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2014年11月26日 (水)

Last Flight 21(3)

 決戦の前夜。

***

 逗留地には夜が訪れていた。ガラヘルが作戦を伝え終わった頃には日はとっぷり暮れ、イセヤは自分の天幕まで闇の中を歩くことになった。周囲では、深紅色の焚火が闇の中の光の島のように、孤独の海の中に浮かぶ温もりのように輝いている。軍馬のいななき、兵たちのいびきや、時折聴こえる溜息や嘆き声が、彼女の周りを漂い、消えていく。それらは、丁度かつての世界で聴こえたコオロギの夜想曲のように馴染み深いものになっていた。

 自分のテントは静まり返っていた。リーヴァスは喧噪を嫌い、寝床はいつも逗留地から離れたところを選んでいた。他に一緒に過ごしたい相手もおらず、穢れが血の中をうごめいている以上、一人でいるに越したことはなかった。
 だが今夜だけは、落ち着くことができなかった。彼女は知らずに自分の天幕を通り過ぎると、他の天幕や焚火の間を彷徨い歩き、やがて馴染みのある場所にたどり着いた。カリエンの天幕は緑色と金色の派手な布が貼られており、彼によれば夢の中からブライトを押し出す効果があるのだそうだ。布の色は月日でかすんできてはいるものの、他の無味乾燥なものに比べればまだ際立っていた。

 イセヤは足を止めた。明かりが消えていたら、と彼女は独り言ちた。このまま通り過ぎよう
 だが明かりはあった。天幕の隙間から、柔らかいがはっきりした金色の輝きが見える。頭巾を後ろにやると、イセヤは近づいて扉を敲いた。ほとんど音がしなかったが、カリエンが、入れと答える声がした。

「邪魔にならなければいいのだけど」とイセヤが言って、入り口をくぐった。
「構わんよ」とカリエンが言った。服はしわくちゃで無精ひげが伸び、目の周りは黒ずんでいたが、弱弱しい笑顔を取り繕うと、馬革の枕を投げてよこした。エルフはそれを床に敷き、天幕の中の狭苦しい佇まいを照らし出す、たったひとつの油のランプのそばに落ち着かなげに腰を下ろした。

 メイジの膝には書物が広げられていた。イセヤはそれを指し示した。「遅くまで読書?」「眠れんからな。戦の前に眠ることが重要なのはいい加減わかっているはずだ、と言いたいのだろうが・・・、だが、アーチディーモンと空中で戦うという考えが浮かぶと、目を閉じていることができないのだ」 カリエンは自虐的に肩をすくめた。「ちょっとした信心ぶった読み物で落ち着くのではないかと思ったのだ。あるいは退屈して寝てしまうかと」

「聖なる書? あなたらしくない。何年も前に、祈りはとっくに捨てたと言っていたのではなくて?」
「そう言ったな。だが皆が知っているわけではない」
「ああ、贈り物なのね?」 別の好奇心が湧いてきたイセヤは、書物を見た。「誰があなたに祈りの書を贈るのかしら? あまり馴染みのないお相手ね」
「まあ、そうとも言える」 カリエンは書物を閉じ、巻き布団の後ろ、視界の外に置いた。
 イセヤは、彼の声に傷ついた節を感じ取った。彼女は片手をあげ、謝罪の意を示した。「そんなつもりじゃ・・・」
「わかってる。本当に、どうでもいい。気にはしない。そして君の言う通り、彼女は私のことをよく知らない」
「誰から贈られた本なの?」とイセヤが尋ねた。
「私が手にかけたある者の母親からだ」と彼は答えた。
 彼女が驚く様子を見て、カリエンはひきつった笑顔になり、毛布でぐるぐる巻きにした旅装用の道具箱に背中を預けた。「彼女はそのことも知らない。息子が暗殺されたことすら知らない。彼女は、息子が風に飛ばされた屋根瓦に偶然頭を打ち付けたと思っていて、私のことは、嘆きに暮れる母親を訪れた憐れみ深い見知らぬ男だと思っている」
「どうしてそんなことを?」
「なぜなら、彼女が私の母親と同じ香水をつけていたから」

