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2014年5月 4日 (日)

The Masked Empire 6(3)

 第六章は次回までの予定。

***

 メインセライ卿の邸宅は、ほとんど御殿と呼ぶにふさわしいもので、その大きな建物は石壁と棘のついた鉄製の扉の後ろに鎮座していた。

 半月が顔を出す時分、ブリアラは付近の公園の木々の闇の間から、邸宅を見張っていた。窓は暗く、門扉はここ一時間ばかり締め切られたままで、訪問客が皆立ち去ってから久しかった。沢山の煙突からあがる煙もほぼ収まり、ブリアラが厨房と目星をつけた一画のものだけが例外だった。
 数人の召使いが明日の準備のために厨房か洗濯部屋でまだ働いているかもしれないが、屋敷のほとんどは眠りについている。

 フェラッサンが彼女の側でいつものように静かに、木にもたれ掛っていた。叛乱の首謀者の立場らしいスレンが、ふたりの後ろで苛立たし気に歩き回っている。

「本当にこの方法でいいのか?」 彼が尋ねるのはこれで三度目だ。
「方法はこれしかない」 ブリアラが声を潜めるように努めて言った。「屋敷を燃やして、衛兵を殺し、それがお咎めなしで済むと思って?」
「いや、だが・・・」
「女帝はシェヴァリエをスラムに送り込み、バリケードの内側一帯を焼野原にしてしまうだろうな」 フェラッサンが依然木にもたれながら言った。「つまり、一般的に言って、誰かがバリケードを築いて叛乱を宣言したら、女帝は決まってそうするんだ」
「正義を欲するなら」 ブリアラが引き取った。「メインセライに死を与えたいなら、ここでやらなきゃならない。叛乱者たちが街中の注意を惹き付けてくれる間に。そして彼が死んだら、あなたたちは静かにしていること。衛兵たちに明日の朝、エルフたちが皆お行儀よくなっている姿を見せなくちゃならない。襲撃もなし、石つぶてもなし、礼儀正しい笑顔で目を伏せる。わかった?」

「だが・・・」 闇の中でスレンはもやっとした灰色の動きでしかなかったが、彼女にはその汗の匂いがわかった。「連中はあいつの死体を見つけて、肩をすくめるだけだっていうのか? スラムを襲撃して、答えを知りたがったらどうする?」

「まあ、きっとそうするだろうな」とフェラッサンが言った。
「そして、誰も何も見ていない」とブリアラが付け加えた。
 スレンは歩き回るのをやめ、彼らの方を向いた。「仕返しにエルフを殺したら?」

「まあ、きっとそうするだろうな」とフェラッサンが繰り返した。
「そしてあなたたちは、目を伏せ、口を開かない」とブリアラが言った。

「だが・・・、だが・・・。あんたはデーリッシュだろう!」 スレンはフェラッサンにすがるようにして言った。 「あんたの民は、ハラムシラルをエルフの手に取り返せるんじゃないのか!」
「そう、いつの日か」 フェラッサンは身体を木から離した。「だが、今日じゃない。今日は、君らが貴族をひとり殺し、そいつがあまりにもとんでもない男だったので、他の貴族どもが仕返しする気さえ起こさないことを祈るだけだ」

「あんたはわかってない!」 スレンの声は怒りで大きくなった。「みんなこの大義のため集まっているのは、俺がレメットの話をしたからだ! 俺がはじめた! それなのに、家をいくつか焼かれて、エルフを何人か殺されて、それで御の字だと思えと言うのか?」

「気持ちの良い話ではないでしょうけど」とブリアラが言うと、スレンは彼女のほうを向いた。
「黙れ! そのちゃらちゃらした鎧と、風呂の薬の匂いをさせた肌で現れて、俺たちのこれまでの苦労を、まるで知ったような顔で話すな!」 彼は荒い息をして、姿を消した。

 ブリアラは彼が行くに任せた。彼がいなくなり、彼女はゆっくり息をすると、肩の緊張を解した。
「さて、私はうまくいくと思っていたんだが。君はどうなんだ、ダーレン?」 背後からフェラッサンが尋ねた。
「彼は正しい」 ブリアラは肩をすくめると、月が街並みの屋根の上まで上ってきているのを見た。「私はセリーンに仕えて育った。そこでどう扱われようと、エイリアネイジで育ったよりもましだったのでしょう。メイカーズ・ブレス、私はヴァル・ロヨーの宮廷に暮らしていたのよ」

