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2014年5月10日 (土)

The Masked Empire 8(3)

 第八章は次回まで。

***

 ハラムシラルの北方の森は深く、セリーンは、けものみちを進むミシェルの方向感覚を信じるしかなかった。馬が二頭となったので、ミシェルは早足に戻し、セリーンの脚と腿の付け根は慣れない動きに痛み始めていた。革鎧は身体によく馴染んだが、あつらえて仕立てたものではない以上、後で水ぶくれがどこにできるか容易に予想ができた。

 何の前触れもなく、四人の武装兵が剣を掲げて径に歩み出てきた。馬をいただこう、と先導する一人が叫んだ。
 セリーンは片手でダガーを抜いたが、サー・ミシェルの愛馬と異なり、戦いを切り抜ける訓練を受けていない乗馬の手綱は手放さなかった。四人は薄汚れた陣羽織の下に鎖帷子を着こみ、槍兵が近接戦で用いるような短剣を手にしている。
 セリーンは、泥と血で汚れたその陣羽織には、紫地に黄金の獅子が描かれていることを見て取った。
 自分の兵ではないか、そう口にした途端、彼女はまるで自分が愚か者になったような気がした。
 胡散臭そうに見る男たちの中、後ろに立っていた濃い髭をたくわえた老練そうな兵が青ざめ、後ずさりし、セリーン女帝陛下と叫んだ。
 主導者はずっと若く、より怒りに満ち、その鎧の返り血も多かった。彼は鼻を鳴らして、自分の女帝ではない、と言った。

 サー・ミシェルが長剣を抜き、オリージャンの血はその身体にまだ流れているのか、と問いかけた。ならば上等な鎧はどこへやった、と主導者はミシェルを無視して仲間に言った。数百の輝くシェヴァリエも付き従っていない。女帝が逃げ回っている間に皆ハラムシラルで討ち死にしたからだ。

 サー・ミシェルの剣が一たび閃いた。オリージャンの血はその身体にまだ流れているのか、彼は斬った相手が地面に倒れるのを待たずに再び問いかけた。三人はミシェルを、それからセリーンを見た。そして躊躇いがちにこうべを垂れた。
 自分たちは退却の合図を聴いて逃げ出した。それまではメイカーに誓って名誉を持って戦った、と老練兵が言った。
 女帝は頷き、チャンピオンがジェイダーへの道を切り拓き、そこで反撃のための軍を再結集すると告げた。
 彼女は兵たちに付き従えと命じるつもりだった。忌々しいギャスパードを粉々にしてやるには軍を再編する必要がある。だが老兵のひきつった顔を見て思いとどまった。

 彼らはすでにジェイダーへの道を試していたが、女帝がそちらに向かうことを予期しているかのようにギャスパードの手の者が街道を封鎖していた。老兵に続いて、別の兵が言った。弓兵も馬上の兵もおり、自分たちはただ森の中に逃げ戻るしかなかった。
 ならば、と言いかけたセリーンは、サー・ミシェルが微かに首を振っているのを目にして言い澱んだ。他の道を見つけるだけだ。

 自分たちにどうしろというのか。三人目の、まだ男とも呼べない年頃の者が初めて口を開いたが、その声は恐怖で震えていた。ハラムシラルの敵が受け入れてくれるのではないか、もし今ここで・・・。そこまで言って口ごもった。

 ヴァル・ロヨーに向かうしかない、と老兵が言い、セリーンの顔を見てすぐに付け加えた。女帝陛下が他をお望みでない限り。
 それを聞いた若い男が泣き出しそうな顔で言った。ギャスパードの兵をすり抜けることはできない、自分たちは偵察ではないし、すでに危うく捕まるところだった。

 ミシェルは小さな疑念を含んだ目つきでセリーンを見やった。彼女はそれを無視することも、この場をミシェルに任せて自らの良心を傷つけず済ますこともできたが、それは間違いのもとだ。そうでなくても、ことは女帝の名誉にかかわるのだ。 

 ではどうするつもりか、そう問い糺す彼女の声の威厳は相手を黙らせた。ギャスパードの兵に見つかればどうするつもりだ。女帝がどこに向かうか、どこで出会ったか問われたら、自分の命を守るため、どれだけのことを告げる気だ。
 若い男は、女帝に絶望したような目を向けた。
 彼女は顔を歪めた。若者と同じくらい、自分にもその答えはわかっている。惨たらしくはあっても、ことは簡単になる。おやりなさい、と彼女はミシェルに命じた。

