思いを致せば、早く決めるに越したことはございません」 

 彼女は十六歳で、両親を亡くし、ヴァル・ロヨーでひとりぼっちで、そして今彼女は、オーレイの皇帝を弑するよう、この女性に求めたのだ。
「わたくしたちが動く前に見つかれば」とレディ・マンティロンが言って、優美に塗り上げられた一本の指の爪で、磨き上げられた椅子の手すりの木の上をこつこつと叩いた。「ことはしくじり、あるいはわたくしたちがなき者にされるでしょう。そのどちらも許すことはできません」

「では見つからないようにしなければ」 セリーンは、感じてもいない自信に満ちた様子でそういうと、レディ・マンティロンに会釈をした。「なすべきことをなしていただきましょう。準備は整っています」 
「そうでしょうか?」とレディ・マンティロンが尋ね、彼女を好奇に満ちた目で見た。「どれだけ用心深くことを運んできましたか? どれだけ用意周到に進めてきましたか? あるいは誰か、賄賂や脅迫や、それとも計略によって、あなたの意図を裏切る者はおりませんか?」 

 セリーンは思案した。彼女は完璧にことを進めてきており、レディ・マンティロンから教わったあらゆる手口を用いて、この最後の一手のため、手駒を配していた。他の全ての参画者たち、彼女が信頼する全ての者たちは、ことがしくじれば彼女同様に悲惨な末路を辿ることになる。彼女はレディ・マンティロンの子息と葡萄酒を酌み交わしていたときのことを、アンティヴァン産の珈琲をジョセフ・モントベリアード公爵と飲んでいたときのことを、彼らの全ての動きを観察し、行き交う召使いたちに目を向けるときの身体の動きから、ほんの些細な手がかりを掴んでいたことを思い出した。
 行き交う召使いたち・・・。
 彼女は息を呑んだ。

「わたくしの邸宅には、今誰もおりません」と彼女は言った。「召使いたちの他は」 彼女はレディ・マンティロンの凝視を正面から受け止めた。「わたくしを狙う暗殺者たちが襲ったなら、わたくしの目的により大きな同情を集めることができ、バードたちが市場で何の噂話も仕込むことができなくなるでしょう」
 レディ・マンティロンは、長いこと彼女のことを見つめていた。
 それから彼女は、完璧に化粧を施した顔を崩してゆっくりと微笑んだ。「それで結構です。女帝陛下」

「わたくしが召使いたちを殺すよう命じなければ、ブリア、レディ・マンティロンの力添えを得ることはできなかった。ギャスパードがわたくしを殺させていたわ」
 ブリアラはゆっくりと頷いた。「思ったとおり。そしてギャスパードが決闘に勝つ」
 依然として長椅子にもたれながら、ギャスパードは力なく笑った。「殺させなどせんかっただろう、セリーン。どこぞのフェラルダン貴族に娶らせて厄介払いしたかもしらんがな」

 ダガーを手にしたまま、彼女は彼のほうに近寄った。「あなたはこの決闘に勝ってなどいない、ギャスパード。あなたは放棄した・・・」彼女はサー・ミシェルのほうを見たが、彼は目を合わせようとしなかった。「・・・あなたの相手が負けを認める前に、あなたのメイジたちが詐術を用いたときに」
 「リエンヌの身に何が起きたのだろうと思っていた」とギャスパードが言って、セリーンの後ろ、倒れている娘のほうを見やった。
「彼女の背信により、この決闘は没収された」 セリーンはダガーを突き出し、襲う構えをした。
 ギャスパードは鼻を鳴らした。「没収とするためには、そのような背信をわしがあらかじめ認めていなければならん。シェヴァリエの名誉にかけ、そのようなことはしておらん」
「随分と都合の良い」とセリーンが言って、襲いかかった。
 彼の腕の鎧がその一撃を叩いて逸らし、大儀そうなうめき声をあげながら繰り出したひじ打ちがセリーンの腹をとらえ、彼女は後ずさりした。

「傷は負ったが、従妹よ。まだ死んではおらんぞ」 彼は長椅子に寄り掛かり、歯を食いしばった。「そしておぬしがチャンピオンに小奇麗な指輪を皆預けた今、まともな戦いの訓練を受けたことがないことがはっきりした」 彼がブーツに手を伸ばすと、刃先の短いダガーが現れた。不恰好だが実用的なくさび形の刃先は、ギャスパードが最後の手段として用いる武器として、アカデミーにいた時分から身に着けていたものらしかった。「勝ち目があると思うか?」

 セリーンは彼女のダガーを回転させた。彼は彼女の不意をつき、その一撃は彼女の革鎧のおかげで弱められていたとはいえ痛烈だった。「望むところよ、ギャスパード。女帝にとってそんな仕事は相応しくないとはいえ、この手であなたを殺し、エルーヴィアンを手に入れてオーレイを奪還します」

「ブリアラ?」とミシェルが言うと、セリーンは後退してギャスパードから間合いを取り、肩越しに彼女を振り返った。
 ブリアラは、ルーンの迷宮を歩いていた。彼女の歩幅は短く、慎重であったが、捻じ曲がった紋様を進む足取りは確かだった。彼女はすでに半分ほど歩き終えていた。
「そんな馬鹿な! あれを持っていなければ・・・」

 ブリアラが彼女に無理やりキスを強いたのは、わずか数分前のことであった。片手は彼女の首の後ろに固く押し付けられ、もう一方の手はセリーンの腰を抱いていた。
 セリーンは、キーストーンのルビーを入れてあった腰の小袋に片手を伸ばした。そこにはなかった。

 ギャスパードが笑った。「まったく、あやつは油断も隙もない」
 セリーンは向きを変え、ブリアラに向かって走り出した。ブリアラが手に握りしめているルビーが見える。ブリアラはもうすぐ迷宮を歩き終わるところだった。
 セリーンは片手をあげ、彼女に飛びつこうとしたが、身体を押し退けようとするエナジーに打たれ、苦痛に叫びながら跳び退いた。迷宮の周縁のルーンが、怒りの赤色に輝いている。

「ブリアラ!」
 彼女は振り向かなかった。
 セリーンはダガーを掲げ、投擲の構えをした。「ブリア、お願い。こんなことをさせないで」
 そのとき、氷の波が彼女の脇に浴びせられ、後ずさりするセリーンは、冷たい痺れと、それに続く凍てつくような冷気に見舞われ、神経の通わなくなった手がダガーを取り落した。
「どうやら」とミーリスが言って、今は立ち上がって、別の一撃を放つべく、その杖を構えていた。「もう一度選択する気が起きたみたい」

 セリーンは感覚を取り戻そうとして腕をさすりながら、彼女を見て、それからフェラッサンを見た。
「ギャスパードのことばかり気にかけて」と彼女は言った。「あなたたちのことは気にもしていなかった」 
「気にするな」と彼は言った。「誰であってもやりがちなことだ」

 もはや打つ手はなく、とっておきの策略もなく、セリーンはブリアラが台座のところに歩み寄るのを見ているしかなかった。彼女がルビーをその上に置くと、身を屈め、他の誰の耳にも届かないように何かをつぶやいた。 
 彼女は頭をあげ、セリーンの凝視に目を合わせ、それからルビーの紅色の光が部屋中を包み込み、彼女は言った。「私は、オーレイのエルフたちのため、エルーヴィアンを手に入れる」