「そしてそいつは丸ごと、君にとってどでかいお休みだったってわけだろう?」 フェラッサンの片手が彼女の肩を叩いた。「ああ、待て、いや、君は休みなく女帝の密偵として働き、本人たちが誰も気が付かない百もの方法でエルフを手助けするよう女帝を説得し続けてきたんだったな」
 ブリアラは返事をせず頷いた。その言葉は正しいが、彼女の胃のむかつきを収めることはできなかった。

「それとも・・・、ああ」とフェラッサンがにやついた。彼女の肩に置かれた手を強く握り、彼女の顔を自分の方に向けさせた。月明かりの下で、彼の両目はそこだけ黒い闇のように見えた。「それとも、自分がやっているのがどちらかわからない? エルフの命を救うためにやっているのか、それとも君の女帝を守るためにやっているのか?」

「そのふたつは切り離せない」ブリアラが躊躇なく答えた。「ギャスパードはエルフに寛大でないのは知っているし、彼を思い通りに動かすことはできない」 彼女は弓を取り出すと、フェラッサンと一緒に木々の間から踏み出した。「方法はこれしかない」
 フェラッサンはにやりと笑った。「まあ、いいだろう。くよくよするのはやめにして、貴族でも殺しに行くか」

 ふたりの先、芝生の端にはスレンが待っていた。ブリアラは死んだ友のため戦うエルフの聖戦士を見ながら尋ねた。「デーリッシュは、ここのエルフの民を救えないのかしら?」
 フェラッサンは長い間黙っていた。「それはないだろうな」 とうとう彼は言った。
「どうして?」
「なぜなら」 フェラッサンは言った。「デーリッシュがその意味を理解することは決してない」
「用意はいいのか?」 スレンが呼びかけ、ブリアラが質問を続けるのを遮った。
「そちらこそ」 ブリアラは矢筒から一本矢を引き抜いた。「あなたの民のため正義を」

 フェラッサンは、歩調を変えずに平然と街路を渡り、メインセライ卿の邸宅の石壁の前に来た。十二フィートほどの高さで、一フットほどの鉄製の棘が盗賊よけとして下向きに飛び出ており、壁の上には砕いたガラスの破片が埋め込まれている。

 フェラッサンは石壁に手をつき、目を閉じ、長い息を吐いた。
 震動がブリアラの腹から耳に伝わり、メインセライ邸の壁の石が動き始めると破裂するような音がした。金属の棘が悲鳴を上げ、鋭い裂け目の入った石壁から緩んだ石が飛び出してくる。

 フェラッサンの回りの壁が、まるで雪で作った要塞が春の陽光で溶け出すようにたわみ、彼の手は薄い緑色の光に包まれた。
 土台であった石の壁が歪んだせいで棘の一つが捻じれて外れ、地面に落ちてカラカラと音を立てると、ブリアラは顔をしかめた。「もう少し静かなのかと思っていた」
「金属と石を無理やり引き離すのが、もう少し静かだと思ってたって? 本気か?」フェラッサンは手を引いた。近所の犬が一斉に吠えはじめると、彼は付け加えた。「とっとと行こうか?」

 彼が呪文をかけた部分は、高さ二、三フィート程度の渓谷になるまで壁が沈み込んでいた。 その周囲で石は引き伸ばされ、鉄の棘は不規則な角度で、まるで大きな化け物の牙のように突き出していた。ブリアラは慎重にその隙間を抜け、弓を構えた。

 中では、芝生が小奇麗に手入れされ、生垣はドラゴンやグリフォン、そのほかの獣の形に剪定されている。芝生の先には邸宅そのものが入念にやり過ぎなくらい飾り付けられており、綺麗な白い円柱が、ダークスポーンと戦う皇帝ドレイケンの青銅製の彫刻を魔法のように照らしていた。スレンとフェラッサンを後ろに伴い、ブリアラは荘厳なワイヴァーンの陰の中に忍び寄り、そこからグリフォンの広げた翼の下に隠れるまで、芝生の上を駆け抜けた。

「誰だ?」 建物の近くから叫び声がした。ブリアラは、困惑した様子で壁を見つめる衛兵が歩みだしてくるのを見た。「一体全体?」

 彼女の矢が喉をとらえると、男は叫び声もあげずに絶命した。ふたりめの衛兵が円柱の陰から姿を現し、同僚が死んでいるのを見つけると大声で警告を発した。

 フェラッサンが片手を突き出すと、馬車の車輪ほどの大きさの岩が地面から飛び出し、衛兵に向かって宙を飛んで、男を円柱に叩き付けた。首が不自然に捻じれた格好で倒れた衛兵は身動きしなかった。

