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2014年5月

2014年5月31日 (土)

The Masked Empire 12(1)

 前回、省略するつもりではなかった部分で、段落一つ抜けていたので追加しておきました。

***

 第十二章

 セリーンはびしょ濡れで震えながら、土砂降りの中、ブリアラがデーリッシュの逗留地を歩いてくるのを目にした。彼女もずぶ濡れだったが、雨で濡れた髪がつるつるして見えるのは、どこかで水浴びをしてきたからだろう。

 セリーンたちに毛布を寄越さなかった衛兵たちは、せり出した崖の下に雨宿りしている。ほとんどのデーリッシュは荷車の中や、荷物を濡らさないように広げた雨避けの下で雨をしのいでおり、セリーンとミシェルだけが雨ざらしだ。

 雨が降り始めるだいぶ前から逗留地は静かになっていた。ミシェルが戻り、キーパーが召喚したディーモンが逗留地中を操っていたことが暴露され、デーリッシュたちの心に暗い影を投げた。歌声やお喋りは止み、戦闘の訓練はおざなりなものになった。その悲しい静寂の中、セリーンはデーリッシュについて、期待していた以上のことを知った。 

 彼らは五十人もおらず、森の中で子供や若者が遊んでいるのでもない限り、これから何年かの間で頭数が増える見込みはない。ここは数あるの部族の中のひとつであるとはいえ、危険を避けるため部族はお互い滅多に交流しないはずだ。ここの他オーレイには、数えるほどの部族しかないのかもしれない。
 ギャスパードが叛乱勢力として抱く恐怖、スラムに住むエルフたちが秘かに抱く希望。その両方を、これだけ少ない彼らの肩に背負わせるには酷であるように思われる。

 雨はセリーンの衣服もずぶ濡れにしていた。ミシェルの横で身体を丸め、ふたりとも精一杯体温を保とうとしている。あたりは暗くなりはじめたが、霧状のもやのため刻限はわからなかった。

 ブリアラは貴族のような優雅さで、何も気にしていないかのように逗留地に歩み入ってきた。衛兵たちを見てもおらず、制止されても無頓着な横柄さであしらう姿はセリーンの微笑みを呼んだ。

 セリーンが横たわっているところにやってきたブリアラは、彼らは雨宿りも許さないのか、と尋ねた。連中には別に懸念すべきことがあるとミシェルが答えたが、その裂けた唇と腫れた頬がブリアラをたじろがせる。
 セリーンが声を潜めてミシェルの発見を伝えると、彼女の訓練が行き届いているブリアラは、話し終える頃には頷き、大きな美しい目を閉じて考え込んでいた。 

 オーレイ中の迅速な移動。時と場所を自由に選ぶことのできる待ち伏せ。妨害されない秘密の兵站線。ディーモンはそれが封じられていると言っていたのか。ブリアラは、唇を読まれないよう衛兵たちに背中を向けた。
 ディーモンは目覚めさせる必要があると言っていた、とミシェルが答える。何らかの理由でデーリッシュが使うことを防いでいる、とセリーンが言った。

 ディーモンはエルーヴィアンの封印を解くことができるが、デーリッシュは「それ」の望むものを渡すことができない。セリーンは、そう告げるミシェルの声が恐怖で強張っていることに気付いた。彼女のチャンピオンは生きている相手との戦いは恐れないが、ヴェイルの向こうからやってきた化け物が相手となると話は違うようだ。彼の誇りを傷つけることのないよう、そのことには触れずにおくことにした。

 自分たちは「それ」の望むものを渡すことができるのか。ブリアラの問いかけに、ミシェルは黙って頷いた。考え込むブリアラの顔を伝う雨は涙のように見える。デーリッシュとの取引材料に使えるのではないかと言いかけたブリアラを、セリーンが遮る。
 デーリッシュに協力する気がないことは、今日存分に思い知らされた。彼らは自分たちの身柄をギャスパードに手渡すか、ここで殺すか決めようとしている。

 ブリアラが口にしようとした、デーリッシュを弁護する言葉は途中で立ち消えた。彼女自身もデーリッシュと時を過ごし、彼らがブリアラの民のことを気にもかけていないことに気が付いたのだろう。セリーンはそう推測した。

 セリーンは、キーパーとの話し合いのことを伝えた。エイリアネイジのエルフを救うとのセリーンの申し出に対し、彼はいっそオーレイの者たちが皆死んでしまったほうがましだと言った。ブリアラはしばらく反論しそうな顔つきだったが、やがて諦めて頭を下げた。
 セリーンが二人きりにするように告げると、ミシェルは彼の縛めが許す限り、荷車の別の端のほうに身を寄せた。

 ブリアラはセリーンの身体を腕で包み込んだ。雨粒がブリアラの黒髪と顔を打ち、衣服は濡れて灰色だった。エルフの耳は両側に広がり、先から雨水がしたたり落ちている。セリーンがこれまで目にした中で、もっとも美しい生き物だ。
 セリーンはブリアラに告げた。一緒にいた間ずっと、ブリアラは自分の民への便宜をしつこく望んでいた。彼女はハラムシラルでの行いのためセリーンに背を向けたが、ギャスパードに対抗するためエルフを犠牲にしたセリーンにそれを責めることはできない。

 凍えながら、セリーンは雨の中の荷車を見た。だが彼らはブリアラの民ではない。
 ブリアラが強く抱きしめ、わかっている、と答えた。
 彼らはブリアラと違い、エイリアネイジのエルフのことも気にかけていない。セリーンの言葉に、ブリアラが身震いするのがわかった。

 
「わかってます。ミシェルがディーモンに、エルーヴィアンを目覚めさせることができるなら、結局デーリッシュは私たちに協力を申し出るかもしれない。ディーモンが彼らを手助けしないなら、彼らには私たちが必要だから」
「わたくしたちに彼らが必要でしょうか?」
 セリーンは、ブリアラの身体が固まり、身を引くのを感じた。彼女はひるまず、ブリアラの目の奥を見据えた。

「私たちに彼らを裏切れと言うの?」 彼女は尋ねた。彼女の声からは何の感情も読み取れない。
「裏切りのためには、破られる約束が必要。彼らは自分たちを囚人にとり、命を脅かし、雨の中に置き去りにした」 セリーンは自分の声が寒さで震えるに任せ、ブリアラがその言葉にたじろぐのを見た。「彼らがあなたを、まるで長い間会えなかった姉妹のように手を広げて歓迎したと言うのなら、もう何も言わない」
 ブリアラは目を閉じた。

「もしそう言うのなら、わたくしも愛する者がその民を見つけたことを喜ぶつもりです。たとえ愛する者抜きで過ごす間、鼓動のたびに胸が痛むことになるのだとしても」
「私もです」とブリアラが囁く。
「ならば、わたくしとともにいなさい」 セリーンは縛られた両手でブリアラの繊細な顎の線を撫で、ブリアラは目を開けた。「わたくしがヴァル・ロヨーに戻るのに手を貸してくれるなら、エルフの民の自由を縛るあらゆる法を廃止して、あなたに貴族の身分を与えましょう」 セリーンは微笑んだ。「エルフの伯爵夫人に」

 ブリアラは息を呑んだ。「それはできない。貴族たちが」
「貴族たちは言い争い、取り乱し、自分たちの忠誠をどこに向けるかのゲームを続けてきましたが、わたくしの方が忠誠を勝ち取らなければならないと考えている彼らが、代わりにわたくしに何ひとつとして与えようとしないことに、わたくしはもう懲り懲りなのです。あなたの民はもっとまともな生活を送るに相応しい」 セリーンはブリアラと視線をあわせた。「貴族たちが恐れているのに反して、彼らのため戦おうとする声はデールズには見当たらない。彼らはアーラサンのエルフではない。彼らはオリージャン。彼らはわたくしの民なのです」 彼女はブリアラの肩を掴むと、優しく引き寄せた。「そして、あなたもわたくしのもの」

 ふたりのキスはゆっくりだが激しく、凍えて青くなっていた唇に荒々しく感覚を呼び戻した。ブリアラの両手がセリーンの腰を這い上がって彼女の顎を包み込むと、セリーンはふたりの身体の間に帯びる熱を感じ、その温かさが彼女の頬を流れ落ちる雨のことを忘れさせた。

 彼女が身体を離すと、ブリアラの顔も紅潮していた。「フェラッサンを探してきます」と彼女は言った。「私たちが注意を引く間、あなたたちは逃げ出してディーモンのところへ」
「フェラッサンは信用できるの?」
「きっと」とブリアラが言った。「私が説得します」

 彼女は立ち上がり、衛兵のほうを向いた。「私はフェラッサンに話がある。ふたりに毛布をあげなさい、この馬鹿ども。キーパーの話が済む前に死んだらどうする気なの!」
 セリーンの目にはヴァル・ロヨーで学んだとわかる自信満々の様子で、彼女が大股で歩いていく間、セリーンは笑顔を噛み殺していた。

 彼女が立ち去ると、彼女はミシェルのほうに向き直る。「聞いていましたか?」
「ふたりきりの話だと思いましたので」とミシェルが答えになっていない答えを返し、問いかけるように顔を見た。
「どう思いますか?」
 彼は微笑みを取り繕った。「必要とあれば、いつでも戦う所存です、陛下」
「戦って勝つと?」
 彼はゆっくりと両肩を広げて顔をしかめた。「奴らの戦がしらに助太刀をつけろという陛下のご命令さえなかったのであれば容易ですが」と彼は厳かに言った。「ともあれ、何とかいたします」

 ディーモンの話のときと同様、彼女のチャンピオンには誇りが必要だった。彼女は微笑み、それを損なわないようにした。「その命令を撤回いたしましょうか、チャンピオン」
「いえいえ。エルフどもは、またしてもヒューマンが裏切って、汚名を上塗りしたと騒ぐでしょう」 ミシェルはにやりと笑い、衛兵たちのほうを見て声を潜めた。「いつ、始めるのですか?」
 セリーンは雨の中に目をやった。「彼らが死に始める頃でしょうね」

***

 ラヴシーンは、ラヴシーンである以外に意味がないので、省略してしまえば丸ごとなくなるし、要約したら意味がわからなくなる。そして、セリーンとブリアラの間のラヴシーンはここまでも結構多い。

 最後の一行のセリフは、"Most likely when people start dying."

 気にし過ぎかもしれませんが、「人」、「人々」とやると「ヒューマン」で、「デーリッシュ・エルフ」のことじゃなくなるんじゃないかと思ってしまうのです。「彼ら」で逃げてニュアンスまで違っちゃいましたね・・・。「人が死に始める頃」のほうが、まさに「他人事」(ひとごと)であることがばっちり通じたはずなんですが。

 

2014年5月30日 (金)

The Masked Empire 11(4)

 十一章もラスト。

***

 フェラッサンと森の中で別れたブリアラは、師匠が近くにあると言っていた湖に水浴びのため向かった。師匠はまた、デーリッシュの逗留地に近づかないほうが安全だとも語っていた。時が自分たちの道を開く。彼女は彼の言葉をその通りに受け止めていた。

 湖はすぐ見つかった。小さく穏やかで、東のフロストバック山脈から川が流れ込んでいる。睡蓮が水面を覆い、番う相手を探す蜻蛉が頭上を舞う。
 北の空の暗く灰色の雲が冷たい風を送り込んできていたが、ブリアラは鎧と下着を脱ぎ去った。下着を洗い、その後で湖水に足を踏み入れる。驚くほど冷たかったが歩き続け、踝、膝と水に浸かり、最後に水面の下に潜った。凍るような痛みで身体が痺れ、小さなさざ波で前後に揺られる以外、何も感じなくなった。
 記憶がよみがえる。

 水の中から出た十歳のブリアラは、頭を振った。風呂水で回りを水浸しにするなと母親が叱るが、その顔は笑っていた。明日セリーン嬢に仕えるとき綺麗でいられるように髪を洗うのだ、と娘を呼ぶ。

 ブリアラは髪を顔の前に引っ張り、レディ・マンティロンは怖いから嫌いだとセリーンが言っていた、と告げる。ブリアラの母親は笑いながら、扉の方に素早く視線を向けた。セリーン嬢は何も心配いらない。レディ・マンティロンは彼女をとても好いているのだから。母親はブリアラの髪の結びを解いた。そしてブリアラは綺麗にならなくてはならない、と言った。

 なぜそうするのか、レディ・マンティロンは決して自分たちの方を見ないのに、とブリアラが尋ねる。汚れていたら彼女の目に留まる、と母親が言って娘の髪を引っ張る。 

 耳が隠れるような髪型にはできないのか、とブリアラが尋ねると、母親の手が止まった。ブリアラが呼びかけると、耳は決して隠してはならない、と言った彼女の声は詰まり、途絶えた。どうして、とブリアラが振り返って尋ねた。耳が長くないふりをしたら困るのか。そうかもしれない、と母親は笑ったが、その頬は紅潮していた。だがそれよりも、ブリアラは自分の娘だからだ。母親たちは王子に仕え、ブリアラはセリーン嬢に仕える。デーリッシュ・エルフには真似のできないこと。自分自身を誇りに思え。

 水の中、ブリアラはつま先を伸ばし、水草を避けて地面を探った。

 水の中から出た二十歳のブリアラは、喉に投げ矢を受けた馬車の御者が崩れ落ちるのを見た。油を塗った衣服が水を弾き、彼女は低い橋の上に音もなく這い上がる。月のない闇の中、彼女自身もまた闇であった。 

 不安げな馬たちの横腹を叩いて落ち着かせ、御者が馬車を止めざるを得ないように彼女が置いていた木箱を開ける。弓と矢筒を取り出して馬車の横に回り、扉越しに矢を放った。

 しばしの後、彼女は扉を開けて中を覗き込む。
 矢は、レディ・マンティロンの腹に突き刺さっていた。暗紅色の外套で傷はほとんど目立たなかったが、彼女の顔は死人のように蒼白であった。 

「不躾なお目通りをお許し下さい」 ブリアラは言った。「ですが、あなたに襲撃を予期されるのを恐れていました。先に扉を開ければあなたには何か備えがあったはず」
 
レディ・マンティロンが小さく微笑み、床に落ちたほんの小さな、宝石飾りのついた小剣を手振りで示した。編み針とさして変わらぬ大きさで、油っぽい黒い液体が刃を覆っている。「恐れは正しかったのです、ブリアラ」

 ブリアラは跳びあがるほど驚き、そして気を取り直した。「では、覚えていらっしゃった」 彼女の髪は後ろで結わえられ、水に濡れても邪魔にならないよう編み込まれていたが、彼女の背中に冷たい水しずくを滴らせている。「私たちの見分けはつかないのかと思っておりました」 

「セリーンの美しいエルフの召使い、何もかも注意深く見つめていた娘は覚えています」 レディー・マンティロンの声は囁きと変わらず、ブリアラは聴こえるように身体を近付けた。「セリーンがバードの技倆を伝授していたのではないかと思っておりました」 

「その通りです」 ブリアラは微笑み、ダガーを抜いた。「ならば、両親の仇を討つのにまずもって好都合」
「ああ」 レディ・マンティロンが頷いた。「そしてわたくしが死んでから、ブリアラ、あなたはどうするつもりです?」
 ブリアラは身体を寄せた。「セリーンの元に戻ります」 彼女は言った。「そしてあのお方を、未だかつてない、もっとも偉大なオーレイの女帝にしてみせます。そして誰であってもあのお方を利用する者は、あなたのような者に変えようとする者は、死んで忘れ去られるように取り計らうでしょう」
 

 彼女はその言葉が相手に突き刺さることを期待していたが、レディ・マンティロンはむしろくつろいでいるようだった。老女は長い息を吐き、背もたれにゆったりと構え、息が途切れる際に顔をしかめた。彼女が再び話しはじめたとき、その声は前よりも大きくなっていた。「あなたの家族の死は残念でした、ブリアラ」 彼女はブリアラの眼差しを受け止め、静かに尋ねた。「他に何かあるのですか?」 

 「いいえ」 ブリアラが教わったとおりにあばら骨の間を刺すと、レディ・マンティロンは身じろぎし、一たび頷き、そして動かなくなった。
 彼女の身体が弛緩すると、二本目の小さな小剣がその手から落ち、馬車の床で音を立てた。ブリアラは信じられない思いでそれを見つめた。
 レディ・マンティロンが彼女に一撃を浴びせることができるくらい近づいていたのは、ほとんど間違いなかった。ブリアラ自身が彼女の最後の言葉を聴くため身体を近付けていたにもかかわらず、レディ・マンティロンは思いとどまった。
 馬鹿な貴族の女。

 ブリアラは馬車から出て、馬具を切り、馬たちの横腹を叩いた。彼らが夜の中に走り去ると、彼女は振り返り、低い橋を渡った。
 

 森の中、道からは目につかないところで、焚火のそばのフェラッサンが身動きせず横たわっているところを見つけた。毛布の束が陽気な炎の傍に積み重ねられており、彼女はそれらで身を包み込むと、師匠がほとんど息もせずに動かず横たわっている間、暖を取っていた。 
 シチューで一杯の鍋も彼女のために温められていたが、彼が夢の世界に入り込むため焚火にくべた薬草の香りが、煙の中にまだ漂っている。

 彼女の身体が十分暖まり、スープに手を伸ばす気が起きた頃、フェラッサンが目を開け、起き上がり、魔法の眠りから戻った彼の息遣いが早くなった。「首尾はどうだった?」
「両親の仇は討ちました」 ブリアラが頷き、匙をシチューに埋めた。

 彼女の手の中で匙は震え、なんとか抑えつけようとしても止まらなかった。シチューが匙からこぼれ、読書室の床の赤い血溜まりの跡を思い出した彼女は目を閉じた。終わった。やり遂げた。

 

「よかった」 フェラッサンが微笑んだ。「オリージャン貴族。我らの祖先のごとき不死ではないが、それにしても殺すのが難しい相手に違いはない。よくやった」
「感謝します」 ブリアラは匙を口に持っていき、一口食べ、自分が飢え切っていることに気が付いた。彼女は無理をして噛み、一噛みごと温かさが身体に広がるのに任せた。


「本当に、戻る心づもりはできたのか?」 しばらくしてフェラッサンが尋ねた。「セリーンが自分の家に君を受け入れることは、本当に確かなのか?」
 ブリアラは、セリーンの唇が自分のそれに押し付けられたときのことを考え、自分が赤面するのがわかった。「はい。彼女は受け入れてくれます」
「では、ヴァル・ロヨーの宮廷にいるエルフたちにとっても、君はとても役に立つだろう」 フェラッサンが言って、顔を見た。「そのことを疑わないように、ダーレン」
 

「デーリッシュの民に会いたかったと、今でも思っています」 彼女は鍋の底に匙をこすりつけ、そのどちらも脇にどけた。
「わかっている」 フェラッサンは微笑んだ。「だが、ヴァル・ロヨーこそ君が求められるところ。デーリッシュは彼らのできるやり方で救う。君は君のできるやり方で救う。顔に刺青を入れたところで、本当のエルフになれるのではない」 彼女が黙り込むと、彼は言い添えた。「自分自身を誇りに思え」

 水中から顔を出すと、ブリアラは肺一杯に空気を吸った。
 四肢から汚れを落とし終え、髪から煙の臭いを落し終えた頃、身体は心地よく痺れていた。彼女は無心で泳ぎ、顔に湿り気を感じて空を見上げた。頭上の灰色の雲が、湿った大きな雨粒を吐き出しはじめている。まばらだったそれが、彼女が岸に泳ぎ着いた頃には絶え間ない土砂降りとなり、岸辺の岩の上を歩く彼女の足を激しく打った。

 雨は下着もびしょ濡れにしており、それを身に着けるとき彼女は身震いした。ブーツだけは履いたが、それ以外の鎧は濡れたまま身に着けるのをやめて持ち運ぶことにした。

 彼女はセリーンの宮廷に長く居過ぎた。
 あまりに長い年月、「ウサギ」と呼ばれ続け、あまりに長い年月、頭をすくめ、影の中から働き続けた。あまりに長い年月、自分自身を誇りに思い、奔流に浮かぶ丸太であるかのようにその思いにしがみついてきた。それで水面に頭を浮かべていることはできたが、自分自身の進む先を決めることはできなかった。

 他の誰もがそうしないのであれば、彼女は彼女の民のために戦う、そして誰であっても邪魔立てするなら、フェンハレルが容赦しない。

*** 

 こういうシーン。本当に大変です。著者凝りすぎですよ。
 水をテーマに回想を積み重ねるという仕掛けは、コメントいただいていたように、まるで映画のスクリプトのような繋がりです。しかもそれぞれ対になっている部分まである。

 エルフの叛乱のとき、その直接の原因となったハラムシラルの貴族を、ブリアラが事務的にあっさり始末する場面。かつて危うくレディー・マンティロンから返り討ちにあうところだったことが、彼女を自戒させていた、というわけでした。

2014年5月29日 (木)

The Masked Empire 11(3)

 少しずつでも前に進む。

***

 セリーンは、午後早い時間にエルフの癒し手に起こされ、他の者たちはデーリッシュの逗留地をうろつき回っていると告げられた。まだぼんやりした頭のまま身体を起こしてその場に座ると、剣を手にした衛兵たちから、彼らのキーパーと話をするよう促された。彼女は、ミシェルと、そしておそらくブリアラも縛りつけられていると思っていた。自分だけが縛られているのは、彼女の人質としての価値をデーリッシュが認めているためのようで、幸先が良いとまで言わなくとも、まずまずの出だしだ。

 セリーンは今、まだ痛む頭で、衛兵たちに囲まれ、キーパーと他のデーリッシュの長老たちの前に座り、自らの命を交渉の場に供していた。ブリアラとミシェルの居場所はわからなかったが、弱さを見せるわけにはいかず、尋ねることはしなかった。

 ギャスパードが打倒されれば、デーリッシュがオーレイで尊敬を集めることになるよう制度を整えるつもりであり、オーレイはエルフの知恵を学ぶことを楽しみにしている。すでに大学にはエルフが入学しており、エルフの民が訪れることは歓迎されるだろう。
 だが、ギャスパードと戦う力はお前にはない。セリーンの言葉に、古の竈の女あるじが、疑念に満ちたしゃがれ声で言い返す。それでも我々の手助けができると思うのか?

 力は、雪玉が丘を転がるように積み重なっていく。セリーンは自信を持って答えた。何も女帝自身のため、ギャスパードと戦えと求めているのではない。ギャスパードより前にヴァル・ロヨーまで帰還する手助けさえしてくれれば、ギャスパードがセリーンと対抗することはできず、謀叛は粉砕され、彼は処刑されるだろう。

 そしてお前が約束を平気で破るに任せる、お前の前に約束した他のヒューマンたちのように。そう言う戦がしらを、キーパーが手振りで黙らせ、代わりにこう言った。お前が敵の兵士の間をすり抜けるため我が民の命を危険に曝し、見返りに何を寄越す気だ。お前たちの建物に訪れる機会だとでも言うのか。

 セリーンは喉が渇いていたが、慈悲を乞えば論争の立場を弱めることになるのもわかっていた。キーパーに何か望みがあるなら、提示してほしい、そう言いかけた彼女の言葉を遮るように、戦がしらが叫び、拳を後ろに引きながら、前に進み出てきた。お前らは、この大地の上に存在していた中でも、最も偉大な帝国を破壊したのだ。さらには、我らの民がテヴィンターから自由を取り戻すためアンドラステに与したとき、お前らは再び裏切った。

 彼女は男の怒りに怯みもせず、キーパーの方を見て言った。この話し合いで過去を変えることはできないが、何か望みがあるなら言ってほしい。
 キーパーは、セリーンが何も理解していないと言い返し、再び戦がしらに手を振って下がらせた。お前は理屈を通して尋ねているが、我々の歴史全部が、我々に対するヒューマンたちの裏切りと侮辱に満ちているのだ。ヒューマンは土地を、文化を、不死の命さえ奪い去った。 

 そして、デーリッシュは、絶好の機会が膝の上に転がり込んできたことに気が付かない、と言って、セリーンが戦がしらを、それからキーパーを睨み付けた。今こそ償いを求めるべきだ。オーレイの街々のエルフたちの立場を良くしたいのか、デーリッシュの移住の自由を欲するのか。居並ぶ者たちの無表情な顔つきを見て、彼女は博打に出た。ハラムシラルの名誉ある領主の身分と、周辺の土地を欲するのか。

 博打は外れた。エルフたちが身を引き、顔の刺青は嫌悪に歪んだが、彼女にはその理由がわからなかった。名誉ある領主の地位。戦がしらが鼻を鳴らす。

 お前たちの性根が我らを汚す、とキーパーがゆっくりと言った。エイリアネイジの哀れな生き物たちをエルフと思っているようだが、我らにとっては永久に失われた従兄弟たちに過ぎない。部族の中には、勢力を増すため、または迷える彼らを憐み、何人か受け入れるところもあるかもしれないが、彼らは我らの民ではない。わかるか、シェムレンの女帝。協力関係を結んで、我らをハラムシラルに居座らせ、シェムレンの商人たちや、古のエルヴェナンのことはすっかり忘れた平ら耳の農奴たちと交わらせ、お前とヴァル・ロヨーのお前の玉座に跪かせようというのか。彼はかぶりを振った。お前とギャスパードが殺し合い、オーレイのすべてのヒューマンが戦のために死に、すべてのエイリアネイジが焼け落ちたとき、その時こそ、我らはハラムシラルに戻るだろう。

 セリーンは衝撃が顔に出ないように平静を装った。では何故、自分たちは話し合いをしているのか。
 阿呆のフェラッサンがお前たちを連れて来たからだ、シェムレンの女帝、と言ってキーパーは顔をしかめた。エルフの民は、三本の木の道のどれに従うべきか決めなければならない。お前たちに形だけの協力を与えて、形だけの見返りを得ることを願うか。同じことを願い、お前たちをギャスパードに差し出すか。あるいは、ここで殺して屍を焼き、お前たちが生きているより死んでいるほうが、ヴァーネーンの部族に災いをもたらさずに済むことを願うか。

 しばらく続いた沈黙は、逗留地の縁から聴こえて来た叫び声で破られた。キーパーと長老たちがその方角を見やる間、セリーンはできるだけ冷静を装って座り、考えをまとめようとしていた。頭痛は鈍いが消え去ることはなく、彼女の機転はいつもよりものろかった。

 彼女はオーレイの女帝である。礼装も、宝石も、軍隊もないが、それらは問題にすべきことではない。彼女は「ゲーム」に二十年間勝ち残ってきた。だがエルフのゲームのルールは異なっており、急いで覚えなければ、ギャスパードが始めたことを、彼らはあっさり達成してしまうだろう。
 それは許されることではなかった。

 どういうことだ。戦がしらが叫んだ。何故、やつは逃げ出したのだ。セリーンが見ると、傷まみれで流血しているミシェルが、偵察たちの手で逗留地の中に引きずられてくるところだった。

 尋問のためか、協力して一斉に脱走する危険を避けるためかわからないが、セリーンは、ミシェルとブリアラが逗留地のどこか別の場所に囚われていると思っていた。
 ミシェルは逃げ出したのか、とセリーンが尋ねる。フェラッサンの飼い猫ですら歩き回らせるべきではなかったのに、シェムレンの戦士を野放しにするはずがない、と戦がしらが言って、セリーンの傍らを困惑した顔つきで見つめていた。
 自分が起きたときには、彼はいなかった。セリーンが言い返す。責めるべきは、縛られた囚人が逃げたことに、何時間も気が付かなかった見張りの者たちのほうではないのか。

 逃げ出したりしていない、とミシェルがかすれ声で叫ぶ。自分は女帝の側を離れたりしない。戦がしらが彼の髪を掴み上げて、ではどういうことだ、と問い質した。
 魔法に操られた。そう言ったミシェルが戦がしらを睨み返す。同様に操られた衛兵たちが彼の縛めを解き、気が付いたときには、中にディーモンが立つ石の輪の近くにいた。

 セリーンが見つめるキーパーの顔が青ざめ、その蒼白さに反して刺青がどす黒く染まった。恐怖の顔つきだ。たとえその理由が、メイカーよ許したまえ、ディーモンのせいであったとしても、恐怖が果たす役割はヴァル・ロヨーの宮廷と変わらない。

 何か誤解していたことでもあるのか、とセリーンが無邪気を装って尋ねた。
 キーパーがミシェルを縛るように命じると、偵察たちが彼を地面に押し倒し、衛兵たちが手足を縛りつけた。
 ミーリス、来い、檻を確かめなければならない。それ以外言葉を発せずにキーパーが去り、セリーンの看病をしていた若い癒し手が駆け足でその後を追った。
 彼女の姿が見えなくなった。

 残った他の者たちは、蔑視と恐怖の顔つきでセリーンとミシェルを見つめており、しばらくの間、セリーンは自分がその場で殺されてしまうのではないか、またしても計算違いをやらかしてしまったのではないかと悩んでいた。
 何が起きたのか教えなさい、と彼女が言った。彼女が目配せするとミシェルは小さく頷いた。自分たちに対する扱いは許容できないものであり、説明を拒むと言うなら・・・。

 黙れ、と言った戦がしらが長老たちの方を向き、このふたりは自分が相手をすると告げた。彼らは頷き、怒りと恐怖の顔で振り向きながら、ふたりの元を立ち去った。残ったのはひとりきりだが、一番はじめから彼女の言い分を認めようとしていない男だった。

 お前は、我らの民を魔法で危険に曝したのだ、シェムレン。戦がしらはミシェルに言った。拳を握りしめ、激昂した顔は赤く、顎を引くたび、刺青が脈動しているように見えた。
 お前を生かしてはおかない。

 偵察どもに自分を何時間か殴打させてからでなければ、貴様が勝つ望みはない、と血だらけの唇でミシェルが告げた。セリーンが咎めるような顔を向けたが、ミシェルはその視線を受け止め、しばしの後、彼女も理解した。エルフの戦がしらは、どんな服従の印も弱さの顕れと見なし、今彼に弱さを見せることは、殺されることを意味する。

 彼と戦うときは、サー・ミシェル、何人か助太刀をつけさせてあげなさい。それでようやく互角の戦いになるでしょう。彼女が言った。
 戦がしらはふたりを睨みつけると大股で歩き去り、衛兵たちはふたりの方を不安げに見ながら、セリーンを見張ることができるくらい近く、だが自分たちの声が聞かれないくらい遠く距離を置いていた。彼らの手が素早く、密かに、苛立たし気に動いて場所を変えるのを見て、レディ・マンティロンの談話室でそんなことをすれば、あからさまな恐怖を示したことを笑い飛ばされたであろうと、セリーンは思った。 

 ミシェルが静かに、先ほど会話をセリーンに断りなく勝手に進めたことを謝罪する。セリーンは、ミシェルのほうが正しかったことは自分でもわかっているだろう、と言い返すが、彼は、女帝の意見を覆したことにはいかなる言い訳も許されないと、ばっくり傷を開けた唇で小さく笑った。

 殺されるところだった、とセリーンがつぶやく。ミシェルが何を見つけたのか知らないが、少なくとも自分たちが命拾いする役には立った。
 そのようだし、彼らにとってもそうかもしれない、とミシェルが答える。驚きのため跳びはねそうになったセリーンが、魔法なのか、と尋ねる。

 まさしく、と言ってミシェルは声を潜めた。エルフはディーモンを召喚した。古代の魔法の鏡を甦らせ、オーレイ全土を誰にも気づかれずに旅するつもりだ。それら鏡は、何世紀もの間にわたり、魔法によって防護されてきた。
 セリーンの身体は凍り付いた。ヴァル・ロヨーに無事戻ることができる。 
 それだけではない。偵察や小部隊を極秘裏に移動させることができる。ミシェルが言った。ギャスパードに不意討ちを仕掛け、情け容赦なく打ち倒すことができる。

 セリーンはゆっくりと微笑んだ。では、今大事なことは、エルフたちに殺されないようにすること。
 デーリッシュの元を訪れたのは、結局のところまったく無駄ではなかったようだ。
 優しくパラパラと音を立て、この秋初めての雨が降り始めた。

***

 キーパーの一番弟子、「ファースト」の名は"Mihris"。アラブ系に多い名前のようですが、「ミーリス」でしょうかね。

 書き忘れていましたが、「戦がしら」は"warleader"、「竈の女あるじ」は、"hearthmistress"。

 「キーパー」、「ファースト」はカタカナで、どうして他は古風な和式かというと、ゲームに登場したほうはカタカナになっていただけの話。個人的好みはカタカナですが、「ウォーリーダー」はともかく、「ハースミストレス」はちょっと日本語の中で使うのは無理でしょう。

 デーリッシュ以外の、すなわち古のエルフの教えに従わず、もっぱらヒューマンの世界で生活するエルフのことは"flat-ear"で「平ら耳」。ひとりを言うときは"flat-ears"とは言わないようで。 

 さて、DAシリーズではおなじみのエルーヴィアン(Eluvian)。DAOに何度か登場し、Witch Huntで重要な意味を持ち、DA2ではメリルが甦らせることに没頭していたあの鏡。
 DAIにも思いっきりつながりそうなネタですね。単純なファスト・トラックの仕掛けにはしないでほしいが、なんかしそうだな(笑)。

2014年5月28日 (水)

The Masked Empire 11(2)

 DAプロデューサーのキャメロン・リー氏Twitterによれば、DAI開発フェイズはアルファに移行したそうな。E3(6月10日ー12日、LA現地)がえらいことになる、とのたまっております。

***

 シェムレン、とミシェルの前に立つエルフの戦(いくさ)がしらが冷笑を浮かべて言い、仲間ににやりと笑いかけた。
 ミシェルは荷車のひとつの傍に縛りつけられている。セリーンは近くの地面に敷かれた毛布の上に横たわり、杖からメイジのアプレンティスと見て取れる若い娘の看護を受けている。昨夜より顔色は良くなっているが、昨夜の様子をよく見たわけでもなかったのかもしれない。落下して傷を負った彼女の頭皮は縫い合わされ、エルフの娘が治癒の魔法で炎症を抑えていた。彼女は彼に一言も喋らず、セリーンの身体の上に覆いかぶさり、冷たく白い光を両手から発しており、それがミシェルの肌に虫唾を走らせている。
 エルフの戦士たちはもちろんミシェルに話しかけてきていたが、その語彙は限られていた。

 シェムレン、と再び彼らのかしらが言った。大男で、肩幅が広く、ずっと剣を振ってきたことを示す太い腕をして、ここにいる者たちの中でもっとも年長であった。ここでお前らのような者がどのような目に会うかわかるか、と彼は言って考え込むふりをした。エルフたちが急いでいれば、腐った水にあたった狼のようにその場で射殺(いころ)す。数日ほど時間があれば、「フェンハレルの歯」と呼ばれる遊戯の獲物として駆り出される。

 戦士の何人かが笑ったが、一番若い者は森の方にぎこちなく目を向けた。
 獲物は服を剥ぎ取られ、両手を縛られ、腰から下だけにぴっちりと張り付く固い革のズボンをはかされる。それにはいくつもの小さな釘が打ち付けられている。追手たちは百数える間だけ待ち、その後獲物がどれだけ長く逃げ回ることができるかを楽しむ。一歩進むごとに釘が足の肉に深く刺さっていく。

 自分の足跡は貴様たちを焼き焦がすから、自分には手を触れることさえできないに違いない、とミシェルが顔色一つ変えずに言った。
 不意を突かれて瞬きしていた戦がしらは、気を取り直して言った。キーパー・テルヘンが必要なものを手に入れたら、お前は手を触れられるだけでは済まないのだ、シェムレン。シェムレンという言葉を使うたびに男を間をあけ、ミシェルが頭に来ているかどうか確かめた。剣で一突きされていてもそうするのかどうか、ミシェルは後々のために覚えておくことにした。

 どのみち、戦がしらは失望させられるだけであった。その言葉が発せられるたびにミシェルの微笑みは増していく。
 貴様らの首領が欲するものを手に入れるまで、縛られた相手に虚勢を張るつもりか、とミシェルが尋ねる。自分がよほど弱っているのでもない限り、子供たちでも脅すか、森に向かって叫んでいたほうがましだろう。

 戦がしらはフェラッサンから、ミシェルがシェヴァリエ、シェムレンの偉大な戦士だと告げられていた。本当の剣の達人の腕前を見せつけるべきかもしれん、と彼は言った。荷車の傍で子供たちが棒切れで遊んでいるあれのことか。ミシェルが顎を突き出して、剣の訓練に勤しんでいる戦士たちの方を示す。貴様が稽古をつけさせている男は横に動くときに足を引きずる癖がある。実戦なら、心臓の鼓動三回もしないうちに足を斬り飛ばされる。ミシェルの言葉に、戦がしらも他の者たちも思わずその方向を見た。稽古にもっと時間を費やすべきだし、そもそも貴様は自分自身の欠点に気が付いていないのではないか。

 部族を侮辱した、と戦がしらは片手をあげた。その癇癪を抑えることができず、主人の言いつけを守れないなら、むしろ貴様自身が部族を貶めることになる、とミシェルが言う。貴様の血も、歴史も、暮らしぶりも侮辱はしていない。ただ、無礼を働くゴミくずのくだらないメンツを馬鹿にしているだけだ。

 それも同じことだ、戦がしらがミシェルの顔を強く殴った。ミシェルの視界が再び鮮明になると、エルフはまた笑っていた。身の程を知れ、シェムレン。彼は戦士たちのほうに振り返って見張りを言いつけ、怪しげな素振りをしたら殺せ、と命じた。
 戦がしらが荷車に戻ると、他の戦士たちが見張りについた。

 待つ間、ミシェルは楽な姿勢を取った。しばらくしてからは、身体が鈍らないように筋肉の鍛錬を存分にこなした。一番若い戦士がそれに気づいたが、何も言わなかった。
 任務も、責務もなく、彼はチャントリーの中で瞑想するときのようにくつろいでいた。意識を彷徨わせ、逗留地の中の動きに目を向ける。昼餉の支度をする料理人たち、野菜と香料を混ぜ合わせた野生ウサギのシチューと、三十ヤード離れていてもそれとわかる農奴のパン。小麦と、塩と、獣脂をほぼ等分に混ぜ合わせたもので、食糧に乏しい冬には、農奴の身体を肥えさせる唯一のものと言ってもよい。

 ミシェルがそれを最後に口にしてからかなりの年月が経っていた。年老いたエルフの女性がその一切れに蜂蜜をかけており、彼の母親がミシェルの分にだけほんの少し、働いている酒場からくすねて来た砂糖をかけてくれたことを思い出した。口の中に唾が溜まり、彼は目を背けた。

 若い戦士たちは、剣の稽古を終えて弓を手にしていた。狩人たちがウサギやシカの獲物を手に戻ってくる。長い時間が経つと、ミシェルはこの逗留地が、想像していたようなナイフ耳の盗賊で一杯の洞窟などではなく、まるで軍の幕舎のように手際よく運営されていることを認めざるを得なかった。エルフは誰もが忙しそうで、目的や任務をもって動いており、軍の野営地と異なることには、彼が召使いと見なしていた者たちが、狩人や衛兵たちより低い扱いを受けている様子もない。彼らは身分に関わらず幸せそうに呼び合い、家族のように挨拶をかわし、からかい合っている。 

 ミシェルは、自分の身体を揺さぶる楽曲がいつ始まったのかはっきり覚えていなかったが、そのゆったりとしたくつろぎが、座って逗留地を眺めていた彼を滑らかな調子の中に引き込むのを感じた。その調べには源も旋律もなく、正しくは音色すらなかった。ただ心地よく、まどろむような、まるで子守唄でうたた寝を誘われるような感じがしていた。心のどこかでは、逗留地の他の者たちもその目に見えない調べに捉われて歩き、動きまわっていることに困惑していたとはいえ、心の他の部分では穏やかに満悦した気分だった。

 完璧に自然な様子で、ひとりの戦士が彼の身体に覆いかぶさり、ミシェルの縛めを解いた。戦士の目はうつろで、彼だけが目にする何かを安寧とともに見つめている。他の戦士は見えないものに微笑みかけ、ゆっくりとした調子に乗せて、身体を左右にのんびり揺さぶっている。

 ミシェルは、恐れも躊躇もせず立ち上がった。セリーンの看病をしている癒し手は、ひとり鼻歌を口ずさみながら坩堝で薬草を混ぜている。戦士たちは調子に合わせて膝を両手で叩いていた。自分たちが見張っているべき戦士が立ち上がっても誰一人気にかける様子もなく、ミシェル自身も気にさえしていなかった。彼の心の奥底の声は、剣を手に取れと警告の叫びを発していたが、彼はそれを無視して、自分が囚われていた荷車から静かに歩み去った。
 歩くにつれ、彼は恐れを抱くことなく衛兵たちに背を向け、癒し手の口ずさむ鼻歌の調子に歩調を乗せていた。逗留地の端にいたエルフの偵察たちも彼を気にする様子はなく、ひとりは癒し手と同じ旋律の口笛を吹いていた。

 逗留地を出る径は森の中に続いていた。ミシェルはその旋律が曲がりくねった小路を自分を導くのに任せて気軽な歩調で進み続け、緩やかな斜面を降り、木々の生えない小さな空地までやってきた。 

 そこはまるでメイカーが空地を作るため、そこだけスコップで地面を抉り取ったような場所で、おそらく差し渡し百ヤードほどあるだろう鉢状の切れ込みになっていた。鉢の真ん中には輪の形になるようにいくつも石が並べられており、午後の陽ざしの中で、刻み込まれたルーンがおぼろに輝いている。石の輪の真ん中には、黒っぽい外套を纏ったヒューマンの男の姿があった。彼の背は低く、頭は禿げかかっており、細い黒ひげを生やし、ビーズのように小さくて丸い輝く瞳をしている。
 彼は口笛で調べを奏でながら、指を鳴らし、足踏みして拍子をとっていた。

 ミシェルが石の輪に足を踏み入れようとした直前、最寄りのルーンが閃光を発した。
 蜘蛛の巣が破られるように楽曲が消え、ミシェルは身震いして両膝をついた。まるで深い眠りから目覚めたら、自分が会話の途中であったことに気がついたような感じだ。全てのものが鋭く、鮮やかに見えた。ミシェルの両手の下の草は冷たくてすべすべしており、まるで地面が捻じれているような感じがした。