***

 紅色の光の波が、部屋中のエルーヴィアンを、少なくともしばらくの間目覚めさせた。すぐにその全てが働きをやめたが、ブリアラがそれらに歩み寄ると、中空に残るエナジーを、力の鳴動を感じることができた。彼女が選べば、それらは目覚めるのだ。

 ギャスパードとミシェルは傷の手当をしながら彼女を見ており、彼女が気が付いていないと思われるときを狙って盗み見ていた。彼女は彼らを無視した。ミーリスは公然と彼女を見つめている。
 魔法が彼女の身体に流れ込み、台座の前に立つと、涼し気な風による震えが、彼女の両腕の毛を逆立たせた。エルーヴィアンは、ひとつ残らず今や彼女のものとなり、彼女と彼女の民を、彼女の望むところどこにでも送る用意ができていた。それらを踏破するには時間がかかるだろうし、彼女の民を悩ませるだろう憑依された屍どもや古代の罠にも対処しなければならない。だが、それらの脅威はどうにかなる。
 そしてそれが済んだら、彼女は彼女の民を救うために必要な全てを手に入れたことになる。

「わたくしが彼らを解き放つつもりだったのに、ブリア」
 セリーンは数ペース離れたところに立っていた。ミーリスとフェラッサンが台座にもたれかかっているが、セリーンが近づくのを妨げようとしているわけではなかった。
「確かにそう言ったけど」とブリアラは言った。「自由は与えられるものじゃない。勝ち取るもの」
「その両方なのよ」 セリーンは首を振り、瞳から流れる涙を拭った。彼女は、ヴァル・ロヨーにいた頃に比べてずっと小さく見える。「ずっと長い間わたくしの側にいたのに、何もわかっていなかったのですか? 変化は慎重な計画と、妥協を通じて得られるものなのです」
「あなたは、私の両親を殺すことに妥協した

 頷くセリーンの瞳には涙が溢れ、ブリアラは、化粧もマスクもない彼女の頬に赤味が差すのを目にした。「わたくしは十六でした、ブリア。『ゲーム』はわたくしの母を殺し、その復讐を目論んだ父も死んだ。レディ・マンティロンに見どころがあることを示さなければ、わたくしも殺されていた。おそらく、あなたたちも皆わたくしと一緒に死んでいた!」

「だからそう決めたの?」とブリアラが尋ね、その声は平板だった。「他を救うため、一部は犠牲にするの?」 彼女にはわかっていた、セリーンがそれを認めるのを聞き、ブリアラが世界とその中の自分の居場所について知っていると思っていた全てのことが剥ぎ取られ、心が引きちぎられる思いをするときが訪れるのを。もちろん今も、心が痛んでいるには違いなく、ブリアラはこれから先、ずっと長い間、それに涙することになるのだ。それでもブリアラは、これまでの人生でもっとひどい痛みに耐えて来た。

「わたくしは・・・」 セリーンは目を逸らした。「わたくしの手は、あなたの家族の血で汚れている。わたくしがどうして決断したかなど、どうでもよいこと」
 原因こそ大事、フェラッサンはそう言った。ブリアラは彼が、ときとして正しいことを知っていた。だが今は違う。
「あなたは、レディ・マンティロンからすでに十分に認められていた。私が彼女を殺したときにすら、彼女はあなたを手助けした」 ブリアラがそう言うと、セリーンは驚いてはっとした。「彼女は私を道連れにできたのに、そうしなかった。それはきっと、私の両親にした仕打ちに罪の意識を感じていたからだとずっと思っていた。でもそれは、私があなたに忠誠を続けると言ったから。彼女はあなたが私を騙しているのを知っていて、そして彼女は望んでいなかった、自分を殺した相手に復讐するためであろうと、あなたの手から使える道具を奪うことを」
「あなたは道具なんかじゃない、ブリア」
「今はもう違う」 恐怖と興奮のときは消え去りつつあり、彼女は心の中に大きな暗闇がぽっかりと口を開けているのを感じていた。

「ミシェルとギャスパードは行った」とフェラッサンが言った。彼はエルーヴィアンのひとつの前に立っており、ブリアラが見ると、鏡は暗くなっていた。
 ブリアラは、彼らに安全な道のりを与えた。彼女はまるで自分の両手のようにエルーヴィアンを感じることができ、彼女はセリーンに、彼女が出て行くために用いる鏡を示した。それは完全な姿で、傷ついておらず、奇妙な震えとともに、ブリアラはそこから新鮮な空気を感じることができ、それはセリーンがそこから地下深い霊廟へ死の歩みを踏み出すわけではないことを意味した。

「あなたの番よ」 彼女はセリーンに言った。「どこに行きたいの?」
「ヴァル・ロヨー」 セリーンは苦い微笑みを浮かべた。「帝国を取り戻さなくてはならない」
 ヴァル・ロヨーに送ることもできた。ブリアラは魔法が身体を引き寄せるのを感じ、それが彼女の意図に従って歪むのを感じた。だがヴァル・ロヨーはまた、セリーンをこの戦争を素早く容易に終わらせる立場に置くことになる。
 ブリアラには、これ以上セリーンを手助けするつもりはなかった。
「さあ、どうぞ」と彼女は言って、さりげない嘘を隠すため頷いた。「大学の、文化のために戦って。私は、その目的を手助けするチャンピオンなどいない者たちのため戦う」

 セリーンは息を呑んだ。「わたくしは、この帝国を救うために戦う、ブリア。そしてわたくしは、その民がわたくしの愛を見出すことに喜びを感じるでしょう、たとえあなた抜きで暮らす間、わたくしの鼓動のひとつひとつが鳴るたびに胸を痛めることになるのだとしても」
 セリーンがひとりきりで鏡に歩み寄ると、静かに符牒を告げたブリアラがそれを目覚めさせた。
「私だって」 セリーンが姿を消した後、彼女はつぶやいた。

***

(追加)かなりあせっていたみたいで、二カ所くらい一、二センテンスすっ飛ばしていたところありました。追加しました。(追加終わり)

 フェンハレルの物語の二柱の神は、セリーンとギャスパードのことをコノートしていた。これはわかりましたよね。ご丁寧に男女の神になっているし。ま、フェラッサンがブリアラに悟らせようとした物語なので。

 ミシェルを生かしておかないと未練たらたらだったディーモン、イムシャエルがフェラッサンに一言告げられたら、突然納得して去って行った。フェラッサンが(心の中で)提示したのは、ブリアラのこの企みだったのでした。

 ブリアラの両親を含め、邸宅丸ごとの召使いたちを殺させたのはセリーンでした。
 これは最初に読んだときは、「お、やられた」と思いました。後半にはヒントが散りばめられているから、後から読めばなるほどと思うのですが。
 これが、この小説のセンター・アイデアですね。
 お気づきになった方はリアル・ウィズダム(英語ではtrue wisdomと言うらしい)が高いと思ってよいのではないでしょうか。 

 エピローグは、生き残った者たち、それぞれのその後の話。続けてやります。

(蛇足)

 ギャスパードがブリアラを指して言う「油断も隙もない」奴というときは、"dangerous"。
 ここで三度目の登場となり(実は今訳すまで見落としていた)、我ながらこの意訳ははまったなあ、と思いました。「危険な」が芸がなく、「物騒な」ではちょっと違う。

