フォト
無料ブログはココログ

DA: Last Flight

2015年1月12日 (月)

Last Flight 感想・愚痴など(完)

 最後、案の定ベタ訳になっちゃいましたが・・・。いつまでも残っていると、気になってしょうがないんで。取り敢えず終わらせました。 

「時間がもっと早く流れればいいと感じている者が誰もいないことは、ヴァルヤもはっきりわかっていた」
 いや、私は「もー、早くしてー」と思っていたのですが・・・。 

 まあねえ・・・。乙女チックですねえ。その愚痴は散々書いてきたので、もう繰り返さない。

 小説自体の批評してもしょうがないけど。
 一番最初の頃、あちらのAmazonの素人評で、「おざなりな人物、楽しいバトル」というのがありましたが、まったくそのとおりですね。それが故、アニメかラノベの香りが漂います。
 そのくせ、著者はわりと込み入った「文学的」表現を多用するので、「もー、早くしてー」と思ってしまうのが正直なところでした。 

 戦闘シーンは訳していて楽しかったです。ほとんどが空中戦なんで、これで面白くなかったら許せないわけですけど。空中戦で「へたくそ!」ってのは本当にへたくそなわけですから。

 乙女チックな内容はともかく、それは主人公(こっちがわのヴァルヤ)がそういう年頃なんだから仕方ない・・・、のかなあ。
 DAIの中身に抵触しないように、でも触れたい、というところ結構腐心してますけどね。

 メインとなるあっちの(エグザルテドの)時代の人物についてはやっぱとっても不満ですね。最後の最後に、イセヤを含めた仲間たちがようやく「生身」に感じられるようになるのですが。カリエンにしろ、アマディスにしろ、当初は「安物アニメ、量産型和製ゲームのキャラ設定」そのままで、なんかなあと思ってました。

 あとは、インクルーシヴィティとかDAIの真似をして無理やり「移植」するのとか、いい加減やめにして欲しい。両性具有キャラとか、その設定はまったく本筋に関係ないので、相当物語を損ねている。小説として損してますよ、まじで。そんなキャラクター設定いらないんだもん。 

 最後に、こういうのはやっぱ動物が本当に好きな人が訳すべきだね・・・。残念ながら私には最後までピンときませんでした。
 頭半分吹き飛ばされてもゾンビのように戦うグリフォンが、はたして「動物が本当に好きな人」の発想なのかどうか、私にはわかりませんが。

 それよりも何よりも、グリフォンを「彼」や「彼女」で受けることが、私にはどうしてもできなかった。知能があるっても獣だから。つうか日本語でそれはない。じゃあ、馬とかどうすんだと。そこはかなり腐心してますね。
 ところが最後のほう、アマディスがスモークを「あの子」と呼ぶ、ヴァルヤが雛たちを「この子たち」と呼ぶのも実は意図的です。ちょっと皮肉が入ってるかな。

(アマディスについては、グリフォンに自分を完全に自己投影している。そのわがままさ、自分勝手さ。著者も意図していることがお分かりだと思う。ヴァルヤも実はそうなんですけどね・・・。セイカを殺しやがってという思いを込めた、私のせめてもの叛逆)

 さて、グリフォンがDAI以降に繋がるのかどうか。それはもちろんわかりません。一応の口実はできたわけですが・・・。実装するかどうかは開発次第。なかなか大変そうですけどね。

Last Flight 25(4)完

 最後です。

***

 レイマスは長斧を力なく下ろした。盾を落とすと、テンプラーは額の血と汗をぬぐった。セイカの亡骸に向かって弔いの印を切ると、他の者たちの脇を抜け、シェイドと骸骨どもが現れてきた洞窟の奥を見つめた。「あれで最後。もうこれ以上来るとは思えない」
 カロネルは自分の衣服で剣を拭うと鞘に納めた。 「ワイズホプトに戻ったら、彼の死を讃えよう」 彼はヴァルヤに言った。ウォーデンはまだ残る自分の傷口のうち最もひどいものに手を圧しつけ、軽い魔法を紡いで縫い合わせた。彼はレイマスにも同じようにし、それからヴァルヤにもそれを施したが、彼女は自分から注意を呼ぶようなことはせず、とりたててそうして欲しいとも思わなかった。残りの道中、苦痛と共に歩むのが自分には相応しい
 だが、端的に言って、誰が何に相応しいかはどうでもよいことであり、血飛沫の飛ぶ石の上に転がっているのは、セイカではなく彼女だったのかもしれないのだ。

 ヴァルヤは黙したまま感謝の頷きを返し、治療を受けた。荷袋に入れてあった着替えの外套を取り出すと、斃れた友の上にかけ、できるだけ丁寧に覆った。
 それから身体を起こすと、肩をまっすぐに張った。悲歎で喉を詰まらせないように、急いでこう告げた。「卵はドラゴンの棲みかに隠してある。イセヤは、母親のドラゴンが自分の卵を守る際の熾烈さが、知らずにグリフォンの卵を守るのにも役立つと考えた。ハイドラゴンが通り抜けられるだけの通路はここには多くないし、それさえ見つかれば、卵のありかも見つけることができると思う」

 レイマスが頷いたが、テンプラーの険しい顔つきからヴァルヤは、まるでもう見つけたも同然、みたいに彼女が取り繕った威勢の良い調子を、ヒューマンの女が鵜呑みにしていないことがわかった。「では、それを探そう」と彼女は言って、戦いのため使い物にならなくなったものの代わりに別の松明に火をつけた。炎を高く掲げたテンプラーは、修行僧たちが放棄した神殿と続く奥へ一行を先導した。

 そこは風変りで悲しい場所だった。乾いた不毛の死から漂うかすかな香料の香りが灯りのないいくつもの広間を照らし出している。信仰を示す印が壁を覆っている。とっくの昔に燃え尽きた祈りの燭台が置かれた小室(アルコーヴ)、かつては浄めの水を入れていた空の聖水盤(フォント)、最初の聖なる行軍とミンラソウスにおけるアンドラステの殉教が描かれていたぼろぼろになったモザイク画。そのモザイクは、平素な貝殻や色づけされた陶片などからできているにしては精巧なものだったが、この貧しく辺鄙な土地にしてみれば、とてつもない費用をかけたものに違いなかった。だが何世代もの間放置されてきたが故にタイルの多くは剥落し、残っているものも乾いた塵に覆われくすんでいた。

 探索をはじめてから一時間も経たないうちに、レイマスは今まで通ってきたものよりもずっと広い回廊の入り口で足を止めた。彼女は松明を高く掲げ、他のふたりに前に来るように合図した。
 他の広間が窮屈で狭苦しかったのも、平凡な修行僧たちが簡素な道具を手にして固い岩を掘り進んだ隧道であると思えば納得もいくが、それらに比べてそこは、二人が横に並んで歩けるほど幅広く、天井もレイマスの兜のてっぺんからさらに二フィートほど高かった。ここの壁面のモザイク画は、箔に裏打ちされたガラス製と、色彩を施された高価そうな石製のタイルからできており、小室にある祈りの燭台には、貴重な蜜蝋の燃えさしがまだ残されていた。

「ここを礼拝堂にしていたんだ」 修行僧たちの狙いに気が付き、ヴァルヤは囁いた。
「もちろん、そうでしょう」 レイマスが言って、広間の中に歩み入った。松明の光の、ちっちゃな、断片状の反射がいくつも、モザイク画の宝石のようなガラスに輝く。「ここで最も壮麗な場所。彼らはここの存在が、アンドラステから与えられた徴だととったに違いない」
「彼らがここを見つけたとき、ドラゴンはすでに生きていなかった、ということか」とカロネルが指摘した。彼とヴァルヤは彼女から少し遅れて、絢爛な技巧にぽかんと見とれていた。天井にまでモザイク画が施されており、アンドラステの使徒たちが、青色と黄金の四つ葉飾りとして描かれている。
「そうだとしても、修行僧の誰かが生きて伝えることができたとは思えない」 テンプラーは再び黙り込み、広間の端まで辿りついた。彼女の松明が風に揺れた。前方には巨大な部屋が口を開けており、弱い松明の光が届かない奥深いあたりは闇になっている。

 だが彼らの目にとまったのは、アンダーフェルズの苛烈な土地で目にするのがとても信じがたい宗教的作品だった。石の洞窟は一インチたりとも残さず手が加えられている。そのほとんどすべてが痛々しいほど手の込んだ彫刻で覆われており、岩に描かれた聖なる光景のあとに別の光景が続き、その微細狂わぬ精巧さを目にしたヴァルヤは、鼓動丸ごと一回分の間、ちっちゃな人々が石の中に囚われているのではないかと感じたほどだった。複雑に入り組んだ雲形模様の帯が、ひとつの聖人伝と別のものの間を分け隔てている。

ここの中から、卵を見つけるんだって?」 畏敬の念にとらわれてしばらく黙り込んでいたカロネルが、ようやくそう言った。「元々の目印が残されているわけないじゃないか」
「そんなものは最初からないの」とヴァルヤは答えた。「イセヤは見つかる危険を冒すような真似はしたくなかった」 彼女は、今となっては何千回も前の人生の出来事のように感じられる、あのワイズホプトの書庫でそうしたように、再びフェイドに身を委ねた。

 そして、あの時と同じように、何千回も前の人生の出来事のように、青緑色のレリウムの輝きが彼女の目をとらえた。ワイズホプトの地図が示したような絢爛な彫刻ではなく、ただのかすかな、背の低い女性の手が辛うじて届くほど高いところにある壁の上の不規則なしみ。おそらくそこにはかつて伝言が記されていたはずなのだが、修行僧たちが大部分削り取ってしまって、ほんの僅かなぼんやりした断片だけが残されていた。

「あそこ」とヴァルヤが言って、さらに魔法をかき集め、レリウムに差し向けた。輝きは増し、彼女がその眩しさから顔を背けなければならないほどになった。「石の後ろ」
「ただ単に・・・、叩き割ればいいのか?」とカロネルが尋ねた。暗緑色がかった青色の輝きが、困惑した顔つきで見上げるエルフのウォーデンの鼻先と頬を染めている。
「ううん、もっといい方法があるはず」 杖を掲げると、ヴァルヤはそれを探し出すため歩み出た。

 イセヤは卵を巧妙に隠していた。レリウムの印が残された石を覆うように描かれた、聖なるアンドラステの積み薪から遺灰を掠め取った使徒ハヴァードの姿を彫るのに、この神殿に住みついた修行僧たちは何週間も費やしたに違いないが、それでも彼らが、そこの洞窟の壁の中に場違いなものが隠されていることに気が付くことはなかった。
 だが当時彼らは普通の眼で見るしかなく、秘密の隠し場所は、それを示す印にマナが流れ込まない限り目にとまることはない。レリウムが道を示しているとはいえ、彫刻の下に隠されてぼやけた輪郭は、ヴァルヤも辛うじて目にすることができただけだった。

 だが彼女が魔法で石に触れると、それは音もなく震え、一インチだけ前にせり出してきて、それにつれて使徒ハヴァードの鼻が欠けた。石が示すのは這って入ることができるほどの大きさで、三人がかりでも取り出すことはできないほど重かったが、ヴァルヤの魔法が一度触れるだけで、勝手にせり出し、横にずれ、岩の中に断面がまるで鏡のように滑らかに切り出された通路を曝した。
「一体どうやったんだ?」 カロネルが驚いて尋ねた。
「何もしてない」とヴァルヤが、自分でも驚いたまま答えた。「ただ触っただけ。イセヤの呪文に違いない」
「何百年も経ってるのに?」
「偉大なメイジだったのよ」とヴァルヤが言った。「私がそう思っていたよりもずっと」 彼女は杖の輝く瑪瑙を差し向けて新しく口を開けた通路を照らし、その光を頼りに中に踏み込んだ。

 遠くはなかった。ヴァルヤは、探索者が宝物を手にするに相応しいかどうかを試すため、イセヤが罠や、結界や、なんらかの謎を仕掛けているかもしれないと考えていたが・・・、その類のものは何も見つからなかった。死にかけたウォーデンはあまりに弱っていて、最期の際に、さらに安全策を講じることができなかったか、あるいはこの場所が秘密で、辺鄙であること、そしてかつてはハイドラゴンが棲みついていたことで、守り手には十分と考えていたのかもしれない。
 二十フィートも進むと隧道は終わり、丸い小室に出た。小室の中央の床には、輝くレリウムで描かれたルーン文字の輪の上に輝く半透明の力場の球が浮かんでいる。球の中に、ヴァルヤは、包みに覆われた大きな丸い塊りを目にした。
 卵だ。興奮のため心臓が飛び出しそうになった。これは現実なのか? 嘆きも疲労も消え去った。アドレナリンのもたらす高揚が血流に染み渡る。震える両手で、ヴァルヤは魔法の球体に触れた。

