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2014年10月26日 (日)

Last Flight 13(2)

 ようやく復帰。

***

 顔をあげた兄は、今必要なのかと尋ねた。
 彼も、アマディスやユーヴァシャ同様、長い籠城戦の疲れと来るべき戦いのため緊迫した様子で、三人とも以前より痩せ、目と口の周りには疲労の色が濃く出ていた。ユーヴァシャの明るい茶色の髪は洗髪されずに汚れ、着の身着のまま眠るアマディスの衣服は皺くちゃだった。
 できるだけ早く彼らの傍を離れるに越したことはない。イセヤは頷き、片手を差し出した。七年前に滑らかで繊細だった彼女の手には、戦傷とエミッサリーどもの呪文の痕跡が残っている。

 忙しいのでしばらく待てないのかと聞き返す兄に、儀式の差配を頼んでいるわけではなく、用具を貸してもらえばあとは自分でやる、と彼女が答える。
 躊躇しているガラヘルの緑色の目は、苛立ちではなく好奇のため光った。妹は、これまで誰かをウォーデンにリクルートしようとしたことはないのだ。
 今までは必要なかっただけ。自分に瓶を渡せば、兄は今の心配事に没頭できるではないか。

 いいだろう、と言った兄は、ポケットから鋼鉄の指輪を取り出した。そこから飛び出している小さな鍵は変哲のない銀製で、くすんだ灰色に変色しており、宝石箱以外に合う大きさではない。
 用具箱は自分の机の中にある。終わったら元通りに返しておくように、と告げられたイセヤは承知して鍵を受け取り、アマディスとユーヴァシャに軽く会釈をしてから扉に向かった。

 彼女は、待ち構えていた女王マリウェンにやさしく前腕を取られた。親指以外の指にはどれにも輝く宝石のついた指輪をはめ、爪にはラッカーが塗られたばかりの手、軽い手触りに過ぎないのに、エルフはまるで鉄の棒に突き刺された蝶のように、その場で釘づけになった。 

 女王マリウェンは青紫色の瞳を寄せると、兄ガラヘルについて聞きたい、と囁いた。瞼には真珠の粉が散りばめられ、コールのメイキャップが長い睫毛をさらに際立たせている。巻毛の黒髪と、大きく胸の開いた青いヴェルヴェットの夜会服からは、薔薇と遅い夏のプラムの香りが漂っていた。七年の籠城生活は、女王の外見にも思考にも何の影響も及ぼしていないかのようで、イセヤにはそれが心底我慢できなかった。平静を装う顔に、多少その苛立ちが出ていても構うつもりはない。兄とは何年も一緒にいるのに、今さら何を聞きたいのか、彼女は尋ねた。

「あら、言い間違えたかしら」 女王の甘い調子が、無邪気に高まった。「あなたから彼に、わたくしのことについて伝えていただけないかしら、と言うべきだったかもしれません。フィールド・コマンダーはご多忙に過ぎて、わたくしと過ごすお時間がないご様子。もちろん、外のひどい状況のため頭を一杯にされているのは致し方のないことでしょうけれど、もうすぐそれからも解放されるのではありませんかしら?」
「そう願っています」 答えながらイセヤは注意深く、女王の手から自分の腕を抜いた。
「グレイ・ウォーデンが勝つことに、わたくしは何の疑いも抱いておりません。あなた方はどなたも大層勇敢でいらっしゃるから。そして中でもフィールド・コマンダー・ガラヘルは、お顔立ちも良く、なによりも礼儀正しいお方。稀に見る殿方。わたくしは熱烈に敬愛しております」
「ガラヘルは、ご厚意に痛み入るに違いありません」
「そうでしょうか」 マリウェンの笑顔が曇った。「もちろん、わたくしも直接申し上げたのですが、あのお方は本当にお忙しい。ですが、一たび籠城が終われば、それも変わるのではないかと心から望んでおりますの。この恐ろしい戦が終われば、ユーヴァシャもずっとありふれた任務に戻ることができるでしょうし・・・、おそらく彼にも、女王の敬愛を受ける余裕がようやく生まれるのではないかしら」

 イセヤは目を細めたが、素っ気なく一度頷いた。彼はなんと言うだろう、またアマディスはどうするだろう。アンダーフェルズの今後の協力を取りつけるための担保として、彼が女王の要求を受け入れなければならないと知ったなら。「お伝えしておきます」
「そうしていただけると信じておりましたわ」 女王マリウェンは、つやのある黒髪を片方の肩の後ろに跳ねあげると、立ち去る前に睫毛をしばたたせ、最後の媚を振りまいた。「アンダーフェルズの民は皆、あなた方の働きに感謝しております」
「ありがたいお言葉」とイセヤは言った。ふたりの会話の一部を立ち聞きしていた古参ウォーデンの、どうしようもないほど不愉快そうな顔に目配せし、彼女は部屋から逃げるように立ち去った。