 セリーンがブリアラとの約束を「放っておく」、今はやりの"let it go"。
「ありのままに」は、さすが世界征服を狙うディズニー帝国、翻訳にお金かけてるなあ、と思った。翻訳家を山ほど雇って、ものすごい数のドラフト作らせてるんだろうなあ・・・。

 "Frosen"、今なら、SPNで吹き替え版を買えば英語版がただでついてきてとってもお得!
 まあ、いたいけなお子ちゃまに英語を叩きこめばなんとかなると思っている親御さんが買うんだろう。無理やり見せても役に立つとは思えないんだけど。英語の読み書きは与えられるものではなく、勝ち取るもの? いいえ、ゲームで愉しみながら覚えるものです。

2014年7月10日 (木)

The Masked Empire 17(4)

 死闘、その三。

***

「あそこで仕留めたと思っていたがな」 ギャスパードは、彼とミシェルが身体を引き離すとき、荒い息をした。 
 ミシェルは答えなかった。ギャスパードの言葉のせいで、先ほどは危うくやられるところだった。

 彼の腿からは血が流れ、熱く絶え間ない痛みが走り、彼は鎧の下に徐々に血が溜まっていくのがわかった。彼の目は、ギャスパードが盾を用いたなりふり構わない奇策のため、今でも燃えるような痛みを感じ、脇腹と、尻のすぐ上の傷とが、ずっと長い間彼の動きを損なわせていた。彼の腕は疼き、肺には息をするたびに刺すような痛みが走る。彼はそれが単純な疲労によるもので、自分が考えているよりも傷が深いわけではないことを祈った。

 彼は自分の迂闊さを呪った。彼はアカデミーに入学したての頃からこのかた、これほどまで自分がずさんであると思ったことはなかった。その頃、全ての訓練が脅威で、全ての稽古が、自分がまがい物で、庶民に過ぎないことを暴露する危険を帯びていた。
 ペテン師。
 

 ギャスパードが打ちかかってくると、それを受け止める代わりにミシェルも突進した。激突のため鎧が鳴り、お互いがふらついたが、ミシェルは脚を踏ん張り、勢いを失わず、片腕をあげるとギャスパードの中途半端な短い突きを腕甲でなぎ払い、それから剣の柄でギャスパードの面頬を打ち据えた。大公は後ずさり、ミシェルは大上段から振りを浴びせ、ギャスパードの盾もろとも長椅子の一つのほうに向けて弾き飛ばした。

 彼はアカデミーにいた頃、恐怖を怒りで紛らわしていた。稽古の最中に癇癪を起こし、激しく猛烈に戦い、他の訓練生たちに喧嘩を売った。彼の教官たちは、その怒りはごまかしであり、彼がしくじりを恐れているのだと考えていた。年を経るにつれ、彼らは彼を上等な武器に仕立て上げ、喧嘩っ早さを規律ある憤怒に叩き直し、彼はそれ以来の全ての戦いにおいて、それを失うことはなかった。

 ギャスパードは長椅子に飛び乗り、ミシェルを見下ろした。「かかってこい、サー・ミシェル」
 ミシェルは、高所にいる者に突進するほど間抜けではなかったが、待っていれば、長くても数分のうちに、傷のせいで立っていられなくなるだろう。そしてギャスパード、くそ野郎はそのことを知っていた。

 ミシェルは自分も長椅子の上に登り、そこから次の長椅子に飛び移った。にやりと笑うと、ギャスパードが彼にあわせて、長椅子から長椅子へ跳び移り、ミシェルのほうに近づいてきた。
 ふたつの長椅子は一ペースほどしか離れておらず、戦いを交えるには十分に近かった。彼らは、今は慎重に、身体の均衡を保ちながら一振りごと計るようにして剣を交えた。ギャスパードが別の長椅子に跳び移り、ミシェルもまたそれを追い、彼らは斬りつけ、かわし、受け止め、そしてお互いの力を見極めていた。

 ミシェルは、ギャスパードがまた跳び移ろうとするのを見て、自分も実際に跳びあがりながらその中空で、ギャスパードの跳躍は見せかけで、ミシェルが着地したところを待って打ちかかろうとしているのを見てとった。身体を捻じったミシェルは盾をぐいとひねって持ち上げ、着地し、それから即座に長椅子から跳び降り、前方に突進した。ギャスパードの一撃はミシェルの傷だらけの盾のてっぺんを刈り取るが、ミシェルは全身の力を乗せてまっすぐギャスパードに体当たりした。

 彼は、もう十年以上の長きにわたり、ヒューマンのあいのこ、街のエルフのガキではなかった。彼はサー・ミシェル・デ・シェヴィンだった。
 その少年の部分がまだ残っているのは、拭い去れない恐れ、見捨てられるのではないかという恐れ、ごみの中に隠れ、エイリアネイジで乱暴な冒険を繰り広げるシェヴァリエの目に触れないよう祈るときの怖れ、かつてそこから姿を消した少年のことは誰一人覚えていないことを確かめるため、市場のひとりひとりの顔を見ているときの怖れ。
 それと、怒り。

 ギャスパードが後ずさると、ミシェルは強烈な突き上げを食らわせてギャスパードの盾を払いのけ、それから蹴りを浴びせて、ギャスパードの身体を長椅子から弾き飛ばした。
 大公は背中から地面に倒れ、無理やり立ち上がろうとしたが、打ちかかったミシェルの焔の剣が彼の盾に突き刺さった。ギャスパードはミシェルの片足に斬りつけ、ミシェルはそれを防ぎつつ、再び大上段から剣を振り降ろし、それはギャスパードの盾の上を通り過ぎた。

 それはギャスパードの右の肩を捉えた。その部分の肩甲はすでに傷ついていたが、今度の一撃は残りの部分も剥ぎ取り、鎖骨の丁度横の部分を深々と斬りつけた。ギャスパードは声なき叫びをあげ、後ずさり、傷ついた腕を抑えつけた。
 彼はサー・ミシェル・デ・シェヴィン、女帝セリーンのチャンピオン。彼は、長椅子から跳び下り、まだよろめいているギャスパードのところに駆け寄る間、その言葉を一人ごちた。

 彼は盾でギャスパードの盾を払いのけ、それから突き刺した。
 そしてギャスパードは、実は見かけほど傷を負っておらず、長椅子の上に跳び乗り、着地した途端に盾を振り降ろし、鎧を身に着けたシェヴァリエの全体重をそれに乗せて、突き出された剣にのしかかった。

 彼は、ミシェルの剣の小さな傷、最良のシルヴァライトの剣であっても台無しにしてしまう、ほんの些細な欠陥に完璧に狙いを定めた。
 盾と大理石の間に挟まれ、ミシェルの剣は折れ、二つに割れる金属が悲鳴を上げた。
 ギャスパードは長椅子から跳び下りると、自らの剣を振りかざし、ミシェルは折れた剣の残りの部分を突き上げた。

 彼はギャスパードの胸板に残っていた長い傷を狙い、ぎざぎざのシルヴァライトが滑り、それを捉え、貫いた。
 大公ギャスパードはミシェルの上に降り立ち、ふたりは一緒に地面に転がり、それから横転して離れた。

