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2014年6月

2014年6月29日 (日)

The Masked Empire 15(4)

 主要人物が集合した関係もあり、またエルフとヒューマンではこの世界の「見え方」が違うこともあり、この十五章では視点が頻繁に変わるため、従いサブ・チャプターも増えています。ミシェル、ブリアラ、セリーン、そして今回がもう一度ブリアラ。あともう一回、合計五つのサブ・チャプターがあります。

***

 ブリアラにとって、それからの数日間は魔法の中にかすんでいた。
 起きているときは道を進む。ブリアラ、フェラッサン、そしてミーリスが先行し、どれだけ慎重に進んでも、ヒューマンたちよりずっと先を進んでいることになる。新しいエルーヴィアンに入るたびに半壊した遺跡を探索して、自分たちの他誰もいないことを確認する。それからギャスパードのまずい携行食を、フェラッサンがデーリッシュの逗留地から手に入れた少量の食糧で補い、最後に眠りに就く。

 そこでブリアラは、セリーンと再び一緒になる。ほんの僅かの間だけふたりで抱き合い、眠りの間、ブリアラは巨大なエルフの尖塔が天国に届くのを、魔法で築かれた都市を、笑い、商いをし、戦い、愛するエルフたちを、夢に見た。毎朝フェラッサンに優しく起こされるとき、心はすっきりと晴れ渡っていたが、隣ではセリーンが、まるで泥酔した翌朝のようにふらついていた。ミーリスは、エルフ語で「速き者ら」を意味するシェムレンたちの歩みがあまりに鈍いことを面白がっていた。自分自身も家族を惨殺された身の上のブリアラは、デーリッシュの娘の好きにさせておくことにした。

 そして、彼女のことを無視して道の美しさに浸ることは容易かった。光景にも慣れ、歩を進めるごとに呼びかけてくる微かな歌声を聴いた。まるで自分のいるべきところをついに見つけたような感じがした。光、音、そして灰色に霞んだ世界でさえ、セリーンの邸宅では決して感じなかった、自分の住処であるような感じがする。ブリアラは、覚醒したままの瞑想の心地よさに身を預けていた。

 屍と戦いを繰り広げたものよりも大きな部屋にはその後出くわさなかったが、エルーヴィアンの間を繋ぐ部屋でさえ別の意味で荘厳だった。彼らは、多くの壺とさらに多くの石棺で一杯の部屋をいくつも通り過ぎたが、その中には死の眠りではなく、ウーセナラの永劫の眠りに就く者の寝室もあった。

 そうした部屋に最初に着いた時、フェラッサンは立ちどまり、サテンの敷布の下に半分だけ横臥している古代の屍を見つめた。ブリアラにとって、そこは最初に死闘を繰り広げた部屋と違いがあるようには思えなかったが、フェラッサンの顔は苦悩に歪んでいた。
「無用なことを」と彼が静かに言うので、興味を抱いたブリアラは空想から立ち戻り、そちらを見た。

 屍は休息の姿勢を取っており、清潔で白い寝具によって胸のあたりまで慎重に覆われ、頭と両肩だけが露出していた。覚醒したまま死んだのでもなく、苦しんだ様子もなかった。さすがに肌は、骨にこびりついた皮だけになっている。
 だがブリアラは、屍の喉に一本の薄い切り口があり、枕に古い血痕の跡が微かに残っていることに気が付いた。
「情けのため?」とブリアラが尋ねた。「速やかな死、召使いと一緒に飢えることがないように?」

 ミーリスは冷笑した。「間抜けな平ら耳。ウーセナラの安寧を覚った者に、現世の物質は必要ない。彼らは永劫の長きにわたって眠り、決して飢えることはない」
「ほぼそんなところだ、ダーレン」とフェラッサンが言った。「ウーセナラに就く者のほとんどは、簡素なポーション一本のみで生き続けることができる。水に、肉体を生き続けさせるため蜂蜜と薬草を混ぜ合わせたもの。満月の夜、召使いたちはそれをドリーマーの唇に塗り、新月の夜になったら、ドリーマーの手首の肌の臭いを嗅ぐ。蜂蜜の香りがしたら、身体がまだ調合物を吸収していることを意味するから、ドリーマーにポーションを与え続ける。手首から何の香りもしなければ、ドリーマーがフェイドから糧を得ることを学んだことを意味するから、もうポーションを与えることはしない。それら真のドリーマーたちは、完全な偉業を達成したことを示すため、純白の寝台に安置される」 彼は微笑み、首を振った。「と、古い歌には歌われている」

 ブリアラは、白いサテンの寝具を見た。「復讐のためですね、では」
「なんたる浪費」とフェラッサンが首を振る。「この者は助けになったはずなのに」
「どうやって?」とブリアラが尋ねた。「彼らの帝国は崩壊しつつあった。ウーセナラに就いたものは人々の夢の中に現れることができると言われたではないですか。私たちにエイリアネイジでの幸運を祈る以外、彼らは何をしてくれるのです?」

「何も知らないくせに」とミーリスが言った。「古の先祖たちは、フェイドからこの世界全部を見渡すことができる。我々に、敵がどこにどれだけいるか教えてくれる。ヴェイルが薄い場所では、スピリッツをこちらに送り込んで我々を手助けすることもできる」
「寝ている間に、敵の頸を掻き切ることだってできる!」 フェラッサンの顔が興奮で輝いている。「夢みる者が純粋な魂の持ち主なら、その願いをかなえることができる! あるいは、彼らはただそこに横たわって何もせず、ただ過剰に情緒的なデーリッシュの昔ばなしの題材になるだけなのかもしれない」 彼はにやついた笑いを見せた。

「彼らが我々に何をしてくれることができたか、何もわからなくなった」 ミーリスが床に唾棄した。「どこかの愚かな召使いが、民にとっての善きことよりも、復讐にかまけたから」
 ブリアラが見やった。「あなたはそんな者とは違うはずよ、ミーリス」 ミーリスが向けた怒りに歪んだ刺青の顔に、ブリアラは微笑んだ。「一族の死の責めをサー・ミシェルに負わせたいのはわかるけど、女帝セリーンがエルフにとっての最良の望みである以上、彼女のチャンピオンに手出しはしないほうがいい」

 ミーリスは両の拳を握りしめ、ブリアラは、彼女の瞳に一瞬炎が宿ったのを見たと思った。「お前はどぶのゴミだ、平ら耳」
「そしてあなたは、私たちが生きるため必死に戦っているどぶを目にしたことさえないでしょうね」と、ブリアラが熱を帯びずに言った。「あなたの一族は街のエルフたち、あなたのキーパーが野良どもと呼んだ彼らを引き入れることができた。そうする代りに、あなたたちは馬車に乗って放浪し、私たちの先祖が残した贈り物を探していた。ディーモンを召喚し、自らの破滅を招いた」

 ミーリスは鼻を鳴らし、答えもせずに部屋の向こう側に歩み去っていった。
「冷たいな、ダーレン」とフェラッサンが言って、メイジの後ろ姿を見た。
「あの娘もよ」とブリアラはため息をついた。「彼らに協力していると考えて、私は一体どれだけ多くの情報をあなたに渡したことでしょう? そしてその間、彼らは自分たちのことしか眼中になかった」 彼女は頭を振った。「ギャスパードも、少なくともその点については正直だわ」

「そしてセリーンは、自分のことしか気にかけていないわけではない?」 
「あの人は・・・」 ブリアラは寝台の屍を見た。「あの人は私を気にかけている。そして私を喜ばせるため、エルフを救う」
 フェラッサンは微笑んだ。「正直なのはギャスパードだけでもないようだな」
「セリーンはその人生で権力と贅沢しか知らない。苦境に置かれた者たちのことを理解するため、手助けが要るのは不思議ではありません」とブリアラが言って、自分たちが通ってきたエルーヴィアンのほうを見た。ヒューマンたちはまだ姿を見せない。

「そう言えば、フェンハレルについての古い話がある」
「それは驚きですね、ハーレン」
「傷つくよ」と彼は微笑んだ。「その話では、フェンハレルは狩りの女神アンドリウルに囚われた。彼が断りなくハラを狩ったことが彼女の怒りを呼び、彼を木に縛りつけた彼女は、償いのためこれから一年と一日の間、夜の奉仕に勤しむことを強いた。だがその夜彼女が火を起こしていると、闇の神アナリスが彼らを見つけ、喪われた神々への罪によりフェンハレルを処刑すると言い放った。アンドリウルとアナリスは、フェンハレルの身柄をどちらが手に入れるか決闘で決めることにした」
「それでどうなったのです?」とブリアラが尋ねた。
「君はどう思うんだ、ダーレン?」とフェラッサンが微笑んだ。「これまで何年も私の話を聞いてきたじゃないか」
 ブリアラはしばらく考え込んだ。「フェンハレルは、両方の神を欺き、逃げ出した」

「彼は決闘の最中にアナリスを呼び、アンドリウルの鎧の尻の部分に傷があることを伝えた」とフェラッサンは言って、頷いた。「そしてアナリスはアンドリウルの脇を刺し、彼女は倒れた。次にフェンハレルはアナリスに、その勝利は恐るべき狼のおかげなのだから、自分を自由の身にするべきだと告げた。アナリスはフェンハレルの尊大さをあまりにも無礼に感じ、囚われた彼のほうを振り向いて激しい侮蔑の叫びを浴びせかけたが、そのためアンドリウルが傷つきながらもまだ生きており、自分の背後で立ち上がり、大きな弓で彼に狙いを定めていることに気が付かなかった」 彼は再び微笑み、ブリアラを見た。「アナリスは黄金の矢を背中に受けて倒れ、ひどい傷を負い、二柱の神が傷を癒すための眠りに就いている間、フェンハレルは縄を噛み切って逃げ出した。君は長い間私の話を十分聞いてきたようだ、ダーレン」 彼は、落ち着いた、だが揺るぎない眼差しを彼女に向けた。「もはや自分で書いた方がよいのかもしれない」

「私は神ではありません」 ブリアラはそう言っている最中にも自分が間抜けになったような気分になり、フェラッサンのくすくす笑いに顔を赤らめた。
「今のは決断の話だ」 彼はセリーン、ギャスパード、その他のヒューマンたちが、疲弊し苦痛を受けながら、ようやくエルーヴィアンを抜けて来る姿に目を向けた。「今のところは、女帝の側に戻るがいい」

***

 シェムレン、「速き者」。あるいは「早く進む者」。かつてエルフは不死とされていた。少なくとも(のちのヒューマンにとっては)永久とも思われる寿命を享受していた。頻繁に再生産を繰り返し、あっという間に死ぬヒューマンは、「早く死ぬ者」。

 「指輪物語」へのオマージュですね。「指輪物語」では、(ダーウィニズムの影響でしょうが)その「再生産の頻度」と「限りない多様性」がヒューマンという種族の活力であり、不老不死であるエルフやドワーフ、そしてヒューマンよりはずっと長寿なホビットが活力を喪い、静かに滅んでいく間、世界を支配することになったという造り。

 「指輪物語」では、なぜ不老不死のエルフが、世界を救う戦いに命を懸けるのか。個人的に、考えるのが一番イヤで面倒な話題でした。

 フェンハレルの寓話、みたび。

 んー、どうなんでしょう、世の「神話」に比べるとちょっとひねりが足りない気もするのですが、こんなものですかね。あえて「物語原型」を外そうとしているのはわかります。
 「スロウ・アロー」、ゆっくりした矢の話。王のふたりの娘の話。争う二柱の神の話。
 そろそろ、フェラッサンの謎かけの意味にもお気づきだと思います。みっつとも、直截的な力の行使ではなく、いわゆる「間接的アプローチ」を用いるように推奨している。

 数もなく、力もない(数もまた「力」ですが)。弱者が強者を揺るがすには、自分の力以外のものを用いるしかない。三つの話は「時間」(動的状況変化)、「急所」(出来事の真の原因)、「虚実」(この場合相手の力)を利用するように説いていると言えるかもしれない。

 そうか、よく考えれば「物語原型」、たとえばダビデ(デヴィッド)とゴリアテ(ゴライアス)の話のほうがベタですね。(「急所もの」です)

The Masked Empire 15(3)

 あー、こんなことしてないでBABYMETALの欧州ツアーに行きたいデス(うそ)。

 気づかないうちに、最近ほぼベタ訳になっている。そっちのほうが楽なんで時間がないと流される。今回はやめとこう。

***

 セリーンは、世界の間を渡る道を行く間に、時間の感覚を失っていた。少なくともヒューマンたちにとっては、足取りは遅々として進まない感じがした。フェラッサン、ブリアラ、そしてミーリスは、セリーンやミシェルより早く歩いているように見えなかったが、常に先行し、出口のほうのエルーヴィアンの遺跡で、セリーンの持つ次の世界への道を開くルビーを待っていた。 

 リマッチェは屍の戦士たちとの戦闘で傷を負っており、リエンヌが精一杯治癒したにも関わらず、まだ苦痛を感じているようだ。リエンヌ自身は意識を失った爆発の震えがまだ収まらず、それに加え、彼女はこれまでまともに運動した経験がないようだった。ふたりは集団から遅れ気味で、セリーンが一行の足取りを緩めようと言い出すと、刺すような視線で睨み付けた。

 新しいエルーヴィアンに到着し、古代の墓に入って二、三時間の貴重な休息を取る際にはいつも、リマッチェとリエンヌはふたりでひそひそ話をし、セリーンを、そしてギャスパードのことも同じくらい睨みつけていた。リマッチェの場合は、少なくともセリーンのダガーによって負わされた頬の傷が理由かもしれない。 
 理由はともかく、ギャスパードがミシェルとの決闘に負けた場合、ふたりとも簡単に降伏するとは思えない。彼女か、彼らのほうか、再び日の光を目にする前に死ぬことになるのだろう。
 単純な敵のほうがいかに楽であるか、セリーンは気が付いていた。偽ることもいらず、その感情や真の動機を斟酌することもいらない。殺される前に殺す、ただそれだけだ。

 一方、ギャスパードは、この別世界の道を軍人の精確さで歩く間、上品な会話を持ちかけてきた。
 彼は、エルフの偉業に驚きを隠さず、目を傷めつける光はどうやって克服していたのか不思議がった。エルフには違うように見えるのだ、と告げたセリーンは、ことさら彼と話がしたかったわけではなかったが、彼は休戦中の礼儀を欠かさない努力をしていた。それだけではなく、彼がなにか口を滑らすかもしれないのも会話の相手をする理由だった。
 セリーンのほうが口を滑らすこともありうるが、彼女はその危険を冒す覚悟だった。ギャスパードが認めたように、言葉の戦いで彼に負けたことはない。

 エルフには違うように見える理由は、その大きな目か、それとも呪文の類かとギャスパードが尋ねる。おそらく後者だろう、と言ってセリーンが肩をすくめた。
 ギャスパードはフェラッサンから、自分たちが感じるよりも実際は早く移動していることを知らされていた。馬上を進むより素早い移動で、地上の者は誰も気がつかない。軍にとっての効用は計り知れないものの、自分自身ここで寝るのは好きになれないと彼は笑った。そしてミシェルに、彼ならどこに兵を差し向けるか尋ねた。 

 ミシェルは、真っ先にヴァル・ロヨーに兵を向けると答え、それは大公も同じであろうと付け加えた。ギャスパードは片方の眉を吊り上げ、セリーンの本拠地を堂々と攻撃するのは理に適っているが、チャンピオンの発言としては迂闊に過ぎないか、と咎めた。
 自分は女帝のチャンピオンとして宣誓した身であると、ミシェルは丁重に答えた。そしてエルーヴィアンの真の力は馬よりも船よりも素早く移動できることであり、それによりまず守りを固める余裕が生まれ、どんな噂も打消すことができ、それから兵を結集して大公の要塞に強襲を仕掛けることができるだろうと言った。

 合点がいったギャスパードは、チャンピオン選びは間違っていなかったようだと、セリーンに告げた。セリーンは笑い、チャンピオンの意見に同意だが、それはあくまで女帝である自分自身の軍であると釘をさした。そしてその次に自分がどこに兵を向けるつもりかわかるかと、ギャスパードに謎をかけた。

 リマッチェ公爵は蒼ざめて汗まみれの顔で鼻を鳴らした。セリーンはどうせ本心は答えないのであるから、これは愚者のゲームに過ぎない。
 まったくそうではない、とセリーンが言って、彼を斬り殺せそうな優雅な流し目を向けた。この会話によって、歩む道の不快さを苦も無くひととき忘れることができる。それだけではなく、いずれキーストーンの部屋で決着が付いたとき、負けた方はおそらく生きてはいない。自分の計画を大公に今話しても何の害もないが、それはシェヴァリエの掟によるものではなく、世界最大の帝国を二十年にわたって統治する間に得た、取るに足らない理解によるものだ。 

 その言やよし、とギャスパードが笑って告げ、答えを尋ねた。セリーンは、ライデス、と答えた。激怒したリマッチェが唾棄し、ギャスパードは頭をのけぞらせて笑り、セリーンが「ゲーム」の達人であることを忘れていた、と告げた。

 大公の領地ヴァーチェルを破壊してしまえば、それ以降彼にとって喪うものはなにもない、と説明を加えようとしたセリーンを遮り大公が言った。そうではなく、リマッチェに限らず大公側につく貴族の領地を破壊すれば、他の者は玉座に逆らった者の運命を知って恐怖に駆られるだろう。ギャスパードは、破壊された領地の復讐に燃える断固たる英雄ではなく、盟友たちにとっての危険な存在、いわば歩く疫病になってしまう。

 セリーンのライデス壊滅計画を称賛するギャスパードに対し、自分の領地が俎上に載せられている以上、素直に認めることはできない、とリマッチェが冷たく告げた。それでも優れた計画に違いはない、とギャスパードが彼を咎め、どのみち自分には負ける計画を立てるつもりはないと付け加えた。

 それでもまだ、エルーヴィアンの真の力を引き出したことにはならない、とセリーンが言って、先行するエルフたちのほうを見た。エルフたちは、自分たちよりも素早く移動することができる。
 エルフの軍隊のことを言っているのか、とギャスパードが顔をしかめた。軍隊までいかずとも、帝国のどこにでも誰からも気づかれず出没する偵察隊、散兵として使うことができる、とセリーンが答え、ギャスパードの衝撃を受けたような顔に笑いかけ、こう続けた。仮に大公が生き残り、エルーヴィアンを用いることになったのなら、その発想を自分からの贈り物だと考えてもらいたい。

 ミシェルは、エルフを信用し過ぎることに対する危惧を口にした。ヒューマンの大群の道案内としてひとりかふたりを用いるならともかく、連中が結束して徒党を組めば、そこから叛乱の発想が生まれるのはたやすい。
 彼らはすでに徒党を組んでいるし、ハラムシラルでは叛乱の発想には事欠かなかったではないか、とセリーンが反論する。スラムにエルフの連中を押し込めるとき、シルヴァライトの鎧と軍馬を与える一方で、連中が叛乱の誘惑に囚われないと考えることはできない、とギャスパードが言った。セリーンはエルフに信を置き過ぎている。

 いずれはっきりする、とセリーンは微笑んだが、ギャスパードは笑いを返さなかった。セリーンは自分でハラムシラルの大半を焼き討ちにしながら、まだエルフが信に足ると思っているのか。かのデーリッシュ一族はここの鏡を用いるためにディーモンを召喚した。森の中でも、スラムでも、連中は決して満足しない。たとえ寝室でも。オーレイがヒューマンの帝国である限り。

 セリーンは反駁しようとして口を開けた。彼らが信に足る存在であることを自ら証明する機会を与えるべきだし、それを与えればエルフたちは喜ぶに違いない、と彼女は考えていた。古代テヴィンターは奴隷の背中の上に帝国を築いたが、強制使役による労働によっては、自らの使命を信じる者たちが造り出す偉大な業績をものすることができないことは、歴史が証明している。エルフたちは、愛と、情熱と、忠誠をもってセリーンに、そして彼女が代表する帝国に仕え、そのことがオーレイに、来るべき嵐を乗り越える力を与えるのだ。

 だが結局、その議論に意味はない。来るべきときにセリーンが勝てば、ギャスパードは死に、彼女が負ければ自身が死んでいる。決闘がどう決着しようとも、ギャスパードが間違っていると彼を説得することはできないだろう。
 彼女はため息をつき、沈黙し、先を進むエルフたちに追いつくべく歩を速めた。

***

 これまで、リマッチェのマスクを外した人相についての記述はないですし、セリーンに「顔」を傷つけられたことが、どれだけ彼の憎悪を招いたのかも想像するしかないのですが、ま、私は(冷たい感じの)美形キャラだと思って訳しています。

 アメリカン(BioWareはカナディアンの会社ですが、著者パトリックはカリフォルニアン)が「奴隷」の話を持ち出すときは、全部「眉唾」と思ってしまうのですが、ここで言っていることはまあ正しいのかもしれない。大陸国でも古代の偉業は奴隷を使役して築かれたもの。奴隷職人は技巧が優れていなければただ殺されるだけ。「クリスチャニティ(プロテスタンティズム)こそ資本主義の精神を生んだ」という説が正しいとしても、奴隷にされ、植民地化された民は、やがて解放されても、基本的に働かなくなっちゃった。

 エジプシャンが言い出した、「ピラミッド建造に奴隷は用いていなかった」説の真偽はわかりませんが、以前の説は「当然奴隷を使役したんだろう」という(クリスチャンの歴史家たちの)先入観があったことは間違いない。
 そして修正主義(奴隷を使役しなかった説)が出て来たのは、「自分たちは古代から良き民であった」というナショナリズム定番の要請(たとえば半島国が今盛んにやっている)があったからかもしれませんが、やっぱ上でパトリックが書いているようなリベラリズムの影響があるのかもしれない(ピラミッドのような偉業は、自由意志の産物でなければならない)。
 (もともと働かない、信に足りないから奴隷・植民地化されて当然という)ギャスパードの視点のみならず、セリーンの視点もまた完璧クリスチャン視点なんですね。

2014年6月26日 (木)

The Masked Empire 15(2)

 ヒューマンが前、エルフが後ろ。倒れているメイジたちを除けば、そんな位置関係だったんですね。

***

 ブリアラは、フェラッサンの隣で石棺の上から、セリーン、ミシェル、そしてギャスパードがディーモン・メイジとレヴナントどもの屍の傍に立っているのを見ていた。彼女は弓を掲げ、引き手には矢を用意し、次に何が起きてもいいように構えていた。

 だが、次に来たのは話し合いだった。
 ブリアラは弓を下ろし、ヒューマンたちの馬鹿さ加減に顔をしかめた。「メイカーズ・ブラッド。さっきあそこで、彼女はあいつを殺せたのに」
 フェラッサンが小さく肩をすくめた。「ヒューマン」

 ブリアラは話し合っているヒューマンたちを見た。ギャスパードは堅苦しくしゃちほこばっており、まるで彼の戦場の名誉が、そもそも玉座を簒奪しようとした背信をいくばくかでも帳消しにしたかのようだ。セリーンは姿勢を変え、その小さな一歩が彼女を少し小さく、より従順に見せた。女帝の座に就く前、彼女のため少年たちに碌でもないことをさせようとするとき、彼女はその姿勢を用いていた。ミシェルは文字通り疲労困憊しており、足は動かず、ただ意志の力だけで立っていた。

「確かなことなんて何もないのに」と彼女は言った。彼女はこれまでの戦いでほとんどの矢を射ち尽くしており、戦場からいくらか回収する機会さえなかった。
「まさに」 フェラッサンは跳び下り、ブリアラも続いた。「だがこれは最初の危機に過ぎない。これから先にもあるのは確かだ。君がヒューマンに対して言いたいことは山ほどあるだろうが、死者を火葬にするというのはなかなかの知恵だな」

 ブリアラは頷いた。「それで、ここで互いに殺し合い、それからエルーヴィアンを守護するものが何であれ、その手に掛って死ぬ代わりに、ギャスパードと手を組み、中央の間に赴いて、そこで雌雄を決すると?」
「筋は通っている」
「そうね」 ブリアラは再びヒューマンたちを見た。セリーンはマスクの影であまりに長く暮らし過ぎた。彼女のかすかな微笑みは、彼女が望むものを手に入れたことを如実に示している。「でも彼らがそうするのは、筋が通っているからではない」
「違うだろうな」 フェラッサンはギャスパードの仲間たちを見た。「ミーリスについてどう思うか、教えてくれ」