 カリエンは再び小さな書物を手に取り、その表紙に目を落とした。表題は金文字で記され、ランプの明かりで輝いている。イセヤは、炎が照らす銀の輝きを目にしたが、文字までは読み取れなかった。「母親のことはほとんど覚えていない。顔も、名前も。私が幼い頃に去って行った。覚えているのはただその香りだけで・・・、それが何の香りであるかもわからない。甘酸っぱいような、檸檬の花のような、それとも違う。

 何年も、想像するしかないのかもしれないと思っていたが、その標的の跡をつけているとき、再びその香りがした。そうでもなければ相手の母親のことを気に掛けるはずもなかった。彼女はオリージャンの貴族で、権力者の妻で、その子の母であり、かたや私の母親には何ら語るべきこともなく、間違いなく権力も富もなかった。だが、ふたりはなぜか同じ香水をつけていて、その貴族の女の年恰好も合っていたから、私はとてつもなく阿呆な真似をすることになったわけだ。

 仕事は、もちろんやり遂げた。アンティヴァン・クロウは契約を破らない、たとえ標的が犯したたった一つの罪が、相続問題を面倒にする子供だったというだけであっても。だがやり遂げた後、私は必要以上に街にとどまり、嘆き悲しむ母親に涙を拭う慰みを与えることにした。そのあとから手紙のやり取りがはじまった。年を経るにつれ、親密になっていった。彼女はもちろん真実を知らない。彼女が知っているのは、アンティヴァが陥落して以降、私がウォーデンとともに戦っていることだけだ」

「だから、その人は祈りの書を贈ってきたの?」
 カリエンは頷いた。「彼女はオーレイから送ってきた。何日か前にあるグレイ・ウォーデンが届けてくれた。彼女の願いは、メイカーが彼女の祈りを聞き届け、私を見守り、ブライトの間も安全に導きを与えてくれること」

 イセヤはその感傷を小ばかにしたかったが、相手の表情に浮かぶ何かがそれを思いとどまらせた。そう、来るべき危険からメイカーが誰かを守るという考えにはうんざりさせるものがあるし、自分が息子を殺めた殺し屋なのに、その先立たれた母親に慰みを与えるという考えにもおぞましいものがあるが・・・、だがそこには何かとんでもなく生身の存在らしさがあるのも確かだ。

 彼女は、カリエンが自分の母親の顔のない幽霊との繋がりにしがみ付くのを羨むことも、オーレイの女性が喪失感を偽りの息子で紛らわすのを咎めることもできなかった。どちらも本当に求めているものではなかったが、その代わりとなる異なる種類の愛を受け入れたのだ。そしてたとえそれらが不完全なものだとしても、彼女自身が抱いているものよりも大きい。

「それじゃあ、彼女はまだ生きているのね?」とエルフが言った。
「そうだ。ブライトはまだ彼女に脅威を与えていないし、とにかく、盗賊の群れや一文なしの難民を街に押し寄せてくる以上の脅威はない」 カリエンは長い、音のない溜息をついた。「メイカーの思し召しがあれば、これからもずっと」
「大丈夫よ」とイセヤが言った。彼女はごわごわした茶色い枕を横に押しやり、扉のほうに向かった。「ありがとう」
「何に対して?」
「どうして明日に意味があるのか、教えてくれたことに」とエルフは言って、夜の中に姿を消した。

***

 またも出ました、"human"。ほんと、エルフとヒューマンの会話なんだから、気を使ってほしい。「人間臭い」でいいのに、それが使えないから四苦八苦。「生身の存在臭い」なんて日本語はないですね。「生身の存在らしい」は、ギリかな。

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