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2014年8月

2014年8月31日 (日)

【DAI】Why DAI's Multiplayer Isn't Like ME3

 また次週も祖国を離れることになりますので、今のうち書けることは書いておこう。

 GameSpotのケヴィンとショーンがDAIのMPについて話しているヴィデオ。

http://www.gamespot.com/videos/why-dragon-age-inquisitions-multiplayer-isnt-like-/2300-6421036/

 でも、ショーンのPAX出張前?の映像のようで、MPが発表されたこと以外にろくな情報はない。「MPとSPは互いに影響を及ぼさない独立したものである」としか言ってないようなものです。ME3は、MPの結果がSPに影響を及ぼしましたからね。 

 言うまでもなく当然ですが、私はDAIのMPトレイラーは観ていなかった。よってこのヴィデオでその一部を初めて観たことになる。 

 負け惜しみを言えば、SP(キャンペーン)のデモでみた美麗なグラフィックに対して、なんだかMPになると、他のゲームもかもしれないが、どれもこれもちゃちなグラフィックになってしまうような気がするんだよなあ、というところ。まあ、坊主憎けりゃ(略)の類なんでしょうけど。 

 んー、でも他のマルチプレイに比べて出来がよさそうなのは、さらに腹立たしいんだよなあ・・・。 

 IGNによれば、DAIのMPに関するQ&A(私は言うまでもなく当然読んでいない)で、「マルチプレイヤー・キャンペーンについてはまだ機は熟していない」との回答があったとのこと。

http://www.ign.com/articles/2014/08/27/bioware-its-not-the-right-time-for-a-dragon-age-inquisition-co-op-campaign

 

 マルチプレイヤー・キャンペーンとは、すなわち今のソロプレイのキャンペーン本編を、マルチプレイで行うこと。"Neverwinter Nights"のMPのようなやつ。
 まだその時期ではない、ということは、将来当然やるってこと?

 それって、あっちがやるじゃん。Shadowなんとか。4対1のオンライン・マルチプレイとかいうやつ。それじゃダメなんすかね?

 ま、考えてるのEAのマーケですから。アメリカン・ネゴシエーターですから。目指せ「親の総取り」 、「ユーザー生かして帰すな」がモットーですからね。

 しかしこの調子だと、DA4(仮称)が出るあたりになると、ソロキャンペーンなんつうものは廃止になっちゃうのかもしれませんね。ハンドヘルド向けはともかく、この世から消え去っているかもしれない。 

 DAIリリース後に詳細発表されるだろう、Mass Effect次回作がどうなるのかも、一種のアドバルーン代わりとして観ておくべきなんでしょう。

(愚痴)

 ま、DAIのMPもほとんどプレイせざるを得なくなると、ほぼほぼ諦めているわけですが、問題は日本語版オリジンが日本語版DAIと英語版DAIを同時にハンドルできるのか?ってところ。

 本編は英語版でプレイしたい。
 MPは13歳のアメリカンのガキ・・・、あんちゃんどもとプレイしたくない。13歳の日本のお子ちゃまにつき合うことでギリ我慢するとして、それがどちらもPC版で可能なのか。

 ついにPS4の出番か・・・。他にプレイしたいゲームなどないのに、とうとう年貢の納め時か。

 んー、やっぱ、もう色々昔と違うんだよなあ。 

 ・・・。 

 昔は(いや、それ言っちゃいかんでしょ!)

On My Top 10 Influential Games (2)

 続いていきます。

***

6.Shadowrun(1994)

 ここでは1994年に出たSega Genesisゲームを指す。コンソール・ゲームはほとんどプレイしないが、このゲームは特に私に強い印象を与えた・・・、そう、なぜならShadowrunは今も、そしてこれまでも私の真のTRPG愛の向け先であり、このゲームは見事にそれを再現しているのだ。あまりにプレイし続けたので、目から血が出たと思う。朝4時まで起きてプレイして、まるで酔っぱらっているかのように疲労困憊したので、会社に病欠を届け出たこともあるくらいだ。最近のShadowrun Returns(2013)も本当に好きだが、このゲームは私のゲーム思い出史の中に、これからも特別な位置を占めることなるだろう。

7.Realms of Arkania: Blade of Destiny(1992)

 このゲームを知っている人がほとんどいないのは悲しむべきことだ。そう、あるドイツのTRPGに基づいており、そして、そう、CRPGファンですらこのゲームを手にしたら、いくつかの選択に頭を掻いてしまうことになるのだと思う。そして、そう、コンバットは少しばかりぎこちなくて、全てのシステムが十分開発されているわけでもない。だが、その歯ごたえのあるルール、Dark Age世界のロウ・ファンタジーのリアリズム、そしてプレイヤーの鼻づらを引きずりまわすような導きの(ほとんど欠陥と呼べるくらいまでの)欠如があいまって、ああ、このゲームは本当に大好きだ。田舎を彷徨う際のランダム・エンカウンターのメカニズム、キャンピングのメカニズム、今でもその最良の部分を忘れることはない。続編は無視してよい。

8.Jagged Alliance 2(1999)

 おそらくこれが、パーティー・バンターはどうあるべきかについて、私の考えをまとめてくれた最初のゲームだ。弱みや、人格上の問題、ライヴァル心を抱えたスコード・メイトたち? それ欲しいね。ゲーム内的に一貫性を維持したリアリズムのあるゾーンを舞台にした真のストーリー? 常時欠かせない回復と訓練? おっと、待ってくれ。またよだれが出そうだ。どのようなアップデートがあるとしても、おそらくシューターに変えられてしまうのだろうという考えが、少し悲しく感じられる。

9.Ultima IV(1985) 

 この私のリストに登場するに相応しい理由の一番は、もちろん私がそもそもRPGにのめり込むことになる素地を(ある年のクリスマスに両親が買い与えてくれたDnDベーシックセットとあいまって)与えてくれたからだ。アヴァターになるためには、行く手に立ちはだかるあらゆるものを倒しまくるだけではなく、徳を積まなければならないという点が、私がプレイした他のすべてのダンジョン・クロウラーからこのゲームを隔絶させている理由であり、そしてそれ以来、ゲームのその部分は、私の心の中に残り続けているのだ。

10.Darklands(1992)

 奇妙な選択だということは承知している。おそらくMicroproseの最も知られていないゲームのひとつであり、リリース時にはあまりにバグが多く、ほとんどプレイ不可能だった。超絶に難しく、中世ドイツのロウ・ファンタジー版であり、ルールはほとんど理解不可能・・・。だが、ふたつの理由で、私はこのリストに載せることにする。ひとつは、心を揺さぶるような雰囲気があることで、私はずっとそれが大好きだった。街を訪れ、テキストの選択肢を通してそこで冒険/生活するのは私にとって超効果的だった。アートには素晴らしい趣きがある(その後でランダム遭遇するカルティストどもに殺戮されるのだとしてもね。ああ、まったく)。ふたつめは、だが、そのバグの多さから、このゲームはどうすれば改良できるのかを考えさせてくれたことだ。私はゲームの潜在力を目にしたが、それはとてもまだ開花しているとは言い難く、よって私が、ゲームはどのように作り上げられていて、どのように改良することができるか(ただプレイするだけではなく)積極的に考えたはじめてのゲームとなった。私がBioWareで勤め始める七年前の話だが、なぜゲーム・デザインが私に個人的に適合したのかを示す理由のひとつとして、Darklandsの名前をあげておきたい。

——————

 さて、こんなところだ。おそらく、誰かが後から別のゲームを取り上げて、私は額をピシャリと叩きながら、そのゲームをリストに加えなかった自分の記憶のお粗末さを呪うことになるのだろうが、この手のリストは畢竟そういうものだ。チームの他のメンバーたちのこのリストに対する反応は、後ほどいくつかブログにアップすることにしよう。

***

 懐かしいのもあれば、ちんぷんかんぷんなものもある。ゲイダーさんは相当マニアックなゲーマーだと思いきや、入り口はUltima IVだったり、DnDだったりするので、そこは普通なんだと、ほっとしますね。考えれば、本当のヴィデオゲームの歴史が始まってから半世紀も経っていないのだから、当然か。

 ゲイダーさんはストラテジー・ゲームマニアを公言していますが、私個人はボード・ウォー・ゲーマーあがりなんで通じるところがある。たとえば、"Civilization"はもともとはイギリス人デザイナーの開発したボードゲームで、私が遊んだことのあるUS版はアヴァロンヒルが出版。MicroproseがUKの出版元の会社を最終的に買い取って、(さらにアヴァロンヒルからタイトルの使用権も買い取って)シド・マイヤー師匠のコンピューター・ゲームとして登場するわけですが。ちなみに師匠は、元々はフライト・シム方面の方ですね。彼はボードゲーム版をプレイしたことはそれまでなく、Civを実際にデザインしたのは同僚のデザイナーが主だったとか。

 CivIIは、私も猿のように、というかきっと猿ですら見て呆れるくらいやった。やり倒した。
 ボードゲーマーたるもの徹夜は当たり前、というか義務だったので慣れっこ。会社に病欠を申し出たことはないが、会社の個室(男性用・・・)でこっそり寝てたことはあるな・・・。

 目から血が出るほどやったゲームかあ。自分の場合はなんだろうなあ。

 とまあ、ゲイダーさん曰く、ノスタルジアは満足させるのがとても難しい感情ですから、このくらいにしておいて・・・。

 しかし、ゲイダーさんが選ぶのは、Diablo(1996)とかBaldur's Gate(1998)が降臨する前のあちらの「ゲーム暗黒時代」、いうてみれば任天堂ファミコン・スーファミ(NESは1985、SNESは1991)全盛時代の「北米裏歴史」みたいなもんすから、B級感も半端ないですね・・・。師匠の設立したMicroproseこそ、その寒風吹きすさぶ荒地に咲いた一輪の希望の野の花だったのか。

On My Top 10 Influential Games (1)

 BioWareのDAIゲームのリード・ライターであるゲイダーさんが「今日のゲームを考察する際に最も影響を与えるゲームのリスト」。えー、この場合「影響」の定義は込み入っているのですが、ひとつ前の記事に、ゲイダーさんの前振りが載っているので、ここからいきなり読み始めようとする方は、まずそちらを参照のこと。 

 リストのゲームのうち実際に日本語版が出たものは少ない。英語版であっても日本で流通したかどうか定かではないものもある。私が個人的に知らないものもあるので、勘違いがあったら指摘していただきたいと思います。最低限の矜持として、YouTubeやゲームサイトで確認できるものはみておきましたが。またリリース年の表記は私が加えた。

***

1.Master of Orion 2(1996)

 当時Microproseは沢山のゲームを開発していたが、飛び抜けて素晴らしい卓抜さと、バグの嵐が両端についている尺度があるとしたら、それらは皆その間のどこかに位置していた。MoO2は、私にとって、その数ある中での最高のものだ("Master of Magic"(1994) が僅差の二位につけている)。ストラテジー・ゲームには目がないが、とくに大好きなのは物語の要素が含まれているもの、私が頭の中でストーリーを構築できるだけの人格が付与されているものであり、MoS2はその点で完璧である。自分自身の種族を創造して弄繰り回す能力、遭遇した種族の性格、自分が築き上げた惑星群の個性、そしてアンタレアンスのバックストーリーは、プレイを進めるにつれて徐々に重要性を増していく。それらの理由から、私はしばらくの間MoO2に人生を捧げることになった。願わくばMoO3が同じ路線で続けばよかったのだが。

2.The Infocom Games (1980s)

 忘れてしまった人たちのために言っておくと、Infocomは80年代に数多くのテキスト・ベースのアドヴェンチャーゲームを開発していた。80年代終わりには、よりグラフィック要素を用いたゲームに移行していったが、最後には会社が清算されてしまった・・・。だがその間それらのゲームは、私がゲームのストーリーを考察する際の基礎を与えてくれることになった。私の一番のお気に入りはおそらく"A Mind Forever Voyaging"(1985)だが、"Enchanter"(1983-1985)、 "Suspended"(1983)、"Planetfall"(1983)、そして "Journey"(1989)も楽々同水準の出来栄えに達していると言ってよいだろう。私はそれら全てをプレイし終えているが、Google検索でパズルの答えが簡単に手に入るわけでもなく、またゲーム自体にクリアさせてあげようなんて気がさらさらなかった時代のことだ。

3.UFO: Enemy Unknown(1994)

 タイトルは私が覚えているままだが、"XCOM: UFO Defense"とも呼ばれていたと思う。そしてこれもまた、私が大好きになるくらいの十分なストーリーと人格を有している戦術ゲームのひとつだった。Firaxisが最近リメイクしたもの(2012)も、私としては上出来だと考えているが、複数の基地建設と複数の基地侵攻を進める仕掛けがないのは惜しかった。私の意見に賛同しない人が多いのは承知しているが、私は実際にはシリーズ第三作である"XCOM: Apocalypse"(1997)がさらに大好きで・・・、その理由はネオン彩色のアール・デコ調の造形ではなく、その(ポーズ可能な)リアルタイムのゲームプレイと優れたストーリーの間の澱みない移行のほうであった。Appocalypseの最後で、私のミュータントたちとヴェテランたちのチームが達した絶頂は、今でも私のゲーミングにおける特筆すべき思い出の一つである。

4.Fallout 2(1998)

 実際には、第一作目(1997)はこれより後にプレイすることになった。理由は覚えていない。"Fallout 2"を発見したことは、だが、CRPGへの、そしてそれが与えてくれるストーリーと選択に対する私の愛を決定的なものにした。私が創造したキャラクターに基づいて物語が変化していくという発想は革新的であり、TRPGゲーミングができることをCRPGでも与えてくれるようになるのではないか、と考えさせてくれた。

5.Civilization series(1991-) 

 シリーズの全作品をプレイしているが、依然Civilization IV(2005)がお気に入りで・・・、それも本編ゲームではなく、Modsのほうだ。"Fall From Heaven"Modは、他の何よりも数多くプレイした。 本編ゲームで言えば、Civ II(1996)が一番だろう。どちらにしろ、私のもろい大戦略が、いつであっても手ひどい形で打ち砕かれてしまう。Alpha Centauri(1999)もぜひいれておきたいところだが・・・、それが一番好きな最大の理由は、おそらく他のCivゲームと比較して最も強烈な物語の感覚を与えてくれるからだろう。私のAlpha Centauriへの愛は、"Civilization: Beyond Earth"(2014,planned)を心底待ち望んでいる理由でもあり・・・、そしてまたひどくビクビクしている理由でもあるのだろう。なぜならノスタルジアとは、満たされることがとても難しい代物だからだ。

***

 最近、知恵がついて記事を分けることを覚えた。

 記事数稼ぎが半分、ココログが長い文章をハンドリングできない傾向があることが残りの半分。最後の半分は(え?)自分の空き時間が最近どんどんデフラグ化していることが理由だ。

昔はよかったね

 ご存じスタンダード・ナンバー、"Things Ain't What They Used to Be"の邦題は「昔はよかったね」だそうですが、当時ならそれで許されたんでしょうね。
 インストゥルメンタルで演奏されることが多い楽曲ですが、歌詞を読めば(そして曲が先であって、後付けであるに違いない歌詞に意味があるのだとすれば)この邦題は「誤訳」であることがわかる。歌詞についてはヴォーカリストによっていくつもヴァリエーションがあるようだが、ほぼ共通しているオリジナル部分をこの記事の最後に追加して載せておく。

(先に紹介した筒井先生の短編小説は、このスタンダード・ナンバーにインスピレーションを得たものであることは間違いない。ご自身、世界中の言語に軒並み精通しているが、英語だけは苦手な筒井先生であるから、ここは邦訳を鵜呑みにしちゃったんだろうか)

 検索すると、日本の辞書では「事情が昔とは違う」。ダメじゃん、英語の辞書なのに日本語こなれてないじゃん。でも、意味はそれであっています。「もう昔のままじゃない」ですね。

 先の記事の続きとして「思い出は美しすぎて」は諸般の事情で、さすがにパス。
 まあ、でも「思い出は美しすぎるに決まっている」んですよね。
 正気の人間なら。というか、正気を保つために思い出は美しくならなければならない。

 下の記事、"On My Top 10 Influential Games"でゲイダーさんが挙げる10の過去ゲーは、お読みいただければおわかりのとおり、「彼が現代ヴィデオゲームを考察する際に大きな影響を及ぼしている」のが選定基準であるから、「昔はよかったね」という趣旨ではない。

 趣旨ではないが、もちろん「昔はよかった」こともあるから選んでいるわけで、インストールできずに四苦八苦したとか、マニュアルは分厚いのに、クロウリーの「法の書」を読む方がずっと平易に感じられたとか、ゲームストッピング・バグに出くわしたとか、ブルー画面を見たとか、進行上必須のパズルの答えが分からずしばらく投げ出したとか、そんなことは全部忘れてんだよ!

***

 ライティング・チームが最近の「トップ100・オールタイム・ベストゲーム」のリスト(どれかはここで具体的には示さない)について話していて、もちろん選定されたいくつかの作品についてボロクソにこきおろし・・・、その理由の大部分は、私が思うに、そうしたリストが元々主観的なものだからだろう。ゲームを遊び始めた時期に大きく拠っていて、付随している記憶が長続きしないという要素が影響していることも言うまでもない。最近の良質なゲームはその点について、昔のベスト・ゲームと比較して、ずっと顕著に計算に織り込んでいる。

 チームの全員がオールタイムのベストゲームに対するそれぞれの考えを有しており、私が述べたまさにその理由で、それらは異なっているので、私は問いを発することになる。「あなたのリストはどうなるのか?」 それは、そのようなリストを作るための基準についての別の議論を招くことになる。それは良いゲームだと考えるものについての話なのか? 個人的に楽しんだものか? ゲーミング一般に影響を及ぼしたものか? それらの問いは皆、答えるのがとても難しい。

 そこで、私は質問を練り上げた。「業界に働く者のひとりとして、また熱心なゲーマーのひとりとして、今日のゲームについて考える際に、それに影響を及ぼすゲームをあげるとしたらどうなるか? そこから離れられないもの、ストーリーでも、ゲームプレイでも、純粋に楽しい要素でも、他のゲームをプレイする際に、基準として念頭に置いているものは何か」 

 考えるのも興味深い質問であり、またいくつかの面白い答えも見つけることができた。読んでいただいても面白いと思ってもらえそうなので、私自身の回答をここに載せておくことにする。

 最初にご注意だが、私が今日のゲームについて考える際に影響を与えるゲームについて、という質問の脈絡がハッキリわからない場合。私がプレイした良いゲームは沢山あるが、私のゲーミングのテイストは今となってはだいぶ落ち着いてきていて、そしてゲーム開発者として仕事をしているため、少し異なる見方をしていることは言うまでもない。よって、このリストに世紀の変わり目以降のゲームが選ばれることはない。形成期のものだけだ。

 では、はじめようか!