 ブリアラは話題が変わったことに瞬きし、それからヴァーネーン部族のファーストのほうを見た。彼女はフェラッサンの魔法の攻撃から回復していたが、十数ヤードほど離れたあたりで、意識を失ったままのヒューマンのメイジの近くでまだ跪いていた。彼女の杖は側らの地面に落ちている。「彼女の杖は以前は白色に輝いたのに、今は赤色」と彼女は眉をしかめた。「それでも同じ杖。そんなことよくあるのですか?」

「いいや。だが彼女は、今は亡き自分の部族の魔法の装具でも盗んだのかもしれない」 フェラッサンは思慮深げに、下唇を噛んだ。「それなら、テルヘンの弟子が突如としてあんなとてつもない呪文を用いた、その説明がつくかもしれない

 その呪文も、フェラッサンが極めてあっさり跳ね返したことを、ブリアラは思い返した。「今まで、師匠が天候を操作するところしか目にしてきませんでした。あんなことができたなんて」
「そうかね?」 フェラッサンはこくりと頷いた。「君と一緒のときには、それほど多くのメイジと出くわさなかったからだろうな。あの呪文は、他には何の役にも立たない」 フェラッサンは首を振り、微笑み、だがその目は遠くを見ていた。「十分長く生きていると、ごく稀な場面にしか用いないような呪文も学ぶだけの時間が手に入る。ほとんどのヒューマンは炎と稲妻を放り投げていれば満足するのだろうが」 

 ブリアラがそれに応じようとすると、ミーリスが咳き込み、彼女たちを見上げた。
「ミシェル」と彼女は言った。
 セリーンとギャスパードは部屋の遠くの端にいた。そうであるならば、対処するのは彼女の役目だ。
 十数ヤードの距離なら、ブリアラの矢は十本のうち九本、そのメイジの片目を貫くことができるが、ふたりの間には石棺があって、ミーリスは一度の横転でその陰に身を潜めることができ、彼女たちを皆殺しにする呪文を唱える時間を稼ぐことができるだろう。

 ブリアラは弓を掲げ、矢をつがえて構えた。「セリーンとギャスパードは一時休戦したのよ、ミーリス。その杖に手を伸ばしたら、あなたは休戦を破ったとみなす」
 ミーリスは彼女を睨み付けた。「お前にはわからない、平ら耳。私の部族はミシェルのせいでみんな死んでしまった」
「そうね」とブリアラは弓を下げずに言った。「平ら耳のシティ・エルフに、愛する者をシェヴァリエに殺される気持ちなんてわからないものね?」

「ミシェルが君の部族をどうやって殺したというんだ?」とフェラッサンが尋ねた。「嵐と稲妻を呼んだのは私だ。とはいえ君の復讐の矛先を向けられても困るが・・・」
「イムシャエル」 ミーリスはその名を吐き出した。「ミシェルがイムシャエルを解き放ち、イムシャエルが私の部族を皆殺しにした」
「君の部族は、古代のディーモンを囚われの身にしていた」とフェラッサンが言った。「復讐を向ける相手は、そんな愚かな真似をしたテルヘンではないのだろうか」

 ミーリスは苦々しげに笑い、まるでフェラッサンが言葉を発しなかったかのように続けた。「私が生き永らえているのは、私を殺さなかったミシェルの選択を、イムシャエルが愉快に思ったからに他ならず・・・、そしてその代わりにあいつを殺すことにした私の選択を、あのディーモンが尊重したから」 彼女はミシェルを見て、指を杖に伸ばした。
「やってごらん」とブリアラが言った。「でも私には彼が必要なの。あなたが杖を手にする前に、あなたの心臓は矢に貫かれる」

 フェラッサンは面白そうにミーリスを見た。「それでもまだ、君には選択の余地がある。ブリアラの矢をしのぎ、君のスピリットの魔法でそこらの屍から少々のエナジーをかき集め、自らを癒すことができるかもしれない。先刻君が身に帯びた力からみて、私が君を殺す前に、君がミシェルを葬り去る間くらいは生き延びることができるかもしれない」
 ブリアラはフェラッサンに一瞥を投げ掛けた。「彼女をけしかける、何かわけでもあるのですか?」
「そうだ」 フェラッサンは片手で礼儀正しく身振りをし、もう一方の手で杖を掲げた。「ミーリス?」

 彼女はこの上ない憎悪の眼差しで彼を睨み、その目を杖に走らせ、次にミシェルに、そしてブリアラと、彼女が解き放たんばかりに構えている矢に向けた。
「ブリアラ、フェラッサン、待ちなさい!」 セリーンが部屋の向こう側から叫んだ。
「ミーリス」とギャスパードが続けた。「わしは休戦を受け入れた。わしらは彼女たちと同行して、このメイカーもお許しにならない墓場で出くわす敵が何であれ、協力して当たることにした」

「中央の間に辿りついたら、公正な戦いによってわたくしたちの争いに決着をつけることにします」とセリーンが言った。「その勝者がエルーヴィアンを手に入れる」
「お前は、私にあいつを殺させると言ったのに」 ミーリスはミシェルを指差した。
「そして、今は待てと言っておる」とギャスパードが言った。「さもなくば、シェヴァリエの誓いに従っておぬしの頸を刎ね、その胴体をおぬしの一族の他の者らのところに投げ捨てねばならん」

 ミーリスは歯を食いしばり、また緩めた。「お前を信じるべきではなかった」 彼女はゆっくり、注意深く杖を拾い上げ、収納帯の中に戻した。「お前たちシェムレンは、自分たち同士の約束以外は皆破る」
「いい娘だ」とギャスパードが言った。「そして、できれば、リエンヌとリマッチェの介抱をしてもらいたい」

 ブリアラがフェラッサンを見ると、彼は肩をすくめていた。
 彼女が予想したとおり、彼らは休戦した。そしてフェラッサンが指摘したように、筋は通っている。
 だがブリアラは、ミーリスに完全に異議を唱える気にはならなかった。

***

 前回のフェラッサンの魔法は、ファンタジーRPGファンご存じ「ディスペル」の強化版、原文では"enhanced dispelling"。「魔法消散」と苦しい訳ですが、確かにメイジ相手以外で役に立つことはないでしょうね。
 ブリアラが「師匠の天候を操る魔法しか目にしたことがなかった」。原文は"control the elements"で、RPGマニア的には例の「四大元素」、「エレメンタル」とやりたいところですが、ウィークス氏の遣い方ではここは「天候」、「自然の風雨などの猛威」のほうのようです。というのも後にフェラッサンは「ヒューマンたちは炎や稲妻を放り投げて喜んでいるだけ」("Most of the humans are happy enough just to throw fire or lightning.")と言ってますし。
 というか、このあたりのフェラッサンのセリフもいちいち奥深いんですよね。

2014年6月25日 (水)

【DAI】出ました! って誰だっけ?

 やっぱなあ。 

http://www.dragonage.com/#!/en_US/news/character-profile-cole

 だって、顔があれだもんなあ。

Cole

 そしてライターはパトリックなのかあ。相変わらず上のインタヴューでもべらべらと色々話してますが、それは公式にいずれ日本語訳が出るでしょう。饒舌なライター・・・。んー。あ、レイドロウのおっさんもそうだったか!

 ゲイダーさんの小説"Asunder"のときとは別のキャラクター・アークになったのだそうで、書き手が違うのだから、それが自然でしょうが、「人々がいつの間にか忘れてしまう」キャラクターであることは変わらないのだそうだ(って、上の画像にも書いてあるな)。

 んー。インクイジションのメンバーの記憶には残るんですよね・・・。

 あれ、どうすれば彼を記憶に残すことができるんだっけ?

 ・・・。

 あれ? 誰の話だっけ?

The Masked Empire 15(1)

 戦いはまだ続く。

***

 第十五章

 サー・ミシェルは、ここまでの苦痛を経験したことはなかった。スラムでの子供時代にも、アカデミーの厳しい訓練の間にも。
 フェラッサンがエルフの少女の呪文を打ち破ったのがなんであれ、それが彼をも救った。エナジーの残渣が彼の四肢に安らいだ温かさを送り、重圧を受けて間違いなく折れていると感じられる肋骨の激しい痛みを和らいでくれる。それでも、彼のギャスパードに対する一時的な有利さは失われた。大公はミシェルを取るに足らない相手と見なしているだろう。彼が何とかして立ち上がり、膝の震えをどうにかして抑えようとしている間にも、それはわかっていた。

 だがギャスパードは仕掛けてこなかった。彼はミシェルを見てさえいなかった。その代りに、彼は部屋の遠くの端を見つめ、剣と盾でモリ漁師の構えを取っている。それは守りの構えで、疲労から立ち直ろうとするときに用いられ、そしてほとんどのシェヴァリエが、相手に太刀打ちできないときに選ぶ構えだと嘲り笑うものだった。瞬きしたミシェルがギャスパードの視線の先を追うと、そのわけがわかった。

 部屋の中の最も大きな三つの石棺が開き、そこから屍が立ち上がった。だが、先刻ミシェルが数知れぬほど倒した爪の生えた単純な化け物たちとは異なり、そいつらは、彼の訓練が想定していたあらゆる敵の範疇を明らかに越えていた。

 化け物のうち二体はただの骸骨だが、やつらが立ち上がると回りの空気が魔法で輝き、とげのついた、ごつごつして近寄ることがぞっとするほど難しく思える鎧が、やつらの身体を包み込んだ。二体ともミシェルの背丈ほどもある大剣を手にし、とげのついた兜の下には、虚ろな眼窩に冷たい光が燃えている。ミシェルはこの手の化け物の話を聞いたことがある。レヴナント、目につく生きるもの全てを葬り去る恐るべき戦士。

 三体目は、ミシェルにもその名前がわからなかった。それは宙に浮きあがり、エナジーの渦が激しい黄金の風のようにその回りを取り巻き、それが赤色と黄金に輝くローブの形になった。その骨ばった爪にはエナジーがパチパチと鳴り、それ以外の武器は身に着けていない。その頭の回りには、魔法が黄金の頭蓋帽を造り出し、その下では、灰色の肌がまがいものの顔を形作り、石炭のように燃える両眼は悪意に満ちた眼差しを投げ掛けている。

「エラハレル」 フェラッサンが吐き出すように告げ、ミシェルは、そのエルフの声がとてつもなくすさまじい怒りと恐怖を帯びていることに驚いた。「やつは、あー、ディーモン・メイジだ、いうならば。だが実態は、その呼び名よりなお悪い」

 ミシェルは、他の者たちを振り返った。ブリアラとセリーン、それにリマッチェも立ち上がっている。フェラッサンは彼が先ほど用いた魔法のため疲弊しているようだ。ギャスパードのメイジたちの具合はさらに悪い。エルフの癒し手はまだ地に伏し、震えており、若い貴族のほうは意識がない。
 ギャスパードの兵たちは誰一人生き残っていなかった。爆発で死んだか、より悪いことには、エルーヴィアンが破損した際に、鏡と鏡の間のあのおぞましい道に永久に取り残された。

「ギャスパード!」 セリーンが鋭く言った。「力を合わせるべきではありませんか」
 大公は彼女を振り返り、次に墓から蘇った恐怖を見やった。「よかろう」 彼はミシェルを見やり、その唇にかすかな笑いを浮かべた。「では参るぞ、同輩。戦場でシェヴァリエと会いまみえることがどれだけひどい過ちであるか、この化け物どもに教えてやろう」

 ギャスパードには、ミシェルがようやく立っていられるだけであることがわかっていた。勇気づけか蔑みのつもりかわからなかったが、そのどちらであっても、ミシェルが背筋を伸ばすために十分な喝を入れた。彼は剣を掲げてモリ漁師の構えを取り、盾の握りを固め、ギャスパードに厳粛に頷いた。「いいでしょう」

 それから、彼は重々しく前進し、その一歩ごとに、へこんだ鎧が両肩と脇腹に当たる痛みに顔をしかめた。ギャスパードも足取りを合わせた。全力で突進はしない。なぜなら得体の知れない強力な化け物に突進するのは愚か者のやることであるからだ。軽い足取りなら、鎧に包んだ全身の力を第一撃に乗せることができる。

「ディーモン・メイジを倒さねばならん!」 後方からフェラッサンが叫んだ。「ダーレン、道を開け!」
 稲妻のような素早さで矢が右側のレヴナントの鎧を打ち、同時に岩が左側のやつに直撃した。息せき切りながら、ミシェルはレヴナントどもの間を抜け、メイジの屍、フェラッサンがエラハレルと呼んだそれに駆け寄った。
 彼が手の届くところに近づいた時、そいつは両手をあげた。エナジーが頭上から降り注ぎ、ミシェルは両膝をつく。部屋がぐるぐる回り、感覚のなくなった指から剣を取り落さず済んだのは、ひとえに長年の訓練の賜物に他ならない。

 諦めるのは簡単だった。彼は部屋中の屍を倒したのだ。任務を全うしなかったなどと責められる謂れはない。シェヴァリエにも限界はあり、古代のエルフ・メイジの蘇った屍は間違いなく強敵と呼ぶに相応しい。遠くのどこかで、炎が唸り、稲妻が砕け、フェラッサンが魔法を呼び起こしている。

 そのとき地面がまたしてもミシェルの足元で揺れ、吐きたくなるような捻じれとともに、自分がメイジの屍の前ではなく、レヴナントの一体の前に立っていることに気が付いた。そいつの鎧の胸板と脛当てからは一ダースもの矢が飛び出しているが、そいつは気にもかけない様子で大剣を握っている。

 ミシェルが掲げる盾が辛うじて間に合ったが、振り降ろされた一撃はこの世のいかなる者がそのような武器を振り回すよりも素早く、その力は危うくミシェルの腕から盾を引きはがしそうなほどであった。彼がよろめいてる間にも、目にもとまらぬ速さで剣が再び振り降ろされ、ミシェルの守りを打ち破り、彼の身体はもんどりうって後ろに倒れた。

 ミシェルは石棺のひとつに激しく打ち付けられ、その物理的な衝撃は彼の心にかかった霧を振り払うに十分だった。正気を取り戻した途端、彼は自分に向かって大剣が振り降ろされるのを目にした。ふらつき、背中は石で塞がれ、ミシェルに身を守る手立てはなかった。
 ギャスパードの盾がその一撃を食い止めた。
 大公自身も、その一撃の威力を受けて跪いた。彼は跳び込んできた、ミシェルは遅まきながら気が付いた。間違いなくとどめとなったはずの一撃を阻止するために。レヴナントでさえそれには不意をつかれたようで、そいつは一瞬後ずさりした。

 ギャスパードは今ここで死んでしまうかもしれない、そうミシェルは気が付き、そしてもし彼がそのとおりになれば、あまりに怯え、疲弊しきって戦うことのできなかったもうひとりのシェヴァリエを守ったあげく、死んだことになる。
 サー・ミシェル・デ・シェヴィン、オーレイの女帝セリーンのチャンピオン、彼はそんな伝説を残すわけにはいかない。

 咆哮をあげ、ミシェルは飛び跳ねると、レヴナントの腕に斬りつけ、肘の丁度下あたりの魔法の鎧と古代の骨を切り裂いた。地面に落ちる代わりに、腕はそのままの場所に残り、ミシェルは、傷つけた部位から魔法の巻きひげが蛇のように現れるのを見た。ミシェルは自分の盾の縁をその傷に突っ込み、レヴナントが怒りに満ちたシューという音をたてるとともに身体を近付け、剣の柄がしらをそいつの顔にお見舞いした。

 そいつは呻き、激しく身体を揺らし、ミシェルの盾から腕を引きはがして、おぞましい剣を用いようとしていたが、やがてもう一方の腕を振り上げ、小手をつけた指を爪のように折り曲げた。
 ギャスパードが野蛮な笑い声をあげながら、レヴナントのもう一方の手を手首のところから斬り飛ばした。大公はミシェルと目を合わせ、小さく頷いた。それからふたりはレヴナントから身体を離し、揃って振り向くと、古代の戦士の両脇からそれぞれ一撃を見舞った。

 ミシェルの振りは胴体を切り裂いた。ギャスパードの振りはその肩を切り取った。この世のものではない化け物が後ずさりし、魔法の束をほとばしる鮮血のようにまき散らしていると、ミシェルの耳の近くを一本の矢が音を立てて飛び去り、レヴナントの兜の下でシューと音を立て、爆発とともにしゃれこうべの後頭部を打ち砕いた。
 古代の骸骨は、身体中が壊れ、砕け散り、剥き出しの骨の姿でそのまま地面に倒れた。

 ミシェルは身体をまっすぐ起こし、彼を立たせ続けているこの戦いの激情が、いつ何時立ち消えるかわからないことに思い至った。もう一体のレヴナントは、地に伏したリマッチェ公爵の傍に立っていたが、そいつもまた倒れかけており、その全身を覆った氷は魔法の鎧さえ軋ませ、それが砕けるにあわせ金切り声をあげた。その胸板に一本の矢が命中し、次に部屋中に火の玉の爆音が轟き、煙が晴れたときには鎧と剣は消え去っており、ただ黒焦げになった骸骨が地面に崩れ落ち、同時に塵と化した。

 メイジの屍は宙に浮きながら進み出て、その掲げた両手の間にはパチパチとエナジーが音を立てている。
 ミシェルはそいつに突進し、闇雲に剣を振ってその化け物が放とうとしている魔法を邪魔しようと試みたが、彼が近づく前に、セリーンが石棺の影から歩み出て、両手のダガーをそいつの背中に突き刺した。

 そいつは怯み、解き放とうとしていたのがどれだけ恐ろしい呪文かわからなかったが、それも遮られ、ミシェルにとっては十分な時間が生まれた。
 彼の一撃は、素早く鮮やかに化け物の頸を刈り取った。大公ギャスパードがほぼ同時に駆け寄り、そいつの肩から股にかけて切り裂いた。
 屍に憑依していた邪なディーモンは逃げ出し、打ち負かされ、さらにもう一体の古代の骸骨が床に崩れ落ちた。

 セリーン、ギャスパード、そしてミシェルは、危うく彼女らを葬り去るところだったその化け物の傍らに立っていた。いまや惨めな姿にしか見えないそれは、かつてはローブだったぼろ布を纏うただの骸骨だった。あまりに多くの骨が無慈悲に散乱しているので、はっきりそう言うのは難しいが、その骸骨は小さく見えた。生きていた頃には、そのエルフのメイジの背丈は自分の肩までもなかったのではないだろうか、とミシェルは思った。
 彼はメイカーに簡単な祈りを捧げた。このメイジがどんな野蛮な神々を祀っていたのか知らないが、屍をディーモンどもに憑依されるような謂れはなかったであろう。

 それから彼はセリーンを見た。彼女も骸骨を見ていたが、計算高い注意を払っていることから見て、彼女が熟考していることが知れた。彼女は両手のダガーの握りを変えており、彼女の視線は骸骨から離れず、ギャスパードのほうを見ようとしておらず、それは大公が、普通は彼女の注意を引くはずの低い笑い声をたてても変わらなかった。

 彼女は彼に警戒されたくないのだ。
 ミシェルは、彼女がそう考えていることがわかった。彼女がほんの僅かだけ身体の重心をずらしたのは、彼女の刃がギャスパードの喉を容易に切り裂けるようにするためであり、戦を終え、休戦を無視すること以外に何の代償も払わず、彼女が再び玉座に戻るためであることがわかった。

 誰も気が付いていない、ミシェルを除いては。彼は攻撃する必要すらなく、ただ何もせず立っていて、セリーンがギャスパードの不意を突く間、黙っていればいい。ミシェルは異議を唱えるべきかもしれないが、セリーンがシェヴァリエではない以上、ミシェルとギャスパードが重んじる名誉の掟に彼女が従う謂れもない。 

 だが、ミシェルこそは、シェヴァリエだった。
「ギャスパード」とミシェルが言って後ずさりし、剣を下げた。「休戦はこれで終わりか、それともまだ続けるおつもりか?」
 彼は、セリーンの瞳の苛立たし気なきらめきには、気づかないふりをした。

*** 

 戦闘シーンが続いて、正直しんどいんですけど(笑)。でも、ここでもまた、ターンベースト、テーブルトップRPGの香りがぷんぷん漂ってますね。

 ミシェル視点なので、もう一体のレヴナントとリマッチェの戦いはどうなったのかなあ、ブリアラの矢がいつの間に爆弾になったのかなあ、ディーモン・メイジあんまり出番がなかったけど、どうやって食い止めたのかなあ、とかまあ、そういうのは読者が想像しましょうね、ということでしょうね。

(ディーモン・メイジなにしてたの、への言い訳としては、レヴナントが鎧と剣を身に着けていたのは、ディーモン・メイジの魔法だったのです、というものかな。レヴナントが倒されてからはじめて前に出て来たってことで。それからミシェルに絶望か諦観を与える呪文を投げたり、DAシリーズではおなじみの相対する敵を入れ替える呪文を使ったり、小技は使ってるようですね) 

 前回とあわせ、サー・ミシェルに艱難辛苦が襲い掛かりますが、どんだけ打たれ強いんだと。
 また、ギャスパードが同輩シェヴァリエの窮地を救うシーンは前にも出てきました。ここら辺は、剣と魔法の物語に限らず、騎士道もののロマンチシズムとして、笑って見過ごすところでしょうね。・・・、涙ぐんだりしてませんから。

 まあしかし、女帝と大公の休戦が続くとして、結局どんなパーティーになるのか、数え上げると面白いですね。

2014年6月22日 (日)

The Masked Empire 14(4)

 十四章ラスト。

***

 振り返って大公を目にした瞬間、セリーンの世界は熱いものから冷たいものへと変わった。
 ギャスパードは彼女たちが用いたものと同じエルーヴィアンから出てきた。それは彼らの背後でまだ動いており、セリーンには、それが自分のルビーのせいか、ギャスパード自身がどうにかしてディーモンと取り引きを交わしたためかわからなかった。

 彼は部屋の端に立ち、その両脇にはリマッチェ卿と、灰色のサテンのローブに身を包み、柔らかい白色に輝く杖を手にした若い女性が立っている。彼らの後ろでは、エルーヴィアンを通って兵士たちがまだ現れ続けている。
 彼女たちは数の上で劣勢だ。それもひどく。ミシェルは誇り高く毅然とした風情を保っているが、疲弊しきっているに違いない。
 それでも、今しかない。ギャスパードの残りの兵たちが扉を通り抜けてしまえば、もう勝機はない。

 彼女は攻撃を命じるため口を開いたが、視界の隅の小さな動きが目に入った。ブリアラが、ほんのかすかに首を振っている。
「大公ギャスパード」とセリーンが澱みなく言った。「相変わらず驚きを与え続けてくださいますね。もっとも、もう少しだけ早く到着なされたなら、手を貸していただけたのですが」
「屍との戦いにか?」 ギャスパードがにやりと笑った。「助力を求められたら、名誉にかけて手助けしなければならんところであった。遅れてきたのが僥倖」

 セリーンは目立たない慎重な動きで退き、彼女とギャスパードの間に石棺を挟むようにするとともに、ブリアラの姿がより良く見える位置に立った。ブリアラは矢をつがえた弓を掲げてはいるが、まだ弦を引いてはいなかった。セリーンがちらりと見やると、ブリアラは小指で弓を叩いている。バードの技倆の訓練を受けていない者にとっては、だらしない戦士の神経質な仕草にしか見えない。
 バード同志の会話では、ブリアラの仕草は「連中がもっと近くに来るようにけしかけろ」を意味する。

 セリーンにはブリアラの意図が掴めなかったが、その仕草そのものが何か企てがあることを仄めかしており、セリーンは今それ以上知る必要はない。「いつまで分別のないことをお続けになるつもりですか、ギャスパード? この権力争いのため、あなたはどれだけ多くの命を投げ捨てたのでしょう? 『ゲーム』に従うことを拒否するあなたのせいで、これからどれだけ多くが死ぬことになるのでしょう?」