「ひとつ、笑い話でもどうだい?」 石の輪の中の男が尋ねた。その軽やかな語り口は、セリーンの宮廷で下級の貴族が用いるようなものだった。
 ミシェルの全身は震え、歯は狂ったようにガチガチと鳴っていた。筋肉をこわばらせ、シェヴァリエが薬物や魔法と戦うために用いる、意識集中の鍛錬に無理やり身を委ねる。「何・・・、何だ・・・」

「サー・ミシェル・デ・シェヴィンが酒場にやってきました」 石の輪の中の男が言った。「バーテンが彼を見て言いました。『悪いが、うちにはエルフの食い物はない』 サー・ミシェルが言いました。『構わんよ。どのみち、奴らの肉はろくな味がしない』」男は長く、激しく笑い続けた。

「拙者に何をした?」 ミシェルは苦労して立ち上がり、ただ立っている愚を犯すことなく戦いの構えを取った。足の下では地面がまだ揺らいでいたが、意識集中の鍛錬は役に立った。平板でゆっくりした呼吸を整え、全身から噴き出す冷や汗は無視した。

「衛兵たちを惑わせ、忌々しいナイフ耳どもの縛めから君を解き放った」 石の輪の中の男が愉快そうに言った。「それもすべて、施しのため」 男は頭をこくりと下げた。「ああ、具体的にかね? フェイドのちょっとした芸当で、回りの者たちが君のことを気にかけないように啓発したのだ。面倒な立場から逃げるときに役立つ。女性の裸を眺めるときも、いや」 彼は付け加えた。「やったことはない。それはいけないことだろうから」

 ミシェルは男を見て、石の輪を見た。「貴様、ディーモンだな?」
「スピリット」 男が言い、にこやかに笑った。「イムシャエルとお呼びいただこう」
「なぜ?」
 イムシャエルは、それが男の名前だとしたら、微笑んだ。「まあ、何か呼び名はいるだろう」
 ミシェルは睨み付けた。「なぜ、拙者をここに連れて来た?」 
「君を連れて来たのは、私も君も似たような問題を抱えているからだ」 イムシャエルは前に進み出て、石の輪の縁まで近づくと薄ら笑いを浮かべた。「我々ふたりとも、どこかに行き、誰かになりたいのだが、そうできない」

 ディーモンは草の上を歩いても足跡を残さない。彼の黒い外套は上品に仕立てられ、黒いブーツの留め金は輝いている。
「貴様のようなともがらの話は聞いている」 ミシェルが言って、昔聞いた物語の記憶を呼び覚ました。「貴様は欲望のディーモンだ」

選択のスピリット」 イムシャエルは決して笑顔を絶やさない。「私が欲望のディーモンに見えるかね? 服を脱いで、すけすけの衣装でも身に纏えと?」 ミシェルが睨み付けると、ディーモンはため息をついた。「スピリッツにも色々いるのだ、若いの。愛のスピリット、名誉の、武勇の、正義の・・・」 彼は上の空で手を振りながら、石の輪の縁を歩いた。「そして、そう、また憤怒も、貪欲も、傲慢も。我々は皆、ヴェイルを通り過ぎるとき、こちらの世界との何らかの繋がりを抱いている」

 ミシェルは輪の外側を、ディーモンに歩調を合わせながら歩いた。ディーモンから受けた影響が何であれ、彼の身体はそれから概ね回復していたが、まるでちょっとした鍛錬を終えた後のような、ほぐれた四肢の震えは残っていた。彼の足の下では、黄色の秋の草が踏みつけられている。「そして、貴様がここにいる目的は何だ?」

「何もない、今回は。あの忌々しいエルフどもが、私をこの輪の中に召喚したのだ」 イムシャエルは、通り過ぎがてら石の一つを拳で叩き、弾けたエナジーの閃光が彼の手に突き刺さると顔をしかめた。「ここに囚われた。ここから出ることもできず、フェイドに戻ることもできない。自分の力を用いることさえできないのだ」
 ミシェルは彼の周囲の者全ての心を操った楽曲を思い出した。「逗留地丸ごとを相手に力を用いたではないか」 
「何、あの芸当か?」 イムシャエルは気取った笑いを浮かべた。「よしてくれ。私のは、もう少しばかり・・・、大きな結果をもたらすものだ」

 ミシェルはしばし黙り込み、諦めて尋ねた。「なぜ彼らは貴様を呼び出した?」「彼らは、彼らの歴史の断片をもう一度手に入れる手助けを私に求めている。歴史には通じているかね、サー・ミシェル?」

「そうでもない、ディーモン」 ミシェルは歩き続けている。
「いいかね、君はハラムシラルが古いエルフの首都であると考えているが、それ以前、テヴィンターの若僧たちが悪ふざけをする前、エルフたちが故郷と呼んでいた、ずっと偉大な土地があった」
「アーラサン」

 イムシャエルはにやりと笑った。「ああ、愛するエルフの母親から、スラムで教わったことを、君はちゃんと覚えているじゃないか!」 ミシェルに睨み付けられ、彼は許しを請うように両手を掲げた。「すまん、すまん。君たち定命の者たちは、頭から漏れ出る考えに触れられると、いつも気に障るのだった。そう、アーラサン。だが、それですら古の帝国の首都に過ぎない。全てが、オーレイも、フェラルデンも、それから西のありとあらゆるところが、エルヴェナンの一部だったのだ。だから、オーレイのほとんどどこであっても、十分深いところまで掘り返してみれば、高貴なエルフの亡骸が葬られた古い墓陵に行き当たる」 イムシャエルは目を細めた。「そして結局のところ、そうした墓陵のほとんどがエルーヴィアンで互いに繋がれている」

 ミシェルは足を止め、ディーモンに顔を向けた。「オーレイの地下に秘密の通路があるというのか?」
 イムシャエルは鼻を鳴らした。「秘密の通路? そうではない、若いの、ドワーフではないのだから。エルフはあまり歩かなかったのだ。エルーヴィアンは魔法の鏡だ。そのひとつに踏み入れば、どこでもない場所をほんの少し旅することで、馬でも数日は要するくらい離れたどこか別の場所に出てくることができる」 ディーモンは再び別の石を叩き、指先に突き刺さるエナジーの閃光に顔をしかめた。「古のエルフの魔法。常に敬い給え、古のエルフの魔法を」

「そして貴様は、それらを旅のために用いる」 ミシェルはディーモンをまじまじと見た。これは罠だ。必ず罠が仕掛けられている。若者がディーモンと取引をすることになるどの物語でも、必ずディーモンが罠を発動させる。
 鍵となるのは、若者がその罠を逆手にとってディーモンをやり込めることができた物語もいくつかある、ということだ。

「そう、君たちはそれを旅に用いる。君は聞き上手だな。ジェイダーからヴァル・ロヨーまで、望むなら陽の光を目にすることなく旅することができる」 イムシャエルは立ち止まり、ミシェルに視線を投げた。「余計なことは考えるなよ、シェヴァリエ。極めて古い種類の危険な魔法であるし、呪文の中にはただ単に君を焼き焦がしてしまうものがあるかもしれん。君がその地下で魔法の剣を手に入れることなどあるとも思えん」 再び歩き出した彼は、依然として足跡を残していない。「ともかく、エルーヴィアンは君の仲間がハラムシラルを占領して以来、用いられずに眠ったままだ。我らが友であるキーパーは、私にそれらを目覚めさせようとした」

 ミシェルは追い付くため歩調を早めた。「では何故、彼の望みどおりにしない?」
「私のことを深く慮ってくれているのかね? そいつはじんとくるね」 イムシャエルは微笑んだが、すぐに歯を剥き出しにした顔つきに変わった。「彼は私が必要なものを手渡すことができない。憤怒のディーモンは怒りを糧とする。傲慢のディーモンは、毎朝人々が鏡を見るときに用いる妄想を食する。そして、私には選択が必要だ。テルヘンはエルーヴィアンを目覚めさせることを欲しながら、それ以上のことは何もない。彼は彼の行いの影響を手渡そうとしない。この意味がわかるかね?」
「わからん」
 イムシャエルはほくそ笑んだ。「正直な男だ。まあ、概ねは。私のため定命の者をひとりここに連れてきて、そこにある忌々しい石のひとつの上にその手のひらから血を滴らせてくれたのなら、サー・ミシェル・デ・シェヴィンの物語を真実に変えてみせる。私が君にそう言ったら、どうするかね?」

 ミシェルは瞬きをした。「どうやって?」
 「君の後援者であったブレヴィン侯爵が偽造者に金を積んだやり方よりも、ずっと巧妙な方法で」 イムシャエルはにやりと笑い、彼のビーズのような瞳が、老いた者の笑い皺に囲まれた中で輝いた。「いくつかのスピリッツたちがいくつかの夢の中で囁く。いくつかの文書は自分の行いを決して覚えていない者たちの手で改竄される。次にギャスパードのバードの誰かが掘り返したところで、彼女が見つけるのは、ミシェル・デ・シェヴィンが正真正銘自ら名乗る身分の男であり、現に生きている者たちが、高貴かつ正直で、一点の曇りなくヒューマンの生れであるところのサー・ミシェル、君と一緒に育ってきたことを覚えていると、悲しくも不在となられたメイカーに誓うのだ」

「そして、見返りは?」
「私はこの忌々しい輪っかから外に出て、石に血を滴らせた者の身体の中で生きていく」 イムシャエルは深く、楽しそうに息を吸った。「私が最後にこの世界を眺めてからしばらく間が空いた。少し見て回りたいと思っている」
 ミシェルは立ち止まり、怒りとともに歯を食いしばった。「貴様は拙者に、どこかの哀れな生き物に貴様を憑依させ、呪われた存在に変えろというのか?」
「そう」 イムシャエルが彼のほうに振り向くと、ディーモンの顔は笑顔のままだったが、その瞳は燃え上がっていた。「あまり心地よいものではないだろうな? だからこそ、選択なのだ」

 ミシェルは踵を返し、また歩き始めた。彼は自分の前の足跡を見て、すでに石の輪を一周していたことに気が付いた。「ここで貴様を叩き潰すべきだろうな」
「そこらのルーンを二つばかり壊せばよい」 イムシャエルは歩調を変えずに言った。「もちろん、君は残りの人生全部を、いつか誰かが正体を暴くのではないかと覚悟しながら生きることになる」
「拙者は拙者が誰かわかっている」 ミシェルはそう言って、空地と、ディーモンを後にした。

 逗留地の縁にいる偵察たちは、彼の姿を見かけて飛び上がった。彼らの弓が見事な手際で掲げられ、狙いをつける間ですら、警告を発する叫び声をあげた。彼らの目は見開かれ、途方に暮れており、本当であればミシェルが縛りつけられているべき逗留地の一画を振り返って一瞥を送った。

 ミシェルは両手をあげた。「降参する」 彼は言った。「女帝陛下のところに連れて行ってくれ」
 しばしの間、彼はただ単に射殺(いころ)されるのではないかと思っていたが、視線を交わした彼らは、代わりにミシェルのほうに近づいてきた。ひとりが残って引き続き弓を構え、他の者たちが彼を掴んで、地面に引きずり倒した。

 彼は不平一つ言わず罵倒と、殴打や足蹴りに耐えた。そうすることでセリーンの元に連れ戻されるのであれば、御の字だった。
 彼は、彼女がオーレイを奪還する手段を知ったのだ。

*** 

 いいっすねえ。ディーモン登場。俄然やる気が出てきますねえ。Asunderに続いて、召喚されたはいいが結界から外に出ることができず、異界にもどることもできず、悶々とするという定番、お約束のディーモンのネタ。過去のヴィデオ・ゲームにも数限りなく登場してますねえ。

 「選択のスピリット」と詐称するディーモンが「私の力はそんなもんじゃない」とうそぶくところ。"My power is a bit more ... consequential."と言っているのですが、「重大な結果を招くもの」という感じですね。そして「選択のディーモン」は、"consequence"、選択(行為)の結果、帰結、影響を求める、と言い放っております。DAシリーズの楽屋落ちみたいなもんですかねえ。

 なぜかディーモンの名前は聖書風というかユダヤ風なんですね。Ishmael だと、これは聖書に登場するイシュミエル(イシマエル)で社会の敵。上に登場するのはImshael。DA2には名前だけ登場していました。「イムシエル」のほうがもしかしたら発音近いかもしれませんが、DA2ではCODEXのみで、読み上げられたわけでもないでしょうから不明。素直に「イムシャエル」にしときました。 

「意識集中の鍛錬」は、"centering exercise"で、現代ではどうやら意識を集中させる(自分を世界の中心に置く)怪しげな?精神鍛錬法を言うそうですが、シェヴァリエの訓練ではどんなのだろう。centeringには「せり枠」(アーチのてっぺん)の意味もあって、そこでもバランスを崩さず活動することかなとも思いましたが、わかりにくいし、違うだろうから直しました。

 ジョークはねえ・・・。本邦某有名コメディアンが、「コメディーは(国ごとに)ローカル」とのたまっていましたが、あちらのコメディアンも似たようなことを言っていた。難しい。

 ディーモン(イムシャエル)のジョーク。原文だとすっと意味が分かる。私の訳で通じるのかどうか。

 Sir Michel de Chevin walks into a tavern. The barman looks at him and says, "We don't serve elves here." Sir Michel says, "Fine with me. There's no good meat on them anyway." 

 ジョークの分析は野暮。"serve elves"には二重の意味がある(ダブル・ワーディング)というネタであるとだけ申しておきましょう。

 類似品には、こんなのがある。(英語が苦手な)某国民をバカにしたエスニック・ジョークですので、ぼやかします(というか英語も○○人の部分も、かなりインターチェンジャブルなのですが)。 

 男が酒場に入ってきて、○○人を茶化した新しいジョーク仕入れて来たぜ、と満面の笑みで言う。
 バーテンが男に言う。「いいか、言葉には気を付けろ。俺も、隣のこいつも、それからそこに座ってるお客のそいつも皆○○人だ。」
 「わかってるって」 男がにこにこしながら言った。「ちゃんとわかるように、すごいゆっくり喋ってやるからよ」

2014年5月26日 (月)

The Masked Empire 11(1)

 また固有名詞で悩むことになるところ。

***

 第十一章

「恐るべき狼の名に懸けて、どうして連中を連れて来た?」 
 テルヘンという名のデーリッシュのキーパーは、中年のエルフの男性だった。背負っている赤く輝く杖は、昨晩仲間の矢に点火したものだ。刺青の下の顔は疲労のため皺深く蒼ざめ、髪は銀色になっていた。ブリアラには、もしかしたら優しい顔に見えたかもしれないが、彼はこの朝、デーリッシュの逗留地の真ん中で、憤怒で顔を真っ赤にしてフェラッサンを怒鳴りつけており、ブリアラ自身は、大きな荷車のひとつに後ろ手に縛りつけられて座っていた。 

 フェラッサンはにやりと笑った。 「新しい知り合いが必要だと思ってね」
 デーリッシュ・キーパーは怒っているような身振りをした。「何年もかけて相応しい場所を見極め、呪文を準備した。必要なものを手に入れるため、シェムレンと接触する危険さえ冒した」
「それなら、すでにヒューマンと接触しているのだから、別にいいじゃないか!」

「今」 テルヘンは、フェラッサンがまるで言葉を発しなかったかのように続けた。「必要なものを手に入れるのが、ここまで間近に迫ったとき、お前はヒューマンの貴族と彼女のチャンピオンを連れて来たのだと?」 テルヘンは嫌悪のため顔を歪めた。「ヴァーネーン族はすでに汚名を帯びているのだ! お前の馬鹿げた考えがなくても、それからその女のもだ!」 彼はブリアラのほうに振り向いた。

 彼女は背筋を伸ばし、彼の顔を睨み付けた。「アベラス、ハーレン。軽視するつもりなどありません」
「よせ、娘」 彼女の言葉は彼の怒りをいくばくか鎮めたらしく、彼はため息をつき、フェラッサンのほうに向きなおった。「私が野良猫どもを引き取るとでも? どうしてこの娘を自分の一族に送らないのだ、それだけ役立つのなら? 少なくともメイジなのか?」

 それを聞いて、フェラッサンは無表情になった。「何年もの間、私が与えた情報を手に入れて来ただろう、テルヘン。それらは彼女から手に入れたもので、彼女が自分の民だと考えている者たちへの贈り物だったのだよ」
「健気な心意気だ」 テルヘンは疲れたように顔を拭った。「だが、なぜここにいる?」

 ブリアラは背筋をさらに伸ばした。「オーレイのエルフは虐げられています、キーパー。大公ギャスパードが権力を握れば、さらに虐げられることでしょう。女帝セリーンの復帰を支援すれば、あなたは、オーレイのエイリアネイジに住む多くのエルフを救うことができるのです」

 テルヘンは両目を閉じ、顔をそむけた。「アベラス、ダーレン」 彼は静かに言った。「だが、オーレイのエイリアネイジに、私の民はひとりもいない」

 それからブリアラは静かに座ったまま、議論を聴きながら、逗留地の様子を見回した。大きな荷車、アラヴェルと呼ばれるそれらは、小さな街の建物のように円形に配置されている。いくつかの目的はわかった。ひとつは弓矢の道具用だ。近くでデーリッシュの子供たちが的当て遊戯に興じている。野菜で一杯の木箱を積み、側に燻製肉を吊るしているアラヴェルもある。第三の荷車の後ろでは、デーリッシュの戦士たちが模型の敵に木製の剣を振るっている。彼らの動きを観察したブリアラは、ヴァル・ロヨーのセリーンの邸宅で百回は目にした訓練と同じであることを見て取った。

 彼らは彼女の民ではない。
 その言葉に傷つくべきであったかもしれなかったが、彼女の心はその代りに虚ろであった。笑い声をあげながら遊ぶエルフの子供たち、技についての冗談を飛ばすエルフの狩人たち、弟子たちが朝飯の皿を用意している間、古い歌を歌うエルフの料理人たち。荷車の開いた扉から、まだ寝ている一組の老男女がいびきをかいているのも目に入った。お姫様はおらず、フェイドのスピリッツがアラヴェルの間を行き交って洗濯をするのでもないが、彼女が想像できたであろう以上のことに満ちていた。誰一人、首をすくめたり、ヒューマンを不安げに見ていたりしていない。誰一人、ヒューマンが野営地に入ってきて面倒を起こすことを恐れていない。

 そして、彼らはエイリアネイジが焼かれるに任せ、それというのも、エイリアネイジのエルフは彼らの民ではないからだという。

 彼女はフェラッサンとテルヘンの間の議論に意識を戻した。デーリッシュのキーパーは、もはや大声を出してはいなかった。彼は疲れているように見えた。フェラッサンは、いつものように冷静で、薄笑いを浮かべていた。

「よかろう」 とうとうテルヘンが言った。「お前の・・・、弟子は・・・、野営地を歩き回ることを許すが、お前が身元を預かるのだ。そして彼女がエルガーアルラに近づくようなことがあれば、彼女の命はない。シェムレンの戦士は縛りつけたままで、貴族の方は目を覚ますまで見張りをつけておく。私は一族の長老たちと話をして、その貴族の話を聞きたがるかどうか確かめる」

 彼が苛立たし気に身振りをすると、細い杖を手にした若い女性が近づいてきて、ブリアラの縄を解いた。まだはたち前であろう彼女の顔の刺青は新しくて鋭く、せいぜい一年前に彫られたものだろう。彼女の指は器用だが、手作業によるたこができていた。彼女の衣装の生地はヒューマンとの交易で手に入れたものに違いないが、ブリアラの知らない優雅な縫い方がされており、毛皮と針金細工が施されたいくつものクリスタルで縁どられている。

 ブリアラが彼女の顔色をうかがうと、そこには嫌悪こそなかったが、歓迎もまた見当たらなかった。
 テルヘンとその若い女性が去り、フェラッサンが手を貸してブリアラを立ち上がらせた。
「今まで教えてくれませんでしたね」 彼女が言った。
「ああ、ブリアラ、ところで、君のこれまでの人生ほとんどで理想化していた民は、実のところ思い上がった馬鹿野郎どもだったよ」 フェラッサンは首を振った。
「話は聞いたか?」
「はい」
「話を聞いていたか?」 彼の表現に違いはなく、彼はアラヴェルの間を抜けて歩き始めた。ブリアラが彼に続いた。

「気にもかけていないと」
「その通り。まあ、それは言い過ぎか。彼らは過去のことは気にかけている」 フェラッサンはエルフの言葉で歌う料理人のひとりを指さした。彼女がパン生地をこねている安手の真鍮の鉢には、かまどの女神シライーズの像が描かれている。「実際のところ、ものすごく気にかけている。彼らの人生は、古い断片を探して保存し、後世に伝承することに費やされる。古の言葉、古の帝国、古の秘密。だが今の時代は?」 彼は肩をすくめた。「今の時代の方がずっとつまらないようだ」

「そして、私たちが耐え忍び、燃やされて苦しんでいる間、彼らは古い遺跡を掘り返して、エルフ語で『ダイアモンド』は何というかでも調べているのですか?」 ブリアラは逗留地を見回しながら、声を低く抑えた。
「ミダージェン」
「私は彼らに手を貸した」 彼女の声が少し大きくなった。「彼らの民じゃないエイリアネイジのエルフたちだけじゃなく。私は彼らを手助けした、あなたを通じて何年もの間」

「わかっている、ダーレン。テルヘンもわかっているが、それを認めるのを嫌がっているのだ」 フェラッサンが側らを見て、ブリアラは、逗留地を出て森に向かう自分たちをエルフの狩人たちが見ていることに気が付いた。
「おかげで、君と君の友人たちがまだ生きているんだ」

「どうするのです?」 彼女は尋ね、森のほうに注意深い目を向けた。朝の光の中では、茶色くなった枯れ葉をまだ枝につけたままのただの木々にしか見えず、どれも命を宿して襲ってくる様子はない。「他の部族に頼れないのですか? あなたの一族とか?」

「ああ、それはない。私の一族はこの近くにはいない」 フェラッサンは表情を曇らせた。「名前に反して、デーリッシュのほとんどの部族はデールズから逃げ出してしまっている。誰かが皆いっぺんに攻撃を仕掛けることが難しくなるように散らばったのだ。君の女帝が、ヴァル・ロヨーに帰還する手助けを欲するなら、ギャスパードよりも前に・・・」 彼は肩をすくめた。「癒し手たちが彼女を目覚めさせるのを待つ。彼女は説得することに長けているといったね。昨晩は木々まで動かした」 彼はぼんやり笑った。「もしかしたら今日、彼女は山々を動かすかもしれない」

*** 

 エルフ語はそのまま読めばまず大丈夫なのに、デーリッシュの固有名詞は難しい。
 アラブ風、トルコ風、インド風みたいな音をまねているのかな。

 キーパーの名前は、Thelhen。色々読めそうですが、「テルヘン」と素直に読んでおきます。部族名はVirnehn。「ヴァーネーン」。その他は出た都度書いていくことにします。

 前章とここで二回出てきました、"A lovely sentiment." 「健気な心意気」としていますが、DAシリーズで、"lovely"が出てきたら要注意ですね。かのDAOの名作トレイラー、"Sacred Ashes"では、冒頭モリガンが使っています。

"The legend says that the tomb sits atop this peak."
"Lovely. We can freeze to death while digging for the bones of a mad woman."

ウォーデン「伝説では、墓陵はこの頂上にあるという」
モリガン「素敵。狂った女の骨を掘りあてる間に、凍え死んじゃうなんて」

 意味は「うんざり」です。馬鹿にしている、皮肉を言ってるんですね。

 

2014年5月25日 (日)

The Masked Empire 10(4)

 第十章終わらせましょう。

***

 ブリアラは、どれだけ長い間逃げてきたのか見当がつかなくなっていた。深い森は月光を通さず、フェラッサンの杖の光に照らされる無害な木々でさえ、走る彼らを引き留めようと手を伸ばしているように見える。

 ブリアラは、枯れ葉に隠れた根茎に足を取られ、剥き出しの枝で顔を引っ掻かれ、肩と膝は鎧で擦れ、下着は汗まみれになっていた。フェラッサンは刺青の顔で疲労と苦痛を隠し、杖で釣り合いの取れない両脚の歩調を支えている。セリーンは紅潮しているが、決意に満ちた眼差しに全ての不快さを隠していた。サー・ミシェルだけがいつものとおり、規則正しい平板な呼吸で、中の鎧がガチャガチャ鳴っている袋を背負って走っていたが、その顔は泣き腫らして赤く、汚れていた。農奴たちなら顔色も変えず殺すシェヴァリエが、愛馬のためには涙を流した。 

 後方から、木が砕け、根が裂ける音が追いかけて来る。シルヴァンどもが仲間を呼ぶのか、森全体がやつらになってしまったのか、仲間の警告で目覚めたのか、ブリアラにはわからなかったが、フェラッサンに尋ねる息も惜しかった。

「どこまで来る気?」 あやうく衝突しそうになった木を突き放してブリアラが尋ねた。
「知る由もない」 フェラッサンが言って、杖を根に引っ掛け転びそうになる。「やつらが興味を失うまで。やつらは・・・」 彼は息を吸い、低い繁みに足を踏み入れて唸った。「感情に対して怒っている。嫉妬しているんだ」

 感情。彼女とセリーンは口論した。それからセリーンが彼女を抱きしめた。
「こちらの足のほうが早い」 ミシェルが言って、セリーンが通れるように枝を脇にどかした。「この調子で行けば、やつらも最後には諦めるしかない」

 ブリアラはセリーンの視線をとらえた。女帝の目はまだぎらぎらしていたが、顔は疲れ切って蒼白だった。「あとどれだけ行けるかしら」
「だめよ」 セリーンがつまづいた。「こんなところまで来たのは」 彼女は自力で立ち直り、仲間に追いついた。「に殺されるためじゃない」
「健気な心意気だ。前を」 フェラッサンが空いているほうの手で示した。「水だ。やつらの動きを鈍らせる」

 ブリアラはよろめきそうになる足で必死に駆けた。頭を上げ、肺一杯に空気を吸おうとして、枯れ葉の下の岩に気が付かなかった。足を滑らせた彼女は、地面に手ひどく打ち付けられた。
 咳き込む彼女の腕を温かい手がつかむ。「大丈夫か?」 サー・ミシェルが尋ねた。淑女を敬うシェヴァリエの鏡だ。彼の後ろでは、青ざめた顔をしたセリーンが両手を膝につき、荒い息をしながらブリアラのほうを心配そうに見つめている。

 ブリアラは自分がまだましな姿だと思っていた。セリーンが芸術家と接遇する間、自分は古い倉庫の中で汗だくになるまでダガーの稽古をしていた。彼女は、一日中馬上で過ごしてやつれた女帝の姿を見て、にやついていたのだ。
 だが、恥ずべきことに、ブリアラは口を利くだけの息すらできなかった。彼女は素早く頷くと、フェラッサンの後ろからよろよろ続き、ミシェルとセリーンがさらに続いた。彼らの後ろから、怒れる木々の騒音が聴こえる。

 フェラッサンが見たのか、魔法で察知したのか、または元々知っていたのか、ブリアラにはわからなかったが、水とは渓流のことだった。春先には奔流が飛沫をたてて流れているだろうが、長い夏が終わり、秋にはこれまで雨も降らなかったので、水は土手のずっと下の方を流れている。フェラッサンは杖で平衡を保ちながら躊躇せず傾斜を跳び下り、膝まである水に浸かった。

 続こうとしたブリアラは、最後の一歩で乾いた土が崩れるのに脚を滑らせ、危うく水の中に落ちそうになった。彼女は岩と泥の間をなんとか伝って、ほとんど対岸のほうまでやってきてから、振り返った。
「フェラッサン!」 ブリアラの喉はからからで、叫び声はひび割れ、調子はずれだった。
 彼は対岸の土手の上で膝をつき、両手で杖に寄り掛かり、荒い息をしてブリアラを見下ろしている。 「急げ!」

「彼らはどこ?」 ブリアラは自分が滑り落ちた土手の上の闇を見つめたが、何も見つからなかった。鎧の鳴る音もせず、怒れる森のたてる音だけが聴こえる。闇の中、彼女は木々が揺れているのが見えた。
「来るんだ、ダーレン!」 フェラッサンが呼ぶ。「シルヴァンどもはそこまで来ている!」

 やつらは感情に惹き付けられる。彼はそう言った。
 彼女はいまだに怒り、傷つき、裏切りに打ちのめされており、セリーンが告げた真実も、闇の中ですら隠し立てなくセリーンの顔に浮かんだ傷心も、まだなお足りなかった。
 だがその下では依然として、セリーンを二度と永久に目にすることがないかもしれないとの考えが、彼女の腹の中に暗く空っぽの穴を開けているのだった。

 ブリアラは唾をのみ、長く息を吸った。それから彼女はよろめきながら渓流をに進み、緩い土に震える指を沈め、自分の身体を土手の上に持ち上げた。
 フェラッサンの杖の光は影を色濃くするだけで、こちら側ではほとんど何も見えなかった。土手をよじ登る彼女の前に、木々が砕け落ち、木の葉を乱暴に振りまきながら動く巨大なシルヴァンの姿が現れて来た。そいつは、横にいる何かに激しく打ちかかっている。 

 それはサー・ミシェルだった。シェヴァリエの鎧はまだ袋の中で、両手に女帝を抱えている。闇の中でもブリアラには、セリーンの青ざめた顔と、彼女の頭皮から流れる血を見ることができた。
 シルヴァンの一撃が、ミシェルが肩に担いでいる鎧の入った袋に当たり、木々の間でよろめかせる。彼はセリーンの身体を地面に横たえると、空いた両手に長剣と盾を構えた。

 彼は這い寄ってくるブリアラに怪訝そうな顔をした。「逃げなかったのか」
「そうみたい」 ブリアラはセリーンのところまで来て、喉の脈を確かめた。生きて、息をしている。 「逃げ切れる?」

 ミシェルは長剣の力強い一振りで、シルヴァンの腕から枝を斬り落とした。「渓谷に辿りつく前に叩き潰されてしまう」 彼は一撃を受け流して呻いた。「彼女を安全なところに運んでくれないか?」

「無理だと思う」 セリーンの指輪のひとつは、どんな武器にも焔を纏わせる。ブリアラは疲労と、この世のものではない咆哮に震えながら、セリーンの手をいじくりまわした。
「陛下!」 ミシェルが叫び、別の一撃を飛び退って避け、シルヴァンの幹から結構な塊を削り取った。 「陛下、起きてください!」

 闇の中、ブリアラには指輪の見分けがつかなかった。彼女は両方とも外し、それらを自分の指になんとか嵌め込んだ。

 彼女は立ち上がり、弓を掲げ、矢を一本取り出してつがえた。ルビーの指輪が焔をあげるとき、思わず叫び出しそうになり、その焔が矢に移った。

あなたこそ、彼女を安全なところに運んでくれる?」 彼女はそう告げると、シルヴァンの幹に向けて焔をあげる矢を放った。そいつは焔にたじろぎ、苦痛の咆哮をあげた。
 ミシェルが振り向き、当惑した間抜け面で見つめると、ブリアラは別の矢をつがえて撃ち、さらに撃ち、目前の化け物の木の葉も枝も炎で覆った。「拙者は・・・、承知した」

 彼らの前の木々が裂け、別のシルヴァンが燃えあがる仲間に衝突する。ブリアラはそいつにも焔の矢を撃ち、セリーンの愛らしい蒼白い顔をちらりと見下ろした。「では、行って」 彼女は言った。「私は・・・」 

 四十本もの矢が、眩い紅の焔をあげながら夜の闇を照らし、彼女が言葉を失う間、シルヴァンどもの頭上から降り注いだ。
 驚いたブリアラが振り返ると、渓谷の対岸の上に焔の列が並んでいる。それらが一瞬踊るように動くと、再度夜空を照らし、シルヴァンどもの上から矢が降り注いできた。

 燃えあがり、苦痛の唸り声をあげ、シルヴァンどもは地面から根茎をもぎ取り、周囲の木々を打ち倒しながら、我勝ちに森の中に逃げ込んでいった。ブリアラはやつらが逃げる音を聴きながら、ようやく両脚の冷たさを感じるまで、自分が両膝をついていたことに気が付かなかった。

 ミシェルは彼女とセリーンの傍に立っていた。「ついていた」 表明というよりも、質問のような口調で彼はそう言った。
 ブリアラは渓流の向こう側の射手たちのほうを見た。ひとつの紅の焔だけが他よりも明るいこと以外、何もわからなかった。その近くの緑の焔、彼女はそれがフェラッサンであることはわかった。

 それから、渓流の川底から射手の何人かが優雅な身のこなしで登ってきた。彼らは簡素とはいえ美しい、しなやかな革の鎧を身に着け、アイアンバークの長剣の刃をすっぽり覆う紅の焔は、彼らの顔の刺青を躍らせている。

 ブリアラは、フェラッサンを除くと、はじめて出会うことになるデーリッシュ・エルフを見つめた。「マ・セラナス」 彼女はたどたどしく告げた。 「あなたたちは命の恩人です、それから・・・」
「彼の言ったとおりだ!」 デーリッシュのひとりが渓谷の向こう側に叫んだ。「平ら耳ひとりと、シェムレンふたりだ」
「縛り上げろ!」 年配の者の声がして、彼女の前に立つエルフが頷いた。「逆らったら殺せ」

 彼女の側らで、ミシェルがセリーンを見て、それからエルフたちを見た。そして、うっすらと笑うと、剣を落した。

「やっとのことで、ブリアラよ、お前の民を見つけたな」

*** 

 シルヴァン(sylvans)。DAOでも、DAOAでも、おなじみでしょうが・・・。
 またマニアックな、というかマイナーな化け物を登場させるのですね。

 デーリッシュの森の中、薄くなったヴェイルを通ってフェイドからやってくるスピリッツが憑依する相手は、木々ですか。
 本来、スピリット(ディーモン)は、フェイドでは手に入らないものを欲する。「感情」を有する生きたヒューマノイドに憑依したいわけですが、それも能わずたまたま憑依したのは木。
 「感情(の持ち主)に嫉妬する」というのは、そういうことでしょうか。 

 デーリッシュ中心の話であるし、セリーンとブリアラの間の確執がシルヴァン登場の引き金となった、とやりたいのだろうから辻褄は会うのですが、どうせなら、もうちょっと派手な化け物というわけにはいかなかったのでしょうかね?
(まあ、勝手に翻訳している身で言うことじゃないが、あまり気乗りせえへんかった)

 「指輪物語」では、感情も自意識も、知能もある木、「エント」(ents)が登場します。これもDnDでは、「ミスリル」が「ミスラル」に変わったように、オリジナルとの版権争いを避けるために「トレント」(treants)と名を変えています。ただし、概ね「中立にして善」。シルヴァンのように嫉妬に狂うような化け物ではないですね。

【DAI】ウインター・パレス

 先日、DA Twitterにハラムシラルと説明書きのついた画像が出ていました。そのときも書きましたが、この街を敢えて取り上げる理由がわからず不思議でした。

 案の定、「冬の宮殿」、ウインター・パレスの画像だったようです。

Winter_palace

 この画像はBioWareのデザイナー、アーティストへのインタヴュー記事のものですが、彼らはさすがに、ゲームのプロットを漏らすようことはしていません。言えることは、「冬の宮殿」が舞台になるのは間違いない、くらいでしょうか。

【DAI】オリージャン・シヴィル・ウォー

 ろくな情報を出さないくせに、小説"The Maked Empire"のネタバレはする、EAの公式・・・。

 もちろん、どんな内容かは、ここに書きませんが。

Civil_war

 

 小説がリリースされたのが4月ですから、まだ2か月も経っていないこの時期にネタバレはないと思うよ・・・。

 発売前のヴィデオゲームをノヴェライズするのだから仕方がないといえばそれまで。

2014年5月22日 (木)

The Masked Empire 10(3)

 切るところ間違えたかも。 

***

 ブリアラに歩み寄ってきたフェラッサンの杖は緑色に輝き、彼の身体を包んでいた。
「それ以外では、どうにもならん。シルヴァンどもは火と魔法以外はまず何も恐れない」
「剣を恐れぬとは浅はかな」 サー・ミシェルがセリーンの傍にやってきて、頭上に持ち上げられた枝の腕を剣で斬り落とした。フェラッサンがシルヴァンと呼んだ化け物は苦痛の咆哮を上げ、別の腕でミシェルを薙ぎ払おうとする。ミシェルが剣でそれを振り払い、シルヴァライトの刃で木を切り刻みはじめると、そこにセリーンも駆けつけ、焔に包まれたダガーでシルヴァンの幹に何度も何度も斬りつけた。

 彼女の後ろでは、別の火の玉が当たったシルヴァンが悲鳴をあげて後ずさりし、木の葉が萎びて灰になるまで自分の身体を叩いていた。セリーンは、別のシルヴァンがフェラッサンに腕を振り下ろすのを見たが、両者の間の地面そのものが隆起して壁のようになり、一撃を跳ね返した。ブリアラは後退して弓を引いた。放たれた何本かの矢は木を裂いて、幹に深々と突き刺さったが、化け物たちはそれに気が付いてもいないようだった。 

「まだ来るぞ!」 フェラッサンが言った。「私を残して君たちは、いつでもお引き取り願ったほうが・・・」 彼は杖を掲げ、すでに燃え上がっているシルヴァンにまた別の火の玉を投げつけた。そいつは咆哮し、よろめき、そしてついに崩れ落ち、焔がそいつの内部から燃やし尽くした。焔の光の中で、フェラッサンは汗だくで荒い息をしている。

 ミシェルは根に斬りつけ、大きな棍棒のような腕を盾で弾き返すとき、後ずさりした。「陛下?」
 「こっちよ!」 セリーンが突進し、ミシェルを攻撃しているシルヴァンに斬りつけ、もう一方の大きな腕のひと振りを素早くかわして後ろに下がった。「焚火へ!」

 他の皆が続いた。彼らの足音と息遣いが聞こえ、それらは彼女自身のもの同様に早く、追ってくる化け物の不快な切り裂くような騒音に紛れかけていた。「フェラッサン、やつらはどこまで追ってくるのです?」
「激怒と憤怒のスピリッツどもだ」 彼女のすぐ後ろで、フェラッサンは息を切らしている。「君は恨みをどのくらい長く抱き続けるかね?」 

 セリーンは野営地に着いた。シルヴァンどもが後ろに続いているが、その動きは遅い。「ブリアラ、持てるだけ持って。ミシェル、馬をお願い。フェラッサン、炎の用意を、もし・・・」
 そのとき彼女の前方から、喉を締め付けられたときの悲鳴のようないななきが聞こえ、彼女を跳び上がらせた。野営地の向こう側の端、馬が結わえられていたところから、木が裂け、枝が捻じ曲がる音が聞こえてくる。

 しばしの後、チェリテンヌ、ミシェルの美しい軍馬が空地に倒れ、その脇腹は血にまみれ、脚は折れ、もがれた小枝のように捻じ曲がり、ただ皮一枚だけで繋がっていた。馬は悲鳴をあげていた。

 ミシェルは声なき血を吐くような悲鳴をあげた。彼は野営地を跳ぶように駆け抜け、長剣を盾を持つほうの手に持ち替え、焚火の傍を過ぎるときに、燃え上がる焚き木を一本掴み取った。一呼吸も置かず、彼はその木を空地の端にいるシルヴァンに向かって投げつける。
 そいつが苦痛の咆哮を上げながら燃える焚き木を振り払ったとき、ミシェルは力任せの剣を何度も浴びせて切り刻み、木と樹液を空中にまき散らした。依然として声のない叫びをあげながら、彼は何度も何度も打ち据え続け、最後に火の玉がシルヴァンに着火して爆発したとき、ようやく後ずさりした。

 彼が興奮した顔つきで振り向き、仲間に怒りの表情を向ける間、シルヴァンが崩れ落ちた。
「すまん、すまん、名誉は一対一の戦いで打ち負かすことを求めていたのだったな。悪いことをした」 フェラッサンは、今や杖に寄り掛かり、荒い息づかいをしている。「愛馬に慈悲を与えてやるんだな、シェヴァリエ、そして、ここから逃げ出さなきゃならん」

 セリーンは彼女の乗馬、ひょろりとした騙馬が倒れて身動きせず、首が不自然な角度に捻じ曲がっているのを見た。ブリアラは素早く荷物を掴み、フェラッサンは立ちあがり、杖を持ち上げて、火の光が途絶える端の暗闇のほうを見張っている。

 サー・ミシェルは愛馬に歩み寄った。馬はまだ悲鳴を上げていたが、ミシェルを見つけると泣き声が和らぎ、啜り泣きとなった。
 ミシェルは、まるで駿馬が彼に向かって問いかけたことに答えるかのように口を開き、それから唾を呑んだ。彼は跪き、ダガーを手にした。「許せ」 そう彼は言って、素早く鮮やかに止めを刺した。
 彼は立ち上がり、セリーンのほうを向いた。「鎧を取ってきます」
 彼女は頷いた。

 シルヴァンの砕けるような、引き裂くような音が、今や周囲の至るところから聴こえて来ており、フェラッサンはゆっくりと円を描いて歩き回り、そのすべての姿をつぶさに見た。
「あなたが疲れ果ててしまうまで、あとどれだけ火の玉を撃つことができるのです?」  セリーンが彼に尋ねた。
 エルフは疲れ切った笑顔を向けた。「仮定の質問には、答えないでおくのが好みなもので。シェヴァリエ、行けるか?」
 ミシェルは粗布の大きな袋を肩に担ぎあげ、その重さに呻いた。「いつでも」  

 セリーンは周囲で木が立てる騒音に聞き耳をたてた。それは徐々に近くなってきており、空地の端では、枝が捻じ曲がっている。
「南はどちら?」 彼女が尋ねた。
 フェラッサンが指し示した。
「ならば、道を照らして頂戴」 セリーンが命じ、両手のダガーを威嚇するように構えた。

***  

 本村凌二教授は競馬にも造形が深いらしいですが、彼の「馬の世界史」という本をしばらく前にKindle版で手に入れ、時間もないので読まずに放っていた(ちなみに私は競馬にまったく興味がない)。
 "The Masked Empire"をひととおり読み終わったので、翻訳のとき役に立つかもしれない馬の知識でも増やすかと思って読みはじめたら。これがことのほか面白い。