(このまま続けると構成ややこしくなるので、次回へ続く)

***

 役立たずでいることに もううんざりだった
 何もしないでいることに もう飽き飽きだった
 何もできなくてもお構いなし ただ落ち込むばかりだった
 今 遠い地平線を眺める目に映る輝きは 
 もう昔のままじゃないと 告げている

 疑り深きトマスでいたって 意味はない
 バラ色の約束を無視しちゃだめだ
 幸せな物語は まだやってきていないだけ
 栄光の日の夜明け 黄金の時代
 もう昔のままじゃないんだよ

***

Got so weary of bein' nothin',
Felt so dreary just doin' nothin'
Didn't care ever gettin' nothin', felt so low
Now my eyes on the far horizon can see a glow
Announcin' things ain't what they used to be.

No use bein' a doubtin' Thomas,
No ignorin' that rosy promise;
Now I know there's a happy story yet to come.
It's the dawn of a day of glory: millennium
I tell you things ain't what they used to be

Draft Day

 飛行機での出張が多くなると、暇つぶしに片っ端から映画を観ることになり、そのうち観るものがなくなる。空の旅(というか旅客機自体)になんの期待も興味も抱いておらず、愉しみもないものですので(ひとつだけ、「これから乱気流にはいるぜ」という機長のアナウンスがあって、窓の外を見ると、運よくその乱気流の原因となっている雲のてっぺんあたりを飛んでいるときの光景は確かに見ものですが、それも慣れてしまうまでの話)。

 随分と観てしまいました。

 本来表題は、"Transcendence"(2014)で、その映画について語ろうと思っていたのですが・・・。
 いやはや、ひどかった。(テクノロジカル)シンギュラリティ問題をハリウッドがやると、ここまで陳腐な話になるのか。アメリカンに「哲学」を期待すること自体無理だったのか。

 どうやら監督は名だたるシネマトグラファーのようですが、初メガフォン。シナリオも初心者みたいな人らしくて、なんだろう、人脈の勝利で選ばれたのか。

 作中でもシンギュラリティ問題には言及しているが、実際には生身の人間の意識をマシンに「移植」するという話なので、ぜんぜん違うものだった。

 非常に簡単に言えば、シンギュラリティ(特異点)とは、人工知能が人類の知性を超えてしまう、その瞬間のこと。その知能が何を「考えるか」、理屈上人類には予測不可能であるというのがシンギュラリティ問題の命題。人類に予測不可能な「知性」であるならば、神と何が違うのか。

 トランセンデンスは「超越」。神の要件のひとつである「ユビキタス」(遍在)性については作中で表現されているが、それも言ってしまえば、2001: A Space Odyssey(1968)でとうの昔にやってしまっている。
 別の要件でもある「奇蹟」も、例えば死者の蘇生を起こすなどで示されてはいる。 

 だが、最も重大な神の要件は「予測不可能性」。何を考えているか人類ごときには決してわからないこと。
 ところが作中の「超越知性」とやらの行動パターンはまったくもって予測可能なのだ(人間が作る映画のお話だから当たり前だけど)。そしてその知性が獲得しようとするのは悲しいくらい陳腐。暴力とセックス(恋愛)。それらの衝動を満たすために必要な経済力。もはや「反知性主義」を目指す知性の映画か、と言ってしまいたくなるほど俗で凡庸なレヴェルのお話。
 そんなことくらいしか表現方法を有さないハリウッド映画の限界でしょうね。

 ただし、2014年のサイファイ映画は、たまたまワースト候補作品が山ほどあるので救われた感じです。 

 スカーレット・ヨハンソンの風変りなエイリアンもの、"Under the Skin"(2013)は、誰でも思いつくようなワンアイデアのB級感がぷんぷん漂う映画でしたが、やりたいことが単純なだけ、ずっとましでした。引く手あまたの彼女がよくぞ出演したものだ、と感心。 

 最大の掘り出し物が、表題の"Draft Day"(2014)。どの映画も個人のイメージヴィデオにしてしまいがちなケヴィン・コスナー主演、金満NFLドラフトネタ、と聴いただけで、アメフト大好きの私ですら普通なら決して観ようと思わないはずだった作品。飛行機の中で退屈していたおかげで、掘り出し物を見つけた気分でした。

 とはいえ、フットボールの知識はほとんどいらない(ただし、知識があれば、ボーナスポイントがつくので、余分に笑えて、泣けます)。
 中身は完全にネゴシエーションのお話。
 NFL各チームのGM(ジェネラル・マネージャー)が、ドラフトで自分のチームの利益だけを考えて繰り広げる駆け引き。ドラフト会議が始まってしまえば、ラウンドごとに1チーム10分の持ち時間内で指名選手の決断を下す必要がある。 

 アメリカン・ネゴシエーションがどういうものか、とても良く分かるので、そんな興味で観てもお勧めできる。
 その鉄則は、一言で言えば「生かして帰すな」。目指すのは「総取り」のみ。
 日本人大好きな「足して二で割る」解決策、妥協策なんて、日本人以外では負け犬しか用いない。「土下座外交」、「ポトラッチ援助」とあわせて、この島国の外交がぜんぜんだめな理由のひとつかもしれない。

 日本人は、「タフ・ネゴシエーター」の意味を完璧に間違えていることが往々にしてあります。
 実際には意味はひとつしかない。「自分側の利益を100%満足させる提案から一歩も引かない交渉者」のことです。
 そのためには有利な立場を最大限利用して、不利な立場ははったりをかましてけむに巻き、相手の弱みを徹底的につき、水に落ちた犬は棒で打つ。生き馬の目を抜き、お尻の毛まで全部むしりとる。
 ただしNFLなんて狭い世界。明日辞めるのでもない限り、「ウソ」だけは絶対に用いてはいけない。

 まあ、とはいえ映画にはお涙ちょうだいネタも含まれる。不覚にも私は、何箇所かで涙腺が緩みました(フットボールの知識に依存しないで泣けるシーンは、2回くらいかな)。ネタバレになるので詳しくは省きます。

 意外にも監督はアメリカンではなかった。むしろそれがよかったのかもしれない。シナリオもほぼ新人に近い人たち。 

 以前、押井守さんが、"Moneyball"(2011)を絶賛していた。ブラッド・ピット主演のそちらはメジャー・リーグのGMのお話。押井さんの主張するポイントは「組織内のそれぞれの者には、固有の目的・目標がある」ということ。「映画監督もGMも、組織を運営し、勝利に導くには、それらを完璧に理解し、満足させるような形で答えを出していかなければならない」ということでした。

 例に挙げていたのは、メジャーの監督(マネージャー)は「今シーズンどうしても優勝したがっているわけではない」など。押井さん自身の目的・目標は「次の映画のオファーも手に入れる」こと。そのためには「現在制作中の映画を是が非でも完成させる、まがりなりにも形にする」ことが手段となるそうな。まあ・・・、どの作品もその点では精一杯やっているというつもりでしょうね。負け戦(思い通りにならない制作現場)からは早々に手を引いちゃうしね。(Re:009 では、フランソワーズが実際には老婆の年齢であるべきだ、との主張が通らなかったせいで、お弟子さんに渡しちゃったりしたしね)

 Moneyballは残念ながらまだ観ていないが(だってブラピ主演で、金満MLのお話でしょ?)、このDraft Dayのおかげで、そちらもさっそく観てみることにしました。

 実はDraft Dayでは、私個人も思い入れがあるシアトルが「悪役」。でも、まあ数あるチームの中から「悪役」に選ばれるほど、チームが強くなったってことを示していると考え、そこも笑えましたけどね。

2014年8月30日 (土)

【DAI】昔はよかったなあ

 巷は(つかPAXは)DAIマルチプレイで異常に盛り上がっているようです。500万本のセールスは、今度こそ夢ではないといっていいでしょう。
 そのおかげでリリースを遅らされたこっちにとっては複雑な思いです。

Daimp1_2
 マルチプレイ用のグラフィックとか気合入れまくっていやがって、逆に腹が立つ。

 

 表題は、もちろん、筒井康隆先生の作品名ですが。ご本人朗読版もあるので、ご存じの方も多いでしょう。勘違いされると困るのですが、「昔がよかった」なんてことは決して、断じてないわけで、この作品もそれを口癖にしている男を嗤うというネタです。 

 次のゲイダーさんTumblrも、そんな懐古趣味的な部分を含むネタ。 

***

(匿名ファンの質問)

 ゲームが、探索することができる世界と、善なる行いに関するものだった頃、そして誰それの立場が表明されているとかどうとか、ジェンダーがどうした、セクシュアリティがこうしたとか、そんなことが関係なかった頃を思い出す。昔はよかったなあ( I miss those days.)。

 ゲイダーさん。 

 昔の日々のほうも、君を懐かしがっているよ。最近、床板のひとつの下から、黄色くなった手紙を見つけたんだが、それは君に宛てたもので、差出人は昔の日々で、涙で滲んだ口紅のキスマークが付いていた。 

 一方、今の時代には、この業界に働いている我々、なんと信じられないことにふたつ以上のアイデアを同時に考慮することができる者たちが、君が探索することができる世界だけではなく、時折インクルーシヴィティについての話題も織り込んだ、良質なゲームを造り続けている。 

 もし君が共感疲労(compassion fatigue)を感じているのなら、そうした議論から離れても構わないんじゃないだろうか、少なくとも君が気力を取り戻すまでは。君との緊密な協議ができなくなってしまうのは確かに辛いが、ともかく我々は少しずつでも前に進まにゃならんのだ。

*** 
 いつもそれほどはユーザーからの反応(likeとかreblogとか)がないゲイダーさんブログですが、これには異常な数の反応が送られていた。
 私は、「昔はよかった」などとは口が裂けても言う気はないし、このご時世に、昔のゲームの超不便さをそのままありがたがってわざわざプレイし直す気もさらさらない。リメイクは別ですが。
 
 ただし、匿名質問者とは違う意味で、インクルーシヴィティの話題だけに特別反応を示すような世界ってのはどうなんだろう、できれば勘弁してほしい、というところが正直な気持ちです。
 
 ゲイダーさんの言い方に従えば、わざわざ話に加わる必要はない(okay to sit out those discussions)のかもしれませんが。それにしても辛辣ですねえ。
 
 

2014年8月28日 (木)

話が違ってきたぞ。

 愚痴です。
 映画翻訳は結構アドマイヤしてるのですが、本当に気に入っているのは少ないかな。
 スターウォーズのエピソード5、帝国の逆襲は、名作の誉れ高いですが、お気に入りのセリフは意外と思われるかもしれない。
 ヴェイダー卿とのネゴにしくじったランドの独りごちるセリフです。表題は当時の字幕そのまま。

Lando: This deal is getting worse all the time!

 人生のなんたるかを知らしめるセリフっていいですよね。
 いや、DAIに文句言ってるわけじゃなく。

 ロボコップ2の最後のセリフといい、故カーシュナーの映画には人に伝えたいセリフがどこかにある。

Lewis: That son of a bitch is getting away with it and we can't even touch him.
RoboCop: [while using a ratchet on his head] Patience, Lewis. We're only human.

 これの上映当時の字幕は忘れちゃった。英語があまりにも素晴らしすぎて。

 「我慢だルイス。人間そうそう完璧にはいかない」

 いや君すでに人間ちゃうし。

(おそらくですが、字幕の字数制限を考えると、「人間、辛抱(が大事)だ、ルイス」あたりだったかな?)

2014年8月27日 (水)

【DAI】届かぬ祈り その二

 スマホで打つのが辛い。

 二重に辛い(笑)。

 改行できないのはココログがわるいのだ。

 DAIマルチプレイが満を持して発表されたそうです。

  IGNの記事は読みました。

  マルチからシングルキャンペーンに色々持ち込み可能だそうです。

 COOムーアがSimsにかまけていたので見逃してもらえたつもりになっていたが、世の中というかEAマーケティングはあまくなかったようです。

  ソロキャンペーンすら遊ぶ時間が足りなそうなのに、マルチまでできるかっ‼︎

 まあ、金で解決できる選択肢があるみたいだからいっかあ。

  あでも日本語同時発売か? アメリカンの兄ちゃんたちとイヤイヤ付き合う必要はないのか? でも日本語版だよねえ。プラットフォームごとだよねえ。人口多そうなPS4日本語版でゲットしたプラチナとかアイテムとかPC英語版にわたせる作りじゃないよなあ。

  しゃあない。タイムセイヴァーとやらを大人買いするっきゃないか。ガチャではないそうだしね。

  折々は酢になる菊の肴かな    芭蕉

2014年8月25日 (月)

【DAI】セダス天文学

 またしても出張で少し祖国を離れます。Original Sinほとんどできず。

 スタート直後の驚愕のイヴェント(ネタバレになるので細部触れずですが、その驚愕のイヴェントにスタート早々にあたるかどうかも不確実みたいだ)で本当に・・・、驚愕しましたが、やっぱオールドスクールのつくりはプレイがしんどいわ。セリフ全部読まにゃならんからね。

 置き土産ではないが、ゲイダーさんのTwitter、Tumblr関係から、いくつか。

 (きのうかな)ゲイダーさんのツイッター。

***

 「ヴァリックに関する、最低に無礼なメッセージを受け取ったのだが、何か発表があったの?」

Getting the rudest messages regarding Varric. Has something been announced?

(ファンから「マイク(ML)が、ヴァリックはロマンサブルじゃないって、今朝言ってた」と教えてもらい。

「ああ、それでわかった」

***

 MLのツイート(なんでしょうきっと)のせいで、DGが被弾するとは。コラテラル・ダメッジってやつですかね。

 ヴァリックはロマンサブルじゃないに決まってるのに、そんなこと、とうに薄々わかっているはずなのに、敢えて述べる。さあ、皆さん、一斉に言いましょう。

「マイク・レイドロウは黙って!」

 もうひとつ。こっちはTumblrだったと思いますが(ブログにコピペしてから少し立ってるので忘れた)、例のむごたらしい質問(Keepがどうの)にゲイダーさんが冷たく答えていたせいか、前振りがついています(笑)。

*** 

(ファンの質問)「ハイ。この質問を無視するなり、削除するなりご自由にどうぞ、なぜならDA宇宙に関する、単なる好奇心からの質問だから。セダスに天文学はあるの? 星座とか、星図とか、そんな感じのものは?」

ゲイダーさん。

「なんて奇妙なまでに時機を得た質問なんだ(まさかEAのマーケの人じゃないよね?)。その答えは、イエス、そしてDAIをプレイしたら、細かいところまでわかることになるよ」

*** 

 まあ、謙虚さこそ美徳というわけでもなく・・・。いくら謙虚でも質問があれなら無視されるわけで。
 やっぱ、DA世界のいまだ欠けているロア(伝承、設定)に関する質問には、ゲイダーさんも反応しやすいみたいですね。

 星座ねえ。言われてみれば、今まで作中で話題になったことはないんですかね。

 そもそも設定では、赤道はセダス大陸の北にあるはずだった。セヘロンとか、パー・ヴォレンとかが赤道付近で熱帯地方なわけ。
 つまり、オーレイやらフェラルデンはこの惑星(名前は当然「ない」)の南半球に位置しているはず。

 The Masked Empireで、パトリックが「渡り鳥が冬には(オーレイから)南に飛ぶ」という記述をしているのですが(私の要約版でももちろん敢えてそのままにしてある)、これがセダスの設定とディスアグリーではないかと指摘されていた。南は極寒の極地に近づくという設定ではないのかと。

 そうだとすると、パトリックの記述は迂闊なケアレスミスだったことになるのかな?