おぬしの『ゲーム』だ」とギャスパードが言った。「わしのではない。これからどれだけ多くがかと言えば・・・」 彼は肩をすくめ、にやりと笑った。「必要なら必要なだけだ。だがわしのほうが少ない」
 彼の確信はあまりに揺るぎない。彼女は足元をぐらつかせる必要があった。「そしてわたくしがあなたの求婚の申し出を受け入れたなら?」
 ギャスパードの笑いが消えた。「わしは真面目に申し込んだのだ、セリーン。だが今となっては、それもまたおぬしの別のゲームのひとつだ。言葉の戦いではおぬしに勝てん。決してな」 さらに多くの兵たちが彼の後ろにひしめき合い、彼は前に進み出た。
 セリーンがブリアラを見やると、彼女の符牒は「まだ」だった。

「言葉を操るのがそれだけ苦手というのなら」と彼女は言った。「オーレイの玉座は、あなたがお考えになるほど快適な場所ではないかもしれませんね。あなたは背伸びしすぎているのです。粗暴な戦士が、力いっぱい剣を振り回していれば、帝国の安全を守り続けるに足りると考えているだけ」 彼女はギャスパードの隣に立つ男を見た。「リマッチェ公爵、シェヴァリエでもないのに、次の大公の座が手に入ると妄想する者。そして・・・、若きレディ、リエンヌ・デ・モンツィマード」と彼女は言ったが、それは少女の面影から推測しただけであった。「あなたは、ギャスパードがサークルを配下に置いたその後でさえ、ひとりのアポステイトへ庇護を与えると信じている。将来の帝国の支配者たちは・・・」 セリーンは冷たく笑った。「女帝とチャンピオンが屍と戦う間、臆病にも扉の前で震えていたのでしょうね」

「そうだ、セリーン、それを戦術と呼ぶ」とギャスパードは言って、ため息をついた。セリーンはリマッチェが非難の言葉に怒り、リエンヌは何も気にせず肩をすくめているのを気に留めた。「おぬしがチャントリーに阿(おもね)り、廷臣どもと世辞を交わしている間、シェヴァリエがわしに教えてくれた高貴な発想だ。それでうまくいったのかね、ところで? テンプラーどもとメイジどもが、この栄光ある帝国を戦に引きずり込むことにならずに済んだのかね?」
あなたこそ、わたくしたちの栄えある帝国を戦に引きずりこんでいるのに、それを論争の種にしようとするのですか」

 セリーンは首を振り、その身振りの間に、ブリアラの片方の足のほんのかすかな仕草を見た。彼女は自分のダガー、この部屋の古代の罠を作動させる床板のところにまだ刺さったままのダガーを示している。それでようやく、セリーンも合点がいった。「そしてわたくしたちの国土が、フェラルデンやネヴァラによってさらに奪われたとき」と彼女は続けた。「そのときあなたは、決して戦うべきではなかった戦いに負けたことに腹を立て、自分の落ち度ではないと言い募るのは間違いありません」

 ギャスパードは睨み付けた。「だが、この戦はわしが勝つだろうな、セリーン」と彼は言って、さらに多くの兵たちが鏡を通って部屋に入ってきたため、また前に踏み出した。「弓兵、矢をつがえよ。おぬしらのかつての女帝がわしに忠誠を誓うと懇願するなら、彼女は生かす」 最後のひとりが鏡から歩み出た。セリーンが驚いたことには、それはデーリッシュの逗留地にいた若いエルフの癒し手であった。「鏡は?」

「私たちの後ろで閉じました」とエルフが言って、セリーンに冷ややかな視線を浴びせた。「でも、あの女が持つ宝石を手に入れれば、お望みのどのエルーヴィアンでも私が開けてみせましょう」
「今すぐ手に入れてやろう、セリーン?」 彼は微笑み、彼女が何も言わなかったので、視線を逸らすことなくギャスパードがこう告げた。「兵よ、彼女とその仲間が愚かにも戦おうとするなら、その場で殺せ」 そしてブリアラの方を見やった。「少なくともおぬしは、自分の民とともに埋められるわけだ」

「私が囚人の馬車に座っていたとき、あなたが私を何と呼んだか覚えていて、ギャスパード?」 ブリアラが尋ね、石棺からゆっくりと下に降りた。
 ギャスパードは片方の眉を吊り上げた。「わしに比べれば目に優しい、か?」
 地面に降りた途端、彼女は自分のダガーを蹴り飛ばした。
「違うわ。油断も隙もない奴、よ」

 彼女が石棺の影に飛び込んだとき、多くの矢が音を立てて彼女の脇を飛び去り、ブリアラは一本だけ自分の矢を放った。
 それは、弦を半分だけ引いて放たれた緩くてぐらついた一撃で、鎧を貫くことも、骨に突き刺さることもできなかったろう。
 だがそれは、ギャスパードの足元近くの床にある小さな圧力板を起動させるには十分だった。

 爆発の光と音響の中、焔の咆哮が宙を埋め尽くす。衝撃はセリーンを地面に押し倒し、耳なりを生み、さっきまで彼女が立っていた場所を焔が覆い尽くした。朦朧としたまま息を継ごうとした彼女は、爆発が彼女を押し倒したのではないことに気が付いた。それはミシェルで、彼は自分の身体を盾にして彼女を守っていた。彼が横転して身体を離し、何事もないように立ち上がったが、セリーンは彼の鎧から煙が上がっていることに気が付いた。

 ギャスパードとその兵たちが立っていた地面は黒焦げになっており、兵の多くは焼け焦げて床に転がり、新しい屍として古い屍の仲間入りをしていた。ギャスパード自身は、ミシェル同様にその鎧が焦げていたが、再び立ち上がったその顔つきは険しい。リマッチェは数ヤード離れたところで跪き、咳き込んでおり、リエンヌは静かに横たわったまま身動きしていなかったが、エルフの癒し手は、パチパチいう魔法のエナジーの輝きの中に守られながら、彼女を物珍しそうに見下ろしていた。

 彼らの後ろでは、全員が通過してきたエルーヴィアンに蜘蛛の巣のようなひび割れができ、その表面は鈍い灰色で、活力を失っていた。
「女帝のために!」 ミシェルが叫び、ギャスパードに打ちかかった。ギャスパードは盾を掲げた。ふたりのシェヴァリエが剣戟の音を鳴り響かせ、ミシェルが押すと、ギャスパードが後ずさりし、ミシェルの猛烈な攻撃を必死に盾で防いでいた。

 口舌を操るときは過ぎたようで、彼女自身としても、セリーンは誰かを殺す気構えができていた。
 ギャスパードの兵のひとりがよろよろと立ち上ると、躊躇することなくセリーンが駆け寄り、男の膝の裏を蹴り、喉を掻き切った。別の戦士はひどい火傷を負いながらも意識が確かで、自分の剣を手にしたが、その途端に喉を矢に貫かれ、言葉もなく崩れ落ちた。「サー・ミシェルに倣って、女帝のために」 再び立ち上がっていたブリアラが別の矢をつがえ、セリーンは彼女にかすかに微笑みかけた。 

 次に彼女は、なんとか立ち上がろうとしているリマッチェのほうに振り向いた。「あら、リマッチェ公爵」 セリーンは突きを入れ、彼ののろのろした剣を横にかわし、激しく襲い掛かって彼の頬骨のあたりに切り傷をつけた。「劇作家をお続けになるのは、本当に考え直した方がよろしくてよ」

「ミシェル」 冷たい憎悪を感じたセリーンが見やり、彼女はエルフの癒し手が、言葉を発しながら杖を掲げているのを見た。
 彼女の回りではエナジーが踊り、光が歪んでおり、セリーンは腹の中が不快に捻じれるような思いとともに、光の螺旋でできた巻きひげが、付近の死者の屍の回りに現れるのを見た。エナジーが屍からシューと音を立てて流れ、エルフの癒し手は身体の内側から照らされているかのように輝いた。

「ブリアラ、あのエルフ!」 セリーンはリマッチェから跳び退り、癒し手に向かって突進したが、リマッチェは横跳びして、二人の間に身体を割り込ませた。頬から滴る血の下の顔で唸り、彼はセリーンにでたらめに斬りつける。彼の技倆のせいではなく、その腕の長さのため、彼女は退くことを余儀なくされた。

 ギャスパードは盾に盾をぶつけてミシェルを押しやり、上段から斬りかかった。ミシェルは恐るべき速さでそれを払いのけ、踏み込むとギャスパードの片足に低い蹴りを見舞い、相手をよろめかせた。ミシェルは続いて大上段からの一撃を浴びせかけ、ギャスパードは盾でそれを受け止めるや否や、ミシェルの盾に続けて打ち付けられ、悲鳴を上げて後ずさった。

「ミシェル」とエルフの癒し手が言うと、彼女の声は部屋中にこだまし、今度はミシェルもそれを耳にした。「お前は私を殺すべきだった」
 彼女は、あたかも間の空気を包み込むように掲げた両手を硬くし、爪に変えた。 
 ミシェルの回りの空気がぶんと鳴り、セリーンのチャンピオンの回りを煙のようなエナジーのフィールドの輝きが取り囲んだ。それは彼の回りで塊りになり、ミシェルは叫びをあげながら無為に斬りかかった。彼は呻き、魔法の力と葛藤し、セリーンは彼の鎧が軋んで、ゆっくりした甲高い音を立てるのを耳にした。

 リマッチェは呆けたようになって、ミシェルを打ち砕こうとするその輝く魔法に、怖気を奮いながら見とれていた。セリーンは彼の横を駆け抜けた。「ブリアラ!」と彼女は叫び、部屋中の屍から引き出した白熱のエナジーのため光を発しているエルフの癒し手に打ちかかる。
 エルフのメイジの喉元から手のひらの幅ほどもないところで、セリーンの両手のダガーは、アーケインのエナジーの輝く障壁によって敢え無く逸らされた。一瞬後、ブリアラの矢も同じ障壁によって弾かれる。

 エルフはそれらに一瞥もくれなかった。彼女はミシェルだけを見つめており、彼は片膝をつき、彼女の魔法の押し潰す力に耐えている。
「お前は私の民を殺した!」と彼女は告げ、ミシェルが呻いた。「お前は、私が愛した者たちすべてを殺した!」

「おお、いいね、魔法の奥義の才能をお披露目し合う趣向か」 フェラッサンが告げ、外套からまだ煙をあげ続けながら、身体を起こした。「お次は私の番かな?」 彼が自分の杖を素早く回転させると、それはぶんぶんと唸るような音をたて、炸裂したその力の波動が波紋のように部屋中に広がった。
 それはセリーンの身体も過ぎり、部屋中が暗闇に包まれた。

 恐怖に見舞われる鼓動一回分の間、彼女は自分が盲目にされたのかと考えたが、エルーヴィアンの光が、破損した一つだけを除いて依然として部屋を取り巻いているのを目にした。さらに彼女は、跪いているミシェルの回りの蒼白い輝き、幽霊のような光が揺らぎ、まるで雨の中の白墨の絵のようにうっすらと無に帰していくのを見た。

 セリーンは、フェラッサンが何をしたのか気が付いた。彼は、回りのすべての魔法を消し去ったのだ。
 エルフの癒し手が悲鳴を上げ、セリーンは、エナジーの巻きひげがパチパチと音を立て、彼女が痛みに身体を捻じ曲げているのを見た。彼女の魔法すべてが、防御用の障壁も、付近の屍から絞り出した力がなんであれそれも、彼女の肌できしめいている。彼女の杖は地面に落ち、赤い光はくすんでいた。

 フェラッサンの杖は明滅し、再度光を発すると、部屋全体をさっきと同じ優しい輝きで洗い流した。エルフの癒し手は床に伏し、震え、他の者たちもしばし身動きしなかった。リマッチェは出血した顔を片手で抑えている。ブリアラは畏敬とともにフェラッサンを見つめ、ギャスパードでさえ次にどうすべきかわからない様子で、数歩退き、守りの構えのままひとりひとりを見回していた。ミシェルはまだ跪き、蒼白く汗まみれで、鎧は、危うく彼を圧殺しかけた幽霊の力によってできたへこみで台無しになっている。

 セリーンが驚いたことに、フェラッサン自身は得意げというよりも、心配げに見えた。
「強化された魔法消散は、身の回りをあまりに多くの魔法で取り囲んでいる者に対して、手ひどいしっぺ返しを与えることができる」 彼は沈黙に対して告げた。「そしてここにいる全てのメイジに聞いて欲しいのだが、これ以上、どでかい派手な魔法を、このヴェイルが非常に薄くなった部屋で用いるのはやめにしてもらえないだろうか、というのも、何かがこちら側に通り抜けて来る気になってしまってはいけないからな」 

 古代の石のたてる音が低く轟き、部屋の中にあるうちでもっとも大きな三つの石棺の蓋が、滑って開いた。

*** 

 色々書きたいけど、記事アップを優先します。

 

 

The Masked Empire 14(3)

 続きます。

***

 「ああ、正常だ」とフェラッサンが言って、杖を掲げた。光が灯り、部屋の他の部分が明るくなった。
 そこは巨大な円形で、少なくともヴァル・ロヨーの玉座の間ほどの広さがあり、いくつも続く石棺の列で一杯だった。天井のルーンはフェラッサンの杖の灯りを受けて優しく光っており、あの道で見舞われた目もくらむような痛みはない。
 そして、この巨大な円形の室内の壁に等間隔に並ぶのはいくつものエルーヴィアンだった。

「ここが中央の部屋か?」とミシェルが尋ねた。ここのエルーヴィアンのうちどれかひとつがヴァル・ロヨーへと導くものなら、自分たちは日没前に宮廷に戻ることができるが・・・、それはあの忌々しい道を再び歩くことを意味する。
 さらには、女帝がブリアラをどう扱うか決心しなければならないことも意味するが、それは彼女の問題であって、彼のものではない。
「違うだろう」とフェラッサンが言った。「だが、少なくとも我々にいくつか選択肢を与えてくれる。それぞれのエルーヴィアンは他のものと道のひとつを介して通じており、そのうちのひとつが、全てのエルーヴィアンを目覚めさせることができる部屋に繋がっている」

 セリーンは顔をしかめた。「でも、あのディーモンがわたくしたちに与えた宝石は、すでにどれでも必要なものを目覚めさせることができる。それを用いてヴァル・ロヨーに戻ることができるのではないですか?」
「もちろん」 フェラッサンは部屋全体を指し示すような仕草をした。「このうちどれが、あなたをそこまで導いてくれるかおわかりか?」 セリーンはため息をつき、フェラッサンが笑った。「ああ、お気づきかな。イムシャエルは、そのルビーがあなたを中央の部屋まで導くと言っていた。それがなければ、あなたはしばらく長い間、テヴィンターのど真ん中に出ることのないよう祈りながら、闇雲にうろつき回ることになる」

 セリーンは苛立たし気に頷いた。「わかっています。あの道を非常に不快に感じる者もここにはいるのです。あれを体験する機会はできるだけ減らしてほしいというのが、わたくしの束の間の願いであることは許していただきたい」 彼女は腰の小袋から宝石を取り出して掲げた。「わたくしたちが向かうべきは・・・、あれですね」と彼女は言って、部屋の向こう側にある鏡のひとつを指差した。「その前に休息したほうがいいかもしれませんが」 そう言いながら彼女はミシェルに微笑みかけた。
「あの世界に再び踏み入る前に、数分程度の安息を得るぐらいは構いませんよ、陛下」 首を振った彼は、床の上の何かぼんやりして歪な形のものに目を奪われた。「とはいえ、あの道を拙者たちよりも不快に感じた者たちもいたようですが」

 彼の視線を他の者たちも追い、床の上に転がる古代の骸骨の残骸が、長い歳月によってぼろ布と化した、かつて上質な絹だったものを身に纏っているのを見た。いくつかの屍は寄り添い、まるで最期のときを前に慰め合っていたかのように骨が互いに絡みついている。他の骨はそれぞれ離れて横たわり、子供たちのように身体を丸めていた。
「武器がない」 しばらくしてそう口にした彼は、好奇心のため亡骸のひとつに近づこうとした。
「気を付けて」とブリアラが言った。彼女は腰をかがめ、目を細めて地面を見つめながら、石だたみに優しく指を這わせており、しばしの後ミシェルは、彼女が罠を探していることに気が付いた。

 石棺の端に静かに腰かけているフェラッサンがミシェルに答えた。「召使いたちだ、衛兵たちではない。エルーヴィアンが動かなくなってここに閉じ込められた。この部屋には普通の出口が見当たらないことにお気づきか」
「それは・・・」 ブリアラが自分の目でそのことを確かめ、再び床に視線を戻した。「・・・悲惨な話ね」 しばらくしてから彼女が言い、二つの石の隙間をナイフで探っている。「この部屋の罠の中心を見つけたみたい」

「彼らはどうしてここに閉じ込められたのかな」とフェラッサンが言った。「エルーヴィアンは一斉に動かなくなったわけではないのか? 彼らは逃げていた最中で、外に出ることのできる部屋に行き着くことを祈りつつ辿りついたのが、不幸にも・・・、ここだったのかもしれない」
 この風変りなエルフの声には、どこかおかしなところがある。ミシェルは鋭い目つきで振り返った。この大きな部屋を見渡すフェラッサンの両目は焦点を結んでおらず、指は石棺を奇妙な調子で叩いていた。ミシェルは、デーリッシュ・エルフたちが朦朧状態となり、彼の縄を解き、彼が逃げる間も無視していたときの感覚を思い出していた。

「フェラッサン・・・」
「想像できる?」とブリアラが尋ねたが、その指はまだ石の隙間に突き刺したナイフを操っている。 「ここに囚われ、そのまま死んでしまうことを宣告されて・・・、でも何のために?」 彼女の声もまた張り詰めているように聴こえた。「彼らをここに閉じ込めた貴族たちの、誇りと名誉のため?」
「貴族たちもまた、地上で手ひどい扱いを受けたに違いないと思いますよ」とセリーンが優しく言った。
「陛下、お待ちください」 ミシェルは、後ろ髪にちくちくするような感じを受けていた。

 ブリアラは、ふたりの声が耳に入っていないようだった。今や彼女の声色は粗野なものになっている。「彼らが自分たちのゲームに興じてる間、召使いたちは血を流して死んでいく。ここに隠れて、見つかるのを待つ間、自分たちよりも身なりの良い屍たちに囲まれながらね!」
「彼らの最期の瞬間は」とフェラッサンがそっと言った。「飢餓と憤怒に満ちていただろう」
 ピクピクと震え、カタカタと音を立て、地面の骨が動き始めた。

「陛下、屍どもが」 ミシェルが踏み出し、フェラッサンの横っ面を鋭くひっぱたいた。エルフが瞬きしながら首を振っている間、ミシェルは振り向くと、ブリアラにも平手打ちを食らわせた。
「わかっています、チャンピオン」 セリーンはダガーを手にした。「妙案はありますか?」
 アカデミーのほとんどの訓練は、鎧を身に着けた相手との戦いが中心だったが、それよりも一般的ではない敵との戦いへの備えなくして、シェヴァリエがその卓越を名乗ることなどできない。ミシェルはメイジと戦うテンプラーの技倆、ダークスポーンと戦うグレイ・ウォーデンの戦術を学んでいた。
 そして古戦場跡での不気味な試練を通じ、鎧の中で身震いしながら、ミシェルは死者との戦いについて学んでいた。

 敵は何ダースにも及んだ。まるで死んだ哀れなエルフの召使いたちが、皆この部屋に集まってきたかのようだった。屍たちは古代の骨をキーキー、カタカタ鳴らしながら、ぼろ切れを引き裂きつつ、足を引きずるようにして立ち上がろうとしており、しゃれこうべの眼窩には冷たい光が宿っている。

「武装していないだけ、ましですね」とセリーンが言って、ゆっくりと円を描くように身体を回した。彼らは取り囲まれていた。
「いや」 ブリアラの声は震えていたが、自分を取り戻していた。「奴らの手、奴らの歯を見て」 骨どもが背伸びし、身体を曲げ、その手は残忍な爪の形になり、口にはきざきざの牙が光っていた。

「フェラッサン!」とミシェルが呼び、剣を握り、盾を構えた。「魔法は使えるか?」
 フェラッサンは、石棺のひとつの上に跳ねあがり、杖を魔法の道具ではなく、ただの武器として構えた。
「もちろん」と彼は言った。「ただしそうすることで、弱ったヴェイルをさらに弱め、あの類をさらに多く部屋に招き入れることになるがね」

「ならばどいていろ」 屍たちはついに立ちあがり、爪を構えながら、前によろよろと進んできた。もはや喉は残っていないが、牙の生えた口からは捕食者の不気味なシューッという音をたてていた。ミシェルは彼我の勢力を計り、動いた。「ブリアラ、彼と一緒に高い場所に登り、やつらの後列に矢の雨を降らせろ。陛下は、拙者の側面をお守りください」
 彼らに聴こえたかどうか確かめるため待つこともせず、ミシェルは盾を掲げ、戦いに取り掛かった。

 戦士は、盗賊を殺し、公式な決闘で他の戦士を倒し、または何か巨大な獣を退治することで名誉を受ける。それらの敵は皆生きており、その戦いは、意志と力を、生きる欲望に取りつかれた何か別のものと相対させるものだ。
 屍やダークスポーンとの戦いは、だが、屠殺でしかない。名誉も、栄光もなく、この世界に棲む化け物を一匹減らしたという冷めた自負しかもたらさない。

 ミシェルは盾で屍の一体を押し戻し、剣を振り降ろして別の一体のしゃれこうべを打ち砕き、近づこうとする三体目に肩から体当たりした。彼は踏み出し、ダガーのように鋭い爪先を盾で払いのけ、他の屍の肩を再び頭上から振り降ろした剣で打ち砕いた。
 彼が三体目を、それから四体目を打ち倒しても、奴らは一向に学ばなかった。それは単純で、夜明けから日没までの間、ずっと完全武装で走り回るのと同じように単純だった。もし彼に、奴らに圧倒されないくらいの規律と力があれば、奴らを残らず粉々に砕いて塵に戻してやることができる。疲弊か恐怖のためひるんでしまえば、彼は死ぬだろう。

 盾で受け、踏み出し、斬りつけ、踏み出す。彼の息遣いはきつく、胸を締め付けるようになっていた。彼の周囲全部で、屍がシューと音を立て、歯をむき出して唸っている。爪が彼の盾の端を掴む。剣が重くなってきたこともあり、屍に盾をそのまま預け、それを次の一歩を踏み出すきっかけにしようという誘惑も魅力的に感じられた。
 ミシェルは、そうした誘惑に負け、疲労を隠すため派手な動きを試した仲間の訓練生の姿を目撃したことがある。一瞬の後、屍たちはその仲間の喉を切り裂いてしまった。

 屍の手から盾をねじり取ると、彼はその手の後ろにある身体に斬りつけ、またしても別のしゃれこうべを、メイカーもお許しにならないだろう上段からの振り降ろしの一撃で打ち砕いた。盾で受け、踏み出し、斬りつけ、踏み出す。
 彼の視界の端には、セリーンがダガーで群れを切り刻んでいるのが見えた。鉄も鋼も骨にはほとんど利かないが、セリーンのシルヴァライトの刃は屍の爪を刈り取り、続く焔が鈍い黄色を黒に変える。屍をほとんど倒していないとはいえ、彼女はミシェルの側面に奴らを寄せ付けないように保っており、それで十分であった。

 群れの後方では、ブリアラが後から後から矢を放つにつれ、射的の土器の的のようにしゃれこうべが次々に割れていった。ミシェルの単純な作業と同様、それは武芸の型というよりも実践訓練に近いものだった。
 盾で受け、踏み出し、斬りつけ、踏み出す。ミシェルは地面に落ちた腕の骨に足を滑らせ、立ち直り、大きな弧を描いて剣を振り、彼に殺到することができないよう、近くの屍たちを遠ざけた。雑、あまりにも雑。彼の昔の教官たちなら、それを理由に彼の皮を剥いでしまったであろう。疲れと怠惰による雑な足取りが踏み外しを生む。長剣が、その輝くシルヴァライトの誇り高き刃が、巨大な石槌のように感じられ、彼の心の奥底では、長い稽古の間に必ず聴こえる囁き声がはじまっていた。