「ああ、なんてこと」 ブリアラは生垣の陰から踏み出した。「間もなく連中に取り囲まれるわ」
「さて、責めるのはじゃないぞ。自分の分は倒したからな」
「さっさと行きましょう、急いで!」 彼女は建物のほうに駆け出した。芝生を駆け抜け、青銅のニンフたちが水浴びをしている美しい大理石の噴水の側を通り過ぎ、階段を上って、衛兵がふたり死んでいるところを目指した。階段のてっぺんまでたどり着くと、四人の衛兵が剣と盾を構えて角を曲がってくるところだった。

「エルフのために!」 ブリアラの後ろでスレンが叫び、一瞬の後、石つぶてが彼女の横を飛んで、先頭の衛兵の胸当てに当たり、のけぞらせた。
 相手は皆武装して鎧を身に着け、数でも四対三でブリアラたちに勝っている。それに加えてブリアラは、長く戦えばそれだけ他の者たちの注意を引くこともわかっていた。
 手短かにやらないといけない。

 彼女は飛び出し、駆けながら立て続けに放った矢は、空気を切り裂き、鉄の胸当てに当たって弾んだ。走りながら弦を一杯に引かずに放った矢に鎧を貫通するまでの勢いはないが、衛兵たちはよろめき、たじろぎ、ブリアラが本当の一撃の矢をすでに引き絞ったときには手にした盾を取り落さないようにもたついていた。矢は先頭の衛兵の鎧を突き抜けて膝をとらえ、悲鳴を上げた男が片膝をついた。

 ふたりめの衛兵は、矢をつがえていない弓を持った射手は容易に討ち取れると見て、突きを繰り出してきた。彼女は横に逃げ、鞘からダガーを引き出すと滑らかな動きで相手の顔を切り裂いた。男は崩れ落ち、甲高い悲鳴を上げたが、ブリアラはすでに場所を変えていた。 

「ああ、哀れなバカどもよ」 彼女の後ろでフェラッサンがそう言うと、ブリアラの別の側面から襲い掛かろうとしていた衛兵の身体を稲妻がとらえ、ブリアラをたじろがせた。男は魔法の電撃の中で叫び、震え、金縛りにあったようになり、それから倒れ、胸当てからは煙があがっていた。「一番近い敵にばかり気を取られ、その背後に自分を火だるまにする敵がいることを忘れる、よくある間違い」

 ブリアラは弓を手離し、二本目のダガーを抜くと、彼女が膝を撃ちぬいた衛兵のほうに振り向いた。男が顔をゆがめて剣を振り回すのを飛びのいて避けると、シルヴァライトのダガーで男の喉を素早く切り裂きとどめを刺した。彼女は残っていたはずの最後のひとりに向き直ったが、相手はすでに始末されていた。スレンが錆びついた肉切り包丁のようなナイフで男の喉を切り裂いており、自らも軽い傷を負っていた。彼は彼女を見て、無慈悲な顔で一度頷いた。

 緑色のエナジーの渦巻でパチパチ音をたてている杖を手にしたフェラッサンが階段に近づく。「行け」 彼は言った。「君の仲間が街の衛兵たちを足止めしている間、私は他のメインセライの手の者を誘い出しておく」 間髪入れずに彼は、杖を水平に向けると、ブリアラが目をつぶした衛兵をエメラルドの光の槍で葬り去った。

 ブリアラは弓を拾うと肩に担ぎ直した。邸宅の狭い室内で弓を使う暇はないだろう。彼女はフェラッサンに頷くと、青銅の扉を静かに開き、二本のダガーを構えながら忍び込んだ。

 夜間の灯りはほの暗く抑えられており、ブリアラは屋敷の闇の中を覗き込んだ。彼女の鎧は柔らかいドレイクスキン製で、彼女の細見の骨格に特別にあつらえてあるので、まるでローブを身に着けているかのように柔らかな動きができるし、スレンの動きには、スラム生まれ持前の音を立てない注意深さがある。

 彼女は、数多くの貴族の邸宅を訪れて一般的なつくりを把握しているので、自信をもって階段に向かって歩いた。スレンは彼女に従った。階段のてっぺんでは、薄暗い通路の壁に掲げられた絵画が月の光を受けて輝いていた。

 ブリアラの前で、扉が古い金属の小さな音を立てて開き、ローブを着た召使いがひとり広間に出てきた。振り向いた彼女が二人を目にすると、口が小さく開き、音の出ない「おお」という形になった。

