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2014年5月30日 (金)

The Masked Empire 11(4)

 十一章もラスト。

***

 フェラッサンと森の中で別れたブリアラは、師匠が近くにあると言っていた湖に水浴びのため向かった。師匠はまた、デーリッシュの逗留地に近づかないほうが安全だとも語っていた。時が自分たちの道を開く。彼女は彼の言葉をその通りに受け止めていた。

 湖はすぐ見つかった。小さく穏やかで、東のフロストバック山脈から川が流れ込んでいる。睡蓮が水面を覆い、番う相手を探す蜻蛉が頭上を舞う。
 北の空の暗く灰色の雲が冷たい風を送り込んできていたが、ブリアラは鎧と下着を脱ぎ去った。下着を洗い、その後で湖水に足を踏み入れる。驚くほど冷たかったが歩き続け、踝、膝と水に浸かり、最後に水面の下に潜った。凍るような痛みで身体が痺れ、小さなさざ波で前後に揺られる以外、何も感じなくなった。
 記憶がよみがえる。

 水の中から出た十歳のブリアラは、頭を振った。風呂水で回りを水浸しにするなと母親が叱るが、その顔は笑っていた。明日セリーン嬢に仕えるとき綺麗でいられるように髪を洗うのだ、と娘を呼ぶ。

 ブリアラは髪を顔の前に引っ張り、レディ・マンティロンは怖いから嫌いだとセリーンが言っていた、と告げる。ブリアラの母親は笑いながら、扉の方に素早く視線を向けた。セリーン嬢は何も心配いらない。レディ・マンティロンは彼女をとても好いているのだから。母親はブリアラの髪の結びを解いた。そしてブリアラは綺麗にならなくてはならない、と言った。

 なぜそうするのか、レディ・マンティロンは決して自分たちの方を見ないのに、とブリアラが尋ねる。汚れていたら彼女の目に留まる、と母親が言って娘の髪を引っ張る。 

 耳が隠れるような髪型にはできないのか、とブリアラが尋ねると、母親の手が止まった。ブリアラが呼びかけると、耳は決して隠してはならない、と言った彼女の声は詰まり、途絶えた。どうして、とブリアラが振り返って尋ねた。耳が長くないふりをしたら困るのか。そうかもしれない、と母親は笑ったが、その頬は紅潮していた。だがそれよりも、ブリアラは自分の娘だからだ。母親たちは王子に仕え、ブリアラはセリーン嬢に仕える。デーリッシュ・エルフには真似のできないこと。自分自身を誇りに思え。

 水の中、ブリアラはつま先を伸ばし、水草を避けて地面を探った。

 水の中から出た二十歳のブリアラは、喉に投げ矢を受けた馬車の御者が崩れ落ちるのを見た。油を塗った衣服が水を弾き、彼女は低い橋の上に音もなく這い上がる。月のない闇の中、彼女自身もまた闇であった。 

 不安げな馬たちの横腹を叩いて落ち着かせ、御者が馬車を止めざるを得ないように彼女が置いていた木箱を開ける。弓と矢筒を取り出して馬車の横に回り、扉越しに矢を放った。

 しばしの後、彼女は扉を開けて中を覗き込む。
 矢は、レディ・マンティロンの腹に突き刺さっていた。暗紅色の外套で傷はほとんど目立たなかったが、彼女の顔は死人のように蒼白であった。 

「不躾なお目通りをお許し下さい」 ブリアラは言った。「ですが、あなたに襲撃を予期されるのを恐れていました。先に扉を開ければあなたには何か備えがあったはず」
 
レディ・マンティロンが小さく微笑み、床に落ちたほんの小さな、宝石飾りのついた小剣を手振りで示した。編み針とさして変わらぬ大きさで、油っぽい黒い液体が刃を覆っている。「恐れは正しかったのです、ブリアラ」

 ブリアラは跳びあがるほど驚き、そして気を取り直した。「では、覚えていらっしゃった」 彼女の髪は後ろで結わえられ、水に濡れても邪魔にならないよう編み込まれていたが、彼女の背中に冷たい水しずくを滴らせている。「私たちの見分けはつかないのかと思っておりました」 

「セリーンの美しいエルフの召使い、何もかも注意深く見つめていた娘は覚えています」 レディー・マンティロンの声は囁きと変わらず、ブリアラは聴こえるように身体を近付けた。「セリーンがバードの技倆を伝授していたのではないかと思っておりました」 

「その通りです」 ブリアラは微笑み、ダガーを抜いた。「ならば、両親の仇を討つのにまずもって好都合」
「ああ」 レディ・マンティロンが頷いた。「そしてわたくしが死んでから、ブリアラ、あなたはどうするつもりです?」
 ブリアラは身体を寄せた。「セリーンの元に戻ります」 彼女は言った。「そしてあのお方を、未だかつてない、もっとも偉大なオーレイの女帝にしてみせます。そして誰であってもあのお方を利用する者は、あなたのような者に変えようとする者は、死んで忘れ去られるように取り計らうでしょう」
 

 彼女はその言葉が相手に突き刺さることを期待していたが、レディ・マンティロンはむしろくつろいでいるようだった。老女は長い息を吐き、背もたれにゆったりと構え、息が途切れる際に顔をしかめた。彼女が再び話しはじめたとき、その声は前よりも大きくなっていた。「あなたの家族の死は残念でした、ブリアラ」 彼女はブリアラの眼差しを受け止め、静かに尋ねた。「他に何かあるのですか?」 