 サイファイじゃないんだから、そないややこしい設定にするわけはないので、きっとリアル地球と同じように、自転軸(地軸)は公転面に対して垂直(法線)からちょい(ご承知のように、今現在の地球は23.4度)傾いているんでしょうかね。そうじゃないと四季がうまいこと生まれない。(ちょっと時間がないんで、セダスのカレンダーがこれを反映しているかどうか定かではないんですが、どっちに傾いているかでも違うし・・・、あー、ちょっと見たら新年は「冬」ですね)

 それと、「月」はふたつ。これはコンセプト・アートなどにあったかしら。Moonというと大きい方で、小さいほうはSatina と呼ばれるそうな。

  声澄みて北斗にひびく砧哉 芭蕉

 ここは、星座か雁行かで悩みましたが、季節を考えると星座ではこれしかないか。んー、でも、北斗も北半球だしなあ。(それ言ったら、雁だって秋に日本に「来る」ほうの鳥だよ)
 あ、なんか関係あるはずと思ったら、李白の歌にあるんだって。北斗と雁行。だよなあ、なんか覚えがあるもの。

 

 

2014年8月22日 (金)

【DAI】聞けぞかし わが祈り

 表題は"Hear My Prayer"の和訳。よくある現代訳は「わが祈りを聞き給え」だったが、由緒正しい日本語を破壊しようとする教会の策動と思われたので、古文調をわざわざ探した。

 「聞き給え」って。サ●エさんじゃないんだから。ただでさえ難しいのに、それじゃあ決して届かない。

 せめて「わが願い聞き入れ給え」とか「耳傾けよ」でしょう。ぺらっぺらな現代語(ですらないか)にされて、メンデルスゾーンも吃驚。

 そんな格調高い(かどうか知らないが)話ではなく、ゲイダーさんTumblrに、私のか弱い心が千々に乱れんばかりなことが、またしても書いてあったのです。

***

(ファンの質問)セダス大陸北方の地は、さまざまな種族起源のお手軽な発生器か、それともすでに独自のロア(伝承、設定)を有しているのか? セドーシアン(セダスの民)はそれらとの間にどれだけの関わりを有しているのか? ソムニアリ(ドリーマー)は北方の民と会話ができるのか? パー・ヴォレンとの交易はあるのか? ダークスポーンは存在するのか? なんらかの激変があったため南方を目指したのか、それとも純粋なる探索のためか? 中でももっとも重要なこととして、我々は(小説でもゲームでも)そこに赴くことがありうるのか? 「ワールド・オヴ・セダス」に記載された小トピックスを読んでからこの方、北方に対する私の好奇は、正気ではいられないほど高まるばかりだ。

ゲイダーさん。

 「ワールド・オヴ・セダス」ロアブックの第二版(注)では、「セダスの向こう側」(Beyond Thedas)に何があるかについて、君の興味を満たすような、なんらかの新しい情報が提供されることになると思う。北方の島々についてもそうだし、東方及び西方には何があるか(さらには、荒野の南側にある「陽の届かない地」(Sunless Lands)まで)も含まれる。

(注)原文では"the second edition"ですが、4月発売が発表された(Amazonで予約可能です)"Volume 2"のことだと思います。

***

 以前、Raptr Q&Aで、この手の質問は嫌悪の対象だと言っていなかったか。これと何が違うのか。
 端的に最後の一文でしょうね。それとこちらは「世界観の空白部分」についての「妄想」ですが、それに興味を抱くのはオタクにとって当然のこと、むしろ義務とまで言っていいでしょう。

 当初のDAセッティング(それこそがまさにThe DA SettingでThedasになったのですが)は、ゲイダーさんがほぼひとりで(当時リード・デザイナーになると予定されていたジェームズ・オーレンの許可のもと)、骨格を定めたといいますが、地図の四方の「外」にあたる部分までその当時から真剣に考えていたとは思えない。

 DnDのThe Forgotten Realms セッティングだって、当面はFaerûn亜大陸の設定にフォーカスしていたわけで、それ以外の大陸については後日煮詰められた。当初から簡単なメモ的なものはあったでしょうが。

 問題は、「東方及び西方」云々の部分。西方はともかく・・・。

 お願いですから、セダス世界に、エイジアンだけは登場させないでください! 

 サムライも、ニンジャも、ローニンも、ダイミョーも、ミフネも、コシモトも、ヤマブシも要りません。それ以外のエイジアンなら、なお願い下げ。

 DA世界観はリアル欧州周辺の話に留めてほしい。 

 エイジアン、ダメ、ゼッタイ!

2014年8月21日 (木)

【DAI】届かぬ祈り

 ゲイダーさんTumblrへの質問、どんだけむごたらしいのが来ているか、彼が選ばない限り決してわからないのですが、彼だって一筋縄ではいかない。こんなものまで敢えて晒してしまう。

***

(ファンの不満)すでに二回質問を送ったが、回答がない。どうして回答がないのだ? 私が知りたいのは、Keepがゲームの前にリリースされるかどうかだけなのだが、答えるのはそんなに難しいことか?

ゲイダーさん。

 ここは私個人のブログだ。私が答える質問は、私がブログを書いてみようと思うだけ興味を感じさせてくれるものであり、未だ公表されていないプロジェクトに関する議論を伴うものではないという前提がつく。私は、Dragon Ageに関して何でも答える用意のある窓口ではないし、とりわけ、(DA Keepのように)私がまったく関与していないものに関して答えることはない。

 私はときとして、質問に対して個人的に返答することがあるが、それはブログの話題にしたくない事柄であり、かつ時間の余裕があるときだが(質問はたくさん来ている)、誰かが匿名で質問を送ってきて、私の対応手段がその回答を公開するしかない場合には、答えることはしない。私はまた、他の場所で回答が得られるだろう質問に答えることもしないし、私がすでにブログに書いていて、少し探せば見つかることにも答えることはない。

 もし、DAに関するTumblrユーザーからのどんなあらゆる質問についても、回答を引き出すことのできるTumblrサイトが欲しければ、私は、コミュニティ担当(たとえばジェシカ)に要求してみたらどうかということしか言えない。申し訳ないが。

*** 

 腹が立っていると、訳も粗雑になる。悪い癖ですが。
 まあ、こんなんですから。

 「バカと暇人」の人も言っていましたが、ネットでは「弱者」が常に勝つ。「弱者」とはフォロワーの少ないほうと定義されるのだそうだ。

 ここ一か月、日本だけでも、私の知る限り山ほど事例が思いつくが、実例をあげればあげるほど、こちらの腸が煮えくりかえってくるだけなので、やめておく。

 ゲイダーさんも、この質問を晒した時点で負けということか。

 ま、きっとよっぽど腸煮えくり返ったんだろう。そういうところが彼のいいところなんですけど。

【DAI】ネタバレ考

 ゲイダーさんによる「ネタバレ考」。以前から何度も話題になっていて、その都度ゲイダーさんは同趣旨の内容で回答していますが、「ウォーデン・ホーク再登場問題」に絡むので敢えて紹介。
 ライターたる者、理路整然と説明を試みてくれるわけです。でも、MLもライター出身のはずなのだが・・・。

***
(ファンの質問)  DAシリーズの大ファンで、DAIも大変楽しみにしている。だが、パーティー・メンバー、ロマンス、ウォーデン・ホーク(らしき人物)の再登場などなど、「ネタバレ」と呼んでしまってよいものまで事前に公開してしまうのはいかがなものか。それについて、あなたはどう思うか?

ゲイダーさん。

 私のネタバレに関するスタンスは常に一緒ではない。

 自分だけで決められるなら、そしてライターとしての立場だけから言うなら、ストーリーに関する事柄はなにひとつ先に渡したくない。誰と会い、誰がコンパニオンでロマンス相手であるとか、その背景にある抗争であるとか、小説やDVDの裏表紙でよく見かけるだろう短い宣伝文句以上のものは何もかもだ。

 だが、それは決して起きえない。ゲームのマーケティングの一部は人々にそれがどのような内容か知らしめ、わくわくしてもらうためのものだ。つまり、中身について皆目見当もつかないことにならないよう、ある分量の情報を与えることであり、ストーリーが生死を分かつBioWareゲームにとってはとりわけそうなのだ。だから我々開発者は初期の段階で、どれを公開するか選び出すことをしがちであり・・・、言葉を換えれば、マーケティングの者たちに何かを渡さなければならない以上、話して良い事柄を予め選び出しておく。そうしなければ、人々の心を掴みそうな物語を彼らが築きあげてしまい、我々にとっては心穏やかではいられないほど多くを話してしまうことになりかねないからだ。

 そしてすでに述べたように、それらのネタバレはすべて同じではない。多くの事柄が脈絡を伴わずに提示され、受け手はそれが実際何を意味するのかスペキュる(推量する)しかないことになる。一部のファンは「ひどいよ、ネタバレだよ」と思うだろうが、それは彼らが前提に置いた文脈が実際には完璧に間違っている場合であり・・・、あるいはその前提においては何一つ物語っていない場合だ(トレイラ―に登場したホークがその一例だ)。まあそれでもいい。我々はしばしば狙ってそうして、受け手にやきもきさせることもある。また、より事実に基づいた、根拠ある期待を生み出すため、意図的にそうすることもある。

 だが、ネタバレはご免だと思うファンについてはどうか? あるいはもう十分わかったし、興味も湧いたし、これ以上知りたくないという人々については? その場合、自分で律する必要がある。マーケティングとは、とどのつまり、そのゲームについて何も知らない、またはなんら興味を抱いていない人々に向けて情報を発信するよう仕組まれるものなのであり・・・、すでに何もかも知っていて、興味を抱いて、新しい情報なら聴きたいが、「もうこれ以上のネタバレはカンベンして頂戴」という人たちに向けるものでは「ない」。だから、やたら繰り返しが多くなり、異なる種類の人々の興味をそそりそうなたくさんの様々なトピックスに触れることになる。ファンの大多数はもう十分メディアすれしている(media-savvy)から、その違いはとっくにお見通しだと思うけどね。

***
 ライター衆のひとり、ルーク(クリスチャンセン)も以前、この話題に関して興味深いことを(彼らしく、ひじょーに皮肉にまみれた調子で)語っていた。
 すなわち、「ゲーム発売前から、関連情報をむさぼるようにかき集め、フォーラムやソーシャルの一字一句さえ見逃すことなく、内容を細部まで予想し、妄想し、脳内で何度も反芻している人たちが、実際に発売されたゲームを「はじめて」プレイする。だがそれはもはや『最初のプレイスルー』ではなく、すでに『二回目、あるいは三回目のプレイスルー』になってしまっているのだ」

「私のインクイジターはクナリ女子で、名前は何で、どうしてタル・ヴァショスになったかというとその理由はこうで、誰それとロマンスして、ヒューマンのことはおおむね嫌っていて、テンプラーに対してはぺっぺっだけど、メイジももちろん信用していなくて・・・」

 ま、こんな感じの妄想街道爆走中な方は「ご自由にどうぞ」なんですが(ある意味ロープレともいえるし)、中には「思ってたのと話が違う」と怒り出すのがいるから手に負えないわけで。例えば誰かがロマンス相手と思っていたらノンLIだったとか?
 そう思ってたの「お前」だろう。

 
 ファンの暴動騒ぎは(時節柄しゃれにならないので)本当に願い下げですが、ゲーム発売直前・直後といえば繰り返される、そういうファンの阿鼻叫喚なお姿も、また呪詛怨嗟のお声も、目に優しく、耳に爽やかな季節にそろそろなっていくのでしょうかね。

 月見する座にうつくしき顔もなし 芭蕉

 残念なことに、次はお題はどんぴしゃなんですが「時候外れ」ですね、今となっては。

 待たぬのに菜売りに来たか時鳥  芭蕉
 

2014年8月19日 (火)

Divinityつながり

 前回記事・コメントのおかげで脈絡が生まれ、すっかりボツろうとしていた記事が復活できそうです。
 といっても、ゲイダーさんTumblrの翻訳がメインですが。
 ところが、軽く済ませるつもりだった下の「余談」が長くなったので、そちらは次回に回して記事数を稼ぐことにします。


(余談)(ではなくなったが)Divinity 2について、うっかり他のゲーム(似てるのたくさんありますからね)と勘違いして苦言を呈していないかどうか心配になり、GameSpotのケヴィンのレヴューを読み直してみた。
 ケヴィンのほうがずっと厳しいことを言っていて安心した(笑)。 
 "If you're a forgiving RPG fanatic, you may be able to overlook the faults and see this sequel for what it might have been."
 私が前回コメントしたこととほぼ一緒。よほど心広いか(forgiving)、RPGと名のつくものは何でも試さねば気が済まないか(fanatical)、おそらくその両方を満たしていないと、プレイ中に冷静さを保つのはかなりきついと思います。そして、"Great ideas don't always make a great game." たしかに、それに尽きるかもしれない。CRPGの新旧のアイデアをこれでもかってくらい盛り込んでいるが、そのほとんどを深く掘り下げることはしていない(ケヴィンに言わせればhalf-baked。「生焼き」だと「なまくら」な刀も意味するので、日本語では「生煮え」がメジャーですね)。
 別段すごいファンでもなかったが、それまでのDivinityシリーズに付き合ってきた身としては、「あー、AAAタイトルに伍していこうと3Dモデルにしたはいいが、やっぱ背伸びしちゃいましたね」という感想。
 今回のOriginal Sinでは開き直って、元々の(今となっては古めかしい)「斜め見おろし」(isometric、アイソメトリック)に回帰したが、そうであっても大成功を収めたらしい。GameSpotケヴィンはべたほめしている。

 下の部分は、ケヴィンがOriginal Sinのレヴューの「まとめ」として述べていること。ゲーム・レヴューを読んだだけでうるうる感動するというのは、めったにない貴重な体験ですね・・・。年とって涙もろくなったかなあ。

 "Some idiosyncrasies aren't flaws, however, but rather reminders of how often we expect games to ask of us the simplest questions and then provide us easy answers. How do you find the forest where the White Witch lives? You go out into the world and you find it. How do you locate all the door-opening switches in an immense library? You look for them, you investigate, you open your eyes wide and truly take in the space around you. Little by little, you learn the rules -- and little by little, you wonder why there are so few games so willing to trust you to examine and explore. That it believes in you is Original Sin's greatest achievement, and given its many achievements, that's high praise indeed."

「いくつかの風変りな点は、だが欠点ではなく、むしろ我々がどれだけいつも、ゲームがプレイヤーに極めて単純な問いを発し、かつ、その答えを安易に与えてくれると期待しているかを想起させてくれることになる。ホワイト・ウィッチの棲む森はどうやって見つける? 広い世界に出て行って、自分で見つける。巨大な図書館の中で、扉を開くためのたくさんのスイッチを探すにはどうする? 自分で探す、調べる、周囲の光景を目を見開いてくまなく見る。少しづつ、プレイヤーはルールを学んでいき、そして少しづつ、疑問を抱いていく。プレイヤーが自ら観察し、探索することについて、ここまで信頼しているゲームがあまりにも少ないのはなぜだろうと。プレイヤーに信頼を置いているそのことが、Original Sinの最大の功績であり、他にも沢山の功績があることにかんがみれば、それはまさに絶賛を意味するのだ」

 むう、これは自分で手を出すの確定ですね・・・。Bravely なんとか For the Sequelと、碧の何ちゃらEvolutionはしばらくお休みしないと(そんなのやっとったんかい!)。
(ご注意:このふたつの和製ゲームが、「きわめて単純な問いと安易な答え」をばらまくゲームの例では決してありません。まあ、そのきらいはもちろんあるが、まだ全然ましなほう)
(余談(ではなくなったが)おわり)

2014年8月18日 (月)

【DAI】That is Hawke. That is -not- "The" warden.

 MDとMLとパトリックのTwitterは、ほんとーーーーにうるさい(超くだらない)ので、アンフォローしてしまっていた。S/Nレシオほぼほぼゼロ。

 そうか、よく考えたら、S/N比非常に高かった(でも件数も非常に少なかった)ケーシーも、BioWare辞めちゃうなら、フォローしている意味もないかもしれない。

 ところが、ゲイダーさんTumbleによれば、MLのTwitterに大事なことが出ていたらしい。慌てて探した。 

 下のような内容だった。

***

1) That was Hawke that appeared in the trailer. Players will be able to have Hawke look appropriate/gender via customization.

2) The character beside Hawke in that trailer shot is not the Hero of Ferelden / PC of Origins.

That is all. I will not be answering questions about how or story. The game will answer those.

***

 MLのTwitterでは、ほぼ同じ内容を、何故か繰り返しているが(表題はその最初の版の一部)、上の引用は新しい方。

 なんで二回言うねん。  

 結論。やっぱTwitterなんて見ていなくても、ゲイダーさんのTumblrだけ目を通しておけば、大して遅れずにニュースを知ることができるわ。MLのフォロー再開はやっぱやめた。 

 彼女はホーク。彼は「あの」ウォーデンではない。

 やっぱカーヴァーかな(金髪版ってあったっけ?)。

 さー、ファンの暴動が近づいてまいりました(笑)。

2014年8月16日 (土)

Hannah Arendt

 つくりがずるいなあ、と思った。
 映画にするには仕方のないことなのかもしれない。

 アーレントのエルサレム裁判ルポの趣旨はあくまで、モサドの手によって非合法的に身柄を拘束され、「人類に対する罪を裁く」と言う名目で開かれたリンチ裁判の被告席に座らされた、ナチ親衛隊ゲシュタポ(正式には国家保安本部)のユダヤ課長であったアドルフ・アイヒマンの「悪の凡庸さ」を発見したことであったはずだ。

 彼女は学生相手の講義で、西洋文明における一番の「悪」は、古来「利己心」(というわかりやすい動機)に起因するものという先入観があったが、近代では「全体主義」を背景として行われる「人々を、いかなる行為も感情も意味をもたない無存在(無用な存在)に変えてしまう」(根源的な)悪が生まれたと自説を述べる。世界最大の悪は、個人的な動機とは一切の関わりを持たない。「凡庸」でなんの変哲もない人々が、信念も邪心も悪魔的な意図もなく行う。
 これは、いみじくもアイヒマンが法廷で述べたとされる、「一人が死ねば悲劇だが、集団が死ねば統計上の数字に過ぎない」という発言に通じるのだと思います。
 そしてアーレントは、ホロコーストに送り込まれたユダヤ人たちを無意味な無存在に変えたその者たちも、なんの動機も持たずにただ指示に従う、人間であることを拒絶した存在であると喝破する。ナチスが欧州全体にもたらしたのは、そうしたモラルの崩壊であった。

 ただ命令に従うだけの下級官僚が、極めて効率的に大量虐殺を行った組織の歯車として、自らの能吏としての手際よさをむしろ誇らしげに主張しようとする。彼は検事から、ヒトラーの命令に従うことと個人の良心との間で葛藤はなかったのかと追及されれば、確かにそれはあったと答えるが、良心の呵責などあるはずはなく、いやそもそも良心も個人のことなども最初から気にさえかけてもおらず、完璧に思考停止して、ただただ指示を「効率的に」履行しようとしただけ。ナチス党員でかつ親衛隊員であった事実も、ただ回りに流されただけ。ナチスの「信条」やヒトラーの「思想」についての思いこみもまるでなく、アンタイ・セミズムの「主義主張」もまた、身の回りで定番なものであったからそのまま受け入れた。
 ナチの化け物の正体は、愚昧で陳腐な木端役人だった。