 それぞれの振りにもっと時間をかけ、刃先が当たったら一秒休め。
 盾を落として剣を両手で握れ。両手で操った方がずっと楽だ。
 それよりもいいのは、逃げることだ。過ちを犯して殺される前に逃げ出せ。うっかり足を滑らせて、ただの見せかけであったことがばれ、スラムの子というお里が知れる前に。

「拙者は」 彼は食いしばった歯の間から唸った。 「サー・ミシェル・デ・シェヴィンだ」
 盾で受け、踏み出し、斬りつけ、踏み出す。
「拙者はサー・ミシェル・デ・シェヴィンだ」 別のしゃれこうべが砕け散る。三体の屍が彼の鎧に爪を突き立てるが、彼は盾の一振りでそいつらの手を打ち砕いて塵に還し、後方に押し戻し、自分の態勢を立て直したが、両脚は燃えるように痛んでおり、背中は悲鳴を上げていた。

「拙者はサー・ミシェル・デ・シェヴィンだ!」 一本の矢が彼の顔のそばを音を立てて飛んでいき、屍のしゃれこうべに命中すると、彼は盾で受け、踏み出し、また別の一体に斬りつけ、それから次の標的に踏み出し、そこではじめて目前の巨大な部屋が、ばらばらになった四肢と打ち砕かれた骨がまき散らされているだけの埋葬場と化しているのを目にした。

 彼は大きく喘ぐように息を吸うと、石棺に寄り掛かり、不覚にも声を立てて笑った。どれだけ多くの屍が蘇り、また倒されたか見当もつかないが、自分の心の奥底の部分の暗い声は間違っていた。かつての教官たちも、さぞ誇りに思ってくれることだろう。

 そのとき、彼らの背後から声がした。
「おぬしは、まさしくサー・ミシェル・デ・シェヴィン」と大公ギャスパードが言った。「そしてわしは、わしのバードの復讐を遂げるときを、心待ちにしておった」

*** 

 つべこべ言わずに、次回へっ。

2014年6月21日 (土)

The Masked Empire 14(2)

 気に入ったところだけ訳して済むなら、それが最高なのですが、そうもいかない。
 わりと説明調のところが多い部分、長いけど省略は難しいですね。

***

 ミシェルは、ブリアラがセリーンに微笑みかけ、セリーンが微笑み返すのを見た。女帝は疲弊しているように見え、目の回りに隈をつくり、頭の傷も癒えていないが、その微笑みは心からのものに思われた。この奇妙な世界の不快さもお構いなしで、恋する女性として幸せそうに見えた。
 あなたは認めていないのだろう、とセリーンから言われるまで、ミシェルは自分が女帝をずっと見つめていたことにも気が付かなかった。

 ブリアラとフェラッサンは、はるか前方にいる。歩く速さは自分たちと違わないはずだが、ミシェルが目を向けるたびに、石だたみの紫の光の中に浮かぶ影にしか見えないエルフたちは遠ざかっていく。彼は瞬きし、目を逸らし、捻じれた光を目の前から振り払った。直接石だたみを眼にすれば、嵐の海で翻弄される船のように足下の世界がぐらぐら揺れるが、そうしなければそれほど問題ではない。 

 自分は口出しをする立場にはない、と答えたミシェルをセリーンが咎める。女帝は、エルフたちに追いつこうとするかのように足取りを速め、ミシェルも追従する。自分の心中を述べたからと言って罰を受ける心配の必要はない、とセリーンは言った。むしろこの忌々しい光から気を紛らわしてくれることになるかもしれない。
 ミシェルが具合を尋ねると、女帝の頭痛は嫌悪感を催すほどひどいと言う。ミシェルは、自分だけが責め苦を味わっているわけではないことを知り、ちっぽけで他愛もない満足を得たことを白状した。

 ふたりが歩き続ける間、ミシェルは黙考した。ブリアラとその弓、あきらかに彼女に誂えられた鎧、シルヴァライト製の一組のダガー。彼が全く知らなかった女帝のある一面。ふたりは毎夜褥を共にしていたのか? ならば部屋付きの衛兵が口外しないわけがない。召使いもまた秘密を守れない。
 だが、ブリアラがそうしていたのは明らかだ。 

「ブリアラは、自らの技倆を示しました」 しばらくしてミシェルは言った。
「あの娘は、わたくしの治世中のほとんどにわたり、わたくしの目であり耳でした」とセリーンが言って、ミシェルは彼女がまた愛に満ちた小さな微笑みを浮かべるのを見た。「あの娘は、いつも私のために側にいた」
「そして陛下は、彼女の民に自由を与えると約束した」とミシェルが言った。
 今度はセリーンが黙り込んだ。ミシェルは顔をあげ、ブリアラとフェラッサンがふたりを待っているのを見た。ふたつの影を取り巻く歪んだ光は、彼の目に痛みをもたらす。

「わたくしたちには彼女が必要でした」とセリーンが言って、ほんの少しだけ歩調を緩めた。「そして彼女には、わたくしがエルフたちを気にかけていると知らしめる必要があった」
「ハラムシラルの後で」
「そう」 彼女は躊躇なく告げたが、その声は小さかった。
「あれは必要なことでした、陛下、というのも、貴族たちは陛下があまりにエルフたちを気にかけていると恐れていたのですから」

 セリーンはため息をついた。「わたくしたちには彼女が必要でした」と彼女は繰り返した。「わたくしには彼女が必要でした、ミシェル。彼女の助けがなければ、わたくしたちはデーリッシュの逗留地で死んでいたでしょう」
「何人かの衛兵たちの気を引いただけです」とミシェルは言って、再び自分のブーツに目を落した。「彼女たちの手を借りずとも、あそこから脱出いただくことは可能でした、陛下」
「では、もしかしたら、わたくしがあの娘の信頼を必要としていたのかもしれません、チャンピオン」 セリーンは目をこすり、顔をしかめた。「こびへつらう廷臣たちや、足を引っ張り合う貴族たちはいくらでもおりますが、あの娘は幼い頃からわたくしに仕えてきました。わたくしにはあの娘が必要でした」

「そして陛下がヴァル・ロヨーにお戻りになられ、ギャスパードを打ち破る軍勢を招集し・・・」
「わたくしたちには奇襲できる有利さがあります、エルーヴィアンのおかげで」とセリーンが言葉を引き取った。「そして農奴のエルフたちは、ブリアラのおかげで、それが自分たちの自由のための戦いであると知ることになります」
「そして、連中を支配している貴族たちの支持を失う」とミシェルがぶっきら棒に言った。「拙者は、この身体から最後の血の一滴が流れ出るまで陛下のために戦いますが、どれだけの貴族が、エルフたちを支配下に置くことを欲してギャスパードに与することになるでしょうか?」
「何人かは」 セリーンはミシェルのほうに身体を寄せ、依然ゆっくりと歩いていた。「もしかしたらエルフたちの自由が実現するのは、ギャスパードが打倒された後になるかもしれません。エルフたちの間に囁き声が広がるのかも。それを貴族が耳にする必要はない」

「それで彼女が満足するとお考えか?」
「どうして満足しないことがあるのです、ミシェル?」
「陛下・・・」 ミシェルは言い澱んだ。「拙者は・・・」
「あなたは、口出しをする立場です」
「陛下は、陛下のためにブリアラが必要だと言われた。彼女もまた、同じように感じているのでしょう」 彼は、ブリアラがセリーンを利用している可能性を持ち出すことも考えていたが、女帝の怒りを呼ぶだけなのは間違いなかった。「今、陛下は彼女をひとりの人物として必要としているにも関わらず、まるで陛下にとって機嫌を取り続けなければならない貴族のひとりであるかのように、彼女との間で約束と当てこすりを交わさなければならない」

 セリーンはため息をついた。しばらくの間、彼女は彼の女帝ではなく、暗黒の土地から出る道を探して、彼の傍らで痛々し気に歩みを進めるひとりの女性だった。「それこそ、わたくしが常に行わなければならない選択なのです、チャンピオン」
「この見下げ果てた場所は、拙者の目を痛めつける一方で、陛下、彼女にとっては、エルフの偉大さが実現する夢の世界なのです。この場所から外に出た彼女が、再び召使いのマスクを身に着けるとお考えですか?」
「そうです」 セリーンは自信に満ちた様子で答えたが、それでもやはり、ブリアラとフェラッサンが歩むかなた遠くの前方を目を細めて見ていた。「ブリアは、長年にわたってわたくしの『ゲーム』の手助けをしてきたのです、ミシェル。たかが魔法の道ひとつでそれが変わるとは思えません」

 ミシェルは、モントフォートのスラムにいた一人の少年を思い出していた。ミシェルの母親が死んだ後、彼らは少数の他の仲間たちとつるんでいた。ちっぼけなギャングだったが、彼とその少年は他の仲間を守るため必死に戦った。
 ブレヴィン伯爵が彼を見つけた日、ミシェルは彼のその仲間が他のギャングに殴られているところを見つけた。ミシェルは仲間を救うため、長い棒切れのみを手に、年長の少年たちに戦いを挑んだ。
 その様子を見かけたブレヴィン伯爵は感銘を受けた。彼は箱馬車の中からミシェルを呼ぶと、好意を間違いなく示すため、コインの詰まった小袋を投げてよこした。
 ミシェルは箱馬車に乗った。 
 彼の仲間はようやく立ち上がったところだったが、彼を困惑した目つきで見つめ、ミシェルも気持ちの入らない手振りを返した。
 それ以来、彼はその仲間に会うことはなかった。その少年の名前さえ憶えていない。

「陛下、新しい生活を、新しい力を手にする機会を掴んだ者は・・・」 ミシェルは自分のブーツを見つめ、石だたみの光から受ける痛みを無視した。「それを手離さないためには、あらゆることを厭わないのです」

「セリーン! ミシェル!」 ブリアラの興奮した叫び声にミシェルが顔をあげた。さほど遠くないところで、彼女とフェラッサンが立ち止まっている。メイカーに誓って、目前の道は数マイルにわたって何もなかったはずだが、今や別の魔法の鏡のところで終わっていた。
 エルフたちは、セリーンとミシェルが追い付くのを待っていた。彼女たちがふたりとも、歪んだ光と耳に鳴り響く音のため、彼にはすでに頭痛をもたらしているこの不快な世界ではなく、公園の中で快適な散歩を楽しんでいるかのように気楽で落ち着いた様子なことにミシェルは戸惑った。

 彼らが近づくと、鏡は最初の部屋にあったもののように輝き、その表面の雲の間から赤い光がこぼれた。
「ここから一刻も早く立ち去りたい」とセリーンがつぶやき、ミシェルは不覚にもひとり笑いした。
 ブリアラとフェラッサンを追い越し、彼は躊躇なく鏡に踏み入った。不思議なちくちくするようなエナジーが肌を駆け抜け、過ぎ去り、それが消えたときには、彼が感じていた痛みの全ても消え去った。空気はひんやりとして、部屋は暗く、石と塵の匂いはしているが、ごく普通で、エルフの道で彼を苛んだ不思議な魔法はなかった。

 部屋の唯一の灯りはエルーヴィアンが発するものであり、ミシェルが振り向くと、ブリアラとフェラッサンが歩み出て来た。しばらく後にセリーンが彼らに続いた。

***

 本来の区切りではありませんが、都合がいいのでここまで。
 次回へ続く。

2014年6月18日 (水)

MAZE OF LIFE - Special Mix - PERSONA Q SOUND OF THE LABYRINTH

(追加)

 【公式版】がわかりました。こちらの記事で確認願います。

http://vanitie4.cocolog-nifty.com/rain_dancing_vanity_13/2014/07/maze-of-life---.html

(追加終わり)

 ちょこちょこ修正。

 PQの主題歌"Maze of Life"、目黒将司氏の例ののり。なかなかいい感じですが、英語歌詞の決定版がないみたいなので、わかるところだけ和訳しました。聞き取りがいまいちなところ残っています。B'zのDDの主題歌のとき懲りたのでネットを鵜呑みにするのはやめた。
 訳していたらなぜか、目がうるうるしてきちゃいました・・・。涙もろいのは年のせいかな?
 途中はっきりわからない部分は割愛。
 大意はわかるんですが。「どれだけのものを手に入れても、何でもできると思っていても、私だったら全部投げ打って行くよ!」ですかね。
 できれば別途やるつもり。
  ご指摘あればどうぞ。

***

みんなが出会えたなんてすごくない?
こんなでたらめでおかしな人生の回転木馬で
みんなの人生が変わったなんて素敵じゃない?
新しい冒険の旅立ちをくれたの

回転木馬でぐるぐる回る
この人生の迷宮
どっちが上か下かなんてわからない
超楽しすぎて
この別れ道がどこに続くか調べ忘れちゃった
でもほら、着いたよ!

回転木馬があんまり回るから
この道でいいのか違うのか
ときには決められないことも
まだ始まったばかり
でたらめな人生の迷路にようこそ!

生きていくってなんか楽しくない?
ヒーローにも悪魔にもなれるかも
選ぶならいいものにしなくちゃ
迷路には夢がたくさん詰まってる

回転木馬は回る 心の中で
この人生の迷宮
何が悪いか正しいかなんてわからない
超楽しすぎて
あいつが君を探す道もわからなくなっちゃった
でもほら、着いたよ!

回転木馬で高く高く上る
重力なんて
あっさり無視しちゃう
でも心の中では
でたらめな人生の迷路にようこそ!

回転木馬でぐるぐる回る
この不思議な人生の迷路
どっちが上か下かなんてわからない
超楽しすぎて
この魔法でどこに連れてかれるのか聞きそびれちゃった
でもほら、着いたよ!

回転木馬がぐるぐる回る
どうしてかわからないけど
叫び出したくなっちゃう
まだはじめたばかり
でたらめな人生の迷路を楽しまなきゃ!

***

Ain't it great how we've met each other
On this wild and crazy carousel of life
Ain't it cool how it's changed the paths of our lives
Set us off on new adventures

This carousel takes us round and round
This labyrinth of life
You can't tell up from down
Havin' so much fun
We forgot to check where this crossroad's takin' us
But hey, here we come!

This carousel spins us round so much
Sometimes you don't know
Should you stay on or get off
It's only just begun
Welcome to this wild maze of life!

Ain't it fun how this life is given
As the chance to be a hero or a fiend
It's our choice, let us try to make them better
While a maze has laid in our dreams

This carousel, spins inside our minds
This labyrinth of life
You can't tell wrong from right
Havin' so much fun
We didn't see the clear path that helped him find you on road
But hey, here we come!

This carousel, takes us high and high
The force of gravity
You leave without no fight
But in your heart
Welcome to this wild maze of life!

***
(別途)
***

This carousel, takes us round and round
This strange maze of life
You can't tell up from down
Havin' so much fun
We forgot to ask where this magic's takin' us
But hey, here we come!

This carousel, spins you round and round
You really don't know why
But it makes you wanna shout
We've only just begun
Let's enjoy this wild maze of life!

2014年6月17日 (火)

The Masked Empire 14(1)

 命短し、ゲームせよ乙女。
 帰国後はさらにPQにはまってしまって、Diablo IIIを遊ぶ時間がなくなりました。でもってThe Masked Empireの記事までやるとか、どんだけ自分の首を締めていることになるのか。
 よいこのみなさんは、できるうちに存分にゲームで遊んでおいた方がいいと思う。
 つうか、よいこはこんなブログ読んじゃダメ。一応DAはアダルト指定ゲームです。

*** 

 フェラッサンから起こされたブリアラは、どれだけ長い間寝ていたのかわからなかったが、激しい戦いによる疲弊と、不眠の夜にとうとう別れを告げることができるような気がした。フェラッサンが見つけたぼろ布の上で、しばしの間だけセリーンを引き寄せる。目覚めた彼女は緊張していたが、それもすぐにほぐれて身体をブリアラにもたれかけた。 

 ブリアラは不思議に思っていた。ヴァル・ロヨーで褥を共にしていたときにはいつも、目覚めるとセリーンがすでに窓の外を眺め、その日に起きる出来事への懸念に苛まれていた。著しい疲労困憊が、ついにセリーンに一晩中の熟睡をもたらしたのか。それともここ古代エルフの玄室にある彼女にとって、憂慮すべき帝国などないからなのか。 

 ブリアラはこびりついた汗の味にも構わず、セリーンのうなじにキスをし、茶の用意ができればいいのだが、と言った。セリーンは彼女のほうに向きなおり、これが決着したら、自分の寝室に、以前の寝台がみすぼらしく見えるほど豪奢な寝台を調達すると言った。蜘蛛の糸を織った敷布、アンティーヴァの最良の職人たちの手になる毛布、マットレスと枕はディザイア・ディーモンの羽根で覆われたもの。

 ディザイア・ディーモンには羽根が生えているのか、とブリアラが笑って言うと、生えているものを見つけさせる、と答えたセリーンが彼女にキスをして、それが短く簡単だったにも関わらず、槌で殴られたような衝撃を受けたブリアラは、自分の頬がほてり、身体がうずくのを感じた。 

 彼女は再びセリーンを取り戻した。だがお茶と、寝室から秘かに退出するときマスクを身に着けつけるささやかな儀式さえあれば、これもまたいつもの朝と変わらない。この玄室は宮廷よりましかもしれない。ミシェルとフェラッサンを除き、誰からも見られるおそれがないのだ。

 ハラムシラルの出来事にはいまだ心が痛むが、叛乱をはじめたのはエルフの方に違いなく、セリーンはなすべきことをしたまでだ。ブリアラがいれば違った展開になったと言っても、彼女が自ら暇乞いしたのだった。まんまと罠にはまったセリーンの責でもなければ、必要なときにその側を離れたブリアラが咎められる謂れもない。責めるべきはそれを仕組んだギャスパードだ。 

 セリーンを嫌うことこそ、ギャスパードの思惑どおりであることを思い出し、ブリアラは心の奥にある痛みを押し殺した。その心痛が消えることはこの先ついぞないだろう。帝国の正義の鉄槌をわざわざ呼び込んだ愚か者たちが被る危害を減らすことはできず、叛乱を穏便に終息することもできなかった。だがセリーンを許すことはできる。
 そして彼女は、二度と女帝の側を離れることはしない。
 セリーンの助力によって、ブリアラはオーレイ中のエルフを自由の身へ解き放つことができる。彼女の女帝は、彼女の民たちが長く待ち望んだ、しかるべき自由を与えるのだ。 

 彼女は、身体の何箇所かにまだ残る傷みのため顔を歪めながら、ドレイクスキンの鎧を身に着けた。 
「お次は何、ハーレン?」
「お次は、別の世界への旅立ちだ」とフェラッサンが言った。「うまく生き長らえることができれば、とても興味深いものになるに違いない」
 ミシェルは、鎧を身に着けながら呻いた。「自信を呼び起こすようなことは言えんのか」

 フェラッサンは彼を無視した。「これら鏡は、何世紀もの間目覚めていなかった。呼び覚ますためには強力な魔法が必要だ。私にもできるかもしれないが、君たちはその後一日中私を担いでまわらねばならんだろう。だが、あなた、女帝ならずっと簡単にできる」
 ブリアラは、セリーンが頷き、腰袋からルビーを取り出すのを見た。彼女はエルーヴィアンに近づいた。「何をすればよろしいのです、フェラッサン?」
「わからん」

「何もする必要はないと思う」とブリアラが言って、鏡を見た。「もうはじまっている」 
 セリーンがエルーヴィアンに歩み寄ると、青っぽい灰色のガラスが動いた。最初は光の異なる反射を返すだけのように見えたが、それから鏡の表面の像が渦を巻き始め、ぼんやりとうねるそれは、まるで強風の中の雷雲のようだった。

 セリーンの手の中のルビーが突然輝き、エルーヴィアンが呼応した。その表面を覆う雲が燃え上がり、それから燃え上がる夕日を隠す雲のようになり、鏡の表面に紫と濃紅色の波が現れた。
「面白い」 フェラッサンがセリーンを追い越し、鏡の表面を指でつついた。彼が触ると、紫の波紋が揺らめきながら拡がり、彼が頷いた。「さて、指はまだついているな。本当に動くみたいだ」

 躊躇することなく、彼は鏡に踏み入って姿を消した。まるで滝の瀑布の中に入って行くようだった。
 ブリアラは跳び上がった。「待って!」

「我々も彼の後についていくのか?」 鎧の最後の留め金をはめているミシェルが尋ね、睨んだ。
「そのようですね」とセリーンが言って、目を細めて手にしたルビーを見下ろした。「ブリア、あなたとミシェルは先に行って。わたくしが去った途端に鏡の魔法が消え去れば、あなたたちはここに取り残されてしまうから」

 ブリアラは頷き、セリーンにかすかに微笑んだ。「では、あちら側でお会いしましょう」と彼女はいい、歩み出した。
 意に反して、鏡に近づくにつれ彼女は緊張した。それからミシェルとセリーンが背後にいることに思い至り、背筋を伸ばして歩み続け、ただ単にガラスにぶち当たって間抜けな 思いをするのだろうと、半分信じていた。
 彼女はガラスにぶち当たりはしなかった。
 

 彼女は、それこそ滝の水飛沫の中を通り過ぎているかのように感じたが、この滝は光でできている。しばしの間、ひんやりしたエナジーが彼女を押し包み、それからそれがしゃぼん玉のように割れ、彼女が踏み出した一歩を終えるとき、眩い光のために目をしばたたいた。
「ふたりとも死んではいない!」とフェラッサンが言って、間を置いて付け加えた。「みたいだ」

 彼女の視界が戻ると、ブリアラはふたりが通路の上に立っていて、その石だたみには昨夜の隧道の壁面を飾っていたのと同じルーンの紋様が刻み込まれているのを見た。だが隧道とは異なり、ここの石は明るい光で輝いている。光は白色に見えたが、ブリアラがよそを見ようとすると、視界の端で虹のようにきらめいた。通路は前方ずっと遠くまで続いている。彼女の後ろはエルーヴィアンが塞ぎ、それは玄室で見たときと同じように見えたが、豪華な飾りはなかった。

 道路の先のほうは何もはっきりと見えなかった。地面には草が生えているように見えるが、通路の石だたみの光を浴びているにも関わらず、灰色でぼんやりかすんでいる。ブリアラは遠くに木を見たと思ったが、それらは地平線のぼやけた輪郭でしかなかった。

「ここはどこなの?」 身体を前後に揺らしているフェラッサンに、彼女が尋ねた。
「実はな、ダーレン、本当にわからんのだ」 彼は身を屈めて、石だたみをつついた。「フェイドじゃない。ルーンはエルフのもの・・・。私に答えろというなら、我々の先祖たちは、エルーヴィアンの間にちっちゃな世界みたいなものを、本当に創り出したのだと言うだろうね」
「そんなことができるのですか?」
「みたいだな」 フェラッサンは通路から逸れ、草の中に身を屈めた。
「ディーモンはこんなこと何も言っていなかった」 
「ディーモンは色々なことを言うんだ」 フェラッサンが視線を集中させると、彼の手の回りの灰色の草に色彩がつき、風変りなかすんだ草地のただなかに、ただ一点だけみずみずしい緑色の部分が生まれた。「そして、この小さな世界は我々を好いているらしい」

 ブリアラがその説明を求めようとしたとき、サー・ミシェルがエルーヴィアンを通り抜け、通路に降り立った。
「メイカーズ・ブレス!」と彼は毒づき、頭を振ってよろめいた。ブリアラは彼の鎧を身に着けた片腕に手を伸ばして掴み、その身体を支えた。しばしの後、セリーンもまた現れた。彼女は身体をこわばらせ、頭を押さえ、片膝をつくと低い叫び声をあげた。

「フェラッサン、どういうことなの?」 彼らのほうが、彼女自身よりも具合が悪そうに思えた。セリーンは身震いし、顔を曇らせ、ブリアラの手を借りてゆっくりと体を起こした。
「この世界はエルフのために造られたんだろう」とフェラッサンが言うと、ミシェルがぎくしゃくと、のろのろと立ち上がり、光に顔を歪めた。
「彼らのためではなく」