 まだ中途なので感想と呼べるほどのことは言えませんが、馬に関する薀蓄が広がること間違いありません。
 騎馬を主戦としていた古代の軍隊のエリートは、乗馬の技術はもちろん、馬の世話も厭わず、むしろそれこそ重要な、誇るべき責務であったとか。言われてみれば当然ですが、言われないとなかなかわからない。

(クリント・イーストウッド監督・主演(そう、あの主役は渡辺さんのように見えますが、実はクリント・イーストウッド「主演」です!)の映画「硫黄島からの手紙」(Letters from Iwo Jima, 2006) には、西「男爵」とその愛馬が登場し、上と似たようなシーンが描かれる(その部分、史実とは違いますが)。日本人が撮ったらあそこまでやらんだろうなあ・・・)

 面白いのは、大陸国などの「世界帝国」は、実は騎馬放牧民族の侵略に耐えるため、やむに已まれず生まれた体制ではなかったのかという説。そして史料が乏しいだけの理由で軽んじられているが、実際にはすでに騎馬放牧民族のほうが先に巨大な帝国(と呼べるだけの版図)を築いていたこと。定住民族の帝国は、彼ら相手の戦争ではからっきしだめで、まるで形無しであったこと。逆に定住型の帝国が勢力を増し、交易制度に干渉して締め付けると、騎馬遊牧民族のほうにも一致団結する機運が生まれ、巨大な軍事帝国として団結するということ。

 西方の不穏な動きに蝕まれつつある某大陸国の様子を見ていると、歴史は繰り返すのではないかとまで思ってしまう(歴史上、あの大陸国の王朝は、もっぱら西からの圧力で滅んでいったという)。 

 そして思わず膝をうったのは、なによりも乗馬が「速度」の概念を人間の歴史に持ち込んだという説。それは後に地中海の航海にも通じ、(おそらく)大航海時代に繋がっていくのでしょう。
 資本主義の本質って、それなんですよね。圧倒的な速度と、(それなくして成し遂げられない)果てしない勢力の拡大が必須要件。やがて(最後の白地図である)アフリカ大陸も塗り分けられると、もはや広がる先がなくなってしまう。その先どうなるのか、誰にもわからん。サイバー空間が次の大航海時代だなどという説は、あまりあてにならないそうだ(すでに終わってる節もあるし)。

【DAI】ハラムシラル

 "The Masked Empire"にも登場している、ハラムシラルの街。

 DAのTwitterにDAIの画像が出ていました。

Halamshiral

 ハラムシラルと断っているので、すぐ付近にあるとはいえ、冬の宮殿(ウィンター・パレス)の画像というわけでもないでしょうし、どうして敢えてハラムシラルの邸内の画像なのかな。
 比較的大きな町としてはデールズに最も近い。そういう位置づけだろうか。

 

Rumors
 そして、こちらはヴァル・ロヨーの宮廷内部にある庭園かな。

 いずれEA日本語版のページに訳出されるでしょうけど、この画像のオーレイの記事はなかなか面白かった。

 ドレイケンが皇帝に即位してすぐ、オーレイに蔓延する「ゲーム」に嫌気をさし、オリージャンの爵位を完全廃止した(もちろん皇帝は除く。これはDAOの説明からそう)。だからオリージャンには「貴族」も本当はいない。
 ところがDA2でも、MotAでも、The Masked Empireでも、「貴族」は皆平気で爵位を名乗っている。当然家系に由来しているとはいえ、オフィシャリーには勝手爵位なんですね。 

 さらに「そうじゃねえかなあ」と私が今まで適当に書いていたことだが、オリージャン皇帝の統治が「王権神授説」によるらしきことも書いてあった。とはいえ、実際にチャントリー(教会)の意向を無視できないところはリアル地球のそれとは少し違う。

 王(皇帝)は、神(メイカー)以外なんぴとにも従わないのだから、教会(チャントリー)や教皇(ディヴァイン)に従ってはダメです。ましてやチャントリーは、ドレイケンが設立した組織だし。

 というか、ファンタジーとはいえ、このDAの時代背景で王権神授説はちょっとないはずなんだけどね。これもアナクロニズム。

 

 

2014年5月21日 (水)

The Masked Empire 10(2)

 特にありません。というか、ここに書くことを考えている暇がありません。

***

 セリーンはけん制し、高く斬りつけ、ブリアラの素早い立て続けの攻撃を横っ飛びにかわした。彼女の右手の刃が繰り出され、ブリアラの鎧のちょうど尻の上のあたりに小さな掻き傷の線を引く。

 動きを忘れてはいないようだ、と息を切らしてブリアラが言う。ふたりは前後に身を躍らせ、それぞれの刃を閃かせた。半月の光は、セリーンが辛うじて森の中を見通せるだけの明るさしかなく、影法師としか見えないブリアラの姿は、背景の森の深い紫色と灰色の中を滑らかに動いている。ふたりが位置を変えると、ブリアラの顔が遠い焚火の方を向き、その鎧と両手の刃に暖かい光が輝いた。 

 セリーンは両手のダガーで円を描くようにしながら近づいていった。ブリアラの突きを受け流して踏み込む。高い方の刃がブリアラの喉に当てられ、低い方の刃がブリアラの背中に回って、その退路を断った。
 ブリアラは長い息を吐き、忘れていた技も全部思い出したようだ、とセリーンに言った。

 両手のダガーを鞘に収めながら、自分に抱かれるのは好きだったのではないか、とセリーンが言った。刃の切っ先を向けられていてはそうではない。ブリアラの二本のダガーが月光に煌めき、すぐに鞘の中に姿を消した。彼女は歩み去ろうとして向きを変えた。

「ブリア、お願い」
 その声に、彼女は足を止めた。影法師の乱れた髪の毛と、長く細い両耳の輪郭が焚火の光で照らし出されている。
「わたくしに何を言えというの?」 セリーンは尋ね、彼女に一歩近づいた。「後悔しているとでも? そんなことはわかっているでしょうし、それで何も変わらないことはお互い承知しているはず」 
「ほんの少しでも気にかけていると聞かされれば、足しにはなるかもしれない」

「わたくしと同じように、あなただってレディ・マンティロンの教えを受けたでしょう」 セリーンが言い返した。「後悔を認めれば、あなたはわたくしの弱さにつけこんで、後悔は屍にとってなんの役にも立たないと言い立てるでしょう。実際に役に立つことが何かを尋ねれば、あなたは何もないと答えるでしょう。あなたの慰みのため苦悶するのはご免です、いくらあなたが、彼らの死はわたくしのせいだと責め立てても!」

「責め立てる? あなた、彼らを殺したのよ、セリーン」
「そう」 セリーンは平静な声を保っていたが、その震えには自分で驚いた。「ギャスパードが噂を広めたとき、わたくしが玉座を守るためには、叛乱を鎮圧するか、あなたを処刑して彼の間違いを示すか、どちらかしか道がなかったのです」
 それを聞いてブリアラが振り向いた。「そして、私を選んだと言いたいの? それで私の気が休まるとでも思って? 私の命を救うために、あなたが何百ものエルフの農奴を殺したことで?」
「わたくしが何百ものエルフの農奴を殺したのは、彼らがわたくしの統治に叛旗を翻し、帝国を脅かしたからです」 セリーンがそう言う声は低く、訴えかけるようだった。「他にどうするべきだったのか、言ってごらんなさい。衛兵たちを殺し、街を封鎖したのが貴族の家や商人ギルドだったつもりで、わたくしがどうするべきだったか、言ってごらんなさい
「他に道があったはずよ!」

「本当にわたくしに腹を立てているのですか、ブリア、それとも、わたくしがそうせざるを得なかったことを、心の奥では気づいていた自分自身に腹を立てているのですか?」 セリーンはもう一歩近づいた。ブリアラの身体に触れることができるくらい側にいる。「誓って言います、エルフたちを傷つけることなく済ませる道があったのなら、わたくしはそれを選んでいたでしょう」 彼女はゆっくりと、注意深く、ブリアラの肩に片手を乗せた。

「どれだけ長い間一緒に過ごしてきたのです、ブリア? あなたが、エルフたちへの思いやりを持つよう促してきたことに、わたくしがまるで気が付いていなかったとでも思っているのですか? 彼らがあなたにとってどれだけ大切なのか知っています・・・、そしてわたくしも同じ考えです。メイカー、あなたたちがどれだけ知性豊かであるか、わたくしはずっと見てきました。どこのエイリアネイジでも、もっと有意義に生活できるはずの、どれだけ多くのエルフたちが無為な立場に虐げられているのか? わたくしが、どれだけ多くの優れた精神の持ち主や、忠義深いしもべたちをあのスラムで焼き殺したのか、それが、わたくしが他の道を考えもしなかったせいだとでも言うのですか?」 彼女は声を詰まらせた。

 闇の中、ブリアラの顔は影法師のまま動かなかった。「私があなたの傍にいたのは、それが理由じゃないわ、セリーン」
 セリーンは無理に微笑み、首を振った。「知っています。でも、もしあなたがわたくしに愛想を尽かしたのだとしても、それでエルフが憂き目を見るようなことにはなりません」

 彼女の手はブリアラの肩に置かれたままだった。ブリアラは息を吸い、しばらくしてから、セリーンの手に持ち上げた自分の手を重ねた。彼女は、セリーンの息が自分の肌にかかるくらいまで身体を寄せて言った。「愛想を尽かすなんて・・・」

 樹木が裂けるときの雷鳴のような咆哮とともに、セリーンとブリアラのすぐそばの木が倒れて来た。
 セリーンが飛びのくと、すぐ側にブリアラも続き、さっきまで二人がいた場所に枝が倒れるときの衝撃を、目だけではなく耳でも味わった。彼女は瞬きし、緊張した眼差しで、闇の中に潜む姿を探し、目前の地面から響いてくる耳障りのひどい音を聴いた。

 ブリアラは二本のダガーを抜いた。「メイカー、あの木が!」
 それから、なんの予兆もなく、ブリアラがセリーンの方によろめきかけ、彼女の身体を地面に押し倒した。
 セリーンがなんとか立ち上がったときには、さらに多くの木の枝が周囲に倒れて来た。彼女は焚火の残像を瞬きして振り払い、胸の鼓動が激しく高まるような光景に見とれていた。
 木々に命が宿っている。

 ふたりを取り巻く周囲では、黄金色の葉をつけた数ある大きな枝が捻じ曲がって棘だらけの腕のような形になり、多くの木の幹はひどい音ともともにばっくり割れて、角張った両脚の形になっていた。より高い位置にある枝でできた冠の下にあるのは、 不快な出っ張りと歪んだ木のこぶで、それらが人面の不気味なパロディを形作っている。巨大な化け物たちの身体が軋みながら裂けるとともに、木材の真新しい断面から匂うような臭気があたりの空気に充満した。そのすべての動きがセリーンの両目に滲み、涙を流させ、彼女の心は、起きるはずのない出来事になんとか意味づけを見出そうとしていた。
 セリーンが目にすることができたのは巨大な三つの姿だったが、周囲の騒音から、あたりにはもっと数多くのそいつらがいることがわかった。

 巨大な木の化け物のひとつがブリアラの喉を掴み、その身体を高く持ちあげた。

 うろたえたセリーンの身体に冷たいものが駆け抜けた。だが長年にわたる訓練のおかげで心まで奪われることはなく、彼女の指先は手際よく腰袋の蓋を開けてふたつの指輪を指に嵌め、恐怖で吐き気を催しながらも喉元の飾りをきつく締めた。

 ブリアラを掴み上げたそいつが歩み寄ってくる。その片脚が持ち上がると、まるで織物飾りを引き裂くような音を立てて、根茎が地面からもぎ取られた。そいつはセリーンを掴もうとして、空いている方の手を持ちあげた。

「メイカーが許しはしない、スピリットめ」 セリーンが唸り、二本のダガーを抜いた。「彼女はわたくしのもの
 木の化け物が腕を振り下ろすのにあわせて彼女は横に身をかわし、地面に激突した枝の上に器用に飛び乗った。彼女は厚く捻じれた枝の上を二歩駆けあがり、そして跳んだ。両手に握ったダガーをブリアラを掴んでいる枝に突き立てると、焔がその周りを取り巻いた。

 木の化け物は、どこにも口がないのに咆哮をあげた。樹皮を通して響き渡るその大音声がセリーンの腹を揺さぶる。そいつが腕を激しく振り回すと、セリーンが突き刺した枝に纏わりつく焔が周囲の空中に軌跡を残し、自由になったブリアラが地面に転がり落ちた。もう一方の枝がセリーンのほうに振りかかるが、彼女は木の幹を蹴って地面に跳び下りた。

「ブリア? ブリア、起きなさい!」 セリーンは両手のダガーを威嚇するように振りかざした。小さな焔の舌がその腕のそこここに燻っている目前の木の化け物が再び咆哮し、その響き渡る音が彼女の歯を鳴らす間、他の二体の化け物たちも近づいてきて、そいつらが一歩進むたびに、根茎が地面からもぎ取られる。

「起きた」 ブリアラが、荒い息づかいをしながらも、なんとか両足で立ちあがった。
「よかった」 セリーンは腰をかがめた。「あなたをもう一度喪うつもりはない」

 三体の木の化け物が一斉に咆哮し、セリーンとブリアラに近づいてきた。セリーンは地面に打ち付けられる枝から身を逸らし、長い焔の尾をたなびかせてその腕に斬りつけ、それからふたつの化け物の間に素早く駆け込んだ。そいつらの動きは緩慢だが力は強く、たった一撃でも受ければ一巻の終わりだ。

 「なんとかならない?」 ブリアラが叫んだ。セリーンが危険を冒して一瞥すると、ブリアラが彼女を攻撃している一体に突進し、その幹を何度も素早く切り裂いていた。斬りつけるたびに不気味な黒い樹液がほとばしるが、化け物は痛手を受けた様子もなく、再びその腕を振り上げると攻撃を繰り出してきた。

「まあ、やつらはなんだから、きっと…、火じゃないか?」 ふたりの後ろから声がして、それから燃えあがる剣がシューっと音を立てながら頭上を飛んでいき、一体の化け物の木の葉でできた冠に着火すると、爆発して焔をまき散らした。化け物は苦痛の咆哮をあげ、その枝は焔が広がるとともに音を立てて裂けていった。

***

 ノーコメントで、次回に続くっ。

2014年5月19日 (月)

The Masked Empire 10(1)

 ペース落ちてきていますが、なんとか間を開けず繋いでいきたいと思ってます。

***

第十章

 サー・ミシェルは、はじめはモントフォートのスラムで、それから貴族の邸宅で育った。長年のシェヴァリエの訓練では、森の中で自分と馬の安全を保つ術を学んだが、気に入ることはなく、実際には毛嫌いしていた。今、女帝セリーンがブリアラとフェラッサンに導かれてデーリッシュに向かう道のりは平原を過ぎ、また森の中の不愉快な旅に戻った。

 平原では、四方何マイルも先から発見される危険があることは知っていた。忌々しいデーリッシュが森や丘に居住区を構えるのも理解していた。そのどれも、平原の広い空から捻じれた枝と枯れ葉の中に戻ることの、悪寒のするようなおぞましさを変えはしなかった。

 フェラッサンは目的地が近いと言い、さして優れた追跡者でもないミシェルにもそれはわかった。馬を進める径は小動物の通り道にしては広すぎ、休息を取る空地の枯れ葉の下には焚火の跡が隠してあった。小さな音を立てる周囲の森が、まるでこちらを見ているような気がした。

 その夜一行は、そうした空地の一つで休んでいた。ブリアラが仕留めた小さな鹿の皮をフェラッサンが手際よく剥ぐ。ミシェルが驚いたことに、セリーンは焚火を起こし、鹿肉に味付けする薬草を摘みさえした。オーレイの女帝が火を起こす姿など決して目にすることなどない、そんな賭けがあったら大金でも惜しまなかっただろうが、彼女は自分のしていることをわかっているようだった。

 ミシェルは馬の世話をした。愛する駿馬チェリテンヌは元気だが、少し痩せていた。セリーンの乗る騙馬はまだ気ぜわしく、毛皮の状態は良くない。彼は手持ちの道具でできる限り身体を拭いてやった。乗馬の訓練に勤しんでいた時代からこのかた、厩舎の馬丁が毎晩代わりに世話をしてくれたので、自分の手を煩わすことはなかった。
 ミシェルは、ろくな道具がないことを申し訳ないと謝りながら、予備の革紐でチェリテンヌの脇腹の汗をぬぐった。愛馬は鼻を鳴らし、蹄鉄の手入れを催促するように脚を持ち上げた。ミシェルは、自分の荷袋に入っている鎧用の補修道具の中から、役に立ちそうなものを見つくろった。

 今夜は馬をしっかり結んでおけ、と声がする方を見るとフェラッサンがいた。焚火の光で照らし出されている彼は、棘のある長い小枝を細い指の間に挟み、熱心に見つめている。顔の刺青が焚火の光の中で自分の意志で踊っているように蠢いている。セリーンとブリアラは近くにいない。暗闇でダガーの稽古でもしているのかもしれない。

「馬の世話くらい知っている」 ミシェルがよそを向いた。「お前たちナイフ耳は、馬に乗りもしないくせに」
「農奴たちも乗らんぞ、シェヴァリエ」 背後でフェラッサンがくすくすと笑った。

 ミシェルは振り向き、エルフが自分にちょっかいを出していることに気付いたが、冷たい不安の波が首のあたりを締め付け、こめかみのあたりを脈打たせるのは否定しようもなかった。「黙れ」
「なぜ? には、誰にも言わないと約束した覚えはないぞ」 フェラッサンがにやりと笑いかけた。

 ミシェルは、苦労してなんとか拳から力を抜いた。馬たちが不安げにいななく。「拙者に何か話でもあるのか?」
「ひとつ答えてくれ、まずは。なぜ彼女とともにいる?」 フェラッサンが尋ねた。「君の女帝の大義はもう望みなしだ。 君は一度自分の人生をやり直した。もう一度そうすればいいし、その類稀なる剣技があるのだから、セリーンのチャンピオンという素性が知られないどこかの街で雇ってもらえばいい」 
「誓いをたてた」 ミシェルがため息をついた。「お前が理解するとは思えんが」
「名誉と任務? 理解するはずがない。私はエルフだし、名誉と任務は、重い鎧を着て馬に乗るヒューマンだけにしか通用しない考え方だ」

 ミシェルは自分の頬が紅潮するのを感じた。「スラムのことも何も知るまい。あそこでの拙者の人生は・・・、アカデミーが拙者に名誉を授け、それに背かない限り、至福のまま死を迎えることができるという、心の安らぎを与えてくれた」

「それも、君の秘密が暴露されるまでの話。これからの人生、自分でそうではないと気づいた誰かとして過ごすなんて、そんなひどい話があるものかい」 今やフェラッサンの声に、馬鹿にするような調子はなかった。古参兵にこそふさわしいような、静かな悲しみに満ちた話し方だった。「すべての英雄的な戦い、寝台まで群がってくる酒場娘たち、そして君はそれを心底楽しむことができないなんて」

 ミシェルは馬たちの結び目を確かめ、焚火の傍まで来てどっかりと腰を下ろした。「拙者は拙者なりに楽しんでいる」
「そうかね? それとも、本心はまだ隠しているのか?」 フェラッサンが尋ね、指の間で棘のある小枝を弄んでいた。「庶民の言葉遣いをうっかり使っていないか確かめるため、ひとり燭台の光に向かって一言づつ囁いてみる? 君とエルフとの間に似ているところがあると誰からも非難されることのないように、『ナイフ耳』のような中傷の言葉を少しばかり多めに口にしてみる?」
「お前はさぞ楽だろうな」 ミシェルが言い返した。「刺青の顔で、一生歩き回るのだから」

 フェラッサンは仰向けになり、空を見上げた。雲の間から、半月がぼんやりと輝いている。「かつて、我々の民はこの地を神々として歩いていた。君たちの目を奪うような魔法を用いていた。今、深い森の中に潜み、君たちシェムレンが、この世界の均衡を打ち破るようなことを再びやらかすのを心待ちにしている。若かりし頃、私が誰だったかわかるか、若者よ?」
「森の中を駆けずりまわってお話を聞く、若いデーリッシュのエルフか?」 ミシェルがフェラッサンを睨んだ。

 フェラッサンは驚いて飛び起き、それから心にもなく笑った。「よくぞ言った、シェヴァリエ」 しばらくして、彼は火を見つめ、柔らかい息を吐き出した。「私たちはハラに乗っていた。あまりに優雅に華麗に飛び跳ねるので、君たちの馬がまるでフェラルダンの犬のように思えるほどだった。しかも、ずっと賢くもあった」 彼はくすりと笑った。「おかげで強情なときもあった」

 ミシェルのエルフの母親は、エルフが乗る大きな白い鹿の物語を彼に話してくれた。その頃彼は幼く、五、六歳くらいで、その話を怖がったことを覚えている。誰かが馬に乗っている姿を見かけたのは、シェヴァリエが人々を殺しにスラムにやってくるときだけだった。
 ミシェルはチェリテンヌのほうを見た。彼の母親のその話を最後に思い出したのはだいぶ前だ。懐かしがったこともなかった。「セリーンとブリアラの声がしない」 彼は言って、話題を変えた。

「なにか違うものの稽古でもしているんじゃないか」 フェラッサンが言って、眉毛を揺らしてみせた。
 ミシェルは彼を睨み付けた。「それは侮辱だ」
「愛は侮辱じゃない。面倒で、先がなく、時を選ばないかもしれないが、侮辱じゃない」
「もし、お前の弟子が女帝を誘惑したのなら・・・」
「彼女のエルフのたくらみで? シェヴァリエよ」 フェラッサンが熱を帯びずに言う、「セリーンが、自ら望みもしないことに誘惑されると思うかね?」
 ミシェルは闇の中を見据えた。「どうして彼女がそんなことを望む?」

「それは、わからん」 フェラッサンが認めた。「もしや一層そうしたくなったのかもしれん、君の女帝がハラムシラルのスラムを焼いた後に・・・」
「拙者が言っているのはセリーン、エルフと寝ているオーレイの女帝のことだ!」
「君が『ナイフ耳』と叫ぶとき、言っているのは、自分がどっちの顔を選んでいるか世間中に知らしめたいということだけだ」 フェラッサンが詰った。「そして君の両手は、いっぱしの男として十分なくらい血塗られている。それらしく振る舞え」

「オーレイのことは何も知らぬくせに」 ミシェルは二人の回りの森のごつごつした木を手振りで示した。「ここから出れば、誰と、いつ寝ても構わない。宮廷では・・・、暇つぶしの慰みとして、彼女の目にとまった誰かと一時の恋の戯れに勤しむのも構わない。だが、召使いを長い間愛人として囲うのは・・・。皇帝や女帝の情人は、それ自身が政治の力を手にする。ブリアラは女帝の耳をわが物にできるのだ」
「耳だけじゃないといいんだがな」 フェラッサンがにやりと笑った。

 それ以上耐えられないくらい、エルフがセリーンを、あたかも酒場娘のようにみなして冗談の種にしている。ミシェルは立ち上がった。鎧を身に着けてはいなかったが、彼は剣に手をかけた。「お前は、拙者と拙者の女帝を侮辱した」
「まったく逆だ」 フェラッサンは流れるような動きで立ち上がり、その片手に現れた彼の杖は緑色に輝いていた。もう一方の手にはまだ小枝を持っており、それが彼の手の中で捻じれ曲がり、震えているのを、ミシェルは誓って目にしていた。「私には君が必要だ。君の女帝にとってもそうだ。彼女は重大な危険に踏み込み、そして彼女には自分の正体をわきまえたチャンピオンが必要だ」 彼は歩み寄ってきた。「デーリッシュはシェムレンの最も偉大な戦士を知ることになり、彼らの愚かな若者たちが、君を相手に自分たちの武芸を試したがる。君は怒りを抑え、彼らにその機会を与えてはならない」

「拙者は、拙者の望むとおり・・・」 ミシェルは森の中で何かが折れ、崩れる音を聴いて言いやめた。しばしの後、低い、揺さぶるような咆哮が空地の木の葉を揺らし、ミシェルの回りを、地面にできた裂け目から噴き出した死の臭いを運ぶ風が吹き抜けた。

「今のは何だったのだ?」 彼は尋ね、それがやって来た方角に振り向いた。もう一度、何かが衝突するような大きな音が、布地を引き裂くような雑音とともに背中のほうから聴こえてくると、ミシェルは半狂乱になって木々の間に何かの兆候を探し、焚火の端に何かの微かな動きを探したが、ぞっとするような、この世のものとは思えない騒音以外に何もなかった。

「私が、馬をきつく結わっておけと言った理由だ」 フェラッサンが答え、指の間の棘のある小枝を掲げた。「これはフェランダリス。強力な毒があるが、ヴェイルが薄くなったところにしか生えない」 
「つまり?」
「つまり、何かが通り過ぎてやって来るという、些細な可能性があるということ」
 フェラッサンは小枝を火の中に投げ込んだ。それは軋む音を立てて折れ、パチパチと鳴りながら灰になる間、緑色の煙をあげた。

「そして、拙者に伝えることをしなかった?」
「心配をかけたくなかったからな。実際、何かが本当にやってくるというのはまずあり得ない話だったのだ」 空地の奥の暗闇の中から、衣服を引き裂くような音がまた聴こえ、もう一度咆哮が鳴り響き、フェラッサンは顔をしかめた。「とはいえ、今となっては結構あり得る話だったようだ」
 ミシェルは剣を抜いた。「他のふたりを探さなければ」

***

 んー。なかなかはしょれませんね。フェラッサンとミシェルのやり取り。意外な組み合わせですが、 セリーンやブリアラを相手にミシェルが自分自身のことを話すことは、まずないでしょう。たとえいけすかない相手でも、男の子(おっさん)同志の会話はやっぱ違いますからね。

 フェラッサン、ところどころで感じるんですが、ハン・ソロ風だったり、オビ・ワン風だったり。いまいちキャラ定まっていない感じもしつつ、それらありがちなステロタイプに陥らないように、その集大成的なキャラクターを狙っているのかな。ああ、フェンハレルから名をいただいているってのもありますね。ハッタリとヒッカケのキャラクターでもあるわけか。

2014年5月18日 (日)

【DAI】アダマント要塞

 

 ゲイダーさんの小説Asunderに登場したアダマント要塞。DAのTwitterで画像が出ていました。 

Adamant

 つってもこれだけですが。公式には一部しか出ていなかったような気がする。

 小説のイメージとだいぶ違うなあ、と思って読み直したら、外観についてそもそも大した描写はされていなかった。翻訳は要約版でやっていたのですが、このくだりは特段省略していない。 私のイメージは脳内で構築した勝手仕様だったようです。

(DAIがカヴァーするのはAsunderより後の時期ですから、その間に改編が加えられたという説明もなりたつ)

「アダマント要塞の輪郭が、吹き荒ぶ砂嵐の中から徐々に姿を現してくる。大きくはないがその堅牢さは名前にふさわしい。黒玉石(jetstone)の高い城壁が周囲を取り巻き、大きな城門の両側には弓櫓の塔がある。亀裂の端に危なっかしく引っかかるように建っている要塞の姿は、眼下の獲物を狙って身構えている猛禽のようにも見える。亀裂側からの攻撃は困難で、攻め手は一方向からしか接近できない」 (要約版)

(省略したのは、もちろんダークスポーンであれば亀裂側からの攻撃も無理ではないという部分)

 亀裂(アヴィサル・リフト)側の画像がないのが残念。

 下もDA Twitterの画像。これはアダマント要塞とははっきり示されていない。
 説明書きを見ると、グレイ・ウォーデンに関するもののようです。

 であれば中央に見える亀裂はアヴィサル・リフトだろうか。
 そして左手はアダマント要塞の別角度から見た様子?
 だとすると「この世界の端」と間違えられるという、「亀裂」が少しばかり狭すぎるような気がします。 

 仮にこれがアダマント要塞としたら、目を引くのが内部の段々畑。外のウェスタン・アプローチが不毛の砂漠であるから、このような自給自足手段は確かにあるかもしれませんね。水源は地下水?

 

Wardens

 

 

 

2014年5月17日 (土)

The Masked Empire 9(4)

 第九章ラスト。名実ともに折り返し地点。

*** 

 ハラムシラル南西の野営地で、ギャスパードは焚火の前に腰掛け、香辛料を利かせた温かい葡萄酒を傾けながら、偵察の報告を聞いていた。

 レディ・セリルの肝がそこまで据わっていたなど、誰が気づいていただろう。リマッチェが尋ねた。敵に使わせないため、自らの村を焼き討ちにするとは大した女だ。ギャスパードが答える。偵察たちは、くだんの村の付近に蹄鉄の跡を見つけていた。村の名はラク・ダージェントである、と偵察の指揮官が答える。村人たちは誰も目にしていないと言い張っていたが、部下たちによれば、見つけた蹄鉄の跡は軍馬のものに間違いない。

 それは手がかりになる。ギャスパードが頷いた。セリーンが村や街で足跡を残したのはじめてだ。これ以上追跡するためには手がかりが必要だった。そして、あのエルフの侍女は逃亡してしまった。おかげで何人かの衛兵を鞭打たねばならなくなった。

 戦はヴァル・ロヨーから指揮できるのではないか、セリーンを自分自身で追跡する必要があるのか。乗馬用の革服の襟を不快そうに引いてリマッチェが尋ねた。彼らは女帝が身を潜めると思われるあらゆる場所を捜索した。馬上行はさして難儀でもなく、強行軍と呼べるものではなかったが、それでもリマッチェは、まるでディープロードへの道連れを強いられているかのように振る舞っている。

 ギャスパードは偵察の指揮官を退かせると、リマッチェに答えた。ヴァル・ロヨーに戻れば、セリーン派の貴族に取り囲まれ、セリーンはまだ生きており、大公には玉座に座る資格がないと責め立てられる。一方で大公派の貴族からは、自分たちの利得がどこにあるのかと詰られる。そして彼らは、自分たちの意に沿わなければ、気のない素振りで手を振って大公に脅しをかける。捜索にあと二、三日費やすだけの余裕はあるし、セリーンの死骸を携えて戻れば、帝国の誰であっても、邪魔立てすることはできない。

 だが今は、レディ・セリルが邪魔立てをしている、とリマッチェが指摘する。 ハラムシラルは奇襲で押さえたが、ギャスパードは全軍を集結させているわけではない。レディ・セシルが守りを固めていればジェイダーを陥落させることはできないし、彼女の放つ偵察との接触は日に日に増えている。

 何か策があるのか。ギャスパードが尋ねた。それとも小便をひっかけて葡萄酒の味を台無しにしたいだけか。
 リマッチェは唇を噛みしめた。セリーンは死んだと噂を流す。ハラムシラルに戻り、兵を集め、ヴァル・ロヨーに凱旋する。女帝本人が戦うため姿を現すなら殺せばよし、そうできなくとも大公はすでに玉座にあり、ひとたび流浪の身となった者にできることは負け犬の遠吠えのみ。

 ギャスパードが唸った。セリーンが現に死んだと判明しない限り、そう言いふらすことはしない。
 だが、彼女がエルフの侍女と寝ていたと言いふらしたではないか、片方の眉を吊り上げながらリマッチェが言った。
 そうかもしれないと仄めかしたに過ぎず、どのみちそれは「ゲーム」の範疇だ。ギャスパードは気のない素振りで手を振った。一方でこれは名誉ある戦であり、シェヴァリエが越えてはならない一線がある。

 不愛想に呼びかける相手の方を見たギャスパードは、リマッチェが自分を睨み付けていることに驚いた。盟友の貴族たちが大公を支援しているのは、彼が玉座を襲うためであって、女帝を殺すためではない。玉座に就く資格があることを示すなら、ヴァル・ロヨーに戻って力量を見せれば良い。

 それに答える前に、偵察の呼ぶ声がして、ギャスパードは立ち上がった。偵察の一人が焚火の灯りの中に来て、森の中で敵兵をひとり生け捕りにしたと告げた。捕虜はジェイダーの兵ではなく、女帝の紋章を身に着けているという。

 捕虜をこの場に連行するよう命じると、偵察は駆け去り、ギャスパードはリマッチェのほうに向けてにやりと笑った。どうやら、つきが変わったのかもしれない。 
 女帝の仲間などではなく、ただの逃亡兵かもしれないではないか、とリマッチェが言うと、それを確かめるために尋問するのだ、とギャスパードが答えた。

 両脇を兵に抱えられ、焚火の前に引き立てられた捕虜は白髪交じりの老練な兵士で、当て物のされたチュニックには古い血と新しい血が染みついており、抵抗せずに捕らわれたわけではないことを示していた。

「こちらに、火の側に寄せろ」 兵たちは命じられた通りにした。ギャスパードは器を火の傍に置くと立ち上がり、思慮深げに男を横目で見た。ついに彼は言った。「なぜ捕らわれた?」
 兵は首を垂れた。「飢えていました。渓流で魚を一匹捕まえました。生で食べるわけにはいかないので、焚火を起こす危険を冒しました。そこで閣下の兵に見つかりました」

「長年訓練を受け、幾多の会戦で名誉とともに戦い、なおまだ遠目から発見されないよう焚火を起こす術も学ばなかったか」 ギャスパードは微笑んだ。「ならば、どのようにしてここに行き着いた、ハラムシラルから一週間もあれば辿りつく道のりであろうに?」

 兵は頭を下げたままだが、ギャスパードはその顎が一瞬引き締まるのを目にした。「戦の後で逃亡しました。ジェイダーまで逃げ延びることができると考えました」
 リマッチェが微かに身振りし、ギャスパードは頷いた。「そうではないだろう。その方ら、この兵をどこで捕えた?」
「北にある小さな河の傍であります」

「舟を探しておったのに間違いない」 ギャスパードは歩み寄った。「そして、ひとりなら、いくら徒歩(かち)であるとはいえ、ずっとジェイダーの近くまで行き着いていたはずだ。街道を封鎖している我々の兵に出くわさない限り」
「そのとおりです」 兵は急いで頷いた。「閣下の封鎖線に出くわしました。引き返しましたが、閣下の兵が近づいてくるのに気が付き、どこかの村で舟を手に入れ、ウェイキング海に出ようと考えました」 彼はギャスパードの目を見ることができず、口籠った言葉は早口で、捕まったときのため用意していた作り話であることは明らかだった。

 リマッチェが咳払いし、ギャスパードは苛立たし気にその顔を見た。「この者が嘘をついているのはわかっておる」 彼は兵の方に向き直った。「話は悪くはないが、話しぶりが最悪だ。そして貴様のような身分の者がなぜ嘘をつくのか、不思議に思わざるをえん」 彼がさらに歩み寄ると、ついに兵が顔をあげ、疲労で浮腫み、恐怖に染まった目で彼を見た。「わが方に降伏し、旗幟を乗り換えると名乗りを上げることもできたであろうに。とどのつまり、貴様は古参兵で、生き残りだ。戦の勝ち負けがいつ決するか知れたはず。主を乗り換えるべきことも知れたはず」

 彼はたじろぎ、ギャスパードもそれに気が付いた。
「だがそうしなかったのだな? なぜなら貴様は彼女に出会ったからだ」 彼は息を継いだ。「この森の中で。彼女に出会った。貴様は彼女がまだ生きており、どこに向かっているかも知っている」
「知りません!」 兵はうっかり口走り、そしてそれは、たとえやけくそであったとしても、真実だった。

「だが、知っていることは話すことができる」 ギャスパードは言った。「そしてその話が有益であれば、わしは貴様の命まで取ろうとは思わん」
「話すこともできましょうが」 もはや嘘をつく必要もなくなり、兵は姿勢を正してギャスパードの視線を直視した。「自分は貴族でもシェヴァリエでもないとはいえ、名誉を重んじる者」 彼は胸を張った。「自分は女帝セリーン陛下直々の命により直轄の偵察に任じられており、死すべきときもその任のまま死ぬ所存です」

 ギャスパードは彼の目を見つめ、ゆっくりと頷くと部下が待機しているほうに目をやった。それから兵の方に目を戻した。「その意気やよし。速やかに苦痛なく死ぬか、戦いで死ぬか?」
 兵は、長い、震える息を吐き、それから胸を張った。「戦いを望みます、閣下」
「うい奴」 ギャスパードは部下に身振りし、彼らは遠ざかった。ギャスパードは乗馬用の革鎧のみ身に着けていたので、公平を期すためにセリーンの兵に鎧を与える必要もなかった。「剣を持て!」

「なぜそんな馬鹿を」 リマッチェが咎め、ギャスパードが彼のほうを向いた。「貴公は『ゲーム』に関しては達人だ、リマッチェ、そしてわしが玉座を手に入れるためには、貴公の力が必要だ。だが貴公には、剣に生き死にを懸ける者たちのことは決して理解できん」 彼は手を伸ばし、差し出された剣を見もせずに受け取ると、こう叫んだ。「シェヴァリエの名誉にかけて誓う、セリーンの直轄の偵察がこの一戦でわしを倒したなら、この者はその鎧、その武器及び三日分の食糧を与えられ、この場から自由放免となる」 

 彼の手下たちが、受諾する旨咆哮で応じ、剣と盾を打ち鳴らした。セリーンの兵は剣を丁重に受け取った。ギャスパードが向き直り、兵と兵が対峙した。
 そして動きはじめた。
 ギャスパードは慎重に数歩動く間に、セリーンの兵の動きは良く、間合いを上手に取ることを見て取った。だが彼の力を抜いた握りは剣にそぐわない。強く握り、激しく振るべき武器を技巧重視の形で握っている。そして彼の守りの姿勢は短い武器のための訓練を受けていたことを物語っていた。ギャスパードは、相手がおそらく槍兵であり、短剣は近接戦用の備えだと推量した。
 ギャスパードは手早く済ませた。

 長年の槍の訓練が災いして、兵士はあまりに遠い距離からの陽動を払いのけようとして反応してしまい、続く上腕への突きを受け、振り落された剣先で脚を斬られ、躊躇ない一撃で胸板を突き刺された。
「うい奴」 彼は再びそう言うと、相手の目から命の灯が消え去るまで、その身体を支えた。
 リマッチェは焚火の傍から立ち上がろうともしていなかった。剣に着いた血の始末と亡骸の処置を召使いに任せたギャスパードが近づくと、彼はひきつり笑いを浮かべた。「まったく必要のない決闘に生き残られたことをお喜びいたします、閣下」

「決闘ではない」 ギャスパードが腰を下ろした。「さっきのは処刑だ。だがあの者は女帝を襲った相手との一対一の戦いで、誇りとともに死んだ」
「確かに、法悦の様子と見えましたが」 リマッチェはそう言って、死骸の方を見た。「拷問すれば情報を引き出せたでしょうに」 ギャスパードに睨まれ、リマッチェはため息をついた。「相手は貴族ではなかった、ギャスパード。閣下の掟の埒外でしょう」

「あやつは役立つことは何も知らなかった」 ギャスパードは偵察たちのほうに手振りをし、それから静かに言った。「いいか、リマッチェ。あやつがセリーンの行き先を知っていたのなら、セリーンに信用されて彼女に付き従っているか、または信用されずに殺されていたはずだ」

 リマッチェは顔をしかめ、それからゆっくりと頷いた。
「つまり、我々が知っていることは、あの男が間違いなく彼女と出会ったということだけ。図らずも何かを暴露してしまうかもしれないというあの男の罪の意識からくる恐れが、そのことをはっきりと示した」
「その通り」

 偵察たちが焚火の傍に近づき、お辞儀をした。「閣下?」
「あの男を見つけた場所に戻れ」 ギャスパードが命じた。「あの男の足取りを探し、それを逆に辿れ。どこかで、あやつはセリーンと出会っていた」
「畏まりました、閣下」 偵察たちはお辞儀をし、駆け足で去って行った。

「できるのでしょうか?」 リマッチェが尋ねた。「何日もの足取りを逆に辿って、セリーンと遭遇した場所まで行き着くなどということが?」
「そんなことわしが知るか、リマッチェ」 ギャスパードは器を再び手に取り、胡散臭そうに覗き込んで、蠅を掴み出した。「だが、ジェイダーの攻略を試すよりは、まだましだろう」

***

 くだんの村の名前(湖の名前か)は、Lac d'Argent(仏:ラク・ダルジェン、ダージェント湖)で、カナダ・ケベック州に本当にある湖の名前と一緒。

 フィネッセ(フィネス、finesse)は「技巧重視(の形)」、フェイント(feint)は「陽動」。カタカナを使わないとすると結構大変で、苦しかった。
 フィネッセは仏語で、もともとカードの世界の言葉(英語で言うとfineness)らしく、それを剣技に用いるのはRPGファンでもなければ通じないのかもしれない。フェンシング(fencing)と合わせて検索すると、土建関係のフェンスがぞろぞろ(笑)。「お洒落な、気の利いたフェンス(家の柵)づくり」ということらしい。

 フェイントは「見せかけ」じゃあちょっと変。剣道でなんていうのかなと思って調べると、「フェイント」(笑)。
 なんかなかったのか。「陽動」としてしまいましたが、それって規模の大きな会戦レヴェルの話に使う言葉。あまりにスケールが大きすぎるような気がします。
 ちなみにアメフト、バスケなどアメリカ発スポーツでは「フェイク」(fake)と呼ぶ。ベースボールのフェイント/フェイクはごく地味な限られた局面にしか用いられないかな。

 「うい奴」の元は、"good man."こういう風に二回使われると、別の訳にするわけ行かないんでうんうん唸りますね。一回目「よくぞ言った」だと二回目に会わないし。

 数日の足取りを逆に辿ってセリーンと遭遇した場所を見つける。それこそ、「指輪物語」のレンジャーの技能そのものでした。ギャスパードの態度はそのパロディでしょうか。

2014年5月16日 (金)

The Masked Empire 9(3)

 "The MAsked Empire"は、こんなペースの更新になりそうですので、ご容赦ください。

***

 翌朝、彼らは黄金色と赤色に染まった森を抜け出て、すでに秋の肌寒さを予感させる農地の端に来ていた。森の中で何日も過ごした後、ギャスパードの目に触れないように開けた場所から次の場所まで素早く移動することは、セリーンを躊躇させた。

 空高く流れる雲は寒い日が訪れることを示している。彼女が、開けた場所を移動するのは安全なのかと尋ねると、ミシェルは、他に方法もないと答えた。森の中に留まりながら東を目指すなら大きく迂回しなければならず、それだけギャスパードの手の者に捜索の時間を与えることになる。ブリアラの連れのナイフ耳によれば、この先の湖の近くにはどの街道からも離れた小さな村があり、そこで補給と情報収集ができるはずだ。 