「ああ、メイカー、今度こそ仕留めたと思ったが」 ギャスパードが言葉を吐き出し、ミシェルの剣を見下ろした。折れた剣ではあったが、ミシェルはそれをギャスパードの脇腹にほぼ柄元あたりまで埋め込んでいた。「おぬしの剣の傷を完璧にとらえたが。わしがおぬしの剣を見ていたように、おぬしが昨晩、わしの鎧に気が付いていないわけがなかった」
 ミシェルは思わず微笑んだ。「かつて偉大なシェヴァリエが教えてくれたとおり、名誉は妨げない、戦術を」
 ギャスパードは無理に笑い、その動きで顔をしかめた。「なぜそんな、年寄りの間抜けの話を真に受けたのだ?」
 ミシェルは膝をつき、彼の剣を、ギャスパードが呻くほど力をこめて引き抜き、それから立ち上がって大公を見下ろした。

 彼は剣を見て、それを投げ捨てると、地面に転がったままのギャスパードの剣を手にした。大公には苦しみのない死が相応しく、そしてミシェルは、自分のぎざぎざの剣でそれがかなうとは思えなかった。
 ギャスパードは彼がしていることを目にして、ミシェルが近づいてくると感謝を込めて頷いた。無理をして、大公は自分の手と膝で身体を回し、半身を押し上げ、膝をついて頭を高くもたげた姿勢を取った。「良く戦った、シェヴァリエ」
「貴方もです、シェヴァリエ」 ミシェルは剣を掲げた。

「サー・ミシェル!」 彼の背後から叫び声がして、ミシェルは振り向いた。
 それはブリアラだった。
「借りを返すときです」

 とてつもない恐怖の冷たい両手がミシェルの心臓を包み込んだとき、ブリアラが彼を見て頷いた。
「負けを認めて」

***

(色々書いていましたが、最後の台詞、"Yield."の意味違いました・・・。これは直に「降参しなさい」でないど、後に繋がらなかった。申し訳ない) 

 さて皆さま、謎は解けていますでしょうか? 原文読んだ方は黙ってましょうね。
 物語はクライマックスへ。

The Masked Empire 17(3)

 十七章は少し回数が増えます。今回を入れて後三回かな。

***

 ブリアラは戦いの趨勢が変わるのを見守っていた。ミシェルが優勢に見えたが、いつしか彼の全ての攻撃が敢え無く大きく逸れ、ギャスパードの攻撃はことごとく的を捉えた。
 彼女は以前にも戦いの趨勢が変わる様を見たことがある。彼女は、決闘者たちが卓抜したけん制や弱点を仄めかす手口で敵をおびき寄せる様子を目にしてきた。彼女は、負け戦の瀬戸際にありながら、最後に驚くべき力を振り絞って敵の不意を突く戦士たちを見て来た。
 これは違う。

 ミシェルがよろめきながら立ち上がり、その途端にまた別の一撃を鎧に受けた。彼は必死に受け流し、彼の鎧はギャスパードが次々と打ち付ける攻撃のため火花を散らした。
 ブリアラの傍らで、セリーンが拳を握りしめていた。彼女は鋭く息を呑んだ。
 もう一方では、ミーリスとリエンヌが静かに立っていた。
 ブリアラが気づいたのはそのときだった。
 彼女は向きを変え、彼女たちの傍らに歩み寄った。「やめなさい」と彼女は、声を荒げずに言った。
「何をやめろと?」 ミーリスは、彼女を見もせずに言った。

「ミシェルに呪いをかけている」 ブリアラはリエンヌにそう言い、相手は微笑んだが何も言わなかった。彼女はミーリスに言った。「そしてあなたはそれを隠している、魔法がもたらす輝きを覆い隠している」
「なんですって?」とセリーンが振り向き、リエンヌの微笑みを見たとき、ギャスパードに叫んだ。「ギャスパード! 今すぐやめさせなさい!」 ギャスパードとミシェルは剣を合わせていたが、ギャスパードはミシェルを荒々しく突き放し、セリーンのチャンピオンを再び長椅子の一つに激しく打ち付けた。

「聴こえやしないわ」とミーリスが言った。
「大公閣下は、少なくとも彼の知る限り、正々堂々勝つの」 リエンヌが依然微笑んだまま付け加えた。「そしてあなたが抗議する頃には、彼はあなたがただ負けを認めることのできない、名誉にもとる女だと思うのみ」
「フェラッサン」とセリーンが言った。「ふたりともやってしまって」

 フェラッサンの唇が歪んだが、彼が杖を掲げるや否や、ミーリスも自分の杖を掲げた。その先端は煤けた赤色に輝いている。「本当にやる気?」と彼女は尋ねた。彼女が微笑むと、顔の刺青が歪んだ。「リエンヌの呪いを覆い隠すため、私はこの場所丸ごとをエナジーで埋め尽くしている。お前がそのささやかな浄化の術を講じたら、その結果招いた爆発はヴェイルに大変な傷を負わせるでしょう。今度は、一体どんな奴がやってくるのかしら?」
お前にはわかっている」とブリアラが言った。「なぜなら、お前はそこからやってきたから、違う?」

 ミーリスはにやりと笑い、何も言わなかった。リエンヌは杖を掲げたまま、近い方にいるブリアラと、ギャスパードとミシェルの間に等しく注意を払っていた。
 貴族の娘、とブリアラは思った。才能はあっても訓練は知らず、溺愛する両親たちの手によってサークル送りを免れ、強行軍にも、その他の労苦にも不慣れ。彼女が弱点だ。彼女がきっかけだ。

「どうしてわかった、ダーレン?」 背後からフェラッサンが彼女に尋ねた。
何がわかったですって?」とセリーンが尋ねた。 
 ミシェルは剣を激しく振ったが、その攻撃はギャスパードの盾に敢え無く弾かれた。ギャスパードの反撃は金切り声をたてながら鎧を切り裂き、ミシェルの脇腹に突き刺さった。
「山ほどの些細なことから」とブリアラは言った。「野営地では、ミーリスは癒し手だったけど、真に腕の立つメイジの片鱗さえ見せず、杖の魔法を変えることができるだけの才能はなかった。以前は白かったのではなかったかしら?」

 リエンヌはミーリスの赤く輝く杖に目をやったが、それはそのような問いかけの後では誰しもしがちな自然な動きであり、とりわけ緊張に見舞われているときにはなおさらだった。彼女の注意が、ほんのわずかの間だけブリアラから逸れた。ブリアラの企みどおりだった。
 ブリアラは注意を招くことなく気軽な優雅さでもう一歩近づき、手にしたダガーをリエンヌの腹に滑らかに沈めた。
 若い貴族の女は喘ぎ、彼女の顔が死人のように蒼ざめ、そしてよろめいた。
「癒しの腕は確かなんでしょう、リエンヌ」 貴族の娘が崩れ落ちるのを、ブリアラは抱き留め、静かに地面に横たえた。「そうしようと思えば、自分のことも癒せるのでしょう。でも、自分を癒しながら、同時にミシェルを呪うことまでできると思う?」

 リエンヌは毒気を帯びた視線を彼女に浴びせ、苦痛にあえぐような息をした。「私が・・・お前を・・・殺してやる・・・、このナイフ耳の売女」 
 それは貴族の恫喝だった。ブリアラは、リエンヌの母親であるレディ・モンツィマードが料理にけちをつけ続け、とうとうシャトレインが鞭打ちを与えると召使いたちを脅す羽目になったことを覚えていた。リエンヌはそこから学んだのだろう。大声で喋り、召使いを脅しつけ、なんの仕返しも恐れることなく、自分の思うままの仕打ちを与えることができると知らしめる。
 だが、ふたりが今いるのはヴァル・ロヨーではなかった。