 「いいえ」 ブリアラが教わったとおりにあばら骨の間を刺すと、レディ・マンティロンは身じろぎし、一たび頷き、そして動かなくなった。
 彼女の身体が弛緩すると、二本目の小さな小剣がその手から落ち、馬車の床で音を立てた。ブリアラは信じられない思いでそれを見つめた。
 レディ・マンティロンが彼女に一撃を浴びせることができるくらい近づいていたのは、ほとんど間違いなかった。ブリアラ自身が彼女の最後の言葉を聴くため身体を近付けていたにもかかわらず、レディ・マンティロンは思いとどまった。
 馬鹿な貴族の女。

 ブリアラは馬車から出て、馬具を切り、馬たちの横腹を叩いた。彼らが夜の中に走り去ると、彼女は振り返り、低い橋を渡った。
 

 森の中、道からは目につかないところで、焚火のそばのフェラッサンが身動きせず横たわっているところを見つけた。毛布の束が陽気な炎の傍に積み重ねられており、彼女はそれらで身を包み込むと、師匠がほとんど息もせずに動かず横たわっている間、暖を取っていた。 
 シチューで一杯の鍋も彼女のために温められていたが、彼が夢の世界に入り込むため焚火にくべた薬草の香りが、煙の中にまだ漂っている。

 彼女の身体が十分暖まり、スープに手を伸ばす気が起きた頃、フェラッサンが目を開け、起き上がり、魔法の眠りから戻った彼の息遣いが早くなった。「首尾はどうだった?」
「両親の仇は討ちました」 ブリアラが頷き、匙をシチューに埋めた。

 彼女の手の中で匙は震え、なんとか抑えつけようとしても止まらなかった。シチューが匙からこぼれ、読書室の床の赤い血溜まりの跡を思い出した彼女は目を閉じた。終わった。やり遂げた。

 

「よかった」 フェラッサンが微笑んだ。「オリージャン貴族。我らの祖先のごとき不死ではないが、それにしても殺すのが難しい相手に違いはない。よくやった」
「感謝します」 ブリアラは匙を口に持っていき、一口食べ、自分が飢え切っていることに気が付いた。彼女は無理をして噛み、一噛みごと温かさが身体に広がるのに任せた。


「本当に、戻る心づもりはできたのか?」 しばらくしてフェラッサンが尋ねた。「セリーンが自分の家に君を受け入れることは、本当に確かなのか?」
 ブリアラは、セリーンの唇が自分のそれに押し付けられたときのことを考え、自分が赤面するのがわかった。「はい。彼女は受け入れてくれます」
「では、ヴァル・ロヨーの宮廷にいるエルフたちにとっても、君はとても役に立つだろう」 フェラッサンが言って、顔を見た。「そのことを疑わないように、ダーレン」
 

「デーリッシュの民に会いたかったと、今でも思っています」 彼女は鍋の底に匙をこすりつけ、そのどちらも脇にどけた。
「わかっている」 フェラッサンは微笑んだ。「だが、ヴァル・ロヨーこそ君が求められるところ。デーリッシュは彼らのできるやり方で救う。君は君のできるやり方で救う。顔に刺青を入れたところで、本当のエルフになれるのではない」 彼女が黙り込むと、彼は言い添えた。「自分自身を誇りに思え」

 水中から顔を出すと、ブリアラは肺一杯に空気を吸った。
 四肢から汚れを落とし終え、髪から煙の臭いを落し終えた頃、身体は心地よく痺れていた。彼女は無心で泳ぎ、顔に湿り気を感じて空を見上げた。頭上の灰色の雲が、湿った大きな雨粒を吐き出しはじめている。まばらだったそれが、彼女が岸に泳ぎ着いた頃には絶え間ない土砂降りとなり、岸辺の岩の上を歩く彼女の足を激しく打った。

 雨は下着もびしょ濡れにしており、それを身に着けるとき彼女は身震いした。ブーツだけは履いたが、それ以外の鎧は濡れたまま身に着けるのをやめて持ち運ぶことにした。

 彼女はセリーンの宮廷に長く居過ぎた。
 あまりに長い年月、「ウサギ」と呼ばれ続け、あまりに長い年月、頭をすくめ、影の中から働き続けた。あまりに長い年月、自分自身を誇りに思い、奔流に浮かぶ丸太であるかのようにその思いにしがみついてきた。それで水面に頭を浮かべていることはできたが、自分自身の進む先を決めることはできなかった。

 他の誰もがそうしないのであれば、彼女は彼女の民のために戦う、そして誰であっても邪魔立てするなら、フェンハレルが容赦しない。

*** 

 こういうシーン。本当に大変です。著者凝りすぎですよ。
 水をテーマに回想を積み重ねるという仕掛けは、コメントいただいていたように、まるで映画のスクリプトのような繋がりです。しかもそれぞれ対になっている部分まである。

 エルフの叛乱のとき、その直接の原因となったハラムシラルの貴族を、ブリアラが事務的にあっさり始末する場面。かつて危うくレディー・マンティロンから返り討ちにあうところだったことが、彼女を自戒させていた、というわけでした。

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