 長い間、誰も動かなかった。ブリアラは、少なくとも齢六十くらいのエルフ、冬には寒くて仕方のないだろうぼろぼろのローブを着ている彼女を見ていた。彼女の指の関節は膨れて節のようになっており、灰色の髪はお団子に結ったところからぼさぼさにほつれ、紙のような顔の肌に掛っていた。

 言葉もなく、女性はいくつか先の扉を指さした。それから彼女はブリアラに小さく頷き、出てきた部屋に戻っていった。扉がやさしく閉まると、ブリアラは錠が掛けられる音を聴いた。
「奴に仕えてる女だ」 スレンが囁き、頭を振った。ブリアラが扉に近づく間、彼女のブーツの柔らかい革の底は床の絨毯の上で物音ひとつ立てない。

 静かに、スレンが扉を開いた。

 その驚いた顔つきから、室内はスレンにとって目を奪うものだったに違いないとブリアラは思った。ブリアラにとって、それは贅沢を享受できるだけ金を持っているが、その使い道を知らない者の部屋であった。フェラルダン毛皮の隣にテヴィンターの彫像やアンダーフェルの彫刻が並ぶ。寝台脇のナイトテーブルの上の宝石で飾られたダガーは無造作に鞘から半分引き出され、ぼんやりした月の光の中でカリアストリのオリジナルの一枚のように見える絵画は、何年か陽光に曝されたせいで色褪せてしまっている。

 メインセライ卿は、ゆったりした天蓋のついた寝台に一人で横たわり、静かな鼻息を立てていた。どうやら全裸で寝るのが趣味らしい。
 スレンは自分の友を殺した男を見つめた。「レメットと、エルフの民への罪により」 そう喋りはじめた彼は、はなから足を止めずに歩き続けるブリアラを見て言い澱み、彼女は身を乗り出してメインセライの喉を掻き切った。「一体お前・・・、そいつにわからせなくちゃならなかったんだぞ!」

 ブリアラはダガーの刃をシーツで拭うと、屍を一瞥した。「ちゃんとわかったはずよ。行きましょう」
 スレンは彼女を睨み付けた。「これはお前の戦いじゃない」
 「だから私がここに来る必要があったの」 ブリアラは言って、彼の困惑した顔を見てため息をついた。「どんな感じかわかるわ。私も私の両親を殺した貴族の女を殺したから」
 それがスレンの気を引いた。「ただのどこかの貴族の密偵じゃないのか」

「違うわ」 ブリアラは寝室の扉から外をのぞき、広間の様子を覗った。邸内の衛兵のたてる物音はしなかったが、確かめるにしくはない。「私は女帝陛下の密偵」 嘘ではなかったし、スレンは知る必要があったので、彼女は付け加えた。「女帝セリーンは、他の貴族の怒りを買わずにメインセライ卿を捕えることはできなかったが、正義をもたらしたいと望んだ」

 彼女はそっと通路に出ると、スレンが後に続いた。ふたりともダガーを手にしたままだ。

「じゃあ、女帝が腹を立てた相手を殺すため、お前を送り込んだのか?」 スレンが尋ねた。彼には、寝室から外に出てからは声を潜めるくらいの才覚があった。

「そう」 ブリアラは殺すこと自体よりも目と耳で周囲に気を配るほうに時間をかけたが、セリーンがオーレイを支配してきた二十年間、ブリアラの手が血で汚れた回数は、十分すぎるほど多かった。

「お前の両親を殺した貴族の女のようにか?」
「それは違う」 彼女は角の向こう側のドスンという音で、足を止めたが、それが夜歩きする猫だとわかって緊張を解いた。「それは私のため。そして、あなたが私をここで必要としていた理由もそれ。私がその貴族の女を仕留めようとしたとき、復讐に目がくらんで危うく殺されかけた」

 ふたりは、建物正面の居間まで階段を静かに降りた。
「つまり、お前がいてくれたのは俺にとって良かったということか」 スレンが後ろから言った。
「私にとってもね」 ブリアラは微笑んだ。
 彼女はうまくやり遂げた。