 彼女の指の下で震えたそれは、生きた肌のように温かく、しなやかだった。彼女の両の掌に波紋が生まれ、球体は自然と床に降り、花のように、てっぺんから下に向かって花びらを開いた。それが何層も続き、眩暈がするほど複雑で、それぞれあっという間に開いていくので、ヴァルヤはそこに用いられている魔法を追いかけることができなくなりはじめた。力場のエコーがあり、治療の呪文の活発な震動があり、その後には他の呪文を支えるための剥き出しのマナが続き・・・、そしてそれらが全てなくなると、瞬きする間に、イセヤが施したことを彼女が理解する前に、いくつもの卵が彼女の前に、何からも守られずに横たわり、動きを止めていた。

 息をとめ、ヴァルヤはそれらを覆っている毛布の端を持ち上げた。それも同じように、温かかった。灰色の羊毛が擦れてけばだち柔らかくなっており、発情した雄猫をぼんやり思わせる獣の麝香のような匂いを微かに漂わせている。グリフォンの臭いだ。この何世紀もの間にわたり、彼女がそれをはじめて嗅いだ人物になった。
 毛布の下には卵があった。全部で十三。美しかった。真珠のように青味を帯びた白色で、黒い不規則な渦巻模様があり、片方が滑らかにすぼんでいる。それぞれが彼女の両手で丁度包み込めるくらいの大きさだった。ヴァルヤは息を呑み、それらを見つめていた。

 彼女が、歓びとかすかな不安に満ちた顔をあげると、レイマスとカロネルが後ろに立っていた。「この子たちは・・・、大丈夫?」 彼女はもう一人のエルフに尋ねた。グレイ・ウォーデンはダークスポーンの汚染を感じることができ、もしこの卵にその気配があるのなら・・・。
 だがカロネルは微笑み、優しく首を振った。「汚染は感じないよ。微塵も」
「それなら、この子たちは大丈夫」とヴァルヤが言って、ようやくその自分の言葉を信じることができた。
「この子たちは大丈夫」

 彼女は卵を振り返った。ひとつが動いている。黒い染みがついた殻の一か所が割れ、また別の箇所が割れた。突然訪れた静寂の中、その音は雷鳴のようにとどろいた。三人が回りに集まり、孵りはじめた卵を夢中になって見つめた。ヴァルヤは杖をあまりに強く握りしめていたため、指が痺れてしまっていた。はらはらどきどきしながら、彼女はそのグリフォンに手を貸したいと思っていたが、余計な手出しひとつで、この貴重な雛を殺してしまうことも恐れていた。 

 次の割れ目ができるまで、永遠とも思えるような時間が過ぎ、それから最初の割れ目が広がりはじめた。 卵歯の生えたずんぐりした嘴の先が、穴の間から顔をのぞかせた。濡れた羽毛が割れた殻の下にちらりと見える。それから卵がまた大きく跳ね、青い殻に別の裂け目が現れた。
 他の卵も同じように動きはじめた。隧道の中はたちまち、殻の割れる音の響きで満たされる。それは何時間ものあいだ続き、仲間は誰一人動きもせず口も開かず、時間がもっと早く流れればいいと感じている者が誰もいないことは、ヴァルヤもはっきりわかっていた。彼らは歴史に立ち会っているのだ、三人一緒に、この神殿に三人だけで、メイカーの偉大な奇蹟のひとつを目撃しており、その瞬間の魔力が彼女に痺れるような衝撃を与えていた。

 とうとう、羽毛だらけの頭が一つ目の殻から顔を出した。その濡れた産毛はところどころ白色で、灰色の縞も混ざっていた。平らな耳たぶが頭蓋に張りつき、翼は灰色のまだらでずんぐりしていた。ヴァルヤには、そのひなのはっきりしない産毛のどこが毛皮になり、どれが羽根に変わるのかわからなかったが、だが彼女には目にしているものが何か、なにものか、わかっていた。
「クロッキーテイルだ」と彼女はつぶやいた。「ガラヘルのクロッキーテイルだ」

 他の卵も孵りはじめた。一羽づつ、腹をすかして、ぎこちなく卵から顔を出し、身体を揺すって殻の欠片と粘っこい薄膜を振りはらっている。煙と炭のような色をしていて、中には朝霧のように淡い色のものも、まっ黒のものも一羽いた。十三羽のグリフォンはさまざまな灰色で、それぞれが特別で、皆あり得ないほど弱々しく、そして完全だった。
「この子たち、どうすればいいの?」 レイマスが尋ねた。
「家に連れて帰るのよ」とヴァルヤが答えた。「家に連れて帰るの」

***

 感想などは次の記事で。

 

2015年1月11日 (日)

Last Flight 25(3)

 生きる屍。

***

 ミイラ化した屍どもがまずよろよろした足取りで現れ、中にはグレイ・ウォーデンの鎧を身に着けたもの、古代の修行僧のローブの切れ端を引きずるもの、変色した骨だけのものもいた。髪と髭には煉瓦のように赤い塵が固くこびりついている。羊皮紙のように黄色い肌は頭蓋の周囲に固く張りつき、悪魔のそれのように形を変えた口のあたりで切り裂かれていた。紙きれのようなその縁が、牙の生えた凍り付いたままの笑い顔の回りでひらひらしている。黒い穴のような眼窩には炎が燃えている。迂闊にもそのような死んだ殻に収まってしまった悪魔どもの狂った激怒だ。 

 ヴァルヤは恐怖に身を震わし、よろめきながらやつらから遠ざかった。闇雲に後ずさりしたため、踏みつけられた足元の死んだ鳥たちが砕けた。よろよろと歩み寄る骨どもの後ろ、洞窟の奥底からはシェイドどもが湧き上がってきた。油っぽい、流れるような闇がその異形の内部を満たし、不恰好にでかい紐や頭巾の中に、繊維でもない、皮革でもない、そもそも何かはっきり形があったわけでもないものからできているものにくるまれていた。それぞれのシェイドの頭の真ん中に気味の悪いただ一つの光が輝いていたが、それが何かを照らし出しているわけでもなかった。

「戦うんだ」 セイカが後ろから叫び、エルフの背中を押し出した。「戦うんだ、でないとやつらのようになる」
 叫び声と背中を押す手がイセヤを麻痺から呼び覚ました。恐怖の爪はまだ彼女を深くとらえていたが、彼女は杖を持ち上げ、震えながらもフェイドを探った。魔法が彼女を満たし、白熱したスピリットの弾丸が立て続けに杖からほとばしる。彼女はそれらを骸骨ども、顔なしの漂うシェイドどもに投げつけると、他の者たちの魔法とともに彼女の周囲の洞窟の中が照らし出された。 
 メイジたちの脇をすり抜け前に出たレイマスが盾を掲げると、骸骨どもの振り降ろすダガーが当たってがちゃがちゃ鳴った。修行僧の中には古代の青銅のナイフを手にしたものもおり、ウォーデンたちは斃れたときに手にしていた武器を握っていたが、他の骸骨たちは骨の手に尖った石片や錆びた何かを握っているだけだった。

 だがそれでも殺生には事欠かないように見え、現にレイマスの盾の塗装に長い傷跡を残していた。レイマスは険しい顔で黙り込んだまま反撃し、盾をしゃれこうべに叩き付け、長斧を力一杯振り回してシェイドを薙ぎ払った。カロネルが彼女の横に立ち、輝くアーケインの力の盾で骸骨どもの打撃をはね返し、あるいは和らげた。彼の剣は輝く篝火で、鋼の刃渡り全部がメイジの杖のクリスタルのように明るく輝いている。
 闇のエナジーがふたりを取り囲み、その身体から活力を奪ってシェイドのほうに吸い上げていた。レイマスとカロネルが傷つけるよりも早く、ディーモンどもの力が回復しているように見える。なお悪いことに、それはふたりの動きを弱め、そして遅くし、守りを疎かにさせるとともに、怒れる死者どもが粗野なナイフで傷つけ血を流させるままにしていた。 

 スピリットの弾丸では足りない。ヴァルヤはより強力な呪文を探った。サークルでもごく数えるほどしか試したことはなく、この戦いの混乱の中でうまくできるかどうかもわからなかったが、友がシェイドどもにやられてしまう前になんとかしなければならない。電撃が彼女の周囲で音を立て、彼女の髪を先端まで逆立て・・・。
 そのとき、なにか巨大で真っ暗で冷たいものが彼女の背中の狭い部分を打ちつけた。血管の中の血が凍り付き、生まれたての稲妻は力ない閃光になって霧散した。ヴァルヤは膝から落ち、息を詰まらせた。
 また別のシェイドが彼女の背後で実体となった。彼女は恐慌の涙にぼやける目で、頭巾の中で掻き回される暗闇を見た。瞼のない瞳はまるで冷たい青い月のように彼女を見下ろし、そこには温かみも憐みもなかった。爪からはインクのようなまっ黒な蒸気が吹き出し、それが触れた部分のエルフの肌は白く衰弱した。

 ヴァルヤは地面を這いずり、杖を取り戻そうと四苦八苦した。倒れたときにとり落としたが、恐慌にかられて見つけることができなかった。探る手には鳥たちの死骸、羽根や、役に立たない骨しか触れなかった。
 シェイドは彼女に近づくにつれ、かすれた声で意味の通じない言葉を話していたが、息は不潔で生臭く、その存在の冷たさからして不思議なほど温かかった。ヴァルヤは、ローブに隠してあった小さなナイフを必死にさぐったが、そんな得物がこの相手に役に立つはずもないことはわかっていた。彼女の震える手が角製の握りを掴んでそれを引き抜くと、間違いなく訪れるだろう最期を覚悟して目を閉じた。

 彼女が目を開くと、シェイドは紐が交差した胸を突き出した形のまま、彼女に覆いかぶさるようにして凍り付いており、まるで誰かに後ろから一撃をお見舞いされたように見えた。一瞬後、それはどろどろした煙になり、そして姿を消した。
 セイカがその後ろに立ち、さきほどまでシェイドがいた何もないところに向け、杖を水平に構えていた。彼の目はこの上ないほど大きく見開かれていた。
「やつは死んだ?」
「死んだ」 ヴァルヤはなんとかして立ち上がり、自分自身の恐怖の味とともにその言葉を吐き出した。杖は後ろの洞窟の壁のところにあった。ずっと手の届く範囲にあったのだ。それを取り上げると、うねった木に張りついていた埃と羽根を払った。

 レイマスとカロネルは背中合わせに立っていた。エルフはいくつもの小さな傷から血を流しており、光の盾も薄れ、最後には石鹸の泡のように形をなさなくなった。テンプラーの髪の毛は汗と血のため額に張りついていたが、それを拭うために彼女が長斧の構えを下ろすことは決してなかった。骸骨どもの姿はなく、ふたりの周囲を取り巻く骨屑の塊の輪になり果てており、最後のシェイドも霧散するところだった。

 彼らのいるところに、新しい敵が立ち現れた。ひょろ長く、ねじれた姿の灰と燃えがらの化け物が、ウォーデンとテンプラーを見下ろすようにそそり立った。身体は捻じれた煙の柱で、その真ん中の部分には赤く燃え上がる歯の並んだ巨大な口が開いている。熱波のためそいつの身体の回りの空気が揺らめいていた。
 アッシュ・ディーモン。ヴァルヤがサークルで学んでいるとき、シェイドや骸骨と同じように、そいつについて読んだことがあったが、下級のディーモンどもと戦うことはいつかあるかもしれないと思っていたとはいえ、アッシュ・レイスと対峙することになるなど考えもしていなかった。

 そいつは目もくらむような竜巻でレイマスとカロネルを打ち据えたが、その爪は取り巻く燃えさしの雲であまりにぼやけていたため、本当に余分に四本の手が生えているのか、動きが早いからそう見えるだけなのか、ヴァルヤには見極めが付かなかった。アッシュ・レイスの巻き起こす疾風がやむと、エルフは彼自身の血の海の中に正体なく横たわり、レイマスは壁に寄り掛かって弱々しく盾を掴んでいた。ふたりとも死にかけて見えた。それも間もなく。 

 ヴァルヤは、横たわったカロネルの身体越しに冬の寒さの一撃を投げつけてアッシュ・レイスを叩くとともに、そのおぞましい身体を形作っている火焔の一部を凍り付かせた。霜に覆われた燃えさしが蒸気とシューという音をたてながら飛び散り、化け物はその不機嫌な眼窩を彼女に向けた。
 そいつは身を屈め、あり得ない速度で跳びあがり、洞窟の天井で自分の身体を縮めると、灼熱の奔流の姿で舞い降りて来た。アッシュ・レイスが着地し、彼女を激怒とその重みで圧殺しようとする直前、彼女は辛うじてフェイドの岸辺に掉さすだけの時間を手にした。