「あら、そう? じゃあ、あなたに慈悲を与えた私が間抜けだったということね?」とブリアラは尋ね、彼女の喉を掻き切った。
 それは決闘のためだったが、刃先が肌を切り裂くときに浮かんだ彼女の笑いの一部は、レディ・マンティロンの死に際を見つめ、この世に多少の正義がもたらされたときのものと同じだった。

 大理石の長椅子の間で、ギャスパードの剣が振り降ろされたが、今度はミシェルの盾がそれを真っ向から受け止め、突き出されたミシェルの剣がギャスパードの兜をかすめた。大公はたじろいで後ずさり、ミシェルが立ち上がると、血だらけだが生き生きとして、再び全力で戦いはじめた。
「ミシェルは生かしておかない」 ミーリスが杖を掲げた。
「それはお前の選択でしょう」とブリアラが言った。「イムシャエル

 ミーリスは動きを止め、セリーンはブリアラに疑いの目を向けた。フェラッサンが頷く。
「言ったように」 彼女は、つい先ほど貴族の女を殺したばかりではないかのように話し続けたが、彼女の心が驚くべきほど平静なため、思考はまるで巨大なドワーフのパズルに水晶の欠片が次々と嵌められていくように感じられた。「お前の魔法への理解は以前より増し、ただのデーリッシュの癒し手が知りようもないほどの知識を踏まえて魔法について語った。そして今、ミシェルとギャスパードの心を曇らせて私たちの姿が見えないようにしているのは、一番はじめに、あのディーモンがミシェルを誘惑して、石の輪の中に連れ出したときと同じこと。そもそも、もしお前が言った通り、イムシャエルが一族の他の者を皆殺しにしたのだとしたら、どうしてひとりのデーリッシュの娘だけ命を救ったのだろうと疑問に思っていた」

「なぜなら、彼女が選択をなしたから」とフェラッサンが言った。「彼女はイムシャエルを一族のただ中に解き放ったミシェルへの復讐を望み、それを実現するために、自分自身が憑依されることに同意した」
 セリーンは嫌悪に満ちた顔でミーリスを見た。「ディーモンに憑依された?」
「スピリット」とミーリスが正し、自分で思わずそう口にしたことに気が付いて、くすくす笑った。彼女が再び話し出したとき、彼女の声は深まり、あの輪の中に立っていた男のものになった。「ああ、つまらん。君も見かけよりは多少狡猾だと思っていたが。そのとおりだ、女帝よ、私はこの若きミーリスと一緒に動き回れるようになる見返りに、彼女にちょっとした力を与えることを申し出た」 ミーリスの身体の中の存在が微笑んだ。「そのどれもが、私があの厚かましいサー・ミシェルをたった今殺し、取引きした約束を果たすべきではないことの説明にはならない」

 ミシェルとギャスパードは再び真剣にぶつかり合い、ふたりの剣の達人が手を変え品を変え繰り出す二振りの剣の音が鳴り響いたが、ブリアラは無視した。ミシェルの命と彼女の企ては、彼女がどれだけ早く考えを巡らすかにかかっている。

「前にも彼を殺すことはできた、最初に戦ったときに。でもそうしなかった。なぜ?」
「なぜなら、ミーリスが選択しなければならなかったからだ」 フェラッサンが答えると、ディーモンは面白そうに微笑んで、彼の方を向いた。「そいつはミーリスに、私たちに殺されるのを覚悟で攻撃するか、それとも身を引いたまま休戦に従うか、その選択を与えた。彼女は従うほうを選択した
「では、彼女は選択をなした」とブリアラが言って、イムシャエルを見た。「それでお前は取引きどおりに約束を果たした」

 ディーモンは肩をすくめた。「かもしれん、娘よ。だが、君と君の可愛い女帝がエルーヴィアンを手に入れたら、どうするつもりだ? 私が望むのは、この世界を旅し、自暴自棄になるあまり衝動にかられる者たちを弄ぶことだけだ。君の帝国は私に何を手渡すのだ、ギャスパードからは手に入らない何を?」

「わたくしはエルフたちを解き放つ」とセリーンが言った。「その混沌、その機会に思いを馳せるがよい。力の均衡が・・・」
「慎重に維持されるのをか、いつものように」 ディーモンは見透かしたような視線をセリーンに送った。「君は準備が整ってから、安全になってからエルフを解き放つ。君が私に与えるのは上品な晩餐だ」と彼は言い、ミーリスの杖を所在なさげに振り動かした。「ところが私が欲しているのは、飢えた者が素手のままでがつがつと食らいつくような暴食だ。エルフたち、テンプラーたち、メイジたち・・・、彼らは何千もの者たちを殺すかもしれないが、それは炎と剣によるものに過ぎない。炎と剣はつまらん」 彼の瞳が輝いた。「この素晴らしき世界には、もっと数多くの事柄があり、人の度量を示すもっと数多くの方法がある」

「お前にわたくしの帝国を脅かさせはしない」とセリーンが冷たい声で言った。「お前を野放しにすることで、わたくしの民を危険に曝すくらいなら、わたくしはギャスパードの剣先に身を投げるでしょう」 
 イムシャエルは驚いて彼女を見た。「本当にそうする気だな? そして私は、君が玉座以上に重きを置いているものは何一つないと考えていた」

「まあ、確かに言う通りだ」とフェラッサンが言った。「炎と剣は確かにつまらん。だが、より大きな何かが訪れるとしたらどうだ?」
「言うがよい、ゆっくりした矢」とディーモンが言った。「一体、君に何ができるのだ、汗まみれの定命の者たちが渇望し、しがみつき、血を流し、その命を無駄にしてきた間に、君と私はあらゆることを何百回となく目にしてきたではないか?」
 フェラッサンは何も言わず、ただ微笑み、その顔中の刺青が歪んだ。
「なんとまあ」 イムシャエルは息を吐いた。「それは約束か?」 
「まあ、私はむしろ脅しのつもりだったのだが」

 イムシャエルは、彼をおぼつかなげに見るセリーンの方を向いた。「女帝よ」と彼は言った。「君の幸運を心から祈ろう。きっとそれが必要になるだろう。何が起きようとも、この先しばらくの間、オーレイがとてつもなく刺激的な場所になるには違いないのだから」
 そしてミーリスの身体の回りに光が輝き、彼女は膝から崩れ落ち、杖の輝きが氷のような白い色に戻った。しばらくの間、煙のような姿、彼女の身体に纏わりつく靄がミーリスを取り巻き、それからそれが壁の鏡のひとつに向かって矢のように部屋を横切り、その鏡がまばゆい赤色に燃え上がり、それから再び働きをやめて動きのない澱みに戻り、ディーモンが去って行った。

 ギャスパードとミシェルがお互いの身体を離し、ふたりともリエンヌとミーリスのほうに一瞥を加えた。そして言葉を発することなく、彼らは戦いに戻った。
 ブリアラはルーンの迷宮を見た。その紋様は複雑だが、セリーンとミシェルが見えないと言っていたそれが、ブリアラの目にははっきりと見えた。
 次に彼女がセリーンを見やると、彼女は優し気な頷きを返し、再び決闘に目を向けた。
 そして最後に、彼女はフェラッサンを、木に縛られたフェンハレルの物語を彼女に教えてくれた彼のほうを見た。