 最も平凡な種類の男が、歴史に残る大虐殺の一端を担った。その大虐殺を遂行した大組織の至るところに、そういう愚昧で陳腐な者たちがいた。
 少なくとも、「哲学者」アーレントが問題にしたかったのは、そのテーマであるはず。

 ところが映画は、「ユダヤ人社会にもナチスに協力する者がいた」、「彼らが多少なりとも踏みとどまることができたなら、600万人と言われる犠牲者の数は、それより減ったかもしれない」という、ごく些細な記述の部分を非常に大きく取り上げる。彼女は、特にユダヤ人社会から、「仲間を裏切った」、「被害者(犠牲者)を非難した、冒涜した、貶めた」と激しい糾弾を浴び、親類や友人たちとの交流を失い、大学の職を追われそうになり、果てはイスラエル国家そのものからも脅迫まがいの警告を受ける。 

 事実も、そうだったのかもしれない。朝日新聞が繰り返し用いるように、そのような下世話な話題、雰囲気(空気)に反する個人の行いへの糾弾(リンチ)は一般大衆にとても良く受ける。
 そのことは、アーレントが主張したかった、「最大の悪は凡庸で陳腐な大衆社会が生み出す」ということさえも危うく証明しかかっている。アイヒマンへのリンチが終わると(判決は言うまでもなく死刑)、次はアーレントがその生贄の役割を果たすことになりかねなかった。凡庸な大衆どころか、大学教授レヴェルのインテリもまた感傷的・感情的に彼女を糾弾し続けるのだ。アーレントの言説に触れた彼らユダヤ人知性の思考は、そこで見事に停止してしまっている。
い。

 ただし、私が期待したのは、そういう(わかりやすい)スキャンダルの話ではなく、「悪の凡庸さ」に対する踏み入った議論だったのですが。

 長い間の友人でもあったユダヤ人知性たちは、彼女の「傲慢さ」を非難する。だが、その非難自体、古来西洋文明が「悪」の根源として考えて来た先入観であったと彼女が指摘していた立脚点、彼女の「利己心」を根拠にしているに過ぎない。そのわかりやすい「悪」を目にして(敢えて探し出して)彼女を糾弾する者たちは、彼女が指摘しようとしてきた、ずっと大きな悪の可能性には目を向けようとしない。映画の本当に最後の部分で、ようやく、なんとなくその対比がなされるのですが、それも最初から深読みしまくっていた私だけの感想かもしれない。

 映画では、アイヒマンの映像は実際の法廷記録を用いていて、彼を演じる役者は(冒頭モサドに拉致される遠景のシーン以外)登場しない。またアーレントがマールブルク大学時代にハイデガーの教え子であり、かつ愛人であった場面なども描かれている。そういうのは耳目を集めるための、興味本位の余禄と思ってよいでしょう。
 映画としての完成度どうのこうのはあまり言いません。ただ、アーレントがユダヤ人社会から村八分にされたことで、逆に面白いものが見えたような気がします。

 この「悪の凡庸さ」というテーマは、見事に葬り去られたのですね。アーレントから直接的に「被害」を受けたユダヤ社会はともかく、クリスチャニティ社会も沈黙した。
 なぜなら、凡庸な大衆社会こそ最も危険な悪の温床であるという主張は、「教会」が決して外に漏らしてはいけない「教義」とたまたま一致していたから。彼女は、おそらく正鵠をついてしまったのです。

(逃亡中のアイヒマンをラテンアメリカに逃がしたのは、反共活動中だったフランシスコ会、映画ではバチカンだとされている)

Rush

 ここのところ夏休みもうすぐ終わりの小学生みたいにハイになってる感じですが。

 
 見損なった映画をPSNやAmazonで探して観たいと思っても、島国特有のしがらみのせいで、まだなかなか登場しない。Amazonさん、日本在住のアメリカン向けのおすそ分けでもいいから原語版サーヴィス提供してほしい。 

 あれだけ観るぞと周囲に騒いでいた"Rush"(2013)。PSNでようやく観た。

 ロン・ハワードさんよ、カーレースの映画なんだから、車撮ろうぜ!
 アメリカン・ドライヴァーなんだから、一緒に走ってるマリオ・アンドレティくらいもう少しちゃんと出せよ! 映ってんのロータスの車体だけじゃん。しかもクラッシュしてラウダの進行妨害してるし(このシーズン、マリオは途中でチームを変わっているがクラッシュの時点(イタリアンGP)ではロータス。確かにそういうところは妙に正確)。

 ラウダの同僚であるスイス人、レガッツォーニに、主人公ふたり(ラウダとハント)以外の全てのドライヴァーを代表させるという手法であることはわかります。わかるけど、F1って一種のお祭りですからね。それらしきドライヴァーたちは映っているし、「観る奴が観ればわかんだ、素人うるせえ」って言われるかもしれないが、日本人から見たら白人だいたい一緒だもん。

(クレジットには日本人ドライヴァーの名前もあるのだが、作中登場したっけ?
 デリーテド・シーンに登場してるのかしら。おかげで結局、特典映像入りBDを注文することになってしまった)

 確かに作中でジェームズ・ハントが自虐的に語るように、「同じ場所をぐるぐる回るのは格好悪い(pathetic)、それで女にもてるわけではない」ので、省略の妙はあっていいと思うのですが。
 ただし、常に死と向き合う男性のフェロモン?が女性を誘引するのはどうやら間違いないそうで。カーレーサーとか、パイロットとか、危ない職業の方々がもてるのは生物化学的に意味があるそうですけどね。

 そして、(ラヴロマンスとか家庭内の話などはともかく)レース結果は史実に忠実でなければならない制約もわかるけど。

 よく知らないおねえちゃんたちが観て、F1って一年中やってるけど(1976年シーズンは1月ブラジル開幕から10月の日本まで繰り広げられた)、結構退屈なのね、と思っちゃうじゃないか!(確かに、一年通して見れば結構退屈なんですけどね・・・)

 あー、やっぱりアメリカンの監督じゃ土台無理だったかあというのが、観る前からの予感でもあったが、もろ率直な感想。カーレースを「興業」としかみなしてないから、あんなことになっちゃう。あれは実際には「戦闘機同志のバトル」、「ドッグファイト」ですから。
 だいたいF1の歴史の中でUSで何年開催したのよ? 開催しなかった年のほうが多くないか?(それは言いすぎ、つかそれは日本も言えない)
 ハリウッドが撮っためちゃくちゃ面白いカーレースの映画なんて、他になんぼでもあるのに、よりによって、この数少ないF1映画ではずしちゃうなんて。
 それから気になるのが、ハントもラウダも、それぞれ結婚するおねえちゃんたちも、いくら訛りの演技を頑張っても、行動様式が全員アメリカンに見える(実際には誰一人アメリカンではない)。そこが最大の難点かもしれない。

 クライマックスの舞台である富士スピードウェイは、またも出ました、ゼッタイなかったに違いない不気味で奇妙な「昭和」の風景。もっとも物語上は、たまたまその年の決戦ラウンドになっただけであって、ことさら日本を強調する必要はまったくないわけです。「豪雨」セッティングはとても大事ですが。

 この映画は、冒頭のラウダの台詞、「毎年25人が出場し、うち二人づつ死んでいく。そこに出てくるやつは尋常じゃない」に尽きる。だから予告編を観るだけで十分なのかもしれない。それ以上に面白いセリフは出てきません。

 ま、ヘスケス卿の「男は女の子も大好きだが、それ以上に、車が大好き」は、ベタベタなセリフを、卿役の生粋のブリティッシュの俳優さんがベタベタに喋っているが、いい感じですけどね。

(余談)その昭和、ラウダ・ハントの時代からは少しあと、ガキの頃(青鼻はさすがに垂らしていなかった)、本屋で美麗なF1のブックレット(今でいうムック)を立ち読みした。

 栄えあるF1チャンピオンの顔写真が並ぶ見開きのページがあって、上に書いたように白人(もちろん当時は白人チャンピオンしかいない)の顔の見分けがつくわけでもないが、むさぼるように説明を読んだ。
 その当時で、掲載されていたチャンピオンの半数が、すでにこの世を去っていた。畳(つかベッド)の上で死んだ人などほとんどおらず、大抵はレース中、プラクティス中、あるいはプライヴェートの運転中に死んでいる。
 映画冒頭のラウダの台詞は誇張でもなんでもなく、当時の統計的な事実であった。

"Twenty five drivers start every season in Formula One, and each year two of us die. What kind of person does a job like this? Not normal men, for sure. Rebels, lunatics, dreamers. People who are that desperate to make a mark, and are prepared to die trying. "

【DAI】Writing Villains

 EA公式には、ゲイダーさん、シルヴィア、ルークの三人のライター衆の「悪役を書くことについて」のインタヴュー記事が載っている。私には、いずれすぐに日本語訳が出るものをあせって翻訳する悪趣味はないので、今のところ参照先は原文。

http://www.dragonage.com/#!/en_US/news/writing-villains

 記事は、「悪役」を描くことの難しさや楽しみについての話題がメインですが、真に印象的な(記憶に残る)「悪のキャラクター」の条件なども話題にされている。 

 「悪役」(Villains)はインタヴュー中でも触れられているとおり「立場」の話でしかなく、何らかの価値観(それは一般に許容されているものでも、そうでないものでもいい)の具現化を極限まで推し進めるだけのことなのでともかく、本当に邪悪(Evil)なキャラクターって、BioWareゲームに登場したことあるのかしら。確かに商業ゲームとしての制約はあるとしても。

 ライター衆は、ローゲイン(DAO)、メレディス(DA2)、コマンダー・ラレイ(Leliana's Song)、アリショク(DA2)とあげているが、果たして「邪悪」か?

 コマンダー・ラレイに至っては、自分の「レリアナズ・ソング」の過去記事を必死に見直さなければならなかったくらい記憶が薄れている。「真に印象的」でもなんでもなく、単にあのDLCのライティングがルークの責任であり、彼が書いたキャラクターだからメンションされているだけだろう。最後に絶対許せないと多くの者が感じる「悪役」としては優秀である、と彼が言っているところは認めるとしても。
 クリスチャニティ的には「異教」や「化外」は「邪悪」と同義と言ってしまえばそれまでですが。

 記事中、シルヴィアが触れている"cuckoo clock speech"とは、本記事末尾に引用した台詞のこと。「カッコウ(郭公)時計」は、日本に輸入されたら、なぜか「鳩時計」にされてしまった。
 つっても、これも「悪役」、「立場」の話ですからねえ。 

 クリスチャニティ世界のゲームには、「邪悪なキャラクター」は登場しにくいのかなあ、と過剰な一般化をしてみるわけですが。

(蛇足)実は個人的には、BioWareゲームで最も記憶に残る「邪悪なキャラクター」は、Baldur's Gate(BG)と続編BG2に登場するシリアル・チャイルド・キラー。BG登場時には、主人公と同じ牢屋に投獄されている小物の悪役(ただしプロット進行上の重要キャラ)。その男ネブ(ノームだったかドワーフだったか、作り手もはっきりしていないらしい)は、多数のいたいけな幼児を虐殺した罪で投獄されたことを告白する。主人公はそれを知りながらも、自分が脱獄するため、男も一緒に逃がすことを妥協しなければならなくなる(それ以外の選択肢もあったかどうか忘れた)。
 あろうことか、続編BG2でネブと再会した主人公は、その男がまたしても幼児虐殺を含む悪事を続けていることを発見するのであった・・・。
 なんだか主人公も罪の一端を背負わされたような錯覚に陥る、その物語のつくりが素晴らしすぎる、ってだけなのかもしれないが、まあとにかくとてつもなく悪い野郎です。ゲームの中で珍しく、「こいつだけは生かしておかねえ」と思いました。(蛇足終わり)

 
 かといって、和製ゲームに本当に邪悪なキャラクターが登場したのか、するのか、というと。こちらもまた文部科学省とPTAが怖い、腰の引けたメーカーさんたちの集まりですから、無理かな。
 そもそもお前の言っている「邪悪」ってのは何だ、まずそれを定義せよ。
 それができたら、こんなところでこんなブログ書いてません! 

 ここでもしつこく繰り返していますが、エンターテイメントの世界では、"The Dark Knight"のジョーカーで打ち止めな気がする。

 私は当然心の底からバカにしている、日本人大好きらしい「アナ雪」ですが、あそこに登場するアサシンふたりは優秀な「悪役」でしたね。最後まで仕事を全うしようとするところが素晴らしい。ディズニーのアニメもようやく普通のドラマが描けるようになったか。もちろん「邪悪」でもなんでもないのですが。

 そう言えば、PSNで「ハンナ・アーレント」(Hannah Arendt, 2012)がレンタルできるようなので、英語版BDが高くて逡巡していた私は、さっそく514円奮発してHDで観ることにする。
 以前ここでも触れたことがある"Banality of Evil"、「悪の凡庸さ」(アーレント自身の造語)がテーマ。自ら強制収容所から脱走した経験のあるユダヤ人哲学者の彼女が、ナチス戦犯アイヒマンのエルサレム裁判をルポして、アイヒマンは邪悪な男でもなんでもなく、ただ凡庸なだけだったことを発見し、ユダヤ人社会からあり得ないほど壮絶な批判を浴びたという、実話に基づくお話です。

***

 そんな暗い顔をするな。結局のところ、そんなにひどいわけでもない。よく言うだろう、イタリアは、ボルジア家が支配していた三十年間、戦争、テロ、殺人、それに流血沙汰が絶えなかったが、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、そしてルネッサンスを生んだ。スイスは、兄弟愛に満ちあふれ、民主主義と平和が五百年間続いたが、何を生んだ? 鳩時計だ。元気でな、ホリー。

映画「第三の男」

Don't be so gloomy. After all it's not that awful. Like the fella says, in Italy for 30 years under the Borgias they had warfare, terror, murder, and bloodshed, but they produced Michelangelo, Leonardo da Vinci, and the Renaissance. In Switzerland they had brotherly love - they had 500 years of democracy and peace, and what did that produce? The cuckoo clock. So long Holly.

The Third Man (1949)

2014年8月15日 (金)

【DAI】EA gamescom 2014 Press Conference

 冒頭スピーチは辞任した前任リシティエロのあとを(COOムーアも、ラベル・プレジデントのギビューも差し置いて)継いだ、EAのCEOアンドリュー・ウィルソン。マーケ屋さんでしょうね。なお、COOムーアは24:20あたり、Sims4プレゼンに登場。あー、あとSims4の「中」にも登場。

 DAIは、2:40くらいから14:15まで(プラス、2分間の「ジ・エネミー」トレイラー込みで16:13まで)。
 スピーカーはスタジオGMのアーリン・フリン氏(どうやら発音は「アーロン」らしい)。

 あたしもEAの他のゲームに興味あるわけないんで、そこしかまじめに観ていません。
 少なくとも、DAIがトップバッター。一番予算をかけているからでしょう。Titanfallより前なのは、そっちはローンチ後だからでしょうか。あとはEAの誇るキャッシュカウ群(NHL、Sims、FIFA、BF・・・、すまん、SWTORはキャッシュカウとはちょい違う)。

 それから例のBioWare新IP、"Shadow Realms"。TRPGの味わいを醸し出すモーダン・ファンタジー、だそうです。革新的な4対1のオンライン・ゲームプレイ(「1」ってのがTRPGでいうDM、ダンジョンマスターを示すのかもしれない)、物語はTVシリーズのようにエピソディックに提供され、(JJエイブラムスがそうやって成功したように)コミュニティの声を反映しながら、変化していくのかな。

https://www.youtube.com/watch?v=cEdjaiXDfyU

 ヴィジュアルのつやつや感が半端ない・・・。こ、これがFrostbiteエンジンの(もういいよ)

 それと、このゲームプレイを観ていると、色々なゲームが想起されちゃうのですよね。
 真っ先にThe Witcher 2、Dark Souls、Dragon's Dogma、そしてMass Effectシリーズ。

 BioWare(特にML)曰く、「他のゲームと一目で区別できるヴィジュアル」創造をモットーにやってみたら、DA2はああなったわけで(しかも悲しいことに、発売時期の近い「アサシンズ・クリード」シリーズと、部分的にもろかぶり)、制作側の意図と180度逆に、DA2のヴィジュアルについて当時何かのコメントがなされることは、ほとんど、完璧に、なし、ゼロ、ヌル、皆無であった。

 DAIのデモを見る限りですが、他のゲームとの「区別」などはできそうにありません(Skyrimと比べれば、世代が違うので確かに違いはハッキリしているけど)。ところが逆に、色々な人たちが、あ、The Witcherに似てる、MEに似てる、DS、DDに似てる、(私はあまりプレイしないがおそらく)ACにもどことなく似ている、という感想を抱くのではないだろうか。

 DA2で狙った(そして「こけた」どころか、無視された)「ディスティンクティヴなヴィジュアル」など目指さずとも、このDAIは上にあげたタイトル以外も含め(Divinity? Risen? Two Worlds?)、色々なRPGに同時にそれぞれどことなく「似ている」とするなら、それって、むしろずっとおっかなくないですか?

 ところで、Strongholdの名前はSkyfort?