 先を進むフェラッサンを一瞥し、彼を信頼していないのか、と尋ねるセリーンに、ミシェルは、不信を抱くまでのことはしていないが、デーリッシュに代わりはなく、ギャスパードの敵であるのと同じくらいセリーンにとっても敵であると答えた。それからにやりと笑って、とはいえ少なくともあの馬鹿馬鹿しい刺青を見せるくらいの礼儀はある、と付け加えた。

 セリーンが読んだエルフに関する論文はひとつではない。大学はエルフ単独で講義を行う価値はないと考えていたが、セダスの通史の中で触れられる。ミシェルが馬鹿にした刺青は古代の神々を敬う意味がある。セリーンはエルフの文化を、興味深く、異国情緒があり、かつ底なしに悲しいものだと考えていた。デーリッシュが自分たちの帝国は滅亡したと認めなかったため、どれだけの知識が喪われたのか。世界が変わったことに気が付くまで、どれだけ自然の中で暮らすことになったのか。 

 それでも安全と考えているのかとセリーンに問われたミシェルは、フェラッサンによれば、ギャスパードの兵が巡回しているなら、上空には地上から追い出された鳥たちが旋回している様子が見えるはずだからすぐわかるそうだ、と答えた。全くエルフらしい、とセリーンが微笑み、そうであれば、フェラッサンとブリアラには後から追い付いてもらうことにして、ふたりは村まで馬で先行しようと告げた。 

 セリーンはミシェルの返事を聞きもせず馬を駆け出させた。ふたりがエルフたちの脇を通り過ぎるとき、ブリアラが驚いたような目を向けた。
 騙馬は最初驚いた様子だったが、恐慌でも、戦いでもなく、ただ駆ける機会が与えられただけだと知り、疾走を楽しんだ。セリーンは滑らかな足並みを感じ、冷たい風と温かい馬の臭いを嗅ぎ、しばしの間他のすべてを忘れて乗馬だけに集中した。
 騙馬が疲れた様子になると、セリーンは早足に戻した。遠くの方に小さな湖の銀色の輝きと、周囲の村落が見えた。 

 追い付いたミシェルが並び掛け、同じように早足に戻し、駿馬チェリテンヌの頸の横を軽く叩いた。チャンピオンから無断で駆け出したことを咎められると期待していた彼女は、ただ笑って首を振る彼の顔を見て失望しそうになった。取るに足らない乗馬が女帝の権利であると主張するのは、時間を潰す格好の手段だと思ったのだ。 

 だが、前方の村落を見つめるミシェルが、どうやら様子がおかしい、と言った。収穫されていない作物は、このままでは腐るに任せるばかりであり、湖には漁撈用の舟すら出ていない。

 まるで田舎育ちのように随分細かいことに気がつく、とセリーンが笑う。ミシェルは赤面し、気をつけるのが自分の務めであるし、間違いかもしれないと答えた。
 フェラッサンとブリアラを待つべきではないか、とセリーンに尋ねられたミシェルは、あのような村にとってエルフは善よりも害をなす者である、と答える。デーリッシュとは取引きするかもしれないが、エルフの盗賊と見なして即座に攻撃してくるかもしれない。
 セリーンは頷き、振り返って後方のエルフたちがまだ遠くにいるのを確かめ、ふたりで先に進もう、と言った。

 北西から村に近づき、外敵から守るための低い柵を通過すると、セリーンも異常に気が付いた。村は静かで、灰の臭いがする。簡素だが頑丈な建物はどれも無傷だが、広場まで近づいても人っ子一人見えなかった。

 ミシェルが指し示す広場の中止には、炭になった薪の山があった。その数はあまりに多く、ひとまとめにされているものもあれば、農奴たちがチャントリー式の火葬をするときのように、石で回りを囲まれているものもあった。愛する者たちのことはチャントリー式で、襲撃者はひとまとめで荼毘に付した。ミシェルがそう言って頷き、今度は声を張り上げて、誰かいないかと呼びかけた。返事はなかった。

 だが、遺体を燃やした者がいるはずだ。首を振りながらセリーンが言った。そのとき彼女の視界の端から槍が飛んできたが、ふたりから大きく逸れて外れた。どの店の陰から飛んできたのかはわからなかった。
 争うつもりはないが、この女性は自分が守ると誓ったお方。その身を脅かすなら、シェヴァリエとして村ごと焼き払う。ミシェルが叫び、剣を手にしてゆっくりと建物のほうに近づいた。姿を見せれば、危害は加えないと誓う。

 姿を見せたのは、庶民たちと農奴たちであった。肉屋の老人、腕に包帯を巻いた上品な婦人、こっそり顔を出す子供たち。セリーンは一目で全てを目にし、記憶するよう自分に強いた。服は汚れ、目には疲労と恐怖が宿っている。
 ギャスパードには、死をもって償わせなければならない。

 彼らは収穫の前に戻ってきて、欲しいものを奪って行った。村は彼らといざこざを起こさなかった。そう肉屋が告げた。理由を告げたか、とミシェルに問われ、最初は何も言わなかったと、婦人が答えた。服についた小麦粉から、セリーンは彼女がパン屋だろうと想像した。
 だが酒が進むと彼らは、自分たちはジェイダーからの攻撃を監視していると言った。ジェイダー。肉屋が唾を吐き、後を引き取った。

 二日後、レディ・セリルの乗り手たちが現れ、農地で働いていた全ての男女を斬り殺した。衛兵たちも、広場にいた全員も殺した。その後、水上に火の矢を放ち、舟に乗っていた若者たちをほとんど殺した。それから彼らは全ての食糧を奪った。一晩泊まり込んだ。群衆が一斉に恐怖の記憶にたじろいだ。

 連中は、村が玉座の敵を手助けしたため、ギャスパードに手を貸す者たちがどうなるかの見せしめになったのだ、と言っていた。ついに肉屋の声が嗚咽まじりになった。なんてことを、自分はギャスパードがどこの誰かすら知らない。 

 セリーンは広場を見渡した。小さな焦げ跡。まだ地面に滲み込んでいない血痕。ジェイダーの手の者。彼女に忠誠を誓い、玉座のために戦う。彼女は唾を飲んだ。

 作物は収穫が必要だ、とセリーンが告げると、ミシェルは片方の眉を吊り上げた。村は貴族同志の戦いに巻き込まれた。怯えるのはわかるが、作物の収穫も、漁撈もやめてはならない。さもなくば、このまま冬を越すことはできない。

 村の半分が死んだ、と肉屋が言った。握りこぶしを固め、顔を紅潮させているが、目は地面を見つめたままだ。
 であれば、食糧もそれだけ少なくて済む、とセリーンが言った。村の全てを喪いたくなければ、作業に戻るのだ。
 連中が戻ってきたらどうする。パン屋が尋ねた。歓待するのだ、とセリーンが躊躇なく答えた。連中が仕えるというのがどの貴族であっても、頭を下げるのだ。食糧を与え、自分たちに必要な分だけは隠し通す。彼女はパン屋を見た。もし連中が一晩泊まり込むのなら、酒をふるまい、葡萄酒で泥酔させ、寝ている間に喉を掻き切れ。
 パン屋は顔をあげ、驚き、そして頷いた。

 そう言う自分たちは何者だ、と肉屋が尋ねた。何が望みだ。
 セリーンは臆病な目をした相手をしかと見据えた。分けてもらえるだけ所望する。

 しばらくして、ふたりは村から外に出ると、ブリアラとフェラッサンが待つところまで馬を進めた。
 大丈夫か、とブリアラが気遣いを見せると、セリーンはたじろいだ。マスクの陰に表情を隠すことに慣れきっていたため、あまりにも容易に感情を曝してしまっていたのだろう。ミシェルがぶっきら棒に心配ないと答えた。村に寄ったのは無駄だった。先を急ごう。

 セリーンは頷き、ミシェルに続いて村を大きく迂回し、南に向かった。村の側の湖が小さな輝きになるまで、彼女は村の方を振り返っていたが、それも視界から消えると、正面を向きため息をついた。

「ご立派でした、陛下」 ミシェルが彼女に顔を向けずに言った。
「村の名前さえ知ることができなかったのに」
「それは大したことではありません」 彼は顔をしかめた。
「彼らの物語は、数多くある中のひとつ。戦に出た兵なら、誰もがそこら中で目にすること」
「そしてギャスパードも知っている」 セリーンは自分が歯を食いしばっていることに気付き、力を抜いた。宮廷であれば、自制の利かない彼女の姿は回りの忍び笑いを呼んでいただろう。だが今は、宮廷からだいぶ遠ざかっている。「彼が玉座に執着するあまり、数えきれないほどの屍が累々と積み上がっていく」
「彼がそのことに気付いているとは思えません、陛下」
「終わりにしなければ」 セリーンは手の指が痛むほど手綱を強く握りしめた。「わたくしの民にこのような仕打ちは許さない」

 ミシェルは何も言わなかったが、厳粛に頷き、そしてしばらくの間は、それで十分であった。

***

 村の半分を殺し、略奪、凌辱を繰り広げたのはジェイダーのレディ・セリルの手の者。
 故に、ギャスパードは万死に値する。
 私にはいまいちよくわかりませんが。 先に手を出した方が負け?

 「一晩泊まり込む」は意味わかりますよね(ってすぐ上に書いたけど)。和製英語"stay night"ではなく、"spend the night"。
 セリーンの演説は「七人の侍」みたいです。ほんとにパク・・・、オマージュじゃないかと思えるくらい酷似しているが、ミシェル曰く、それは数ある中の一つ(one of dozens)に過ぎない。古今東西そうであった、と言うとまるでマルクス史観か白土三平のような気もしますが・・・。

2014年5月15日 (木)

【DAI】インクイジターズ・エディション

 おお、ついにDAもこの世界に突入したのか。

Inquisitors_edition

 IGNの記事。

http://www.ign.com/articles/2014/05/13/dragon-age-inquisition-inquisitors-edition-announced

 なかなか豪勢です。過去、他のゲームのこの手の企画に乗って何度も苦い思いをしている私ですが、これはそそられます。

 問題は日本でどうやって入手するかですね。Amazon.comなどで取り扱うのかどうか、いずれはっきりすると思いますが。

 でも、よくよく見れば、本当に欲しいオマケはタロットカードだけだったりして。

以  上 

 

2014年5月12日 (月)

The Masked Empire 9(2)

 フェラッサンのエルフの説話(フェンハレルに関する寓話)。結構好きなんですけど、果たして正鵠をついているのでしょうか。

***

 セリーンは断固たる決意で乗馬に耐えた。
 ブーツと下着は完璧に仕立てた自分のものをまだ身に着けていた。盗んだ鎧は擦り傷を作ったが、最初の夜に、若い頃舞踏会でのとっさの繕いのため学んだ技能を用いて、その部位に当て物をした。
 だが、両脚と腿、背中の腫れた筋肉にはなす術なく、痛みを甘受していた。小休止を求めるべきときにもギャスパードのことを考え、どんな弱さの兆しも見逃すつもりなく待ち構える仇敵たちで一杯の群衆の前に、若い女性が全身を曝して立つ場合にでも、落ち着き払った美しい振る舞いを欠かさないよう、レディ・マンティロンから手ほどきを受けた四十にも及ぶ筋肉の鍛錬を思い出していた。

 夜になって、ミシェルと、ブリアラの連れのデーリッシュが一行を停止させてからは、彼女は身体を屈伸させ、ダガーの稽古を一通りこなした。彼女の手首、喉、指には、サークル以外の者が一生のうちにお目にかかれる以上の魔法が潜ませてあり、それにはレディ・マンティロンから贈られた指輪と、手にしたどんな武器にも焔を纏わすことのできる指輪も含まれ、不意うちを喰らわせた兵士何人かを倒すには十分な力と技能を与えてくれる。
 だが、ギャスパードとそのシェヴァリエ軍団に対するにはそれ以上のことが求められる。そして彼と直接対決しなければ、この一件が決着しそうにないこともわかっていた。

 二週間ほど経ったある夜、フェラッサンとミシェルが明日の行程を相談している間、彼女が炉火に照らされた空地の端で、レディ・マンティロンが「蝶」と名付けた稽古をこなしていると、ブリアラが後ろから、二段目が違う、と声をかけた。

 稽古の手を止めたセリーンは肩越しに振り返り、口を閉じた笑みを向け、情けないほど息切れしていることを隠した。鎧を脱いだブリアラは疲弊の色濃く、汚れていたが、焚火の黄金色の光が舐める影とほとんど変わりのない姿であっても、変わらずまだ愛らしかった。

 進むべき径や兎の調理法についての些細な会話を除き、ブリアラが話しかけて来たのははじめてだった。セリーンは愛人をそっとしておき、兆しを待っていたのだ。

 これで正しいはずだ。できるだけ冷静に、口論の糸口にならないようにセリーンが言った。前の手で敵の攻撃を受け流し、後ろの手を交差させる振りで反撃を阻止し、踏み込んだ両方の刃で喉の動きを制する。彼女は稽古の出来栄えをつかむために指輪の魔法を用いていなかったが、想像上の敵に対してそのとおり実演してみせる際に、焚火の焔がダガーに纏わりついているように見えた。

 違う。ブリアラは自分のダガーを取り出し、無意識に醸し出される優雅さで空中を斬った。一段目は受け流すだけではなく、敵の手首を斬りつける。二段目は敵の繰り出す腕ではなく喉を狙う。
 彼女の攻撃の位置はセリーンのものより高く、その手首の素早い動きには、「蝶」の名に相応しい優雅で眩惑するような美しさがあった。
 そうすることで、次の攻撃で喉の動きを制するに十分なほど敵に近づくことができる。

 本当にそうか、ブリアラはいつもレディ・マンティロンの弓の稽古の方を好んでいたではないか。セリーンの言葉に彼女は、自分は両方とも使いこなすことができるし、正しいのは喉だ、と言った。
 セリーンは、ブリアラはどうせ相手の喉を掻き切ってしまうのだから、その動きを制する必要はないだろう、と微笑みながら言った。

 鎧相手、魔法の守り、ダークスポーンのような固い皮膚の敵、またはフェイドから来た化け物が相手だったらどうか。玉座を追われて、輝くシルヴァライト製の得物ではなく、農奴のナイフを用いなければならなければどうか。ブリアラはそう言いながら、怒りの表情で歩み寄ってくる。現実の世界は、ヴァル・ロヨーの宮廷の中のように完璧なお膳立てなどないことのほうが多い。

 セリーンはため息をついた。「ブリア・・・」
「あなたは大バカよ、セリーン」 ブリアラは大きく美しい瞳に涙を一杯に溜めていた。ブリアラが近づくにつれ、焚火の光を受けたそれらが闇の中で猫の瞳のように輝いている。彼女の首筋の血管は忙しく脈動しているが、その歩く姿は優雅さを保ったままだ。「説明は聞きたくない。理由は知っている。ただもっと慮って欲しかった」 

「鍵のかかった宮廷の一室でほんの二、三年過ごすだけ、ただ、それだけじゃない!」 相談を中断したミシェルとフェラッサンがこちらを見ていることに気が付いたセリーンは、声を低く抑えた。「わたくしたちにとっては何も違わなかったはず」
「あなたの髪には、あなたの焼いた者たちの煙の臭いが染みついている」 ブリアラが言った。「それが違い」

 踏み出すセリーンの足の下で枯れ葉が鳴った。「わたくしたちの帝国が、これほど短い間に、いくつもの戦火を潜り抜けることができると思いますか? わたくしは、わたくしたちが世界の羨望の的となる大学や、芸術や文化によって名を残したかった。でもその代わりに、オーレイの没落を招いた女帝として知られることになるかもしれない。あなたにはハラムシラルのエルフたちを悼み、わたくしの心を悶え苦しませる贅沢が許される。わたくしの玉座に腰を下ろせば、全ての街が目に入ります。他のすべてを救うため、そのうちひとつを焼かねばならないのなら、わたくしは咽び泣きながらでも、松明に火を灯します!」

 ブリアラは生唾を飲んだ。「あなたは咽び泣いてはいないでしょうに。玉座に腰を下ろしてさえいない」 彼女は素早く、急な足取りで歩き去った。「お許しいただけるなら、輝けるお方、悲しみに溺れる贅沢を享受しにまいります」

 セリーンは、彼女の愛人が焚火のほうに離れていくのを見ていた。
 それから、ブリアラのほうが正しかったので稽古に戻り、二段目をより高いところに突き出した。

*** 

 ウィークス氏が「臥薪嘗胆」を知っているかどうか知りませんが、セリーンのギャスパードに対する気構えはそんな感じがします。
 女性二人のやりとりは・・・、やめときましょうね。

2014年5月11日 (日)

The Masked Empire 9(1)

 第九章、セリーン一行の逃避行が続きます。

***

 ブリアラはフェラッサンのデーリッシュ部族を目指して南に歩いていた。子供の頃から夢見ていたのは、神秘的なエルフたちがヒューマンの統治もなしに自由に生活する姿だった。フェイドの物語のように儚く、そしてあり得ない。セリーンが冷淡であった頃、姫として彼らと暮らし、セリーンに洗い物を命じている自分を夢見た。セリーンが優しくなってからは、スピリッツが洗い物をする召使いの誰もいない世界で、ふたりで遊ぶことを夢見た。 

 大人になってからは、他のエルフたち同様、逃げ出してデーリッシュを見つけることを時折夢想した。誰もが、自分にはエイリアネイジや主人の屋敷から逃げ出してデールズの伝説を見つけた親戚がいて、上等な衣服と謎めいた刺青の顔でごく短い里帰りのため訪れてくるのだ、と言い張った。だがブリアラは、セリーンの一族の召使いとして、襲撃、密交易路、盗賊、反抗的なエルフを南の森から一掃する計画のことを耳にしていた。ブリアラは彼らもふつうの集団に過ぎないことに気が付いていた。魔法の王国もなければ、姫もいない。

 そして、あの読書室の出来事の日が訪れ、彼女のデールズへの逃避行。そしてフェラッサンへの。

 彼女は彼の方を見た。歩き続けてかれこれ一週間は経っており、サー・ミシェルの携行食を彼女とフェラッサンが仕留める森の獲物で補ってきたが、師匠は疲弊した様子ひとつ見せなかった。隣のセリーンの顔は馬上で長く過ごしたため痛みに歪み、サー・ミシェルはシェヴァリエの禁欲的な表情の下から、ときおり不快そうな顔つきを垣間見させていた。 

「彼らは私たちのことをどう思うかしら?」 彼女がフェラッサンに尋ねると、彼は顔を向け、片方の眉を吊り上げた。「君の民が?」
「デーリッシュが」 フェラッサンはゆっくりと息を吐き、その答えを考えていた。「部族ごと、別々に信頼を勝ち得なければならない。お互いあまり交流はないんだ。一度に一つ以上の部族がシェムレンの攻撃を受けないように。もちろん、故意にばらばらにいることで共通する部分もなくなっていくから、どの部族も勢力を増すことがずっと難しくなってくる」 フェラッサンが微笑んだ。 「興味深い見ものだよ」

「興味深い」 ブリアラはセリーンとミシェルの方を見て、声を潜めれば彼らの耳に届かないことを確かめた。「随分控え目な表現ですね」
「だが、正確だ」 微笑むフェラッサンの顔の前に枯れ葉が舞った。「雷雨は興味深い。野火は興味深い。その両方とも、真ん中に立って周囲の移り変わりを見物していたことがある」

「あなたの民はセリーンの手助けはしないと?」
「一体どうして、デーリッシュがシェムレンを助けなければならないんだ?」
「なぜなら、彼女は彼らを助けて来たからです」 ブリアラは自分の両手が握りしめられた拳になっていることに気が付き、苦労して力を抜いた。「彼女の統治によって、オーレイのエルフがどれだけ優遇されているでしょう?」

 フェラッサンがため息をついた。「君は二つ間違いを犯している、ダーレン」
「すみません、ハーレン。私はどこを間違えているのでしょうか?」

「君は、彼女がオーレイのエルフたちを助けたと言った」 フェラッサンが言った。「そこが違う。彼らが得たものは、彼女のおかげではない。君のおかげだ」
「でも、それは・・・」
「ああ、やめてくれ」 彼の声は平素だが堅固で、彼女の方を見ていなかった。「君がいなければ、君の女帝にエルフの友はいない。彼女の敵ギャスパードにすらわかる話だ」
 ブリアラはこうべを垂れた。「でも彼らの生活が良くなるのであれば、どんな違いがあるのでしょう?」

「美しきアーラサンの街に若き貴族がいた」 フェラッサンが言った。「そしてエルフの王にふたりいた娘の一人が蛇に噛まれて亡くなった。彼女を悼む告別式で、若き貴族はあまりに美しく完璧なエルフの女性を見かけ、心を奪われた。だが古代アーラサンの法によれば、式の最中に彼女と口を利くことは禁じられており、彼女の素性を知る術もなかった彼は、彼女の一族に対して交際を申し出ることもできなかった。彼は恋の神マイサルに祈り、そのエルフの淑女の名を告げるよう秘密の神ダーサメンに祈り、狩りの神アンドルイルにはその女性を手中に収めることができるよう祈った。そしてついに、フェンハレルにも貢物を捧げ・・・、答えたのはその「恐るべき狼」ただ一柱だけであった。その夜、夢の中で、彼は貴族に、意中の相手と再び相まみえるためなすべきことを告げた。何かわかるか?」

 しばし考え込んだあと、ブリアラはため息をついた。「王のもう一人の娘を殺すこと」
 フェラッサンはにやりと笑った。「君はフェンハレルのように考え始めているな」
「筋道を立てて考えただけです」 ブリアラが言った。「式がもう一度あれば、そこで・・・」
「褒めておるのだよ、ダーレン」 フェラッサンは首を振った。「原因こそが大事。出来事の真相を知るためには、何が、だけではなく、何故起きたのか知らなければならない。オーレイのエルフの暮らしは良くなっているが、その原因は君だ。彼女ではない」

「でも、彼らの暮らしは現に良くなっています」 ブリアラはため息をつき、捻じれた根をまたいだ。「間違いはふたつとおっしゃいました。もう一つは何でしょう?」

 フェラッサンは顔を向け、ヴァラスリンの縞模様の陰の彼の顔には、ひどく年老いたような悲しみの表情が浮かんだ。「君はエルフのことを、シャムレンが考えるように考えている。その血がどうであれ、ナイフ耳か平ら耳かに関わらず。君は、セリーンの統治で彼らの暮らしが良くなったと言った。彼らとは誰だ? エイリアネイジのエルフ? デーリッシュ?」 彼は微笑んだ。「そして、デーリッシュはどうして、街に住むエルフたちのことを気にかけなければならないんだ?」

 その後しばらく、ふたりは黙ったまま歩き続けた。

***

 勢いと時間があるうちに数を減らす。

 実は前章は、往年のガンダム映画「逆襲のシャア」とか、黒澤明監督の「七人の侍」とか、その他ケーブルテレビの映画を横で垂れ流したまま記事を書いていたので、セリフ回しの訳などに影響が出ているかもしれません。

 年を取るとわかると思いますが、新しいものは真面目に観ないと筋が追えるなかったりするので(肩が凝るので)、結局何度も観たことのあるものを観続けたりする。 何十回も放映しているはずの、テレビなんとか映画劇場がいつまでも数字を取るのも、それがあるのかもしれない。

 最近の映画もドラマも、なんかセリフが雑ですよね。引用(クォーテイション)したくなるようなセリフの番付って、(あちらでもそうですが)ごく少数の例外を除いてずっと古いもののまま変動していないようです。

 PSNもAmazonもレンタル映画のラインナップほぼ同じですが、続編に頼り過ぎというのもあって、二時間以上長々見せておいて、次回に続く(ハンガー・ゲーム)。おいおい。以前の作品の焼き直しネタに頼り過ぎ(レッド)。おいおい。

 意外にも「47ローニン」の好感度は高い。まるで北欧かどこかの神話・伝説みたいな話になっちゃってますが、あれだけバカやればファンタジーとして文句なしでしょう。逆に「47」である必要すらなくなってしまったわけですが。そして、あちらの評価が上の二作品より悪かったりすると(本当)、よしよし、と思っちゃったりするんですよね。わかってたまるか。

 

これ、最初からやってくれよ、Amazonも小売連合も。

 遅ればせながら、日本の書籍リテールも反撃を開始するようです。

「黒船アマゾン、書店連合で迎撃 大手も参入の“無料”電子書籍、続々商品化」

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/140510/biz14051007000001-n1.htm

 「迎撃」て。もう上陸されて橋頭堡構築されたどころか、随分と内陸のほうまで攻め込まれてますぜ。言うなら「反撃」でしょう。

 「リアルの書籍を買ったら、デジタルがただ、または安く手に入る」

 これ・・・。ほんと、お前ら最初からやれよ!

 つうか、(Amazonなら)過去の購買データーを参照して、遡及して権利が生まれるわけでもないんだろうな。しかもまだ、Amazon.comだけのサーヴィスだけかな。
 それでも遡及してくれるなら、Amazon創業以来の顧客として過去相当買っているからありがたいが。

 だって検索、めっちゃ便利なんですよ、奥さん。使い捨て、読み捨てで重複して読むような読み方をしない人の方が多いだろうけど。通読するのは「紙の本」のほうが色々便利だが、後から「あれ、どこに書いてあったっけ?」と探し倒すことの多い人には、「デジタル版」がめちゃくちゃ重宝。英語版は完全にそう。確かに英語版に比べれば、日本語版デジタル(私の場合はKindle版)は検索ひとつとってもいろいろ問題あるけど、それでもないよかまし。

 デジタルでは(少なくともKindleでは)、回し読みも貸し出しもできないし、多分差し上げることもできないはずだが、紙の本なら全部できる。そして手元にデジタルが残るんだから、貸して返ってこなくても気にしない(今でもあんまし気にしないけど)。

 デジタル黒船のせいでもなく、若者の書籍離れのせいでもなく、くだらない書籍しか出さないから売れないことが、貴様らにはなぜわからんのだ!(シャア総裁の声で)

 リテール(小売り)が、ここまで必死になれば、卸も出版側も、ようやくことの本質を直視するようになるのではないだろうか。

 色々な例で、日本に参入・上陸してきたプレデター、スズメバチ、鬼畜、っと失礼、欧米企業を追い出したのは、こうした違法カルテルとは呼べない範囲で、地元企業が結託して戦うヤマトミツバチ戦術であった。

 出版関係の再販価格維持制度には何の意味も同情も感じないが、これは頑張ってほしい。 

 結局、外敵に叩かれないと本気にならないんだよねー、とか他人事のように言っている場合ではない。
 いずれ、日本語の活字もフォントもガイジンが決めるようになったら一巻の終わりです。
 (最近Kindle HDX8.9のブラウザが見たくもない大陸国フォントになっていて往生し、数少ない和製ブラウザを無理して使っていたが、ようやく普通の和製フォントに戻ってほっとしている。理由は知らん。とにかくあのフォント、法律で使用禁止してほしい)

 

 

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【DAI】Breaking Down The Latest Dragon Age: Inquisition Trailer

 Gameinformerの記事。少し前のものなのですが、今日初めて見つけました。

http://www.gameinformer.com/b/features/archive/2014/04/22/breaking-down-the-latest-dragon-age-inquisition-trailer.aspx

 丁度最新のトレイラーが出たときの記事らしく、その分析をしようという内容。

 結構長い記事なので、要点だけかいつまんで。内容はGameinformerがDAプロデューサーのキャメロン・リーに聞き取ったものが含まれているそうなので、ここまでがこの時点のオフィシャル。 

 これもまた「ゲーム・リリース前に余計な情報が不要」という人は、読まないのが吉。
 というか、【DAI】と表題につけている記事は避けていただきたい。

  私にとっては、やっぱりそうかといった自分の推測が正しかったと思えるものも、まさかそんなという、予想を裏切られたものもある。

 BioWare/EAの最新トレイラー(Gameplay Trailer -"The Inquisitor")をもう一度ご覧になるとわかりやすいかもしれない。US版は下。

http://www.dragonage.com/#!/en_US/mediaGallery/videos/0

爆発(The Blast) 

 フェイドへの亀裂(実際に裂けているのはヴェイルで、フェイドは裂けるものではない)ができる際に大きな爆発があり、数千人規模の人が死んだ。
 そこではメイジ・テンプラーの和平に関する頂上会談が執り行われていた。重要人物が多数死んだ。両集団は指揮を喪って混乱状態となった。

生存者(The Survivor)

 主人公だけが爆発を生き延びることができた。トレイラーでは、カッサンドラが主人公に対して唯ひとり生き残った理由を怪しんでいる。爆発の後、フェイドから歩み出て来たのはどうしてか。

痕跡(The Mark)

 フェイドの中で、主人公の手にはアーケインの印がつけられた。フェイドへの亀裂と反応することができるが、役目はそれだけではなさそう。インクイジションを率いる根拠にもなり、亀裂を生んだ敵の標的になる理由にもなりうる。

敵(The Enemy)

 フェイドへの入り口を開けた者、DAIには明確な敵が存在する。それが誰かを見出すのがゲーム前半の目的のひとつ。だがインクイジションを結成した主人公の活動が脅威となれば、自ずから姿を現すことになるだろう。

仲間(The Party)

 レリアナの他、馴染みの顔も何人か並ぶ。カッサンドラ、ヴァリック、カレン。そして新しく登場するヴィヴィアン、ソラス、セラ。

戦闘(The combat) 

 戦術的要素が復活し、ポーズ・アンド・プレイのオプションもある。様々なクラス/メンバーの組み合わせを試すことを推奨する仕組みがある。全員同じクラスのパーティーを組むこともできるが、難しい戦いになるだろう。

グレイ・ウォーデン(The Grey Wardens) 

 トレイラーには、主人公たちがグレイ・ウォーデンと戦っている様子が間違いなく描かれている。ゲーム内のファクション(派閥)は数多く、お互いに敵対し合っていることもある。インクイジションがウォーデンと敵対する理由もそこに隠されているのかもしれない。

ポスト・ゲーム(The Post) 

 ゲームのストーリーが終わってからも、高レヴェル・ゾーンや、上級クラフティング、より困難な敵がインクイジターを待つ。ゲームのストーリーが終わるまでの間に、この広大な世界を歩き尽くすことはできないだろう。 

ドラゴン(The Dragons)  

 トレイラーに登場するドラゴンたちはクールだ。そして、ゲームがDragon Ageであることに違いはない。

***

 爆発の後、主人公がフェイドから歩み出てくる。その前にモリガンとお話していた(意識の中に語りかけられていた)というのなら、一番最初のトレイラー("The Fires Above"、US版は下のリンクから)と完璧に繋がりますし、予想どおり。

http://www.dragonage.com/#!/en_US/mediaGallery/videos/3

 

 個人的には、グレイ・ウォーデンと戦うのとか「やり過ぎ、やめとけよ」と思うけど、BioWareのことだからやるんでしょうね。DA2のDLCのウォーデンたちだって清廉潔白ではなかったわけだし、もともとウォーデンのモットーにはそんな価値観ないわけだし。

 コンパニオンについては、ヴィヴィアンの他、ソラス、セラもオフィシャル・コンファームされていたんですね。残りはあと四人。ファンの読みどおりに、アイアンブル、ウォーデン、ひげ、コール? で間違いないのだろうか?

2014年5月10日 (土)

The Masked Empire、ここまでの感想(2)

 これが書きたくて、怒涛のような疾走、んー、早足、でもないなあ、結構間が空きました。
 だいたいお前、途中で好き勝手書いてるじゃん。思い付きです。
 やっぱまとめてじっくり書きたいねー。

 と思ってよくみたら、全17章と思ったこの小説、エピローグがついていた・・・。 

 まだ厳密には半分終わったとは言えない。でもページ数なら、ほぼほぼ真ん中。許してもらおう。
 物語に関しては、特に触れなくてもいいかと思います。そろそろネタバレも怖いのでやめとこう。

・武器、鎧 

 馬具については途中に書いたし、詳しい人が見て変なこと書いてるなあ、と思われなければそんな興味をそそる話題じゃない。
 武器・鎧についてはできるだけカタカナはやめようと思った。自分でお書きになればわかりますが、日本語ってあまりにカタカナが多く入ると格好も調子も悪いんですよね。でもこれ難しい。
 スリング、ナイフ、ダガー、プレートアーマーですでに破ってます。ナイフはバケツと同じ日常用語だから許してもらいたいけど。

 文中にも"short swords"が出てきて、槍兵の近接戦用の備えとされている。これを「短剣」とやっちゃってますが、多分違うんでしょうね。ダガーこそ短剣ではないかとも思われる。じゃあ「短刀」との違いは、などなど定義は「一説によれば」のオンパレードになっていく。

 「長剣」、「長弓」はそのまま"longswords"と "longbows"で、どちらも一語であることに注意。対して"short swords"は二語なので、後からとってつけられた(分類学上の)造語だという説に信憑性が生まれます。
 ゲーム内でもなぜか微妙な扱いの"short swords"。ダガーの遣い手って良くいるけど、ショートソードの遣い手・・・。それこそ(あの映画は別にして)小太刀(こだち)の遣い手みたいにシャビーな感じが。

 "slings"は「スリング」でどうしようもない。"slingshots"と間違えて「パチンコ」としちゃうと目も当てられませんね。セダスが弾性ゴムを工業生産しているはずはないので、その代わりはなんだろうという話になる。

 "crossbows"が「弩」も本当は苦しい。もっと苦しいのはその射出物である"bolts"。「弩の矢」としていますが、弓の矢(arrows)とはやっぱ違う扱いにしたいですよね。これは「ボルト」じゃナットとボルトじゃないんだから、さすがにまずかろうし。違う訳語ないんでしょうか。

 これまでちらりと登場したもの、メンションされただけのものまで含めると、順不同で"mauls"(モール、大槌)、"hatchets"(ハチェット、手斧)、"axes"(アックス、斧)、"halberds"(ハルバード、槍矛) "spears"(スピア、槍)"long-handed axes"(長柄の斧)、"stilettoes"(スティレット、今見たら「短剣」とやってしまっていたので「小剣」に直してきた)、まだあったかな。

 "Drakeskin"がドレイクスキン、"chainmails"が鎖帷子は許してもらうとして、"full plate armors"は作中では今のところリマッチェ公爵が身に着けていると明示されていただけ(前後の記述からギャスパードも同じと推測。、ミシェルも、シェヴァリエはきっとそうだと思うが記載がない。セリーンの儀仗用の鎧も、形だけはプレートアーマーを模したものでしょうか)。

 このブログでも以前指摘いただいたが、詳しい方ご承知のとおり、プレートアーマーは騎馬戦のための特殊な工夫を凝らした鎧。"full"がついたのはゲームなどからはじまった造語との説あり。訳語は「(全身)板金鎧」。だめでしょう。これはだめ。事故車とか、改造車とか、わけわかんないイメージしかない。

 訳文で省略(簡略化)してるものでは、そのほか"hunter's lethers"(革)や"hide "(皮)など。"padded"(詰めもの、当てもの)は補強程度の扱い。「ハラムシラルの戦い」の後、ギャスパードがフル装備なのにもかかわらず、葡萄酒片手にくつろぐリマッチェが着ているのは、狩猟用の革服。鎧ではない。 

 どこぞのシミター遣いみたいに神格化されてしまうと、しかもそういう手合いが頻繁に出てくると、出たオタク小説、と思ってしまいます。一方でまったくそちらに頓着しない(剣は全部剣で弓は弓)のも寂しい。

 個人的にはウィークス氏のオタクの滲み出し具合が丁度心地よい水準です。  

・訓練、訓練

 「訓練、訓練」、私などは往年のくだらない(くだらなさでは抜群な)映画「ポリアカ」シリーズを思い出してしまいますが、ウィークス氏は「訓練」大好き。この手の小説で、"train"という言葉がこれだけ出てくるものって少ないんではなかろうか。

 セリーンも、ブリアラも、ミシェルも、ギャスパードも。なんだろう、普通の人々が訓練によって達人に。思いこんだら試練の道を、行くが女(男)の以下省略というつもりか。
 なわけないです。人間やっぱり90%才能です(残りの10%が運です)。現にセリーンも、ミシェルもずーーーっと幼い頃に見い出されたわけだし。アメリカン・ドリーム批判はやめとくと、RPGでいうところの経験値至上主義の産物でしょうかね?

 それからやたら「偵察」(scout)をえこひいき。こういう人結構いるよな。レンジャイびいき。ローグびいきと喧嘩になる(すみません、昔喧嘩した)。

・魔法 

 セリーンが魔法の指輪をふたつ用いていますが、女帝だから何でもありですか? ひとつはレディ・マンティロンから貰ったものという。
 魔法のアーティファクツでもチャントリーは厳しく取り締まっているのではないんだっけ。小銭稼ぎしていいんだっけ? (よく考えたらカークウォールでも魔法の品が白昼堂々売っていましたっけ?)