 フェラッサンと一緒にこの街に乗り込み、哀れなエルフたちが叛乱と称して火遊びをしている姿を見たとき、ブリアラはそう考えることを自分自身に許していなかった、彼らは、どんなシェヴァリエでもあっさり跳び越えてしまえる程度のバリケードを築き、斧や矛槍相手ならサテンのように切り刻まれてしまう、不器用になめされた革鎧を身につけていた。初心(うぶ)さ加減に際限はなく、彼らはハラムシラルを再びエルフの手に取り戻すと息巻いていた。自分たちの生み出した面倒がどれだけ大きいかも知らず、帝国の軍勢の手でいつ皆殺しにされても不思議ではない立場であることも知らず、ちっぽけなことに大きな誇りを抱いている彼らを見るのは心が痛んだ。
 帝国の軍勢なら数時間もかけずに彼らを殲滅するだろう。

 セリーンが彼らのそんな姿を目にしたら、彼女は即座に許可を取り消していただろうし、ブリアラは、抗弁のため四苦八苦していたに違いない。

 ブリアラは、ギャスパードがエルフの問題をどう利用しようとしているのか疑問に思っていた。彼のような機会主義者がそれを利用しないはずはないが、真に利口な策略を思いつくには単純すぎる男だ。こちらの運が良ければ、彼は状況の深刻さに対処するには強硬な手段が必要だと言い募り、その状況自体が理由不明なまま消え去ってしまったとき、一層愚かな姿を曝す羽目に陥ることになるだろう。
 

 まだ開いたままの青銅の扉の向こう側、庭は静かだった。ブリアラはフェラッサンがメインセライの他の衛兵たちをうまく引き付けてくれたのだろうかと思ったが、外は明るすぎる。彼が炎を用いたせいだろうか?

 外に出たブリアラは、松明の灯りを通して、自分が一ダースもの馬上の装甲兵に取り囲まれていることに気がついた。

「女帝陛下セリーンの名において」 サー・ミシェルの声が響き渡る。
「メインセライ卿殺害の罪により、貴様らの身柄を拘束する」
 一瞬、彼女は自分が聞き間違えたかと思ったが、明るさに慣れた彼女の目は、自分を取り囲む兵たちの陣羽織の紋章、紫地の上の黄金の獅子を見て取った。

 彼女が厳格で断固たるサー・ミシェルの顔を見ると、彼はその眼差しに対してただ頷いただけであった。

 結局のところ、彼女はしくじったのだ。

 フェラッサンの姿はどこにもなかったが、当初傷一つなかった芝生の上に巨大な石がいくつも姿を現し、大理石の円柱のいくつかが黒焦げ、どうやらメインセライの衛兵だったに違いないくしゃくしゃになった死骸がいくつも転がっていた。

「投降します」 喉からこみ上げてくる胆汁を呑み下し、ブリアラは両手のダガーを取り落すと、両手を頭上にあげ、素手であることを示すように手のひらを見せた。シルヴァライトの刃が地面に落ちるとき、ガラスの砕け散るような音がしたが、刃先自体はもちろん無事だった。何騎かのシェヴァリエが、その音の方に目をやり、エルフがそのような上等な武器を手にしていたことに驚いていた。彼らは皆貴族の出であるから、その特徴ある音を判別できるのだ。まあ、ミシェルだけは別だが、ブリアラは心の中のどこか、陰険で冷笑好きな部分でそう思った。

 セリーンは、彼女がヴァル・ロヨーの自分の元に戻ってきた日に、その二本を彼女に与えた。その日、ふたりは初めて愛し合った。

「裏切り者!」 スレンが叫び、彼女にはその非難を否定することもできなかった。
 彼が声にならない叫びをあげてナイフを持ち上げると、一ダースもの弩の矢が彼の身体を貫いた。彼は地面に倒れる前に絶命していた。

 サー・ミシェルが馬から降り、手枷を手に近づいてくる。
「サー・ミシェル」 彼女は言った。「お互い妙なところでお会いしますね」

 彼は何も言わなかった。彼の表情は生真面目で固く、一瞬ののち、彼女は彼が恐れていることに気が付いた。
「いいえ」 彼女は静かに言った。「こんなところで無駄に使ったりしませんよ」 たとえ彼が約束を守るとしても、ふたりで十一人のシェヴァリエと戦えば、短い一方的な戦いで終わるだろう。

 彼は依然として何も言わなかったが、一度頷くと、彼の首筋の緊張がほぐれた。それを見て彼女は驚いた。貴族をひとり殺害した邸宅の前で、彼女がどんな申し立てを行ったとしても、彼の同輩シェヴァリエの誰一人として信じるはずもないものを、それだけ不安がっているということは、彼は実際に約束を守るつもりだということだ。彼は本物の貴族のほとんどにもまして、名誉を重んじる貴族だった。