「陛下?」とミシェルが尋ねた。「大丈夫ですか?」
 セリーンは深く息を吸い、光に目を細めた。「なんとかいたします」 彼女はブリアラを思慮深げに見た。「ところがあなたにとっては、ずっと心地よさげに見えますね、ブリア」
「そのようです」 ブリアラは輝く石畳を見下ろした。「奇妙に見えますが、ただそれだけです。あなたはどう、ミシェル?」

「よろしくない」 ミシェルは身体をこわばらせ、片手は剣を抜きたがっているかのようにひくひくと痙攣している。「耳の端のほうに雑音が聴こえ、その石の光に目を向けようとすると歪んで見える」 彼は頭を振った。「ここで戦わなければならんとしたら勘弁だな」

「では、その言葉に元気づけられ、ここを離れることにしよう」とフェラッサンが言った。 「ヒューマンたちはよろしいか?」
 セリーンが頷き、一行は歩きはじめ、フェラッサンとブリアラが先を進んだ。通路は前方に続き、明るく変化もなく、一方へ、また別の方へと緩やかに曲がっていながら、常にまっすぐと前方に向かって歩いているような感じがした。 

「これは驚きだわ」と、フェラッサンの歩調に合わせて進むブリアラが言った。「私たちの民のために造られたこんなすごい光景を目にすることになるなんて、思ってもみなかった」
「受け入れるのは少々ことだろうな」とフェラッサンが言った。「とりわけ、君が今まで目にしたほとんどのエルフが、古着を身に纏った召使いだったり、スラムに住む農奴だったりしていたのだから」 彼は首を振った。「我々はかつて帝国を築いた。それは・・・、そのような言葉を耳にした誰しもが思いつく全てのものを意味していた。わかるかい? ヴァル・ロヨーの最も裕福な一画を思い描くんだ。それが我々の民だった」

 ブリアラはそれに思いを巡らし微笑んだ。「さぞ美しかったのでしょうね、エルーヴィアンの間に世界を造ることができるほどの力を有していたのだから」
「デーリッシュの間にほんの僅かしか残されていないものから考えて、そうだったのだ」 フェラッサンはため息をついた。「ヴァル・ロヨーの最も裕福な一画を思い描き、それに我々の日々の生活の一部であった魔法を加えるんだ。どの彫刻の噴水も、その口から流れる水を用いて話すことができた。どの石柱もルーンの紋様で輝き、テヴィンターの馬鹿どもが、まるで文字をただそのままなぞる子供たちのようにそれらを丸写しした。夜が訪れたなら、街路はここにあるような石で照らされ、その光は行き先に迷うことがないほど明るく照らしながら、星空を眺めることができるくらい優しい」

「だいたい想像できるわ」
「本当か?」 フェラッサンが鋭い視線を浴びせた。「本当に想像できるのか? では答えよ、ダーレン、誰が床を磨く?」
 彼女は瞬いた。「私・・・、もし石に魔法がかかっているなら、それなら・・・、たぶん勝手に綺麗になるのでしょう。それとも、私たちの民がドワーフたちのようにゴーレムを操っていたなら・・・」

「我々は帝国だった」 フェラッサンが再び言って、今度はその声に怒りが込められていることに彼女は気がついた。「それはゴールデン・シティではなかった。ヒューマンが自分たちのため作り出した、メイカーの安寧に満ちた死後の世界などではなかった。ヴァル・ロヨーの最も裕福な一画を思い描き、そして答えよ、舞踏会のたび、どれだけ多くの愚か者がお互いの足を引っ張りあっているのか。どれだけ多くの召使いたちが、銀食器の並べ方を間違えたため鞭打たれているのか?」

「我々は貴族だった」 それは殴打のようにブリアラを打った。彼女は思い出していた。ゆっくりと流れる血が、幼少のセリーンが住んでいた館の読書室、自分の両親がレディ・マンティロンの指図によって殺されたその場所の、自分が身を隠していたところに近づいてくるのを。
「我々が全てだった。ヒューマンもおらず、ドワーフもおらず、種族はなく、エルフのみ。エイリアネイジで虐げられている民のため、君が復讐を狙うあらゆる類の極悪非道を、エルフの貴族たちが、エルフの召使いたちに対してなしていたのだ」 

 ブリアラは息を呑んだ。「どうして、そのような話を私にするのです?」
「君の女帝」と彼は言った。「君は彼女を信じている。君は彼女が君の民を解放すると信じている」
「信じています」 ブリアラは躊躇なく答えた。
「では、誰が床を磨く?」とフェラッサンが尋ね、微笑んだ。
「あなたは、彼女がヒューマンだから信用していない」
「違う」 フェラッサンは間を置いた。「ああ、わかった、そうだ、だがそれだけではない、私が彼女を信用していないのは、彼女がこれまで帝国を首尾よく統治してきたからだ。そのような者が権力を手離すことなどない。たとえ、賢くとも。たとえ、それが長い目で見て最良の道だとしても。たとえ、そうしなければ、究極的には全てを破滅に導くとしても」

 それは、ブリアラの心の奥底から聴こえる小さな声が告げることに、あまりに酷似していた。彼女はそれが再び聴こえはじめるのを抑えつけ、フェラッサンを睨み付けた。「セリーンは違います」
「まず間違いなく、違わない」とフェラッサンが言って、足を止めた。
 ブリアラも同じように足を止めた。彼女の回りの空気は、通路のルーンが放つ心安まる虹色の光にあわせ鼻歌のような音をたてており、息をするごとに、その空気はひんやりとして、爽やかに感じられた。

 彼女は振り返り、セリーンとミシェルがずっと後方にいて、一歩進むごとに苦心惨憺し、通路が放つ、彼らに取っては苛烈な光のために目を細めているのを見た。
 ここ何日かの間の激しい奮闘ぶりにも関わらず、ブリアラは息切れを感じることもなかった。彼女とフェラッサンは普通に歩を進め、その足取りは気楽なものだった。彼女は、誓ってそうだったと言えるだろう。

「ここの通路は、あのふたりより私たちのことを贔屓しているみたい」
「まさにそうだ。彼らの歩調で進んだとしても、普通の世界で数日かかる道のりを数時間で済ませることができる。だが、この魔法は我々に対しては特別な形で触れているのだが、彼らに対して触れることは決してできない」 フェラッサンは声を潜めた。「そして、君が床磨き以上のことをしたいと望むのなら、女帝の施しなんかより、こちらのほうがもっとずっと必要になるだろう」
「果たしてどうかしら」とブリアラは言って、セリーンの方に微笑みを送った。

*** 

 ここは、なかなか奥深い部分ですね・・・。エルーヴィアンはエルフのために造られたもの。ヒューマンのためのものではない。一旦中に入ったヒューマンは、積極的に排除されることこそないとはいえ、まるで何かの「波長」が合わないかのように苦しまざるをえない。一方でエルフは、あたかも「癒し」を受けているかのように快適に歩を進めることができる。
 そしてフェラッサンがブリアラに投げ掛ける謎。今までにまして、輪をかけて詩的になってきたので、訳すのが大変です。

 またここは、見ようによっては非常に単純な(警句的、寓話的な?)構図の場面でもあるので、原文の英語も汎用性が高そうで非常にためになります。めぼしいものだけでも拾ってみると。

 大丈夫かと問われたセリーンが「なんとかいたします」 "I will survive."
 言うならば「なんとしてでも、やり遂げる」でしょうね。女帝なので上品にしておきました。
 かつて、そんな題名の歌もありましたが・・・。そっちは文字通り「(自分ひとりで)生き延びてやるわ」という意味だったはず。

 フェラッサンが突然怒り出す直前、古代エルフの世界についてブリアラが「だいたい想像できるわ」 "I can only imagine."
 優しく言うなら「なんとなくわかるわ」かな。これはもうそのまま覚えるしかない。「想像するしかできない」ではダメで、「想像できる」んです。ためしにダメなほうを上の部分に当てはめてみてください。その後意味が通じないもんね。これも同名の歌がありますね。

 最後、フェラッサンの謎かけに対する、ブリアラの「果たしてどうかしら」"We will see."
 こういうときは、大抵相手の主張は「違う」と言いたいときですね。あなたの言うことは「違う」に決まってるんだが、実際にそうなってみないと人はわからないから、それまで待ってやる、という感じ。
 「嘘かまことか、いずれわかる」なんてセリフが「逆シャア」にあったな。非常に近い。

2014年6月15日 (日)

The Masked Empire 13(3)

 元から特に興味ないW-Cupも観ず、ずっとPQやってました(笑)。
 いやあ、いい出来ですよー、っても半分キャラゲーになっていると言われてしまえばそれまで。でも「世界樹」にはそこまではまらなかった私も、PQにはのめり込んでしまう。

 サッカーもそうだけど、キャラクター(つかサッカーならプレイヤーか)知らないとつまらんものですからね。

 PQクリアするまでまだまだかかりそうなんで、The Masked Empireを再開しましょう。

*** 

 その日は、もはやシルヴァンに出会うこともなかったが、兵たちはおずおずと木々を見つめ続けた。リエンヌはギャスパードとリマッチェの後ろに上手な手綱さばきで続き、自分たちを支配していた巨大なシルヴァンが倒されたため、他のスピリッツはフェイドへ逃げ戻ったのだと説明していた。

 ギャスパードは四人の兵を荼毘に付し、他にも戦いに復帰できないほど重傷を負ったものが十名いた。彼は健全な兵四人をつけて彼らを送り返した。無駄にも思われたが、偵察によればセリーンに付き従っているのは三から四名ほどに違いなく、その半数がシェヴァリエである二十の兵をもってすれば女帝への対処には十分であると考えた。

 声に出してはいないが、彼は不覚にも予期せぬ罪の意識に苛まれていた。兵たちを戦場に進軍させるのはいい。だが、この世のものではない敵と戦わせるのは全く別の話だ。
 とはいえ、オーレイの安全のためにはセリーンを捕えなければならない。

 午後遅く、降雨のため増水した川を渡って間もなく、偵察たちが屍を発見した。
 戦いと長い馬上行のため疲弊していたギャスパードは、最初また木が襲ってきたことを伝える叫び声かと思ったが、それは発見を告げるものであった。けものみちに馬を進めると、径は徐々に広くなり、整備も行き届いた道と呼ぶに相応しいものになった。目前の空地では、屍の傍でひとりの偵察が膝をついている。

 アイアンバークの鎧から見て、デーリッシュ・エルフだと告げた偵察が屍をひっくり返すと、ギャスパードは息を呑んだ。エルフは内側から燃やされたかのように、黒焦げの皮だけが残されていた。
 ギャスパードに呼ばれて、馬上のリエンヌがゆっくりと近づいてくる。屍を燃やしたのは誰の仕業か尋ねられると、彼女は肩をすくめ、それはこれから見出すしかないと言った。

 ギャスパードは嘆息し、彼女が先刻自分たち全員の命を救ったことを忘れないように心掛けた。この先は自分が先導すると偵察に告げ、側面に目を配り、異常は全て報告するように命じた。今日これ以上、魔法のため兵を喪うわけにはいかない。  

 リエンヌとともに先導するつもりだったギャスパードは、リマッチェまで同行してきたことに驚いた。数分後、道の真ん中に真っ二つにされたエルフの屍を見つけた。三番目の屍は二十本もの矢を受けて近くの木の幹に釘付けにされている。ギャスパードの弓兵たちは矢をつがえたまま、シェヴァリエたちは剣を抜いたまま進んでいた。ギャスパードが命じてもいない行動だが、叱責できるはずもなかった。 

 ついに彼らはデーリッシュの逗留地に入った。空地や道路が整備されている様子から見て、エルフたちは何年にもわたりここに居つき、近隣の村落と内密の交易を行っていたようだ。
 だが、彼らはもはや生きてはいない。

 逗留地の中心にある広場には老若男女の屍が、戦士も料理人も区別なく散乱しており、まるで壊れたおもちゃのように屠殺されていた。ギャスパードは数知れない戦場を見て来ており、シェヴァリエたちが浮かれ騒いだ翌朝の村の惨状もいくつか目撃したことがあるが、ここはそのどれも比べものにならないほどひどい有様だ。

 ギャスパードは側らのリマッチェに、一体ここで何が起きたのか尋ねざるを得なかった。
 戦士かつ軍略家として、普通の戦の跡からは出来事を語ることができる。部隊が移動し、ここで弓兵の斉射を浴びた。あそこで戦線が崩壊し、部隊が二つに分断された。だが、ここの光景は、混沌以外何も語らない。
 リマッチェは首を振りながら、自分ではなくリエンヌと話をすべきだと答えた。定命の者の仕業ではない。

 不可解そうな様子で馬上で振り向いたリエンヌの、手綱を握る拳は蒼白になっていた。スピリッツの魔法には違いないが、様子がおかしい。こちらではエルフがおそらく生きたまま焼かれているのに、あちらでは茹で殺されている。
 ギャスパードが屍から顔を背けずに、その意味を尋ねた。オーレイの皇帝は目を背けない。だが、たとえエルフであろうが、こんな仕打ちを受ける謂れはない。

「ディーモンたちは、なにをおいても単純なもの」と言うリエンヌの声は震えている。「それが楽しいと思えば火で殺す。または爪で、または剣で、あるいは眠りの間に殺す。ただし連中はほとんど常に何らかの気に入った手段を見つけ、そこから逸れることはない。それ以外の手段を試す機転が欠如しているのです」 

「ではディーモンではないのだ」 彼女に話を進めるよう促すのではなく、言い含めるかのようにギャスパードが言った。 兵たちはもう十分戦慄しており、ギャスパード自身も彼女が仄めかす話に怖気を奮っている。「そして、わしらが始末せねばならんのでない限り、それが何であれ問題ではない。問題なのはセリーンだ。この屠殺場は無視しろ」 彼は偵察たちに命じた。「ただの死んだエルフどもだ。もう十分見物しただろう。道を探せ」

 偵察たちはのろのろと馬を降り、ギャスパードの顔や互いの顔を見回している。
「行け!」 ギャスパードがピシャリと言って、偵察たちが散っていったが、彼らはまだ弓を手にしており、森に分け入る際にも地面はほとんど見ていなかった。 

「この混沌の中から、彼らが何か見つけて来るとは思えませんが?」 傍らのリマッチェが静かに言った。
「ここで手をこまねいて、混沌を見つめているよりましだろう」
「たしかに」とリマッチェが言った。「エルフどもに憐みを感じる日が来るなどゆめ思いもしておりませんでしたが・・・」 彼は言い澱んだ。「あそこ、閣下、ご覧になれますか?」

 ギャスパードがリマッチェの指差す先を見ると、荷馬車の近くに数名の戦士が斃れている。「いいや」
 リマッチェは馬を降り、ギャスパードの先に立ってそちらに歩いていき、屍の傍に膝をついて検分した。「首が折れている」とリマッチェが冷静に専門的知見を述べた。「喉を掻き切られている。こちらは突き刺されている」 彼はギャスパードを見上げた。「逗留地の他の部分に比べると、少々平凡なようで」
「セリーンのチャンピオンだ」 ギャスパードが頷き、リマッチェににやりと笑いかけた。「もしライデスが気に入らないのであれば、貴公には手練れの偵察になる資質があるな」
 リマッチェは立ち上がり、膝についた草の葉を払いながら笑いかけた。「肝に銘じておきます、閣下」 

「偵察、ここへ!」 ギャスパードが手を振った。「セリーンがここにいた、あるいはチャンピオンが。ここからはじめ、どこに向かったか探せ・・・、さもなくばリマッチェ卿が代わりに見つけ出してしまうぞ」
「どこに向かったか、私が知っています」 若い女性の声がした。
 ギャスパードは振り向きざま剣を抜き、突き出した。リマッチェもまた剣を手にする。

 まだ十代のエルフの少女は、エルフが好みなら可愛らしい顔をしており、蒼白い顔にはデーリッシュの風習である刺青を入れていた。黒っぽい赤色の光を放つ杖を手にしているが、それはどこにも向けられておらず、彼女のローブは泥と血で汚れていた。

「そしておぬしは誰だ?」 声を冷静で自信たっぷりなものに保ちながら、ギャスパードが尋ねた。彼の回りを偵察たちが皆黙したまま囲み、命令を待っている。

「ヴァーナーン部族のファースト、ミーリスと申します」と彼女が言った。ギャスパードは、それがまるで彼にとって何か意味があるように頷いた。「女帝と名乗る女性をお探しなのでしょう?」

「そうだ」とギャスパードが言った。リマッチェの目つきを見て、さらに付け加えた。「おぬしの部族の者たちに何が起きたのかも知りたいところだ」

「女帝に仕える戦士が衛兵たちを殺し、彼女を逃がしました」とミーリスが言って、荷馬車のほうを見もせずに指差した。「それから戦士は私たちの聖地のひとつに向かい、私の民を殺したものを解き放ちました」
 ギャスパードは悪寒を感じ、周囲の兵たちの落ち着かなさげな様子を見た。
「だが、あなたは殺されなかった」とリエンヌが彼の背後から言った。他の全員が彼女を見ている間、ミーリスから目を離さなかったギャスパードは、怒りと恥じが彼女の顔に一瞬去来し、また無表情に戻るのを見た。

「そうです」とミーリスが言って頷いた。「なぜなら、あの戦士は私を殺そうと思えばできたのに、そうしなかったから」 彼女が杖を握っていない方の手をあげて髪をかき上げると、額の横に醜い殴打の跡が現れた。「そのことが・・・、私の民を殺したものの興味を引き、それはあの戦士から侮辱を受けたため、私を生かし続け、あなた方をエルーヴィアンのところに導き・・・、私の民を滅ぼした男へ復讐を遂げさせるつもりだと言ったのです」 彼女が手を広げると、ギャスパードはその手のひらから輝く大きなルビーが現れるのを見た。「それはさらに、私にあなた方を導く手段まで与えたのです」

「そして、おぬしは何を得るのだ、ヴァーネーン部族のファーストよ?」とギャスパードが尋ねた。彼にとってその肩書きに意味はなかったが、名前を覚えるのはいつも得意だった。
「わしらがセリーンを追跡し、サー・ミシェルを殺すことを望んでおる。それはわかった。だが、おぬしは何を得るのだ。アポステイトのエルフのメイジが野放しになるのを、わしらに見逃せとでもいうのか?」

 彼は合図を出さず、兵たちも剣を構えるときではないと知っていた。現に、彼は彼女の反応を量るため尋ねているのだった。
 彼が失望させられることはなかった。
 彼女は頭をあげ、彼の眼差しを正面から受け止めた。「いいえ」と彼女は言った。「ここから先、あなた方は私を伴い、私自身にサー・ミシェルを殺させること。それが私の選択」

***

 リエンヌのみならず、ミーリスまでもが主要登場人物であったのか・・・。
 小説劈頭では宮廷の様子が描かれ、メイジが全く登場せず、シェヴァリエとバードの物語になるのか、とさえ思っていたのですが、終盤に差し掛かるここまでくると、主要登場人物のうちメイジが三人となって、人口比率的には過密状態ですね。

 第十三章はここまで。

【DAI】ロマンスは種族によって違いあり。

 直接的にはDAwikiの次のBlog記事からの引用。

http://dragonage.wikia.com/wiki/User_blog:Lazare326/Dragon_Age:_Inquisition_Romance%27s_will_be_restricted_according_to_race

 オリジナルはBSNのゲイダーさんの発言。

 質問は「特定の種族のロマンスが他より少なかったり、最悪ゼロだったりするのか」

 ゲイダーさんの答え。 

 「そう、特定性別/種族のロマンスの組み合わせが、他と同等だけあるという保証はないよ。

 そして、それでいいんだ。ロマンス・オプションは公平かつ平等に配分されるべきお菓子じゃないのだし、ゲームがリリースされる前から、ロマンスしなければいけないと君が心に決めた特定キャラクターがいるのであれば、別の主人公(PC)でプレイするのも一考だと助言しておこう。我々ができうる限りの(そしてすでになし終わった)ことは、(ロマンスが)全体的にみてある特定集団に偏らないようにすることだけだ。ロマンスは様々な理由によってマップの至るところに散らばっている」(原文は記事の最後に)

 最後の「マップの至るところ」がちょっと意味わかりにくかったが、オリージャン、フェラルデン、ネヴァラン、あるいはテヴィンターなどヒューマンの国家だけを言っているのではなく、(デーリッシュ)エルフ、クナリ、ドワーフのPCの場合も含んだ表現だということでしょうね。 

 とどのつまり、インターレイシャル(そこ、やらしいこと考えてんじゃないよ!)な関係の場合、エルフとヒューマンから子供が生まれることは確実だが、他ってどうなんでしたっけ、ということですよね。「別に婚姻・出産が恋愛の前提条件ではない」というのが、BioWare/EA、カナディアン・リベラリズムやアメリカン・リベラルの発想だとしても、かといって「セダス大陸の」特定種族の思想(宗教、因習、制度)では、それら再生産が前提の恋愛以外認めない場合もあり得ますからね・・・。

 ま、私の場合、ヒューマンとエルフでプレイするのがほとんどだろうから、あんまし関係ないが。おそらく質問者は、ドワとかクナリ主人公のロマンス相手が限られるのではないかと心配しているのでしょう。

 たとえばPCがクナリ男性の場合であって、もしかしたらクナリはあのツノ種族の異性以外との婚姻を認めない場合、恋愛オプションは「ゼロ」になってしまうとか(結構込み入った話ですが、①まずまっさきに指摘すべきは、クナリに「恋愛」という無価値なことに時間を費やす発想はない、②コンパニオンのクナリは男子しかいない、ただし③そのコンパニオンはタル・ヴァショス、クナリの教義に従うことをやめた者であるから、恋愛感情に意味を見出すのかもしれないし、異性との婚姻に束縛されることもないのかもしれない)。

 まーそれもセックスばかり考えているから、あるいはプラトニックなラヴだけを考えているからであって、ロマンスの定義なんていかようにもなりますからねえ。

 結局何をどうやっても、リリース直後からどうせ炎上して、ME3のときのようにRomantic Extended Cutを要求するキ●ガイが出てくるんだろうけどな。(でも、あんたも「タダ」なら、それプレイする気でしょう!)

***

"Yes. There is no guarantee that a particular gender/race combination will have as many romantic prospects as another.

And that's fine. Romance options are not candy to be dispensed fairly and evenly, and if there's a particular character that you've decided before the game is released that you must romance, it's advisable you play a different PC. The most we can do (and have done) is ensure that there's no overall slanting towards a particular group-- it's all over the map, for various reasons."

【DAI】E3 2014 Trailer at EA Press Conference

 デジタル・チェロの生演奏つき。E3のDAIヴィデオ(リンク先はGameSpot)。

http://www.gamespot.com/videos/e3-2014-dragon-age-inquisition-game-trailer-at-ea-/2300-6419253/

 かっこええなあ。クラシック音楽コンプレックスのまったくない私でもそう思う。 
 つっても和製ゲームの発表でも、フルバンドの演奏つきは最早ざらでしょうけどね。ゲーム大国になるための必須条件の一つには、音楽文化の成熟度合もあるのだろう。 

 (追加)ゲイダーさんのTumblr記事によれば、次の、Gametrailerの音源のほうがきれいにクリナップされているそうだ)

http://www.gametrailers.com/videos/c40zhz/dragon-age--inquisition-orchestral-trailer---dragon-age--inquisition

(追加終わり)

 DAシリーズの音楽は、一作目DAOから基調となるソロフレーズが(旋律こそ違いますが)統一されている。アート方面にユニークな特徴がない(他と紛らわしい)などと批判されていたが、音楽は紛れもなくDAシリーズであった。
 他と紛らわしいとか思ったら、それは聴くほうの(教養の)問題である。

 今回から作曲家が交代しているそうな。テーマに女声を用いてエキゾチックなムードを散りばめていたこれまでのInon Zur氏とは趣きが異なり、いきなりチェロのソロってのには面喰いました。上に書いたように基調を変えないように工夫しているからDAとすぐわかるんですけどね。一説によればチェロなどのヴァイオリン・ファミリーの奏でる音が人の声に一番近いのだそうだし(画像のデジタル・チェロはYAMAHA製。初音ミクも元はYAMAHAのボーカロイド)。

 画像のほうにもいくつか「おや?」と思わせる場面がありました。他のトレイラーをまじめに見ればそこがどんな場所かわかるんだろうか。

 たとえば、ってこれじゃねえー。 

Nug

2014年6月14日 (土)

【DAI】Co-op?