 黒と赤の塵が彼女の視界の中に降り注ぐ。胸には苦痛がのしかかり、肺は焼ける肉の臭いで満たされた。焼けているのは彼女自身の肉だとわかっていたが、それさえ大したことには思えなかった。彼女を生かし続けた唯一の力は治癒の魔法のか細い流れで、彼女の中核に染み渡り、死の淵からわずかに救いあげている。
 それでも彼女は立ち上がることができなかった。アッシュ・レイスから自分の身を守ることができる望みもなかった。そいつは、彼女にとどめを刺すために動く労をとる必要すらない。ただそこに居座り、その熱波と重さで、彼女を押し潰して死に追いやることができる。

 だが、そいつは動いた。もはや死んでいると思っているらしいヴァルヤに向かってではなく、別の素早い動きで最後の生き残りであるセイカに跳びかかった。彼は洞窟の入り口から蒼白い陽光が流れ込むあたりまで後退していた。
 若いメイジは、アッシュ・レイスが跳びかかり、自分を闇の中に弾き飛ばす間、怯みもたじろぎもしなかった。彼は自分の身を守ろうとさえしなかった。その代わりにセイカが輝くマナの網を紡ぎ出し、倒れた仲間たちの身体を治療のエナジーの波で包み込む姿を、ヴァルヤは恐ろしさのあまり信じることができないまま見つめていた。ヴァルヤの身体に力が戻り、胸を押し潰される苦痛を和らげ、四股の感覚が戻りつつあった。視界の外のどこかではレイマスが動く際にたてる金属同志が鳴る音が聴こえ、そしてヴァルヤは、カロネルが自分の傷に激しく毒づく叫びを聞いた。

 そのとき、レイスがセイカに襲い掛り、遣い手とともに魔法が絶え果てた。
 ヴァルヤは、自分でも何をしているのかわからないまま、そいつに向けて再び冷気の一撃を浴びせかけた。杖と素手の両方から噴き出す氷の流れは何度も何度も続き、今まで手掛けたどんな呪文よりも、素早く、力強かった。雪片が髪を通して打ちつけ、杖を握る指は凍り付いたが、怒りの力に衝き動かされていた彼女には何も感じなかった。
 カロネルが彼女の隣に並び、彼自身の氷の呪文を加えた。レイマスはふたりの脇を抜けると、アッシュ・レイスの身体から凍り付いた塊りを長斧で削ぎ落とした。そいつはテンプラーに斬りかかったが、彼女は盾で爪を払いのけ、さらに打撃を加え続けた。

 とうとうレイスの姿が消え、溶けはじめている氷の破片と燃えさしの最後の燻りが残されると、セイカが立っていたところに、彼の打ち砕かれた亡骸が見えた。
 彼は死んでいた。亡骸は見分けが付かないほど打ち据えられ、焼け焦げており、それを目にしたヴァルヤは自分の嗚咽を抑え込んだ。彼女は、赤き花嫁の墓場に向かう危険を冒す心構えができていたと思っていた・・・、だが誰かが死ぬなんてことまで本当に覚悟していたわけではなかった。彼女は、今、アーチディーモンによってはじめて仲間を喪ったときにイセヤが感じた恐怖をようやく理解した。

 突然、グリフォンが見つかるかもしれない可能性について感じていた魅力は、とてつもなく小さくなった。そしてそれがとてつもなく重要な事柄になったのは、セイカの死に何の意味もなかったのなら、この後その思いを抱いたままで、生き続けることなどできないからだった。

***

 次回が最後。

2015年1月10日 (土)

Last Flight 25(2)

 赤き花嫁の神殿。

***

 彷徨いの丘に到着するまで一週間かかった。丘陵は渦巻く赤い塵の上に険しくそびえており、その塵は終わりなく続く息もできないような吹雪の中、みぞれのように荒れ果てた土地に降り注いでいる。ヴァルヤと彼女の仲間たちは、塵を締め出すため湿り気のある襟巻を鼻と口の回りに巻いていた。そのおかげで彼女は、まるでイセヤと同じようにして赤き花嫁の神殿に近づき、イセヤと同じ目でそれを目撃するかのように感じていた。

 丘陵が時の流れに影響されていないのは間違いないようだ。彷徨いの丘は、セダスに現実にある土地というよりは、むしろフェイドの悪夢めいた幻想に近かった。殺伐として近寄りがたい様子で空にそびえ、それがどこまでも続くように思われた。麓では塵を巻きあげる風が終わることなく渦巻いているため、丘はたなびく深紅の霧の中に浮かんでいて、地面とはなんら繋がっていないのではないかと思わせる。

 この丘陵にはオースの民が住んでいると言い伝えられていたが、この険しい赤い岩場で生活を支えることができるなどとは到底考えられなかった。周囲何マイルにもわたり草など生えず、水源も見当たらなかった。平らな地面のそこここに、酷い裂傷の瘡蓋のように黒い岩が飛び出している。視界の中に美しさがあるとすれば、半マイルほど先の崖の側面に彫られたアンドラステの静謐な顔立ちだけだった。 

 花嫁の容貌は彼女たちから背けられていた。今いるところから目にできるのは、そのショールの優雅な曲線、髪の一房、それと落ち着いた様子の微笑みだけだった。アンドラステの首に飾られた水蓮の花びらがわずかに見えている。ヴァルヤはどこかで読んだ話を思い出した。アンダーフェルズの初期の芸術家たちは、あらゆる種類の花々が咲き誇ることができるほど水を豊かに湛えた湖のある土地、という発想に魅せられていた。彼らにとって決して目にすることのかなわぬ楽園であり、それが故にメイカーの花嫁の描写にそれを加えたのだという。

「洞窟は向こう側だ」 顔に巻いた襟巻越しにカロネルが言った。過去何日かにわたって彼の能天気さも底を尽き、今一同は赤き花嫁の洞窟を視界に収めるとことまで来ていて、ウォーデンの声の緊張も張り裂けそうなほど高まっていた。「中に入った途端に、生きる屍が襲ってくる」
「ならば準備怠りなくしなければ」とヴァルヤが言った。そんなことができるのならば

 吹き付ける砂粒を避けるため頭を下げ、彼女たちはそそり立ついくつもの丘を回り込み、それらの間を抜け、アンドラステの肖像が彫られた丘に辿りついた。今は亡き修行僧たちの洞窟のそれぞれの入り口は、険しく浸食された壁の上三分の一の側面に、モザイク模様の欠けたタイルのように口を開けている。丘の麓には小さな亀裂があって風よけの用をなしていた。アンダーフェルズの正真正銘必殺の砂嵐から身を守ることはできないが、乗馬を数時間残しておいても安心な場所であった。メイカーのおぼしめしがあれば、それ以上時間がかかることはないだろう。

 一同のうち最も登攀の得意なレイマスが先頭に登った。重い盾、長斧、プレートの鎧は身に着けず、ひとまとめにして後から続くカロネルに運搬を委ねて登攀を開始した。蜘蛛のように確実な足取りで、彼女は崖のギザギザの岩肌をよじ登り、その後ろに網状になったロープと、ピトン(ハーケン)を残していった。 
 彼女が洞窟の入り口までの半分ほど登った頃、カロネルが続いて登りはじめた。セイカが彼に続き、ヴァルヤは最後に登った。

 石のそこここに手がかり足がかりがあり、またロープのおかげで身体を持ち上げるのはだいぶ楽ではあったが、登る間、じっとりとした汗が彼女の背中から噴き出していた。漂う赤い塵のせいでたちまち地面は見えなくなり、万が一のときにどれだけ先まで落ちるかわからないのはありがたかったが、下を見ても何も目に入らないことは眩暈を払う助けにはならなかった。何度か、風がエルフの身体をロープに押し付け、登るのを中断しなければならなかったが、その間目を固く閉じ、再び登り始める前には、まず呼吸からはじめることを自分に言い聞かせなければならなかった。
 てっぺんに辿りつき、カロネルの手で洞窟の中に引き入れられた時には、両肩は焼けるように痛み、両脚は震えていた。
 息を切らしながら、ヴァルヤは岩壁に固く背中を押し付けて座り、動悸が収まるのを待った。どうにか呼吸を整えることができたとき、彼女はようやくなんとか両目を開いた。

 レイマスが洞窟の中を照らすため松明に火を灯すと、入り口の奥の闇にたちまち光が広がった。ヴァルヤの目には、二十フィートばかり先まで続いている、他の修行僧たちの洞窟の網の目状になった隧道のみが映った。その奥にあるのは漆黒だけだった。
 だが最初はそれにも気づくことができなかったのは、彼女の注意が入り口に散らばる鳥たちの死骸に釘づけになっていたからだ。
 百羽に近い分はあった。頸の肌が剥き出しのハゲタカから、虫を喰らうちっちゃなイワツツキまで大小さまざまで、暗闇が始まるところまで洞窟の床にずっと散らばっている。中にはあまりに古く、骨の回りに埃まみれの羽根が取り巻くミイラのようになった塊りしか残されていないものもあったが、肉の腐臭がするくらい真新しいものもあった。 

 洞窟に差し込む光の変化を追うようにして死骸の散らばり具合が変わっていることに気が付き、ヴァルヤの首の後ろがちくちくした。日の光が常に差すところには死んだ鳥はいない。だが日の傾きによって光が闇に道を譲るところには死骸が積み重なっており、そして闇が決して晴れないところで最もうず高い。
「やつらは闇の中で狩りをする」とセイカがつぶやき、鳥たちの死骸を観察しながら杖を掲げた。「やつらは闇の中で狩りをする、そして光を恐れる」
「おそらく」とヴァルヤは言った。彼女も背負っていた自分の杖を解き、フェイドから魔法の煌めきを呼び出した。杖の蒼白い瑪瑙から青い光がこぼれ、レイマスの松明の炎よりも遠くまで闇を追い払う。隧道の奥の埃の層の厚みは入り口よりもずっと浅いが、赤い塵の上に残るヒューマンの足跡が見て取れるには十分だった。
 違う、ヒューマンじゃない、とヴァルヤは思った。屍の足跡だ
 手にした松明を洞窟の壁の割れ目に差し込むと、レイマスは鎧を身に着け、左手に盾を括りつけ、風変りな長斧を手に構えた。「行ける?」
「今更」とカロネルが言って、ヴァルヤの光と松明の煙をあげる炎の脇を通り過ぎた。彼の顎はきつく噛みしめられている。「もう来てしまったんだ」

 彼女は目で見る前にやつらを感じた。闇の中から彼女を衰弱が襲い、身体から温もりを、四股から力を奪っている。シェイドども
 ヴァルヤの耳を囁き声が覆う。ディーモンの悪夢の饒舌。四方八方から近づいてきて、たとえそうわかっていても、彼女を閉所への恐怖で押し潰そうとする。あるいは彼女はわかっていると思っていただけかもしれない。日の光と新鮮な空気は、彼女の背中の後ろにしかない。
 その光は、またこの世界の別な側のものだったのかもしれない。今彼女を取り囲むのは、恐怖と、もろさと、そして死。彼女は背後でセイカが息を呑むのを耳にして、彼もまた同じように感じているのだと気が付いた。

「出て来い、くそども!」 カロネルが闇に向かって吼えた。彼の手にした剣に一体化したスピリットのエナジーが音をあげ、暗闇の中に向かって唸り、自分たちの誰の目にも見えない敵を打ち据えているかのようにパチパチ音を立てていた。「姿を見せて、かかってこい!」
 やつらはやってきた。 

***  

 オースの民、the Orth people、元々アンダーフェルズ(旧名オースランド、Orthland)に住んでいた民のことだが、アンダースたちは、彷徨いの丘地域に住んでいる者たちのことをそう呼ぶ。顔面を乱切(スカリフィケイション)する風習がある。

2015年1月 9日 (金)

Last Flight 25(1)

 告白。

***
第25章

9:42 ドラゴン

「この世界に、まだグリフォンがいるというのか?」 カロネルが仰天した様子で尋ねた。
「確かなことはわからないけど」とヴァルヤは認めた。「保護の魔法がしくじっているかもしれないし、卵は飢えたドレイクに見つかって餌食になっているかもしれない。イセヤが思っていたのとは違って、汚染を完全には取り除けなかったのかもしれない。四百年の年月は長いし、隠したときの彼女は正気を喪いつつあって、彼女はそれについてあからさまだった。しくじる理由はいくつもある。でも・・・、機会は残されていると思う、きっと。うまくいった可能性はあるはず」

 一同は馬で、アンダーフェルズの埃っぽい荒れ果てたステップに乗り出した。レイマス、セイカ、カロネル、そしてヴァルヤ。友人たち三人は皆、理由はワイズホプトを出てから説明するという彼女の約束をあてにして、赤き花嫁の墓までの同行を承諾した。丸一日近く馬上を行くと、ブロークン・トゥースは南の地平線に霞む影となり、その西側は沈む夕日の光を浴びて赤く染まり、ヴァルヤは彼女が知る秘密を暴露する頃合いだと考えた。