 他の画像・映像をくまなく観て記憶しているわけではないが、5:02あたり。これは初めて観た気がする。

Skyfortjpg

 ああっ、この画像は怖い。

 ML頼むよ! なんか彼が以前からしつこく「エージェント、エージェント」いうてました。これのことか。
 

 シド・マイヤー先生の名作タイトルの、変てこりんな物真似とかになっていないよう、心の底から祈っています・・・。

2014年8月14日 (木)

【DAI】予定は未定。

 以前、BioWareは、エルフとかドワーフ主人公とかは、プレイする人いないんだよねえ、と言っていました。

 DAIでは、ヒューマンとそれらに加え、クナリまで主人公として選べることになりました。

 以前、BioWareは、お馬さんは色々と実装が面倒臭いと言っていました。

 DAIに(少なくともお馬さんを含む)マウントが実装されることになりました。  

 以前、BioWareは、DAOもDA2もそれぞれの物語はすでに終わったと言っていました。ファンは皆、「自分」の主人公たちがそのまま再現される(インポートされる)ことを期待しているだろうが、それはとても難しいことである、とBioWareは言っていた。

 DAIのトレイラーに、なんだかウォーデン(フェラルデンの英雄)と、ホーク(カークウォールのチャンピオン)らしき人たちが出てきました。 

 そもそもBioWareは、Mass Effectのこれまでのシリーズは「シェパード三部作」であって、彼の物語は三作目で終わるに違いないが、DAを三部作だなどと誰も一言も言っていない、と言っていました。
 ウォーデン、チャンピオン、インクイジターが集結するのだとしたら、話のつくりとしては三部作と呼べてしまうようにも感じられるのですが。

 以前、EAのCOO(出世したかな)ムーアは、EAの全てのゲーム(プラットフォーム)はネットワーク・コネクティヴィティを重視すると言いました。

 DAIにはマルチプレイはなさげである。いや、これは個人的には嬉しいことか。
 もっとも、スマホゲームと連動したりするだろうし、DA Keepもコネクティヴィティの仕掛けには違いない。

 4Gamerによれば、DAIのキャラクターはジャンプするのだそうだ。Frostbiteエンジン万歳?
 んー、でもたとえばBF4でジャンプする意味とか、なにかあったのだろうか? リアリティ? 

 BioWare/EAは、ロマンスとセクシャリティについては、インクルーシヴィティを維持すると言っていた。これは、そのままのようです。少なくとも、自称「ファン」がインクルーシヴさを批判して騒いでも、一切聴く耳は持たないつもりとのことだ。

 同じく4Gamerのインタヴューによれば、DAIでは主人公の(リアル地球の)人種には特に制約を設けたつもりはないのだそうだ。でも私は(ヒューマンを選ぶとして)エイジアンのインクイジターとか、ちょっとどうかと思う。魚介類を主に食ってる人たちがインクイジションとかやったらおかしいと思う。というか洋ゲーなので主人公ガイジンでいいじゃん。というかエスノセントリックだとのそしりを覚悟で言えば(私は白人じゃないけど)、エルフ、ドワーフそしてクナリなんかが、まさに(オーレイ、フェラルデン=フレンチ、ブリティッシュというリアル欧州文明から見ての)異種族、異文化・異文明、エスニシティを表現してるんではないのかしら。

 コンパニオンの中にエイジアンらしいキャラクターがいなくても特段何とも思わない。 むしろ某BioWareゲームのあのキャラみたいに、日本人ぽいキャラがやっぱりハラキリとか特攻とかやらされるならたまったもんじゃない。セダスにサムライなんていなくて構わない(ん。DAに「カタナ」とか「ワキザシ」は登場していないですよね?)。

 BioWareは、グリフォンの実装については、まだ何も言っていない(お馬さんより実装が難しい、くらいは言っていたかもしれない)。

 でも、上のように「面倒臭いんだよね」、「難しいんだよね」と言ってきたことが、次々覆されてきているので、DA4?あたりで登場する可能性がないとは言えない。
 仮にやったとしても、Divinityシリーズ(だったっけ、違ったっけ、フィヨルド上空でドラゴン・ライダーが飛び交うやつ・・・、あたし持ってたんだけどな。お、Divinity IIかな? しかもドラゴンライダーじゃなくて、主人公がドラゴンそのものになるのだった)が先にやってしまっているので、二番煎じにはなりかねないのですが。

 小説"Last Flight"でどんな扱いになってるか、関係するんでしょうかね。
 (あ、そういえば、本当は8月12日リリース予定だったKindle版が手元に届いてないや!)

 ところで、Divinity Original SinていうRPG、めっちゃ面白そうですよ。ObsidianのなんとかInfinityがいつ来るかわからないので、代わりにいかがですか(あたしには遊ぶ暇がないんですが)。

2014年8月13日 (水)

【DAI】ジ・エネミー・オヴ・セダス

 JoystiqのTwitterで見たgamescomのバナー、素晴らしい。

 もうこのまま、個人の待ち受け画面にしてしまいたい。

Gamescom

 GC向けDAI新トレイラー。 

 随分とわかりやすい敵が登場するみたいですね。 

GameSpot

http://www.gamespot.com/videos/dragon-age-inquisition-the-enemy-of-thedas-trailer/2300-6420774/

EA公式:Youtube

https://www.youtube.com/watch?v=yHeWOQvVRd8&feature=youtube_gdata

 途中、1:25当たりに、DAOウォーデンとDA2ホーク(女性)が登場するという声がある。

 すみません、わたしにはどうもそう見えないのですが・・・。すぐその後出てくるモリガンちゃうの? 

 むしろ、1:35近辺に登場するグレイ・ウォーデンのユニフォーム姿の男性と、メイジ女性らしき人物ですが・・・。

Warden_and_champ

 たしかに女性のほうの衣装はDA2のホーク女子のコスチュームに酷似している・・・。ご丁寧に鼻に血筋までつけている?
 でも、随分と若すぎるのでは?
 ワナビー(なりたがり)ウォーデンとチャンピオンだったりして(笑)。 

 それとも、ついに禁じ手を使ったのかな?(ウォーデンも、ホークも、その見かけだけでも、過去プレイヤーの分だけ数があるのに、標準化しちゃった?) 

 んー、あと、死んでる場合ありますもんね、少なくともウォーデン。

 フェイドの中なんですね・・・。

 え、なに、そうじゃなくて、カーヴァーと、フェム・ホーク?

 もう好きにしてっ。

(ME3のときのように、発売と同時に大暴動にみまわれないように祈ろう。訴訟起こすバカは必ずいるだろうが)

 なお、EA@GC公式Twitterによれば、DAIのダイアログは1million words、ゲームプレイは優に150hours以上、だそうです。 

 百万ワーズってどれだけ?

 もちろんDAIはほとんどが「セリフ」からなるシナリオのことでしょうから直接の比較にはなりませんが、たとえば「ハリポタ」シリーズだと。

Harry Potter Books
Philosopher’s Stone – 77,325
Chamber of Secrets – 84,799
Prisoner of Azkaban – 106,821
Goblet of Fire – 190,858
Order of the Phoenix – 257,154
Half Blood Prince – 169,441
Deathly Hallows – 198,227

 合計すると108万ワーズちょい。ま、そんくらいあるってこと。

Lord of the Rings
The Hobbit – 95,022
The Lord of the Rings – 455,125
The Two Towers – 143,436
The Return of the King – 134,462 

 これは引用先の間違いでしょうね。単純合計すると82万だが、The Lord of the Ringsには、The Two TowersもThe Return of the Kingも含んでいるので、ダブルカウントしてるはず。 「ホビット」と「指輪物語」合計で約55万かな(私の持っている原書の厚さから言っても、そんくらいな気がする)。

 (確認:別サイトで確認しました。上の私の再計算が合っている)

 ただし、一分間のヴィデオは、1.8百万ワーズに匹敵するという説もあるようですね。150hoursのゲームプレイは、ゆえに(やりませんよ)。

2014年8月11日 (月)

Last Flight 1(6)

 第一章は今回まで。ちょっと細かく切りすぎたけど、こちらとしては使える隙間時間から考えて、このくらいが実はコンファタブルです。さて、第二章以降はどうすっぺ。(というか、紙版は9月16日発売になってしまったが、Kindle版も同じタイミングに延期されるのだろうか?)

***

 調べはじめた途端から、ダークスポーンの群れが地図に登場した。やつらの軍勢は、その苛烈さの脅威を示すように単純な黒い印で描かれていた。やつらはどんどん進軍を続け、諸国を呑み込み、村、街、都市の名をその猛攻とともに消し去っていた。だがその印に区別がないことから、ヴァルヤはどのダークスポーンがどれであり、それがやつらの征服にどう影響をもたらしたか知ることはできなかった。

 彼女はかわりに、注意をウォーデンの行軍に向けた。おそらく、敵の群れに対する彼らの反応の行動様式を探り当てるほうが容易であろう。

 ダークスポーンと異なり、ウォーデンの地図上の印は全てが同じではなかった。グリフォンは定型化された鷲の頭として、ときに青色、ときに赤色に描かれていた。彼女は、それぞれ別のふたりの指揮官の配下にあったのだろうと目星をつけた。騎兵は馬の頭で示され、やはり様々な色分けがされており、歩兵は槍の先として描かれていた。槍の下に描かれた小さな三角形の槍旗は、それらがウォーデンの部隊か、あるいは諸国から派遣された同盟軍であるかを区別している。 

 だが、やはりそこから大した行動様式を見つけることはできず、少なくとも脈絡を知らないままで地図から何かを語ることはできなかった。他のメイジたちも徐々に同じ結論に達し、その場を離れ、トランクを開け、原資料を漁りはじめた。 

 ヴァルヤは粘り強く地図に没頭した。他の方法に頼る前に、少なくとも書物の最後までは見ておきたかった。 

 一枚の地図の余白に記されたメモが目に留まった。最初、それはスタークヘイヴン近郊のどこかの街か村を示しているように見え、ダークスポーンの群れの丁度端のあたりにあって、間もなく破壊されることが疑いないように思われた。そこに特筆すべきことはない。

 だが、その名はエルフ語で「グリフォン」を示すものであり、ヒューマンの村の名としては相応しくないように思われたし、その下の部分の羊皮紙に刷り込まれた粉が微かに輝いていた。レリウム。それはほんの僅かの量で、相当に希釈されていたが、サークル・オヴ・メジャイで何年もアプレンティスの地位にあったヴァルヤは、即座にレリウムの粉であることを判別した。緑青色の輝きは、この現世とフェイドのどちらであっても変わりなく、完全にセダス特有のものだった。

 彼女は肩の後ろを振り返った。彼女に注意を払う者は誰もいない。皆手紙や日誌の調査に没頭している。

 注意深く、だが好奇の気持ちに満ちて、ヴァルヤはフェイドからマナの流れを引き出し、魔法のレンズで地図を眺めることを試した。彼女の杖の薄い青色の瑪瑙の輝きはほんの微かで、彼女のほうを誰かが見たとしても、陽光が反射しただけだと言い逃れすることができるだろう。

 だが、誰も彼女を見る者はおらず、地図を見下ろしたヴァルヤは結果に満足した。エルフ語の文章が一行、地図の上で輝いており、それを描いたレリウム入りのインクの魔法の流れが蒼白く見えた。 

 ラスボラ・ヴィラン。

 ヴァルヤは、その文字を目にした途端にフェイドとの繋がりを断った。文字は羊皮紙の表面で見えなくなったが、彼女の心の中には鮮やかに留まっていた。ラスボラ・ヴィラン。

 綴りは古代のもので、書体もそうであったが、彼女はその言葉の意味に違いないことがわかっていた。ヴァルヤの知る限り、どのヒューマンの言葉にも正確に翻訳はできなかったが、その語句をぎこちなく訳せば、「喪われた愛の場所へ続く道」となる。それは、デーリッシュやエイリアネイジの口承を通じて伝わる、何人かの偉大な詩人の詩文のひとつからの引用で、人生で実際には決して体験することのできなかった美に対する、切ない渇望を表現している。甘く、心痛める感傷で、郷愁にも似ているが、より強い苦さを伴っており、それというのも、懐古する者は喪われた悦びを覚えている一方で、ラスボラ・ヴィランを体験する者は、決して知ることのできない事柄を思い焦がれるからだ。   

「黒苺の蔓の下で、余は感じる」 ヴァルヤは小声で囁いた。その詩文はそう始まる。熟した黒苺の麝香にも似た、苦く、甘い香りとともに、長く忘れ去られたアーラサンの香りを呼び覚ましたいという祈り。 

 その詩文そのものがラスボラ・ヴィランであり、なぜなら彼女が出会ったエルフで、それを原語のエルフ語で記憶しているものは誰もいなかったからである。エルフたちはその詩文のいくつかの言葉の断片と物語の骨格は知っているが、詩文そのものはヒューマンの言葉でたどたどしく再創造されたものに他ならない。エイリアネイジのエルフで、喪われた自民族の文明の文芸作品を再現できるほど、自分たちの歴史や民の言葉に十分明るい者はいない。彼らは元々の題名すら知らない。「黒苺の蔓の下」とそれは呼ばれるが、それも真の題名を知る者がもはや誰もいないからだ。

 それを第四のブライトの軍用地図から見つけたというのも奇妙な話だ。ヴァルヤの胸中には、レリウムで記された言葉が、地図が描かれた時期と同時代のものであることに対する疑いはなかった。なにしろ、その文字を普通の目から逸らすため用いられた呪文は、地図上のよりあからさまな印を保存するために用いられたものと同じ魔法なのかもしれないのだ。

 だが、なぜ? なぜ誰かが詩文の断片を隠し、メイジにしか発見できず、かつエルフしか理解できないように仕組むのか? それが、単なる奇抜な郷愁のための言葉ではなかったとして・・・。 

 他の部屋の彫刻の中に、黒苺はあったかしら? 

 ヴァルヤは、確かめるため戻ることにした。大書庫にはほとんど人影はなく、ひとりの白髪交じりのウォーデンが、窓の外の中庭でさえずる小鳥たちを眺めているだけであった。ヴァルヤは静かに彼のいるところを通り過ぎ、壁に彫られていた果物を調べた。 

 彼女が覚えていたとおりであった。無花果、柘榴、柑橘類・・・、そしてひとつきりの黒苺の蔓が広い花弁の花をつけ、横には固い蕾と実り豊かな苺の実があった。彫刻の蔓は、二つの書棚の間に挟まれた壁の松明用の燭台の回りを取り巻き、それから、壁に埋め込まれた灰色の石造りの長椅子のほうに垂れ下がっていた。

 ヴァルヤは燭台の下を覗き込んだ。そこに目につくものは何もなかった。だが長椅子の下の壁石のひとつには、別の微かなレリウムの粉が刷り込まれていることを示す輝きがあった。今度のはとても薄く、すでに一度フェイドとの繋がりを通して目にしていなかったとしたら、決して見つけることはできなかったであろう。

 今度も背後を見やって、誰も見ていないことを確かめ、彼女は再びフェイドと繋がり、これで二回目になる魔法の小さな流れを石の上にもたらした。彼女の魔法がレリウムの刷り込まれた石に触れると震動が起き、その一部の塊が一インチだけ外側にずれた。 

 焦りにも似た予感のため緊張しながら、ヴァルヤは石の塊の両脇を指先で掴み、それを不器用に細かく動かしながら引き出した。とうとう抜けそうになると、彼女はそれを注意深く床に置き、ほとんど音を立てなかったことに対して静かな安堵の息を吐いた。 

 抜けた塊があったところの背後の壁には小さな穴が開いており、その穴の中には、小さいが分厚い一冊の書物があった。その表紙は擦り切れ、血糊が付いており、ページは長い間湿気に曝されたためたわんでいたが、それでも良好な状態だった。唇を噛みしめ、ヴァルヤはそれを引き出し、それから石の塊を慎重に元に戻し、何事もなかったかのように長椅子に腰掛けた。 

 彼女は何を期待していいかわからないまま、書物を開いてみた。中は書きなぐったような乱雑な筆跡でぎっしり埋まっており、女性の手になるようだが、柔和な感じは一切なかった。 

 5:12 エグザルテドの年にそれは始まった、わが兄、ガラヘルと私はアンティヴァ・シティーに飛んだ。

*** 

 んー。ここで途切れちゃうんで、最後の一行は暫定でお願いします。ヴァルヤが見つけた書物(実際には手帳に近いのだろうが)は、ガラヘルの姉妹?の手になるものでしょうか。だとすると「わが兄弟」はちょっと場違いですね。それとも同僚の女性ウォーデンのものか? その場合はOKなのかな。

 さて。どうしたものですかね・・・。

 実は、この小説は「枠物語」の体裁なんですね。この後、おそらくは、ジョイニングの儀式を待つ若きメイジたち一行の物語と、はるか昔(物語の「今」は9:41ドラゴン、書物の筆跡は5:21エグザルテドですから420年前)の第四のブライトの時代の物語が並列進行するのかな(第四のブライトは5:12エグザルテド、アンティヴァ・シティーの崩壊をもって幕開けする)。

 まあ・・・。最大の問題は、この小説がどこまでDAゲーム本編に繋がるのか、ってところなんですが。DAIには流石に間に合わないだろうから、その後の(マーク曰くの)DA4?に関連するのかしないのか。
 「つまみ食い」方式で紹介するのがいいのかなあ。

 とりあえず続きを読んでみてからの話ですか。

2014年8月10日 (日)

Last Flight 1(5)

 常々感じますが、まるでこってりした油絵のように畳上げ、これでもかと積み重ねる描写は、魚介類食って育った身には少々きついね。

 でも、あちらの「現代ファンタジー」は、このくらい濃厚でないとそもそも入り口から入れてもらえないのでしょうね。

***  

 彼はアーチ道の傍に立ち、一行を招き入れた。部屋の上半分を占めるいくつもの棚には、同じ革装丁の書籍が整然と並んでいる。公式の史書のように見えるそれらは、書士たちが静謐な部屋の中で事実に基づき記したものだろう。それら灰色の小奇麗な書物の下には、鉄張りの巨大なトランクが壁際にいくつも立てかけられている。うち二つの蓋が開き、書物、文書、羊皮紙片、その他雑記の寄せ集めからなるがらくたの塊が顔をのぞかせていたが、それらは大きさでざっと仕分けられたのみであって、なんら整理整頓されていないようだった。

「トランクには原資料が入っている。報告原本、現場で書かれた覚書、ウォーデンや兵士たちの手紙。我々が探しているものは、きっとその中にある」 アーチ道にいるカロネルがそう言った。

 ヴァルヤは、彼の話をほとんど聞いていなかった。

 部屋の中央には、金箔に縁どられた白い大理石の台座の上にガラス製の棺が立てられていた。そのてっぺんには、巨大な一対の黒い角が螺旋を描いて天井近くまで届いており、先端は闇の中に消えている。棺は明らかに大変古いもので、ほんの少し薄い色が付いているものの、何枚ものガラス板が壁状にあつらえられ、蓋は穴まくれや波うちや、その他古いガラスにありがちな欠陥を持ち込まないように、とても慎重に切り出されていた。 棺のガラス板一枚一枚は、彼女の手のひらほどの大きさもなかったが、どれも傷一つついていなかった。