 フェラッサンのあっち系(デーリッシュ/ドルイド)魔法、これも随分抑制的で、敢えて渋さを醸し出してるのかなあ、と推察。"Asunder"ではウィンさんとかエイドリアンさんとか、エヴォケーション系をどっかんどっかんぶっ放していたから、控え目がいいのかもしれない。あとはヒーラーぽい感じでアポステイトのリエンヌ。名前だけならヴィヴィアンも登場したくらいですか、忘れてなければ。 
 こちらも、山ほどメイジが登場した"Asunder"に比べれば控え目でいいのかなあ。

 指輪物語のガンダルフみたいに、言われても魔法使いとわからないって羽目にはならないで済みそうだけど。

 

The Masked Empire 8(4)

 第八章ラスト。

***

 この古代の街道は両方向に何マイルも続いている、とミシェルが告げた帝国街道を横切り、ふたりはまたすぐに森の中に入った。フロストバック山脈が東に小さなシミのように見え、西側のハラムシラルからは依然として黒煙があがっていた。

 進路が定まった今、セリーンの心には南部オーレイの美しい風景を楽しむ余裕が生まれそうになっていた。馬車に揺られるのではなく、風の中に道を見つけ、広大な森を眺め、鮮やかな黄金色に染まりつつある木の葉の香りを嗅ぐ。さほど前でもない時分、彼女は乗馬を望んでいたことを思い出して一人笑いした。次回はもう少し具体的に希望することにしよう。

 時折ミシェルが片手をあげ、ふたりは馬を降り、ギャスパードの乗り手たちが通り過ぎるのを馬を静かにさせながらやり過ごした。セリーンも訓練を積んでいたとはいえ、ここではミシェルの感覚が優っていた。彼女には竪琴の音色のほんの些細な外れを聞きわけることができるとしても、蹄の音にはミシェルのほうがずっと早くから気づいていた。

 ときには小さな獣が進むための径を進み、ギャスパードの手の者が近づいてくるときには、それからも脇にそれ、陣羽織の家紋がはっきりわかるほど間近を通り過ぎていくのを、剣を構えて見守った。ライデスからギャスパードの援軍に出ているリマッチェの手の者たちだ。 

 森の端に辿りつくと、ミシェルがごく小さく毒づき、追い付いたセリーンはすぐにその理由を見て取った。前方に見える小高い丘の、草に覆われた頂上にはギャスパードの兵たちが陣取り、周囲に抜群の視界を確保している。

 戻るべきか、とセリーンが声を潜めながら尋ねる。ミシェルは、背後から追手が迫っている以上、南に向かう他に道はない、と答え、森の縁近くにある干上がった河床を指さした。身を低くして速やかに進めば、見つからずに渡り切れる。セリーンは頷き、チャンピオンの準備が整ったらいつでも行けると告げたが、ミシェルは低く笑って、準備が整うのを待っていたら、初雪が降り始めてしまうだろうと言い返した。夜まで待ちたいところだが、闇の中馬をかけさせる危険は冒したくない。
 では行こう、今。

 ふたりは過剰なくらいの細心さで馬を歩ませたが、ミシェルのように訓練を積んだ者たちが、些細な音も聞き漏らさないことはセリーンも目の当たりにしてきていた。乗り手たちが付近を駆け回る音が聞こえ、叫び声もなく、自分たちの姿も見えていないはずだが、セリーンの胸の鼓動は高まった。ギャスパードがどれだけ多くの兵を動員しているかを知るのも脅威だが、その間をすり抜けなければならないのはまた別の問題だ。

 森の縁までやってくると、ミシェルはふたつの手綱を取り、鎧に身を包んだ者とは思えない身軽さで二頭とも涸れた河床に引き下ろした。セリーンが続き、背の高い草の陰で身を潜める。奪った馬が神経質に跳ね上がるが、チェリテンヌがいななき、軽く身体を押して静かにさせた。彼女はまるで上からの視線が自分に突き刺さるような居心地の悪さを感じていたが、それは単なる気のせいだと自分に言い聞かせ、敢えて丘を見上げることはしなかった。
 すでに鞍に跨っているミシェルのところまでようやくたどり着くと、彼女も同じように馬に乗り、振り返って自分たちが敵の視界から遮られていることを確認し、馬を駆け出させた。

 ところがそこから一分も進まないうちに、彼女たちを三度目の遭遇が見舞う。曲がり角に早足で馬を進めたところで、セリーンたちとまったく同じ理由で河床を抜け出て来たふたりのエルフとばったり出会ったのだ。

 ふたりは倒木の切株の側に身を半分だけ隠してしゃがんでおり、ひとりはその顔の刺青と緑色に輝いている杖からデーリッシュのメイジと知れた。
 もうひとりはブリアラだった。

 ブリアラの顔は汗と埃にまみれており、額には木の葉の間を駆け抜けたときのものらしい擦り傷がいくつもできていた。彼女はセリーンが贈ったドレイクスキンの鎧を身に着け、その上から安手の茶色い外套を纏っている。
 彼女の美しい弓は掲げられ、つがえられた矢はセリーンの心臓に狙いを定めていた。
 しばらくの間、誰も動かなかった。

 セリーンは百もの言葉を考えていた。前腕に隠した二本のダガーのことを考え、矢の先に間違いなく塗られているだろう毒のことを考えた。囚人用の馬車の鉄格子のことを考え、乗馬で傷んだ自分の足のことを考えた。首筋がかゆくなり、それが掻きたくなってほとんど笑い出しそうになった。

 ブリアラが弓を下げた。「セリーン」
 セリーンは長い息を吐き出した。「ここで何をしているのです?」
「身を紛らすことのできるエルフの同族たちを探していたのさ」 デーリッシュのエルフが言った。「そちらこそ何をしにここへ?」

「ギャスパードがジェイダーへの道を封鎖しました」 セリーンが躊躇なく答えた。「そしてライデスも彼らの手中にあるため、何とか迂回しようと試みていたのです」

 ブリアラが頷き、その意味を理解した。「では旅のご無事を」 彼女のデーリッシュの連れが眉を吊り上げた。
「ふざけているのか?」 サー・ミシェルが疑わしそうに笑いながら尋ねた。
 ブリアラは彼を直視した。「昨夜、セリーンが私の身柄を拘束したのはあなたもご存じでしょう。ハラムシラルを焼き討ちにする前に」
「わたくしが叛乱を鎮圧する前に、です」 セリーンが鞍の上で居住まいを正して言った。「わたくしがエルフに手緩いとの、ギャスパードが広めた噂を押さえるためやむを得ず」
「そして私を檻の中に放り込んだ?」 ブリアラが尋ねた。彼女の声は冷静だったが、大きく暗い瞳には怒りと心痛を示す光が宿っていた。 

 セリーンは鼻を鳴らした。「もしあなたがあの場にいたのなら、あなた自身がギャスパードからわたくしの名声を守るための策となることと、あなたが黙らせておくべき面倒な相手だとみなす彼の支持者たちから、あなた自身を守るための策を告げていただけたのでしょうね」
 ブリアラは何も言わなかったが、デーリッシュ・エルフが不思議そうに首を傾げた。
「自力じゃ、ヴァル・ロヨーまで行き着けやしないでしょうが」と彼は言った。「そのギャスパードなる者は心底あなたを見つけたがってるようだから」

「そうでしょうね」 セリーンは微笑んだ。「でも、たとえそうでなくとも、彼はヴァル・ロヨーにとって返して、わたくしの不在をいいことに玉座をせしめるやもしれず、そうなればあなた方にとっても、わたくしの好意を受けるいかなる機会も失われるでしょうね」 
 デーリッシュ・エルフはにやりと笑った。「あんた盗んだ鎧を着て、盗んだ馬に乗ってるんだぜ、シェムレン。今この瞬間、帝国なんてどこにもないのに、好意が多大なる施しだからありがたがれって?」 彼はブリアラの方を向いた。「気に入った」

「鎧と馬はオリージャン兵士のもの、故に間違いなくわたくしのもの。わたくしの力について言えば・・・」 彼女は冷たく笑った。「デーリッシュが支援するというなら、ギャスパードの兵を悩ませ、彼を戦場まで引きずり出し、彼が玉座を奪う前にわたくしをヴァル・ロヨーまで連れ戻す手助けをするのなら、わたくしの施しが如何ほどのものか思い知ることになるでしょう」
「随分とあいまいだな」 エルフが言った。「一番最近エルフがこんな取引きをしたときには、デールズを手に入れた。まあ、そちらの民が『聖なる行軍』を始めて、取り返すまでの間だけだが」 

「ギャスパードはあなたの民を皆殺しにし、デールズを血の海に変えるでしょう」 セリーンは西の空、ハラムシラルがまだ煙をあげているほうを見た。「そして彼がそうしなくとも、テンプラーとメイジがもたらす狂気を食い止める力のある者がいない中、生き残ることができれば僥倖と思うべき」
「何を差し出すつもりだ?」 エルフが尋ねた。
「あなた方の指導者がわたくしを説得する機会です。わたくしがエルフの助力を受け入れることを許すことにより、わたくしの貴族の間に巻き起こる悶着に値するだけの存在かどうか、デーリッシュが示すための」 セリーンは平静な口調で言った。「それ以上のことは、あなた方のキーパーに直接お話します」
 デーリッシュ・エルフは黙り込み、彼女を値踏みするかのように見つめていた。

 最後に、ブリアラが頷いた。「ここから動かないと。ギャスパードが偵察を出しているし、あなたたちの足取りは目の見えないドワーフでさえ追うことができる。村も大きな農園も避けなければならない。彼はあらゆるところに人を置いている。フェラッサン、馬は連れていけるの?」

「歩くのに慣れていないなら、必要だろうな」 デーリッシュ・エルフはサー・ミシェルを見た。
「またお会いしましたな、ミシェル」 彼とブリアラは空地を出て南に向かい、ミシェルとセリーンが後に続き、馬たちが枯れ葉を踏みしだく音が鳴り渡った。

「彼女は姿を消すと思ったのですが」 ミシェルが静かに言った。
「それなのに、あなたの剣は鞘から抜かれなかった」
 ミシェルは微笑んだ。「拙者も陛下には驚かされました。そして自分が間違っていたことを知って喜んでおります」
「わたくしもです」 セリーンは言って、径の前を進む愛人の方を見た。「わたくしもです」

***

 竪琴(Lyre、リラ、ライラ)のほんの些細な音のはずれも聞き逃さない。こちらは周瑜の逸話を思い出す。「曲に誤りあれば周郎が振り向く」。しこたま酔っていても、だそうですが。古今東西、英傑たちのやることは一緒か。 

 セリーンとフェラッサンは初対面のはずですが、女帝はともかく、デーリッシュは名乗りさえしない。それは当然です。
 セリーンの言い回し、わかりにくいですね。訳が変なのかと思って考えてましたが、やっぱ「女帝」たるもの、「高みから見下ろす」、「くれるならもらってやる」という態度を崩さないのでしょうか。そうだとしたらそれも当然か。

The Masked Empire 8(3)

 第八章は次回まで。

***

 ハラムシラルの北方の森は深く、セリーンは、けものみちを進むミシェルの方向感覚を信じるしかなかった。馬が二頭となったので、ミシェルは早足に戻し、セリーンの脚と腿の付け根は慣れない動きに痛み始めていた。革鎧は身体によく馴染んだが、あつらえて仕立てたものではない以上、後で水ぶくれがどこにできるか容易に予想ができた。

 何の前触れもなく、四人の武装兵が剣を掲げて径に歩み出てきた。馬をいただこう、と先導する一人が叫んだ。
 セリーンは片手でダガーを抜いたが、サー・ミシェルの愛馬と異なり、戦いを切り抜ける訓練を受けていない乗馬の手綱は手放さなかった。四人は薄汚れた陣羽織の下に鎖帷子を着こみ、槍兵が近接戦で用いるような短剣を手にしている。
 セリーンは、泥と血で汚れたその陣羽織には、紫地に黄金の獅子が描かれていることを見て取った。
 自分の兵ではないか、そう口にした途端、彼女はまるで自分が愚か者になったような気がした。
 胡散臭そうに見る男たちの中、後ろに立っていた濃い髭をたくわえた老練そうな兵が青ざめ、後ずさりし、セリーン女帝陛下と叫んだ。
 主導者はずっと若く、より怒りに満ち、その鎧の返り血も多かった。彼は鼻を鳴らして、自分の女帝ではない、と言った。

 サー・ミシェルが長剣を抜き、オリージャンの血はその身体にまだ流れているのか、と問いかけた。ならば上等な鎧はどこへやった、と主導者はミシェルを無視して仲間に言った。数百の輝くシェヴァリエも付き従っていない。女帝が逃げ回っている間に皆ハラムシラルで討ち死にしたからだ。

 サー・ミシェルの剣が一たび閃いた。オリージャンの血はその身体にまだ流れているのか、彼は斬った相手が地面に倒れるのを待たずに再び問いかけた。三人はミシェルを、それからセリーンを見た。そして躊躇いがちにこうべを垂れた。
 自分たちは退却の合図を聴いて逃げ出した。それまではメイカーに誓って名誉を持って戦った、と老練兵が言った。
 女帝は頷き、チャンピオンがジェイダーへの道を切り拓き、そこで反撃のための軍を再結集すると告げた。
 彼女は兵たちに付き従えと命じるつもりだった。忌々しいギャスパードを粉々にしてやるには軍を再編する必要がある。だが老兵のひきつった顔を見て思いとどまった。

 彼らはすでにジェイダーへの道を試していたが、女帝がそちらに向かうことを予期しているかのようにギャスパードの手の者が街道を封鎖していた。老兵に続いて、別の兵が言った。弓兵も馬上の兵もおり、自分たちはただ森の中に逃げ戻るしかなかった。
 ならば、と言いかけたセリーンは、サー・ミシェルが微かに首を振っているのを目にして言い澱んだ。他の道を見つけるだけだ。

 自分たちにどうしろというのか。三人目の、まだ男とも呼べない年頃の者が初めて口を開いたが、その声は恐怖で震えていた。ハラムシラルの敵が受け入れてくれるのではないか、もし今ここで・・・。そこまで言って口ごもった。

 ヴァル・ロヨーに向かうしかない、と老兵が言い、セリーンの顔を見てすぐに付け加えた。女帝陛下が他をお望みでない限り。
 それを聞いた若い男が泣き出しそうな顔で言った。ギャスパードの兵をすり抜けることはできない、自分たちは偵察ではないし、すでに危うく捕まるところだった。

 ミシェルは小さな疑念を含んだ目つきでセリーンを見やった。彼女はそれを無視することも、この場をミシェルに任せて自らの良心を傷つけず済ますこともできたが、それは間違いのもとだ。そうでなくても、ことは女帝の名誉にかかわるのだ。 

 ではどうするつもりか、そう問い糺す彼女の声の威厳は相手を黙らせた。ギャスパードの兵に見つかればどうするつもりだ。女帝がどこに向かうか、どこで出会ったか問われたら、自分の命を守るため、どれだけのことを告げる気だ。
 若い男は、女帝に絶望したような目を向けた。
 彼女は顔を歪めた。若者と同じくらい、自分にもその答えはわかっている。惨たらしくはあっても、ことは簡単になる。おやりなさい、と彼女はミシェルに命じた。

 ミシェルが若者を斬り伏せる際、老兵は目を閉じた。剣を掲げた別の兵は、ミシェルに突き飛ばされ、同じように斬り殺された。剣の撃つ音も叫び声も驚くほど素早く消え、沈黙が訪れた。

 身動き一つせず目を開いた老兵の喉元には、すでに剣先が当てられていた。
 自分は偵察ではない、彼はセリーンを見て言った。だが兵士であり、セリーンの他に女帝を知らない。命じられればどこにでも赴く。ギャスパードの兵と戦い命を落とす覚悟だ。もし生きて捕らわれても、何一つ口にはしない。
 チャンピオンが仲間を斬り伏せた後でもか? セリーンが三つの亡骸を見て言った。
 老兵は震える声で答えた。彼らは良き戦友ではあったが、自分の誓約は女帝に対するもの。もし陛下の行方を隠し通す必要があれば、ここで喜んで死ぬ覚悟。

 セリーンは、老兵に剣を突きつけひとときも目を離さないでいるミシェルを見た。 行け、と彼女は言った。もしヴァル・ロヨーへの道に辿りついたなら、指揮官に槍兵としてではなく、いまや女帝の個人的偵察としての役目を担ったと告げよ。

 ミシェルは剣を鞘に収めたが、老兵が礼をし、生唾を飲み、森の中に消えていく間、セリーンの方を見ようとはしなかった。
 ミシェルの沈黙の抗議がどんな遠くからでも見て取れたであろう女帝は、わかっている、と言った。物言う立場にあらず、彼は首を振りながらそう言い返した。責務を忠誠に優先させ、セリーンが止める前に老兵を切り捨てた者もいただろう。安全が慈悲に勝るとみて。

 そのとき、彼女はサー・ミシェルを今までになく称える気持ちになった。自分が別にそう命じるまで、ミシェルは常に物言う立場にある、彼女は手にしていたことにようやく気付いたダガーを鞘に収めながら言った。確かに誰一人自分たちの居場所を知らずにいたほうが安全であることに疑いはない。
 だが、他の臆病者たちと異なり、あの男は女帝に忠誠を誓っていた、とミシェルが言った。常に女帝の身の安全を守る立場ではあるものの、ひとりの忠義深き臣下を持つ意味を、今ここで目の当たりにすることができた。彼はそう言い添えた。

 セリーンの両脚と背中は乗馬のため傷んでいた。馬から降りて背筋を伸ばしたが、死骸が三つ転がるこの場所が休息に適しているはずもない。一方で、三人の死骸が増えたところで、戦全体の流れを左右することもなかった。
 今朝戦場で、自分のためにどれだけの兵が死んだのだろうか。彼女はそう尋ねると、悪態をつきながらダガーを投げ、木の幹に深々と突き刺した。そしてエルフのスラムでは、噂を鎮めるためにどれだけの血が流されたのか。

 エルフは女帝のために死んだのではない、とミシェルが死骸を径から退けながら言った。彼らは愚かな利己心のため死んだ。女帝にどのような意図があろうが、叛乱を鎮圧することは全き正義だ。そして兵たちは女帝の名誉のため死んだ。やがて裁かれるべき裏切り者の手によって。
 それでも彼らは死んでしまった。セリーンはダガーを引き抜くと袖で刃を拭った。目は赤く腫れていたが、すすり泣くことを恥とは思わなかった。午後の茶を嗜む前までのように頭はずきずきしている。名誉でも栄光のためでもなく、ダークスポーンや外敵からオーレイを守るためでもなく、「ゲーム」の一部として、ギャスパードが自分を責める手段のために死んだのだ。

 ミシェルは作業から顔をあげずに、陛下は不利な戦いを強いられてきた、と告げた。
 だが自分はオーレイを統治しているのだ、と反駁する女帝に対して彼はにやりと笑い、だからこそ、女帝は実際に統治せねばならず、一方ギャスパードは武芸大会を観衆として見ている心無い遣い走りのように、自分だったら世界はこうなる、自分のほうがうまくできると言い張っている。もっとも、実際玉座に就かない限り、女帝を打ち負かしたことにはならない。

 いや、すでに自分を打ち負かしている。この森の中でなら彼女は認めることができた。それがまたもっとも心を痛めている理由だった。 決闘でギャスパードに勝つことはできず、馬上の戦いでもまず無理だ。自分は甘言と魅力で釣ることはできても、ギャスパードは範を示して兵を惹きつけることができる。セリーンの機転、胆力、「ゲーム」の腕前は彼女の武器であり、その範疇の戦いであれば自信があり、常に勝ち続けてきた。
 それも今日この日までのことに過ぎない。

 いっそ呪われた玉座でもくれてやって、彼がどんな目に合うか見物しようか。彼女の声は囁きに過ぎなかった。

 最後の死骸を下草の中に隠したミシェルが彼女のほうを見て言った。申し訳ないが最後のほうが聞き取れなかった。ジェイダーが封じられているなら、ヴァル・ロヨーに帰還する道を探すほうがいい。
 政治に関する意見の相違があるやはともかく、チャンピオンに相応しい男は彼の他にいない。彼女は咳払いをして言った。

 ライデスはリマッチェの手の内だ。街を抜けることはできない。ヴァーチエルも同じ。とはいえ、ウェイキング海沿いを延々と進めば、ギャスパードが先に女帝不在のヴァル・ロヨーを掌握してしまう。帝都には彼に付き従う貴族連中が多い。
 ミシェルが同意して引き取った。自分がギャスパードなら、女帝はウェイキング海に向かうと見る。もう捜索をはじめているだろう。

 であれば南西か、とセリーンが尋ねた。今地図の一枚さえ手に入るなら、ハートランズの半分でもくれてやるところだ。このあたりのデールズは草覆い茂れる平原地帯であり、そこここに点在する小規模な森林には、デーリッシュ・エルフが盗賊のように潜んでいる。数えきれない小さな村落の他は大部分が農地であり、どれも女帝の助けにはならない。ライデスをすり抜け、ヴァーチエルに向かって北に進むのはどうか。

 ミシェルが同意し、ふたりは再び馬上の人となった。

***

 丞相曹操の若い頃みたいになってまいりました。董卓暗殺未遂事件かな。
 敵を斬り、味方まで殺め、これまで登場した中で唯一忠誠を誓っていた領主まで敵陣に籠絡され。
 セリーンも乱世の奸雄ということでしょうか。女帝ですから「平時の能吏」とは言いません。

 ひとつだけ、また頭のおかしい人の話として聞き流していただいて結構ですが(頭が少しおかしくなければ、こんな取組みはなからやってません)、こういうシーン、アメリカンの先入観というか、メンタル・バインドが色濃く出てきていると感じちゃうんですよね。一種のタブー。

 どこの馬鹿がシェヴァリエの乗馬を襲うのでしょうか。なぜそこらの村落や、樵の小屋でも襲わないのでしょうか。なぜ、最初からギャスパード軍に投降しないのでしょうか。皆殺しされるから? たかが槍兵くずれを? 敵は異教徒でもなければ、テロリストでもない、当時そんなルールか?
 そんなこともありますが、それよりも何よりも、どうして敗残兵たちは決まって女帝に逆らうのでしょうか? 言葉を換えれば、なぜ兵たちは自立している(自己が確立している)のだろう。
 そして、どうしてこういうときだけセダスの民は信心深くないのだろう(オーレイは王権神授ということになっている)。古参兵がそれを体現しているという仕掛けでしょうが、若者がずっと反逆的ってのも文明の産物じゃないのか。

 私見ですが、当時の兵隊はもっとみんな純真で手柄目当てで馬鹿だったはず。為政者がどうの、体制がどうの、その言葉すらない。そんなこと言い出すのフランス革命前夜からじゃないんでしょうか(そしてもちろんアメリカ建国もその流れ)。
 もっとも、不利と見れば兵はさっさと逃げ出し、あっさり旗幟を変えるのは、「諸国民の戦い」であるナポレオニック以前はだいたいどの戦場でも一緒。逆に言えば、それを許さない仕掛けがナショナリズム。
(封建制イコール滅私奉公と曲解されていますが、それは特殊例で本来は双務契約。ダメな主君はさっさと見限って問題なし)

 ま、セダスなんて最初から存在しないんだし、中世西欧とのアナロジーが全部通用するはずもないし、読むのほとんどアメリカンだから、出てくるの全部アメリカンでも結局著者の自由。なんでしょうけどね。

 戦国時代末期(定義上はもう終わってたか)、明智光秀だって落ち武者狩りにやられたじゃん、ってあれ商売だから。しかも一部農民のパートタイム。

The Masked Empire 8(2)

 続きます。  

***

 セリーンとサー・ミシェルが最初の一団に接触したのは、ギャスパードの待ち伏せを逃れてから数時間後のことであった。

 ふたりは戦場から北へ向かい、馬を進めることができるほど浅く、遠方から視認されないくらい深い森の中を進んだ。ミシェルは牡馬を数分疾走させ、それから早足へ、最後には並足にまで速度を落とした。彼は女帝に尋ねられる前に弁明した。二人乗りで疾走を続ければ、愛馬チェリテンヌは、まだ必要とされているうちに死んでしまう。彼が首の横を叩くと、馬はまるで同意するかのようにいなないた。
 女帝は、チャンピオンの技量を信頼していると告げた。この窮地から生きて逃れるために必要と思うことならなんなりとするがいい。

 それから数時間、ふたりは狩人が用いる古い径(こみち)を進み、サー・ミシェルはもやった陽を確かめながら、ハラムシラルの街をぐるりと迂回し、帝国街道の向こう側に出ることを目指して北東へと馬を向けた。セリーンは無口で、まだ身に着けていた儀仗用の鎧の一部が鳴る音も無視した。もともと実用に供するつもりもなかった鎧の、美しく繊細な細工の施された胸当ては押しつぶされ、とうに打ち捨てられ、忘れ去られていた。

 周囲の森が一斉にうごめき、サー・ミシェルが緊張した。即座に続いて弩の矢がふたりのそばを飛び去っていく。ミシェルが身体を前に倒したため、セリーンは一瞬彼が射られたと思った。彼が鞍から落ちんばかりになって剣を突き出すと、彼女は鈍いブーンという音とともに、径を塞ぐように張り出してきた縄が切断され、両側に飛び去るのを目にした。
 ミシェルが恐慌をきたしてチェリテンヌを疾走させていたら、馬は縄に足を取られ、乗せているふたりもろとも首の骨を折っていただろう。その代わり、森の奥から鎧姿の男たちが飛び出してきて、彼らは戦う機会を得た。

 セリーンが見ると、周囲をぐるりと取り囲んだ敵は鎖帷子と簡素な武器で武装しており、少なくとも半ダースは数え、その他に弩を手にした者たちが何人か控えている。ミシェルほどの武勇を有するシェヴァリエにとっても不利な塩梅だが、守るべきセリーンの存在がさらに彼の分を悪くしていた。

 逃げ切れるか、と彼女が問うと、ミシェルは乗馬を跳ねあがらせ、最寄りの一人の上に乱暴に乗りかからせた。否。
 ならば殺っておしまい、セリーンは身を屈め、地面に滑り落ちた。
 チャンピオンの毒づきを耳にしたセリーンに、ギャスパードの手の者ふたりが取りついた。彼らは嘲りの笑いを浮かべ、剣をだらしなく動かし、盾を低く構えている。何時間にもわたる捜索のため、彼女同様疲弊しきっているに違いない。降伏しろ、女帝、とひとりが言う間、もうひとりが後ろに回る。鎧もなく、戦士でもない。ギャスパードの温情を期待しろ。

 両手を下げ、がっくりと肩を落とした彼女の姿を見て、あっさり済むと思った後ろの男が剣を振り上げた。彼女は振り向きざま、儀仗用とはいえシルヴァライト製の腕甲で男に一撃を浴びせ、ダガーをその眼窩に突き刺した。ルビーの指輪の魔法が刃の回りに焔を走らせ、死んだ男が倒れる間、その口から煙が湧き上がる。

 セリーンが振り返ると、もうひとりが盾を構える。彼女の別の手の指輪が魔法で鼻歌のような唸りをあげ、彼女の目には、まるで優れた画伯が見るように相手の動きがはっきりと映る。どんな小さな動きも感じ取り、それにより奇襲の範囲に誘い込むことも、相手の一撃を逸らすことも可能だ。レディ・マンティロンから贈られたその古い指輪は、「黒狐」と呼ばれた伝説の盗賊貴族が身に着けていたものだという。

 そのとおり。彼女は二本目のダガーを抜きながら言った。この身は戦士にあらず、汝らの女帝なり、刃を向けし者命なく、その累一族郎党に及ぶ。ならば言うがよい、かかる謀叛をなすほどの者、いかな邪なる荷負いの獣が産み出したか。
 相手はたじろぎ、彼女にはそれだけで十分だった。あらかじめ訓練されていない限り、そのような調子の問いを投げ掛けられれば誰でも戸惑う。答えるつもりがなくとも躊躇する。

 彼女は踏み込み、指輪が長年にわたりレディ・マンティロンに強いられた訓練の記憶を呼び覚ます。相手の盾の回りを舞い、剣を握る手の外側に出て、その腕になで斬りを浴びせて制止し、喉に向けて素早い左右連続の突きを見舞う。相手がたじろぎ、盾を持ち上げると、それを待ち構えていたセリーンは相手の後方に膝をつき、逆手に持ったダガーを剥き出しの腿の裏に深く突き刺した。相手が悲鳴を上げる間、もう一本を股間に突き上げる。二本ともまだ焔をあげており、彼女は少々しみったれた充実感を得た。 

 悲鳴と嗚咽をあげて男が膝から崩れ落ちると、セリーンは守りの態勢で立ち上がり、自分をかすめ飛ぶ弩の矢からとっさに身を避けた。装填に手間取る射手に向かって突進し、丁度弦を巻き上げ終えた相手の革鎧の胸を二本のダガーで突き刺さすと、男が背にしていた木の幹に釘付けにした。

 セリーンは二本の刃を抜くと、剣戟の音のする方に振り返った。ギャスパードの兵の最後のひとりは、長柄の斧を振りまわしてミシェルを鞍から叩き落とそうとしている。チャンピオンが身をかわすと、後ろ脚で立ったチェリテンヌが前脚の蹄で男を蹴り上げ、よろめかせた。ミシェルの剣が男の鎧もろとも骨まで刈り取ると、男は切断された肘を押さえながら悲鳴を上げて倒れた。

「無茶をなさらぬように、陛下」 ミシェルが鞍から身を乗り出し、男の頭に一撃を加えて止めを刺した。
「あなたの後ろにじっと座って、ただ別の的になっているわけにはいきません」
 彼は不満げにうなり、鞍から降りると、鼻を鳴らしているチェリテンヌの脇腹の傷を手早く確かめた。
「拙者は陛下を守るのが務め」
「そしてわたくしの役目はオーレイを統治すること」 彼女は言った。「でもしばらくの間、お互いの役目に多少融通を利かせてもよろしいでしょう」
「確かに」 彼はにやりと笑うと、彼女の倒した男たちの方を見た。
「それにしてもお見事でした」

 セリーンはあたりを見回し、これで最後でもないだろうから身軽に動ける装備が欲しいと言った。多くの兵は鎖帷子を身に着けていたが、 ふたりは倒れた兵の装備を検分し、痛みの少ない革鎧、縄の罠を操っていた男の胸当ての部分と、セリーンが刺殺した弩兵の胸当て以外の部分を見つくろった。
 周囲に目を凝らしていたミシェルが、森の中から現れたすらりとした栗毛の去勢馬を見つけ、どうやら二人乗りの必要もなくなったと言った。

 剥ぎ取った鎧をセリーンの痩せた身体に合うようミシェルが手際よくあつらえている間、彼女は重い儀仗用の鎧の残りを脱ぎ捨て、奪った馬に跨った。痩せて気ぜわしいが良く動く。ミシェルが革鎧を仕上げる頃には、彼女も馬を手懐けていた。

 サー・ミシェルとセリーンが帝国街道を目指して南に向かうこと数時間、そこで第二の集団と遭遇した。

*** 

 サブ・チャプターの区切りではないが、一旦ここまで。

 セリーンが啖呵を切るところ。こういうの手間かかるのでやめてほしいですね(笑)。

"I am no warrior. I am your empress, and for lifting a blade against me, your life is forfeit, as are the lives of all in your family."

 ここまでは意味はいいですね。口ずさんで見てもらうとリズミカルで、かつ韻を押している(LとFで固めている)こともわかる。問題は次。

"Now tell me, what foul beast of burden spawned one capable of such treason?"

 ここも謳い上げるような節回し。"beast of burden"はロバでも水牛でもなんでもいいが荷物を背負うための獣です。お前ほどの下種はどのような下劣極まりない生き物から産まれ出たか。貶め、蔑み、詰り、責める、大変な罵詈讒謗(ばりざんぼう)ということでしょう。
 "Beast of Burden"というストーンズの歌との関係は不明。あっちは自分を使い捨てにするなと女にすがる男のラヴソングだけど。

 ミシェルの愛馬(種馬)、チェリテンヌ(Cheritenne、読み方は英語読みのつもり。仏:シェリテンヌ、かな)は、著名ファンタジー小説「ベルガリアード物語」の主人公(?)の乗馬と同じ名前だそうで、それへのオマージュとか違うとか。自分で読んだことはないのですが、残念なことに結構沢山ある小説の和文ファンサイトにも馬の名前がない(馬の話が結構大事みたいなこと書いてあるというのに!)。やっぱ乗馬の文化はすたれてるのだろうか。

 「黒狐」(Black Fox)は、DA2にCodexと特典アイテムの名前・由来として登場したそうな(忘れてます・・・)。Awakeningに登場したのはDark Wolfか。まったく別人だけどネーミングが紛らわしい。

The Masked Empire 8(1)

 「捕虜」のことを「囚人」とか情けない間違いもやっていましたが(直した)、兵は拙速を貴ぶ。許していただこう(ブリアラのほうは囚人だけど)。

*** 

 第八章 

 ブリアラは、囚人用馬車の御者台との間の仕切り板を蹴った。しばらく後、間仕切りを開けて中を覗き込んだ衛兵は驚愕した。ブリアラの鎧に矢が突き刺さっている。彼女は咳き込みながら、流れ矢が飛び込んできた、ギャスパードに話しておくべきことがあると途切れ途切れに告げた。
 血糊の代わりになるものはなかったが、疲弊しきった衛兵は気づくまいとブリアラは考えた。すぐに扉の鍵を開ける音がして衛兵が飛び込んできた。
 彼女は顔をあげると、手枷を振り回して衛兵の顔を殴打し、倒れたその喉を引き抜いた矢で刺し貫いた。

 衛兵の痙攣が止まると、彼女は外に出た。牽き馬は連れ去られ、衛兵は殺した男ひとりきりだったが、馬車は依然としてギャスパードの陣地の中にあった。司令部用の幕舎は左手にあり、ギャスパードの軍隊から逃れる最速の道は右だ。御者席に登ると、その道具箱の中に自分のダガーと弓矢を見つけた。
 まだ誰も彼女に気が付いていない。

 エルフは成長する間、周囲の注意を引かないことを学ぶ。セリーンの邸宅ではエイリアネイジに比べてその必要も少なかったが、彼女の母親は、必要不可欠のときだけ注意を引くようにブリアラを躾けていた。

 ヒューマンは狩人だが、農夫でもある。鹿が逃げれば追うしかなく、怯えた兎が凍り付いていれば矢を射るしかない。それが彼らの熟達、技能を示す道だ。
 だが牛の群れの足取りを追える者はほとんどおらず、のんびり悦に入った羊が次に食む草がどれか当てることは熟練に値しないとみなされる。
 ギャスパードの陣地から白昼堂々抜け出すため、今はブリアラが呑気でだらけた羊になるときだ。

 御者席にあった死んだ衛兵の薄い羊毛の外套を身に纏ってドレイクスキンの上等な鎧を隠し、頭巾で耳を隠した。弓は脇に挟んで見えないようにし、馬車の周囲を探してバケツを見つけた。何に使っていたか考えたくもない汚れた古い代物だったが、今このときには金貨以上の価値がある。
 上質の鎧を着てアイアンバークの弓を手にしたエルフは即座に目を引く。だがバケツを手にしてゆっくり、だらしない足取りで歩く彼女は、水汲みにさえ時間をかけるまた別の召使いでしかなく、薄い外套をしっかり引っ張り上げているのも秋の寒さに耐えるために見えるだろう。

 ギャスパードの兵のほとんどが休息しているテント群の間を抜けていく。焚火では食事の支度がなされ、鎧を脱いだ兵士たちの下着は錆や血で汚れていた。包帯や食事など、軍が活動するため必要とするあらゆるものを運ぶ召使いたちが行きつ戻りつしている。そのうち何人かはエルフで、彼女に気が付いて驚いた顔をしていたが、誰も呼び止めたりしなかった。
 形だけの見張りひとりと、ごくわずかな人数の世話役と馬蹄工しか周りにいない馬の列には気をそそられたが、それも通り過ぎた。バケツを手にした召使いは馬に乗らない。

 依然見とがめられず、ブリアラは、ゆっくり、さり気なく歩き続け、偵察と立哨が目に留まったときには立ち止まってバケツを持ち替えた。首筋を伝う汗のことは無視した。
 偵察が立ち話を終え、司令部の幕舎の方に歩きはじめると、ブリアラも再び歩を進めた。
 それが、ほんの少し早すぎた。

 鎖帷子姿の立哨は弩と短剣を身に着けていたが、その水入れの革袋が真新しく、短剣を差している帯の位置がすぐに引き抜くには高すぎることから、ブリアラは男が新米だと見て取った。
 偵察のほうはずっと危険だった。手にした長弓は訓練された兵であることを示し、さらに一組の手斧を身に着けている。足取りががに股なのは、この朝ずっと馬上にいたせいで疲弊していることを示していたが、それでも彼女に不審な点を見て取るくらい警戒は怠っていなかった。鎧の輝きが覗いたのか、外套の下の弓の形に気が付いたか、それとも単に彼女の歩き方が不自然で注意を引いたのかわからない。

 ブリアラは歩き続けた。偵察も歩き続け、司令部の幕舎のある方角、彼女の右後方へそのまま歩き去ろうとしていた。
  彼女の視界から消えた瞬間、男の足取りが変化した。彼にはあからさまな違いこそ気取られないだけの力量はあったが、疲労が本能を呼び覚ましたのか、歩調が突然早まった。彼は円を描くようにして、彼女を追い始めた。

 頭をあげることなく、ブリアラはほんの少し右に向きを変えた。それでもまだ相手が視界に入らないが、近づいてくる偵察と立哨を結ぶ丁度その線上に自分を置くことになる。
 あと五歩。
 おい、そこの娘、と後方から呼びかけられる。水を少しくれ、というような何気ない調子だった。四歩。三歩。彼女はバケツをきつく握った。
 おい、と偵察が叫ぶ。もはや逃げ道はなかった。どんな召使いでも立ち止まって振り返るべきときだ。立哨がぎこちなく歩いている。二歩。一歩。

 衛兵隊、と偵察が叫び、彼女は長弓が持ち上げられるときの革と木が軋む音を聴いた。
 立哨が振り返ったとき、彼女は目の前ほんの二、三フィートのところに来ていた。立哨は彼女の鎧に目を見開き、弩を持ち上げる。ブリアラはバケツを投げつけ、矢が放たれる瞬間に身体を横に投げだした。弩の矢は安物の木材を撃ち抜き、飛び散った破片を立哨の目前にまぶし、彼女は、自分の頭巾を剥ぎ取るくらい耳のすぐ近くを矢が通過する音を聴いた。

 彼女の直後にいた偵察は、向かってくる弩の矢に気付くだけの訓練を受けており、彼女同様、地面に突っ伏した。
 だが疲労のため彼が立ち上がるのが一瞬だけ遅れ、すでに立ち上がっていたブリアラの弓が自分を狙っているのを目にしたときには、その矢が自分の心臓を貫いていた。彼女は振り返り、剣を鞘から抜こうともたついている立哨のほうに踏み込むと、ダガーでその喉を切り裂いた。 

 彼女はまた歩きはじめ、五歩進んだ先で後方の叫び声を耳にし、それから駆け出した。
 木立ちまであと五十ヤードはあった。心臓の鼓動は高まり、後ろも見ずに走り続けた。弩の矢が目の前の草むらに突き刺さる。ドレイクスキンの鎧の背中に別の矢がかすったが、彼女をよろけさせるには十分な衝撃だった。

 木立ちに入ってからも走り続ける。紅葉した低い枝葉が顔を打ち、外套を引き裂く。弩の矢が肩に当たって痛みで息を失い、よろめき、木の根に足を取られ、地面に激突して木の葉を舞い上がらせた。

 蹄の音が聞こえる。
 彼女は森の中は安全だと、衛兵たちがひとりのエルフを追撃しては来ないと考えていたが、追いかけて来る叫び声を聴くとそれも間違いだったようだ。

 立ち上がって枝の間から覗き見ると、少なくとも二十ばかりの兵が追跡してきており、馬上の者も数騎いるようだ。彼女が深みを選んで進めば馬は役に立たないが、この人数を巻くのは至難である。
 彼女は弓を構えた。どのみち逃げ切れはしないし、戦うなら自分のやり方で戦うつもりだった。

 彼女が弓を引こうとしたとき、地面が持ち上がった。一瞬、また射られたのかと思い、周囲が不意に揺れるとともに膝をつく。周囲の地面は、まるで小石を投げ込んだ鳥の水浴び場の水面のように上下している。

 木々が踊り、紅葉した木の葉は音を立てて舞い落ちる。赤色と黄金の暴動がブリアラの目前の空気を満たし、人の姿を見通すことはできず、馬と人の悲鳴や叫び声だけが聴こえてきた。彼女はじっとして歯を食いしばり、地面が揺れるのに任せた。

 木の葉が晴れると、ブリアラはほとんどの兵が膝をついている姿を目にした。乗り手のいない馬もおり、一頭は倒れたまま動かなかった。剣を手にした兵たちは激しく首を回して周囲の敵を探している。 

「アネス・アラ、ダーレン」 フェラッサンの声に、ブリアラは跳び上がった。間違いなくあたりには自分ひとりだったのに、今は師匠がすぐ隣に立っており、いつものように小奇麗な外套姿で、その杖は兵たちに向けられていた。「無事でなにより」

「待っていたのですか?」 ブリアラが尋ねると、師匠が微笑んだ。
「いくらなんでもあのには入らないぞ」 彼は言って身震いした。「ありゃあ、軍隊だから! だが、君は自分の手でうまいこと切り抜けたようだ。あるいはバケツで、か」

 彼の杖が眩い緑色に輝き、頭上ではもやった午後の空に闇が訪れた。稲妻が空を切り裂き、蒼白い雷光がブリアラの視界を奪い、砕けるような雷鳴が腹に響いた。馬が悲鳴を上げるうちにも別の落雷が地面を揺らし、ブリアラが数えきれないほど何度も続いた。

「もういいだろう、君次第でいつでも行けるぞ」 フェラッサンが疲れた笑顔で言った。稲妻の光で照らし出された闇の中、ブリアラが目を細めて見ると、地面に残った焦げ跡と、動きのない、黒焦げになった死骸が目に入った。
「そうね、行きましょう」 ブリアラがそう言って、師匠の後に続き、深い森の中に入って行った。

*** 

 こんな図上再現テーブルトップRPGみたいなシーンの連続、要約するにもほどがあります・・・。
 でも細かいんだよ、ほんとに。Detect(察知)チェック、Scout(偵察)Skill+1、Fatigue(疲労)-2 チェックですか? Novice(新米)‐2チェック失敗、ファンブル!とか・・・。そういうつもりでしょうか。

 一か所だけ、偵察が"Guards!"と叫ぶところ、「新米の立哨」に呼びかけているのではないので「衛兵隊」としてますが、意訳でいいので良い訳がないですかねえ。「敵襲!」じゃないしね。「(ものども)出あえ!」が近いと思ったんだけど、今は通じないか。「曲者(くせもの)」? なんか時代劇がかってるな。
 というか、そもそもこういうとき"Guards!"と叫ぶのかしら。

2014年5月 6日 (火)

The Masked Empire 7(4)

 第七章は今回まで。

*** 

 ギャスパードは、ハラムシラルの石壁の内側に幕舎を設営するよう命じた。彼は鎧を身に着けたまま不快そうにして立ち、一人の召使いが彼の胸当てについた戦いの傷跡を拭い去り、くぼみには素材に色を似せて目立たないようになっているパテを当てていた。その作業は難儀で、ギャスパードが鎧を脱いでいれば楽なのだが、彼はいつ何時それが必要になるかわからないと考える一方で、その際には戦いの傷跡を見せず、高貴な姿でいたいと思っていた。その双方を満たすため、やむなくこうして作業をさせているのだった。 

 それが済むと、彼は召使いを退かせ、鎧を輝かせながら捕虜用のテントに向かった。ハラムシラルのスラムからあがる煙はもや状になり、朝の戦いの舞台のそこここからあがる荼毘の油っぽい黒煙がとってかわっていた。一般の捕虜はひとまとめにされ、武装を解除され、厳重に監視されている。ギャスパードの癒し手たちが、敵味方の別なく負傷者の治療に専念していた。

 ハラムシラルの戦い、捕虜用のテントの垂れ幕を跳ねあげて入る際、彼はそう言った。どう思われるか、卿よ。
 その名を付されることは避けたかったと言わざるを得ない。簡素な寝床に横たわり、軍医の治療を受けているピエール伯爵はそう答えた。鎧を脱がされ、肩と腹は血まみれの包帯で覆われている。肩は治りそうだが腹のほうは無理だ。

 テーブルの前に座って器から葡萄酒をすすっているリマッチェ公爵が微笑んだ。
 その気持ち十分わかる、領地ライデスでこのような騒ぎは御免であるし、大公閣下もヴァーチエルで戦うのは避けたいとお考えだろう。
 ギャスパードと異なり、リマッチェはすでに鎧を脱いでいたが、宮廷用の絹の服ではなく、少なくとも乗馬用の革服を身に着けていることで許容するしかないのだろう、とギャスパードは思った。

 ギャスパードが身振りで軍医を立ち去らせると、多勢に無勢で挑み、かつ善戦したピエールの武勇を称えた。女帝はお逃げになった、ピエールが咳き込み、たじろぎながら、荒い息で言った。そうだと告げたギャスパードは手負いの相手の側に片膝をつき、彼女のエルフ、メインセライを殺した女は、女帝の行き先を知らないと言っている、と告げた。
 メインセライの名を口にしたピエールの蒼白の顔がゆがんだ。彼がこの災厄を街にもたらした。叛乱と、殺戮と、焼き討ち。彼は苦笑を浮かべながら、そのエルフが始末してくれたことを感謝せなばならんと言った。

 ギャスパードは首を振り、責めるべきはピエール自身だと詰った。ピエールは目を見開き、身体を起こそうとし、侮辱を受けたからには、決闘を申し込む、と言った。
 ギャスパードは頭を下げて謝罪した。非難するつもりはなかったが、言葉を選び損ねたようだ。ピエールはエルフの叛乱を鎮圧できなかった。それは奴らに同情していたからに違いない、と続けた。
 メインセライは自業自得だ、とピエールが繰り返した。

 ギャスパードはため息をついた。そしてピエールに対する激しい糾弾を始めた。ピエールは、メインセライに対するエルフの怒りももっともだと思い、軍をもって叛乱を制圧する代わりに、自ら手を縛り、巡邏を増やすだけの措置で済ませ、やがて事が穏便に済むことを願った。まるで無様な乗り手が馬に飛び跳ね、噛み返すことを教えるように、エルフに戦うことを教えた。衛兵を襲ってもお咎めなしで、連中にスラムの外の不相応な生活を夢見させ、もしセリーンがその愛人に手枷を嵌め、街を焼き討ちにしなければ、ピエールはオーレイ中のナイフ耳どもに、我々貴族に立ち向かうことを教えていたことになる。

 街の損害がいかほどかおわかりか、とピエールが声を荒げて尋ねた。ピエールがどれだけの金貨を失うことになるか、セリーンがエルフの怒りをそのまま勝手に消えるまで放置しなかったせいで、どれだけの家族が飢えることになるかおわかりか。

 ギャスパードは微笑むと、それはともかく、セリーンの行き先はどこだ、と尋ねた。
 ピエールは、知らないし、知っていても教えないだろうと答えた。
 ふたりの後ろでリマッチェが立ち上がり、彼の舌を軽くする手口を使う知り合いがいる、と言った。