「イセヤが卵を隠したとき、そこはまだ神殿ではなかった。名も知れない者の手で岩に彫り込まれたアンドラステの肖像はあったけど、修行僧たちはいなかった。アンダーフェルズは、そんな集落が生き残ることなどできないくらい、ブライトのため完全に荒れ果てていた。その頃にはドラゴンの洞窟があり、イセヤはその生き物がうまい具合に卵の守り手になると考えた」
「食べられてしまうことは考えなかった?」とレイマスが尋ねた。この陰鬱なテンプラーにどこかしらおかしがる雰囲気があることに、ヴァルヤは驚いた。

 エルフのメイジは首を振った。「彼女は卵を隠した。具体的にどうやったかはわからない。そこに行けばわかるのだと思う。わかることは『魔法の壁と岩の壁』が関係していることだけ」
「それから、引っかき回されて眠りに就けない骨の壁」とカロネルが、イセヤの声の抑揚を真似して言った。彼は皮肉に満ちた顔をしてみせた。「すまん。場当たりな詩文など、罰としてぶん殴られてもしかたないな。だが事実は残る。赤き花嫁の洞窟にはアンデッドがいる。君がそこに向かう理由は今わかったし、グリフォンの生き残っている可能性を入念に調べなければならないことも完璧に頷けるが、ことは簡単ではない。君は本当に、ファースト・ウォーデンの支援を求めないつもりなのか?」

「そう」とヴァルヤが言った。心の中では、彼が彼女の判断に取り敢えず従うことにしたことに気づいていて、それに感謝していた。「そこで何が見つかるかもわからないし。でも、それがなんであれ、私たち自身がどう取り扱うかを決めるべきだと思う。私たち四人が。ファースト・ウォーデンではなく、ハイ・コンスタブルでも、チェンバレン・オヴ・ザ・グレイでもなく。彼らがグリフォンにとっての幸せを、権力や政治よりも大事に扱うなんて話は信じられない。あなたたち三人を招いたのは、私があなたたちを信用しているから」

「メイジふたり、グレイ・ウォーデン、それにテンプラー」とセイカが口に出して考えにふけり、自分の黒檀の杖一面を覆う彫り物を指でなぞった。彼の黒い瞳はずっと冷静なままで、まるでその価値を真剣に計るかのように、順繰りに仲間たちの顔に向けられた。その間、彼の顔はヴァルヤが思ったよりもさらに幼くも、さらに大人っぽくも見えた。「悪い冗談の出だしみたいだけど、僕たちならすごく強力なチームになれる。いけるよ」
「神殿に何がいるか知らんから、そう言えるだけだ」とカロネルが反駁した。若いメイジは肩をすくめ、エルフのほうに変わらぬ真面目くさったまなざしを向けた。「違わないよね?」

 ウォーデンは、芝居がかった様子で両手を宙に放り上げた。その仕草を誤って挑発だと受け取った彼の騸馬がいななきたじろいだ。カロネルは急いで手綱を引き寄せ、乗馬をあやさなければならなかった。「馬さえ上手に扱えないのに」 馬をようやく落ち着かせると、エルフは不平をこぼした。「シェイドどもや怒鳴り散らす骸骨どもをどうこうできるなんて、気楽に考えることはできん」
「本当に怒鳴るの?」 好奇心に打ち勝つことができなかったヴァルヤが尋ねた。
「そんなこと知るか」とカロネルが言った。「自分たちの悲鳴以外に何も聴こえやしなかった。ただ、間違いなく牙は生えていた」彼は騸馬の手綱を翻すと、砂の色をした(月毛の)馬を北に向けて走らせ、たちまち他の者たちを引き離した。

「あんなにぷりぷり怒ることなんて、今までまるでなかったのに」 もうひとりのエルフに聞かれることがないくらい離れてから、ヴァルヤはそう呟いた。
 それを耳にできるだけ近くにいたのはレイマスだけだった。テンプラーは肩をすくめ、自分の乗馬がカロネルのものの後を落ち着いた速歩(はやあし)で追いかける間、背負った丸い形の鋼の盾の位置をただした。以前はそこにテンプラーの焔をあげる剣の印が描かれていたが、彼女はその上から、意匠にこそ頓着していないものの、単純な青色と灰色のグレイ・ウォーデンの色合いの山形紋(シェヴロン)に塗り替えていた。「恐怖に向き合う方法は人それぞれ。吼える者もいれば、笑い飛ばす者もいる」
「吼えるほうがいい」とヴァルヤが言った。「笑い声は落ち着かない気分にさせるから」 彼女はウォーデンを追うように自分のまだらな灰色(芦毛)の乗馬を急かした。あたりは急速に暗くなってきており、彼女たちが今いるあたりは野営には適さない。冬には常に砂嵐の脅威が襲い、逃げ場に身を隠していない者は、いとも簡単に生命を奪われてしまうだろう。

 彼女たちが進むのは厳しい土地だった。ワイズホプトは立ち入ることのできない土地にくり抜かれていて、そこから北側のステップはすぐに乾いてひび割れた丘陵となり、要塞のすぐ側には辛うじて生えている下生えの草や棘のある茂みも、そこにはまったくなかった。塩のように白い霜が、割れた砂の層の表面を覆っている。彼女たちの馬の蹄が蹴散らして粉になったそれが、少しでも風が起きれば巻き上がり、ヴァルヤの瞳に容赦なく突き刺さった。

 前方では、広い緑色の帯が遠くに流れるラッテンフラス河を示している。そこで少しの休息をとり、馬たちも草を食むことができるだろうが、土地の厳しさはまだまだ序の口なのだ。言い伝えによれば、彷徨いの丘の周囲では、第一のブライトの時代に苛まれ、死んだ者たち皆の血の色が、二度とぬぐい去れないまま地面を赤く染めている。

 ヴァルヤは、バードたちの悪ふざけが少々過ぎるだけだと考えていたが、その不毛の丘陵地帯を横断することに思いを致せば、怖じ気づくのは否定できなかった。彷徨いの丘では、過酷な自然に野ざらしにされたまま身体を壊して死んだ者も数多い。より多くは砂嵐のため窒息したか、肌をぼろぼろに破られて死んだ。他の者たちは、その土地の名のとおり、道に迷って途方に暮れたあげく、死んだように乾いた丘の斜面の間をあてもなく彷徨い続け、最後には案の定、力尽きたのだ。

「グリフォンを見つけたらどうするつもり?」 前方の河沿いの緑に向かってふたりが乗馬を速歩で進める間、レイマスが尋ねた。日暮れが迫り、ラッテンフラス河沿いに並ぶ森の形は、黄昏の中で青くぼやけて見えた。「卵があって、今日まで長い間生き延びていて、ガラヘルの妹がダークスポーンの汚染を取り除くことに成功していたとして・・・、あなたはどうするつもりなの?」
「わからない」とヴァルヤは白状した。「イセヤは、グレイ・ウォーデンが導き手に最も相応しいと考えていた。過去の時代の過ちのことを反省し、それをただすだけの十分な時間が経てば。彼ら以外に相応しい者は思いつかない。あなたは?」
「飼い主なんていらないのかもしれない。自由に羽ばたいていけるのかもしれない」とレイマスが言って、ステップの黄昏の空に片手を大きく振り上げた。

 ヴァルヤは、テンプラーに半笑いの顔を向けた。「雛たちが? あっという間に死んでしまうわ。だめよ、そんな自由を享受することができないのは私たちと変わらない。餌も、棲み家も、水もいる。繁殖できるだけ長く生きたなら、止まり木や巣づくりできるだけの場所がいる。ワイズホプト以外に適当な場所が思いつかない。イセヤが祈ったように、ウォーデンたちが過ちから学ぶように期待し、今度こそ乗騎たちを手厚く扱うことを信用する以外に、選択の余地があるのかどうかもわからない」
「そうなるかも」とレイマスが折れた。「私たちがテンプラーとして学んだことのひとつは、迷いが生じたときには、人々が善をなすことができる機会を必ず与えるようにしなければならない、というもの。その結果に驚かされるときもあれば、そうでないときもある」
「驚かされるのは、どっちのとき?」

 今度は、テンプラーのほうがかすかな半笑いの顔を向ける番だったが、暗闇の中それも辛うじて見えただけだった。「誰かが誰かに、本当に機会を与えたのだということがわかったとき」

***

「翻訳の方が楽」とほざいた割には、最後の一文でうんうんうなってしまった・・・。
  ここで大事なのは、ほぼこの一行だけ(あと、ヴァルヤのカロネルに対する淡い恋慕というか憧憬? 私がちょっとだけ誇張してあるけど)。
 英語はやっぱコンパクトなんですね。原文は(加工すると)
 
  "(The surprise is) (t)hat anyone ever actually gives someone else the chance."
 
 「誰かに選択の余地(別の進む道)を与えることなんて最初からできないんだ」という考え(諦観)を予め踏まえた上での、それに対するアンタイセシス(アンチテーゼ)。
 DAIといい、(その内容の影響を間違いなく完璧に受けている)この小説といい、グレイ・ウォーデンはけちょんけちょんにされ、くそみそのすかぽんたん扱い。四百年にわたる応報(retribution)の後、ようやく贖罪(atonement)は図られるのだろうか。

2015年1月 7日 (水)

Last Flight 24(2)

  ラスト・フライト。

***

 マーチャーたちは、スモークを城の闇の中、戦時に脱走兵や反逆者たちを収監してあった急ごしらえの監獄に閉じ込めていた。
 イセヤは、闇から闇を伝うように慎重に進んだ。杖の先端の光は麻布地の袋で覆ってある。暗い色の外套は夜に紛れ、そもそも外に出ていて彼女の姿を目に留めそうな者は数えるほどだったが、彼女の心臓は一歩進むごとに喉から飛び出しそうになっていた。

 発見されることを恐れていたのではない。それは失敗を意味するからだ。彼女にはたった一度の機会しかない。
 ひとりきりの守衛が監獄の木製の椅子の風下側にもたれかかり、パイプで鼻を突くような臭いのする草、ブライトの時代にフリー・マーチャーズが他にましなものがないときに吸っていたような草を詰めて吸っていた。パイプの雁首は薄暗い闇の中で桜んぼのような赤い色に輝いている。

 男はそこから扉のほうを見ることができないが、そうする必要もないのだろうとイセヤは思った。スモークが逃げ出せば、どこに座っていてもわかるのだ。
 守衛はイセヤが近づくことにも気がつかなかったが,彼女は見つかる危険を冒すつもりはさらさらなかった。中で彼女がたてる物音を聴かれてしまうかもしれず、彼女が作業をしている間に位置を変え、退出するときに見つかってしまうかもしれず、それですべてが台無しになる。

 注意深く、彼女はフェイドを探り、杖の光が周囲を照らし出すのを見つめる間、パイプ吸いから片方の目を離さずにいた。魔法が導管を通して流れるにつれ、杖の頭の涙型の石が音もなく震えたが、結びつけていた袋が光量を十分に抑えている。呪文を形にするときに察知されてしまいそうな揺らめきもなく、それを手放すときに音もたてず、ひとりきりの守衛を眠りに誘い込んだ。

 男が椅子に腰掛けたままがっくりと沈みこんだ。パイプが口元からこぼれ落ち、固く踏み固められた地面にくすぶる弧を描くように燃え差しをまき散らしながら落ち、そして暗くなった。イセヤはそれを踏み越え、男の帯から鍵の束を取り上げ、監獄の扉に向かった。
 鍵はかかっていなかった。彼女の腰回り以上も太さのある頑丈な木製の柱で閂がかかっていた。扉には爪痕が深く刻み込まれており、イセヤが覗き見ることができるくらいの裂け目ができていたが、それがグリフォンの憤怒の印であることは明らかなのに、そこからスモークの姿は見当たらなかった。

 イセヤは閂を留め金から外し、壁に立てかけて扉を開けた。
 スモークは薄汚れてボロボロになった毛布が散らばる中にしゃがんでいた。重い鋼の鎖は壁に繋がれ、グリフォンの頸に嵌められた拘束具のような首輪は、地中深く埋められた杭に結び付けられている。暗い色をした金属の口止めが、周りの羽根を挟み込んだまま嘴を締め付けていた。その上半分の表面はグリフォンの咳とくしゃみに交じっていた血がこびりついている。身体のそこここに羽毛も羽根も抜け落ちた大きな禿げた部分があり、その剥き出しの肌にイセヤは、ワイズホプトのタスクを痛めつけていた穢れとそっくり同じものを見てとった。

 グリフォンの目は闇の中で黒と黄色に見え、イセヤがたじろぐほどの憤怒に燃えていた。嫌悪の熾烈さが頸の回りの鎖をじゃらじゃら鳴らした。エルフを目にしたスモークは、封じられた嘴からしゅーという息を漏らしたが、続いて咳き込み、くしゃみをし、口止めと毛布に新しい血の霧を振りまいた。

 マーチャーたちは広い場所を確保するため、いくつかの独房の木製の壁を取り壊していたが、それでも監獄は狭苦しく惨めで、スモークの存在には全く相応しくないものだった。たとえ鎖で繋がれていなくとも、スモークが首を持ち上げ、あるいは翼を広げるだけの空間もない。古い尿と、病と、絶望の汚臭が漂い、イセヤはどちらをより憐れむべきなのかわからなかった。ここに閉じ込められたスモークのほうなのか、それとも掛け替えのない友を、このような場所に送り込まざるを得なかったアマディスのほうなのか。