 外に出た途端、彼女は一気に自由になった気がした。待ち受けている危険で不快な仕事が、女王のくだらない欲望に対処するより千倍もましに思えた。大きく息を吐くと、彼女は階上のガラヘルの部屋に向かった。
 兄の部屋の前には若いグレイ・ウォーデンの立哨がいた。ぎこちなく緊張した様子の敬礼を不要だといなし、イセヤは兄の部屋からジョイニングの用具を持ち出すことを告げた。若いウォーデンの名は覚えていなかったが、彼もつい一か月前にジョイニングを経たばかりだった。

 また誰か儀式を受けるのか、期待と、自らの儀式の経験の忌まわしさの記憶の両方の入り混じった表情で尋ねる新米に曖昧な返事をし、イセヤはガラヘルの部屋に入った。彼の部屋はとてつもなく質素であり、ジョイニングの儀式の用具を見つけるまで時間はかからなかった。机上にある何枚かの軍用地図と手紙以外、洗面器と、整えられていない寝台があるだけで、部屋を散らかすようなものはない。彼は長い戦いの間で城中に飾り付けられるほど沢山の戦利品を手に入れていてもいいはずだが、この部屋の飾りは、クロッキーテイルの抜け落ちた羽根が入れてある壺ひとつきりだった。その羽根は彼の矢羽に用いられる。アマディスの寝室着が一着と、羊皮のスリッパが寝台の傍に置かれ、磨かれた鎧と革の匂いの他、女用の香水の香りがかすかに漂っていた。

 イセヤは、鍵のかかった机の引き出しを開けた。中には、角を灰色の金属で囲われた黒い木製の箱があった。警告を示す印はないが、簡素な造り自体が危険を伝えている。イセヤは、まるで生きた蠍が入っているかのように慎重に箱を持ち上げた。
 もちろん中身は蠍よりずっと危険なものだ。爪の先で蓋を開けると、くすんだ銀杯、レリウムの粉末の入った小袋、そして曇った灰色の小さな瓶が三つ入っていた。ヴェルヴェットの敷物はぼろぼろになって、馬の鬣の詰め物がはみ出し、内容物を包み込んでいる。瓶のうち二つには澱んだ黒い液体が入っていたが、三つめはほとんど空だった。瓶の底に数滴分の液体が残っているだけだったが、イセヤの用途にはそれで十分だった。アーチディーモンの血が一滴あれば、ジョイニングの儀式には事足りる。

 箱を閉じ、外套の下に隠し、引き出しに鍵を掛けると、部屋から出た。若いウォーデンが再び彼女に敬礼する。ウォーデンは、とりわけ戦場では儀礼に拘らないのが伝統だが、彼はそれに安心を求めているようでもあり、害があるわけでもないので彼女も真似して返礼した。自分自身の恐怖を克服する手段も、そのくらい簡単に見つかれば良いのだが、メイカーは彼女に平穏を与えるつもりはないようだ。彼女は城を出て、シュライクのいる治療用の厩舎に向かった。

 シュライクは厩舎の仕切りのひとつの隅で身を丸めていたので、見つけ出すまで時間がかかった。たとえ怪我をしていても、グリフォンは厩舎の中に留まるより大空に飛び立つことを好む。だが、シュライクは落胆とともに闇の中に縮こまり、イセヤの方に頭をあげもせず、逆に翼の中に頭を深く埋めた。自らの汚物の中に無頓着に留まっているため、毛皮は汚れきっていた。
 誇りを剥ぎ取られたグリフォンの姿はイセヤの心を痛めた。大空の支配者である高貴な獣は、ふだんは見かけどおりの威厳を示しているものなのだ。

 仕切りの外に跪いたイセヤは用具を広げた。ガラヘルの箱の隣に、ナイフと、昨日手に入れたハーロックの血の入った瓶を置く。ハーロックの血は黒っぽい赤色だが、ガラヘルの箱に入っている古代の瓶の内容物のほうは完全な黒色でずっとどろどろしている。第三のブライトのアーチディーモン、二百年前にハンター・フェルで成敗されたトスの血だ。

 シュライクはイセヤの用具のほうを向こうともしない。彼女は銀杯の中に輝くレリウムの粉末を入れ、ハーロックの血を注いで溶いた。渦を巻く溶液にアーチディーモンの血を一滴垂らすと、冷たく黒い蒸気が銀杯から立ち上り、ダークスポーンの腐食の、身も凍るような不気味な異臭が漂った。
 イセヤの身体が、自らのジョイニングの儀式の恐怖の記憶のため凍り付いた。同僚リクルートたちの何人かが死に、彼女も危うくそうなりかけた。邪悪さが身体に忍び込み、骨髄に溶け込み・・・、自己の感覚の中心が捻じ曲げられて二度と元には戻らない。彼女に限らずジョイニングを経た誰であっても以前と同じではなく、後戻りはできないのだ。
 だが彼女は生き残り、シュライクにも生き残る道を見つけることができると信じていた。