 ミシェルが若者を斬り伏せる際、老兵は目を閉じた。剣を掲げた別の兵は、ミシェルに突き飛ばされ、同じように斬り殺された。剣の撃つ音も叫び声も驚くほど素早く消え、沈黙が訪れた。

 身動き一つせず目を開いた老兵の喉元には、すでに剣先が当てられていた。
 自分は偵察ではない、彼はセリーンを見て言った。だが兵士であり、セリーンの他に女帝を知らない。命じられればどこにでも赴く。ギャスパードの兵と戦い命を落とす覚悟だ。もし生きて捕らわれても、何一つ口にはしない。
 チャンピオンが仲間を斬り伏せた後でもか? セリーンが三つの亡骸を見て言った。
 老兵は震える声で答えた。彼らは良き戦友ではあったが、自分の誓約は女帝に対するもの。もし陛下の行方を隠し通す必要があれば、ここで喜んで死ぬ覚悟。

 セリーンは、老兵に剣を突きつけひとときも目を離さないでいるミシェルを見た。 行け、と彼女は言った。もしヴァル・ロヨーへの道に辿りついたなら、指揮官に槍兵としてではなく、いまや女帝の個人的偵察としての役目を担ったと告げよ。

 ミシェルは剣を鞘に収めたが、老兵が礼をし、生唾を飲み、森の中に消えていく間、セリーンの方を見ようとはしなかった。
 ミシェルの沈黙の抗議がどんな遠くからでも見て取れたであろう女帝は、わかっている、と言った。物言う立場にあらず、彼は首を振りながらそう言い返した。責務を忠誠に優先させ、セリーンが止める前に老兵を切り捨てた者もいただろう。安全が慈悲に勝るとみて。

 そのとき、彼女はサー・ミシェルを今までになく称える気持ちになった。自分が別にそう命じるまで、ミシェルは常に物言う立場にある、彼女は手にしていたことにようやく気付いたダガーを鞘に収めながら言った。確かに誰一人自分たちの居場所を知らずにいたほうが安全であることに疑いはない。
 だが、他の臆病者たちと異なり、あの男は女帝に忠誠を誓っていた、とミシェルが言った。常に女帝の身の安全を守る立場ではあるものの、ひとりの忠義深き臣下を持つ意味を、今ここで目の当たりにすることができた。彼はそう言い添えた。

 セリーンの両脚と背中は乗馬のため傷んでいた。馬から降りて背筋を伸ばしたが、死骸が三つ転がるこの場所が休息に適しているはずもない。一方で、三人の死骸が増えたところで、戦全体の流れを左右することもなかった。
 今朝戦場で、自分のためにどれだけの兵が死んだのだろうか。彼女はそう尋ねると、悪態をつきながらダガーを投げ、木の幹に深々と突き刺した。そしてエルフのスラムでは、噂を鎮めるためにどれだけの血が流されたのか。

 エルフは女帝のために死んだのではない、とミシェルが死骸を径から退けながら言った。彼らは愚かな利己心のため死んだ。女帝にどのような意図があろうが、叛乱を鎮圧することは全き正義だ。そして兵たちは女帝の名誉のため死んだ。やがて裁かれるべき裏切り者の手によって。
 それでも彼らは死んでしまった。セリーンはダガーを引き抜くと袖で刃を拭った。目は赤く腫れていたが、すすり泣くことを恥とは思わなかった。午後の茶を嗜む前までのように頭はずきずきしている。名誉でも栄光のためでもなく、ダークスポーンや外敵からオーレイを守るためでもなく、「ゲーム」の一部として、ギャスパードが自分を責める手段のために死んだのだ。

 ミシェルは作業から顔をあげずに、陛下は不利な戦いを強いられてきた、と告げた。
 だが自分はオーレイを統治しているのだ、と反駁する女帝に対して彼はにやりと笑い、だからこそ、女帝は実際に統治せねばならず、一方ギャスパードは武芸大会を観衆として見ている心無い遣い走りのように、自分だったら世界はこうなる、自分のほうがうまくできると言い張っている。もっとも、実際玉座に就かない限り、女帝を打ち負かしたことにはならない。