 だが、それもすぐに終わる。そこにはほんの少しだけ慰めがあった。
「もうじき楽になるから」 イセヤの呟きは、グリフォンに向けたものなのか、自分自身に向けたものなのか定かではなかった。彼女は再びフェイドを探ると、霧とほとんど変わらないくらい希薄な魔法の綛(かせ)を引き出し、そこからまた別の眠りの呪文を紡ぎ出した。
 スモークは長い間抗い、何かしら戦うべき相手を見つけるという純粋な目的のため魔法に戦いを挑んだが、とうとうその意志も潰え、魔法の眠りに襲われた。
 そしてイセヤは、ナイフと、無限の悲嘆を携え、グリフォンのほうに近づいて行った。

***

 彼女は夜明け前に発った。パイプ吸いの守衛は外の地面でまだ寝ており、柔らかいいびきのため唇を震わせていた。監獄の中では、スモークの羽毛に包まれた身体が薄暗がりの中で生気のない塊りになっており、最期の日々を苛んだ怒りと緊張も消え失せていた。イセヤは、グリフォンの魂がどこに向かったにしても、安楽を見つけ出していることを願った。

 彼女の肌を、いくつかの卵が温い重荷として取り巻いていた。イセヤはそれらを、旅をするデーリッシュが赤子を運ぶ時に用いるようなつり紐に括り付け、外套の下に隠していた。その重みで彼女の肩は低く下がっていたが、心は高ぶっていた。

 卵に汚染はない。イセヤが最も恐れていたことは、母親や他の同族たちの多くと同じ病のため、それらの卵がすでに取り返しのつかないほど穢れていることだった。だがそれらのちっちゃなまどろむ生命は、ずっと微かにしか呪いに侵されておらず、彼女はそれらも上手に拭い去ることができたと信じていた。
 彼女は、穢れを自らの身体で引き受けた。イセヤの知る限り、一たび生き物に取りついたダークスポーンの汚染を消し去る方法はない。それは癌のように膨れ拡がり、彼女はそれを治療する術を知らない。ジョイニングを施す他になく、それもただ進行を遅らせるだけだ。

 だが、それらの卵の中には、そのまだ形のない、萌芽の段階の生き物には、汚染の足掛かりとなるものもほとんどなく、そして彼女はそれさえも拭い去った。消し去ることはできなかったが、まだ生まれていないグリフォンたちから、自分自身の身体に移し替えることは可能だった。そしてその通りにした。

 それによって病が増したわけでもなかった。イセヤはそうなることを、それによって、卵を隠すことを目論んでいた聖域に辿りつくことができなくなることを危惧していたが・・・、汚染をさらに加えたことによる悪影響は感じられなかった。ただ腹部に、まるで消化できないほど大きな何かを呑みこんだときのような拭い去れない重みを感じ、また不意に頭を動かしたときに、視界の端に油っぽいおぼろな暗闇が映るだけだった。そして途切れることのない痺れ、身体の末端に感じるひりひりするような冷たさ。彼女は両手や両足をどれだけこすっても、暖めることができないような気がした。
 だが、それが足止めになるわけではなく、それこそが大事なことだった。

 リーヴァスはスタークヘイヴンの城壁の上で待っており、そこは戦いの間にグリフォンが止まっていたのと同じ場所だった。だがかつては、十頭よりも多くのグリフォンたちが、互いにいがみ合い、あるいは高飛車に無視しあっていたところに、今は黒いグリフォンが一頭止まっているだけだった。射手用の穴の開いた胸壁の上にただ一頭、リーヴァスは白々と明け始めた空を背景に佇んでいた。

 イセヤの姿を見かけると、リーヴァスは翼を一度羽ばたき舞い降りて来た。リーヴァスは卵の塊の臭いを嗅ぎ、好奇心のため首の後ろの羽根を逆立てたが、エルフがしっしっと追い払うとすねた様子で、乗り手が鞍に跨るまで待っていた。
 もう随分と擦り切れた鞍に跨ると、郷愁の深い疼きがイセヤを襲った。今度こそ、まず間違いなく、自分たちの最後の飛行になるのだ。

 最初に、彼女たちはアンダーフェルズに向かい、彼女が慎重に選んでいた場所にスモークの卵を隠すことにする。卵の安全が図られたなら、彼女とリーヴァスはワイズホプトに戻る。そこでイセヤは、自分の日記とそこに記された十二年分の秘密を、エルフにしか解明できないだろう一連の魔法で守られたところに隠すつもりだった。

 彼女がアマディスに告げたことは真実だった。ファースト・ウォーデンには、将来のグリフォンの命運を握る資格はない、と彼女は考えていた。彼こそが、彼女にあの獣たちにブラッド・マジックを用いることを何度となく命じた張本人だった。彼こそが、グリフォンが苦痛を感じないことによる警告を無視し、ダークスポーンの汚染が感染する道を開いた男だった。 そして彼こそが、効果的な隔離措置を手遅れになるまで逡巡したのみならず、新しい平和協定の樹立を急がせるため、ウォーデンたちにセダス中を飛び回らせ、そしてグリフォンの病を既知の諸国ことごとくに蔓延させた張本人だった。彼がたとえ今夜行動を起こしたとしても、と彼女は思った、もはや手遅れになっているだろう。この瞬間にも、すでに手遅れなのだ。

 だがそれでもイセヤは、いつかその日が来るのであれば、グリフォンの再生はグレイ・ウォーデンの手に委ねたかった。グリフォンとの相棒の関係を永久に消し去りたくはなかった。彼女がリーヴァスとの間に育んだものを、ガラヘルがクロッキーテイルとの間に、アマディスがスモークとの間に・・・。それは、歴史の中で喪われてしまうには、あまりに掛け替えのない、力強い友情関係だった。
 だから彼女は、その宝物を隠して、痕跡を残し、グリフォンたちの将来のことは運を天に任せることにするのだ。

 それが済んだら、彼女とリーヴァスは正式にその任を辞し、コーリングに赴く。彼女たち一組が、一緒にそうする初めての一組でもないし、最後の一組でもない。最近では、憤怒の病の本質とその拡がりが自ずから明らかになると、羽毛の生えた相棒と永年連れ添った多くのグレイ・ウォーデンたちがそれと同じ旅立ちを選んだ。獣たちを襲う野性の憤怒は、グリフォンたちにとってのコーリングだとみなされ、ほとんどの相棒思いのウォーデンたちは、その老練のグリフォンたちとともに最期の戦いに臨むことを選んだ。たとえ自らのコーリングが訪れていなくとも、グリフォン抜きでこの世界に留まろうと望む者はほとんどいなかった。
 イセヤも望んでいなかった。そしてそのつもりもない。

 彼女は、リーヴァスの首筋に優しく触れた。そこの羽毛は短く柔らかかった。若い頃には闇夜のような漆黒で、ときどきマガモ・ドレイクの緑色の頭のように玉虫色に輝いていた。今やそれは夜明け前の空のような灰色で、日の光の下では白く、彼女の指の下では擦り切れ、はかなく感じられる。時の移ろいとブライトは、彼女たちのどちらにとっても寛大ではなかった。

 だが今日この日は、ここにいる。一緒に揃って。今日この日は、彼女たちの最後の飛行なのだ。
「リーヴァス」 彼女は囁いた。「飛んで」

***

 次回からの最終章は、ドラゴンの時代。

2015年1月 6日 (火)

Last Flight 24(1)

 スタークヘイヴン。

***

第24章

5:24 エグザルテド

「スモークは檻に入れている」 アマディスは、イセヤの顔を見ずに、そう静かに告白した。彼女はワイングラスから一口すすると、ごくかすかに鼻の頭にしわを寄せた。ブライトが終焉を迎えて間もない時分、たとえスタークヘイヴンの名家であっても、優れた葡萄酒がそう手に入るはずがなく、そして戦いを終えた今、ルビー・ドレイクは事実上の近衛兵という新たな役割に収まっており、アマディスも渋々ながら彼女のそちら側の顔を演じる立場を受け入れざるを得なかった。

 街がダークスポーンの手に落ちることこそなく、平和が戻るや否や、スタークヘイヴンの表面上の気品を示す装飾の復元は、城の召使いたちの手によって速やかになされていたが、二十年に渡る苦難の跡は残っていた。調理人が香辛料や蜂蜜でなんとか甘さを加えた酸っぱい黄色の葡萄酒もそのひとつであり、フリー・マーチャーたちのスモークに対する扱いも別のひとつであった。

「あの子は暴れ始めた」 ヒューマンの女は、変わらぬ柔らかな声の調子で続けた。アマディスの部屋にはふたりきりで、それぞれの椅子は暖炉の火の側に引き寄せられていたが、イセヤが相手の声を聴き取るためには神経を集中させる必要があった。「あの子にはもはや私が誰であるかもわからないのかもしれない、わかっても気にかけていないのかもしれない、それがとても辛い」

「スモークが誰かを傷つけることはあった?」 イセヤはできるだけ優しく尋ねた。
  アマディスは悲痛な顔で頷いた。「厩舎で馬丁の子の一人を傷つけ、もう一人を殺した。別々のときに。二人目の馬丁が殺されたとき、私が檻に入れた。ふたりとも馴染みだったし、気を荒げないようにするこつも知っていた。どうしてなのかわからない」 彼女はワイングラスをしばし見つめ、ふやけた香辛料の澱もろとも、残りの酒を味わう様子もなく一気に飲み下した。

「どうするつもり?」
「あなたが教えてくれるのではなくて」 アマディスは空になったグラスに酒を注ぎ、カラフェを持ち上げて無言で勧めたが、イセヤは今回も首を振って辞した。「どうすればいいかわからない。スモークはガラヘルから私への、最後の、最高の贈り物だったし、クロッキーテイルとの間の雛たちが間もなく孵る。私の個人的な嘆きは横に置いても、そのことはスタークヘイヴンの名声と士気にとって、とてつもなく重い象徴となるはず。

 だけどスモークは、盾に描かれている紋章のグリフォンじゃない。生身の生き物。考え、感じ、幸福も苦痛も知っている。そして私はスモークが惨めだと心から思っている。小さな檻に閉じ込められ、空を飛ぶことも許されない」 アマディスの瞳からは涙が溢れ出した。それをぬぐい去ると、彼女はワイングラスを見下ろし、笑顔になりきれなかった唇は憤りに小さく歪んでいた。「おそらく私もそう」
 ふたりの間に静寂が訪れた。暖炉の薪が割れる音やため息のような音を立て、刺さくれだった灰の塊の奥に沈んでいく。

 アマディスは二杯目を呑み干すと、暖炉の前でグラスを左右に揺すり、赤い輝きが透明な曲線の中で弾む様子を眺めた。「どうしてここに来たの?」
「もうすぐ死ぬから」 イセヤは何の感情も交えずに言った。もはやそのことに対する感情はほとんど持ち合わせておらず、それは太陽が西に沈むのと同じように、彼女の存在にとって単なる事実だった。「人生が終わる前に、自分の犯した過ちを正すことができないかと思った」

 黒髪の女は彼女のほうを向き、涙を溜めた瞳に好奇の輝きが浮かんだ。「あなたの過ち? グリフォンたちを襲ったのは疫病だと聞いたわ。ブライトで広まるダークスポーンの病だと、ベレスカーンの病のような」
 イセヤは肩をすくめた。「それもひとつの見方」
「別の見方があると?」
「グレイ・ウォーデンがグリフォンたちを死に追いやったのではないかと恐れている。もっと言えば、ファースト・ウォーデンの指示で、私がなしたことが。ジョイニングの儀式のせいだと思う。その反動。その道を選んだとき、私たちの誰もこんなことになるとは思ってもいなかったけれど、意図しなかったからと言って何も変わらない。私たちの仕業、そしてこれが結果。私たちがグリフォンたちを殺した」

 アマディスの指は蒼白になり、ワイングラスの脚を握ったまま固まった。彼女は、それ以上ないくらいの細心の努力を払って指を引きはがすと、グラスを脇へ置いた。彼女は部屋の小さな窓のひとつに歩み寄り、それを隠している重いヴェルヴェットの布を除け、木製の雨戸を冬の冷気の中に開け放った。風が彼女の黒い長髪を肩の後ろになびかせ、ちらつく雪片がその顔を払った。「元に戻せる、と言った?」
「わからない、本当のところは。でも試したい。許してもらえるなら」
「どうやって?」

「スモークを救うことはできない」 まずその細やかな希望を打ち消すのが大事だった。彼女には、アマディスがそれを考えていたことはわかっていたし、案の定、相手の女の口は、イセヤの想像が正しかったことを示すように固く結ばれていた。
「でも、身籠っている雛たちを救うことはできるかもしれない」
とうやって?」