 まるで何かの眩惑に囚われたかのような感じがして、若いエルフのメイジはアーチ道を潜り抜け、棺のほうに近づいた。ガラスと鉛の格子を通して、彼女はシルヴァライトのプレートメイルの一具が、蒼白い陽光の中で微かに輝いているのを見ることができた。儀仗用の鎧には見えなかった。胸板にはウォーデンのグリフォンが描かれ、兜と肩甲には簡単な装飾が施されていたが、使いこまれた実戦用の鎧に見えた。古い汗の染みの跡が革紐に残されており、最後に磨き上げたのが誰であれ、全てのへこみまで取り除くことはできなかった。

 鎧の虚ろな小手には二つの武器が握らされていた。ひとつは変哲のない革の鞘に仕舞われた長いナイフ、もうひとつは優雅で急な曲線の形をした長弓で、先端には灰色と白色の羽根の一対が飾り房のようにあしらわれている。それらの、歳月のため脆くなったしみだらけの羽根を見たとき、ヴァルヤは突然気が付いて息を呑んだ。

 ガラヘルの得物だ。 

 ガラヘルは、セダスにおけるエルフの最も偉大な英雄であった。グレイ・ウォーデンとして、彼は第四のブライトの戦いになくてはならない同盟を集結させる重要な役割を演じ、また彼自身がアーチディーモン・アンドラルを打倒し、ダークスポーンの群れを打ち破るため自らの生命を捧げた。 

 エルフの子供たちは誰であってもその物語を知っている。ガラヘルは彼らの心の中で特別な誇りの部分を占めている。エルフとして、彼もまた他の皆と同じような侮蔑を受けた。追放され、唾棄され、一切の尊敬に値しないとみなされながら、彼はどうにかしてその蔑視の中から浮かび上がり、仇敵どもを許したのみならず、その避けられないはずの破滅からも救ったのだ。 

 たったひとりで、彼は第四のブライトの終焉を招き、セダスを救った。

 ヴァルヤは自分の指で、棺のガラスの表面をあがめるようになぞった。触れることなど畏れ多くてできなかった。ガラヘルの記憶に手垢を残すことなど、不敬も甚だしい。だが軽くなでることさえも、彼女の肌に痺れるような疼きを与えた。第四のブライトの英雄

 他のメイジたちは、彼女の後ろからおそるおそる部屋に歩み寄ってきていた。彼らもまた、長く黒い角を生やした棺を見ていた。彼らの表情は困惑から畏怖へと変わっていった。ガラスの棺に横たわる武具と鎧が誰のものであったか、各々が黙したまま思い至るにつれて。そして、彼の遺品の上に墓碑がわりに配された、一対の角の由来に気が付くにつれて。

 一行の後ろで、カロネルが微笑んだ。「過去の全てのブライトの遺物は皆ここにある。ここは書庫であるだけじゃない。斃れし者らの記憶を留める場でもあるんだ」 彼は歩み去り、片手をアーチ道から離した。「何かあれば呼んでくれ。書庫には常にウォーデンたちがいるし、チェンバレンの書斎はすぐ近くにある。手洗いは右手の後ろ、オーガの角が飾られているケースの影にある。夕餉どきになったら、また呼びに来る」
 

 そうして彼が去り、四人の一行は、書物の山と、トランクと、アーチディーモンの角とともに取り残された。

「本当にガラヘルの武器だと思う?」 パディンが囁いた。彼女は皆の中で一番年長で、一番背が高く、ぐずな金髪の娘で、両の頬にはあばたが残り、自分を小さく見せようする無駄な努力のために、両肩をすくめて猫背になる癖がある。

「間違いないわ」とヴァルヤが言った。「ウォーデンがまがい物を用意するわけがない」

「どこからはじめる?」とセイカが尋ねた。「正史から、それともトランクの中の文書から?」

 ヴァルヤはたじろいだ。彼女は第四のブライトの本当の史実についてほとんど何も知らなかった。ガラヘルの英雄譚は馴染みある物語であるし、彼女は、「ネズミ喰らいの哀歌」や、「五人の父を持つ孤児」などの、悪名高いホスバーグの包囲戦の時代からある古い歌を聴いたこともあるが、行軍や、それぞれの戦いの詳細については謎のままだった。第四のブライトは十年以上続いたのではなかったかしら? 戦いが繰り広げられた範囲はあまりにも広い。尋常ではないダークスポーン、または任務を放棄したウォーデンたちの痕跡を探すためには、どこから始めるべきなのだろうか?

「軍用地図からはじめましょう」と彼女は決断した。「ウォーデンの行軍からなにかわかるかもしれない。一枚の絵は千もの言葉に勝る、そう言わない?」

「読めればね」とべリスが不平を漏らした。可愛らしい金髪の娘は、カロネルから無視されたせいで、いまだにむっとしたままのようだ。 

 だが、誰も反論はなかった。パディンはとてつもなく大きなウォーデンの公式軍用地図を持ち上げると、慎重にページをめくりはじめた。ひどく古い文書だが、長い歳月に耐えるようなこしらえで、その目的にあった呪文によって強化されており、頑丈なベージュ色の羊皮紙の上の河川や森林を表す色彩のついた描線は、まるでそれが描かれた日のままのように鮮やかであった。

***

 ようやく、一行の全員が紹介されました。

 この時代、サークル・メイジのリテラシー(識字率)は十割であるが、一歩外に出れば、権力の中心にいる者でもない限り非常に低い。ゲイダーさんの小説にそんな場面がありました。DA2でも、敵のチンピラが文字を読めないことを揶揄する際どいシーンがあった(USでは、識字率・文盲は今でもタッチーな話題です)。

 よって、メイジがリサーチ任務に充てられるというのはリーズナブルな展開ではあるのですが。まさか、それを描いてジョイニングまでの時間を潰すわけではないのでしょうけど・・・。

 

Grey Warden Hierarchy

 グレイ・ウォーデンの階級序列。DA Wikiにもあるかもしれませんが、滅多に開かない"Dragon Age: The World of Thedas - Volume 1"を参照することにします。

 ウォーデンは、単一の目的のみを有する、エンタープルナー型の組織(The enterpreneurial organization、simple organizationとも呼ばれる。組織形態の定義はミンツバーグ教授)ですので、階級序列も非常にシンプルです。

 なお、BioWareゲームにおける組織論にご興味のある向きは、次の拙稿をご覧ください。

http://vanitie2.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/da2bioware-c1db.html

***

ファースト・ウォーデン
First Warden

 軍団の正式な代表はワイズホプトに住む。グリフォン絶滅以降、ファースト・ウォーデンとセダス中に散らばる他のウォーデンたちとの間の通信は途絶しがちとなった。そのため、ファースト・ウォーデンは政治的指導者か、形式的な代表者(フィギュアヘッド)としかみなされていない。軍団の指揮権は、各地域におけるウォーデン・コマンダー層の手に委ねられる傾向がある。

ハイ・コンスタブル
High Constable

 グリフォンが喪われるまで、ハイ・コンスタブルが飛行司令官であり、ファースト・ウォーデンに次ぐ地位を占めていた。近年では、ハイ・コンスタブルはワイズホプトにおけるウォーデン上層部の公的な顔の役目となり、アンダーフェルズにおけるリクルートを主導するとともに、地元国家の国王に対する大使の役目を果たしている。

チェンバレン・オヴ・グレイ
Chamberlain of the Grey

 ワイズホプトにおけるウォーデン軍団の上級公文書士であるとともに、チェンバレン・オフ・ザ・グレイは、ファースト・ウォーデンに成り代わり、ウォーデン・コマンダー間の通信を維持する責任を負っている。チェンバレンは、規定上は全てのウォーデン・コマンダーよりも上位にあるとされているが、軍を率いて戦えば、敗北は必至であろう。

ウォーデン・コマンダー
Warden Commander

 正式にはコマンダー・オヴ・ザ・グレイ(Commander of the Grey)と呼ばれるウォーデン・コマンダーは、セダスの各地域における軍団の司令である。ワイズホプトへの通信が途切れがちになっていることから、ほとんどのウォーデン・コマンダーに指示を仰ぐ相手はなく、自分の部隊を自由に指揮する。ただし年に一度、ワイズホプトのチェンバレンに対してだけは、任務の進捗について報告しなければならない。ファースト・ウォーデンは、必要に応じて、ひとり、または全てのウォーデン・コマンダーに対し、ワイスホプトへの出頭を命じる権限を保持している。

ウォーデン・コンスタブル
Warden-Constable

 正式には、コンスタブル・オヴ・ザ・グレイ(Constable of the Grey)と呼ばれるウォーデン・コンスタブルは、ウォーデン・コマンダーの副官にあたる。コンスタブルは前線指揮官としての責務を負い、ウォーデン・コマンダーが政治的理由またはリクルートのため部隊を離れている際には、その代行を務める。  

シニア・ウォーデン
Senior Warden

 特別な地位に相応しいヴェテランのウォーデンに与えられる正式な職位である。オーレイを含むいくつかの地域では、ウォーデン・ルテナント(Warden-Lieutenant)と呼ばれる。シニア・ウォーデンはウォーデン部隊を率いることもあれば、特別に重要な任務に携わることもある。ウォーデン・コンスタブルが指揮を執る場合、シニア・ウォーデンのひとりを副官に任命することが多い。

ウォーデン
Warden

 一般のウォーデンに対してはこの簡素な呼称を用いるが、正式文書上では、ウォーデン・エンサインズ(Warden-Ensigns)と呼ばれる。軍団のメンバーが真のウォーデンになるためには、ジョイニングの儀式を経なければならない。

ウォーデン・リクルート
Warden Recruit

 ウォーデンへの参加を認められながら、未だジョイニングの儀式を経ていない者は誰であれ、正式にはウォーデン・リクルートと呼ばれる。軍団に参加したことを示すための職位であるが、家族も国家も捨て、化け物と戦う任務を人生として選ぶことを意味するので、容易なことではない。多くのリクルートはジョイニングの儀式を生き残ることができず、彼らの名は、その犠牲を称えるためにワイズホプトに集約され、記録として保管される。

***

 まるで新撰組のような、非常にシンプルな組織であるところがリアリティを醸し出している。

 ファースト・ウォーデンが名目上の長である「フィギュアヘッド」、ほとんど名誉職みたいになっているところもそうですが、すでに元の意味を失ったコンスタブルを職位として用いているところもお洒落。日本で言えば、もはや戦う相手である蝦夷はいなくなったのに、征夷大将軍を用いるような感じですかね。 

 ま、日本でフィギュアヘッドでしかない指導者や経営者が非常に多いのは、もともと「上級指揮官」とか「司令官」に対してほとんど重きを置いていない(現に無能な者が多かった)国民性でしょうかね。

 「ボトムアップ」とか格好つけて言ってますが、そうでなければ何も回らない、できないのだから仕方がない。新型車や新製品の発表会の写真、あるいはどこぞの地方のハコモノ竣工式やイベント開幕式の写真に、そういう経営者や政治家がキャンギャルとか地元のミスなんとか娘と一緒に写っているのを見ると、あたしなんぞは失笑を禁じ得ない。
 お前ら、決裁の書類にハンコ押しただけじゃん、と思っちゃう。

 そういうところ、アングロサクソンのあちらなどは、やっぱ格好いいすもんね。まあUSなんてほとんど演説の力だけで大統領やっているわけだから。少なくとも今のは。

(余談)"the President"の由来も考えるとなかなか面白い。あくまでも大英帝国(それが含意するモナーキー、君主制)への反感が基調にあったという説は、納得できます。大統領を"Mr. President"(あるいは、まだ生まれていないがMs. President)と呼び習わすのも、その線から理解できる。まあ、日本語ではどのみち「大統領閣下」になってしまうわけですが。

 ラテン語の意味は「先に座る者、統べる(総べる)者」。もともとは各州が集まる大陸会議の「議長」などの意味で用いられていた。
 「大統領」という日本語訳もなかなか味わい深いのですが、長くなるので、その話はやめておこう。

 なお、大陸語で「大統領」は、「総統」(にあたる簡体字)。ところが大陸国「主席」は英語では"The President"。見事にすれ違っていて興味深いものがあります。
 「内閣総理大臣」は(もともと"the Prime Minister"の借りものですが)大陸語で「(内閣)総理」(にあたる簡体字)。とこれは日本の受け売りのまま。「首相」も「首相」。

 Dragon Ageは「闇龍紀元」。
 Grey Wardensは、「灰色的主任」。(これはうそ(笑))

 

Last Flight 1(4)

 リサーチ任務ときました。これは新しいかも。

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「チェンバレン・オヴ・ザ・グレイ(侍従長)が君たちに研究の手伝いを求めている」とカロネルが言った。「名誉ある仕事だ。ブラッド・マジックに関連しているようだが、チェンバレンは細部について多くは語らないんだ。何であれ、古い話だ。でも君たちメイジは古い書物が大好きなんだろう? 素敵なときが過ごせるんじゃないのか。その・・・、羊皮紙で。それと埃」

「ブラッド・マジック?」 セイカが囁き声でそれを繰り返し、ヴァルヤに神経質な目を向けた。

 彼女も、若い仲間の言葉にならない心情を共有していた。ブラッド・メイジたちはセダス中で恐れられ、罵倒されているが、それも彼らの魔法が苦痛と犠牲を伴うものであり、しばしば他者の心や身体を支配するために用いられるせいだ。それがダークスポーンにも関係しているとなると・・・。 

 ヴァルヤは、ダークスポーンがそのような魔法を用いる話を聞いたことはなかった。彼女はずっと、やつらが心のないけだものに過ぎないと思っていたが、ブラッド・マジックには相当に高度な知識が必要なのだ。

「そんなところだ」とカロネルは言った。「君たちはウォーデンが・・・、奇妙な行動をとった報告を探してもらう。命令に背く、持ち場を離れる、そのような事柄だ。それから君たちは、尋常とは違うダークスポーンについての報告も調べてもらう。我々のように話し、考えるやつらだ。それらの事柄は関連しているのかもしれず、独立しているのかもしれない。どちらでも構わない。両方とも調べてほしい。 

 それらの事柄を目撃した者たちすべてが、それが何であるか理解していたわけではもちろんない。報告は不可解なものかもしれないし、また誇張や歪曲が入り込みやすい。だが、君たちが見つけるどんなものでも役にたつ。ウォーデンの不可解な失踪と、通常の敵前逃亡、あるいは戦闘のため全滅した前哨陣地での出来事を区別するのが難しいことは承知している。また、言語の解読にも多少困難を伴うだろう。数世紀前の文書を集中的に調べてもらうことになるからだ。頑張ってくれ」

「いつから始めるのですか?」とヴァルヤが尋ねた。

「今日からだ」とカロネルが答えた。彼は立ち上がり、彼の濃い青色のチュニックの、目に見えない皺を伸ばすように手ではたいた。「食事を済ませたらすぐに、と言う意味だが」

 その後で口を開く者は誰もいなかった。ヴァルヤは、やきもきするような興奮のため神経が昂り、食事を無理に呑み下さなければならなかった。飢えは以前と変わらないのに、パンとチーズはまるで木屑のように味がしなくなった。

 彼らが食事を終えると、カロネルは彼らを部屋から連れ出し、長く埃まみれの廊下に導いた。彼らの右手、石の壁の上に掲げられたタペストリーには、鎧に身を包んだウォーデンたちがグリフォンに跨り、叫び声をあげるダークスポーンの軍勢に死の雨を降り注ぐ様子が描かれている。左手では、射手のための覗き穴を通して、タペストリーのかすれた色合いをぎりぎり照らし出すだけの陽光が差し込んでいる。

 いくつかのタペストリーの間には、武器が飾られている。それらはダークスポーンの武器のようだ。残虐性が黒く結晶化したもの、残忍で、不細工で、そしておぞましい。それらの刃先は古い汚れが覆っている。血なのかもしれない。あるいはなお悪いもの。ヴァルヤにはわからなかった。身体を震わせながら、彼女は目を逸らした。

「ちゃんと見なよ」とセイカが、彼女の肘の近くで囁いた。少年の目は、へこみのある血だらけの盾に釘づけになっている。「ちゃんと見て、やつらを食い止めることがどうしてそんなにも重要なのか、理解しなくちゃならない。ジョイニング、コーリング・・・、ダークスポーンを食い止めることができるなら、それらも無駄ではない。でもやつらが何物か、知っていなくちゃだめだ」

 ヴァルヤは首を振り、唇を強く結んだ。だが彼女はほんの短い間だけ、壁に釘で打ち付けられた古代の武器を、おそらくそれらの武器が入手された身の毛もよだつような戦いの記憶を描いたタペストリーを見上げた。それから彼女は目を下にやると、再び身体を震わせ、カロネルが一行を導いて、大広間を抜けさせ、ワイズホプトの大きな書庫に続く長い階段を登る間中ずっと、自分のつま先から視線を逸らさないようにしていた。 

 そこは畏怖の念を呼ぶ光景で、書庫と言うよりも大聖堂に近かった。巨大な円天井の窓が隣接する中庭を見下ろしており、繋がり合ったいくつもの部屋の中を曇った陽光で満たしている。灰色の石の棚の列がいくつもいくつも続き、そのすべてに黄ばんだ書籍と骨の中に仕舞われた巻物がぎっしり詰まっており、まるで無限に続くかのようにメイジたちの目の前に広がっていた。香料入りの蝋燭を乗せたシャンデリアが、頭上の軋み音を立てる鉄格子からぶら下がっており、書庫の中を蜜蝋と、杉材と、古い埃のごちゃまぜになった匂いで満たしていた。壁は、グリフォンの紋章、古代の鎧、そして橙、柘榴、たわわに実った葡萄といった装飾用の植物の形に豪華に彫り込まれている。アンダーフェルズの不毛の地で、彫刻家が恋い焦がれた全ての果物、ヴァルヤはそう読んだ。