*** 

 ここはなかなか面白く、気に入っている場面ですが・・・。まだ決闘が終わっていない。
 話が非常に込み入っているので、別のときにしましょう。

2014年7月 9日 (水)

The Masked Empire 17(2)

 決闘の開始。

***

 お互い合意のうえで、ミシェルとギャスパードはヴァーテラルと戦った場所から離れたところで決闘をはじめることにした。散らばる瓦礫は滑りやすく、ミシェルもギャスパードも、岩に足をとられるような恥ずべき形で決着をつけることは望まなかった。

 大広間の大きなすり鉢の底近くでは、迷宮の入り組んだルーンが平らな部分の大半を覆っていた。しかしながら、ルーンの輪の外縁と大理石の長椅子の一番先頭の列の間には、おおよそ幅十ペースほどの開けた場所があった。ミシェルが見たところ、迷宮のほうに向かって僅かに傾斜していたが、足で踏んでみると、戦いの構えにさほど影響を及ぼすほどではなかった。

 長椅子の列は彼の左手にある。ルーンの輪の縁は右手だ。ルーンの輪の丁度前には、他の者たちが立っていた。リエンヌとミーリス、セリーンとブリアラ、そしてフェラッサンは彼女たち皆より少し離れたところに。

 彼の前には大公ギャスパードが立っていた。彼の盾はミシェルのものと同様、依然酸で爛れたままで、彼の鎧には、彼があれほど必死に消し去ろうとしていた引っ掻き傷の跡が残っていた。ミシェルが正確に狙えば、その傷を剣で貫くことができるだろうし、そしてミシェルの打撃は弾かれることなく、多少容易に盾を捉えることができるだろう。

 彼は以前にもシェヴァリエたちと戦ったことがあるが、それは名誉ある決闘のときもあれば、セリーンの不興を買った者たちとの戦いのときもあった。それらは、このエルフの遺跡に足を踏み入れるまでではあったとはいえ、彼の戦歴の中でもっとも困難な戦いであったが、同時にまたもっとも単純な戦いでもあった。

 彼らは皆アカデミーの訓練を受けていた。彼らは同じ稽古を、同じ技術を知っており、同じ教えを学んでいた。不意打ちはなかった。戦いは、より真剣に訓練を重ねて来た者が勝った。
 そしてそれは常にミシェルだった。

 ミシェルが剣を抜くと、焔がその刃に揺らめき、そして流れた。ギャスパードは焔に気づいて微笑み、彼の剣を抜いた。「不名誉の前に死を、サー・ミシェル」
「不名誉の前に死を、サー・ギャスパード」 ここでは、そしてただここでは、シェヴァリエの身分こそが、他のどの身分よりも重んじられる。

 彼らは剣を捧げて敬礼した。
 それから彼らは動き出した。
 ギャスパードは盾を高く構えて動いた。ミシェルはそれに一撃を浴びせ、低く突き出されるギャスパードの剣を後ずさりしてかわした。その剣に盾を振り降ろして弾き、肩から体当たりしてギャスパードの盾を脇に逸らすと、上段から斬りかかった。
 ギャスパードのほうが間一髪早く、大公が身をかわすとき、ミシェルの刃先の焔がギャスパードの兜の羽根飾りを舐めた。
 盾同士がぶつかり合い、ふたりの身体が押し合い、そして離れ、円を描くように動いた。

 ギャスパードがにやりと笑い、その口ひげが歪み、それから上段の逆手打ちを打ち込んできたが、ミシェルはあっさりと受け流した。即座にギャスパードが再び打ち込んでくるのを受け流そうとしたとき、ミシェルはそれがけん制であることに気付き、代わりに身体の向きを変え、突然逆向きに繰り出された下段の突きに盾の正面を当て、片足を貫かれるところを防いだ。ギャスパードの盾が横腹に叩き付けられたが、彼はそれを無視し、低い蹴りでギャスパードの片膝の裏を打った。

「くそ」 大公が足を滑らすと、ミシェルは身体を回して離れ、踏み込み、踵で向きを変え、次に身体を回し、逆手の一撃に全身の体重を乗せた。ギャスパードは盾を掲げたが、焔の剣は酸で弱った金属を切り取り、ギャスパードの鎧の胸板、丁度肩の下の部分に叩きつけられた。
「はっ、見切れていたものを」 大公は後ろによろめき、顔をしかめ、身体を素早く回転させるにあわせ剣を振り回し、ミシェルが追い打ちをかけるのを防いだ。その動きの最後に、彼はしかめ面で頷き、再び剣を捧げた。「おぬしはあっぱれなチャンピオンだ」

 ミシェルが戦いの間に口を開くことはめったになかった。それは常に気を散らせるものだと彼は思っており、そうする者たちは、自信をひけらかそうとする間抜けか、言葉を別の武器として用いようとするずる賢い者だと考えていた。

 ギャスパードが、激しい振りで再び打ち込んできた。ミシェルは盾で受け止めたが、ギャスパードが身体を押し付け、ミシェルに反撃の暇を与えなかった。盾同士がぶつかり、ギャスパードはさらに近くに踏み込んで、踵でミシェルの足を踏むと、乱暴に押しやった。

 アカデミーの訓練生たちの多くは、その動きによって背中から地面に押し倒され、喉に剣を押し付けられる羽目になった。ミシェルは片膝をつき、押し倒す力を頭上に逸らし、それから高い突きを繰り出した。再び金属が悲鳴をあげる音とともに、彼の焔の剣がギャスパードの鎧を切り裂き、こんどは大公の肩甲の半分を切り落とした。
 ミシェルは、間違いなくギャスパードに、たとえ致命傷ではないとしても、戦いを続けることができないほどの深手を負わせた手ごたえを感じ、大公はよろめき後ずさった。 

 その瞬間、ミシェルは大公のことを見損なっていたことに気が付いた。いくらかの貴族は、ほんの最小限の訓練のみをこなし、シェヴァリエの黄色の羽根飾りを手にした後は学んだことを忘れてしまうのだが、ミシェルはギャスパードが、戦いのための最良の状態をずっと維持してきていたと思いこんでいた。彼は長く続く戦いの過酷さには不慣れだったのかもしれず、あるいは優れた鎧にあまりに頼りすぎていたのかもしれない。どちらにしろ、決闘は終わった。

 ミシェルは立ち、戦いを終える慈悲の一撃を与えるため身構えた。
 その瞬間、ギャスパードのよろめいていた身体がくるりと一回転し、大公の片足のブーツがミシェルの胸板を蹴り上げた。
 ミシェルは、ふらつき後ずさりする間にも盾を掲げ、続く追撃を逸らした。だが、ミシェルが当然次には突進が来ると予想している間にも、盾でしのぐはずだった一撃は、彼の守りの斜め上に逸れた。かぎ形を描くような繊細な剣の動きで、ギャスパードは鎧の腿当てを貫いてミシェルの腿を鮮やかに切り裂いた。
 あるいは彼は、ギャスパードのことを見損なってなどいなかったのかもしれない。 