「これはブラッド・マジックのせい。私が考えるに、願うに、ブラッド・マジックがそれを帳消しにすることができるはず。少なくとも、まだ生まれていない、定まっていない心なら。成獣の心を捉えたものを変えることはできない。大人の心はずっと複雑だし、血流はずっと早い。私に残された力では、汚染を消し去って、心を綺麗に結び直すことは、たとえ試してみたところでできない。望みがあるとすれば、それは・・・、病の鳥たちを隔離して健全な群れだけを別にする、そういう類のことしかあり得ない。それは魔法に頼るものではないし、少なくとも私の魔法ではできない。私にできることは、若鳥たちを殻の中にいるうちに別にすること、だと思う、たぶん」

 アマディスは躊躇い、思案する間、爪で木枠を叩き続けていた。それから彼女は顔をしかめた。「その後、その子たちはどうなるの? もしあなたのやり方が上手く行っても・・・、また孵化したときに同じ病にかかるのではなくて? その子たちが他の多くの仲間たちと同じような病にかかることを食い止める方法があるの?」

「ない」とイセヤが認めた。「時の流れだけしか、ない。私はグリフォンを悲惨な運命に追いやってしまったことを恐れている。私が間違っていればいいけれど、健全なグリフォンを隔離することが可能ならばいいけれど。でも、間違っていなければ、グリフォンは絶滅する。どの一頭たりとも逃げられない。他より早く倒れるものはいるとしても、でもひとたび曝されてしまったなら・・・。私は自分が触れたすべてのグリフォンの中にそれを感じていた、リーヴァスでさえも。リーヴァスは強いし、隠しているけど・・・、でも他の皆と同じように、すでにそれは心の中にあって、いつの日か蝕まれて死ぬ。
 でも、皆が死んでしまえば、病も一緒に死ぬ。そして汚染されたグリフォンたちが全部いなくなるまで、雛たちが殻を打ち破らずにいるのなら、その子たちは、たぶん、安全だと思う」

たぶん。あなたは、そう思う」 アマディスは窓から落ち着かなげな様子で離れた。布は元の位置に戻り、開け放たれた窓の一部を、枠で切り取られた街の銀色のとばりを覆った。蒼白い月明りの元、スタークヘイヴンのパン屋たち、メイジたち、その他夜の仕事に勤しむ者たちを示す小さな灯りが、いくつかの散らばる小さな星屑のように見えた。この平時には、警戒を怠らなかった籠城の時代よりも街はずっと暗かった。「もし、間違っていたら?」

「結果を見ることはできない。私はもう死んでいるから。今日生きている誰ひとり見ることはできないでしょう。もしうまくいくのであれば、グレイ・ウォーデンには知らせたくない。ウォーデンがグリフォンたちを殺した。あの生き物たちを導く資格はない。ともかく、今のところは。この世代では。五十年か百年、二百年でも経てば、グリフォンは伝説の生き物になっているでしょう。おそらくその頃には彼らも、危うく喪いかけた種を、ずっと慎重に守り育てようとするのではないかしら」

 彼女はヒューマンの女をまじまじと見つめた。兄の恋人、彼女の最も古い友人のひとり。何がなされたのか知っている、ただもう一人の人物。
「この秘密を守って欲しい。ウォーデンたちからも、フリー・マーチャーたちからも、他の誰からも。今日生きている者で、世界で最後に残ったグリフォンのことを託せるに足る人は、誰もいない」

「孵ったときはどうなるの?」とアマディスが尋ねた。
 イセヤは杖を握り直した。そのクリスタリンの先端が、それにあわせてかすかに輝き、フェイドの霧のような、くすんだ色合いをほとばしらせた。「孵らない。誰かが見つけるその日までは」
「その誰かが真っ当な人物だと、どうしてわかるの?」
「わからない。でもあなたが秘密を守るなら、私はできるだけ確かなものにしてみせる。少なくとも、自由がはかなく、そして得難いものであることを理解し、そしてグリフォンの真の精神を尊重してくれる人物の手に渡ることを」
「あの子は、彼の私への最後の贈り物だった」とアマディスが言った。その言葉で彼女は声を詰まらせたようだ。「あの子は、私の最も美しい友だち。私の強さ。私の自由。風に乗る力。ガラヘルが私に与えてくれたもの。そして、あなたはあの子が死ぬのは、あなたがなしたことのせいだと・・・」

 イセヤは言葉もなく首を垂れた。彼女はもはや、今まで以上に罪の意識を抱くようなことはないと思っていたが、アマディスの言葉ひとつひとつが、石つぶてのように彼女の心を打ちすえていた。
「そして、あなたはこの上ないほど間違っている。これはブライトのせいよ、イセヤ。ダークスポーンが古の神を目覚めさせなければ、アーチディーモンが襲ってこなければ、私たちの誰一人、あの暗黒のときに、こんなひどい選択を迫られる必要など最初からなかった。ガラヘルはいつも、英雄の勇気なんて恐怖の別名だと、それよりなお悪いものかもしれない、と言っていた。英雄はいつも、正しいことをなさなければならないと感じている。ときにはそのことが、事がなされたずっと後まで、彼自身を苛むの。あるいは、彼女自身を」 元傭兵は、敢えてそう付け加えた。「あなたの兄さんはずっと前から言っていたわ、あなたは自分に厳しすぎると。たぶん彼は正しかった」

 それについてイセヤに言えることはなにもなく、言いたいと思うこともなかった。その代りに彼女は、直近の懸念に、たったひとつの把握できるだけ簡単な事柄に意識を集中した。「あなたの意思は?」
「あなたが卵を奪ったらスモークはどうなるの?」
「死ぬかもしれない」とエルフは認めた。「それによって救われるかもしれないけど、でも」
「だめ」 その言葉は語気荒く発せられ、アマディスは自分自身の力に驚いたように瞬きをした。彼女は頭を振って、ずっと抑制の利いた調子で続けた。
「それはやめて。楽にあの世を迎えさせることができるのでしょう? 魔法で? 穏やかに、まるで・・・、眠りにつくように」
「ええ」とイセヤは言った。フェイドの衰退(エントロピー)の力は、彼女の得意分野ではなかったが、そのくらいは可能だった。スモークを再び目覚めることのない眠りに送り込むことは可能だった。

「なら、そうして頂戴。自然に天に召されたように、安楽に、目に見える傷もなく。できるわね?」
「ええ」
「よかった」 アマディスは最後にもう一度目を拭い、イセヤの良く知る、決意に満ちた雰囲気を纏った。初めて会ったときにアンティヴァの宮廷で最初に目にし、ふたりとも今は老いてくたびれてはいるものの、そしてその頃と同じ人物のままではなかったものの、その特徴あるわざとらしさは、変わっていなかった。「スモークに治療が施せないのなら、それだけの慈悲をかけてあげたい。それが私があの子にしてあげること」

 そして、それによってあなたも政治的窮地から脱却できる。スタークヘイヴンは、グレイ・ウォーデンからの贈り物を処分することに伴う象徴的な含意に悩まされることもなくなる。だが、そう告げることはあまりに意地悪に過ぎた。その代りにイセヤは頷き、扉に向かった。「今夜にでも」

「待って、お願い」
 エルフが振り向いた。
 アマディスの顔は暗く曇っていたが、暖炉の炎が映る彼女の両手は、まるで黄金の手袋を身に着けているように見えた。彼女はそれらを自分の頬のところまで持ち上げると、仮面を脱ぐような仕草をしてみせた。「行く前に、顔を隠しているものを取って頂戴。最後にもう一度、あなたの本当の姿を見ておきたい」

 ゆっくりと、イセヤは応じた。彼女は頭巾を後ろにはねて肩のところに掛るままにすると、醜く変貌した顔に巻いていた襟巻を解き始めた。鳩のような紫がかった灰色のものが額の回りを取り巻き、くすんだ青色のものが口と顎のあたりを覆っていた。ふたつとも音もなく床に落ちると、夜の風の冷たい息の中に、彼女の素肌が剥き出しになった。襟巻がなくなり、イセヤの痛ましいほど崩れた顔が完全に曝されると、アマディスは衝撃を受けたように小さく息を呑んだ。

 頭巾をかぶり直し、イセヤは扉から外に出た。襟巻のことは放っておいた。後ろで、鉄枠のはまった重たい木製の扉が閉じるとき、彼女はアマディスがつぶやく声を聴いた。「さよなら、友よ。ありがとう」

***

 女性は、他の女性に対して情け容赦ないですね。著者の、アマディスに対する視点。

2014年12月22日 (月)

Last Flight 23(3)

 アンティヴァ・シティー。

***

 三ヶ月後、イセヤは、ファースト・ウォーデンから正式に命令が発せられたことを知った。矯正不可能な凶暴性を示すグリフォンは処分せよ。咳きやくしゃみで吐血するもの、またブライトとの戦いに参加したものも同様。
 その頃アンティヴァにいたイセヤは、心臓をダガーで突かれたような感じがした。グレイ・ウォーデンはすでに制御できなくなったグリフォンたちを秘密裏に処分していたので、命令が公に発せられた唯一の理由は、ワイズホプトの外にまで拡散したグリフォンの異常について救いを求める他諸国に対し、彼らの措置を知らしめるためであった。グレイ・ウォーデンも殺す以外に手段を持たない。ファースト・ウォーデンの命令の真意はそこにあった。

 そして、それは彼女の過ちのせいだった。仕組みも理由も依然としてわからなかったが、そうであることは間違いなかった。グリフォンが苛まれている緋色の病は、彼女がブライトの最中に施した儀式と結びついていたが・・・、だが彼女はそれが何をもたらすか、どのように拡散するのか、完全には理解していなかったし、治療の手がかりさえ知らなかった。本当に病なのであれば、血の噴出が感染源かもしれなかった。だが本当の病ではなかった。あるいはそうだったのか? 彼女が意図せず造り出してしまったのだろうか?

 答えを探す旅はワイズホプトからはじまった。グレイ・ウォーデンのグリフォンに関する伝承収集はセダス随一であり、魔法に関する蔵書も屈指だ。だが予期していたとおり、ダンセインや他のウォーデンたちの探究はすでに徒労に終わっており、イセヤ自身のものも大差なかった。
 手ぶらのままワイズホプトから旅立ったイセヤが向かった先はフリー・マーチズだった。ダンセインには少なくとも一部嘘をついていた。彼女とカリエン以外にブライトの戦いを生き抜いたブラッド・メイジはいない。他の者たちは戦死し、多くはまるで邪悪魔法に手を染めた贖罪を果たすかのように望んでそうした。だが彼女はどこかに書物が、秘密の日誌が、封印された巻物が存在し、答えを与え、少なくとも進むべき道筋を示してくれると信じていた。
 だがスタークヘイヴンでも、カークウォールでも、タンターヴェイルでも、オストウィックやアンスバーグでも見つけることはできなかった。カンバーランドの血まみれの泥濘からも、ワイコムの潮まみれの灰燼からも見つからなかった。

 彼女は次にテヴィンター帝国を頼った。セダスで最も悪名高い秘密の守り手であるテヴィンター・マジスターたちは、ブラッド・メイジを許容し、推奨までしている。噂では、彼ら全員が一人残らずブラッド・メイジであり、それこそテヴィンター帝国が、この世界の列強の中で唯一おおっぴらに奴隷制を採用している理由であるというものまであった。マジスターたちは非情にも奴隷たちの血をすすっているのだと。

 これまでイセヤはその手の噂を信じることはなかったが、テヴィンター国境沿いで受けた薄ら寒い対応が、ほとんど彼女の態度を変えそうになった。そう、グレイ・ウォーデンは世界の救世主として途方もない厚遇を受けている。そう、彼女の兄が果敢にも殉死者となったことも知れ渡っている。だがテヴィンターがあからさまに示したのは、イセヤが受けるにふさわしい優遇は、即座に奴隷商に売られることなく帝国内を往来できることだけであった。公開の書庫でもほとんど自由はなく、魔法に関する蔵書のあるサークルの書庫からは締め出された。おざなりの社交辞令以外のものを与える者はなく、それらすら氷のようによそよそしかった。適切な賄賂で拒絶が溶けるような手がかりもなく、極秘に行う秘儀の交換が歓迎されるきざしもなかった。ただそっけない、容赦ない拒絶だけだった。
 彼女は激高し、そして挫折した。十年前だったなら、五年前であっても、イセヤはテヴィンターたちの沈黙を挑戦と受け取り、どちらかが砕け散るまで、自分の頭を連中の慇懃無礼な壁に打ち付け続けただろう。
 だがそのような威勢の良さはもうない。グリフォンが処分される報せが日々届き、死の頭数が徐々に増え続け、夜は彼女の夢の中でコーリングが囁いている中では。テヴィンターの頑迷さを呪い、イセヤは惨めな思いで帝国に背を向けた。