 ギャスパードは凍り付き、ゆっくりと振り返った。そして、ハラムシラルのピエール伯爵はオーレイの貴族であり、それにもまして自分の捕虜だ。そのような拷問は掟に反する、と言った。

 リマッチェは頷くと、もちろんそうだろうが、外の守りの検分でもしてこられたらどうか、二、三時間でも費やせば、その間に新しい情報が手に入っているだろう、と言った。
 いい加減にしろ、ギャスパードは立ち上がり、リマッチェに振り返った。シェヴァリエの掟に重きを置かないのは勝手だが、自分はそれを文字通りに解釈して、その精神を疎かにするような真似はしない。ピエールを拷問することはないし、リマッチェがそうすることを看過もしない。捕虜を守るためなら、自らの命を惜しまないし、あるいは、リマッチェの命さえも惜しまない。 

 リマッチェは謝罪し、ギャスパードはそれを受け入れた。そしてリマッチェに対し、幕舎に兵を集め、ハラムシラルの街全部を手際よく火の海にする方法を練るよう指図した。
 怪訝そうな様子のリマッチェは、承知したことを示す言葉以外発せず、一礼してその場を去った。 

 呼びかけるピエールのほうを向きもせず、セリーンは街の中にいるかもしれない、とギャスパードが言った。森に向かったという兵の報告は間違いかもしれず、ピエールが街へ続く隠し扉を教えたかもしれない。ヴァル・ロヨーに無数にあるように、ここハラムシラルに隠し隧道があってもおかしくはない。

 中にはいない、と言うピエールに、他に探す場所もないのだ、とギャスパードが返した。振り返って見ると、寝床のピエールの顔色は蝋のように蒼白く、灰色だった。軍医を呼ぶからしばらく休め、ギャスパードがそう告げた。

 街を焼かないでくれ、とピエールが静かに言った。すでにセリーンに一部は焼かせたのだから、その仕事を引き継いで何が悪い、とギャスパードが尋ねる。
 ピエールは目を閉じ、身体を横たえ、しばらく苦悶の顔つきを続けたが、やがて、ジェイダー、と言った。 

 レディ・セリルの女帝への忠誠は間違いないかと問われると、ピエールは目を閉じたまま、間違いない、それについて長きにわたり話し合ってきた、と答えた。セリーンにはハラムシラルが陥落したらジェイダーへ向かえと告げた。この街に辿りついていないなら、東のジェイダーに向かったはずだ。ギャスパードの攻撃が始まるや否や、ここから伝令が放たれたに違いない。
 ギャスパードは思案気に頷いた。レディ・セリルの「ゲーム」の腕前は巧妙で、ギャスパードは彼女の立場についてなんら確信を抱いていなかったが、ピエールの苦悶の告白は真実だ。

 ギャスパードが鋭い口笛を吹くと、灰色のローブを身に纏い、両手の指に指輪をつけた若い女性が現れた。背中には細い杖を背負っている。癒せ、腹が先だ、とギャスパードが命じた。
 言うまでもなく、閣下、と微笑んだ女性に、ギャスパードは図らずも微笑みを返した。
 女性が傍らに膝をつき、自分の身体を触りはじめると、ピエールは目を開き、怪訝そうな顔をした。冷たい白い光が彼女の両手を輝かせ、ピエールの傷を覆っていく。

 サークルを味方につけたのかと問われたギャスパードは、連中はまだ態度を明らかにしていないとほくそ笑み、この女性はモンツィマードの娘だ、と告げた。リエンヌ・モンツィマードと名乗った女性はピエールにお辞儀をした。モンツィマードは、メイジとテンプラーの間で戦いがはじまることを以前から読んでいた。そして魔法で召使いたちを悩ませ、馬を癒しはじめた自分の幼い娘が、それに巻き込まれないように覚悟を決めた。

 アポステイト。ピエールは横たえてある自分の両手をまるで穢れたもののように見た。それからギャスパードの方に顔を向け、テンプラーが知ればただでは済まないことを知らせるということは、間もなく自分も処刑される手はずなのだろう、と目を細めて言った。

 リエンヌと会わせた理由は、ピエールを治癒したそれと同じだ。ギャスパードは、リエンヌの邪魔にならないように回り込むと、ピエールの前に再び片膝をついた。そして、ピエールは今やギャスパードの手中にある、と告げた。

 自分の街を救うためにジェイダーを差し出したではないか、ピエールは歯ぎしりして言った。ギャスパードが歯を見せて笑った。
 ピエールが衛兵を攻撃するエルフどもを見逃したことから、ピエールのどこを突けば怯むのかがわかった。もしこの女性でなく軍医を呼んでいれば、ピエールの傷は三日もたなかっただろう。その後誰がハラムシラルを統治するのか知らないが、その者に対して街を焼くと脅しても相手は気にもかけず、小汚い農奴どもを生きたまま火焙りにしろと言うかもしれない。だがピエールは街を愛しており、その安全のためならどんなことでもする。そしてピエールには、ギャスパードがそれを知っていることがわかっている。

 ギャスパードは身体を離し、軽く笑いながらピエールの脚を叩いた。リエンヌが治療すれば、自分たち双方にとっても、小汚い農奴たちにとっても、良い結果を招く。
 閣下(My lord)、ピエールは悲しげにそう言って、目を閉じ、頷いた。
 今やその呼び名(我が主)の通り、ギャスパードはそう言って、立ち上がった。

 ギャスパードは捕虜用テントを後にして、手下たちがリマッチェと話し合っている大型テントに入ると、ジェイダー、と告げた。
 リマッチェは驚いた顔つきで、ピエールがセリーンの行き先を白状したのか、と尋ねた。
 要は尋ね方次第なのだ、そう言ったギャスパードは、すでにジェイダーへの行程を地図の上で確かめはじめている手の者たちに頷いた。セリルはセリーンについている。街から放たれた鳥を全て捕まえることはできなかったわけだ。
 鳥は捕まえていない、とサー・ボーリューが言った。
 ギャスパードは笑い、望むのは自由だ、と言った。セリルは準備しているし、フェラルデンの犬コロどもの半分が攻めて来ることを想定し、それでも持ちこたえるよう築かれた街を攻めるのは難儀な戦いになるだろう。
 街道封鎖が必要では、とサー・ラゲールが尋ねた。 

 ギャスパードは頷き、帝国街道を横切って森林の中まで広がる封鎖網の要所要所を地図で示すと、ウェイキング海沿岸からフロストバック山脈まで、自分が兵士の肩から降りずに渡れるように兵を配置しろ、と命じた。
 閣下を肩に乗せて女帝を追いかけるのは難しい、サー・ボーリューがにやっと笑う。
 では代わりにリマッチェを乗せろ、彼のほうが軽い。 ギャスパードは街の西についても封鎖を敷くように命じた。女帝がピエールを欺けるほど利口だったら、すでにヴァル・ロヨーに向かって逃げている。

 リマッチェが薄笑いを浮かべた。東ではセリーンがセリルの元に辿りつくのを防ぎ、ハラムシラルもライデスも押さえている。女帝は罠に落ちた。

 ギャスパードがしかめ面をした。女帝はこの二十年間、舞踏会と晩餐会だけで帝国を支配してきたわけではない。何週間か前、あの狩り場で従妹自身から投げつけられた言葉を思い出して言った。
 彼女が鎖に繋がれ、自分の前に引き出されたときはじめて、罠に落ちたと呼ぶことにする。

***

 第七章終了。 

 ギャスパードの「シェヴァリエの掟」は、リマッチェならずとも「伸縮自在、拡大解釈自由かよ」と思ってしまいますが、これ、独裁者の絶対条件なんですってね。
 自分だけにわかる(自分にしかわからない)ある基準があって、本人はそれに間違いなく従っているのだが、回りは途方に暮れて右往左往させられる。古今東西、独裁者にはそういう逸話の持ち主が非常に多い。

 「貴官らは、戦争経済を理解していない!」
 果たしてアドルフ・ヒトラーの戦争経済の理解がいかほどであったか、というか何を指してそう言っていたのか、だーれもわからない。 

 そもそも軍略家が「掟」とか「常道」とか持っちゃいけない。兵は詭道。すべては欺瞞、臨機応変です。そういう意味で、ギャスパードの行動が相手にさっぱり読めないのであれば、結果的に立派な軍略家ということでしょうか。

 ギャスパードの領地は、Verchiel、天使ヴェルキエルの名から来ているのでしょうが、英語でどう読むのか。ゲイブリエル(Gabriel)から予想してヴァーチエルということにしておきます。

 地図を見ると、ハラムシラルの西方、帝国街道(The Imperial Highway)沿いには順に、ライデス(Lydes)、ヴァーチエル(Verchiel)、モンツィマード(Montsimmard)と街が続いており、それぞれ悪の(つうか謀叛の)三貴族、リマッチェ公爵、ギャスパード大公、モンツィマード侯爵の領地。後からとってつけたんちゃうん、と思ってDAOのセダス地図を見るとちゃんとありますね。設定まであったのかどうかはともかく。

 ハラムシラルから東のジェイダー(Jader)までの間には、フロストバック山脈(Frostback Mountains)がウェイキング海(Waking Sea)沿岸手前までせり出してきて、海と山に挟まれた比較的狭い地域がある。そこに封鎖網を敷くつもりでしょう。

 最後近く、ギャスパードが「因幡の白兎」みたいなこと言ってます。原文はこう。

 "I want to be able to walk from the Waking Sea to the Frostbacks on their shoulders."

 いつも思い出すのが、The Hunt for Red October(1990)のこれ。USナショナル・セキュリティ・アドヴァイザー (国家安全保障問題担当大統領補佐官、ひどい訳だな)が駐米ソヴィエト(まだあった頃の話)大使に向かって放つセリフ。 

"Mr. Ambassador, you have nearly a hundred naval vessels operating in the North Atlantic right now. Your aircraft has dropped enough sonar buoys so that a man could walk from Greenland to Iceland to Scotland without getting his feet wet."

「ソヴィエト海軍の落とすソナー・ブイの数があんまり多いので、グリーンランドからアイスランドを通ってスコットランドに至るまで、足さえ濡らさず渡れる有様」 

 本物の外交が、こんなに面白いわけじゃないでしょうけどね。 

The Masked Empire 7(3)

 戦の場面はベタ訳でしたので、ここから少し端折ります(といっても手間は余分にかかる)。

 ***

 ブリアラがずきずきする頭で目覚めたのは、妙に心地よい囚人用の荷馬車の中だった。

 木の床が剥き出しで、外の様子や天候からも、ヒューマンの農奴たちが投げる石つぶてからも身を守れないふつうの檻馬車に比べればずっと居心地がよい。座席があり、そこには薄いとはいえ当て物まで付いていた。鉄柵の嵌った側の壁はカーテンで覆われ、薄い赤い布から朝の陽光が透けている。扉に取っ手こそないが、壁には小さな用足し用の壺までしつらえてある。手枷せがなければ、今まだハラムシラルまでの旅の途中だと夢想することもできた。重大かつ不要な惨劇を密かに阻止するセリーンお気に入りの侍女として。 

 燃える建物の臭いがし、昨夜あげた叫び声のためまだ傷む喉に煙が滲みる。彼女の鎧はシェヴァリエの手から逃れようとして膝をついた部分が擦り減っている。ミシェルに殴られたことをぼんやり思い出したが、それに痛めつける意図はなく、彼の顔には注意深い思慮が浮かんでいた。他のシェヴァリエたちは彼女の叫び声を真に受け、彼女の素性を知らない者たちがナイフ耳にいつも与えるような仕打ちをしただろう。ミシェルの一撃は慈悲深さを意味していた。
 彼の表情が、焼き討ちされた街に対しての態度を示していたかどうか思い出そうとしたが、傷む頭のため諦めた。 

 車内に伝わる地面の様子から考えて、馬車はハラムシラルの大通りを進んでいるらしかった。ギャスパードの打った手が手際よく済んでしまったのか、まだ始まってもいないのかもしれない。
 ギャスパードに企みがあったことは間違いない。セリーンは従兄より利口に立ち回れると考えてヴァル・ロヨーを留守にした。エルフの叛乱を鎮圧するに足る兵のみ伴っている自分が、恰好の餌食になりうることに思い至らなかった。ブリアラならそう警告しただろう。
 あるいは、まだ間に合うかもしれない。 

 両手は後ろ手に手枷せを嵌められ、不自然な恰好のためすでに傷んでいた。彼女は座席に腰掛け、御者との間を仕切る板を蹴った。
 しばしの後、小窓の覆いが横に開き、兵士の兜と鎖帷子を身に着け、灰色の髭を生やした男が顔を出し、何が望みだ、ウサギ、と尋ねた。

 彼女が水が欲しいと言うと、彼はそれが途方もない頼みであるかのように思案し、囚人には正午まで食事は出さない、と言った。
 彼女が何も言わずに見つめていると、彼は水の入った革袋を突き出した。手枷せのため受け取れない彼女は、仕切りにできるだけ顔を近付けて口を開けた。
 男は栓を開け、水を飲ませる間、何も言わず、笑いもしなかった。飲み終わった彼女が感謝の言葉を伝えた。

 丁重に取り扱えと命じられているが、ヴァル・ロヨーまで静かに戻りたかったら揉め事だけ起こすな、とぶっきらぼうに言って、男が小窓を閉めた。
 彼女は生ぬるい水を顎から垂らしながら、自分が間違っていたかもしれないと思った。ギャスパードは、セリーンのハラムシラル行軍に本当に驚き、待ち伏せすら準備していなかったのかもしれない。ハラムシラルのエルフの血を流すことなく、外交と政治だけで勝利しようとしているのかもしれない。セリーンを直接攻撃して謀叛を起こす度胸がなかっただけかもしれない。
 だがギャスパードのことを良く知るブリアラが、度胸がない、などと形容することは決してない。

 脅威は本物だが、問題は警告を発すべきかどうかだ。 
 この街で起きたことに関わらず、彼女の忠誠を示すことはできるが、実際それがなんだというのだろう。忠誠を疑われたことなど今までなかったし、おかげで囚人の身分で手厚い扱いを受けている。
 セリーンのことは間違いなく愛しているし、ギャスパードより彼女のほうがオーレイのエルフにとってより良い支配者であることも間違いない。
 だが彼女は、燃えるスラムの煙の臭いを拭い去れないでいた。

 再び仕切り板を蹴るつもりだった彼女が、しばらくそうしないでいるうちに、周りから警告の叫びが湧き上がった。
 何百もの矢が飛んでくる音がして、人や馬の断末魔の叫び声が聴こえた。女帝を守れとの指示の声と、地響きのような蹄の音が鳴り渡り、金属が衝突する音で馬車が揺れた。

 騒音は耳をつんざかんばかりで、剣戟の大音声に、外で死んでいく者たちの叫び声や悲鳴が時折混ざった。目を閉じても助けにならない。馬車に沢山の矢が突き刺さる音に続き、すぐ近くで何かが砕けるような鋭い音がしたので目を開けると、一本の矢がカーテンを切り裂き、彼女の片足から何インチも離れていないところに深々と突き刺さっている。彼女は目を開けたままにしておくことにした。

 馬車が急に停止して激しく揺れ、馬がいななく。ブリアラの守衛が叫び、馬車がまた突然動き出すと、ブリアラは座席の上に伏せ、両肩と両脚をそれぞれ向き合った壁に突っ張り、自分がカップの中の小石のように翻弄されることを防いだ。
 馬車の横に並び掛ける蹄の音がして、御者席からの叫び声が金属のぶつかる音で途切れた。しばしの後、馬車が突然停止し、ブリアラは座席から転げ落ちた。

 くらくらする頭で床に伏せている彼女の回りで、戦闘の音は続いていた。人が叫び、死んでいき、馬が駆け去り、馬車が震動した。
 いつまで続くのかわからなかったし、馬車が揺れていて考えることもできなかった。やがて戦闘の音が済むまで、彼女は精一杯身体を丸め、歯を食いしばって耐え忍んだ。

 誰かが正式に終わりを告げたわけではないが、戦いの音声より、命令を出す声のほうが大きく聞こえてくると、彼女は座席に座り直した。聞こえてくる数々の指示は、負傷者の手当てや乗り手のない馬の措置を命じるもので、まるでヴァル・ロヨーのシャトレインが大して大事でもない舞踏会の準備を指図するときのように、世を儚むような一貫性があった。

 馬車の中の囚人のことを尋ねられた兵が、セリーンのエルフです、閣下、と答えるのを耳にして、ブリアラは目を開けた。
 大公ギャスパードが馬車の扉を開けた。マスクを身に着けておらず、兜も脱いでいたが、彼女は彼の素顔を以前から知っていた。男の髪は汗で撫でつけられ、顔は先ほどまでの戦いのため紅潮しており、鎧にはいくつもへこみや擦れた跡が残され、手の者に戦わせて自分は高みの見物を決め込んでいたわけではないことを示していた。 

 ブリアラが、大公の鎧にシャロンズの紋章がないことを指摘し、自らの行いを正当化するため、いずれシェヴァリエの掟を潜り抜ける手口を編み出すだろうと思っていたと告げる。大公は、セリーンの侍女であるブリアラのことを覚えていると言った。そしてそのときはマスクも、もちろん鎧も身に着けていない姿だったと付け加えた。

 もちろん、とブリアラが丁寧にお辞儀をすると、大公は笑い、正当化などいかようにでもできる、それが名誉を守るためか、堕落を阻止するためであれば、と言って身を乗り出し、青く輝くシルヴァライトの小手を着けた片手でブリアラを指さした。そしてエルフと結託する狂える女帝を阻止するためならば、と言い添えた。

 大公は仲間の貴族に嘘をついたわけだ、とブリアラが指摘すると、大公は、自分の言葉には十分なくらい真実が含まれていると言い返す。セリーンの大学を卒業した貴族の子弟たちはエイリアネイジの待遇改善を口にし、教授たちはエルフどもにも教えるよう要求されている。貧しい商人たちは税を払わずすり抜けている。そして、デーリッシュからエルフどもを追い出す遠征軍の編成を進言して、かわりにダークスポーンの掃討を命じられたことが、今まで何度あったことか。

 三度だ、とブリアラが薄笑いを浮かべて言うと、ギャスパードは感心して首を振った。
 ひとりの取るにたらないエルフが女帝の振り付けをしている。であれば自分のついた唯一の嘘は、エルフが寝室の愛技で女帝を操っているという部分だけに違いない。
 ブリアラは息をのみ、冷笑で動揺を隠そうとしたが、他に山ほどある欠点はともかく、ギャスパードは目敏い男だった。

 まぐれ当たりか、と彼はまるで射られたかのようにのけぞり、それから哄笑した。自分との婚儀も拒否するはずだと言って、馬車の壁を本当に叩いていた。ブリアラは紅潮しているのが自分でもわかったが、両手に手枷を嵌められてはいても、できるだけ姿勢を正していた。再び彼女のほうを見たギャスパードは涙を拭きながら、女帝は誇りと理想が高すぎるのだと思っていたが、単に男を相手にしないだけだった、ダークスポーンを狩る際にシルヴァライトを手にするべきところ、自分は間違えてコールドアイアンを振り回していたと言った。
 ブリアラは眉を吊り上げて、自分がシルヴァライトに喩えられたのかと問う。彼は、自分に比べれば目には優しいのだろう、ウサギ、と返した。

 ギャスパードは噂を広め、叛乱が尻すぼみになるのを待つかわりに、女帝が鎮圧せざるを得なくなるよう仕向け、かつ彼女自身が光臨するに違いないと読んで罠を仕掛けた。ブリアラの分析を聞いてギャスパードの笑いが消えた。ようやく今思いついたわけでもない口ぶりだが、なぜ警告しなかった。ブリアラは御者が先刻顔を出した間仕切りを見つめ、手遅れになるまで気が付かなかったと答えた。それが本当であれば、多くのシェヴァリエの命が救われただろうに残念なことだ、と疑わし気に彼が言った。ハラムシラルの命を救うことにかけては精一杯やったが、どうやらしくじったようだ、とブリアラが返す。 

 セリーンが出てくると読んで大公が罠を仕掛けるつもりであったことに、ブリアラが気が付いていたとしても、責めるべきは罠を仕掛けた方ではなく、のこのこ飛び込んできた方だろう、と大公が指摘する。大公に期待することは何もなかった、ブリアラがそう言うと、だが女帝には期待していた、と彼が言い返す。ゆっくり時間をかけ、彼女がエルフの民のため尽力するよう仕向けたが、そのうちどこまでが自分で、どこまでがセリーンの考えであるか忘れかけた。だが彼女はあくまでオーレイの女帝であり、エルフのことなど歯牙にもかけない。必要なら帝国中のエルフどもを皆殺しにするだろう。

 嘘だ、と言ってブリアラは彼を睨みつけた。その声は震えていた。
 どうやら自分は、自分が思っているほど嘘はついていないようだ、ギャスパードが歯を見せてにやりと笑い、身体を引いて扉を閉めた。彼は鉄格子の嵌った窓から、ヴァル・ロヨーに戻り、そこでセリーンと盟友たちの抵抗を打ち砕くために有益な情報を語ったなら、無事快適に過ごせるだろう、と言った。

 そのために来たのか、と問いかけると、貴族の大男が一瞬黙り込み、ブリアラはひとときだけ溜飲を下げた。先ほど彼女の声に潜ませた震えを弱さと受け取り、相手はまんまと嵌ったようだ。大勝利の後間もなく、ナイフ耳の召使いにわざわざ会いに来たのは不思議に思っていた、と彼女は続けた。

 セリーンにとって大変重要なナイフ耳の召使いに会いに来たのだ、ギャスパードはくっくっと笑った。 
 であれば、まだ彼女を仕留めていない。ブリアラがとどめを刺した。大公は、セリーンとその盟友と言った。彼女が自分に何かを話したのか知りたがっている。今彼女がどこに向かっているか知りたがっている。なぜなら待ち伏せを仕掛けたにも関わらず、彼女を捕えることができなかったから。迅速かつ正確な攻撃で帝国を奪取するつもりだったが、降伏宣言か死骸でもなければそれもかなわず、しかもそのどちらもまだ手に入れていない。

 二人の間に沈黙が流れた。
 油断も隙もない奴、とギャスパードが言い、思案気に唇を結び、窓から遠ざかった。そして近くの手の者に、見張りをつけて誰も話しかけさせるな、と命じた。

 彼が遠ざかり、兵たちが負傷者の手当てに戻る音を聴き、ブリアラはフェラッサンも捕まっていないことを思い出した。セリーンも逃げている。彼女にはいくつか選ぶ道がある。

 だが、その考えに彼女は思わず凍り付きそうになった。セリーンは戦いで死んでいるのかもしれないのだ。いくつかの出来事の連鎖はある可能性を封じ、別の可能性に道を開く。セリーンは逃げ延び、依然帝国の指揮を執っているかもしれない。だがそれはエルフの叛乱軍を焼き討ちにした女。ブリアラが警告を伝えそびれた女。

 セリーンが戦場で死んでいたらことはずっと簡単だった。ブリアラは喪に服し、ブリアラの民を沢山殺した女を悼むことに罪を感じるだろうが、だがその後何が起きようとも、どれも単純なことだっただろう。
 だが単純なことはいつでもできる。願わくば、フェラッサンが今どこにいようとも、きっと同じようにしていると信じたい。

 目を閉じると、ブリアラは矢を引っ張った。さっきまでギャスパードの視界に入らないよう隠していたのだ。座席の後ろからそれを引き抜き、手枷せの細工に取り掛かった。

*** 

 シルヴァライト(Silverite)は、DAOかDA2を遊んだ方ならご存知、架空の金属。蒼白く輝き、錆びないとされ、毒除けに用いられるとの説話もある。単結晶なのか、複数金属の合金のつもりなのか、そこら辺はうやむや。
 錆びず、軽く、希少で(だから高価で)、正しく加工すれば十分固いというのは、要するに「指輪物語」のミスリル(mithril)、それをパクったDnDのミスラル(mithral)のこと。ミスラルのほうは銀の合金とされている。
 

 さて、珍しく薀蓄コーナーッ!(いや上がすでにそうだし、いつもやってんじゃねえの!)

 ここでウィークス氏は筆が滑ったふりをして、コールドアイアン(Cold Iron)を持ち出してきた。 DAシリーズではAwakiningにルーンの素材の形で登場しているのを記憶されているだろうか。だが特別な説明はなかった。ルーンの性能はアンデッドに効果的とされているが、別段ダークスポーンに通用しないわけでもないし、シルヴァライトがダークスポーンに効果的でもない。

 実はコールドアイアンは、(少なくとも3.x版までの)DnD世界では、通常の武器ではかすり傷さえ与えることのできないディーモン(Demons、DnDでは悪魔族の一種)を打ち破れる特殊な金属。一方デヴィル(Devils、悪魔族の別の一種)を打ち破れるのは、アルケミカル・シルヴァー(alchemical silver、錬金術を施した銀)。どちらも希少品扱い。ウィークス氏は、ここらを暗に仄めかしていると見たがどうか。

 ヴァンパイアやウェアウルフは銀の武器(弾丸)でしかとどめを刺せない、というのは銀細工商人が広告宣伝ではじめた騙りか、銀のもつ毒を検知する性質(砒素に反応する)が神秘性を生んだのか。

 ご承知のとおり銀はもろい(鉄も、正しく加工しなければかなりもろい)。人を斬るだけならともかく、わけわからんイミューニティ(完全防護)を持つ敵に対しては、ドワーフやら錬金術師やらが奥義を駆使して強化して、はじめて実用の武器となりうる。
(鉄が素材として優れているのは遍在性、加工性のみならず、銅と並んで再生利用が非常に容易であることも重要。銀などの貴金属の再生利用はうまみがあればやるけど、専門性が高いうえにお金がかかりますからね)

 会話部分は、ほんとーにベタ訳が楽。そして(比較的日本語で好き勝手遊べるから)楽しい。つらいのは一人称選びくらいで、ギャスパードの「わし」はいまだに違ったかと思っている。

 ですが全部そうやると本来の趣旨からはずれるので、一応主要キャラクターごとの「見せ場」だけに限定しようとしています。残念ながら、ここはブリアラにとってもギャスパードにとっても大事な見せ場ではないと判断。そして二人とも、他に山ほど出番がある(これからもありそう)。

 ただ、物語としては(まだ先の話をネタバレするつもりはなく、ここまでの展開からの推理でわかるように)、ふたりの直接対決は、この後せいぜい一回か二回あるかないか、と読めますよね。それを考えると、もしかしたら最後までやってみてから、戻ってきてベタ訳にやり直す場面かもしれない。

The Masked Empire 7(2)

 The battle rages on. 戦は、今やたけなわ。

***

 巨漢の戦士が大槌を振り回すと、その一撃がセリーンの必死の防御を払いのけ、彼女の鎧を打ち砕かんばかりに強打した。

 セリーンが落馬する最中、周囲の世界は回転し、さらに第二の激しい衝撃が、彼女の肺にわずかに残っていた息すら根こそぎ奪い去った。周囲で彼女の兵が戦い、死んでいる中、世界は一様に鋭い、苦痛に満ちた煌びやかな色合いとなった。早朝の空の色は、煙のため病的に蒼白い。

 サー・ミシェルは彼女から分断され、戦いの大音声の向こう側から、森に向かって逃げるよう彼女に身振りしていた。主力の軍勢が必死に体制を立て直そうとしている間、周囲にごく僅かな手勢のみ伴って、彼女がなんとか森に辿りつきそうになる寸前、ギャスパードの戦士たちに見つかった。
 それから先は、全てが剣戟の音と苦痛の叫び声の混濁のためはっきりしなかった。

 彼女の前に立つギャスパードの戦士は、巨大な鎧をまとった巨大な男だった。彼が何かを口にしたとしても、戦場の咆哮の中に消えていった。彼はその大槌で敬意を表することもせず、相手の降伏を求める伝統にも従わなかった。彼は振り向きざま、彼女の兵のうち周囲に残っていた最後のひとりの頭がい骨を打ち砕き、再び彼女に向き直り、躊躇なくその大槌を振りかぶった。
 その瞬間、セリーンは自分が本当に死ぬかもしれないことに気が付いた。

 彼女は這いつくばって戦士から逃れようとしたが、息をすることもできず、打ちのめされた際の横腹が押しつぶされたのか、どうしようもなく耐え難かった。儀仗用の剣をどこに取り落したかも見当がつかない。ギャスパードの兵がとどめの一撃のためその武器を振り上げる間、彼女はやみくもに地面の土を掴もうとしていた。

 そのとき、戦いの激しい咆哮の中から、馬上のサー・ミシェルがこちらに向かってくるのが見えた。彼の駿馬はギャスパードの兵に激突し、巨大な戦士が地面に打ち倒された。即座にミシェルは馬を降り、飾り気のないシルヴァライトの長剣を抜き、盾を構えた。

 ギャスパードの兵は、巨大な鎧に身を包みながらも、まるで踊り子のような優雅さで身体を起こし、立ち上がりざまに大槌をミシェル目がけて振り回したが、ミシェルは踏み込んで、大槌の柄に盾を当て、ギャスパードの兵の顔面に兜で頭突きを食らわせ、よろめかせた。

 セリーンはどうにかして腹ばいになった。押しつぶされた胸は、小さく息をつくごとに痛みとの戦いを余儀なくされていたが、彼女が見下ろすと、視界の端の闇の中でちらちらと光るものが目に入り、その理由がわかった。鎧が強固であったが故に、大槌に打たれた胸当てがその形のままくぼんでおり、まるで鉄製のコルセットのように彼女の身体を締め付けていたのだ。

 ミシェルが彼女の命を救うため戦う間、セリーンは小手の底の隠し場所に忍ばせてあったダガーを引き抜こうと手こずっていた。ようやく引き出すと、喘ぎながら、胸当てを締め付けている留め具の部分を切りはじめた。

 金属のこすれるキーッという音と、大槌が命中したときのガチャンと鳴る音を耳にしながら、彼女はそちらの方を見ることもせずに留め具を切り続けた。サー・ミシェルが敵を斬り倒しても、血を流して地面に伏せていても、どのみちこの鎧は脱がねばならず、故に彼女は脇目も振らず作業に没頭し、ドレイクの革を切り続けた。息をするのがきつくなり、頭がくらくらし、目の前にちかちかと光の明滅が踊りはじめたが、そのとき留め具のひとつが外れ、胸当てが不自然な形に開いた。彼女は震えながら新鮮な息を吸い込み、別の留め具に気も狂わんばかりに取り掛かった。しばしの後、使い物にならなくなった金属の大きな塊が彼女の側の地面に落ちた。

 そこで一分間でも座って息をしていることが許されるなら、セリーンは代わりにデールズでもくれてやったことだろう。

 だが結局のところ、さしあたり彼女はオーレイの女帝であった。その肩書きはギャスパードの攻撃を阻止することはできなかった。敵の戦士が大槌で彼女の鎧をへこませることを阻止することもできなかった。だが、彼女をその場に立ち上がらせるには十分だった。彼女が立つと、右手の指輪の魔法によって、ダガーが焔の舌で包まれた。

 ミシェルとギャスパードの兵はお互い手詰まりとなっており、ミシェルの盾が大男の大槌を抑え、それぞれ唸り声をあげ、相手の隙を狙う素早い足取りで動き回っていた。背が低い方の男、ミシェルにはバランスの点で分があるが、ギャスパードの巨漢の戦士はあまりにも大きかったので、ミシェルが劣勢になるのは目に見えていた。

 彼女は、重い脛当てを身に着けたまま、可能な限り静かにふたりのところまで歩くと、間を置くことなく、焔をあげるダガーを背後から戦士の腋窩に突き立てた。
 ギャスパードの兵は叫び声をあげて後ろに退いた。ミシェルにはその隙だけで十分だった。乱暴な一押しとともに、彼は相手を突き放し、セリーンはまた必要になるときのため、ダガーを構えた。
 ミシェルは上段からの大きな一振りで戦士の力ない防御を打ち破ると、大槌を盾で受け止めて叩き落とし、戦士の片足を深く斬り裂いた。戦士は片膝をつき、大槌は地面の草の上に落ち、とどめの一撃で、ミシェルは相手の頸甲もろとも、その喉を切り裂いた。

「陛下」 崩れ落ちたギャスパードの兵がまだひくひくと痙攣している間、ミシェルは荒い息をしていた。「ここは危険です」
「ありがとう、わたくしのチャンピオン」 セリーンは咳き込み、依然として息を整えようとしていた。「どうなることかと」 彼女が目をやると、巨漢の戦士は最後の痙攣のあと静かになった。
 セリーンは人を殺したことがある。レディ・マンティロンのバードの技術の訓練を受けた女性は誰でも、寝室で自分の暗殺を狙った相手の喉を掻き切り、それから二分も経たないうちに、完璧な化粧と清潔な手で宴会の場に戻り、機知に満ちた会話を嗜むことができる。その試練の間でさえ、レディ・マンティロンは、彼女の冷徹な神経を称賛したものだった。

 それもまた、随分と前の話だ。

「かたじけない、陛下」 ミシェルが言った。「お守りすることにしくじりました」
「おやめなさい、ミシェル。まだわたくしが息をしているのであれば、あなたはしくじってなどおりません」 セリーンは戦場の他の様子に目を向けた。彼女の兵たちは虐殺される最中で、もはや戦線などどこにもなく、ギャスパードの兵の回りに固まっているだけであり、彼らの手によって順々に屠殺されていた。乗り手のいない馬たちは悲鳴をあげながら戦場を駆け回り、ところどころ包囲されたままのセリーンの兵たちの上には、まだ矢の雨が降り注いでいる。帝国の陣羽織姿の兵たちが、盾を投げ捨てて森の中に逃げ込んでいた。

 彼女は過酷な速度の行軍を強い、兵たちには醜悪だが容易な屠殺の任務の後、彼女の冬の宮廷で一週間の休暇を与えると告げていた。
「街、そう考えていますか?」 彼女は尋ねた。
 ミシェルは頷いた。「他に道がないかと」 彼は口笛で馬を呼び、優雅に跨り、彼女を自分の後ろに招きあげた。

 彼女は、まだ自分で馬を操れると言いかけたが、自分の雪のように白い牝馬が数ヤード離れたところに動かず伏しているのを見た。首が捻じれ、脇腹には矢が何本か突き刺さり、しばしの間、彼女は最期に乗馬に出かけたときのことを思い出していた。森の中の狩りで、自分の牝馬に跨り、何が起きようとも自業自得とギャスパードから告げられた日だ。
 もしもその時わかっていたのなら、彼女はその場で彼を刺し殺し、すべてをおしまいにしていたであろう。

 彼らは馬を猛然と進めた。ミシェルの長剣は断固とした弧を描き、歩兵たちの間を切り開き、馬上の敵を寄せつけなかった。しばしの間、戦いの混沌のおかげで、彼らも単なる別の乗り手とみなされているようだったが、そのうち彼女は蹄の音の向こうから、自分たちの素性に気が付いた叫び声があがるのを聴き、彼らの回りに矢が一層降り注ぎ始めた。その一本が彼女の脛当てに当たって跳ね、彼女は今や鎧を着けていない自分の背中に汗が流れるのを感じた。しばしの後、ミシェルが盾を掲げ、彼女の顔から手のひらの幅ほどもないあたりで、それに一本の矢が当たって粉々になった。

「ありがとう、わたくしのチャンピオン」 彼の後ろで馬に跨る彼女の声はつかえながらだった。
「愚かでした、陛下。前にお乗りいただくべきだった」 彼は突き出してきた槍もろとも、槍兵を斬り捨てた。

 ようやく彼らは密集した戦場を逃れ、安全な街の城壁に向かって突進し続けた。後ろで金属のぶつかり合う音がして、彼女が一瞬だけ振り返ると、ギャスパードの乗り手の一団が追跡してくる姿が見えた。

 セリーンがミシェルの肩越しに前を見やると、街の門が依然開いているのが目に入った。飛び出してくる兵士たちは、ハラムシラルのピエール伯爵の手の者たちだ。彼女は胸が一杯になり、自分自身の兵たちに思いをはせた。彼らの手数があれば、彼女はギャスパードとまだ戦えるかもしれない。

 だが、彼女が自身の血まみれの残兵たちの方を見ている間にも、彼女は、ピエールが自ら対処できなかった叛乱を代わりに鎮圧し、その街の四分の一を燃やしたこと、その叛乱こそが、自らをギャスパードの罠に誘い込んだことに、突然思い至った。
「彼らは味方?」 彼女はミシェルの耳に呼びかけた。
「程なくわかります、陛下」 振り向かずに彼が言った。

 街の衛兵の前に、馬上のピエール伯爵と彼のシェヴァリエたちが進み出てきた。ピエールの鎧は街中を覆う灰で煤け、その顔は疲労で曇り、汗で輝いていた。朝に現れた時以来、兜を被り直す暇もなかったようだ。

「輝けるお方」 彼らが近づくと、彼が叫んだ。 
 戦闘はハラムシラルの周辺には及んでおらず、ピエールとその手の者たちはいずれの側にも与していなかった。罠を発動するには絶好の機会だ、彼がその一部であれば。彼は武器を手にしており、それも至極当然のことだ。彼は彼らのほうに猛烈に馬を進めてきた。彼女は前に乗るミシェルが、攻撃の用意のため緊張するのがわかった。

「安全なところへ!」 ピエールは叫び、彼らを通り過ぎて進んだ。「街、または必要なら東のジェイダーへ逃げてください! 我々が彼らをできるだけ食い止めます!」
 セリーンは振り返り、ギャスパードの軍勢が後ろから、さらに右側からも彼らを猛追してくるのを見た。自らの兵で生き残った者は二十名もおらず、ギャスパードの兵が側面から彼女を釘付けにするのを阻止することはできない。

 ハラムシラルのピエール伯爵と、彼の二十騎からなるシェヴァリエたちは、彼らを通り過ぎ、接近しつつある敵の戦線に突撃していった。
 彼女は、ピエールの手勢の上に矢の雨が降り注ぐのを見た。ギャスパードの弓兵たちにとり、彼らは誤って味方を射る恐れがないほど十分に離れていた。ピエールは肩に矢を受けたが、馬を進め続け、自らとその手勢を、彼女とギャスパードの間に割り込ませた。

 そしてそれでも、戦線全部を食い止めるには足りなかった。
 彼女の思いを実際に聞いたかのように、ミシェルが呼びかける。「ギャスパードの兵がいくらか漏れてきます!」 彼女の目には彼が振り向いた様子がなく、彼が蹄の音だけから判断したのだろうかと不思議に思った。

「街までたどり着けますか?」
「おそらく」 その言葉の最後には疑問があり、彼が女帝を戦場から運び出す最中であっても、口にしたくないものであった。
「ミシェル、ハラムシラルに着いたら、そこで守り切れますか?」
「街の衛兵は叛乱への対処によって手薄になっており、ピエールはほとんどのシェヴァリエを伴って出たようです」 ミシェルが言った。

 矢が一本、彼の鎧の肩に跳ねた。彼らの目前で、ピエールの歩兵たちが容赦なく降り注ぐ黒い雨の中で死んでいった。「我々の兵たちと同様、彼らのほとんどは戦死するでしょう。ただの街の兵士たちでは・・・、降伏を交渉する機会は与えられるでしょうが、玉座までは救えません」
 セリーンはつばを飲み込んだ。ピエールとその兵たちを無駄に死なせるわけにはいかない。彼女の兵たちを無駄に死なせるわけにはいかない。

「冬の宮廷は?」
「守りのための建物ではありません、陛下」
 彼女はそのことを恐れていたが、彼女のチャンピオンの口から確かめたかった。であれば、行き先はジェイダーしかなく、東に馬で数日の距離にあるそこでは、レディ・セリル、間違いない忠誠を捧げる長きにわたる盟友である彼女が、彼女たちをかくまってくれるだろう。

「森に向かって、ミシェル」 彼女は言った。「ジェイダーまで撤退し、ヴァル・ロヨーに連絡を取り、帝国の総力をあげてギャスパードを粉砕するのです」
「仰せのままに、陛下」 彼は言って、彼の軍馬を左に向け、街の門からも、迫りくるギャスパードの手の者たちからも遠ざかった。

 彼女たちは馬を進め、その後ろでは、セリーンの血路を切り拓くために、オーレイの兵たちが死んでいた。

*** 

 血腥くなってまいりました。

 ウィークス氏はRPGコアファンの血が騒ぐのか、趣味が高じてしまってるのか、いきなり大槌、モール(maul)とかマイナーな武器持ち出すんですね。ここの読者には説明不要だからいいでしょうけど、知らなければ、なんで戦場で大槌振り回してるの?ってなる。リアル地球で武器として用いられたのはだいぶ最近で、中世で用いられたのはウォーハマー(ウォー・ハンマー、Warhammer)のほうですね。

 こういう場面で日本語のつらいところが、馬上なのか、徒歩なのか、いちいち触れると冗長だが、省略するとなんだかわけわからなくなること。英語はride(rode)で済む。
 単に騎馬と馬上の戦いに関する私の日本語の語彙が足りないだけという話もありますが、それを考えても、一般的に言ってだいぶ風化しちゃったんでしょうかね。

 笑い話ですが、アメリカでは自動車のブレーキをかけることを"pull over"、"pull up"と言う。実は免許試験でそれがアウトになった経験があり(教官から突然そう叫ばれたら即止まらないといけなかった)、なんのこっちゃと思ったのですが、馬の手綱を思い浮かべればたちどころにわかるんですね。手前にぐっと引くこと。馬(馬車)は止まります。
 原文中では、即座に止まることを"pull up short"と言ってますね。

 馬具についての日本語はあらかたちゃんと残っているので助かりますが、鞍(くら)とか手綱(たづな)はともかく、轡(くつわ、つわ)、鐙(あぶみ)、拍車(はくしゃ)とか、わからんで書くわけいきませんから調べるの面倒。
 しかも、あちらの馬具と完全に一致しているわけでもない。拍車(spur)は西部劇に出てくる「輪拍」を思い浮かべますが、欧州中世では突起だけの「棒拍」。だから本当は「拍車」じゃないんだ。日本は違うだろうと思って調べると、やっぱあの形なわけないですね。鐙に突起部があったそうな。 