 いや、すでに自分を打ち負かしている。この森の中でなら彼女は認めることができた。それがまたもっとも心を痛めている理由だった。 決闘でギャスパードに勝つことはできず、馬上の戦いでもまず無理だ。自分は甘言と魅力で釣ることはできても、ギャスパードは範を示して兵を惹きつけることができる。セリーンの機転、胆力、「ゲーム」の腕前は彼女の武器であり、その範疇の戦いであれば自信があり、常に勝ち続けてきた。
 それも今日この日までのことに過ぎない。

 いっそ呪われた玉座でもくれてやって、彼がどんな目に合うか見物しようか。彼女の声は囁きに過ぎなかった。

 最後の死骸を下草の中に隠したミシェルが彼女のほうを見て言った。申し訳ないが最後のほうが聞き取れなかった。ジェイダーが封じられているなら、ヴァル・ロヨーに帰還する道を探すほうがいい。
 政治に関する意見の相違があるやはともかく、チャンピオンに相応しい男は彼の他にいない。彼女は咳払いをして言った。

 ライデスはリマッチェの手の内だ。街を抜けることはできない。ヴァーチエルも同じ。とはいえ、ウェイキング海沿いを延々と進めば、ギャスパードが先に女帝不在のヴァル・ロヨーを掌握してしまう。帝都には彼に付き従う貴族連中が多い。
 ミシェルが同意して引き取った。自分がギャスパードなら、女帝はウェイキング海に向かうと見る。もう捜索をはじめているだろう。

 であれば南西か、とセリーンが尋ねた。今地図の一枚さえ手に入るなら、ハートランズの半分でもくれてやるところだ。このあたりのデールズは草覆い茂れる平原地帯であり、そこここに点在する小規模な森林には、デーリッシュ・エルフが盗賊のように潜んでいる。数えきれない小さな村落の他は大部分が農地であり、どれも女帝の助けにはならない。ライデスをすり抜け、ヴァーチエルに向かって北に進むのはどうか。

 ミシェルが同意し、ふたりは再び馬上の人となった。

***

 丞相曹操の若い頃みたいになってまいりました。董卓暗殺未遂事件かな。
 敵を斬り、味方まで殺め、これまで登場した中で唯一忠誠を誓っていた領主まで敵陣に籠絡され。
 セリーンも乱世の奸雄ということでしょうか。女帝ですから「平時の能吏」とは言いません。

 ひとつだけ、また頭のおかしい人の話として聞き流していただいて結構ですが(頭が少しおかしくなければ、こんな取組みはなからやってません)、こういうシーン、アメリカンの先入観というか、メンタル・バインドが色濃く出てきていると感じちゃうんですよね。一種のタブー。

 どこの馬鹿がシェヴァリエの乗馬を襲うのでしょうか。なぜそこらの村落や、樵の小屋でも襲わないのでしょうか。なぜ、最初からギャスパード軍に投降しないのでしょうか。皆殺しされるから? たかが槍兵くずれを? 敵は異教徒でもなければ、テロリストでもない、当時そんなルールか?
 そんなこともありますが、それよりも何よりも、どうして敗残兵たちは決まって女帝に逆らうのでしょうか? 言葉を換えれば、なぜ兵たちは自立している(自己が確立している)のだろう。
 そして、どうしてこういうときだけセダスの民は信心深くないのだろう(オーレイは王権神授ということになっている)。古参兵がそれを体現しているという仕掛けでしょうが、若者がずっと反逆的ってのも文明の産物じゃないのか。

 私見ですが、当時の兵隊はもっとみんな純真で手柄目当てで馬鹿だったはず。為政者がどうの、体制がどうの、その言葉すらない。そんなこと言い出すのフランス革命前夜からじゃないんでしょうか(そしてもちろんアメリカ建国もその流れ)。
 もっとも、不利と見れば兵はさっさと逃げ出し、あっさり旗幟を変えるのは、「諸国民の戦い」であるナポレオニック以前はだいたいどの戦場でも一緒。逆に言えば、それを許さない仕掛けがナショナリズム。
(封建制イコール滅私奉公と曲解されていますが、それは特殊例で本来は双務契約。ダメな主君はさっさと見限って問題なし)

 ま、セダスなんて最初から存在しないんだし、中世西欧とのアナロジーが全部通用するはずもないし、読むのほとんどアメリカンだから、出てくるの全部アメリカンでも結局著者の自由。なんでしょうけどね。

 戦国時代末期(定義上はもう終わってたか)、明智光秀だって落ち武者狩りにやられたじゃん、ってあれ商売だから。しかも一部農民のパートタイム。

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