 次に向かう先は最後の頼りだった。
 カリエンはアンティヴァに戻り、崩れ落ちた栄華の再建に勤しむ国の者たちに手を貸していた。それは容易なことではない。後背地にはダークスポーンの残党や穢れた獣たちが残り、食糧は乏しく、往来できる街道は少ない。ディーモンどもや眠らぬ死者たちが、いくつかの激戦地に跋扈している。国から逃げた者たちの多くに帰国の意志はなく、他の諸国で満足な暮らしを送っていた。
 アンティヴァ・シティーを含むリアルト湾の諸都市の立地は、だが永久に捨て置くにはあまりに絶好であり、一握りの心挫けぬ者たちが復興を手がけ始めていた。ガラヘルの葬儀が済んだ直後から、カリエンはその取り組みに身を投じた。

 あの日以来、イセヤは彼と出会うことも、言葉を交わすこともなかった。別れに害意などなく、悲しい決意だけがあった。ふたりともイセヤの最期が近いことは承知していた。だが今、嘆きと自戒の念に苛まれ、彼女には彼しか頼る先のないことがわかっていた。カリエンは、彼女にブラッド・マジックの扉を開けることを戒めたのは確かだが、鍵を渡したのも彼だった。
 彼女の自責の念を肩代わりさせるつもりはなかった。ふたりともこんなことになるとは考えてもいなかったし、セダスのどこかに答えがあるとしたら、カリエンにこの心痛を共有させるつもりもなかった。
 だが他に道はなく、彼女はアンティヴァ・シティーに飛んだ。

 彼女が到着したとき、カリエンは海岸沿いにいて、力場と炎の呪文で港の瓦礫を処分していた。アンティヴァの富はいつもその港と結びついており、海上交易の再開が国家の財政の再建に欠かせなかった。
 彼は髪を短く切り、伸び放題だった髭はほとんど灰色になっていたが、一目で見分けがついた。メイジの周りでは、朝を台無しにされたカモメが飛び回り、非難の啼き声をあげている。アンティヴァで無邪気で不機嫌な鳥たちを目にするのがあまりに久しぶりであったイセヤは笑みをもらした。カリエンが倒壊した建物を破壊し尽くすのを待ってから、けぶる静けさの中、イセヤは歩み寄った。「まだ破壊から足を洗えないの? もう飽き飽きしてるのかと思った」

「イセヤ!」年長のメイジの微笑みは率直で、本物で、そしてわずかな心配の影があった。冬もまもなく終わる時期、天候の厳しさは、イセヤが必要以上に顔を布地で、手を手袋で覆っている言い訳にはなるが、彼女を良く知るカリエンは本当の意味をわかっていた。「こんなところで何をしてるんだい?」
「訪ねてきたの。話す時間はあるかしら?」
「もちろん」 カリエンは近くに並ぶうち、最もましな姿に見える建物を杖で示した。窓には新しい木材が打ち付けられ、晩冬の容赦ない寒風が凌げそうだ。扉には王冠を被った青い魚が描かれた質素な看板がかかっていた。「『青鰭王』。いつも食事をとるところだ。調理人は他よりましだし、なにより今は魚も戻ってきつつある。エールまである。大抵の日には。ワインが出る日もある」
「個室はある?」
「私のことを、そこまで思い焦がれていたとは気が付かなかった」 だが彼女が笑えないでいると、彼の瞳からおどけた調子が消えた。落ち着かなげに、彼女の覆われた顔からその狙いを知る手がかりを探し出そうとしつつ、カリエンは頷いた。「あるとも」
「助かるわ」 彼女はカリエンに続いて宿屋に入った。店は小奇麗で繁盛しているようで、何人かの漁師たちが暖かい食事をとり、髭のある酒場の女主人が、宿屋の親父に家具の見本を売りつけようとしていた。それらは引き揚げられた様々な家具が不細工に組み合わされたものだったが、修理は行き届いていた。イセヤには、アンティヴァの来たるべき再興の象徴のように思われた。

 女主人と宿屋の親父は、入ってきたカリエンに頷いてみせたが、ふたりが階段を上って個室に向かう間、一言も発しなかった。メイジの客人の中には、目を背けるに越したことがない者がいるのかもしれない。
 部屋に入るとカリエンは扉を閉め、近くの机の上に鍵を置いた。「さて、これほど内密にすべき話はなんだろう?」
 イセヤには躊躇うつもりはなかった。「ブラッド・マジック」 口に出した途端、残っていた最後の力まで吸い出されるような気がした。最寄の壁にもたれながら、頭を粗い漆喰にこするようにして床に滑り落ちる。眼は閉じていた。カリエンに話す間、その方が楽だった。「グリフォンに施したあれは、ジョイニングは・・・、他に広まってしまった。みな病に落ちた。ブライトの病に似ているけど、広まり方が異なる。空気を伝っているみたい。それか、血を介して。いずれにしろ魂を蝕む疫病で、死に至らしめる。治し方がわからない。ここに来れば手助けが得られると思って」

 長い間、カリエンは答えなかった。沈黙が続き、イセヤが目を開け、頭を挙げても、年長のメイジはまだ何も口にせず、とうとう無限に近い時間が過ぎたと思われる後になって、ため息をつき首を振った。「できない」
「できない?」
「助けることはできない。たとえできたとしても、できるかどうかもわからないが、だが問題はそうじゃない。私にはできない」
「なぜ?」とイセヤは尋ねた。旧友に出会えた当初の喜びは消え去り、その代わりを精気のない空虚さが埋めた。その感覚はまた、避けられない最期に近づく別の一歩でもあった。

「チャントリーのブラザー・ヴィジュラスが、かつてこう書いた。魔法にはそれ自身に法と理(ことわり)があり、すべての呪文は支払うべき対価を伴う。ブラッド・マジックの真の危険は、彼が結論づけるところによれば、それがディーモンの産み出したものであり、対価が隠されていることだ」
「ブラザー・ヴィジュラスはメイジではなかった」とイセヤが反駁した。「私も、他の皆と同じように彼の書は読まされた。でも彼は人生で一度も呪文を用いたことがない。彼は神学者ではあったけど、エンチャンターではなかった。自ら一度も立ち入ったことのない領域に、理論だけで法理を組み立てた」
「そうかもしれんが、私は何年にもわたり彼の著作から知見を得てきた。そう、彼は推測していたし、推測は間違っていたのかもしれないが・・・、正しかったのかもしれない。ブラッド・マジックの真の危険は、犠牲(いけにえ)からパワーを引き出すことでも、他者の災難を自らの魔法に用いる強欲さや野心を唆すことでもないのかもしれない。もしかしたら危険は、我々が単にそれを理解できないことであり、理解できないが故に、たとえ我々の意図が純粋であっても、惨たらしい帰結を招くことかもしれない。

 君が正しいのなら、そしてグリフォンたちが死んでいく原因がブライドの間に我々がなしたことにあるのなら・・・、それも『もしも』のうちだよ、イセヤ、君にはそれが本当の原因かどうかわからないし、知ることもできないのだから。だがそうだとすれば、我々が大いなる善のためになした事柄がこの結果を招いたのだ。我々が払っても良いと考えた犠牲は、ただの始まりにすぎなかった。真の代償は、我々のどちらも思いもしなかったほど高かったのだ。
 もしそうであるなら、そして、このすべてが純粋な憶測に過ぎないことはもう一度強く念を押しておくが、再びブラッド・マジックに頼ることで、どうして事態の打開を願うことができるのだろう? どうして私の目論見が、さらにこの世の中の事態を、新しい、予想もつかない方法で悪化させるのではないと言えるのだろう?」 カリエンは再び首を振った。「私は二度と用いないと誓った。サークルは、ブライトの間グレイ・ウォーデンとともに戦ったメイジたちの行いについて御咎めなしにしたが、もし私が邪悪な遣い手だと知れ渡るようなことにでもなれば、その寛容さも即座に消え去ってしまう。ブライトの終息以降、あの力には触りもしていないし、私が疑われるようなことはないのだが・・・、それもすぐさま変わりうる。常に監視の目に曝されているのだ。だから私には手助けはできない。だが仮にできたとしても、やろうとは思わない。ブラッド・マジックの代償は、その支払いを迫られるまでわからないし、そして私は二度とそんな無暗な取引きはしない」
 彼は黙り込み、彼女の差し迫った眼差しを見た。「すまない・・・」

 イセヤはぎこちなく立ち上がり、自分の外套を踏んであやうく倒れかけた。彼に尋ねた自分が馬鹿だった、ここに訪れたのが馬鹿だった。新しい人生をはじめた彼に、彼女は自分の心痛の重荷を担わせようとしたのだ。「いいえ。謝らないで。あなたが救いはないというのなら・・・」
「救いがないとは言っていない。私には救えない、とだけ言ったのだ。そしてブラッド・マジックは、支払うつもりのないくらいの、予想もしていなかった高い代償を求めるかもしれないと言ったのだ。それと、救いがないと言うのとは違う」
「違わない。他のところは全部調べた。ワイズホプト、フリー・マーチズ、テヴィンター帝国さえ。どこにも答えはなかった。どこにも救いはなかった」 鍵は扉の近くの机の上にあった。宿屋の主人は、どこからか小さな飾りの彫刻を見つけてきていた。丸く太り、お腹が起き上がりこぼしになっている愉快な姿の陶製のドラゴン。鍵留めの輪は真ん丸の鼻にくくりつけられている。イセヤが慌てて引き寄せたため、鍵が外れてドラゴンが床に落ちた。

 それは粉々に砕け、無数の陶片が散らばった。イセヤはそれらを踏み越え、鍵を扉の鍵穴に差し込み、カリエンが最初から施錠をしていなかったことを知った。彼女は驚いて振り返った。その目つきの意味を誤解した彼は、肩をすくめた。「心配ない、私が綺麗にしておくから」
「そうじゃなくて・・・」
「君が気にすることじゃない」とカリエンはきつく、そしてやさしく繰り返した。腰を折ってドラゴンの破片を床から拾い集め始めた。「どのみち、他で答えが見つからないから何だというんだね? 君は他の誰もできなかったことをやり遂げてきたではないか。宙を飛ぶ船も、避難所の建造も・・・、そう、それにグリフォンのジョイニングさえも。すべて君自身の発明した呪文で、他の連中は誰しもが無理だと考えていた」

 イセヤは、片手を扉の取っ手にかけたまま、注意深く彼を見つめた。「何が言いたいの?」
「このことについて、私が手助けできない理由を言ったんだ。だが私の理由は君のものである必要はない。私の限界が君の限界である必要もない。今までもそうだったのに、どうして今度だけ違う? それともこう尋ねればいいのか、君はブラッド・マジックの危険にも陥穽にも気が付いていたのではないのか、アーチディーモンに食い殺されかけていたあのときでさえ、君はまだ思いとどまろうとしていた。だが私はといえば、決して君を止めようとしなかった。
 他のメイジなどに答えを求めるな。書や巻物やディーモンを頼るな。自分の中を探せ。君がやり遂げたことだ。一体他の誰に、それをやり直すことができると思うんだ?」

***
 まあ、ええシーンですわ・・・。

2014年12月19日 (金)

Last Flight 23(2)

 ワイズホプト。

***
 一月後、休息できる見込みは、それを待ち焦がれる気持ちがこれまでになく強まる一方、これまでになく遠ざかっているようにも思われた。
 イセヤが望んでいたのは、抗うことをやめ、わずかに残った自分の面影さえ手放すことだけだったが、今はワイズホプトに向かうため、リーヴァスの鞍に跨がっている。
 ブライトが終息したというのに、グリフォンたちがおかしな振る舞いをはじめ、ウォーデンたちの誰にもその理由がわからなかった。異変はへイン要塞に駐留していた獣たちからはじまったとされ、イセヤはファースト・ウォーデンからアンダーフェルズへの帰投を命じられた。彼女がコーリングに旅立つ前に、グリフォンたちの異変に関してウォーデンたちに意見を述べるためだ。

 大した洞察を与えることはできないはずだ。原因が何であれ、異変はすでにへイン要塞の外まで拡散しているし、リーヴァスを除くグリフォンたちのほとんどは、汚染があまりに進行してしまっている彼女のことを、グレイ・ウォーデンではなくダークスポーンとみなすに違いない。
 だが彼女にはどうであっても同じことで、命令は命令であり、実のところ、最後にもう一度偉大な栄光の獣たちと出会う機会を歓迎する気持ちであった。
 
 だが、彼女がワイズホプトで目にしたのは、かつてグリフォンだった獣たちの恐ろしいまがい物であった。
 厩舎はほとんど空っぽに近く、その理由の一部は、もちろん無慈悲な戦争の時代に被った損失によるものであり、一部はグレイ・ウォーデンたちが未だにセダス全域に広く散らばり、生まれたての脆い平和の時代に、諸国間の協調関係を構築するため奔走しているためだ。
 それでも、ワイズホプトの厩舎の空き具合は彼女を震撼させ、厩舎長の報せはさらに驚くべきものだった。
 グリフォンたちは互いに殺し合っている。そう告げたダンセインという名の厩舎長の男は、背が低くがっしりしており、茶色い顔の頬には痘症の痕が、笑う唇にはナイフの傷跡があったが、ともかく気さくな人物であった。若く間抜けな修行時代に、傷付いた獣に素手で餌を与えようとして、嘴で左手の三本の指と親指の一部をもぎ取られていたが、獣たちに対する愛情がしぼむことはなく、その人生をワイズホプトのグリフォンを世話するために費やしてきた。男の顔に浮かぶ苦渋の表情は、これまでにないくらい深刻なものだった。