 彼は依然としてよろめき、足全体に走る熱いナイフで切られたような痛みのため、危うく地面に倒れそうになった。彼は自分を奮い立たせて剣を振り降ろしたが、ギャスパードは横跳びしてその一撃をあっさりかわした。力を込める唸り声をあげると、大公は、ぎざぎざになって依然くすぶり続けている盾の上端をミシェルの面頬に打ち付けた。

 目もくらむような痛みがミシェルの目を襲い、彼は本能的に跳び退ったが、次の一撃は彼の盾を貫いて、鎧の胸板を切り裂いた。それが当たったのは丁度腿の上の部分の、あのデーリッシュの戦がしらがまぐれで彼の鎧を貫いたところであり、ミシェルはのけぞり、再び胸板に打ちつけられた蹴りの強烈な威力を感じると同時に倒れた。

 背中を何か固いものに打ち付けられたミシェルの鎧は、きしむような悲鳴を上げた。それは大理石の長椅子だった。彼は方向を見失い、心の中に描いていた戦場の位置関係もわからなくなったが、かつての訓練では、それは鞭打ちの罰を受けるべき過ちだった。彼は無理やり目を見開き、何もかもが赤い幕を通して見える熱さと痛みのため激しく瞬きした。まだ目は見えた。面頬が打撃のほとんどを受け止めていた。彼はギャスパードがとどめの一撃を繰り出そうとしている姿を見た。

 彼は盾を掲げ、一撃を逸らし、代わりに胸板にまたもう一度蹴りを、肺の息を根こそぎ吐き出させるような痛打を浴びた。次の一撃で盾が脇に弾かれ、彼がそれと一緒に身体を横転させると、さらなる一撃は、彼がさっきまで寄り掛かっていた大理石の長椅子から石の固まりを削り取った。

 痛みに翳む視界の中、ミシェルはギャスパードを見た。
 大公は再びにやりと笑い、勝利を確信しており、ミシェルはその男の見通しに異を唱えることはできなかった。

*** 

 "Death before dishonor"は決まり文句のようですね。不名誉のそしりを受けるくらいならその前に死ぬ、という意味。

 続きます。

2014年7月 7日 (月)

The Masked Empire 17(1)

 最終章。ここまで読まれた方には(ごくわずかでしょうが)感謝します。要約とか面倒くさくなってきたので、ここからベタで。

***

 胸の鼓動の高まりは激しかったが、セリーンは、氷のような冷静さをギャスパードに見せつけながら立っていた。「わたくしのチャンピオンが負傷しており、あなたは癒し手によって完璧な状態を保っている今このとき、戦いをはじめるというのですか?」

 ギャスパードは笑い、その声太い高笑いは、独特の美しさを保つ大広間の壁の中にこだました。「セリーン、もしわしがそうするつもりだったなら、リエンヌにおぬしのエルフの手当てを命じたりしなかっただろう。メイカーズ・ブレス、わしがただ単に、ああまで強く押し退けなければ、あの娘はあの忌々しい化け物の下敷きになって死んでおった」 彼は死んだヴァーテラルのほうを身振りで示した。

 セリーンは息を止めた。あの巨大な生き物が襲いかかったとき、彼女の心臓は一瞬とまった。彼女はできうる限りのことをしたが、自分自身を餌にして化け物の気を引き付け、まかり間違えば殺されてしまう危険を冒すことだけはできなかったし、自分の愛する女性の姿が化け物の爪の下に消え去る様子をただ見守るしかなかったことは、一生忘れることができないだろう。「では、裏切りは企んでいないのですね、これまですでになしたもの以外は?」

 ギャスパードはため息をつき、首を振った。「そのほうが楽だったろう。そして地上の誰ひとり知る由もないのだから」 それから彼は微笑んだ。「だが、わし自身が知ることになる。そしてわしは誓いを立てた身。よって、わしらは名誉にかけてこの決着をつけるのだ、セリーン」
「あなたがわたくしのチャンピオンと対決することによって?」とセリーンが尋ねた。「そして魔法は、おのおの身に着けているもの以外は用いずに?」 彼女は、敢えて強調するためリエンヌを見た。

 オーレイの正式な決闘では、持ち込む装備の種類、許容される魔法、そして用いられる戦いの方法についてまで決まりがあった。この地下の穴倉の中には決闘用の剣がない以上、セリーンが望みうるのは、リエンヌがその魔法でギャスパードを強化したり、ミシェルを呪ったりすることがないよう、確かにすることのみだ。

「それでよかろう」とギャスパードが頷いた。「そしてわしが勝てば、おぬしのエルフたちに害は加えないとさえ、ここで誓おう」
 セリーンは、ブリアラが彼に力ない笑顔を送るのを目にし、まるで恋人を取られたかのように怒りがこみあげて来るのを感じた。「あなたが勝てば、わたくしは死ぬわけですから、あなたがナイフ耳と呼ぶ者たちへの誓いを守るなど、到底信じがたいこと」

 ギャスパードは肩をすくめた。「どうとでも受け取るがよい、セリーン。サー・ミシェル、リエンヌの癒しが必要なら、ぜひ申し出られよ」 彼は死んだヴァーテラルのほうを振り返り、顔をしかめた。「あのような不気味な怪物に危うく食われるところだったのだ、まさか必要ないなどということはあるまいな」
「かたじけない」とミシェルが言った。「ご厚誼に預かります」

「そしてわしのほうは、しばらくの間、あの化け物の忌々しい酸を鎧と盾からこすり落とすことにする」 ギャスパードはミシェルに頷き、やや距離をおいて、まだいくつかの長椅子が壊れず残っていた別の場所に引き取った。ミーリスが彼に付き従い、依然首を振りながら用心深く歩を進めた。リエンヌはとどまり、しばらくの間その輝く両手をミシェルの身体にかざし、それから後に続いた。

 ギャスパードも、彼に忠実な者たちも聞き耳を立てることのできないところに去った後、セリーンは長椅子に再び腰を下ろした。今、寝台で眠ることができるなら、帝国の半分でもくれてやったことだろう。「そして全てが、たった一度の戦いにかかっている」と彼女はつぶやいた。
 『ゲーム』。彼女の全ての業績。何年にもわたって異なる派閥からの忠誠を集め、セダス大陸最大の帝国を文明化の時代に導こうと努めてきて、そのあげく、今この地中深いエルフの墓地の中のたった一度の戦いで全てが決する。
「ミシェル」と彼女が優しく言うと、彼が近寄ってきた。ブリアラとフェラッサンも近寄ったが、この瞬間は彼女と彼女のチャンピオンのためのものだとわきまえ、少し離れたところに立った。 

「女帝陛下」 彼はお辞儀した。
 彼女は気を強く持った。「彼に勝てますか?」
 彼は背筋を伸ばした。「彼はシェヴァリエです、女帝陛下。十分に訓練を積み、優れた装備に身を固め、そして死を賭して戦う覚悟です」 彼は息を継いだ。「しかし拙者は、彼に勝つことができ、勝つつもりです」
 セリーンは、自分でも止めていたことに気付かなかった息を吐き、そして微笑んだ。「そして勝てそうになかったとしたら、それを認めたのでしょうか、ミシェル?」
「認めんでしょうな、陛下」 彼は微笑んだ。「しかし、拙者がその言葉に偽りなき男であると、是が非でも示してご覧にいれましょう」
「示すまでもありません。そしてわたくしが玉座を取り戻したなら、それはあなたのおかげです、わたくしのチャンピオン」
「滅相もない」 彼は微笑んだまま首を振った。「玉座にお戻りになられたなら、それはご自身のお力によるものです、陛下。死者たちの鎧を身に纏い、敵なすものの喉を掻き切る姿を目にした者が、陛下が統治者として相応しいお方であることに疑いを挟むことなどありえない」
「ありがとう、ミシェル。武運を」 彼は再びお辞儀をし、数ペース離れたところまで行くと、両肩を回し、両腕を伸ばした。