 帰国して最初に見た、GameSpotのこのE3関連記事で、エグゼクティヴ・プロデューサーのマーク・ダラー氏が、DAIのco-opについて語っている?!

 いきなりバッドニュースかよ。

E3 2014: Dragon Age: Inquisition Stage Show

Mark Darrah executive producer of Dragon Age: Inquisition tells us more about gameplay mechanics, co-op, classes, and more.

http://www.gamespot.com/videos/e3-2014-dragon-age-inquisition-stage-show/2300-6419573/

 三回ほど聞き直しましたが、何一つ触れていない。あちらのコメントでも同じように「サブタイトルに偽りあり」と述べている者がいる。念のためIGNも覗いてみたが、マルチプレイについては触れられていない。ほっと一安心というところでしょう。

 マルチプレイは個人的に遊ぶ余裕などないし、そもそもDAの世界に対してそぐわないと思っていた。お願いだから、やめて、と何度も祈っていたので、とりあえずはそれが通じているかもしれない。 

 ちなみに、DAIは開発フェイズ・アルファに突入していますから、今後大幅なコンテンツ見直しが発生することは、(1)ある部分ばっさりカット、(2)発売日延期、のような状況以外はありえない。

 このステージ・インタヴューで、ダラー氏が何ら目新しいことを述べているわけではありません。ほぼ、今までどこかでDA開発メンバーの誰かが述べたことと同じ内容。ただしヴィデオのほうは、レッドクリフのくだりなど新コンテンツのプロットがちらりと紹介されているので目新しい。ヴィデオのインクイジターは、クナリ♀ですかね。

 レリアナは、今のところコンパニオンとなるような話も証拠もないが、ゲームプレイ・ヴィデオでは、相当ダークな(ニヒルな?)感じに描かれている。DAO、DA2(DLC)あるいはレリアナズ・ソングまで含めれば、キャラクターが都度都度変わっているようです。

 気を取り直して他を眺めてみたら、いくつかE3トレイラーが出ていますね。いずれも日本語サイトに出ているでしょうから割愛。
 残念ながらコンパニオンを全員紹介はしていないが、ウォーデン(Blackwall)、クナリ( Iron Bull)、デーリッシュ(Sera)が紹介された。

2014年6月 9日 (月)

一週間ほど留守にします。

 一週間ほど日本を離れ、書き続ける環境でもないので、ブログはお休みします。

 The Masked Empire、10月までには終わらせないとね(笑)。

 いや、Last Flightは今のところやる気はあまりないので・・・。それやるなら7月中に終わらないといけないわけで、かなりきついかも・・・。

 EA公式にも、土地の話題が色々出てますが、そちらはおいおい日本語訳が出るでしょう。
 DAIの舞台はフェラルデン、オーレイ、ネヴァラあたりなんですね。

 E3で詳述されるキャラクター名もはっきりしたようで。グレイ・ウォーデンも正式にコンパニオンとなることが決定。追いかけてる暇ありませんが、GameInformerあたりに出てるようです。

Blackwall

 E3のニュースは帰国後、まとめてみるしかないか・・・。DAに関しては、いつもこういうタイミングなんだよな。

 

 

2014年6月 5日 (木)

The Masked Empire 13(2)

 久々に、ギャスパード登場。できるだけベタ訳で行ってみましょう。

***

「どういう意味だ」 ギャスパードは、内心とは裏腹に辛抱強さを示して言った。「木が襲ってきただと?」

 彼は偵察を急き立て、農奴の小さな村の南を過ぎてデールズに向かう道を追跡させていた。彼は、毎晩気前よく褒め、良い食事を与え、毎日の日中には命令を吠え、遅れには怒鳴り散らした。犬にも、馬にも、人にもそうやって接し、それでいつもうまく行ってきた。

 偵察たちの言葉を信じれば、彼らはセリーンの跡を辿っており、徐々に近づいていた。昨夜の雨のせいで足跡を追うのが難しくなったことは、ギャスパードにもわかっていた。
 そして今、灰色の朝の光の中で、明らかに怯えた様子の偵察のひとりが、その顔も両手も傷だらけで彼の前に立ち、事態が彼の予想よりも一層悪くなっていることを告げている。

「奴らが動いたのです、閣下」と偵察が言った。気丈にもその声は確かだった。「魔法の類です。我々は足跡を追っていて、何らかの獣との戦いの跡を見つけました。そのとき木々が動いたのです。自分の前にいた兵たちは殺されました」
 ギャスパードは呻き、鞍の上で他の馬上の者たちの方に顔を向けた。
「リエンヌを呼べ!」

 代わりにリマッチェが馬を寄せてきて、ギャスパードの馬の隣に轡を並べた彼の軍馬が挨拶代わりにいなないた。「何か問題でも?」
 ギャスパードは偵察を見下ろし、彼の顔の横に血が滴り落ちてきているのを見た。「手当てを受けて来い」と彼は命じ、偵察はお辞儀をすると駆け去って行った。ギャスパードはリマッチェの方を向いた。「木があやつの部隊を襲ったのだそうだ」

 リマッチェは唇を噛みしめた。「なるほど」
「ただの兵士の戯言だと笑い飛ばすと思ったがな」とギャスパードは言って、片方の眉を吊り上げた。
 リマッチェは微笑んだ。「その可能性もあるかもしれませんが、閣下、ここはライデスからさほど離れていないことをお忘れなく。私のシェヴァリエたちが、森の中の何物かを始末するよう農奴たちから懇願されたと聞いたことがあります。戦の跡に近いこともしばしばで、そのような場所では死者たちがなかなか眠りに就かない」

「死者たちは」と、リエンヌ・デ・モンツィマードが言った。「さようなことはいたしませぬ」 彼女は小さな黒い牝馬に跨り、その足並みはあまりに静かで、濡れた草の上を近づいてくるのさえ、ギャスパードも気が付かなかった。

「では、屍が蘇り、武器を手に生者を襲う物語の数々は?」とリマッチェが尋ねた。
「スピリッツ」 リエンヌは、鞍から身を乗り出して森の方を身振りで示した。「デールズの至る所で、かつて大きな戦いがありました。その猛威、その死に思いを馳せていただきたい。閣下が敵を斬り倒すときの、戦の激情に思いを馳せていただきたい。閣下が敵を蹂躙し、彼らの命が草を浸すときの」

 ギャスパードは頷いた。「わかった、リエンヌ。それがどうした?」
 彼女は微笑んだ。「スピリッツは、灯りに群がる蛾のように、暴力の回りに集い、できるだけ間近で見ようと強く求めるため、この世界とフェイドを分かつヴェイルが、薄く引き延ばされてしまう。それが破れたところからスピリッツが忍び入り、私たち命定めある者たちが授かりしものを味わおうと必死になる」 彼女は遠くを見つめた。「弱きものらは、屍のように逆らわない相手を選び・・・、そして、スピリッツはかつて目にした戦いを再現しようとする、それが命というものだと思いこんだことを真似しようとする、ところが、我々定命の者たちの目には、蘇った屍が襲ってくるようにしか見えないのです」

「木々についてはどうだ? 」 ギャスパードが彼らの前に広がる森の方を顎で示して尋ねた。「偵察たちは、木々が命を宿して襲ってきたと言っておる」
「シルヴァン」とリエンヌが言って、頷いた。「その本質は屍と同じですが、スピリッツは人間の死体の代わりに木々に憑依したのです」 彼女は馬を降り、前方の森を見て顔をしかめ、それから杖を手にした。「力をお貸しいたしますが、火が要ります」

 ギャスパードも馬を降り、湿った草と前方の濡れた森を見て顔をしかめた。「火を放つのは難しいだろう」
「では、代わりに血を流すことにいたしましょう」 リエンヌが肩をすくめてそう言って、歩きはじめた。「何ダースかの者、それ以上はいらない。さもなくば、落後者が道に迷うか・・・、見つかってしまう」
 ギャスパードはいまだ馬上にいるリマッチェに睨むような目を向けた。「弓兵に火矢を用意させろ。シェヴァリエたちには徒歩(かち)で進むと告げよ。それぞれ二十、志願を募れ」
「閣下」 リマッチェはお辞儀をし、乗馬に拍車をいれた。

 ギャスパード、リマッチェ、そして四十人の戦士たちが最初のシルヴァンを見つけたのはそれから二、三時間後であり、叩き潰され、ずたずたに引き裂かれたギャスパードの兵士のひとりの屍と、セリーンたちの馬の一頭だったに違いないものの近くだった。木が不意に揺れ、裂け、命を帯び、それ自身を人の形のなにか不気味な模倣のような姿に変えた。リエンヌは輝く光を放つ絵文字(グリフ)を地面に描き、それが純粋な白いきらめきをあげると、シルヴァンは根茎を地面からもぎ取り、激怒の咆哮を上げながらたじろぎ、後ずさった。ギャスパードの射手たちが降り注いだ火矢は、化け物に苦痛を与えているようであり、リエンヌが放った白い光のたくさんの矢がその樹皮を引き裂くと、ついにそれは崩れ落ち、焦げ付き、燃え上がった。

 リエンヌは、ギャスパードの方を向いて微笑んだ。「まだ他にもいるでしょう」
「であれば、そなたがいてくれて助かったな、お嬢さん」 ギャスパードは笑って、偵察たちに歩を進めるよう身振りした。

 彼女と偵察たちが前進すると、リマッチェがギャスパードの傍らで歩を止めた。「閣下」
 ギャスパードがそちらを見た。「心配事か、リマッチェ?」 
「閣下のアポステイト」とリマッチェはしかめ面をした。「彼女には恐るべき力があり、またモンツィマードの娘を悪く言うつもりもないのですが・・・」
「怖いのだろう?」 ギャスパードが微笑んだ。「貴公とわしは、この現世に生きる者たちだ、リマッチェ。宮廷や戦場で解決できる問題なら、わしらはお手のものだ。だが、スピリッツやフェイドのこととなると・・・」

 リマッチェは首を振った。「彼女の顔をご覧になられたか? スピリッツどもは彼女に語りかけており、または彼女がそれを欲している。そして彼女は、サークルのハロウィングの儀式を受けていないのです」
「それはそのとおりだ」とギャスパードが認めた。「貴公は、彼女の魔法抜きであの木の化け物の相手をしろと言うのではあるまいな?」 リマッチェの顔つきを見て、彼は頷いた。「そうだろうとも。今のところは、メイカーがわしらに与え給うたこの世界には、わしらの思いもつかぬ恐るべきものが存在していることを認めざるを得んのだし・・・、そしてリエンヌ・デ・モンツィマードもまた、そのうちのひとつなのかもしれん」
「そして、その木々よりも、彼女のほうが危険な存在となることはないとお考えか?」とリマッチェが尋ねた。
「わしはテンプラーではないが」 ギャスパードが冷淡に言った。「心臓を剣で一刺しすれば解決するのもよくある話だ」
 リマッチェは言葉もなく頷き、兵たちに身振りした。

 時が経つにつれ、彼らは他のシルヴァンどもも見つけ出し、ギャスパードは兵たちに、その大きな化け物を安全に始末する手口に従うよう命じた。毎回、リエンヌの魔法が化け物を追い詰め、ギャスパードの射手たちが火の矢を射かける。兵たちは過敏になり、この世のものではない化け物と戦うことへの不快さを口にしていたが、シルヴァンが彼らに近づくことができる前に倒れ、死んだ木に戻るのを目にすると、兵たちの隊列はギャスパードが望む規律あるものに戻っていた。

 そして、その日の午後になって、森が彼らを襲ってきた。

 ギャスパードの偵察のひとりが、何か見つけたと叫んだ。それは枝に引っかかった衣服の切れ端だったが、そのとき枝が動き、偵察の頭に巻き付いた。警告を発する暇もなく、大きな枝が捻じれ、伸び切ったそれがバチンと音を立てて折れ、宙に舞った偵察の頭が肩のところからもぎ取られ、身体は回転しながら血をあたりにまき散らした。

「弓兵!」とギャスパードが叫んだ。「火矢を放て。リエンヌ!」
「火が尽きました、閣下!」と射手のかしらが叫び返し、ギャスパードが毒づいた。
「ならば、撃て、撃つのだ、何もせんで突っ立てるよりましだろう!」
 リエンヌが目前に絵文字を描くと、それは燃え上がり、輝き、シルヴァンは咆哮し、たじろいで後ずさりしたが、その幹に突き刺さる矢は意味がないようだった。
「側面から、まだ来ます、閣下!」
「シェヴァリエ、構え!」とリマッチェが叫び、自らも剣を抜いた。
 リエンヌの魔法で退いたシルヴァンが再び近づいてきて、射かけられる矢を無視し、その枝を巨大な棍棒のように振り回した。

 弓兵たちが後退する間、ギャスパードもシェヴァリエたちの隊列に加わり、叩きつけ、斬りつけた。大きな枝が彼の盾に打ち付けられ、その一撃一撃が彼を跪かせる。彼は隣の男が倒れ、突き刺されるのを感じ、そのシェヴァリエにとどめを刺そうとする一撃に盾を打ち付けて横に逸らした。彼が枝を斬りつけ、叩き切ると、黒い樹液があたり中に噴き出した。

 そのとき、剣を掲げると同時に、彼は身体にみなぎるエナジーを、若く威勢が良かった時分以来感じたことのなかった腕力と活力を感じた。彼の両脇にいる者たちが雄叫びをあげ、ギャスパードが見やると、彼らの身体の回りを魔法の輝きが取り巻いていた。

 リエンヌの仕業か。それがなんであれ、ギャスパードは彼女から贈られた力を受け取ると勢いよく立ち上がり、手にした長剣をまるで稽古用の棒切れのように振り回し、その一振り一振りでシルヴァンの樹皮を刈り取り、幹を深くえぐった。彼の横では兵たちが叫びながら各々強力な一撃を浴びせ、シルヴァンは咆哮し、後ずさりし、そして煙をあげながら崩れ落ち、ただの死んだ木に戻った。

 依然としてリエンヌの魔法の脈動を感じながら、ギャスパードは振り向いた。一方の端では、リマッチェが倒れたシェヴァリエのひとりを守りながら、今まで見たやつらがちっぽけに思えてしまうくらい巨大な化け物が次々と繰り出す一撃を、敢然と受け止めていた。

 そのシルヴァンは巨大で、年期が入った幹は捻じれてこぶだらけであり、枝は掴み取る爪の形ではなく、巨大な木の棍棒のようだった。リマッチェの背丈はその化け物の腿に相当する部分にすら及ばず、また一撃が下されて片膝をついた彼は、それでもまだ倒れた兵を守っていた。

「リエンヌ!」 ギャスパードが肩越しに見やると、彼女が彼の後ろで、汗だくになっていた。彼女の肌は、彼の骨の髄まで震わせているのと同じ輝きで満ちている。「力を貸せ!」
 彼女は息を吸った。「あやつに手は触れさせませぬ、閣下」
 ギャスパードは頷いた。「わしから離れるな!」と彼は叫び、巨大なシルヴァンに突撃した。

 彼が近づくのを見たそれは、これまで倒した単純な化け物と異なり、なにがしかの機転が利くようだった。ギャスパードは、それが彼のほうに正対するように向きを変え、巨大な棍棒を掲げ、もう一方の腕でかかってこいと挑戦しているような身振りをするのを見た。

 そのとき、濃く黒いエナジーがそいつの身体を横切り、巨大なシルヴァンは震え、後ろによろめいた。
「汝は古き、木、そしてかつて、幾世紀も昔、汝は燃えた」 リエンヌがギャスパードの後ろで言った。彼女の言葉は大きな声で告げられたのではなかったが、魔法がその中に息づき、空気を切り裂き、まるで火の矢のように化け物に突き刺さった。「思い出せ

 巨大なシルヴァンが悲鳴を上げ、身震いすると、ギャスパードがその前に駆け寄って斬りつけた。魔法が彼の身体の回りで音をたて、彼は自分の小手に握った刃が変化するのを、小さなずれが生まれて角度をほんの少し変えるのを感じた。彼の刃がシルヴァンに沈むと、その小さなずれのおかげで、ギャスパードが目にすらしていない継ぎ目に刃が当たり、黒い樹液を吹き出させた。彼の回りでは兵たちが気が狂ったように剣を振り回し、その全ての一撃が的確に命中し、深く突き刺さり、隠れた弱点を見出しており、木は悲鳴をあげ、咆哮した。

 そのとき巨大なシルヴァンが枝を振りまわしたが、それは力なく、ぎこちなく、ギャスパードが横にかわした一撃が近くの地面に打ちつけられると、彼は強烈な反撃の一振りを浴びせかけ、樹皮を剥ぎ取り、その下に黒い樹液を噴き出している白い樹肌を剥き出しにした。間髪おかずに逆手に握りを変えると、彼は剣を深々と突き刺した。

 巨大なシルヴァンが動きを止めると、ギャスパードは突然冷たい風が森の中を通り過ぎ、鎧すら通り抜け、骨の髄にまで突き刺さるような悪寒に襲われるのを感じた。シルヴァンは、まるでため息をつき、脱力したかのようように見え、それからただの木に戻ると、黒い樹液はぶすぶすと音をたてて煙になり、ギャスパードがもはや感じることのできなくなった風の中にかき消されていった。

「済みました」 彼の後ろでリエンヌが力なく言い、振り向いた彼は、その途端に彼女が崩れ落ちるのを見た。
 ギャスパードは後ろによろめき、四肢の力が、やってきたときと同じように突然消え去るのを感じた。彼の回りでは兵たちが跪き、頭を振っている。「彼女を手当してやれ」と彼が命じると、弓兵たちが丁重に彼女の身体を抱え上げ、安全なところに運んでいった。

「バカな娘だ」 リマッチェが剣に寄り掛かりながら、荒い息をしている。
「これでもまだ、彼女を刺し殺せというつもりか?」とギャスパードが尋ねると、リマッチェは笑い、それから真顔になって、彼が救おうとしていた倒れたシェヴァリエの容体を調べた。「生きておるのか?」
「そうでなければ困ります」 脈をとりながら、リマッチェが言った。「すでに死んでいた男のため愚かにも命を懸けたとあっては、私の沽券にかかわりますから」

 ギャスパードは彼の肩を叩いた。「貴公を見くびっておったようだ、リマッチェ」
「そのようなことはありません、閣下」 リマッチェは頭をあげ、他の者たちを呼んだ。「誰か、この者の手当てを!」
「いや、見くびっておった。シェヴァリエ以外の者にも名誉は通じることを、わしはなかなか理解しようとせんかった。謝罪させてもらおう」
「オーレイの大公閣下からの謝罪」 薬草の覚えのある弓兵のひとりがやってきて、倒れたシェヴァリエの手当てをする様子を眺めながら、リマッチェが言った。「光栄に存じますが・・・、皇帝陛下からの謝罪ほどの光栄ではないと」
「では、貴公の運勢が良くなることを願おう」 ギャスパードはにやりと笑うと、巨大なシルヴァンの身体から唸り声とともに自分の剣を引き抜き、その後ふたりはリエンヌの様子を見に向かった。

***

 これまでは、いけ好かない陰謀公家、気取り屋として描かれていたリマッチェが、手下を守るため命を懸ける。ノブレス・オブリージュ(仏:noblesse oblige)。
 著者ウィークス氏も、こういうところなかなかの曲者のようです。

 いまどきの日本人に足りないのが、この発想でしょうか。よくビジネスマンごときのトップがこれを口走りますが、「金儲け」ありきの商人とはまったく相反する世界であり、「ノーブル」を僭称するとは不届き千万と言わざるを得ない(つうか商人としても失格)。

 ま、皇族でもない限り、庶民には無縁といっても良い世界ですが。

 グリフ(glyph)はRPGファンにとっては、グリフのままの方がわかりやすそうですが、適当な言葉が見つからず、「絵文字」なんてしちゃいました。もっといい呼び名ありそう。

 リエンヌのサポート魔法。DnDに馴染みのある方は、「ああ、あの魔法かな」とお気づきになったのでしょうかね。腕力・活力・士気アップ(Bull's Strength、および/または Greater Heroismあたりかな)、正鵠を突く攻撃(剣そのものを変化させているようなので、True Seeing はちょっと違うか)などのバフアップを模している(上の描写にもっと近い魔法があるのかもしれない)。地味ですが重宝する魔法。DAでは似ているものにどんな魔法があったか、忘れちゃいました(笑)。そして最後にシルヴァンに食らわせたのは、相手に妄想・発想を強制的に植え付けてしまうPower Wordみたいなイメージかしら。

 そう考えると、彼女はかなり高い水準のメイジであると言えますね。
 セリーン側には、ドルイド系ぽいフェラッサンがついていて、ギャスパード側にはわりと正統派ウィザードぽいリエンヌが付き従う。わらわらとメイジが沢山出てくるAsunderのような話も面白いですが、こちらのパーティー編成は比較的「正統派」。

2014年6月 2日 (月)

The Masked Empire 13(1)

 第十三章です。
 このシーンを読み返してみて、似たような話をどこかで読んだよなあ、と思ったお話は後ほど。

***

 第十三章

 セリーンは、雨の中フェラッサンの杖の緑色の光が照らし出す三つの四角い岩と、その真ん中の地面に開いた穴を見つめていた。
 凍えて、ずぶ濡れで、シルヴァンから逃げる途中打った頭がまだ痛んでいたが、彼女は微笑んでいた。

 エルーヴィアンを通り抜け進む。光の中で突然若返ったように見えるフェラッサンが言った。むしろ、ほんの数少ないその生き残りを抜けてと言うべきか。

 安全なのか、とブリアラが尋ね、セリーンにそっと手を寄せる。革の手袋の上からでもぬくもりが伝わってきた。
 とんでもない、と言って微笑んで、その後は黙り込んだフェラッサンに、セリーンが説明を求める。

 エルーヴィアンは何世紀も前に封印された。そう言いながら穴を覗き込む彼の杖が中の様子を照らし出した。セリーンは、地表から一フットほど下がったあたりから、ヴァル・ロヨーの宮廷で見かけるようなすべすべの石の内壁が始まっていて、その上に描かれたルーンの紋様が杖の光を受けて輝いているのを見た。

 エルーヴィアンは、オーレイ全土に限らず、広くその域外までを繋いでいた。当初は様々な場所に置かれていたのだが、統治者の広間や交易の市場にあったものはほとんど生き残っていないだろう。今でも使うことができるものは、エルフ帝国の偉大な指導者たちの墓陵にあったもののはずだ。支配者たち、戦士たち、メイジたちの。

 盗掘者を遠ざけるための罠があるはずだ。いまだに剣を構えて敵襲に備えているミシェルが言った。フェラッサンが頷き、セリーンはブリアラに見つけることができるかどうか尋ねた。
 ブリアラは顔をしかめ、古代のエルフの罠が今用いられているようなものかどうかわからない、と答えたが、セリーンから腕を離すと、フェラッサンが魔法でさらに眩く輝かせた杖の光を頼りに穴の中を探った。あたりの空地が昼になったかと思わせる明るさに、セリーンは思わず目を閉じた。ゆっくりと目を開き、明るさに慣れると、顔をしかめそうになった。

 ブリアラは穴の近くの土に膝をつき、汚れて憔悴している様子だ。サー・ミシェルの鎧と盾はへこみ、傷だらけで、彼の血まみれの顔は蒼白い。フェラッサンの刺青の下の顔も疲れ切っているようだが、どういうわけか雨には濡れていない。セリーン自身の姿は一体どうなっているのだろう。しばらく身体は洗っておらず、傷を負い、死んだ男たちから盗んだ鎧を身に着けている。

 圧力板、とブリアラが静かに言って、足から先に穴の下に降りて行った。彼女の姿が見えなくなった少しの間、セリーンの鼓動が早まった。再び彼女が穴から首を出し、疲れた顔に笑顔を浮かべた。外した。今のものとあまり変わらないようだ。