 かつて日本列島には軍馬、使役馬、野生馬、江戸時代で何十万頭、戦争前後で百万頭以上、ものすごい数の馬がいました。いつごろから競馬馬(外来だし)だけになったのか。それは、日本人がキツネに騙されなくなった頃ではないか、という本がありました。昭和30年代頃だそうで。

2014年5月 5日 (月)

The Masked Empire 7(1)

 戦(いくさ)です、ついに。

***

 第七章

 敵の視認から完全に外れた離れた木立ちの中、弓兵の射撃開始を見たギャスパードがほくそ笑んだ。

 横にはリマッチェ公爵が、乗馬の色と似せた色に塗られたシルヴァライト製のフルプレートの鎧を身に着け、馬の側に静かに立っている。「シェヴァリエの掟が、このような戦術を許すとは驚きです」
「わしらは名誉ある戦いのため訓練されているのだ、リマッチェ、愚かな戦いのためではない」 矢の雨がセリーンの混乱した隊列を刈り倒していく。兵たちは長い行軍と醜悪な屠殺で疲弊困憊しており、その盾を掲げるのが心臓の鼓動何回分か遅れ、一瞬の後には、断末魔の叫び声が戦場中を覆った。「掟はわしらを栄光の道に導くもの。戦術を制約するものではない。違いがわかるか?」
「腑に落ちるというわけには、大公閣下」 リマッチェは召使いの用意した踏み台を無視して、自ら鞍に跨る。「ですが、シェヴァリエとして訓練を受けたわけではございませんので」

 ギャスパードも馬に跨った。彼の鎧もリマッチェのもの同様に煌めいていたが、その塗装は剥がされ、シルヴァライトの表面が剥き出しとなっている。「わしはセリーンを暗殺するわけではない」 彼は言って、鞍に落ち着いた。「毒殺するわけでも、自ら遠く安全な場所にいて、どこぞの農奴に弩で射殺(いころ)させるわけでもない」
「ところが、女帝に対する謀叛の軍を導くことはする」 

 ふたたび矢の雨が空を覆う。セリーンの哀れな兵たちは、依然として守りの陣形をとろうと苦心している。
 ギャスパードが間を置いて顔を向けた。「幾分不躾に聞こえるぞ、わしの側らにおるにしてはな、リマッチェ」
「それもまた、大公閣下」 リマッチェは言った。「単に掟に関する好奇心からのもの」
「貴公、シェヴァリエをあまり好いておらんのだろう?」 ギャスパードが尋ねた。 リマッチェが答えを返さずにいると、ギャスパードはため息をついた。「シェヴァリエから直に挑戦を受けたのなら、わしは何の躊躇もせん。上官からの命令なくして退却もせねば、帝国の名において公式に裁くのでもない限り、戦の外で貴族の男女を手にかけることもせん。そして、セリーンと戦う際には、当家の紋章を身に着けることもせん」 

「奇妙だと思っておりました」 リマッチェはギャスパードの素地剥き出しの鎧のほうを身振りで示した。
「わが家の色を纏ったまま女帝に背くのは、シャロンズ家の名折れとなる」 ギャスパードが言った。「わしがここでしくじった場合、わが家にわしの行いの累が及ぶことがあってはならない。女帝に異を唱える権利は、ひとえに帝国の血脈を継ぐ一人、大公としての身分にのみ拠るのだ。それ以外の階位は、今日この戦場で勝ち取るだけだ」

「もしここでしくじれば、セリーンが閣下の鎧の様子に鑑みて、一族縁者への沙汰を定めるとは思えませんが」 リマッチェが微笑みながら言った。
 ギャスパードはにやりと笑った。「たしかに。ありがたいことに、しくじるつもりで策を練ったわけではない」

 彼は木々の間から、彼の残りの馬上の兵たちが待機しているところを見た。そこには、シェヴァリエたちも、リマッチェのようなただの貴族たちも、さらには正式には貴族と呼べない軽装の兵士たちも含まれている。「策と言えばところで、連中は前進しているのではないか?」

「そのとおりです!」 木々の上に登っている偵察のひとりが叫んだ。
「いいだろう。女帝を守るため前に出てきおった」 ギャスパードは片手を伸ばし、差し出された槍を手にした。

「街に退却すればいいものを」 リマッチェは首を振り、兜の面頬を下げた。
「セリーンは先頭近くにおるのだ」 ギャスパードがほくそ笑んだ。「女帝が斃れようというのに、自分の身の安全のため退却するシェヴァリエはおらん。そして叩かれるしかなくなるというわけだ」 彼は鐙(あぶみ)の上で立ち上がった。「突撃!」

 命令が隊列に次々と伝わった。ギャスパードは面頬を下げ、鞍に腰を落とし、拍車で馬を蹴った。

 その騒音にはいつも驚かされる。神経を集中すると 世界全部が前方の敵の戦線とその間の草原だけに縮んだかのようで、数百の彼の兵たちが彼の側らでその乗馬を駆り立てていることさえ、ぼんやりとしか意識の中に入ってこない。だがその騒音、蹄の連打する音や鎧の鳴る音が周囲を被い、地面から彼の身体の骨まで伝わり、自らの息遣いですら兜の中でこだましている。彼はその戦いの大音声を聴きながら、乗馬のリズムに身を委ね、その足並を感じ、敵の前線までの距離を覗い、時を計り、それから完璧な激突の瞬間に飛び込んでいくのだった。

 その激突の衝撃は、目前の敵が不器用に構えた盾を弾き飛ばし、その胸当てを貫いた。必殺の一撃だ、ギャスパードは満足げに独り言ちた。そのまま戦いのただ中で押しつぶされなくとも、その男は血の泡を吐くまで天幕の中に置き去りにされ、腕の良い軍医が息の根を止めるしかないだろう。
 その思いを巡らしたのも鼓動一回分の間だけで、ギャスパードは敵の戦線を突破するため、槍の代わりに剣を手にし、乗馬の速度を緩めることなく、また剣を弾き飛ばされることのないよう、強く短い振りを激しく繰り出し続けた。盾に一撃を受けても、そのまま馬を駆け続けさせ、肩甲を別の一撃がかすったが、そこで敵の戦線の後ろに出た。 

 彼は周囲が開けたと見るや即座に馬を止め、その巨獣の向きを変えた。セリーンの軍勢は、全力で退却すべきか、槍ぶすまを築くべきか決めきれずにおり、その結果、どちらもうまく行っていなかった。ギャスパードの近くにいた味方の兵たちはセリーンの戦線に大きな穴を穿いており、両側面を進んだ兵たちは、彼の指図どおり、突破する代わりに馬を止めている。
 中央部分は大混乱で、女帝は両側面から挟撃を受ける形になった。

 ギャスパードは、リマッチェが鮮やかな手並みで歩兵の一人を斬り倒すところを見た。男の筋はいい。シェヴァリエとしても通用しただろうが、その戦術について、つくり話を真に受けたような誤解をしているのが残念だ。

 哄笑をあげると、ギャスパードは乗馬を駆け出させ、屠殺の混乱の中に再び飛び込んでいった。

*** 

 当初、次の場面も一緒にやってしまおうと思ったのですが、やっぱ戦闘シーンは(ウォーゲーマーあがりとして、個人的に専門分野(!)でもあり)下手に省略しないで、ちゃんとやろう。できているので次もすぐアップします。

 「家の色」には苦労した。原文はfamily colorsとなっているのですが、それで検索すると「おうちで遊ぶぬりえ」、「お絵かき」が出る(笑)。family coloringというらしい。

 いわゆる禁色(きんじき。意味を勘違いしないように)は、王朝ごとに定められていた大陸国、日本の律令制下のみならず、ロイヤル・ファミリー以外使用禁止の禁色は多くの国にもあったのでしょう。エイジアですとタイ王国なんかが有名かな。
(日本ではだいぶ緩和されましたが、天皇陛下、皇太子殿下のみ着用可能な禁色はいまだに存在するとのこと)

 もちろん日本の家紋(紋所)、西欧の紋章(Coat of Arms)はありました。というか個人(家系)特定、代々世襲、排他性などを満たす厳密な定義では、日本と西欧にしかなかったという説もあるようだが本当だろうか。

 ところが「家の色」ってのは見つからない。紋章にカラフルな色が用いられるのは、戦場で敵味方を識別するため、あるはフルフェイス・甲冑姿の騎士が何者であるかを示すためですから、あんまりたくさん色を禁止しちゃうと問題が生じる。ご承知のとおり西欧ではもともと盾の装飾に用いられた。
 そもそもロイヤル・カラー以外にあったのかどうか定かではない。アメリカンの「カレッジ・カラー」やプロスポーツの「チーム・カラー」のノリで言ってるだけかもしれない。

 現代であれば色彩はおおむね標準化されているので、コードなどから再現可能でしょうが、紋章をつけた騎士たちが戦場を闊歩していた時代はそれもかなわず、かつ染料・染色の技術水準自体に信頼性の問題があるので、(天才的な才能で色彩を正確に記憶できる者以外)実際に現物を比べるしかなかったはず。

 マーク・トウェインの「アーサー王朝のコネチカット・ヤンキー」という小説には、騎士の盾や馬飾りの紋章の代わりに、職人や商人などスポンサーの宣伝広告(PR)を描くというネタがあって笑っちゃうのですが、現代社会のF1レーシングなどでやっていることと何も違わない。つうかF1レーシングが騎士同志の馬上試合やトーナメントと何も違わないということか。

The Art of Dragon Age: Inquisition

 ゲーム本編リリースと同時発売・・・。

 と、Amazon.comには出ていますが、他にはどこにも情報がない。

 唯一出ている画像もしょぼくさい、とてもシェビー。 

 ガセではないようだけど、いつものフライングかな?

 版元はDark Horse Comicsという情報もあり、でもそちらのサイトには情報がなく。

 そもそもアートブックにはあまり興味がないので、まあ、いずれにしろ様子見です。

 それよりもゲームガイド(攻略本)は買う気満々なのですが、さすがに半年も前なのでそちらも情報がない様子。

 ん? お、すでに半年は切ってるのかあっ!

 今度は"The Masked Empire"紹介が最後まで間に合うのかってほうが心配になったりして。

The Masked Empire 6(4)

 第六章のラスト。

*** 

 朝が訪れるまでに、戦いのほとんどは終わっていた。
 彼女の輝く白い牝馬に跨って、軍勢と行動をともにする女帝セリーンの皇帝の鎧は、弱々しくけぶる夜明けの光の中でさえ煌びやかに輝いていた。自分が疲弊しているはずなのはわかっていたが、早く目覚める代わりに遅くまで起きていたにも関わらず、夜明けが心に魔法をかけたかのように、彼女は動き回り続けた。 

 エルフたちは近づく軍勢の鎧の音を耳にし、ナイフを先に括り付けた棒切れと酒場の机から作り出した木製の盾で槍ぶすまを組もうと試みた。オリージャン軍は、狭く曲がりくねったハラムシラルのスラムの街路を四列横隊で進軍し、足を止めることもせずにエルフたちを斬り倒した。広場に差し掛かると、騎馬兵が側面から鮮やかな波状の掃討を繰り出し、逃げ出すエルフを蹂躙し、反抗のため集結しようとする者たちがいれば、その心を恐怖で挫いた。

 それが済んでからのセリーンの最大の憂慮は、兵たちが規律を失い、夜の鎮圧が祝宴に化してしまうことであった。エルフたちはスラム以外に逃げるところはなく、機会を与えれば凶暴に牙をむくことをセリーンは知っていた。女帝は馬上で、警護されながらもその姿を曝し、気の早い略奪に向かう素振りの兵がいれば、彼らに別の指図を与えた。

 セリーンたちが軍隊の精確さでエルフのスラムを通過した後、叛乱軍が占拠していた地域は火の海となった。ハラムシラルの貴族の男女は、高地の市場がある広場の、貴族と下層の者たちを隔てる門の外側に集められ、女帝と軍勢が帰還してくるのを沈黙とともに待っていた。貴族たちは護衛とともに先頭に立ち、商人たちや職人たちは召使いたちと一緒にバケツを手にして脇に立っていた。それは先見の明というものだった。セリーンの背後の熱波は灼熱のカーテン同然で、彼女の肺から空気を奪おうとしており、火の粉や燃えさしは、貴族たちを安全に守っていた石壁の上を自由に越えている。

 セリーンは、エルフがここにハラムシラルを打ち建てた時代からその石壁があったに違いないと思った。だが当時のエルフたちは、いつの日かその壁が、外側で焼かれているエルフたちからヒューマンの貴族を守る用に供されるなどとは思いもしなかっただろう。

 サー・ミシェルは集められた貴族の側にいた。彼自身は戦いに参加しなかったが疲弊しているように見え、彼女の後ろで炎上するスラムを見つめる顔には、馬車の中であれほど隠そうとしていた憐れみが浮かんでいた。

 セリーンは軍勢の前で馬を止め、兜を脱いだ。鎧を身に着けているときは例外的に容認されるように、その下は素顔で、蒼白い顔はたじろぐことなく群衆を見つめていた。

 サー・ミシェルが女帝万歳を叫ぶと、灰色の夜明けの光の中、大勢の者たちの声が呼応し、膝を屈した。

 彼女は馬上でその歓待を受けた。それもまた彼女が軍勢とともに馬に跨り、必要のない鎧を身に着けていた理由だった。彼女は血も涙もないと呼ばれるだろう。彼女は気が触れてしまったのではないかと問われるかもしれない。だが彼女には、女帝セリーンがいかに叛乱に対処したかを疑いようもなく目撃した、大勢の生き証人がいる。

 演説が求められたが、彼女の用意した言葉はそぐわず、燃え上がる家屋から出る煙が彼女の髪にまとわりついていた。彼女はハラムシラルのピエール伯爵、自らの街の一部を焼き討ちにする指揮を任せた領主のほうを向いた。

 彼女の声は広場の隅々まで行き届いた。彼女はピエール伯爵に対し、自らの軍勢は休みなくここに進軍してきたこと、必要欠くべからざる措置であったとはいえ、このような真っ当な街の一部を破壊することに喜びを抱くことは一切なかったと告げた。
 ピエールは、許される返答はひとつしかあり得ないことを承知していた。彼は、領地の平和を回復した女帝への感謝を伝え、誇り高き街にこのような度し難い非道が蔓延ったことを悔いた。

 今日から復旧に勤しまねばならないだろうし、兵はその役には立たない、とセリーンは言った。 そして女帝とその軍勢は、ハラムシラルの郊外にある女帝の冬の宮廷に引き上げると告げた。

 彼女の家族が寒い冬の期間に訪れる習わしであった別荘までさほど遠くはなく、長い一夜の後であれ、そちらに向かうほうが望ましかった。兵たちはそこでハラムシラルが供するよりも良い饗応を受けることができ、一方ハラムシラルは死者たちの埋葬に取り掛からなければならない。
 ピエールは馬上でお辞儀をした。女帝の兵たちは皆英雄であり、饗宴にはそれに相応しい賑わいが必要であると告げ、女帝と兵たちが出立した後、食材を見つくろって冬の宮廷に運ぶ旨申し出た。

 セリーンが頷くと、ピエール伯爵はゆっくりと馬を離し、群衆も彼のほうに別れていった。サー・ミシェルが馬に跨り、女帝の側に並び掛け、ふたりの馬は街を後にするため進み出した。
 女帝が任務の首尾はどうかと尋ねると、ミシェルが上々であったと答え、一緒にいた庶民ひとりは抵抗したため射殺したが、彼女のほうは指示通りに争うことなく捕縛したと伝えた。
 女帝は感謝の言葉を告げると、今度は捕囚の様子を尋ねた。ミシェルは、彼女は焼き討ちについては快く思っていないと答える。女帝は、マスクも化粧もない素顔でさえ一切の表情を変えることなく、わかったと言って頷く。彼女の弱みを探る目がどこから見張っているかわからない。 

 セリーンの軍勢が街の門を通過する頃には太陽が顔を出していた。巨大で分厚いその門は、エルフが街を支配していた頃に持ち込まれたという古代の石の上に乗っていた。史書によれば、街の石壁があまりに頑丈なため、「聖なる行軍」の最後の大攻勢で門が破壊された後も、征服者たちは他の要塞部分を手つかずのままに残していた。それにより街には意図せぬ異国情緒の雰囲気が漂い、いくつかの見張り塔も、この世のものとは思えない古代の優雅さのままそびえ立っている。 

 これで済んだとセリーヌが言い、彼女の牝馬の足並みがたてる蹄の音が、石畳の上のそれから、土の地面のものに変わった。ギャスパードの忌々しい手口も失敗に終わった。それにより彼女は、何千かのエルフの命と、ブリアラを失った。

 彼らの前方から、その日最初の商人の隊列が街に近づいてきた。
 意味が通らない、とサー・ミシェルが言った。彼はブリアラを見つけるのに注力していたので、ギャスパードのことまで考えを巡らす暇がなかったが、ナイフ耳への同情についての偽の噂を打ち破るのがいかに簡単か、彼にもわかりそうなものではないか。

 そうだろうか、とセリーンが肩をすくめ、ギャスパードはセリーンが軍を率いた経験がなかったから、なすべきことを成し遂げるだけの鉄の神経に欠けていると思いこんでいたのかもしれないし、またはヴァル・ロヨーに戻る彼女を別の噂話やあてつけが待ち受けており、彼の用意したくだらない醜聞を打ち消すために、またしてもやり合わなければならないのかもしれない、と言った。 

「いや」 ミシェルが顔をしかめた。「いくら悪ふざけに過ぎるとはいえ、大公ギャスパードは紛うかたなきシェヴァリエです。軍略の訓練を受けている。彼はこうなることを予期していなければおかしい
「あなたの言うとおりのようです」 セリーンは手綱をぐいと引いて、乗馬を即座に止めた。「彼は予期していた」

 前方の商人の隊列では、衛兵たちが茶色の外套を脱ぎ捨て、その下のシェヴァリエの輝く鎧を曝した。
 草むらからは、潜んでいた何百もの弓兵たちがその姿を現した。
 セリーンが振り返って兵たちに警告の叫び声をあげると同時に、夜明けの灰色の空が、矢の雨で黒く染まった。

***

 第七章に続く。

2014年5月 4日 (日)

The Masked Empire 6(3)

 第六章は次回までの予定。

***

 メインセライ卿の邸宅は、ほとんど御殿と呼ぶにふさわしいもので、その大きな建物は石壁と棘のついた鉄製の扉の後ろに鎮座していた。

 半月が顔を出す時分、ブリアラは付近の公園の木々の闇の間から、邸宅を見張っていた。窓は暗く、門扉はここ一時間ばかり締め切られたままで、訪問客が皆立ち去ってから久しかった。沢山の煙突からあがる煙もほぼ収まり、ブリアラが厨房と目星をつけた一画のものだけが例外だった。
 数人の召使いが明日の準備のために厨房か洗濯部屋でまだ働いているかもしれないが、屋敷のほとんどは眠りについている。

 フェラッサンが彼女の側でいつものように静かに、木にもたれ掛っていた。叛乱の首謀者の立場らしいスレンが、ふたりの後ろで苛立たし気に歩き回っている。

「本当にこの方法でいいのか?」 彼が尋ねるのはこれで三度目だ。
「方法はこれしかない」 ブリアラが声を潜めるように努めて言った。「屋敷を燃やして、衛兵を殺し、それがお咎めなしで済むと思って?」
「いや、だが・・・」
「女帝はシェヴァリエをスラムに送り込み、バリケードの内側一帯を焼野原にしてしまうだろうな」 フェラッサンが依然木にもたれながら言った。「つまり、一般的に言って、誰かがバリケードを築いて叛乱を宣言したら、女帝は決まってそうするんだ」
「正義を欲するなら」 ブリアラが引き取った。「メインセライに死を与えたいなら、ここでやらなきゃならない。叛乱者たちが街中の注意を惹き付けてくれる間に。そして彼が死んだら、あなたたちは静かにしていること。衛兵たちに明日の朝、エルフたちが皆お行儀よくなっている姿を見せなくちゃならない。襲撃もなし、石つぶてもなし、礼儀正しい笑顔で目を伏せる。わかった?」

「だが・・・」 闇の中でスレンはもやっとした灰色の動きでしかなかったが、彼女にはその汗の匂いがわかった。「連中はあいつの死体を見つけて、肩をすくめるだけだっていうのか? スラムを襲撃して、答えを知りたがったらどうする?」

「まあ、きっとそうするだろうな」とフェラッサンが言った。
「そして、誰も何も見ていない」とブリアラが付け加えた。
 スレンは歩き回るのをやめ、彼らの方を向いた。「仕返しにエルフを殺したら?」

「まあ、きっとそうするだろうな」とフェラッサンが繰り返した。
「そしてあなたたちは、目を伏せ、口を開かない」とブリアラが言った。

「だが・・・、だが・・・。あんたはデーリッシュだろう!」 スレンはフェラッサンにすがるようにして言った。 「あんたの民は、ハラムシラルをエルフの手に取り返せるんじゃないのか!」
「そう、いつの日か」 フェラッサンは身体を木から離した。「だが、今日じゃない。今日は、君らが貴族をひとり殺し、そいつがあまりにもとんでもない男だったので、他の貴族どもが仕返しする気さえ起こさないことを祈るだけだ」

「あんたはわかってない!」 スレンの声は怒りで大きくなった。「みんなこの大義のため集まっているのは、俺がレメットの話をしたからだ! 俺がはじめた! それなのに、家をいくつか焼かれて、エルフを何人か殺されて、それで御の字だと思えと言うのか?」

「気持ちの良い話ではないでしょうけど」とブリアラが言うと、スレンは彼女のほうを向いた。
「黙れ! そのちゃらちゃらした鎧と、風呂の薬の匂いをさせた肌で現れて、俺たちのこれまでの苦労を、まるで知ったような顔で話すな!」 彼は荒い息をして、姿を消した。

 ブリアラは彼が行くに任せた。彼がいなくなり、彼女はゆっくり息をすると、肩の緊張を解した。
「さて、私はうまくいくと思っていたんだが。君はどうなんだ、ダーレン?」 背後からフェラッサンが尋ねた。
「彼は正しい」 ブリアラは肩をすくめると、月が街並みの屋根の上まで上ってきているのを見た。「私はセリーンに仕えて育った。そこでどう扱われようと、エイリアネイジで育ったよりもましだったのでしょう。メイカーズ・ブレス、私はヴァル・ロヨーの宮廷に暮らしていたのよ」

「そしてそいつは丸ごと、君にとってどでかいお休みだったってわけだろう?」 フェラッサンの片手が彼女の肩を叩いた。「ああ、待て、いや、君は休みなく女帝の密偵として働き、本人たちが誰も気が付かない百もの方法でエルフを手助けするよう女帝を説得し続けてきたんだったな」
 ブリアラは返事をせず頷いた。その言葉は正しいが、彼女の胃のむかつきを収めることはできなかった。

「それとも・・・、ああ」とフェラッサンがにやついた。彼女の肩に置かれた手を強く握り、彼女の顔を自分の方に向けさせた。月明かりの下で、彼の両目はそこだけ黒い闇のように見えた。「それとも、自分がやっているのがどちらかわからない? エルフの命を救うためにやっているのか、それとも君の女帝を守るためにやっているのか?」

「そのふたつは切り離せない」ブリアラが躊躇なく答えた。「ギャスパードはエルフに寛大でないのは知っているし、彼を思い通りに動かすことはできない」 彼女は弓を取り出すと、フェラッサンと一緒に木々の間から踏み出した。「方法はこれしかない」
 フェラッサンはにやりと笑った。「まあ、いいだろう。くよくよするのはやめにして、貴族でも殺しに行くか」

 ふたりの先、芝生の端にはスレンが待っていた。ブリアラは死んだ友のため戦うエルフの聖戦士を見ながら尋ねた。「デーリッシュは、ここのエルフの民を救えないのかしら?」
 フェラッサンは長い間黙っていた。「それはないだろうな」 とうとう彼は言った。
「どうして?」
「なぜなら」 フェラッサンは言った。「デーリッシュがその意味を理解することは決してない」
「用意はいいのか?」 スレンが呼びかけ、ブリアラが質問を続けるのを遮った。
「そちらこそ」 ブリアラは矢筒から一本矢を引き抜いた。「あなたの民のため正義を」

 フェラッサンは、歩調を変えずに平然と街路を渡り、メインセライ卿の邸宅の石壁の前に来た。十二フィートほどの高さで、一フットほどの鉄製の棘が盗賊よけとして下向きに飛び出ており、壁の上には砕いたガラスの破片が埋め込まれている。

 フェラッサンは石壁に手をつき、目を閉じ、長い息を吐いた。
 震動がブリアラの腹から耳に伝わり、メインセライ邸の壁の石が動き始めると破裂するような音がした。金属の棘が悲鳴を上げ、鋭い裂け目の入った石壁から緩んだ石が飛び出してくる。

 フェラッサンの回りの壁が、まるで雪で作った要塞が春の陽光で溶け出すようにたわみ、彼の手は薄い緑色の光に包まれた。
 土台であった石の壁が歪んだせいで棘の一つが捻じれて外れ、地面に落ちてカラカラと音を立てると、ブリアラは顔をしかめた。「もう少し静かなのかと思っていた」
「金属と石を無理やり引き離すのが、もう少し静かだと思ってたって? 本気か?」フェラッサンは手を引いた。近所の犬が一斉に吠えはじめると、彼は付け加えた。「とっとと行こうか?」

 彼が呪文をかけた部分は、高さ二、三フィート程度の渓谷になるまで壁が沈み込んでいた。 その周囲で石は引き伸ばされ、鉄の棘は不規則な角度で、まるで大きな化け物の牙のように突き出していた。ブリアラは慎重にその隙間を抜け、弓を構えた。

 中では、芝生が小奇麗に手入れされ、生垣はドラゴンやグリフォン、そのほかの獣の形に剪定されている。芝生の先には邸宅そのものが入念にやり過ぎなくらい飾り付けられており、綺麗な白い円柱が、ダークスポーンと戦う皇帝ドレイケンの青銅製の彫刻を魔法のように照らしていた。スレンとフェラッサンを後ろに伴い、ブリアラは荘厳なワイヴァーンの陰の中に忍び寄り、そこからグリフォンの広げた翼の下に隠れるまで、芝生の上を駆け抜けた。

「誰だ?」 建物の近くから叫び声がした。ブリアラは、困惑した様子で壁を見つめる衛兵が歩みだしてくるのを見た。「一体全体?」

 彼女の矢が喉をとらえると、男は叫び声もあげずに絶命した。ふたりめの衛兵が円柱の陰から姿を現し、同僚が死んでいるのを見つけると大声で警告を発した。

 フェラッサンが片手を突き出すと、馬車の車輪ほどの大きさの岩が地面から飛び出し、衛兵に向かって宙を飛んで、男を円柱に叩き付けた。首が不自然に捻じれた格好で倒れた衛兵は身動きしなかった。

「ああ、なんてこと」 ブリアラは生垣の陰から踏み出した。「間もなく連中に取り囲まれるわ」
「さて、責めるのはじゃないぞ。自分の分は倒したからな」
「さっさと行きましょう、急いで!」 彼女は建物のほうに駆け出した。芝生を駆け抜け、青銅のニンフたちが水浴びをしている美しい大理石の噴水の側を通り過ぎ、階段を上って、衛兵がふたり死んでいるところを目指した。階段のてっぺんまでたどり着くと、四人の衛兵が剣と盾を構えて角を曲がってくるところだった。

「エルフのために!」 ブリアラの後ろでスレンが叫び、一瞬の後、石つぶてが彼女の横を飛んで、先頭の衛兵の胸当てに当たり、のけぞらせた。
 相手は皆武装して鎧を身に着け、数でも四対三でブリアラたちに勝っている。それに加えてブリアラは、長く戦えばそれだけ他の者たちの注意を引くこともわかっていた。
 手短かにやらないといけない。

 彼女は飛び出し、駆けながら立て続けに放った矢は、空気を切り裂き、鉄の胸当てに当たって弾んだ。走りながら弦を一杯に引かずに放った矢に鎧を貫通するまでの勢いはないが、衛兵たちはよろめき、たじろぎ、ブリアラが本当の一撃の矢をすでに引き絞ったときには手にした盾を取り落さないようにもたついていた。矢は先頭の衛兵の鎧を突き抜けて膝をとらえ、悲鳴を上げた男が片膝をついた。

 ふたりめの衛兵は、矢をつがえていない弓を持った射手は容易に討ち取れると見て、突きを繰り出してきた。彼女は横に逃げ、鞘からダガーを引き出すと滑らかな動きで相手の顔を切り裂いた。男は崩れ落ち、甲高い悲鳴を上げたが、ブリアラはすでに場所を変えていた。 

「ああ、哀れなバカどもよ」 彼女の後ろでフェラッサンがそう言うと、ブリアラの別の側面から襲い掛かろうとしていた衛兵の身体を稲妻がとらえ、ブリアラをたじろがせた。男は魔法の電撃の中で叫び、震え、金縛りにあったようになり、それから倒れ、胸当てからは煙があがっていた。「一番近い敵にばかり気を取られ、その背後に自分を火だるまにする敵がいることを忘れる、よくある間違い」

 ブリアラは弓を手離し、二本目のダガーを抜くと、彼女が膝を撃ちぬいた衛兵のほうに振り向いた。男が顔をゆがめて剣を振り回すのを飛びのいて避けると、シルヴァライトのダガーで男の喉を素早く切り裂きとどめを刺した。彼女は残っていたはずの最後のひとりに向き直ったが、相手はすでに始末されていた。スレンが錆びついた肉切り包丁のようなナイフで男の喉を切り裂いており、自らも軽い傷を負っていた。彼は彼女を見て、無慈悲な顔で一度頷いた。

 緑色のエナジーの渦巻でパチパチ音をたてている杖を手にしたフェラッサンが階段に近づく。「行け」 彼は言った。「君の仲間が街の衛兵たちを足止めしている間、私は他のメインセライの手の者を誘い出しておく」 間髪入れずに彼は、杖を水平に向けると、ブリアラが目をつぶした衛兵をエメラルドの光の槍で葬り去った。

 ブリアラは弓を拾うと肩に担ぎ直した。邸宅の狭い室内で弓を使う暇はないだろう。彼女はフェラッサンに頷くと、青銅の扉を静かに開き、二本のダガーを構えながら忍び込んだ。

 夜間の灯りはほの暗く抑えられており、ブリアラは屋敷の闇の中を覗き込んだ。彼女の鎧は柔らかいドレイクスキン製で、彼女の細見の骨格に特別にあつらえてあるので、まるでローブを身に着けているかのように柔らかな動きができるし、スレンの動きには、スラム生まれ持前の音を立てない注意深さがある。

 彼女は、数多くの貴族の邸宅を訪れて一般的なつくりを把握しているので、自信をもって階段に向かって歩いた。スレンは彼女に従った。階段のてっぺんでは、薄暗い通路の壁に掲げられた絵画が月の光を受けて輝いていた。

 ブリアラの前で、扉が古い金属の小さな音を立てて開き、ローブを着た召使いがひとり広間に出てきた。振り向いた彼女が二人を目にすると、口が小さく開き、音の出ない「おお」という形になった。

 長い間、誰も動かなかった。ブリアラは、少なくとも齢六十くらいのエルフ、冬には寒くて仕方のないだろうぼろぼろのローブを着ている彼女を見ていた。彼女の指の関節は膨れて節のようになっており、灰色の髪はお団子に結ったところからぼさぼさにほつれ、紙のような顔の肌に掛っていた。

 言葉もなく、女性はいくつか先の扉を指さした。それから彼女はブリアラに小さく頷き、出てきた部屋に戻っていった。扉がやさしく閉まると、ブリアラは錠が掛けられる音を聴いた。
「奴に仕えてる女だ」 スレンが囁き、頭を振った。ブリアラが扉に近づく間、彼女のブーツの柔らかい革の底は床の絨毯の上で物音ひとつ立てない。

 静かに、スレンが扉を開いた。

 その驚いた顔つきから、室内はスレンにとって目を奪うものだったに違いないとブリアラは思った。ブリアラにとって、それは贅沢を享受できるだけ金を持っているが、その使い道を知らない者の部屋であった。フェラルダン毛皮の隣にテヴィンターの彫像やアンダーフェルの彫刻が並ぶ。寝台脇のナイトテーブルの上の宝石で飾られたダガーは無造作に鞘から半分引き出され、ぼんやりした月の光の中でカリアストリのオリジナルの一枚のように見える絵画は、何年か陽光に曝されたせいで色褪せてしまっている。

 メインセライ卿は、ゆったりした天蓋のついた寝台に一人で横たわり、静かな鼻息を立てていた。どうやら全裸で寝るのが趣味らしい。
 スレンは自分の友を殺した男を見つめた。「レメットと、エルフの民への罪により」 そう喋りはじめた彼は、はなから足を止めずに歩き続けるブリアラを見て言い澱み、彼女は身を乗り出してメインセライの喉を掻き切った。「一体お前・・・、そいつにわからせなくちゃならなかったんだぞ!」

 ブリアラはダガーの刃をシーツで拭うと、屍を一瞥した。「ちゃんとわかったはずよ。行きましょう」
 スレンは彼女を睨み付けた。「これはお前の戦いじゃない」
 「だから私がここに来る必要があったの」 ブリアラは言って、彼の困惑した顔を見てため息をついた。「どんな感じかわかるわ。私も私の両親を殺した貴族の女を殺したから」
 それがスレンの気を引いた。「ただのどこかの貴族の密偵じゃないのか」

「違うわ」 ブリアラは寝室の扉から外をのぞき、広間の様子を覗った。邸内の衛兵のたてる物音はしなかったが、確かめるにしくはない。「私は女帝陛下の密偵」 嘘ではなかったし、スレンは知る必要があったので、彼女は付け加えた。「女帝セリーンは、他の貴族の怒りを買わずにメインセライ卿を捕えることはできなかったが、正義をもたらしたいと望んだ」

 彼女はそっと通路に出ると、スレンが後に続いた。ふたりともダガーを手にしたままだ。

「じゃあ、女帝が腹を立てた相手を殺すため、お前を送り込んだのか?」 スレンが尋ねた。彼には、寝室から外に出てからは声を潜めるくらいの才覚があった。

「そう」 ブリアラは殺すこと自体よりも目と耳で周囲に気を配るほうに時間をかけたが、セリーンがオーレイを支配してきた二十年間、ブリアラの手が血で汚れた回数は、十分すぎるほど多かった。

「お前の両親を殺した貴族の女のようにか?」
「それは違う」 彼女は角の向こう側のドスンという音で、足を止めたが、それが夜歩きする猫だとわかって緊張を解いた。「それは私のため。そして、あなたが私をここで必要としていた理由もそれ。私がその貴族の女を仕留めようとしたとき、復讐に目がくらんで危うく殺されかけた」

 ふたりは、建物正面の居間まで階段を静かに降りた。
「つまり、お前がいてくれたのは俺にとって良かったということか」 スレンが後ろから言った。
「私にとってもね」 ブリアラは微笑んだ。
 彼女はうまくやり遂げた。

 フェラッサンと一緒にこの街に乗り込み、哀れなエルフたちが叛乱と称して火遊びをしている姿を見たとき、ブリアラはそう考えることを自分自身に許していなかった、彼らは、どんなシェヴァリエでもあっさり跳び越えてしまえる程度のバリケードを築き、斧や矛槍相手ならサテンのように切り刻まれてしまう、不器用になめされた革鎧を身につけていた。初心(うぶ)さ加減に際限はなく、彼らはハラムシラルを再びエルフの手に取り戻すと息巻いていた。自分たちの生み出した面倒がどれだけ大きいかも知らず、帝国の軍勢の手でいつ皆殺しにされても不思議ではない立場であることも知らず、ちっぽけなことに大きな誇りを抱いている彼らを見るのは心が痛んだ。
 帝国の軍勢なら数時間もかけずに彼らを殲滅するだろう。

 セリーンが彼らのそんな姿を目にしたら、彼女は即座に許可を取り消していただろうし、ブリアラは、抗弁のため四苦八苦していたに違いない。

 ブリアラは、ギャスパードがエルフの問題をどう利用しようとしているのか疑問に思っていた。彼のような機会主義者がそれを利用しないはずはないが、真に利口な策略を思いつくには単純すぎる男だ。こちらの運が良ければ、彼は状況の深刻さに対処するには強硬な手段が必要だと言い募り、その状況自体が理由不明なまま消え去ってしまったとき、一層愚かな姿を曝す羽目に陥ることになるだろう。
 

 まだ開いたままの青銅の扉の向こう側、庭は静かだった。ブリアラはフェラッサンがメインセライの他の衛兵たちをうまく引き付けてくれたのだろうかと思ったが、外は明るすぎる。彼が炎を用いたせいだろうか?

 外に出たブリアラは、松明の灯りを通して、自分が一ダースもの馬上の装甲兵に取り囲まれていることに気がついた。

「女帝陛下セリーンの名において」 サー・ミシェルの声が響き渡る。
「メインセライ卿殺害の罪により、貴様らの身柄を拘束する」
 一瞬、彼女は自分が聞き間違えたかと思ったが、明るさに慣れた彼女の目は、自分を取り囲む兵たちの陣羽織の紋章、紫地の上の黄金の獅子を見て取った。

 彼女が厳格で断固たるサー・ミシェルの顔を見ると、彼はその眼差しに対してただ頷いただけであった。

 結局のところ、彼女はしくじったのだ。

 フェラッサンの姿はどこにもなかったが、当初傷一つなかった芝生の上に巨大な石がいくつも姿を現し、大理石の円柱のいくつかが黒焦げ、どうやらメインセライの衛兵だったに違いないくしゃくしゃになった死骸がいくつも転がっていた。

「投降します」 喉からこみ上げてくる胆汁を呑み下し、ブリアラは両手のダガーを取り落すと、両手を頭上にあげ、素手であることを示すように手のひらを見せた。シルヴァライトの刃が地面に落ちるとき、ガラスの砕け散るような音がしたが、刃先自体はもちろん無事だった。何騎かのシェヴァリエが、その音の方に目をやり、エルフがそのような上等な武器を手にしていたことに驚いていた。彼らは皆貴族の出であるから、その特徴ある音を判別できるのだ。まあ、ミシェルだけは別だが、ブリアラは心の中のどこか、陰険で冷笑好きな部分でそう思った。

 セリーンは、彼女がヴァル・ロヨーの自分の元に戻ってきた日に、その二本を彼女に与えた。その日、ふたりは初めて愛し合った。

「裏切り者!」 スレンが叫び、彼女にはその非難を否定することもできなかった。
 彼が声にならない叫びをあげてナイフを持ち上げると、一ダースもの弩の矢が彼の身体を貫いた。彼は地面に倒れる前に絶命していた。

 サー・ミシェルが馬から降り、手枷を手に近づいてくる。
「サー・ミシェル」 彼女は言った。「お互い妙なところでお会いしますね」

 彼は何も言わなかった。彼の表情は生真面目で固く、一瞬ののち、彼女は彼が恐れていることに気が付いた。
「いいえ」 彼女は静かに言った。「こんなところで無駄に使ったりしませんよ」 たとえ彼が約束を守るとしても、ふたりで十一人のシェヴァリエと戦えば、短い一方的な戦いで終わるだろう。

 彼は依然として何も言わなかったが、一度頷くと、彼の首筋の緊張がほぐれた。それを見て彼女は驚いた。貴族をひとり殺害した邸宅の前で、彼女がどんな申し立てを行ったとしても、彼の同輩シェヴァリエの誰一人として信じるはずもないものを、それだけ不安がっているということは、彼は実際に約束を守るつもりだということだ。彼は本物の貴族のほとんどにもまして、名誉を重んじる貴族だった。

 ミシェルは彼女を強く、だが乱暴ではなく後ろ向きにさせ、後ろ手に手枷を嵌めた。今は亡きメインセライ卿の庭を、彼女は彼に伴われて進んだ。他のシェヴァリエたちが無言で回りを固めていた。ブリアラは、彼女に手荒な真似をしないよう彼らが命じられているのか、それとも目に見えて上等な鎧のおかげで、彼女が貴族に仕えていて気軽に殴打すべき相手ではないと考えているのか、と思いを巡らした。囚人の取り扱いに関する名誉の規範が、エルフの暗殺者に用いられるとは到底思えなかった。

 一歩進むごとに、彼女の心には新たな思い付きが駆け巡った。彼らはここにやってきて、彼女に投降を求めた。エルフを食い止めるために来たのではない、もしそうだったら、シェヴァリエたちは単にエルフを殺して回っただろう。目的はブリアラだった。だからこそ、この軽い仕打ちなのだ。

 セリーンに対抗するギャスパード側の策に乗ったのか? あり得ない。サー・ミシェルが謀叛に与することはないし、メルセンドレから脅迫状で一度釣り出された彼が、そのような手口を再び用いられたらその恥辱に耐えられないだろう。彼らはセリーンが送り込んだのだ。女帝が自ら動くように仕向けるため、ギャスパードが何かをしたのか? ディヴァインが新しい要求をしたのか? セリーンの心変わりを招いたのは何か?

 それから、松明の側を通り過ぎるとき、ブリアラは夜の空がどす黒い赤色に染まっているのを見た。
 ハラムシラルのスラムが炎上している煙の臭いがした。
 その後、ブリアラは思いを巡らすことをやめた。

*** 

 だんだん盛り上がってまいりました。    

 Kindle版で、多くの読者がハイライトしているフェラッサンのセリフ。 

 "Always going after the one closest to you and forgetting about the one in the back who can light you on fire." 

 意訳は本文のとおり。直訳は(実際には文章ではなく、文章の断片なのですが)、「常に目先の敵を追い、その後ろにいる自分を火だるまにできる敵のことを忘れる」(のはありがちな間違い、と私は続けたわけですが、実際にはその前のセリフ、"Oh, you poor fools"を主語と扱って、後に"you are"とか付け加えるとつながりますね)

 どうして、これが人気フレーズなのか。ごく普通じゃんと思ってしばし悩みましたが、以前書いたようにウィークス氏はテーブルトップRPGの大ファン。「ゲームの教え」そのものだからでしょうね。ヴィデオゲームでは、MMO/MOなんかで悲惨な結末を招きかねない間違いですかね。ここの戦闘シーンも、先の荷馬車襲撃シーンも、TRPGの香りがします。

 短剣の数え方。匕首(ひしゅ・あいくち)の「ひしゅ」から来た「一匕」(ひとひ)がなんだか恰好いいですが、普通どう読むかわからんもんね。「あいくち」から、「一口」も言うし、汎用的な助数詞で「一本」でもいい。
 「一振」は大刀、長剣の数え方なんで違う(それこそ、そっちも「一本」でもいい)。

 このブログでは刀や長剣の「一振」はよく使ってますが、短剣はこだわらずに、「一本、二本」にします。すでに過去そうしていたし、ミシェルとか、どうも投擲に使ってるみたいだし。なにしろ格好つけると後から忘れそうだから(笑)。

 そもそも原文にも、ダガー、スティレット、ナイフと色々出てきますが、どれも「あいくち」とは違いますね。

 だったら、矢だって「一本」じゃなくて、「一筋」、「一条」だろう? 
 んー、そっちは「一本二本」で良くないですか?