 セリーンが振り返って見ると、ブリアラとフェラッサンがまだ近くに立っていて、彼女が何か言うのを待っていた。「フェラッサン」と彼女は言った。「ギャスパードは名誉ある決闘を行うことに同意しましたが、ハラムシラルでわたくしを最初に襲ったとき、あれは裏切りでした。彼を信じるわけにはいきません。彼のアポステイト、あの娘リエンヌは、戦士たちに力を貸し与え、敵を弱める魔法を用います」

「そうですな」 フェラッサンは、リエンヌが今はギャスパードの手当てをしているほうを見た。「クリエイションの魔法。彼女の治癒の力と似たようなもの」
「それとも、あなたが身に着けている指輪のようなもの」とブリアラが言った。「レディ・マンティロンがあなたに贈ったもの」
 彼女の声は強張っていた。セリーンは、彼女がまだ傷の痛みに堪えているに違いないことに気が付いた。「そう、黒き狼の指輪も似たような魔力を有しているのでしょう」 彼女は自分の指の古い指輪をくるくると回した。
「実を言えば・・・」 フェラッサンが言いかけ、肩をすくめた。「まあいい、似たようなものだ。しかしながら、彼女の呪いの技・・・、敵を弱める技こそ、君が気に病むべきものだ。あの娘はやたらと腕がたつ」
「もし彼女が試みたら」とセリーンが尋ねた。「阻止できますか?」

 フェラッサンは頷いた。「できるでしょう」 彼は首をかしげて、面白そうににセリーンを見た。「私が、ミシェルに力を貸す魔法を使えるなら、あるいはギャスパードを呪うことができるなら、君はそれを使うよう望んだのだろうか?」
「ミシェルはギャスパードに勝てると言いました」とセリーンは言った。「彼の自信を信じましょう」 フェラッサンはかすかに微笑んで頷き、それから歩み去った。

 そしてセリーンとブリアラだけが残った。彼女は片手を差し出し、ほんの少し躊躇した後、ブリアラはそれを取って腰を下ろした。彼女の鎧は化け物に切り裂かれたまま身体に引っかかっており、その下の彼女の衣服は引き裂かれ、血だらけだった。

「あの化け物が・・・」 セリーンの言葉は途切れた。「危うくあなたを喪うところでした」 彼女の目前にはまだ、化け物が彼女の上に立ち、今まさに襲い掛かろうとしている様子が見えた。彼女の目前にはまだ、ブリアラが射かけ、巨大な化け物の怒りを大胆にも真っ向から浴びている姿が見え、その間セリーンは、激しい動悸に見舞われながら、ただ立って見つめているだけで、ヴァーテラルが自分のほうに倒れかかってくる危険を冒すことなく手助けすることもできなかった。

 ブリアラの手がセリーンの手の中で強張ったが、彼女は顔をあげなかった。「それでも、私はここにこうしている」
「あと少しです、愛しい人」 セリーンが囁いた。彼女はディーモンから受け取ったキーストーン、子供の拳ほどの大きさのルビーを取り出し、しばらく握りしめた。「ギャスパードが死んだら、わたくしたちはエルーヴィアンを手に入れる。それらを用いて、わたくしたちはオーレイを手に入れる。そしてそれによって」 彼女は後を続けた。「わたくしたちは、あなたの民に新しい生活をもたらす」 それがどれだけかかったとしても、エルフたち自身の安全と、オーレイの安全のために。 

 ブリアラは頭を下げ、その瞳から一筋の涙が流れ落ちた。「そんな素晴らしい贈り物を私に」 彼女の指はまだセリーンの指に絡めてあり、セリーンの指輪を弄んでいた。「贈り物・・・、レディ・マンティロンは、これをいつあなたに?」

 セリーンは手を離した。彼女はキーストーンを腰の小袋の中に仕舞い込み、それから片手を掲げ、彼女が決して目で追うことができないほど謎めいた形に縒り合されたパズルの指輪を見た。「本当に、よく覚えていないの。父が死んだ後で、わたくしは一人ぼっちだった。彼女が憐みを感じたに違いない、宮廷の孤児であるわたくしに。ああ、思い出したわ、彼女はこの指輪が、わたくしがいつも抜け目なく振る舞うために役立つだろうと言った、いずれ必要になるだろうと」
 ほろ苦い物語。また別の人生では、それが真実でさえあったかもしれない。

 ブリアラは頷き、また一筋の涙を流し、それは彼女の足を覆う青いドレイクスキンの鎧の上で弾けた。「確かに必要だった」 彼女はセリーンを見上げ、瞳を潤ませながらも微笑んだ。「あなたが抜け目のなさを失うなんて考えられなかった。それがいつも愛していた理由のひとつ」

 彼女は身体を近付け、驚くべき力でセリーンを引き寄せてキスをした。彼女の柔らかい唇は今は荒々しく、ブリアラがセリーンの顎から喉にかけて唇を滑らす息は熱かった。ブリアラは強い腕の力でセリーンを包み込み、セリーンがキスを返すときには近くに引き寄せ、両手でセリーンを固く抱きしめ、セリーンの首と腰を支えていた。
「このことは決して忘れない」 ブリアラが囁き、身体を離した。「ギャスパードに返さなくてはいけないものがある」
 彼女は立ち上がり、今はぼろぼろになっている鎧を照れくさそうに両手で引き下げ、戦いの後まだ立ち直れずにいることを示すように、足を引きずり、疲れ切った様子で立ち去った。

 しばらくして、セリーンはミシェルのところに出向いた。「支度は済みましたか?」
「むろんです、陛下」 彼は以前より力強く、再びくつろいでいるように見え、息遣いは穏やかだったが、ただその鎧はへこみ、酸で爛れたままだった。セリーンは、ギャスパードの鎧もまたさほど違わない姿であることを祈った。

「ならば受け取りなさい」 彼女は二つの指輪を差し出した。「あなたとギャスパードの戦いでは、最良の武器と魔力を有した装備を用いることが認められています。身に着けることのできる全てのものを用いるのは、不名誉なことではありません」
 しばし躊躇した後、ミシェルは頷いた。「稽古用の剣で打ち合うわけではありませんからな」と彼は言い、上質のシルヴァライトの剣を掲げ、素早く回した。ルビーの指輪を小指にはめると、刃全体にたちまち焔が踊った。彼はレディ・マンティロンの贈り物の指輪を別の指にはめると、瞬きして、その重さを確かめた。

 それから彼は、へこみと傷だらけの盾を手にした。「かたじけなく存じます、陛下。命あればいつでも」
「あなたはシェヴァリエであり、サー・ミシェル、そしてわたくしのチャンピオンです。わたくしのために勝利を」
 彼女がギャスパードのほうを向くと、彼もまたオーレイの運命を決する戦いの備えを終えていた。

***

 続きます。

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