 ミシェルは彼女を強く、だが乱暴ではなく後ろ向きにさせ、後ろ手に手枷を嵌めた。今は亡きメインセライ卿の庭を、彼女は彼に伴われて進んだ。他のシェヴァリエたちが無言で回りを固めていた。ブリアラは、彼女に手荒な真似をしないよう彼らが命じられているのか、それとも目に見えて上等な鎧のおかげで、彼女が貴族に仕えていて気軽に殴打すべき相手ではないと考えているのか、と思いを巡らした。囚人の取り扱いに関する名誉の規範が、エルフの暗殺者に用いられるとは到底思えなかった。

 一歩進むごとに、彼女の心には新たな思い付きが駆け巡った。彼らはここにやってきて、彼女に投降を求めた。エルフを食い止めるために来たのではない、もしそうだったら、シェヴァリエたちは単にエルフを殺して回っただろう。目的はブリアラだった。だからこそ、この軽い仕打ちなのだ。

 セリーンに対抗するギャスパード側の策に乗ったのか? あり得ない。サー・ミシェルが謀叛に与することはないし、メルセンドレから脅迫状で一度釣り出された彼が、そのような手口を再び用いられたらその恥辱に耐えられないだろう。彼らはセリーンが送り込んだのだ。女帝が自ら動くように仕向けるため、ギャスパードが何かをしたのか? ディヴァインが新しい要求をしたのか? セリーンの心変わりを招いたのは何か?

 それから、松明の側を通り過ぎるとき、ブリアラは夜の空がどす黒い赤色に染まっているのを見た。
 ハラムシラルのスラムが炎上している煙の臭いがした。
 その後、ブリアラは思いを巡らすことをやめた。

*** 

 だんだん盛り上がってまいりました。    

 Kindle版で、多くの読者がハイライトしているフェラッサンのセリフ。 

 "Always going after the one closest to you and forgetting about the one in the back who can light you on fire." 

 意訳は本文のとおり。直訳は(実際には文章ではなく、文章の断片なのですが)、「常に目先の敵を追い、その後ろにいる自分を火だるまにできる敵のことを忘れる」(のはありがちな間違い、と私は続けたわけですが、実際にはその前のセリフ、"Oh, you poor fools"を主語と扱って、後に"you are"とか付け加えるとつながりますね)

 どうして、これが人気フレーズなのか。ごく普通じゃんと思ってしばし悩みましたが、以前書いたようにウィークス氏はテーブルトップRPGの大ファン。「ゲームの教え」そのものだからでしょうね。ヴィデオゲームでは、MMO/MOなんかで悲惨な結末を招きかねない間違いですかね。ここの戦闘シーンも、先の荷馬車襲撃シーンも、TRPGの香りがします。

 短剣の数え方。匕首(ひしゅ・あいくち)の「ひしゅ」から来た「一匕」(ひとひ)がなんだか恰好いいですが、普通どう読むかわからんもんね。「あいくち」から、「一口」も言うし、汎用的な助数詞で「一本」でもいい。
 「一振」は大刀、長剣の数え方なんで違う(それこそ、そっちも「一本」でもいい)。

 このブログでは刀や長剣の「一振」はよく使ってますが、短剣はこだわらずに、「一本、二本」にします。すでに過去そうしていたし、ミシェルとか、どうも投擲に使ってるみたいだし。なにしろ格好つけると後から忘れそうだから(笑)。

 そもそも原文にも、ダガー、スティレット、ナイフと色々出てきますが、どれも「あいくち」とは違いますね。

 だったら、矢だって「一本」じゃなくて、「一筋」、「一条」だろう? 
 んー、そっちは「一本二本」で良くないですか?

 ちなみに、「一矢報いる」の「一矢(いっし)」は、物体としての矢ではなく、矢が的中(ヒット)した状態、あるいはヒットを狙って放った(放とうとしている)状態。それもあって、「一矢、二矢」は使いづらい。 

 気分の問題ですね。

 アベノミクスは、的に当たっていない状態なんで、「三本の矢」でいいですかね。

 弓は一張(ひとはり、いっちょう)、弦が張ってないと一本、二本。これは弓道がポピュラーになったから結構有名かな。
 鎧(甲冑)「一式」の場合は、「一具」(いちぐ)ともいう。これは恰好いいので使っている。

 コンビニでお箸「二本」を「二膳」と直されると、かつては(そこだけ正確かよ!と)「いらっ」としたのですが、もう気にならなくなった。  

 気分の問題ですね。

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