「君たちは、第四のブライトの時代の文書からはじめてもらう」とカロネルが言って、大書庫の脇にある通路の先の小さな部屋に一行を導いた。「より古い記録は、我々の手には負えない。君たちが古代の言語について学んでいるのであれば、それらも見てくれるとありがたいが・・・、どうやらそうとも思えないので、第四のブライトの頃の年代記でも十分難解だと思う」

***

 ちょっと細かく切りすぎたと後悔していますが。 

 チェンバレンが出て来たので、グレイ・ウォーデンの階級と、役職について、次回にでも復習しましょう。

2014年8月 9日 (土)

Last Flight 1(3)

 ハリポタ風味が増していきます。

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 夜明けになると、サルウェが戻ってきて、シニア・エンチャンター・アイルファスを内密の会合のため連れていった。彼女は他の者たちに、彼らがどこに向かうか告げなかったし、誰もそれを尋ねなかった。

 数分後、美形の若いエルフが扉を敲いた。彼はウォーデンの青色と灰色のローブを、何気ない尊大さとともに身に纏っていたが、彼の態度は、サルウェの軍隊式のしゃちこばった感じに比べればはるかに威圧的ではなく、彼らの誰よりも五歳も年上であるとは到底思えなかった。彼の髪は豪華な蜂蜜色で、緩い巻毛が肩の上まで垂れ下がっている。気取らない笑いが、彼の顔を暖かく見せた。彼は覆いの掛った大きな籠を運んでおり、そこから焼きたてのパンが放つおいしそうな香りがした。

 べリスは傍若無人な十六歳で、彼女の寝台の上に腰掛け、ブラウスを下にぐいと引っ張った。エルフのウォーデンは気が付いていないように見えたが、唇の端が微かに微笑んでいた。彼は若いメイジから注意深く目を逸らし、手にした籠をテーブルの上に置いた。

「ワイズホプトにようこそ」と彼は言った。ヴァルヤは、たまたまべリスとは部屋の反対側に座っていたため、ウォーデンは彼女に正面から挨拶することになった。「名をカロネルと言う。君たちの入団時の評価と、初級教練を担当する。それから、君たちの朝食もだ」 彼は籠のほうを身振りで示した。「ご自由に。パンとヤギのチーズだ。素っ気ない食事だが、まあいける。ここじゃ、贅沢は敵なんだ」

「ありがとう」とヴァルヤが口籠りながら答えたのは、誰かが何かを言わなければならなかったからだ。彼女は頬が徐々に紅潮してくるのがわかった。カロネルは本当に頭にくるくらい美形だった。赤い顔を隠す為、彼女は急いで立ち上がり、籠からバンの塊をひとつ取り出すと、籠をセイカに回した。「なにを評価するのでしょう?」

 カロネルが彼女の赤面に気が付いていたとしても、彼はそのことをおくびにも出さなかった。彼はシニア・エンチャンターが不在の寝台に親し気に腰掛け、皆の顔が見えるように身体を回した。「ホスバーグで学んできたこと。ダークスポーンについて、そしてウォーデンと、セダスにおける我々の責務について知っていること。君たちの魔法の力の強さ、得意な魔法の分野の有無、それが我々のためにどう役立つか知っているかどうか」

「随分と沢山の質問ですね」 ヴァルヤはパンをいっぱいに頬張った口で、もごもごと言った。それを無理やり嚥下すると、乾いた喉を言い訳にできて喜んだ。

「時間は十分ある」 カロネルが皮肉っぽく笑った。「まあ、時間はいくらかはある。多くはないかもしれない。一番大事な質問から始めようか。ダークスポーンについて知っていることは? 戦ったことはあるか?」

「あるよ」とセイカが言った。彼は小さい地味な少年で、直毛の黒髪ととても大きな目のせいで、十六歳よりもずっと若く見えた。「サークルに入る前、ハーロックどもが僕らの農園を襲撃した。弓矢や鋤鍬では撃退できなかったから、僕が焼き殺した。そのときはじめて魔法を使ったんだ」

 ヴァルヤは仲間を驚きとともに見つめた。その話を聞いたことはなく、そんな窮地から彼が生き残ったことも知らなかった。厳密に言えばセイカはまだ本物のメイジですらなく、ハロウィングの儀式を経ていないのでまだアプレンティスのままなのだ。 

 あるいはそうではないのかもしれない。今ではハロウィングなどというものはなくなり、皆がアポステイトになったのかもしれない。サークル・メイジのみがあのひどい儀式を義務づけられていたが、そのサークルはもはや存在していない。

 そうであるなら、おそらくセイカが皆の中で最も経験豊富なメイジということになる。

 カロネルはたいそう感心しているように見えた。エルフのウォーデンは本当の尊敬をこめてセイカに頷き、それから他の者たちを見回した。「そして、君たちは?」

 黙ったまま、ヴァルヤは他の者たちと同様に首を振った。彼女は、ダークスポーンについてもちろん史書では読んでいたし、それらのおぞましき化け物と戦ったことのある者たちから数えきれないほどの話を聞いていた。エルフかヒューマンかに関わらず、アンダーフェルズの子供たちで、ハーロックやジェンロック、そして赤ん坊を食べるオーガについての寝物語で脅かされることなく育った者はいない。だが彼女自身は自分の目で見たことは一度もなかったし、戦いの場で喚き叫ぶそいつらと会いまみえたことなどなおさらない。

「では沢山学んでもらうことになる」とカロネルが言った。「もしウォーデンになったなら、君たちの最大の任務は、もちろん、セダスの人々をダークスポーンの襲撃から守ることだ。君たち自身がやつらと戦わなければならないだけではなく、他の者たちをその戦いに導かなければならない。君たちはやつらについてあらゆることを知らなければならない。その種類、戦術、我々が知りうる限りの発祥と能力」 エルフは間を置いた。「君たちは皆メイジだから、書き物は読めると評価していいよね?」 

 ヴァルヤは頷き、他の者たちもそうした。カロネルは彼らに再び満足げな目を向けた。「結構。そうであれば、ジョイニングの儀式を受けるまでの間、食い扶持を稼ぐ働きをしてもらおう。そしておそらく何か有益なものを学び始めることになるだろう、我々の書庫の中で。

「どうやって食い扶持を稼ぐ?」とセイカが尋ねた。

*** 

 とうやって記事数を稼ぐ?
 こうやって。 一回あたりの文字数制限をかませておきます。

 ところで、まだジョイニングの儀式の前なんですよね。いらんことは言わんとこう。

Adieu!

 ケーシー・ハドソンがBioWareを去ってしまう。

 何があったのか、何を目指すのかはわかりませんが、New Mass Effectも、New IPも、彼以外の者の手によって完成されることになった。

 スタジオGM、アーリン・フリンが惜別の辞を述べている。BioWare Blog。

http://blog.bioware.com/2014/08/07/casey-hudsons-departure-from-biowareea/

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 BioWareにおいて16年近くゲーム開発に携わった後、エクゼクティヴ・プロデューサーのケーシー・ハドソンはBioWareを離れ、人生の新しいステージに立つ決意をした。我々は、彼がBioWareとともにあった時代を振り返り、その熱心な仕事ぶりと献身について、ケーシーに感謝したい。

 Neverwinter NightsMDK2 のテクニカル・アーティストとしてキャリアを開始した後、ケーシーは、2003年のゲーム・オヴ・ザ・イヤーに輝いたStar Wars: Knights of the Old Republic の開発でプロジェクト・ディレクターの役割を果たした。彼がその後、そのチームを引き連れて開発にあたることになったのがMass Effect 三部作であり、それは各種の賞に輝くシリーズとなり、私個人も、そして他の多くの者たちも、我々の世代の最も重要なサイファイ宇宙のひとつであると考えている。ケーシーのこだわりは製品品質、デジタル・アクティング・テクノロジー、そして心を掴んで離さない物語に向けられ、それらはBioWareのみならず、ヴィデオゲーム業界全体に対して大きな影響を与えることとなった。

 ケーシーは、本日朝、同僚たちに送ったレターの中で、その思いを吐露している。

「人生丸ごと分の驚くべき経験をすでになしてしまったという感じがする体験の後で、私はリセット・ボタンを押し、BioWareを去ることにした。本当に必要だと感じていた休暇のときを過ごし、人生の次のフェイズで本当にやりたいことは何かを突き詰めて考え、新しい挑戦に踏み出すことにする。  

 このような変化が容易に行えるときなどというものは決してないのだとしても、私は今がそうする最良のときであると信じている。我々の新しいIPの下地は完成し、チームは、インタラクティヴ・エンターテイメントを再定義することになるだろうと私が考えているタイトルの製造開始前のフェイズに進む。次のMass Effect作品も鋭意開発中であり、素晴らしい素材とプレイアブルなビルドを見れば、チームが今までで最良のMass Effect体験を提供できるに違いないことがわかる。そして、Dragon Age: Inquisitionのチームは、私がゲームの世界で目にした中でも最も美しいヴィジュアルを有する、真に野心的なタイトルの最後の仕上げに勤しんでいる。

 しかし、私が変化のときが来たと感じている一方で、これが私のキャリアの中で最も難しい決心であったことは疑いようもない。BioWareは、私が勤め始めた頃と変わらず、今でも魔法のように魅惑的な場所である。我々が携わるプロジェクト群は、世界で最も刺激的で、誉高いものである。我々のチームの者たちの才能には比類ない。そしてここの人々の中には、私個人の最も近しい友人たちが含まれている。君たちの多くと過ごした時間は、私が家族と過ごしたそれよりも長く、そしてその毎日が楽しいものだった」

 ケーシーはまた、BioWareファンたちへの感謝のメッセージを残している。

「ゲームの仕事に携わるずっと前から、私は、驚くべき、忘れがたい経験が待つ場所に私を送り込んでくれるゲームの力に魅了されていた。私がゲームの中で実際に使われることになる一番最初の素材を作った時(MDK2の中のレーザーの稲妻だ!)、私は、インタラクティヴ・エンターテイメントを創造するプロセスに幾ばくかでも貢献することができる自分が、どれだけ幸運であるのか信じることができなかった。

 今、四つのメジャー・タイトルの開発を主導してきた後、私はそれらのゲームを創造する過程で役割を果たせることの重大さを、心の底から感じることができる。とても多くの君たちが、我々の創造した世界の中で楽しいときを過ごしてくれるという考えそのものが、私のキャリアを特徴づける業績であり、そして君たちの長年にわたる支援があってこそ、成し遂げることができたのだ。

 ありがとう。

 我々のプロジェクトは、確かな腕を持つ者たちに委ねられることになるし、今後は私自身も君たちと同じように、それを遊ぶ楽しみを待ち焦がれることになるだろう」

 愛情を込めた別れの言葉として、私はスタジオ全体に成り代わって、ケーシーの仕事熱心さ、情熱、長年にわたって我々に教えてくれたすべての事柄について、永遠に感謝したい。それは品質に対する系統だった専心、チームワーク精神と仲間意識、そして何よりも先にファンのことを考えることである。しかし中でもとりわけ、ケーシーがスタジオの我々ひとりひとりに、明日は今日よりもより良くなるように要求し続けて来たことをあげておきたい。我々はその精神に則り、目標と進歩に対する自信を持ちながら、Dragon Age: Inquisitionを完成させ、新しいMass Effectゲームと新しいIPプロジェクトに携わることになるのだ。

 ケーシー、ありがとう。これは終わりじゃない、新しいはじまりなのだ。

***

 おそらくどこの会社でもこのような感じの惜別の辞が送られるんでしょうね。スタジオGMは、いわば「工場長」、「開発所長」の立場でしょう。 

 "The Final Hours of Mass Effect 3"の中でケーシーへのインタヴューが読める。

 「ヴァージン・ギャラクティック」の宇宙船で地球の外に出てみたいかと尋ねられたケーシーは、興味がないと答えていた。パッセンジャーでいるよりも、パイロットでありたい(自家用飛行機の操縦は彼の趣味のひとつ)。 

 BioWare/EAも巨大企業になっちゃいましたから、ケーシーほどの業績があっても、なかなかままならないのかもしれませんね。

2014年8月 7日 (木)

Last Flight 1(2)

 ここなんか、なぜ必要なのかはもちろんわかりますし、山寺巡りをしていた昔を思い出したりもしましたが、読む分にはいいけど、翻訳するときには、いっそばっさりやってしまいたいところです・・・。

***

 彼らがワイズホプトへ続く道に歩み出したのは午後遅くであったが、門に辿り着くころには完全に暗くなっていた。二度、アイルファスが水の補給と休息のため小休止を入れていた。サークル・タワーでの生活は、果てしない螺旋階段とともにあったので、シニア・エンチャンターも年齢の割にはそこそこの体形を維持していたものの、どこのサークル・オヴ・メジャイであっても、このブロークン・トゥースを登る道に似たものはなかった。 

 垂直に一千フィート、ワイズホプトと埃まみれの大地との間には隔たりがある。その岩を登る道は、少なくとも三マイルはある険しいジグザグ道で、ところどころ傾斜があまりにきつく、坂道を登るのが困難になっている部分は、古代に彫られた石段によって途切れていた。石段のひとつひとつは、何世紀もの間に渡って数えきれないほどのグレイ・ウィーデンのブーツに踏まれて擦り減り、浅い盆のような形になっており、メイジたちのローブが撫でるのにつれて、わずかな骨の粉を吹きあげていた。

 幅の狭い長椅子が、道の間の広くなった部分で二カ所、石壁から堀り出されており、ごく質素な休息所の役割を果たしていたが、この道を登る間、それ以外に慰めになるものは何もなかった。そう意味するものさえなかった。射手のための細く黒い隙間が彼らを見下ろし、あからさまな不吉の前兆を醸し出していたが、それらがそこにある必要さえなさそうだった。誰であれ、燦々と降り注ぐ陽光の中この道を登ろうとする者は熱にやられてしまい、弓の射程に入るはるか以前にへたばってしまうだろう。黄昏時の涼しさの中でさえ、この登りは苦行であった。

 ついに、丁度ヴァルヤが、自分の両脚が言うことをきかなくなり、慈悲深くも彼女の身体を山腹に投げ落としてしまうのではないかと考え始めた頃、彼らは最後のひと続きの階段に辿りついた。彼らの頭上には、雲一つない空に月が白く輝き、眼下には、アンダーフェルズの茫漠たる荒野が、灰色と赤色の暗がりの中、果てしなく広がっていた。小さい方の扉、巨大な壁のギザギザな表面に隠れて危うく見逃してしまいそうなそれが、彼らの目の前にあった。シニア・エンチャンターが杖の先で敲(たた)くと、しばらくして内側に開いた。 

 無表情な女性が、灰色のチュニックとズボンに身を包み、中に立っていた。チュニックの袖は擦り切れ、鍛冶屋のような腕が見えていた。彼女の唇は古傷のため裂け、前歯の上に平らな白い跡を残して癒えており、歯自体は銀製で、星明りの中で輝いていた。とげとげのついた戦鎚が、彼女の使い古した腰帯からぶら下がっている。

「ホスバーグのメイジたちだな?」と彼女が言った。ヴァルヤには彼女の訛がどこのものかわからなかった。フェラルダンかもしれない。彼女はそれほど多くのフェラルダンに会ったことはないが。

 シニア・エンチャンター・アイルファスは、疲れ切っているにも関わらず、愛想よくお辞儀をした。「いかにも」 

「入れ。お前たちの部屋を案内する。望むなら水浴びもできる、それと食事も。今夜は休め。朝になったら、お前たちが何をすることになるか話してやる」

「もちろん」と、シニア・エンチャンターが言った。「できればお名前を伺えませんか? 私はシニア・エンチャンター・アイルファス、ホスバーグ・サークルの・・・。あるいは、そうであった、というべきか。まだそう名乗れるのかどうかわかりゃせんのです。私の仲間は、ヴァルヤ、ベリス、パディン、そしてセイカ。皆若いが、できる子たちだ。あなた方の使命に才能を役立てるためここに参った」

「サルウェだ」と銀歯の女性が言った。「お前たちには期待している」 彼女は要塞の中に退き、闇の中に姿を消した。アイルファスが杖を下げて一言口にすると、その先に付いた宝石が柔らかく光りはじめた。

 穏やかな光の行列は、アイルファスの杖の先の宝石の輝きを先頭にして、生徒たちのまだ弱い魔法の光が続き、ホスバーグのメイジたちは、ワイズホプトの中に姿を消した。

***

 ワイズホプト(Weisshaupt)は、言わずと知れたウォーデンの本拠地。アンダーフェルズ。独語読みなら「ヴァイスハウプト」。白き頂(いただき)。確かDAOA本編で「ワイズホプト」と呼んでいた気がしたので、その読みを用いています。

 ホスバーグ(Hossberg)は、アンダーフェルズの首都で、ワイズホプトよりも北、ラテンフラス(Lattenfluss、木屑川?)沿い。

 登場人物は、ヴァルヤ(Valya)、アイルファス(Eilfas)、ベリス(Berrith)、パディン(Padin)、セイカ(Sekah)。そしてサルウェ(Sulwe)。たぶん、名前のリアル地球オリジンはばらばら。正しい読みかどうかもわかりません。

 特にアイルファスは悩んだ。アイフェル・タワー(Eifel、エッフェル・タワー)からするとアイルファスかなあ。前回記事に遡って直した。

 べリスも、バーリスかバリスかもね。ベルリスではないな。

Last Flight 1(1)

 固有名詞が・・・。ほんまどう読むのかよくわかりません。

 信じられないことに、(すぐ後に出てきますが)登場人物のひとりであるSekah(セイカと読むのか)、そのオリジンはSeki、日本語のセイキ(世紀)なのだそうだ! ほんまか。剣聖を「ケンサイ」と呼んじゃうよりもわけわからん。