 罠はそれひとつだけかもしれない、とフェラッサンが言った。だが用心して、ときどきは調べることにしよう。彼は息を吐き、杖の光を元の明るさに戻した。そしてブリアラの手を借りて、間を開けることなく穴の下に降りた。

 ミシェルがセリーンに頷き、彼女がフェラッサンに続く。突然暗くなった視界の、雨と闇の中に残像が踊っていた。
 目が慣れると目前に下へ降りる階段があるのがわかった。最初の一段は四フィートほどもあり、身を屈めた彼女は突然めまいに襲われて顔をしかめた。ブリアラの手が肩を掴み、優しく身体を降ろすのを手伝ってくれる。礼を言って笑ったセリーンに、ブリアラも微かな笑みを返した。

 彼女が、ブリアラとフェラッサンに続いて階段を下り、鎧をカチャカチャ鳴らしながらミシェルが後ろから従った。夜の空が消え、視界は石の壁に覆われる。

 降りるにつれて階段の幅は広くなり、しばらくすると四人が横に並んで進めるほどになった。段差はふつうの階段よりも少し広く、進むためには不釣合いな歩調を余儀なくされる。セリーンは三拍子の舞踏曲を思い出し、それが鼻歌に出そうになるのを我慢した。奇妙な長さの段差だ、と前に進むブリアラが口にする。古代には自分たちエルフの背丈は今より高かったのかもしれない、とフェラッサンがくすくす笑いながら答えたが、セリーンにはどこまで真面目な話なのかわからなかった。

「ようやく話を伺う時間ができました」 皆で歩く間、セリーンがフェラッサンに言った。「その仕組みはどのように働くのか教えて頂戴」
「奇跡のように」とフェラッサンが間髪おかず答える。
 セリーンが睨み付けた。「その魔法の鏡のひとつに、まるで何かの扉であるかのように踏み入れば、ヴァル・ロヨーに送られるのですか?」

「ああ、そうじゃない」 フェラッサンは唇を噛みながら、上の空で壁のルーンに手を這わせている。「エルーヴィアン、その鏡は我々をこことは違う別な場所に運ぶ。古代の時代、通り道はその異なる世界を渡って、エルフたちをエルーヴィアンから別のエルーヴィアンに運んでいた。願わくば、その通り道が残っているといいのだが」
「願わくば?」 ミシェルが睨み付ける。
「随分経つからな」

「つまりエルーヴィアンが置かれたところはどこであっても」と、ブリアラがゆっくりと言った。「街の一地区のようなもの。その通り道が通じている別の世界が街路で、私たちが街の中心にある広場を見つければ、そこからどこでも望むところに向かうことができる」
「そんなところだ」とフェラッサンが微笑んだ。「街ほど賑やかじゃないが。まず、ディーモンが言った中央の部屋を見つけなければならん。そこでなら、ディーモンのルビーがなくても、望みのエルーヴィアンを目覚めさせることができる。次に、願わくば、どこか君の宮廷近くにあるエルーヴィアンを見つけ、君はそこから出て行って、玉座を取り戻す」

 セリーンは頷いた。彼女には意味がわからなかったし、あるいは少なくとも、その意味が自分の気に入るようなものではなかったせいかもしれないが、フェラッサンには考えがあるように思えた。

 彼女の感覚では小一時間くらい経ったと思える頃、階段が終わり、小さな食堂ほどの大きさの部屋に辿りついた。階段の一番下の段に着いたとき、フェラッサンが足をとめてブリアラに合図を送り、彼女が前に進んで階段の土台を調べ始めた。

「ここは何のための場所でしょう?」とセリーンが尋ね、部屋を見下ろした。壁には石造りの棚が並び、いくつかの小さなフラスコがそこここに置かれており、香水の瓶のような形のものもあった。いくつかの大きな金属の槽には、壁にあるのと同じ紋様のルーンが描かれており、ひとつひとつが祭壇ほどの大きさのある、石の台座の近くの床に据え付けられている。

 部屋は不規則な形をした壁のところで突然終わっており、しばらくしてセリーンは、そこが瓦礫の山であることに気がついた。瓶や槽がいくつも倒れており、そちらの側にあるいくつかの石の台座は、瓦礫で半分覆われ、ひび割れていた。
「陥没の跡か?」とミシェルが尋ねた。
「誰も最初から、こんな造りにはしないだろうしな、シェヴァリエ」とフェラッサンが言った。
「幸運なことに、私たちが探しているものは、時とともに朽ち果ててはいなかった」 彼が杖を振ると光が灯り、部屋の向こう側まで見渡すのに十分なほど明るくなった。

 当初セリーンは、あまりに華美に飾り付けられた扉を見ているのだと思っていた。エルフのとがった耳をした戦士たちの大きな石像が立ち、シェヴァリエに似合いそうな鎧姿に彫られていた。彼らが両脇で支える大きな青っぽい灰色の鏡面は、てっぺんのところでアーチ状になっている。鏡全体を囲む石には捻じれて縺れた紋様が彫りこまれており、それを追っていたセリーンの目が痛くなった。

「ここは玄室であったのに違いない」とフェラッサンが言って沈黙を破った。「死者は、考えうるありとあらゆる虚飾の印とともにここに運び入れられた。繻子の敷布を乗せた寝台、フラシ天の枕、その他全ての。それから死者は洗い清められ、メイジが身体の内側を焼く」 彼は遠くを見つめて微笑んだ。「ウーセナラ、永劫の眠り、それに就く者らは、隠された苦痛のため再びこの世界に舞い戻ることのないよう、召使いたちの手で浄められ、手入れされ、次には、旅路で用いる知恵のひらめきを受け取るため、香り高い油で沐浴される」

 ブリアラが立ち上がった。「また別の圧力板。とても古くて、とても繊細だけど、もう安全だと思う」
「結構」 フェラッサンが部屋に跳び下りる。「古代の魔法の鏡に踏み入り、別の世界を旅する前に、ひと眠りしたほうがいいだろう。ここなら邪魔は入らない」

 セリーンとブリアラが続き、ミシェルが最後に部屋に入った。セリーンが見ていると、フェラッサンは棚から棚へと歩き、そこにあるフラスコに手を伸ばしながらも、決して触らずにいた。ブリアラは浴槽のひとつを検分しており、セリーンは彼女に近づいてその肩に優しく手を置いた。  

 ブリアラが鎧を身に着けているため、それは触れるというよりも、素振りと言うべきものだったが、しばしの間セリーンは、自分がヴァル・ロヨーの寝室に戻り、秘密の通路を通って忍び入ってきたブリアラの、月光の下で蒼白く美しいスピリットのように見える姿を想像していた。
「宮廷に戻ったら」 セリーンは彼女の耳に囁いた。「熱いお風呂に一緒に入らないと」

 ブリアラは笑いをこらえて、セリーンに身体をもたれかけた。「今すぐにでも身体を・・・、綺麗にしたい」 彼女は汗と革の匂いを嗅ぎ、セリーンもまた彼女にそうしてほしかった。「でもフェラッサンが、これは儀式用の沐浴だと言った。きっとひどい感じがするのでしょうね」

 セリーンが浴槽を見下ろすと、どこか気味が悪い感じがした。それは金属に彫られたルーンのせいかもしれなかったし、鋭角な造りと尖った隅のせいかもしれなかったが、その形のどこかが、それは彼女のためのものではないことを物語っていた。「そうね」と彼女は言った。「触らないのが無難」

 「それにしても残念」 ブリアラが優しく言った。「とても美しい。こんなものは今まで見たことがない」 彼女は振り返り、ふたりの鼻同志がこすれるくらいの距離で囁いた。「そしていつの日か、陛下、エルフが自由の身になった暁には、再びこれを用いることができるのですね」
 セリーンは目を閉じ、浴槽と部屋の気味の悪さを脇へ押しやった。「いつの日か」とセリーンは言って、彼女を引き寄せキスをした。

***

 似たような話とは他でもない、小説Asunderで、四人(とゴーレム)が、アダマント要塞の地下に下りていくシーンでした。
 どうやらRPGのライターたちは、謎の地下道に踏み込もうとするときは、主人公にパーティーを組ませる習わしのようです。
 私もひとりやふたりよか、このくらいの人数のほうがずっと好きですが。セリフを区別するのが大変で、どうしてもベタ訳に頼らざるを得ないシーンとなる。

 ウーセナラ、"uthenara" は、エルフの言葉で"long sleep" または "endless dream"の意味で、「永劫の眠り」、「果てしない夢」。リアル人間界で言う「永遠の死」を必ずしも意味しない。
 エルフの魂はヴェイルを通って、ビヨンド(ヒューマンの言うフェイド)を彷徨う。中には(この世界の何世紀にもあたる)長い歳月を経て、やがてこの世界に舞い戻り、夢の記憶を伝える者がごく稀ではあるが現れる。

 セリーンとブリアラの・・・、あれには、もう私は辟易しております。正直、くどい。

2014年6月 1日 (日)

The Masked Empire、ここまでの感想(3)

 三回目となります。第9章から第12章までの感想。

 ギャスパードの追跡から逃れるため、セリーン、ミシェル、ブリアラ、フェラッサンの四名は、最初は二組に分かれてバラバラに、デールズ付近の森林地帯を逃げ続けていました。途中ちらりとギャスパードが登場しましたが、それ以外は途中で合流した四人の逃避行が中心(9章)。

 セリーンとブリアラがやっと和解しかかったかと思ったら、ヴェイルを越えてやってきたスピリットが憑依した木の化け物(シルヴァン)に森の中を追い回され、命からがら四人がようやくたどり着いたのは、デーリッシュのとある部族の逗留地であった(10章)。

 デーリッシュ部族のキーパーは、セリーンとミシェルの身柄を拘束し、ギャスパードに引き渡すか、この場で殺すか思案している。ミシェルを誘い出したディーモンは、女帝の窮地を救うことができる邪悪な取引を彼に持ち掛ける。デーリッシュに愛想をつかしたブリアラは、ヴァル・ロヨーのエルフを自分の力で救い出そうと決意する(11章)。

 ブリアラが協力を求めることに成功したフェラッサンは、豪雨の中、逗留地に稲妻を降り注ぐ。呼応したミシェルは脱出を阻止しようとするデーリッシュたちを斬り捨て、セリーヌとともにディーモンの元に赴く。ディーモンはセリーンの窮地を救う策を告げるが、ミシェルは意に反して、ディーモンをこの世界に解き放ってしまうのでした(12章)。

 まあ・・・、ふつう「要約」ってのは上みたいなものを言うのであって、こんなものなら、小説全体をまとめるのだって一時間か二時間もあれば書けてしまう。それではここでやっているのは何のための苦労か。
 何のためでもなく、道楽です。しいて言えば老後の愉しみ。 

 個人的に言いたいことは結構途中で書いてきたので、ここでは、いよいよフェラッサンについて。

 ブリアラがセリーンたちを救うために師匠を説得する際、実はフェラッサンはデーリッシュではないのではないか、と疑問を呈すると、彼の態度ががらりと変わります。

(実は、このセダス世界、特にメイジやデーリッシュへの理解について、セリーンやブリアラはDAファンよりもずっと無知なのですね。彼女たちの「鈍さ」をもどかしく感じてしまうことさえあるほどです。ファンが詳しいのは「神の視点」を一部共有しているのだから当たり前だし、作中人物の知識が限られているのは、リアリティ重視と言えばそれまでですが)

 これまでにも何カ所か、彼の過去なり素性なりを仄めかすような記述があって、話自体が謎めいてはいるのですが、できるだけ省略せずに表現してきたつもりです。ミシェルとフェラッサンの短い対話の場面にもありました。フェラッサン自身の「部族」についての話題が出る場面で、彼はそれについて何ひとつはっきりしたことを言おうとしていません。

 ブリアラとフェラッサンの間のロジックの「対決」も、まるで禅僧の師弟問答のように危険な感じですが、フェラッサンとディーモンとの関係も奇妙ですね。ディーモンと「顔馴染み、昔馴染み」です(笑)。 
 個人的には、フェラッサンとディーモンがもう少し絡んでほしかったのですが、ネタがばれるということもあるし、またこの程度の仄めかしのほうが色々謎を呼んで面白いということもあるのでしょうね。

 TVtropesでいうところの「ヌードル・インシデント」は、作中人物同志の過去の関係がごく簡単に仄めかされるが、決して明らかにされないこと。麺(ヌードル)のつゆに隠れた部分が見通せないと言う意味。
 フェラッサンとディーモンの関係は「ここしばらく会っていなかった」以外に何も特定することができない(麺がつゆの上にまったく顔を出していない)ので、残念ながらあたらないのですが。著者はもちろんTVtropesまで承知の上で安易なお約束を避けたのでしょう。

 12章に出てきた、「ソムニアリ」"somniari"はテヴィンター語で、「ドリーマー」(Dreamer)のこと。レリウムの力を要せずにフェイドとの間を自由に行き来できるメイジ。その際にトランス状態となるのですが、本文中では「昏睡」としています。非常に稀な存在と言われ、通常はフェイドの影響(特にディーモンの誘惑)を強く受けてしまい、この世界で長く生き延びることができないとされている。 

 さて物語は、セリーンたちのエルーヴィアン探索に移行します。
 セリーンからその存在をはじめて聞いたブリアラが"Fast travel across Orleais"(「オーレイ中の迅速な移動」)と表現しています。
 「ファスト・トラヴェル」というゲーム用語そのままなのにちょっとがっかりしてしまったのもありますが、DAIでもろそれに使いそうだなあ、という予想がますます当たりそうなのも気がかりなところ。 

 それにしても、ディーモン(その言葉を真に受ければ)を召喚したデーリッシュ部族こそ、どうしてエルーヴィアンを欲していたのでしょうか。それとも逆に召喚したディーモンに焚きつけられたのか。なぜ女帝セリーンの逃げた先に、都合よくエルーヴィアンの秘密を知るディーモンが囚われていたのでしょうか。偶然なのでしょうか。
 色々とこんがらがりそうな話も残しながら、続きます。

The Masked Empire 12(4)

 映画「ハーロック」は、有紀螢が(キャラはともかく)可愛かったので許す。
 でも、「一対いっぱい」でもふつうに勝つような話は、松本零士先生がやるのは米帝への恨みつらみとしてまだわかるけど、今どき冴えませんね。

***

 彼は、ディーモンのいる石の輪に向かう途中の径で女帝に追いついた。セリーンが木々の間から踏み出し、その蒼白い肌を見て、ミシェルは剣を振り上げるのをようやく思いとどまった。「陛下」と彼はほっとして言った。「陛下の武器と鎧をお持ちしました」

 「ありがとう、ミシェル」 セリーンは両腕を差し出し、ミシェルは手早く鎧を着せて留め金をはめていった。
 それがほとんど済む頃に、ブリアラとフェラッサンが森の中から現れた。フェラッサンは杖に深く寄り掛かり、ブリアラは弓を手にしている。「どうだった?」と彼女が尋ねた。

「予期せぬことは何もなかった」 ミシェルは女帝の鎧の留め金をはめ終わり、立ち上がった。「そちらは?」
「連中の偵察の目をかすめてきた」とブリアラが言った。「そして、フェラッサンはキーパーに一泡食わせてやったわ」
「では急ぎましょう」とセリーンが言った。

 ミシェルは丘を下る道を先導した。闇の中、雨と暗闇で径さえ辛うじてわかるほどなのに、彼はあたかも道を知っているかのように、ごく自然に足取りを進めた。
 丘のふもとの小さな鉢状の窪みの中では、石が魔法で輝き、ミシェルが目を細めなければならないほど明るかった。そして石の輪の中ではディーモンが黒い外套姿で立っており、完全に照らし出されている全身には雨粒一つ落ちていなかった。

「サー・ミシェル」と彼は言って、ミシェルが窪地に踏み入る間にやついていた。「そして、お友達もご一緒ですな。その中の誰かが私たちの・・・」 彼は躊躇し、ミシェルを見て回りくどい言い方をした。「取り決めのためお連れになった方かな?」
「イムシャエル」とフェラッサンが言った。感銘を受けているような声だった。

「やあ、『ゆっくりした矢』」 ディーモンが微笑んだ。「久方振りではないか。どうしていたのかね?」
「よせ、知っているだろう」
「エルーヴィアンを目覚めさせてくれ」とミシェルが言った。

 イムシャエルが瞬きした。「そういう話では・・・」
「エルーヴィアンを目覚めさせろ」とミシェルが言って剣を抜いた。「さもなくば、この石のルーンを叩き潰してやる。貴様は今日の昼、そうすれば貴様が傷つくと口を滑らした」
「まあ、確かに痛いし、それから・・・」 イムシャエルは言い澱んだ。「君たちは何故にエルーヴィアンを欲するのかね?」

「彼の言うとおりにおやりなさい、ディーモン」 ミシェルの背後からセリーンが言った。
「スピリットだ!」 イムシャエルは憤慨したように言った。「一体何度断らなければ・・・、まあ良い、まあ良い! 君たちはエルーヴィアンを欲している」 彼はミシェルのことを探るように見た。「ああ、君の女帝のためにか、彼女が暗殺者たちを帝国中に放ち、ギャスパードに気づかれることなく、彼を骨抜きにできるようにか。そしてその代りに、私が欲するものをよこすのだろうね?」
 ミシェルは躊躇することなく、戦がしらから受けた傷の血でまだ赤く染まっている片手をあげた。「拙者がなさればならぬことをしよう」

 イムシャエルは目を細め、それから笑った。「よかろう。取引成立だ」 彼が両手を合わせると、巻き毛状の赤い光がその指の間から輝いた。男が両手を広げると、子供の拳ほどの大きさのルビーがひとつ、彼の手の中に現れた。「キーストーンだ」と彼は言った。「もっとも近くにある鏡を目覚めさせる。一たび踏み入ったなら、道に従って進んでいけば、やがて道が交わるところに出る。そこからはキーストーンが導いてくれる。その宝石ひとつだけを欠いた台座がある部屋までの道のりを教えてくれるであろう。そこに宝石を置き、なんでも好きなことをつぶやけば、全てのエルーヴィアンが目覚め、旅に用いることができるようになる」 彼は微笑んだ。「だが、同じ言葉を口にした者たちしか用いることはできない。古の魔法だ。名誉ある守り手たちは招かれ、墓あらしどもは締め出される」

「それだけ?」とセリーンが尋ねた。
「それだけ」とイムシャエルが微笑んだ。「それだけだ。ああ、中心となる部屋に続く道ではちょっとした面倒に行き当たるだろうが、オーレイの女帝の手に負えないはずもないだろうね」 彼は指でルビーを回し、それを地面に置き、後ろに退くと、手招きするように身振りした。
「さて、それは君たちのものだ・・・、私が望むものを手に入れたらすぐに」
「いいだろう」とミシェルが言った。

 彼は唸り声をあげると、剣の柄頭で一番近い石に彫られた輝くルーンを打ち据えた。
「おい!」 イムシャエルが叫んだ。「話が違うぞ! 君は選択をしたはずだ!」 彼は宝石に突進した。
 ミシェルが渾身の力で再び柄頭を打ちおろすと、ルーンがプツンと輝きをやめ、シューと音をたてて暗くなった。輪の形になっていたすべての石が、ガラスが割れるように粉々に砕けた。

 ディーモンはこの世のものとは思えない叫びをあげ、両膝をつき、自分の胸に爪を立てた。彼の回りの空気が赤い光に染まってパチパチと音を立て、まるで彼の像が映った池の水面に誰かが石を投げ込んだかのように、その姿が消えたり、歪んだりした。

すっかり済んだのかな?」 フェラッサンが目を回しながら尋ねた。
 そして小さな雷鳴が響き、灯りが消え、イムシャエルが立ち上がった。
 彼が跪いていた草の上には足跡が残っている。
「ありがとう、そう、そうだと思う」とイムシャエルが言って、輪から歩み出た。

 ミシェルは、首の回りに突き刺すような恐怖がゆっくりと広がるのを感じて、歯を食いしばった。「貴様は死ぬんじゃなかったのか」
 イムシャエルは自分の姿を見下ろし、次にミシェルのほうを見た。「ならば君のことを、かなりがっかりさせてしまったに違いない」
「実のところ、エルガラルラ、スピリットの罠が彼を縛りつけていたのさ」とフェラッサンが言った。「参考のために言っておくと、君が叩き壊した石が、それだ」
 ミシェルは、両手を震わせながらフェラッサンのほうを振り返った。「知っていたんだな?」
「そして、あなたは彼を解き放ったわけ?」とブリアラが尋ねた。

「まあ、こう考えたらどうだろうか」とイムシャエルが言って、近づいてきた。ミシェルの回りの空気が鉄のように重くなり、彼は両膝をついて喘いだ。ブリアラとセリーンも同様に崩れ落ちる。フェラッサンだけが平気なようだ。「もし君が本当に私の取引を受け入れていたのなら、私は君に憑依していた。セリーンはチャンピオンを失い、君の愉快な数少ない仲間たちは、エルーヴィアンの旅を生き残ることができなかっただろう。ところが今は、皆が欲するものを手に入れている」

 ミシェルはなんとか立ち上がろうとしていた。「しかし貴様は言った・・・」
 イムシャエルは片方の眉を吊り上げた。「そう、私は、君がエルーヴィアンのことを忘れるべきだと言ったが、君は執着した。私は、君が取引きを受け入れ、石を傷つけないようにと言ったが、君は戻ってきて石を壊した」 彼は微笑み、さらに近づいてきた。「君は、私が言ったことについて、ことごとくまったく逆のことをしたのだ、サー・ミシェル・デ・シェヴィン。そして今、完璧に予測のつく選択を君が続けた結果、君は君の帝国に、その・・・、スピリットを解き放ったのだ」
 ミシェルが剣を掲げると、イムシャエルが視線を投げた。ミシェルの回りの空気が再び固まり、感覚のない指が剣を取り落す。

「一番近いエルーヴィアンは?」とフェラッサンが尋ねた。
「そちらのほうに数百ヤード、三つの四角い岩の真ん中にある」とイムシャエルが指し示す。「すぐにわかる。キーストーンを忘れるなよ」
「助かる」とフェラッサンが頷いた。「楽しんでくれ」
「言われなくとも」とイムシャエルが外套のしわを正し、デーリッシュの逗留地のほうへ続く径を歩き始めた。

 しばらくの間、空地の中の四人ともが黙り込んでいた。ミシェルは肺一杯に空気が戻ると何度か震えるような息をして、苦労して立ち上がった。
 あのディーモンは、礼儀正しく話し、お喋りをし、冗談を言うが、ディーモンに違いはない。そしてミシェルは世界にそいつを解き放った。彼は咳き込み、肺の回りを締め付けて彼に息をさせなかった力の記憶を振り払おうとした。

「何かできることはないのですか?」と、まだ両膝をついたままのセリーンが尋ねた。
「あるとも」 フェラッサンが、イムシャエルが姿を消した方を身振りで示した。
「追いかけるんだ。君に何ができるか試すといい」 セリーンに睨まれ、彼はため息をついた。「今のところ、彼はデーリッシュのことしか気にかけていない。もし私たちが面倒をかけるなら、どちらの方がよりうるさいか気づいた彼に、皮を剥がれてしまうだろう」
「そうなっても我らが自業自得」 ミシェルは視線を落とし、剣の柄を握る両手の拳の痛みを確かめた。「あいつを倒すか、フェイドに送り返すか、それとも・・・」

「オーレイを奪還するか」とブリアラが引き取った。 
 セリーンはおぼつかない足取りで、石の輪の方によろよろと進んだ。彼女はルビーを取り上げ、咳き込み、それを握りしめることで力が戻ったかのように姿勢を正した。ミシェルが視線を合わせると、彼女の顔はまるで大理石でできているかのように見えた。

「オーレイを奪還します」と彼女は言った。「来なさい。ディーモンのことは自分たちで召喚したデーリッシュに任せましょう」 

 四人は空地を離れ、闇と雨の中に戻った。

*** 

 いかがでしょうか。イムシャエルとミシェルの取引き。私は愉しめましたが。
 デーリッシュの部落丸ごとが悲惨な目に会うことになる「選択肢」は、DAO、DA2ともありましたね。DAIにももちろんあるでしょう。どうしていつもそうなのか、何か理由がありそうです。

 イムシャエルが「ミシェルがスピリットをこの世界に解き放った」と告げるとき。次のようにおもいきり「ディーモン」と言いそうになっています。「ディ・・・、スピリット」とやるのも稚拙ぽいので、ここは悩みました。

 "And now, by the entirely predictable choices you have made, you've freed a ... spirit ...upon your empire."