 フェイドとの繋がりを探ると、イセヤは魔法を紡ぎ出し、慎重に銀杯に注ぎ込む。澱んだ液体はさらに早く渦巻き、その表面には、渦で伸ばされ歪められた、この世に存在していない生き物たちの姿が見えた。

 中に魔法を維持したまま銀杯を横に置き、彼女はナイフを手にしてシュライクに触れることができるほどまで近づいた。ようやく彼女の方に頭をあげたグリフォンの鼻先は灰色になって窪み、羽根は乾いて柔らかい表皮の上で色を喪っていた。赤黒い染みが嘴の内側に広がっており、瞳はぬるぬるしたタールのような黒っぽい汁で覆われている。

 ダークスポーンの血を吸ってからたった一日しか経っていなかったが、穢れは急速にグリフォンを蝕んでいた。イセヤが前脚を取り上げても気にかける様子はなく、耳は萎れ、どんより濁った瞳はエルフの後ろの厩舎の壁のほうに向けられていた。

 助けるから、とイセヤが言っても、抜け殻のようなグリフォンに通じているとは思えなかった。不思議なほど知能があると言っても、獣に違いなく、人語を解するはずもなかった。イセヤはむしろ自分に対して言ったのだった。ダナロを救った代わりに、お前を死なせるわけにはいかない。 

 グリフォンは再び頭を汚れた藁の中に埋め、イセヤがナイフで片方の踵に傷をつけても意に介さなかった。深紅の鮮血がほとばしると、イセヤは血の力を引き出して呪文を完成させた。カリエンが見せてくれたように、シュライクの精神の中にもぐりこみ、グリフォンの野性の意識を自分自身の姿に作り替えた。受け入れよ、とイセヤが念じると、シュライクが嘴を開けた。目は虚ろで何も見ていなかったが、内面は突然の恐慌に襲われていた。頭蓋の中に恐怖の雷鳴が鳴り響く。蜘蛛の巣に囚われた蜻蛉のように、闖入から逃れようと必死に戦っていた。

 受け入れよ、とイセヤが繰り返し、グリフォンの精神を優しく、だが力強く捻じ曲げる。銀杯に手を伸ばすと、慎重にグリフォンの嘴の中に流し込み、呪文をかけたレリウムと血の溶液を何度かに分けて喉の中に流し込んだ。シュライクの精神がイセヤのそれを打ち破るのではないかと恐れたが、彼女はしっかりと抑え込み、感情と記憶の奥底へ、グリフォンの自己の中心に辿りつくまで降りて行った。

 そこで彼女はグリフォンの意識を造り変え、ダークスポーンへの憎悪の念を減じ、汚染を呑み込んでからの変化に対する強い嫌悪も取り払った。それらの感情の代わりに、受容と失念しやすさを埋め込み、変貌の自覚を曇らせ曖昧なものにした。異常な病状を隠し、ただの風邪などの一過性の病気だと思いこませた。

 カリエンが見せてくれたよりも複雑で難儀な作業だったが、イセヤはなんとかうまくやり遂げたと思った。ゆっくりと自分を引き戻すと、シュライクの意識を捻じ曲げたものに委ねた。彼女のぼんやりしていた意識が鮮明になった。気が付くと厩舎の藁の上に跪いており、空になった銀杯は傍らに置いてある。

 シュライクの呼吸が平板となり、鼻先も健全な色に戻った。瞳はほとんど閉じていたが、明るい象牙色の瞳が戻っている。全てが元通りになったように見えるが、本当に元通りかどうか、イセヤにはわからなかった。イセヤがブラッド・マジックから解放すると、グリフォンは即座に不安げな眠りについた。だが眠る姿は普通と変わらないもので、一度だけ咳をしたが、その後は完璧に安静になった。ジョイニングの試みが成功した証かもしれない。イセヤはそう思いたかった。

 イセヤは倒れた銀杯を拾って外套の端で中を拭き、レリウムの小袋とともにガラヘルの箱に戻した。ハーロックの血が入っていた空の瓶も拾ってポケットに入れる。最後にナイフから深紅の血を拭き取ると、治療用の厩舎から慎重な足取りで立ち去った。

 彼女は、まずダナロのところに向かった。メイジは以前どおり寝台に横になっていた。横の机の上に広げてあるアーケイン魔法史に関する書物はおそらく以前と同じページが開いたまま読まれていない。
 彼女が入って行くと、彼は気乗りしなさそうな期待を込めた目をあげた。「うまく行ったのか? あいつを救えたのか?」
「わからない」とイセヤが答えた。「でも、取り敢えず何かはしたんだと思う」

***

 Toth、第三のブライトのアーチディーモン、別名「炎のドラゴン」(the Dragon of Fire)

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