***

第一章

9:41 ドラゴン

 ワイズホプト。

 ブロークン・トゥースの象牙色のビュートを背後に控え、辺境の要塞はヴァルヤの畏怖に満ちた目の前に聳え立っていた。銀色に縁どられた沢山のバナーがそのそれぞれの塔にはためき、それらの紋章は遠目にははっきりと見えなかったが、ヴァルヤには、鋼に似た灰色のグリフォンが青地に描かれていることがわかっていた。それらの下には、分厚い木と鋼でできた門がひとつだけあった。ブラザー・ジェニティヴィの史書には、三頭の騎馬が横に並んで通過できるほどの広さがあると記されていたが、ヴァルヤの立っているところから見れば、ワイズホプトの巨大な石の塊に取り囲まれて矮小化され、彼女の親指の爪くらいちっぽけにしか思えなかった。

 何週間もの間、彼女はこの地を夢見ていた。グレイ・ウォーデンたちの古の要塞、歴史上の英雄たちが永遠の眠りに就いている場所、ブライトの恐怖に対する最初で、かつ最後の防塁・・・、そして今や彼女の住処でもある。その考えは彼女を、恐るべき歓喜で震えあがらせた。 

 彼女の同僚たちの顔から、そのような興奮は見て取れなかった。そこには恐怖があり、彼らはそれを必死に隠そうとしていた。

 ヴァルヤの他に仲間は四人おり、それは一度に徴用されるにしては尋常ならざる多さだ、そう彼女は聞かされていた。年齢は十六から十九までの間で、シニア・エンチャンターのエイルファスだけが例外であり、そのもじゃもじゃの髭は茶色よりも白が目立った。皆がメイジであり、それもまた尋常ならざることであった。伝統によればウォーデンは、セダスのそれぞれのサークル・オヴ・メジャイから、一度にひとりづつしか徴用しないのであった。

 だが伝統は破られた。それも無残に。 

 カークウォールではじまり、瞬く間にオーレイ中に広まったように、セダスのメイジたちは四方八方から狩りたてられ、追い立てられていた。テンプラー騎士団は、彼らの保護者であり守護者であるはずだったにもかかわらず、彼らに牙をむいた。どのようにして、どうしてそうなったのか、ヴァルヤには見当もつかなかったが、彼女はつい数週間前までアプレンティスであったので、誰も彼女に大したことを教えてはくれなかったし、そして噂はありえないほど混乱していた。 

 だが彼女は、ワイズホプトと、そしてグレイ・ウォーデンが聖域であるということは知っていた。

 それ以外のセダス大陸では、世界が狂気に駆られたように思われた。他の場所では、彼女が耳にしたところによれば、サークル・オヴ・メジャイが丸ごと破壊された。それらの塔は地面に引き倒され、その中にいたすべてのメイジとアプレンティスが、幼子も含めて虐殺されたが、彼らの犯した罪といえば、魔法の才能を持って生まれたこと以外には何もなかった。別のサークルは叛乱のために蜂起し、アンドラルズ・リーチの付近のどこかに集結したメイジの軍勢に参画したと言われていた。

 だが、それは別の場所の話だ。ここではなく。ここアンダーフェルズにおいては、男たちも女たちも世界を襲う真の危険を忘れることはなく、かけがえのない命を互いに殺し合って無駄にするようなことはしなかった。彼らのサークルに最初の噂が流れたとき、シニア・エンチャンターはワイズホプトに速やかに伝言を送り、何日も経たないうちにウォーデンの返答がもたらされた。グレイ・ウォーデンへの参加を希望するメイジは誰であれ歓迎すると。そのようなメイジたちがテンプラーに悩まされることはないと。ウォーデンのライト・オヴ・コンスクリプション(徴用特権)は不可侵であり、そしてその聖域の誓約もまたそうであった。

 それにもかかわらず、ウォーデンの招きを受け入れる者はごくわずかだった。グレイ・ウォーデンになる道を選ぶということは、苛烈な暮らしと確実な死を、いずれにせよ意味する。高邁な、古から続く軍団、セダス中のバードたちがその物語を謳い上げるが・・・、誰一人、決して誰一人、自ら望んで参加する者はいない。真に英雄的か、真に絶望的でもない限り。

 ヴァルヤは、自分がそのどちらであるかわからなかった。だが彼女にはテンプラーと戦って死ぬつもりはなかったし、またグレイ・ウォーデンは、サークル・オヴ・メジャイにもまして、エルフがヒューマンたちと対等に渡り合える場所であることがわかっていた。セダスの他のどこを探しても、彼女にそんな地位を与えてくれる場所はない。

 だから彼女は、わずかな身の回りの品を荷造りし、シニア・エンチャンター・アイルファスと、その他一握りの若いメイジたちとともにワイズホプトへ向かうことを申し出た。グレイ・ウィーデンになるために、または、それを目指して死ぬために。

 今、ブロークン・トゥースの影の中で、彼女には他の者たちが自分たちの決心を後悔していることがわかった。それは、彼らが必死に隠そうとしている恐怖と同じくらい明白だった。テンプラーたちは狂信的ではあるが、それでもまだ常人には違いない。理屈が通じるし、おだてたり、脅したり、賄賂を渡すこともできる。ダークスポーンには何一つ通じない。苛烈な暮らしと、確実な死だけが待っている。

 ヴァルヤは一歩踏み出し、ワイズホプトの門に続く長く急な坂道を歩き始めた。

*** 

 まあ・・・。ハリポタいうか、どこかアニメチックな出だしですよね。ぼちぼち続けます。

2014年8月 6日 (水)

Keith Emerson at the movies

 すまん、Last Flightの前に、一言。

 キース・エマーソンせんせの"at the movies"、映画音楽全集(といってもたったCD三枚組、映画は7作品のみ)、ゴジラ繋がりで何の気なしにネットを見ていたら、丁度発売日の直前であった。
 いや、「ゴジラ」(ファイナル・ウォーズ)のサントラCDはちゃんと持っているから。映画は観たことないけど(!)。これからもたぶんよほど暇でもなければ観ないけど。

 目当てはもちろん「幻魔大戦」。ただそれだけです。映画リリースは1983年、CDなんてハード・ソフトがようやく発売されはじめた頃だから、CD版なんてなかった! しばらくたってから出たCD版は買いそびれていた。
 バトル・テーマ?やら、エンディング・ソングやら、まあ、懐かしいこと。
 そして、今聴いてみたら、ぜんぜん、まったく大したことないんだわ。顧みる過去はむべ美しきかな。ノスタルジアという幻想なのですね。

 Nighthawks(1981)とか、映画的には意外にもまあまあの佳作でしたが、ジョン・カーペンターでも作っちゃいそうなテーマ曲だし。他のはきっと一回聴いておしまいだろうな。お蔵入りっ。

A free excerpt from Dragon Age: Last Flight

 ネタもない。わけじゃない。

 Dragon Age: Last Flightの第一章が読める。

http://www.dragonmount.com/eStore/ebook_samples/3443_Dragon_Age_Last_Flight.php

 ここだけじゃなく、他にもありそうですが。

 電子版は8月12日リリース・・・と思っていたら、今見たら9月16日にプッシュバックされたのだろうか・・・。紙版だけかもしれませんが。まさかDAI本編と同期させている、わけないか。

 万が一期待されている向きがおられると困るのですが、さすがに今までの"Asunder"や"The Masked Empire"の労力の水準で紹介することはないと思う。あれ、まじで、大変なんす・・・。「要約版」とかいいながら、全然そうじゃなかったし。むしろ「不完全版」と呼ぶのが正しい。

 それと、著者のLiane Mercielはプロのファンタジー作家ですから。ゲイダーさんやパトリックはBioWareライターということもあって贔屓しますが、そうでもない人のことは別にね。

 とはいえ、第一章だけ読んでもDAロアてんこ盛り。「小説はDAゲーム本編に影響を与える」というのがBioWareのルールだそうだから、完全無視するわけにもいかない。
 どうしたものかと思案中。

 いままでの二人に比べるととても素直な感じの文章なので、ご興味のある方は夏休みにでもご自分で・・・、って決してお勧めはしません。どうせ原書を読むなら、もっと他にいくらでもあります。ましてや若いうちからこんなニッチなものを原書で読んでいたら、その道で大成する覚悟を決めるならともかく、ただの役立たずのオタクになるに決まっています。私のように・・・。 

 いずれにしろ、DAIに直接関係はないんですよね、と思っていたら、物語はいきなりDragon 9:41、あのカークウォールの大騒動の後から始まる。むーん。

 冒頭部分を読む限り、ハリポタかなんかと間違えそうなんですが。グレイ・ウォーデン物語を、いきなり学園ものとか、学窓ものとかのノリにしちゃったりしてないだろうなあ。

 ま、つべこべ言わずに、第一章だけはご祝儀がわりに(意味わからん)ベタでやりますか。次回から。

2014年8月 2日 (土)

We called him ゴジラ

 SaratogaはCVN88、すなわちまだUS NAVYにも建造計画のない、架空の艦でした。

 なんだ、やっぱそうか。

 以上で。って終わるわけいかないし。  

 個人的には、ストーリーの予備知識ほぼゼロで観たおかげもあって、ごくごく素直に楽しめました。
 テロや、ツナミや、メルトダウンについてことさら言い募っても無粋、野暮なだけ。
 そうでなくとも、各方面へ相当な気配り、気遣いをしていることがうかがえる。特に、この手の映画では無視されるはずのファイヤーファイターたちが、至る所で過剰に登場しているところが、少し心に痛かった。

 あげく、ゴジラ自身も、やたらと気配り、気遣いする妙なことになってしまっていますが(破壊神たるもの、進路を塞ぐ船を優しくどかしちゃいけないでしょう)。

 その気配りの甲斐あって、続編の製作も決定されたようでなにより。どうしても観たいと騒いでいた連れは、結果大満足だそうで、もうすでに続編にどのカイジュウが登場するか気をもんでいる(もうあらかたネタバレされちゃっているらしいけど)。 

 気になったのは、タイトル・ロールに、「ゴジラは東宝が創造し所有している」とはっきり書いてあること。これもUS側の気配りのおかげなのか。まさかとは思うが、東宝が強く主張した結果でないことを祈りたい。偉大な先達の遺産に頼り、それを食い潰し、この手の企画を世に問うだけの勇気も実力もなく、そのくせ「オリジナル」であることだけは主張するという、へたれ日本人が一番傲慢であった、などという話ではないと信じたい。

 ポリティカルなところは言うだけ野暮としても、プロットや造り込みの細かいところではかなりアラもあって、調べれば色々言われているようだ。ホノルルにエレヴェイテド・トレイン(高架鉄道)はない、加州ローン・ピークに鉄道はない、とか。だが空母サラトガについてはスルーしながら、ハワイの高架鉄道について云々しても意味がないと思う。あれだって結局気配りの産物なのだろうと思うし。
 サン・フランシスコにおけるスクールバスのくだりも、丁寧にやればずっとおっかなくなったのだが、どうも控え目、おざなりに流してしまったようだ。

 連れはゴジラの敵の不甲斐なさにあきれて笑っていた。でも、ゴジラ相手では荷が重すぎた敵も、電磁パルス(EMP)を放出して電子・電気機器を一切使用不可とする点では、人類にとっては手も足も出ない最凶最悪の敵であったかもしれないんですよね。潜水艦がジャングルの中に置き去りにされているシーン(作中でロシアンの原潜アルファ級と呼んでいながら、実際の造形は明らかにディーゼル潜水艦)はあまりぴんとこなかったが、それに続く、電子制御がブラックアウトしたジェット戦闘機がバタバタ墜ちるシーンはなかなか見ものでした。
 アメリカン大好きなNukeも無効となるとなおさらである(作中触れられているようにNuke兵器だって基本は電子制御)。

 そういえば、カウントダウンは残り三十分を切っていたはずのNukeがなかなか爆発しないので、どうしたんだろうと思ってしまった。ちなみに主人公がNukeとともに最後に乗り込むのは捕鯨船のように見えましたし、船側にもそのようなことが書いてあったような気がします。そうだとしたら、どのような洒落だったのか(あるいは頓着もしていなかったのか)、知りたいところです。

 私以外の日本人の多くが「最強の武器」だと信じている一言、「ヒロシマ」だって、謙さんの英語がへたくそ過ぎて通じなかったわけでもないのに、US NAVYの提督にあっさりスルーされてしまう。とてもよかったと思う。世界の誰にも通用しないことを言い募ったところで、仕方がないことだ。「ヒロシマ」言ってりゃNukeがなくなるなら、今頃世界はNuke Freeになっているはずだ。
 現に、物語のコアプロットにNukeは一切必要がなかったわけだし(あれはそういう意味で辛辣な皮肉なのだ、というのなら見せ方が下手過ぎる)、もっと言えば謙さんの演じる日本人科学者(とブリティッシュの助手)だって、要はただの傍観者(観客の視点)であるのだから、まったく必要はなかった(傍観者がどうしても必要だというなら、頭がおかしくなったと思われていたアメリカン技術者が代わりに役割を果たすことができる)。
 Nukeも日本人科学者も、それぞれ「オリジナル」へのオマージュ、トリビュート的な意味合いでしかない。 

 ともあれ、他国では結構受けたPacific Rimが、日本のねえちゃんたちに全く受けないがゆえに国内でいまいち当たらず、日本が世界中(つうかアメリカン)からバッシングを浴びたときに比べ、日本でも初週堂々一位。私よりもずっと年配のおっさんおばはんたちもよく観ているようだから、興行成績は良いのではないか。続編もすんなり決まって少し安心しました。

 欲を言えば、アメリカン・ゴジラ、アメリカンの自己投影なのかどうか知らないが胴回りが太すぎ。あのでっぷりどっちり体型は、次回作までにダイエットしてシェイプアップする必要がありそうです。それと、謙さん。次も出るなら英語もう少しやっとこう。
(なお表題のシーンで、「ゴジラ」を日本語読みしたのは謙さんのアドリブらしく、あちらのオタクからはものすごく絶賛されている。そこを言っているんじゃありません)

 

2014年8月 1日 (金)

【DAI】Uber!

 バカだから買ってしまいそう。

 Uber

 しおりセットもペンも、絶対必要ないことがわかっていつつも。

 

 さらに告白すれば、コレクターズ版をすでに予約注文しているにも関わらず。

Collectors

 BioWare亡者だから・・・。 

 予約しちゃった。

 

 

SNS利用度で日本は最下位

 これって結構面白いネタかなと思いました。

http://topics.jp.msn.com/digital/general/article.aspx?articleid=5260160

Sns

 見たまんまです。調査対象中、日本が最下位で平均をはるかに下回っている。

 やっぱIT後進国だったか、などという短絡的な結論は記事には書いていない。というかなんの論評もされていない。 

 カラクリはおわかりですよね。特に上位に並んでいる国々を眺めれば、またUSはじめ、UKや仏国、独国などがやはり下位にあることを考えればおのずとわかる。

 このアンケート自体がネットで行われたものであるのでしょう。私はその前提で話をする。(記事には49ヵ国(地域)のインターネットユーザー約55,000人(日本は996人)が対象とあるが、実際どのようにアンケートを集めたかは書かれていない)

 上位の国々では、ネットユーザーはファースト・ムーヴァー(先端的なものにまっさきに跳びつく人たち)に限られている。当然へヴィー・ユーザーであり、かつSNSも当たり前のように使う。そう思われます。つまり国民のごく一部、ITエリート層、ものすごく濃い部分だけ選択的にサンプリングしたことになる。ネットユーザーの98%がSNSを用いる現象、はその説明しかないと思います。

 下位に固まっている先進国では、大多数の国民が好むと好まざるとに関わらずネットユーザーになるしかない、普及が終わってしまっている段階。そこではSNSに興味のないユーザーも当然出てくるはず。むしろ米、豪、英、仏、独などが8割から7割がSNSを利用するというのは、やはりサンプリングがまだ濃いところに偏っている気もします。IT立国を標榜していたフィンランドも低い。意外なのは結構上のほうに来ている伊で、私の仮説の反証になっている。残念ながら私はかの国の事情にあまり明るくない。詳しい方いたらよろしく。

 ただしブービー賞の大陸国には複合的な理由がありそうです。先進国と発展途上が同居していると考えれば、上のふたつの合成関数になるのかな。
 ん、検閲? んー。

 ざっくり言ってしまえば、上でいうSNS利用度と各国ITインフラ普及度との間に逆相関がある、という仮説を立ててしまうこともできる。もちろん諸国の国柄、言語環境、国民性、デモグラフィー(特に世代・年齢分布)、SNS以外のツール、サービスや娯楽の豊富さ、国内政治事情などにも影響されるのでしょう。

 タイトルはへたくそな「釣り」(私は見事に引っかかったが)ですが、なかなか興味深いデーターであると思います。

敵は海賊(海賊版)

 思わずオフィスで吹きだしてしまい、すぐに自分の読み間違いに気がつきさらに笑うという、一粒で(略な経験をしました。下の記事はサーチナ(Searchina)のもの。
 大陸国に関する多くのことがキライな私と違い、大陸国に関する何もかもがキライな方はスルーでお願いします。

http://news.searchina.net/id/1539230

「ワンピース」の海賊船、香港に登場 

 これを一回目、私は下のように読んだ。

「ワンピース」の海賊、香港に登場 

 受けまくり。
「One Pi* ceの海賊版」って、なにそれ。あいつら海賊だろ?
 「海賊の海賊版」は受けますよね、ま、実は大昔からあったネタですが。  

 そして読み間違いに気が付いて、さらに間抜けな自分に対して笑ってしまったわけです。
 何が悪いって「香港」という単語。それで一直線に「海賊船」から「海賊版」になってしまったようです。 

 でもよく考えたら、「One Pi* ceの海賊版」なんてとっくにあるので、ニュースになろうはずがないですね。

 日本の動画サイトで片っ端から消された映像(確かに無断アップロードではある)が、大陸国内では平気で閲覧可能になっているのが普通。
 そして私がそういう映像を閲覧しようとすると。

 「あなたの地域では視聴が制限されています」 

 盗人猛々しいとはこのことをいう。
 この世に正義などありません。

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