 ちなみに、「一矢報いる」の「一矢(いっし)」は、物体としての矢ではなく、矢が的中(ヒット)した状態、あるいはヒットを狙って放った(放とうとしている)状態。それもあって、「一矢、二矢」は使いづらい。 

 気分の問題ですね。

 アベノミクスは、的に当たっていない状態なんで、「三本の矢」でいいですかね。

 弓は一張(ひとはり、いっちょう)、弦が張ってないと一本、二本。これは弓道がポピュラーになったから結構有名かな。
 鎧(甲冑)「一式」の場合は、「一具」(いちぐ)ともいう。これは恰好いいので使っている。

 コンビニでお箸「二本」を「二膳」と直されると、かつては(そこだけ正確かよ!と)「いらっ」としたのですが、もう気にならなくなった。  

 気分の問題ですね。

The Masked Empire 6(2)

 第六章の続き。

*** 

 女帝セリーンの軍勢は、ハラムシラルに向けて猛烈な勢いで行軍した。ウェイキング海を船で渡り、ライデス領内を通過する。それはラマッチェ公爵の従者たちが主人に対して、それからギャスパードへ完璧な報告をもたらすことを意味するが、それを防ぐことはできなかった。 

 実際、彼女は防ぐことができないことを望んでいた。これはギャスパードが彼女に強いたことであり、軽んじられるべき存在でないことを自ら示すため、オーレイの女帝が叛乱を鎮圧するように仕向けることができるほど自分が利口者だと彼が考えた結果だ。ひとたび彼女が行動を起こすよう強いられたなら、どれだけのことをなすことになるのか貴族たちに思い知らせ、帝国の保全のために敢えて行動を起こさないことを、躊躇と見間違えることが二度とないよう、念を押さなければならない。 

 数百の馬、その倍の数の歩兵、そして四十騎のシェヴァリエたちからなる彼女の軍勢が馬上で、または徒歩(かち)で進軍する間、セリーンは専用の箱馬車の中で、諜報に関する報告を読みふけりながら、自分も馬に跨りたいと思っていた。彼女は旅装であり、馬車から外に出るときに身に着けるべく、マスクは横の座席の上に置いてあった。 

 馬上がここより不便なのは明らかだ。セリーンは日頃欠かさず馬上で過ごす時間を取っていたが、公園での優雅な乗馬や、たかだか何時間かの狩り場のそれと、一日中馬上で過ごすのがまるで違うことはわかっていた。

 だが鞍に跨ればそれは乗馬に違いはなく、ひなが報告を読んでいる必要はない。スラムがどれだけエルフの手に落ちたか? 衛兵がどれだけの数死んだか? 街を脅かす危機に鑑み、どれだけの数の貴族が予定を変更したか? 
 箱馬車の中では、読み、命令を出し、そして待つ以外にすることがないのだった。

 同乗しているサー・ミシェルは、報告によみふける彼女を無表情に見ていた。彼女が報告の紙をくしゃくしゃに丸めると、何か特別なことがあったか尋ねた。

 目新しいことはなにもない、と彼女は答えた。エルフはさらにいくつかの街区を手に入れた。ヒューマンの貧困層が住む地区の街路に立て籠もり、住人たちは持てるだけの荷物だけ持たせて追い出した。ライデスのエルフは、ハラムシラルの自由に加わるため逃げ出しており、ハラムシラルの叛乱者たちは、正義を履行するためメインセライ卿の身柄を差し出すよう要求している。ハラムシラルの衛兵隊は、騒動の激しい地区に回す手数が足りず、支援を求めている。

 後どれだけかかるか、と問われたミシェルは眉根を寄せて窓の外を見た。この調子で進み、休息を最小限に抑えれば一日もかからない。だがハラムシラルには疲弊したまま到着することになる。
 ガラクタ製の鎧を着て、石つぶてで戦うエルフ相手だから、戦い自体に何の心配もなく、早く到着するほうが重要なのだ、と女帝は言った。

 ミシェルは黙って頷いたが、セリーンには彼が顔をしかめているのがわかった。それは思慮にふける表情というよりも困惑している様子だったため、彼女は救われた。こと戦に関するミシェルの判断には信頼を置いており、彼が憂慮しているのなら、彼女も一緒にそうすべきだった。

 異論があるかと問われても、ミシェルは首を振って否定した。だがエルフの馬鹿さ加減、戒厳令下で夜間こっそり抜け出す程度ではなく、衛兵に牙を向け、バリケードを築いていること、それが不思議だと言った。
 飢えて恐れているのだろう、と彼女が肩をすくめる。一部の貴族はいわれもなく弱者に残酷な仕打ちをする。犬ですら何度も蹴られたら、噛み返すことを覚えるはずだ。

 まるで気の毒がっているように聞こえる、とミシェルが咎めた。
 彼女は悲しげに笑った。エルフの民も帝国の一部である以上、彼女は別の方法で解決したかった。彼らにも自分たちと変わらずここに居場所があるべきで、彼らに導きと安全と安寧を与えるのは、自分の女帝としてのメイカーに対する責務だ。だから、自分が今なそうとしていることには気分が滅入るのだ、と言った。

 女帝は、ミシェルのほうはどうかと尋ねる。彼は表情を変えずに、女帝の支配を脅かしたのだから、自分だったらギャスパードがヒューマンの命を脅かす暇を与えず、ナイフ耳数百人くらいさっさと殺してみせただろうと答える。

 いつになく怒りに満ちたミシェルの様子を、セリーンは不思議がった。それと同時にブリアラへの誠実さを欠いたことになる自分自身の胸中も傷んだ。ブリアラが旅立つ前の最後の会話、あのときのブリアラの声に込められた熱意を思い出した。 

 ミシェルにとって心を痛める意味はないのだろう、とセリーンは言った。エルフは農奴だ。自分たちが彼らの喜びも苦労もわからないのは、彼らが自分たちのそれらを理解できないのと同じことだ。彼らにとってみれば、ヒューマンの自分たちは一日中手に入りにくい珍味を食べ、一晩中大舞踏会で踊っているのだ。
 ミシェルはようやくにやりとして、それはそれで当たっているのではないのか、と言った。

 エルフの叛乱は、ミシェルのことを侮辱しているわけではないのだから、怒りを覚える必要はないだろう、と女帝が言う。 
 それは承知している、と言ってミシェルが続ける。法をないがしろにすることは理屈上女帝をないがしろにすることと同義だが、それはまだ理解できる。だがこの叛乱は女帝に対するものであり、農奴、エルフ、ヒューマンの誰であっても直接的に女帝に敵対する行動を起こすことは理解し難い。そして自分はそれに対処しなければならない。そうでなければどうして女帝のチャンピオンとして名乗れようか。

 セリーンは首を振り、その機会はあるから心配するな、今は自分たちの成功を祈るだけだ、と言った。

 ふたりは黙り込み、セリーンは今宵もひとり寝を余儀なくされることを考えていた。だがギャスパードは連れと一緒に寝ていても恐怖を感じていることだろう。叛乱者たちに違いないとはいえ、エルフたちはオリージャンでもあり、その死は償われなければならない。
 ギャスパードが償うのだ。

***

 ここは短めですが、区切りがいいので。

「叛乱者たちは、エルフの民であり、かつオリージャン」

 (政治的(宗教的)信条・思想)(エスニシティ・種族(人種))(国家・国籍・ナショナリティ)

 非常に重要な今日的なテーマでもあり、結果的にウクライナ(ユークレイン)騒動などでホットな話題にもなった。

 だが、いくらセリーンが聡明で斬新な発想ができる人だとはいえ、リアル地球でもたかだかここ一・二世紀でようやく生まれたネイション・ステイトの発想を、崩壊寸前とはいえ、チャントリー支配下のドラゴン・エイジのセダスで自然に思いつくというのは、あまりに早すぎ、すごすぎます(アナクロニズムの一種だが、ファンタジーだから何をやってもいいんだろう)。
 興味の対象は、こんな大きなテーマ、どうハンドリングしていくつもりなのかというあたり。

The Masked Empire 6(1)

 物語の舞台は、ヴァル・ロヨーからハラムシラルへ。

***

第六章

 スレンは、友人だったレメットがシェムレンのクソ野郎に殺されてからの日々、盗賊たちから多くを学んだ。

 第一に、恐れていたほとんどの法は、笑えるくらい容易に無視できること。ハラムシラルのエルフは、手のひら以上の長さの刃物を持ち歩くことを禁じられていたが、盗賊ギルドの半数の者が腰にこれ見よがしに剣をぶらさげており、それを咎めて戦いを始める勇気のある衛兵などいなかった。

 第二に、自らの革職人としての技倆が高い尊敬を集めること。盗んだくず革からスリングを作り、それ以外武器を持たない者たちに配る。盗賊たちは弓の矢や弩の矢を手に入れることは難しかったが、石つぶてまで禁じることはシェム公どもにもできない。スレンはさらに、叛乱エルフたちに生皮の鞣し(なめし)方や、胸当てや脛当てを作る方法を教えた。見かけはともかく、それで剣や矢から身を守ることはできる。

 第三に彼が学んだのは、自分でも驚いたことに、ヒューマン殺しを自分が心底楽しんでいること。 

 交易商の広場にその馬車が到着したのは日没直後だった。そこは主として職人たちと、食糧を取扱う商人たちが用いる市場で、ハラムシラルの高地の市場ほど洒落てはいなかったが、エルフのスラムにあるものよりは小奇麗だった。広場の周囲には、ドラゴンとシェヴァリエが明るい色で描かれた簡素な麻布が何枚も掛っており、中央にはバードや他の芸人たちが小銭を稼げる舞台があった。 

 ヒューマンの衛兵たちは馬車を検査すると、いそいで荷降ろしをするよう命じた。薄汚いエルフどもは夜活動するし、かつて安全だった地区でも今は危ない。
 広場を見下ろす屋根の上からその様子を観察していたスレンは、レメットが救おうとして命を落とした遣い走りのほうに合図を送った。男の子はにやりと笑った顔を返すと、脱兎のごとく駆け去った。 

 スレンは百まで数えて立ち上がり、スリングに石つぶてを落とし、振り回し、放った。広場を超えてからは石の行方を見失ったが、鎖帷子に石が当たる音とともに、ひとりの衛兵が肩を抑えてよろめくのが見えた。

 それに続いて沢山の石つぶてが、まるであられのように広場中から降り注ぎ、石畳、鎧、素肌に当たって騒音を立てはじめると、商人たちは喚きながら逃げ惑り、弩を構えた衛兵たちは黄昏の中の的に狙いをつけようと、目を凝らして周囲を見回した。馬たちは飛び跳ね、嘶きはじめ、そのまま駆けださないように御者が苦心して抑えつけていた。スレンの二弾目は、放った途端に大きく的から逸れたことが自分でもわかった。

 鋭い音がスレンの耳元で響き、弩の矢が彼の顔のすぐ横をかすめて後ろの建物の壁に当たる音がした。数週間前のスレンだったら、恐怖のあまり地面に伏して怯えていただろう。今夜は、野生剥き出しの笑い顔になっただけだ。一瞬の後、彼を狙った衛兵は顔から血を流して膝から崩れ落ちた。 

 広場から人影はほとんど消えた。倒れている衛兵たちは死んでいなければ朦朧としており、彼らの援軍が到着するまでには、まだわずかながら貴重な時間がある。盗賊の一人が命令を叫び、スレンも屋根の端にぶら下がって広場の地面に飛び降りたが、不恰好に足首をひねってしまった。悪態をつきながら立ち上がると、仲間たちを追いかけて走り出した。スリングは腰帯に戻し、今はナイフを手にしている。 

 頭から血を流して膝をつき、自分には家族がいると命乞いする商人に近づくと、スレンはその男の喉を掻き切り、仲間たちににやりと笑った。先ほど彼を弩で狙った衛兵はまだ膝をついて呆然としていたが、彼は後ろに回ると、その喉も掻き切った。

 はじめて衛兵を殺そうとしたとき、彼は躊躇し、相手の隠し持ったナイフで危うく殺されかけた。彼の命を救ってくれた手慣れた仲間は、その晩の間ずっと、スレンのことを大声で冷かし続けた。二回目のときは、初めて女性と寝台をともにする若い男のように息を荒げ、無様にではあったが、なんとか相手の耳の下を突き刺すことができた。衛兵の息の根が止まるまでそれからしばらく時間がかかり、スレンはその間、自分の短剣を引き抜くこともできなかった。
 だが三回目はスレンもうまくやってのけ、それから何週かの間に何人も殺した。慌てず急ぎもしない滑らかな動きひとつで、ずっとエルフのことを蔑んできたヒューマンを地面に転がる屍に変えるには十分だった。

 エルフたちは、地面に転がる御者を殴打していたが、スレンはそれを無視して、荷台を点検している仲間のほうに加わった。ほとんどが食糧と料理に使う鍋、それから灯り用の油だと仲間のひとりが言うと、スレンは頷いた。油は焼き討ちの燃料になるし、鍋は鎧になる。全部持ち去る暇はないと仲間が言うのには答えず、殺気立った嘶きをあげ、馬具を強く引っ張っている馬たちを見た。この荷は全部持ち帰る、とスレンが言って、馬車を操れる者がいるか回りの仲間に尋ねた。沈黙が返されると彼は顔をしかめ、御者を殴打している仲間たちの方に、そいつを立たせろと、大声で呼びかけた。 

 仲間たちはぶつぶついいながらも御者を立たせた。鼻のあたりが血だらけで、痛みに身体を屈めていたが、身体は無事なようだ。

 生き延びたいか、シェム、とスレンが強い口調で尋ね、言う通りの場所まで馬車を運んだら、放免してやると告げた。御者は息を吸い咳き込むと、馬たちはどうなる、と問い返した。

 交渉できる立場だと思うか、とスレンが、まだ戦いの熱気が消え去っていないのか、自分でも驚くほどの大声で笑った。だが御者は馬たちを返してほしいのではなく、殺さないでほしいと歎願しているのだった。馬を傷つけるつもりなどない、スレンは仲間たちが肩をすくめる姿を見渡してそう言った。

 それを聞いた御者は、よろよろと馬車に近づいた。スレンが他の盗賊たちに合図すると、手に持てるだけの戦利品を持った仲間たちはその場から逃げ出した。スレンと数名の仲間が御者とともに馬車に乗り、スラムまでの道を指図した。後にした広場は、殺さず見逃した商人たちのうめき声以外、静かだった。 

 馬車はスレンの指示で進み、ハラムシラルの一画にエルフが設置したバリケードのところまでやってきた。大声で命じる声がすると、馬車が通れるようにエルフたちが障害物をどかしはじめた。

 エルフのスラムはここ何週間かで様変わりしていた。衛兵たちの報復攻撃のため黒焦げにされた建物がどの街区にも一つか二つあった。市場の建物の扉には板が打ち付けられ、馬と料理の臭いの代わりに、スラムには煙の臭いが充満している。

 だが、それらを目にするスレンは、同時に幸せも感じていた。馬車に並んで走っているエルフの少女のほうに、盗賊の一人が戦利品のリンゴをひとつ放り投げた。ヒューマンがエルフの食事の時と場所を決めていた時分なら、少女は飢えていただろう。今、ヒューマンが懲罰措置としてエルフの物流を遮断し、エルフは日々の糧を得るために戦いを余儀なくされているが、むしろ以前よりたらふく食べていた。 

 エルフの叛乱の本部は、スレンとレメットがあの運命の日に立ち寄った酒場だった。今、ほとんどの机はどかされ、バラバラにされ、木製の盾として供されており、床のおがくずは、バーの側に並べられた簡素な寝床に横たわる傷ついたエルフたちの血で汚れている。

 壁のひとつには、誰かが炭で街の地図を描いており、襲撃目標の候補、逃走路、隠れ家などが記されていた。スレンは戦いでひねった足首の痛みにひるみながら馬車から飛び降り、荷降ろしは他の者たちに任せた。まだ給仕のエプロンをつけたままのジネットが、張り詰めた気分であるかのように唇を強く結んで、彼に手を振った。

 酒場の中に足を踏み入れるスレンに、連中は危険だから気を付けろ、とジネットが告げたが、言われるまでもなかった。バーに腰かけるエルフの女の見たこともないくらい上等な革鎧は、ウェイキング海のように青い色で、銀の鋲打ちがしてあり、女の身のこなしから、まるでそれには下着ほどの重さもないかのように見える。彼の知らない木材が用いられた弓には木の葉を連想させる渦巻状の紋様が描かれ、ダガーはシルヴァライトの蒼白い光で輝いている。この女が身に着けている一揃いは、スレンのこれまでの生涯の稼ぎ全部あわせても賄えない。

 だが、女の隣に座る男のほうがさらに不気味だった。その外套も、ズボンもチュニックも質素で、裸足だった。手にする輝く杖と、その顔の複雑な紋様の刺青さえなければ、乞食と見られても不思議はない。杖からは彼がメイジであることがわかるが、サークル・タワーに安全に隔離されているメイジではなく、制止するテンプラーもいない倉庫の中で、なんでも自分の思い通りにできるメイジだ。刺青からは、彼が伝説の存在であることがわかる。 

「ハーレン」 スレンは、記憶にあった古い言葉をたどたどしく口にした。「名誉ある長老よ、我らが自由のため、ともに戦うために来ていただいたのか」
「私たちが来たのは」とエルフの女が言った。「あなた方に自分から殺されるような真似をするのをやめさせるため」

***

 動物愛護週間(運動)というのは、人間以外の動物を、まるで、んー、けだもののようにしか扱わなかったアングロサクソンの自らへの戒めとしてはじまったのはご存じだろうか。
 キリスト教的博愛精神の発露だと勘違いしてたりしないだろうか(まあ、今や本人たちが丸ごと勘違いしているが)。クリスチャニティでは博愛は人間以外には及ばない。人間以外に原罪はなく、故に救済もない。完璧に無関係。だから動物愛護は本来的には邪道の発想。愛護するな、などとは言っていない。私が自称仏教徒(実質葬式だけ)だからでもなんでもなく、宗教に絡めてるのがおかしい、と言っている。

 まあ、そんなこと言っても見向きもされないどころか、頭がおかしいと思われるだろうが、中東や中央アジアやアフリカでどれだけ人が殺されているか、餓死しているかに興味はなく、家の犬猫や、クジラ、動物園の白黒熊猫のほうが大事。ちょっと機嫌が悪いだけで大騒ぎ。死んだりしたらまあ大変。

 街でエルフがどれだけ死んでも勘定に入れないくせに、ヒューマンもまた回りで山ほど死んでいるのに、馬車馬のことだけは大事にする。
 まさか、作中の御者が「いい奴」だなんて読まれていないですよね?
 もっとも、著者もアメリカン。ひねくれ者の私の誤読かもしれないしね。 

2014年5月 1日 (木)

The Masked Empire 5(4)

 前回までにも間違い(誤字脱字、言葉遣い、誤訳)やもたついたところ散見されるでしょうが、ちょくちょく後から直していますのでご容赦ください。
 第五章ラスト。

*** 

 これはただの比喩であり、エルフを市場や大学に招き入れているセリーンへの誹謗に過ぎない可能性もまだあった。だが彼女にはそうは思えなかった。リマッチェ公爵ははっきり「エルフの愛人」と言っていたのだし、たとえ舞台の上での比喩だとしても、「ゲーム」においては確証でもなければ口にしないものなのだ。

 ブリアラは、長きにわたって隠し続けてきた彼女の人生の一部であったが、いまや彼女を責めるために使われた。ギャスパードとごろつきどもは、彼女から安らぎを、彼女が愛する女性を奪い、彼が欲する戦を手に入れようとしている。

「陛下が玉座にある長い間、芸術と科学の学問を守るため腐心してこられたのに」 闇の中から穏やかな声がした。「それを逆手にとって陛下に向けるなど、ギャスパードはどれだけ冷酷なのでしょう」

 セリーンは、ディヴァインの赤毛の代弁者の、フェラルダンの造作とマスクを着けない顔がひときわ異彩を放つ姿を見た。「劇場はいつでも気まぐれなものよ、レリアナ。そして大学が裏切ることはないと思います」 彼女はミシェルを見た。「他の者たちを探して、何を聞いたか確かめて頂戴。ここを出ます」
「陛下」 ミシェルは頷き、他の召使いたちを引き連れてその場から威勢よく立ち去り、セリーンはレリアナの立つ闇の中に歩み入った。

 彼女は固く縛られた巻物を差し出した。「教授連の何人かは、エルフに関する論文を書くよう依頼されました。ある論文は、大きな耳がウサギに似ていることから、エルフは単に餌食となる生き物であり、生存のための本能にのみ従うが故に信頼するに値しない、としています。別のものは、エルフと姦淫する者はけだものと寝るに等しく、メイカーに対する侮辱をなしている、と記しています」

 二十年にわたり、野蛮人の帝国に対し、世界最大の国家であり続けるに必要な洗練と文化をもたらすため戦ってきたその結果、彼女が救おうと努力してきたまさにその者たちが、彼女を嘲り、殺すと脅迫し、ギャスパードとの戦いを芝居に仕立てて庶民の娯楽に供している。二十年にわたる比較的平和な、啓蒙に満ちた時代、その間のオーレイの安全についてまで脇に追いやられてしまうのも、劇作家らと学者らが、エルフと浮かれ騒いで愛にうつつを抜かす娘の馬鹿さ加減にまで、それらの事柄を卑劣にも貶めたからだ。 

 セリーンは目を閉じた。「それで、このことについて、ディヴァインはどのようにお考えなのでしょう?」
 レリアナは微笑んだ。「ディヴァインが劇場に高い評価をお与えになったことは、これまでついぞございません、輝けるお方」 セリーンが黙り込むと、ディヴァインの代弁者はため息をついた。「エルフはメイカーの子ら、私たちと変わらず、故にかのお方の恩恵を得るに値する」

「でも、ディヴァインがそうおっしゃったのではないでしょう」 セリーンが勘ぐった。
 レリアナはそっぽを向いた。彼女はバードの訓練を受けていたので、全ての動きには大抵何かの思惑があるはずだが、セリーンはその不快そうな仕草は本物だと思った。「私はかつて・・・、エルフと戦友の間柄でした。彼らが傷つくのは見たくない。でもこの件について、あのお方に助力を求めるのは無理」 彼女はセリーンのほうを再び見た。「陛下は、テンプラーとメイジの間の緊張を解すようあのお方に依頼された」
「たしかに」 セリーンは頷いた。「そして彼女の助力はいただけるの?」
 レリアナは息を吐いた。「そのとおり」と彼女は言って、ゆっくりと頷き、「ただし、その代わり、あのお方はこのエルフの件に収拾がつくことを見届けなければなりません」

 セリーンは、この会話がどこに向かうかたちどころに知り、自分の中で心がひしげるのを感じた。彼女は小さなため息をつき、それから言った。「もちろん。自らの領分を果たすつもりなくして、ディヴァインにその行動を迫ることなどできるはずがありません。ジャスティニアをお招きして催される舞踏会を、あなたも楽しみにしておいていただきましょう。わたくし自身は、残念なことにご一緒することはできそうにありませんが」
「ディヴァインにはご理解いただけるでしょう」 レリアナがそう言って、やさしい、悲しげな声で付け加えた。「メイカーの祝福とともに歩まれんことを」

「陛下!」
 セリーンはきっと顔を上げ、背筋を伸ばす間に息を整えた。それはサー・ミシェルの声で、セリーンの側近たちがすぐ後に続いている。彼女が先ほど聴き取りのため向かわせたふたりの召使いたちは取り乱した様子で、ひとりの顎から口に賭けての化粧は、誰かにぶたれたかのように汚れている。もうひとりのマスクの下には筋が走り、まるでさっきまで泣いていたかのようだ。
「何がわかったのです?」 彼女が尋ね、闇の中をちらりと覗き込んだ。レリアナの姿は消えていた。 

「舞台の上でのように」と彼はしかめ面をして言った。「観衆たちは陛下があまりにも・・・、エルフに甘いと」 セリーンは苛立たしそうに手を振ったが、彼は続けた。「陛下はエルフの税を軽くして、我々の法には従わず済むようにしたがっていると言っております。陛下は彼らに憐れみをかけており、中には、陛下がデーリッシュとの間で密約を結んでおり、貴族から領地を取り上げてデールズをエルフに返すつもりではないかと勘ぐる者までおります。陛下のブリアラについての話まで出ています」 ミシェルは壁のほうを見た。「つまり、彼女は、えー、陛下たちは・・・」

愛人、でしょう、ミシェル?」 
「そのとおりです、陛下。そのように言われています」 ミシェルの両の拳は身体の脇で握りしめられている。「お望みとあれば、拙者喜んでロビーまで戻り、そのような言い草は許し難いとはっきり伝えてまいります」

 セリーンは微笑み、そして真顔になった。召使いたちには彼女の力を示さなければならない。「いいえ。ひとつの声を咎めても、代わりに百の囁きが生まれるだけでしょう。わたくしがエルフにやさしすぎると人々が不安に感じるというのなら、その誤解を解くための行いで示さねばなりません」

 数えきれないくらいの選択肢があったが、即座に彼女は、それらを数えるほどまでに削ぎ落とした。新らたに交易を制限する、有無を言わさず大学にエルフの学者を登用させる・・・、それらの行いは一部の者たちには伝わるだろうが、帝国全体にわたってセリーンの力を知らしめることにはならない。

 そのために十分な行いは、たったひとつしかない。レリアナと話をしているときから、すでにそれに気が付いていたが、同時に彼女は心の中で、ブリアラが間違いなく感じるであろう苦しみについて許しを乞うていた。だが、他に道はない。

「兵を集めなさい。ハラムシラルに進軍します」
「陛下?」
「叛乱を打ち砕くのです」

***

 ああ、数学好きのセリーンにとって「ゲーム」とは、あっさり「解」を見つけることを言うのかもしれない、と以前書いたのは、ここを読んだときの記憶があったからなんですね。

 さて、Asunderに描かれた物語とも、時期がラップしてまいりました。Asunderの冒頭は、ディヴァインを賓客として招いた女帝主催の舞踏会のシーン。もっとも女帝は不在でした。

 窮屈な劇場の中から、やっと外に出ることができるので、私の喜びもひとしおです(笑)。

The Masked Empire 5(3)

 第五章の最後までと思ったが、長いし、中身濃いしで、もう一回分残りました・・・。

***

 その夜、女帝セリーンはひとり寝をした。ブリアラは毎晩寝室を訪れてきたわけではもちろんない。彼女の仕事柄、夜遅くまで活動するときもあるし、セリーンが他の貴族の邸宅を訪れるときにはふたり別々の寝室があてがわれた。
 だが、ブリアラが長く留守にするのは久方ぶりであった。

 彼女は毎朝夜明け前に目覚め、こごえて、ひとりで、まるでまんじりとして見れば全ての事柄が見えるかのように、窓の外の闇を見つめていた。メイジ、テンプラー、エルフ、さらにはギャスパードとリマッチェ、あるいはギャスパードに寝返った者たち。それらが宮廷の外にうごめき、彼女が寝ている毎夜徐々に近づき、彼女が過ちを犯して、つけ入る隙を与えるときを待っているのだ。

 毎朝、彼女は自分で茶を淹れ、頭痛が後頭部の微かな唸りになるくらいに納まるまで飲み、学者以外は見向きもしないような古書に読みふけった。
 二、三日の間は、口上を聴いたり、貢物を受け取ったりして静かに過ごした。ハラムシラルのエルフが暴動を起こしたとの報せがヴァル・ロヨーまで届くと、居合わせた貴族や廷臣たちはあきれて首を振り、ハラムシラルののぼせたエルフどもが、フェラルデンやオーレイの他の地域ではエイリアネイジで生活しなければならないのに比べて、どれだけ恵まれた暮らしを送っているか知らないことに腹を立てた。ピエール伯爵は、統治下の街の恥ずべき様子を謝罪する弁を伝えてよこし、程なく鎮圧すると言明したが、誰もそれでは満足しなかった。ヴァル・ロヨーの貴族たちが手を打つよう迫っても、セリーンはそれを丁重に聞き流し、ブリアラの旅が手短かに済むことを密かに願っていた。

 ブリアラの旅立ちから三日目、彼女は観劇のためグランド・ロヨー劇場に出向いたが、そこで事態がのっぴきならないところまで来ていることを目の当たりにすることになった。

 グランド・ロヨー劇場はおよそ二百年前に建立された。帝国中で最高の劇場であるとの評を受けているように、もっとも著名な演者たち、もっとも優れた劇作家たち、そしてもっとも贅沢な舞台装置と演劇効果の集大成であり、とりわけ一部の出し物の煙と炎の演出は、錬金術師の作りだした粉末からではなく、サークルから短期間借り出されたメイジたちが持前の才能から生み出したものであった。だが競争相手を絶えず凌駕してきたが故に、グランド・ロヨーはそのきわどい中傷含みの演目について、チャントリーと玉座の双方から注視を浴びることになった。狂気の皇帝レミールは、芝居が自らの統治への叛乱を誘発することを恐れ、言葉を用いないパントマイムのみに演目を制限したことがあり、セリーンの叔父である皇帝フロリアンは、オリージャンのフェラルデン支配を軽んじたたったひとつの芝居を不愉快に思い、あやうく劇場自体の閉鎖を命じるところであった。

 セリーンは、財政的にも政治的にも劇場を支援するように気を配ってきた。チャントリーの非難を退け、文字どおりにでも比喩的にでも彼女自身を題材とした芝居が上演される際には、時々に応じて笑い、喝采する姿を周囲に見せ、文化に明るい女帝は舞台の上でどう扱われようが意に介さないことを示した。その見返りとして、オーレイの劇作家たちは彼女を常に好意的に扱った。 

 彼女の箱馬車が表玄関の前で止まると、豪奢な巻絨毯が敷き延ばされ、最上級の貴族が観劇に現れることを知らしめた。馬車の外では、群衆が敬意を示して遠巻きにしている。

「ご指示を、陛下?」 ミシェルが尋ねた。ブリアラの手によってギャスパードの罠から救われて以来、彼は寡黙で用心深くなっており、自ら恥じているしくじりの分を取り返そうと努めていた。あるとき、ブリアラの助言もあって、彼はたどたどしく謝罪を試みたが、セリーンは即座に会話を遮って、この件についてサー・ミシェルを咎めるつもりがないことをはっきりと示した。
 チャンピオンが自信を喪失している暇など、今はないのだ。

「気を配って、いつもどおり」

 サー・ミシェルは頷き、外に出て振り返ると、彼女に手を差し伸べた。外では、馬車の外に乗っていた召使いたちが急いで絨毯の塵を払い、馬車から降りるセリーンのため庶民たちや下級貴族たちを押し戻していた。

 群衆たちの何かがおかしい。彼女は即座に気が付いた。お辞儀は当然しているものの、そのつぶやきが違う。サー・ミシェルに伴われて劇場の中に入るまで、召使たちが彼女のドレスの長い裾を支え持ち、群衆の臭いが女帝の気に障ることのないよう、薔薇の香水を彼女の行く手の空中に振りまく間、彼女はできうる限りの努力で、顔半分を覆うマスクの端から観察し、聞き耳を立てた。

「・・・彼女はいない・・・」
「ここには来ない・・・」 

 劇場の中では、家族が商売で蓄えた財産を上手に用いてグランド・ロヨー劇場の現在の所有者となった、丸々と太った女性のお辞儀を受けた。今宵彼女は、片側に笑い顔のマスク、もう片方に泣き顔のマスクの刺繍をあしらった、簡素だがお洒落なガウンを身に着け、商人用の分厚い化粧は女帝への敬意を示すため、真似しているとみなされるほどではなかったが、セリーンのそれとよく似させていた。だが彼女の化粧の下の顔には、懸念を示す皺が寄っていた。

 ブリアラが今ここにいてくれるなら、セリーンはどんなものでも差し出しただろう。彼女の侍女かつ愛人は、些細な観察から真実をまとめあげる才能にかけては彼女さえ上回っており、またセリーンが立ち入れない場所にも、召使いのマスクを用いて人目に触れず赴くことができる。劇場の所有者が皇室専用の貴賓席、セリーンと彼女の客人が舞台を見事に一望できる豪勢に飾り付けられた間仕切り席へセリーンを案内する間、彼女はいつもどおりに上品に微笑んでいた。

 セリーンの召使いのひとりが彼女のために茶を淹れ、別の者が紫色のヴェルヴェットのクッションをセリーンの座席にしつらえていたが、貴賓室がどれだけ見事に飾り付けられていようとも、結局女帝が座るのは木製のベンチに過ぎない。三人目の召使いは、汗と、塩漬けの食べ物と、劇場の煙の臭いが十分に消え去るまで薔薇の香水を空中に振りまいていた。

「今夜はワインをいただこうかしら」 彼女は、茶の入ったポットを手にしている召使いに向かって言った。
「畏まりました、輝けるお方」
「取りに行くついでに、マドモアゼル・アーチェットに、新しいカーテンについてわたくしからの賛辞を伝えて頂戴。それから・・・」 セリーンは考え込んだ様子で壁に掛った灯りを一瞥した。「他の娘を一緒に連れて、新しい蝋燭を見つけに行かせて頂戴。ここのはだいぶ減っているみたいだから」
「畏まりました、輝けるお方」 召使いが言って、連れと一緒に出ていった。

 蝋燭は減ってなどいないし、セリーンが観劇の席でワインを飲むことなど滅多にないが、彼女の召使いたちはどちらも十分承知している。さらに彼女たちは、群衆の声を聴き、丁重に質問をして、何が起きているのか確かめることをセリーンが欲していることも承知していた。もちろん、ブリアラの技量には娘たちの誰ひとり及びはしないが、オーレイの女帝の側に仕える者として、「ゲーム」の嗜みがないなどということはあり得ない。

 芝居はアンドラステの物語を恋物語に仕立てたものとの売り口上だったが、間もなく開演した。アンドラステは愛らしい若い金髪の女性が演じている。彼女はテヴィンターへの叛乱を熱狂的にはじめたが、セリーンにとってその演技は、知性よりも興奮が優っているように感じた。セリーンは、門外不出のものまで含めて史料の研究を続けてきていたが、アンドラステはチャントリーが描くような理想を追い求める信奉者というよりも、ずっと政略的であったと考えていた。そうでなければ戦に勝つことなどできなかった。

 扉を静かに叩く音に彼女は振り返った。ミシェルが立ち上がって扉を開け、セリーンのほうに振り返った。「ライデスのリマッチェ公爵です、陛下」
「お招きして、ミシェル」
 リマッチェ公爵は中に入るとお辞儀をした。「女帝陛下。ご観劇にお出ましと知り、厚かましい申し出でなければ、愚臣が拙くもご相伴差し上げることをお許しいただきたいと存じます」

 彼女は手首を優雅にひらめかせ、彼に座るよう促した。「あなたご自身の客人のご機嫌を損なわずに済むなら、歓迎いたします」

 彼は頷くと、彼女の隣の席に腰かけた。ミシェルは女帝専用の間仕切り席の後ろに静かに立っている。

「たとえテヴィンター・メイジが支配していようとも、魔法は跪いて仕えるにしくはなし!」

 舞台ではアンドラステが宣言している。
「変わったお芝居」 セリーンがつぶやいた。「恋物語か悲劇を予想したのですが、これは?」

 リマッチェが彼女をちらりと見た。「では、何だと思われます、陛下?」
「喜劇でしょうけど、グランド・ロヨーですら、アンドラステの生涯をそのように扱うことはいたしません」 セリーンは微笑んだ。「劇場に対する史上初めての『聖なる進軍』をもたらすかもしれません」
 リマッチェは静かに笑った。

 舞台では、アンドラステが叛乱軍に対してエルフとの同盟を訴えていた。「かかる魔法を前にして、いかにして自由を手にすることができようぞ? 我らの軍勢を並べてもまだ足りぬ! だが芳しき正義をひたすら口ずさむなら、エルフ来たりて我らの支えとならん・・・、一たびならず何度でも!」

 観衆はひきつったように笑い、そしてセリーンは、何百もの顔が彼女を見上げるためこちらに向いたため、眼下の闇が明るくなるさまを見た。

 シャルタン、アンドラステの古代テヴィンターとの戦いに与した物語、それがチャント・オヴ・ライトから抹消されてしまった異端のエルフの戦士が、舞台に登場した。
 彼は女性として配役されており、彼女はドレスを着ていて、滑稽なほど誇張した仕草で尻を振り、あまりに大きな木製の付け耳のせいで、ずっと後ろの席でも彼女がエルフであることがわかった。

 彼女がアンドラステの片手にキスをすると、観客が口笛を吹いた。
 セリーンは回りの世界が凍り付いたような気がした。彼女の首筋が固まり、身じろぎひとつしなかった。

 しばしの後、彼女は言った。「あなたの以前の申し出のことを、いつ持ち出そうかと考えていたのです、リマッチェ」
「敢えてお話すべきようなことは、なにも記憶にありませんが、陛下」 そう言う間、彼は舞台から目を離さず、劇を観て笑っていた。
「そう。観劇の楽しみを台無しにするわけにはまいりませんね」 セリーンは言った。「教えてくださる、良くご覧になるの?」
「自ら後援したものだけ」
「今日の劇はギャスパードが後援しているようですね」 下の観客が見て取れるような、いかなる表情も顔に出ないように努めてセリーンが言った。「羽根飾りで」

「ああ、私はシェヴァリエではありませんので、羽根飾りで突き合おうがどうしようが意に介しません」 リマッチェは、依然顔も向けずにそう言った。「ですが、ギャスパードはライデスの狩りについていたくご執心の様子であり、かたや陛下は、ただの責務としか考えておられない」

 舞台では、マフェラスが怒りのため手を振り回し、アンドラステとシャルタンがいちゃつき、じゃれあい、テヴィンターとの戦のことを完全に失念していると、たったひとりで非難している。 「治める者らの心が奴隷となり、エルフどもと浮かれ戯れて責務を忘れ、自ら戦うことも能わずというのなら、その心どうして貴いと、勇ましいといえようか?」

「もしかしたら」 セリーンは顔も向けずに言った。「マフェラスがアンドラステを裏切ることにより得難い犠牲となる、英雄になるのですね?」

「ああ、この版の脚本ですと、アンドラステはエルフの愛人のほうを選んで、義務を忘れたようですな、陛下」 リマッチェは間をあけた。「とはいえ、結末を言ってしまうのは興ざめになりかねません」
「結末ならひとつ存じています。劇作家は処刑されるでしょう」 セリーンが言った。「そしてあるいは、劇場の所有者も」

「公正を期すため申し添えるなら」とリマッチェ公爵が言った。「この上演直前の台本変更は劇場所有者にとっても驚きだったでしょう、というのも彼女の子息が姿を消し・・・、もっとも坊やは今夜遅く無事に見つかると思いますが」
「そしてわたくしが、あなたまで導く手がかりを見つけることは、リマッチェ?」
「ないでしょうな、陛下、ともあれ自ら後援した演劇が、いかれた異端者のせいで台無しになってしまったことを詫びるため、チャントリーには惜しみなく寄付させていただく所存です」

 セリーンは立ち上がった。「大公マフェラスに伝えていただきましょう、彼にも文芸のたしなみくらいあると思っていましたが、どうやらその賭けには負けたようです」
 サー・ミシェルが扉を開け、リマッチェを刺すような目つきで睨みつけ、セリーンは眼下の観衆の囁き声を無視して外に出た。

 ミシェルが後ろで扉を閉めるまで、彼女は気を強く持って耐えた。それから、ミシェルと他の召使いたちが通路の闇の中にいる以外、回りに誰もいないところで、頭を下げ、深く息を吸った。 

 気づいている。ああ、なんて奴ら、皆気づいている。

***

「剣戟ものか隠密ものを予想したのですが、これは?」

 んー。BioWareの"Jade Empire"(レイドロウのおっさんがリード・ライターのひとり)にも演劇ネタがあるし、Baldur's Gate、Neverwinter Nightsにもあった気がするし、以前からCRPGには頻出している。もちろん和製でもFFIX(だったかな)にもあった。

 あちらのライターは間違いなく、演劇の世界の素養が豊富。

 申し訳ない、実は疎いのです。
 舞台の上でのセリフの訳は勘弁してつかわさい。これでいっぱいいっぱい。思い切り「なんちゃって古語」になってるが、なんとか意味は通じるのか、やっぱ無理なのか。さらにリズムまで保つのは至難の業。後でしこしこ枝葉を剪定します。

 グランド・ロヨー劇場、原文は"the Grande Royeaux Theater"ですが、調べるとフランスでおそらくもっとも著名なボルドーの大劇場は、"Le Grand Théâtre de Bordeaux"。Grandeちゃいますね。どのみちGrandeは英語では固有名詞でもないかぎり「グランド」。

 アーチェット(Archet)は、仏:アルシェ。「マドモアゼル」はどーしようかと思ったが、前にレディはそのまま「レディ」とやっているので、そのまんまがいいかな。

 アンドラステの物語の「オリジナル」を知ってる前提で書いてあるので、 マフェラスがメイカーの花嫁である彼女の(現世の)旦那で、嫉妬に狂って裏切って(一説にはフレメスに誑かされて)、とかいう話を知らずに読めば、なんのこっちゃということになる。

 これ、暇があったらジーザスの伝説との比較で構造分析でもやると面白いよなあ、と思いつつ(ジーザスは神であり、かつ人。かたやアンドラステは人の妻であり、かつ神の妻)、できていない。 

 リマッチェについての感想は、また別途吐露します。本編に詳しい描写はない(つうかマスクを脱いだ場面がまだない)が、きっとすげえ美男なんだろうと想像している。

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