 第十二章まで終わりました。全体の四分の三とはいかないですが、七割まで来ています。次回はまた、ここまでの個人的感想を。

The Masked Empire 12(3)

 ようやく"Ender's Game"(2013)をSPNで観て、いまいちだとの評判に反して意外にも楽しめました。CGがいうほど素晴らしくない(はるか昔の”Indepenence Day"(1996)、"Starship Troopers"(1997)に追いついていない)のは些末なこととしても、人類の命運をかけた戦いをあまりに端折りすぎてしまっている。元からベタなプロットなので、それやっちゃうとやっぱりすっからかん。重い家父長制(への反抗)とか、それに通じる女性嫌い(ミソロジー)、その裏腹としての(シスコンなどという水準を超えている)異常な姉弟間の愛、皆殺しにしてから相手に絆創膏を貼る戦争(byコッポラ)、ガキんちょを戦争に駆り出しておいて後からそのメンタルヘルスを気にする出鱈目さ、などいかにもアメリカンなテーマ群が、ちらり垣間見せるだけで終わったのはもったいない。

 なによりも、映画化が類似品「ハリポタ」の後になってしまったことが、不運だったと言えます。あちらは「シリーズ」だけど、こっちの続編は(原作を考えても)まず無理でしょう。

 エンダーたちの操作パネルに「ベルキンの左手」がくっついているところは笑ってしまいましたが・・・。
 そして自分自身は、「エンダー」(Ender)という「変な」名前の(二重の)意味に今頃ようやく気が付いたという情けなさ。

***

 少し前に陽は落ちたが、雨は降り続き、デーリッシュの逗留地は闇の中に濡れている。ほとんどの民が荷車の中に留まり、作業のため外に出る者たちも億劫そうで、悪天候に毒づいていた。

 サー・ミシェルは、衛兵たち、荷車の灯りなど、全てのことを目にしていた。衛兵たちから手渡された毛布は薄く、ものの数分でずぶ濡れとなった。セリーンは毛布をその場しのぎの雨避け代わりに用っていたが、ミシェルは身に纏った。 彼を縛ったときの衛兵たちは驚き、怒っていたため、縄の結びはおざなりで、ミシェルは毛布の下でそれを緩めながら、陽動を待っていた。

 計画は特になく、ブリアラとフェラッサンの企みを全く知らされずに立てたところで、行動の妨げになるだけだ。シェヴァリエは、長年の訓練で培われた直観に従い、予期すべきときと、単に反応すべきときを見極める。

 彼の鎧袋と武器、セリーンの鎧は戦がしらの荷車の傍にある。 視野に入っている三人の衛兵とも、彼が剣を手にする前に取り押さえることができる位置にいる。彼は腕を捻り、引っ張りして、雨で滑る肌を結び目からすり抜けさせて両手の自由を取り戻すと、フェラッサンの起こす行動に備えた。
 

 ほんの一瞬の間だけ雨が途切れた。それ以外何の予兆もなく、大きな稲妻が豪雨とともにいくつも降り注ぎ、そのひとつが逗留地の縁にある樹木を真っ二つに引き裂いた。雷鳴が荷車とミシェルの歯を激しく震わせ、木の割れる激しい音さえ、ミシェルの耳に届かなかった。

 デーリッシュが叫びながら周囲を走り回っているとき、セリーンが彼の名前を呼んだ。逗留地の向こう側で、キーパーが荷車から飛び降りて森の中に駆け込み、その杖の残り火の赤い色が闇の中で輝くのが見える。

 別の稲妻が落ちてきて、もっとも大きな荷車のひとつが炎に包まれ、中から悲鳴があがる。三対一でこちらには鎧も武器もなし。ミシェルは女帝にしばらく待つように伝えて、毛布にくるまったまま立ち上がり、衛兵たちのほうに歩み寄った。炎に気を取られていた彼らのすぐ側まで近づくと、最初の衛兵がミシェルの姿に気づいて叫び声をあげた。

 ミシェルは相手の顔に毛布を投げつけてその膝を蹴り、毛布を首の回りに巻き付け、押し倒した顔に膝蹴りを浴びせて始末した。
 デーリッシュたちはよく訓練されており、残りのふたりはすでに剣を手にして振り返っていた。ミシェルは毛布を盾を持つように構えた。

 シェヴァリエは鎧を身に着けて戦う方を好む。鎧一具を所有していることは裕福さと高貴さの証明であるからだし、バードたちの冗談に反して、訓練された戦士は、身体にあわせて仕立てられているのなら、重い鎧を装備していても素早く優雅に立ち回ることができるのだ。

 だが、セダスで最も偉大な戦士を生み出すという評判を維持したいどんな集団も、異なる戦闘様式の相手と戦うことを余儀なくされる。たとえばアンティヴァとリヴァインの剣闘士は軽い剣を用いるし、袖なし外套以外の一切の鎧を身に着けないことを好む。

 右側の衛兵が彼に突きを入れる。毛布を捻って剣に絡め、相手の顔に肘をくらわせ、剣を奪い、身体を引き離しざま、その喉を切り裂いた。
 左の衛兵は叫び声をあげながら、何度も激しく斬りつけて来た。ミシェルは屈み込み、毛布を振り回して衛兵の顔の前を覆い、それ越しに剣を繰り出し、アイアンバークの鎧を貫いて衛兵の身体を荷車に縫い付けた。

 剣を引き、死んだ衛兵の剣を左手に握ると、彼はセリーンの元に戻って彼女の縛めを切った。そして女帝に森への径に向かうよう促し、自分は鎧を取り戻してからすぐに後を追うと告げた。メイカーのご加護を、立ち上がった女帝がそう口にした。

 ミシェルは頷くと、豪雨と落雷、水と煙に覆われたデーリッシュの逗留地を横切り、戦備え用の荷車に近づいた。縛られていた手首は痛み、デーリッシュたちに殴打された唇と四肢は回復していなかったが、彼は闘志満々であった。

 フェラッサンに言われたとおり、彼は丁重に、侮辱を抑えて接したが、見返りにデーリッシュは彼を攻撃し、侮辱し、汚らわしいディーモンの魔法の虜にさえした。
 サー・ミシュル・デ・シェヴィンは、デーリッシュに対して、オリージャン・シェヴァリエの何たるかを思い知らせるつもりだった。

 傍の荷車から出てきた最初の戦士を躊躇なく突き刺す。そのエルフが倒れるとき、荷車の中の別の戦士が叫び、ミシェルはその戦士の素早い突きから二度ほど身をかわした。
 それは子供たちに稽古をつけていた戦士だった。降りしきる雨の中に浮かぶ暗い形でしかなかったが、ミシェルにはその動きからわかる。彼の腕前は良く、強く早い打ち込みは黄昏の中辛うじて見えるほどだった。  

 エルフの戦士が斬りつけ、ミシェルは横に踏み出した。相手もそれに合わせて動き、足を地面の泥に滑らせる。早朝ミシェルが目にしたとおりだ。
 素早く跳びかかると、ミシェルは戦士に打ち込み、剣を競り合わせる。相手はよろめき、態勢を崩し、足を滑らせた。ミシェルは左手の剣でその足を骨ごと斬り飛ばした。右手の剣の柄を相手の顔に素早く短く突き出し、エルフの悲鳴を途絶えさせ、一歩下がると、慈悲の一振りでその喉を鮮やかに切り裂いた。

 ミシェルは待ったが、それ以上戦士は荷車から現れず、逗留地の回りのエルフたちは消火のため狂ったように動き回っている。誰も彼には気づいていない。
 邪魔されたときの用心のため、まず剣と盾を手に取り、濡れた下着を無視して鎧を素早く手際よく身に着けた。それからセリーンの鎧と武器を掴んで、デーリッシュの逗留地を急いで横切りはじめた。

 最後の荷車の横を通り過ぎ、径まで間もなくというところで、ミシェルは左から飛んでくる青白い閃光に気が付いて飛びのいた。ミシェルの肋骨全部がパチパチと音を立て、鎧を通して痺れるような悪寒が走った。セリーンの装備を手離すと、彼は攻撃が来た方向を見やる。
 セリーンの看病をしていたエルフの娘、キーパーの弟子が立っており、白く輝く杖が周囲の雨粒を雹に変えている。その顔は恐怖と怒りでひきつっていた。

 叫び声とともに、ミシェルが剣と盾を掲げて突進する。たじろいだ彼女は杖を見下ろし、再び彼を見て冷気の玉を放った。ミシェルは盾で受け、この世のものではない冷気から身を守る。
 彼女に取りつこうとする寸前、右の径から叫び声がし、ミシェルは繰り出された一撃を受け流した。続く剣を盾で受けたが、反撃の暇もなく鎧姿の相手が体当たりしてきたため、後ずさりした。

 鎧を手に入れたのは結構、と鎧姿の戦士、戦がしらが言った。シェムレンのシェヴァリエと最良の姿で戦える。彼の突きを盾で受けたミシェルは、続く膝への蹴りによろめいた。
 女帝に対する無礼は貴様の死で償ってもらう。ミシェルが激しく打ちかかり、戦がしらは彼の盾で受け止めた。ミシェルは相手の蹴りを予測し、盾を低く打ち下ろして戦がしらの足の鎧に打ちつけた。

 それを見た戦がしらは突きを高く繰り出し、剣で受け流すしかなかったミシェルの横腹に盾を打ちつける。そしてお前自身への侮辱はどうなのだ、シェムレン。
 答えを口にしようとしたミシェルは、またしても癒し手の娘が打ち込んできた冷気の一撃を盾で受け損ない、脇腹を氷の杭で打たれたような感覚に見舞われて息を奪われた。彼は後ずさりして喘いだ。
 ミーリス、手を出すな、と戦がしらが叫んだ。こいつは自分がやる。 

 彼は踏み込み、ミシェルの盾をはねのけ、激しく打ち込んだ。一撃がミシェルの鎧をかすめ、彼の肋骨の下あたりを切り裂く。
 そのほんのわずかの間、戦がしらは自分の一撃に満悦しているかのように手を止めた。
 

 この程度で。ミシェルの剣が打ち上げられ、戦がしらの剣を持つ手を内側から切り上げる。激痛に喘いだ相手は剣を取り落し、ミシェルはその顔を盾で張り飛ばした。その盾をぐいと引くと、彼は残忍な一撃で相手の鎧を切り裂き、戦がしらの喉骨を打ち砕いた。男は地面に崩れ落ち、痙攣しはじめる。

 貴様にシェムレンと呼ばれても、自分には侮辱にならないのだ、ナイフ耳。ミシェルの最後の一撃が戦がしらのアイアンバークの鎧を貫き、その心臓を突き刺す寸前で止まった。そして女帝が命じたとおり、貴様には助太刀をひとり許した。

 戦がしらが震えながら死んでいく間、ミシェルは肋骨のすぐ下の燃えるような痛みを無視しながら歩き続けた。訓練では様々な苦痛の種類を学んでおり、この種の痛みは、何日もしないうちに彼を死に至らせるものかもしれなかったが、そのせいで今夜足止めされるつもりはなかった。

 癒し手の杖を盾で弾きとばすと、冷気の玉は雹の跡を残しながら森の中に逸れた。ミシェルは剣で杖を叩き落とす。
 お願いだから殺さないで。娘は後ずさりした。
 お前は自分を殺そうとした。ミシェルは剣を掲げた。
 彼女は目を閉じ、ミシェルが彼女の愛する男を殺した仇だからだ、と言った。

 衛兵のひとりだったのだろうか。剣を奪った後に喉を切り裂いたあの若者だったのだろうか。その男も自分を殺そうとした。そしてお前はアポステイト。サークルの外にいるメイジだ。
 娘は目を開けた。その顔を濡らすのが雨か涙か、ミシェルにはわからなかった。無抵抗の者を殺めるお前の、シェヴァリエの名誉はどこにあるのだ、シェムレン。
 ここにある。ミシェルは剣を振り下ろした。

 彼は、自分の脇腹を確かめた。鎧は修復できそうだが、それまでは強打に耐えられない。傷は痛む。かつて教官からは、鎧を脱いで傷の手当をするよう教わっていたが、同時にまた任務優先であるとも教わっていた。彼女の女帝が待っている。

 ミシェルは、剣技の検分と呼ばれる動きをいくつかこなすことで妥協することにした。賢い剣士が、苦痛に耐える能力で無視していた、自分の身体の裂けた筋肉や伸びた靭帯を探すための一連の動きだ。いくつか試してみて、自分の傷はしばらく放置できると判断した。傷は出血しているが、エルフの戦がしらは、必殺の一撃となるように致命的な器官を傷つけることはできなかったのだ。

*** 

 戦うときは相手に「助太刀を許す」とか、剣士の「足を引きずる癖」とか、細かいところが伏線として張られていたわけで、なかなか容易に省略できないんですよね。

The Masked Empire 12(2)

 最近BABYMETALを聴きながらこれやってますが、なんか知らんけどDAにはヘビーメタルが似合います。というか"The Masked Empire"には、か。あるいはBABYMETALだから、か。

 DAもそうだし、基本MEもそうだし、最近では"Diablo III"のサントラまでクラシック音楽になってしまい(それまでは確かメタル系)、スティーブン・スピルバーグのおっさんあたりからそうだったのですが、新大陸の連中って欧州本土へのコンプレックスが半端ないんですね。ゆえに、碌な音楽は育たない。
 逆になんでも完璧に吸収して完璧にこなしてしまう島国もどうかっちゅうのはあるが、少なくともそこまでひどいコンプレックスはないと思うのです(皆が言うほどクラシック聴いていない、売れていない)。

 ***

 ブリアラは、衛兵たちが彼女を拘束する気を起こす前に逗留地を立ち去ったが、その両手は震え、心臓は逃げるウサギのように高鳴っていた。

 市場を自由に楽し気に歩き回るエルフたちのことを、不満を漏らすたびにエルフたちが受けていたシェヴァリエたちの懲罰の殴打がやむことを、チャントリーがエルフの女性たちを尼僧の地位に登用することを、彼女は考えないように努めた。狩りのときフェラッサンが、獲物の味を思い浮かべれば的を外すことになると教えてくれたことがある。彼女はそれらを心の中から締め出し、今やるべきことに集中した。

 逗留地の外で、彼女はドレイクスキンの鎧を取り戻して身に着け、ずぶ濡れの下着から滲み出す雨水も、完璧だった仕立てが寒さと雨のせいで台無しになっていることも無視した。それから、何が来てもいいように心の備えをし、探しに出た。

 ブリアラは、森の中から逗留地のほうに戻ってきたフェラッサンを見つけた。繊細な魔法を用いているらしく、今は黄昏となった周囲にまるで固い水の壁のように振り注ぐ雨にも関わらず、彼はほとんど濡れていない。

 少しの間、彼女は確信を持てなかった。だが彼女は、セリーンと話をする前のことまで含めて、フェラッサンが言ったあらゆることに思いを巡らしており、彼女が記憶違いをすることはこれまで決してなかった。彼女が誤っているのなら矢筒は空になってしまっているはずだが、今はどうしても矢が必要なのだ。彼女にとっても、女帝にとっても。

 獲物の味を思い浮かべれば的を外す。彼女は片手をあげ、フェラッサンが彼女を見て頷くと言った。「ミシェルが逗留地から魔法で誘い出され、それはテルヘンが召喚したディーモンのせいだった。ヴァーネーンの部族の皆が恐れおののいています」

 フェラッサンは笑った。「ヴァーネーンの部族は、自分たちのキーパーの檻の魔法について、驚くほど楽観的に考えているようだね」
「彼らの行いは、いけないこと」
いけないことなどではない。サークルのメイジとは異なり、デーリッシュはディーモンを邪悪な存在とは考えないのだが、とはいえ野生の獣同様、迂闊に扱えば危険な相手には違いない」 フェラッサンは肩をすくめた。「だから君がもし、彼らの行いが愚かだという意味で言ったのなら・・・」
「彼らはセリーンとミシェルを殺そうとしている」 

 フェラッサンはかがみこみ、雨で濡れた葉をだらりと垂らした小さな草を引き抜いた。「森のこのあたりにはある小さな花が育つ。花をつけ、そのまま枯れるのに任せるなら、小さく、取るに足りない存在のままだが、根こそぎにされると、その跡から数多くの花が発芽してくるのだ」 彼は指の間で葉をもみしだいた。「私はいつも、暴力からしか生まれない命という考えが好きだった」

 ブリアラは片方の眉を吊り上げた。「それがその花ですか?」
「いや、これは・・・」 フェラッサンはまじまじと見た。「・・・痒み草、だな」 彼は草を落とし、手をズボンで拭いた。「とりたてて粋な比喩はない」

 デーリッシュが特別な花であり、セリーンとミシェルが痒み草を意味するのか、それとも逆なのか、ブリアラにはわからなかった。雨は、彼女の腕の回りに小さく冷たいまだら模様を作り、髪から滴を垂らしていたが、彼女は無視することにした。長老たちの知恵を辛抱強く学ぼうと苦労する、お行儀の良いシティー・エルフのふりをするのはもう疲れた。
 彼女はここの長老たちを見てきた。自分たちではディーモンを召喚しながら、彼女の民は見殺しにする気だ。

「私は、セリーンとミシェルをデーリッシュから救い出します」と彼女が言うと、フェラッサンの笑いは消えた。「あなたの助力をいただきたい」
「そうみたいだね、ダーレン。私のこの素敵なヴァラスリンにこれまで気が付いていなかったのかね?」 彼は、雨にも関わらずまだほとんど乾いたままの自分の顔を指差した。

「あなたは前に、顔に刺青を彫っても、真のエルフになれるわけではないと教えてくれました」
 彼は咳き込んだ。「あれは社交辞令だった」
「ああ、やめて下さい」 彼女は鼻を鳴らした。「暗くなってくるし、私には雨の中で乾いたままでいることができる魔法もない。あなたの助けが必要なことはご存じではないですか」
 フェラッサンはしばしば気まぐれで、ときに冷徹だったが、これまでブリアラが怖いと思ったことは滅多になかった。

 だが、彼女の最後の言葉が告げられた後の沈黙は、ブリアラに奇妙な空気の重圧を感じさせており、フェラッサンが礼儀正しい微笑みを浮かべていても、目の回りの刺青は本当の笑い顔のように歪んではおらず、彼の両手は微動だにしておらず、その片方は杖を忍ばせている外套の下に隠れている。彼はまだ木にもたれかかっていたが、気取られることのないくらいの小さな動きで片足の位置を変えており、木を蹴って飛び出すときに有利な態勢をとっていた。

 人々を観察する訓練にその人生を費やした者だけが、長年の訓練を通じてフェラッサンの雰囲気と身振りが意味するところを察する者だけが、必要とあれば殺害を辞さない用意が彼にあることを知るのだ。

「そして、どうやって、ダーレン、そうわかるのかね?」 彼は尋ね、その声はまだ軽く、親しげであった。
「なぜなら、これはあなたの部族ではないからです」と彼女は言った。「そしてあなたは、彼らを気にかけていないこと、あなたは彼らと何ら似通っていないことを、これまで沢山の別々な方法で漏らしてきています」
 彼は微笑み続けながら、ゆっくり何気ない素振りで木を蹴って身体を離すと、頷き、彼女を面白そうに見ながら、ゆっくりと円を描くように彼女の回りを歩き始めた。
「続けて」

 ブリアラはフェラッサンの方に顔を向けなかった。背中の両肩の骨の間が疼いたが、彼女は不安を示すことはしなかった。彼の教えの賜物だ。その代り、彼女は片手を掲げ、指を一本立てた。
「第一に、あなたは夢の世界に入り込むため昏睡する。デーリッシュは皆そうするのかと考えていましたが、逗留地のエルフたちはふつうに寝ていました」
「ソムニアリのみが昏睡する」 背後からフェラッサンが言った。「そしてソムニアリにはメイジしかいない。そしてデーリッシュの皆がメイジではない」
「その通り」 しばしの間、ブリアラは雨が止んだのかと考えていた。それから、彼女の回りだけ雨が止んでいることに気が付いた。フェラッサンがすぐ側にいるので、彼の回りを取り巻く魔法が何であれ、彼女もその傘の下に入ったのだ。「第二に、エルフの神々の彫像の傍らを通り過ぎるとき、あなたはそれらを見ていない。部族の者たちのほとんどが、お辞儀や会釈をするし、彼らのすべてが彫像のほうを見ているが・・・、あなただけはそうしない」

「まだ説得されてはおらんぞ、ダーレン」
 彼の息が、彼女の耳に囁きかけた。
「あなたを説得する必要はない。 私が疑念をヴァーネーンの部族に持ち込めば、彼らはあなたに牙を向くでしょうか? デーリッシュ・エルフは密偵をどう扱うでしょうか?」
「私の経験によれば」と彼は言った。「彼らは数年は議論を重ねて」

「第三に」 彼女はまた一本別の指を立てた。「あなたは今、デーリッシュのことを我らではなく彼らと呼んだ。これまでしばしばそうしてきたように」
 しばしの間、彼女の回りの音が消え、雨も、風になびく木々も、彼女の鼓動の音さえもなくなった。
 それからフェラッサンが首を振りながら笑った。「くそっ、そうか、私がそう言ったか?」 彼はそう言って彼女の前に回って顔を見た。
 雨がブリアラの上にまき散らされ、驚くほど冷たかったが、それでも心地良かった。

「お許しください、ハーレン」 彼女は言って微笑んだ。「あなたの教えのせいですから。自分で付けた火のせいで指を焦がしたら、責めるべきは他でもない自分自身」
「私は火など付けていない」とフェラッサンが言って、彼女の言葉をかき消すように手を振った。「明るく燃える火がすでにあって・・・、放っておけばそのまま燃え尽きただろう。私はただ導きを示しただけだ」

 今や彼の説得が済んだことはわかっていたが、彼女はさらに知る必要があった。「あなたの部族は、ここの部族よりもずっと多くのことを知っているのですか?」
 フェラッサンがため息をついた。「悲しいと思わんかね?」
「悲しいだけではなく、かなり信じ難いものがあります」 彼女は、フェラッサンの身振りをわざわざ真似して頷いた。「あなたは、そもそもデーリッシュなのですか?」

 フェラッサンが再び歩み寄り、彼の顔が彼女のそれからほんの何インチかまで近づき、彼女の視界には彼の両目とその周りの刺青しか入らなくなった。「その問いの答えを知りたいのか、ダーレン、それとも私の助けが欲しいのか?」

 彼女の回りには依然として雨が降っていたが、ブリアラはそれが自分の身に真の危険が及んでいないこと、ブリアラがもし答えを間違えても、フェラッサンが何かの魔法で彼女を殺害しようと用意しているわけではないことを示していると思った。だがいつもの魔法についてのお話を控えている彼の目を見つめ、真に誰かを殺害する用意があるときに、ここまで自制し、ここまで固く緊張している者がいるとしたら、それは師匠に他ならないと知り、ブリアラは衝撃を受けた。
 まるで彼女の考えを聞いたかのように、彼は静かに言った。「言葉の上だけの問いではないぞ」
 彼女は生唾を飲みこんだ。「あなたの助けが欲しいのです、ハーレン」

 「いいだろう」 そう言うと彼は、彼女を引き寄せて抱きしめた。「そして悩んでいるようだから言っておくと、がさっきの花だ。さて・・・」 彼は身体を引き、そのにやりとした笑いは捕食者のそれではあったが、少なくともブリアラにとっては馴染み深く、無害なものであった。「・・・では、少しばかり痒み草でも殺しに行くか」

***

 そして誰も悩んでいるわけでもないでしょうが言っておくと、三人とも好きですが、やっぱスーメタルが花デス。

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