 イセヤは男の言葉の意味を問い質した。彼女は頭巾を目深にかぶり、顔の下半分は青黒い襟巻きで覆っている。まるで病で損なわれた顔を隠す癩病患者の恰好だが、実際の姿はなお悪く、古い友人に見せたくはなかった。命果てる間近であっても虚栄心は重要だった。

 男は、自分の目で見るほうが良いと告げ、彼女を伴って外に出た。風が吹きさらす階段を登る間、ふたりの陰は冬の霜で銀色に見えた。さくさくした雪の粒を踏みながら、彼女たちは獣たちの餌となる山羊や羊を投げ入れるグリフォンの餌場、石肌がむき出しになった大きな器がある場所を見下ろす高い壁のところにたどり着いた。

 餌も出されていないのに、灰色の石には湯気をあげる鮮血が深紅の弧を描いていた。白い陽光の眩しさの中、目を凝らすと、一頭のグリフォンがもう一頭を追いかけて輪を描くようにぐるぐると飛び回っており、最初は遊んでいるように見えたが、血の雨が降ってくるに及んで、それがとんでもない間違いだとわかった。

 争っている理由はダンセインにもわからない。彼は途方に暮れた様子で答えた。牝を取り合う牡同志が争うことはあるし、子供を守ろうとして母親が襲ってくることもあるが、ここには牝も幼獣もいない。餌は十分に与えているので取り合いになることはないし、餌場が共有すべき場所であることはどのグリフォンもわかっていた。まるで説明がつかない。だがすべてのグリフォンが争いはじめ、それは日々ひどくなっていく。ここ二週間ばかりは人々にも襲いかかりはじめた。深い傷を負い、または手が付けられないほど凶暴になり、始末することを余儀なくされた獣は一ダース近くになる。

 懸念がイセヤの背骨を冷たい指のようになぞった。彼女は、一頭を間近で観察したいと申し出た。最初はどの獣でも構わないと思ったが、すぐに心変わりし、へイン要塞に駐留したことのない獣を選ぶよう厩舎長に頼んだ。
 厩舎長が案内したのは、傷病に見舞われたグリフォンのための恢復用の洞窟であった。生まれたての雛もここで育てられるが、今はいない。

 小さな扉の奥にいるグリフォンはタスクと呼ばれ、ここでは一番年老いていた。覗き窓からの姿は他と変わらない。前脚や尾、嘴の周りの羽毛は老齢のため真っ白で、翼はまばらで、尾は擦り切れている。耳は遠いようで、イセヤが扉を開けても反応せず、もう聴こえないのかもしれない。獣は脇腹にそっと触れられてはじめて、驚いた様子でしわがれ声をたてた。瞳はひどく白濁し、空を無事に、あるいはそもそも、もう飛ぶことはできないだろう。
 牡は老いているだけではなく病に罹っていた。乾いた血が鼻孔と嘴のまわりに跡をひいている。鼓動は危険なほど早く、だが呼吸は遅く震えており、吐く息は弱々しい。

 最も落胆させられたことは、四股全部の内側の毛皮と羽毛をグリフォンが自分で削ぎ落としていることであり、噛みすぎて傷が化膿している部分もあった。膨らんだむき出しの肌の表面に醜い濡れた輝きがあり、イセヤが近づいてみると、肌の下にはインクのような紫色の筋が走っている。それは彼女自身の肌同様、まるでダークスポーンの肌のようだった。だが、それはあり得ない。

 イセヤの呼びかけがタスクに聞こえていたとしても、反応はなかった。厩舎長に見えないように、イセヤは自分の指を刺して血を一滴たらし、タスクの前脚からも血を一滴たらした。この老いた獣が、餌場で争っていた二頭と同じ憤怒を共有してるとは到底思えなかったが、呪文ですぐに明らかにすることができる。

 フェイドを掴み、血と魔法の流れを辿ってタスクの精神に入り込んだイセヤを、むき出しの赤い敵意が出迎えた。高齢のグリフォンの心は血の色の憤怒の海で、老い過ぎて行動に移すことこそできなかったが、ウォーデンたち、グリフォンたち、そして自分自身も含め、何もかも殺し尽くしたいという激しい欲求を抱いている。筋肉には異様な煩(わずら)いが走り、自分が破壊し尽くしたいと願っているウォーデンたちや他のグリフォンたちからも同じものを感じていた。憎悪が獣を呑み込もうとしている。

 イセヤはその衝撃から我に返った。これまで一度もタスクの心に触れたことはなく、ジョイニングを施したこともないのは間違いない。にもかかわらずタスクの憎悪は、シュライクや他の変異させた獣たちよりずっと熾烈だった。そして認めたくはないが、その憎悪と見舞われている汚染は、彼女が他の獣たちに広めた魔法と結びついていた。

 両者は同一のものではないが、完全に異なるものでもない。獣の精神を曇らせる憤怒の赤い幕の下、彼女の仕業の名残りと輪郭が辛うじてだが識別でき、それらも何か異なる新しいものに変容していた。だが彼女は、その根源となった原因を疑うことはできなかった。

 どうしてこんなことに? 確かに、彼女は変異を受容させるためグリフォンの心を捻じ曲げ、ジョイニングはただの病気だと思いこませたが、実際には病気ではなかった。
 だが、本当にそうだったのか?
 ブラッド・マジックについて、ほとんど何もわかっていないではないか。彼女がジョイニングに飛びつく前、カリエンはそのごく基礎的な側面さえ教えようとはしなかった。だが、彼ですらより詳しく知っていると誰が言えようか。ただ見かけを真似るつもりで、誤って本当の疾病を造り出してはいなかったと誰が言えようか。

 ブラッド・マジックは厳しく禁じられた魔法であり、数少ない遣い手たちは雲をつかむような中で実践を強いられる。彼女はより大きな善のためにその縛りを踏み越えたと考えていた。だがそれこそ、よく子供向けの話で間抜けな者たちが思い込むことと何が違うのか? 彼女のしくじりが予期せぬ惨たらしい結末を招くことは、何かおぞましい方法によって、完璧に予見可能だったのだ。

 だが彼女は確かめなければならなかった。タスクから遠ざかり、手から綺麗に血をぬぐい、ダンセインにタスクのこれまでの戦歴を尋ねた。
 タスクはスタークヘイヴンでも、アイスレイでも、どの戦闘にも参加したことはない。ブライトが始まる前から目が弱りはじめ、空を飛ぶことができなくなった。アーチ・ディーモン・アンドラルが目覚めてから一度もワイズホプトを離れていない。他のグリフォンと接触した最後は、ここに移される直前までで、目が弱って他の獣から邪険にされるのを恐れ、また他の獣たちの咳き込みが気になったダンセインが隔離したのだった。

 イセヤはその時期を問いただした。彼の記憶によれば二年か三年前。イセヤの頭の中は、ぼんやりしてぐるぐる回った。他の獣たちから感染して、潜伏する何年もの間気づかれなかった。これが病であれば、あるいはそれに似たものであれば、伝播するには長い年月を必要とする。
 エルフは厩舎長に礼を告げた。だが彼が期待していた解決策を示すことはできず、彼女はさらに調査が必要だとだけ告げた。
 ではどうすればいいのか、と彼が尋ねた。白い鼻先のグリフォンを見つめ、途方に暮れながら彼女は答えた。なすべきことをなすしかない。
 慈悲深き扱いを。

***
Dunsaine ダンセイン
Tusk タスク

2014年12月16日 (火)

Last Flight 23(1)

 葬礼。

***

第23章

5:24 エグザルテド

 葬礼は英雄のものとして執り行われた。
 これほどまでに盛大な追悼を受けたエルフは、ガラヘル、第四のブライトの英雄の他にはいない。王たちや皇帝たちは、虚ろな寒々としたセダスの土地を越えて葬儀に駆けつけ、または王子たちやマジスターたちを名代として送ってよこした。お香や荼毘に用いる特別な木材が数多く寄贈された。式の当日が訪れると、スタークヘイヴン郊外の明るくひんやりと晴れ渡った空の下、既知世界のあらゆる高位の者たちが、自らの存在感を示す手立てを見つけたようだ。

 彼らは彼の身体を洗い清め、薪の山を覆う雪のように白い敷布の上に横たえた。エンチャンターたち、テンプラーたち、グレイ・ウォーデンたち、それらガラヘルの手下だった者たちが、厳粛な面持ちで隊列を組む。ストーンズ・バスターズ、マスターレス、ブロークン・サークルの面々も加わり、自らを虐げてきた諸国の者たちと同等の扱いを受けた。そしてもちろん、アマディスをはじめとしたルビー・ドレイクたちも、銀の鎧と喪を示す黒い外套に身を包んで並んでいた。

 クロッキーテイルは主人の足下にある安置台の上で身体を丸めている。身繕いされ、白ぶちの翼が一番ひどい傷口を隠すように折りたたまれているため、グリフォンは安らかに眠っているように見えた。左側の垂れた耳たぶは上向きに支えられ、もはや決して聴かれない主の呼び声を待っているかのようだ。
 
 彼らの周りの乾いた薪の山は、高価な塗油とかぐわしい薬草が輪のように取り囲んでいる。アーチディーモンの角のうち最も大きなものが戦利品として薪の山の基部にあしらわれ、チャンピオンの屍はその巨大な黒曜石色の湾曲に取り囲まれるように鎮座していた。イセヤは、それらが荼毘がはじまる前に取りはらわれ、ガラヘルの武器や鎧と一緒にワイズホプトに送られることを知っていた。グレイ・ウォーデンは、そこに彼女の兄のため追悼廟を建立する。勇気と、献身と、その他人々が彼の偉業を表現しようとするあらゆる種類の美徳の殿堂として。

 薪の山の周りでは、ローブ姿の詠歌隊がメイカーへの賛美を詠唱している。灰色の髪をしたチャントリーの年老いた高位者たちは、聖なる言葉を口ずさみながら青色の濃い煙をあげる香炉を揺らしていた。イセヤは、それらの姿を目にするではなく見守り、耳にするではなく聴いていた。

 彼女の悲嘆は彼女ひとりのものだった。その日居並ぶ者たちは一様にうやうやしく厳粛な面持ちだったが、セダス全体の雰囲気は歓喜と祝賀と呼べるものであり、悲哀ではなかった。アーチディーモンは死んだ。第四のブライトは終わった。人々は長い悪夢を生き延び、行く手には平和が待っている。
 アマディス、兄と誰よりも近しい間柄だった彼女でさえ、前に進むべき役割があり、涙を鎮めたいと思っているのだ。スタークヘイヴンには彼女が必要だし、ルビー・ドレイクにも彼女が必要であり、そして彼女のグリフォン、スモークは、クロッキーテイルとの間に授かったひなたちの卵を温めなければならない。彼女の前には輝かしい将来が広がっているが、イセヤの前にそれはない。

 アーチディーモンの死は、エルフの身体に広がるダークスポーンの汚染の広がりを、緩める効果などまったくなかった。最後の髪が抜け落ち、穢れを示す灰色の染みが頭皮のそこここに浮かんでいる。彼女の意識を苛む狂気の囁きは変質し、より柔らかな、形のはっきりしないものになり、今までの切迫した叫び声ではなく、ぼんやりした夢見がちな者のつぶやきのようになったが・・・、消えることなく残り、静寂を許してくれはしない。

 間もなく、彼女はコーリングに応じなければならなくなる。その考えは、かつてイセヤにとっておぞましいものであったが、今は単に喜ばしく感じるだけになった。あり得ないほどの重荷から解放され、ようやく、立ち止まることができる機会。
 
 間もなく。イセヤのその考えが途絶えたのは、松明を手にした者たちが進み出て、兄の身体を赤い炎で包みこんだときだった。
 間もなく。

***

 「目にするではなく見守り、耳にするではなく聴いていた」とは、「心ここにあらず」の意味ですが、原文では次。
  "Isseya watched them without seeing, listened without hearing."

 "see"が見るだけではなく、目にすること、わかること。"hear"は聴くだけではなく、耳に入ること。

 ダ・ヴィンチの言葉がおもしろかったので、自分用のメモとしてあげておきます。ても、もとはラテン語? 伊語?

“... average human “looks without seeing, listens without hearing, touches without feeling, eats without tasting, moves without physical awareness, inhales without awareness of odour or fragrance, and talks without thinking.”
---- Leonardo da Vinci

より以前の記事一覧