フォト
無料ブログはココログ

« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »

2013年11月

2013年11月29日 (金)

Game Writing - Nuts and Bolts (Part4-2)

 さて前回英文による「ファインディング・ベサニー・クエスト」の開発ドキュメントPDF版をご紹介したが、「要約」すると言ってしまってまた後悔する羽目に。
 そもそもこの文書がプロットの要約でした。
 ほとんど省略できないですね。

 物語概括:ファインディング・ベサニー(Act2)

クエスト目的
 プレイヤーはサークル・オヴ・メジャイに収監されたベサニーの近況を知る。ギャロウズ内部を変装して歩き回り、彼女に手紙を届けるステルス・ミッション。

バジェット:200行

初期状態
・PCはウォーリア―/ローグ
・ベサニーはAct1終了時にサークル入り
・「オール・ザット・リメインズ」クエストの開始前

キャラクター
・トラスク(Act1既出、Act2で再会している可能性あり)
・ナマラ(女性エルフメイジ、新登場)
・サムソン(Act1既出)
・カレン(Act1既出、Act2で再会している可能性あり)
・ベサニー

クエスト詳細

1.会話:リアンドラ(バジェット30行)
 Act2で母リアンドラと最初に会話時、彼女はサークルに収監された娘ベサニーの身の上を案じ、ディープロードに連れて行かなかったPCを責める。娘から何か月も音沙汰なく、母はギャロウズに出向いてみたが生存についてさえも何の情報も得られなかった。母はPCに手紙を託し、娘に直に手渡して、無事であることを確認するよう懇願。PCは拒否可能(クエスト終了)。手紙を受領し受諾する、あるいは手紙を受領せずに妹ベサニーとの再会のみを承諾することも可能。

 PCが受諾したら、リアンドラはギャロウズに向かうよう示唆。カークウォールの富豪となったPCなら母が得られなかった情報を得ることができるかもしれない。#2に移行。

2.ゲームプレイ:於ギャロウズ(20行)
 PCがギャロウズ中庭に向かえば、そこにいるどのNPCにも質問可能(調査目的のセリフ追加要)。アンビエント(雰囲気づくりで配置されている)テンプラーNPCは情報提供できないと丁重に断る。アンビエント・メイジNPCは情報提供を禁じられていると断る。(アンビエントNPCのセリフに20行必要)

 ふたりのキャラクターから重要情報を入手可能。トラスク(#3に移行)、女性エルフメイジのナマラ(#4に移行)

3.会話:トラスク(30行)
 以前、娘の件に関してトラスクをゆすっていたら、彼はベサニーが生存しているという以外の情報提供を拒否。そうでなければトラスクは同情を示す。ベサニーが生存しているがメイジ仲間といざこざを起こして独房に監禁されていると告げる。
 PCが尋ねれば、トラスクは自分が手紙を届けることを申し出る(PCが手紙を入手している前提)が、PCが面会することはほぼ不可能と告げる。PCが助けを求めても、「アクト・オヴ・マーシー」クエストでサー・カラス他テンプラーを殺していればトラスクは協力を拒否。ここでAct1で入手したトラスクの娘の手紙の件をもち出して脅迫すれば彼は折れる。彼が協力すると同意すれば、忍び込む手助けを約束し、夜間にギャロウズに来るよう告げる。♯6に移行。

4.会話:ナマラ(20行)
 ナマラは即座にPCの身元に気づき、自分がベサニーの友人であると告げる。さらにベサニーが独房に収監されていると告げ、その原因はメイジ仲間と喧嘩した自分にあると打ち明ける。ベサニーはナマラの身代わりになった。彼女自身はPCをベサニーに面会させることはできないが、ロウタウンにいるサムソンなら何か手口を知っているかもしれないと告げ、居場所を知らせる。PCがこの助言に従うなら、#5に移行。

5.会話:サムソン(20行)
 尋ねられれば、サムソンはかつての同僚から疫病のように忌み嫌われていると愚痴をこぼす。彼はPCに古いテンプラーの鎧を売ることを申し出る。彼はPCが夜間にギャロウズに赴けば気づかれずに潜入できるかもしれないと告げる。独房が下層階にあることも伝える。鎧購入に2ソヴリン必要だが、(好戦的PCなら)相手を恫喝して入手することもできる。PCが鎧を手に入れたら#6へ。PCが鎧購入を拒否し、かつトラスクの協力も得られなかったらクエスト失敗。#9へ移行。

6.ゲームプレイ:夜間のギャロウズ(30行)

 トラスクの協力を得るか、サムソンの鎧を入手していれば、テンプラー・ホール・エリアが地図上に現れる。ロード後、PCは入口に出現する(単身、パーティー同行不可)。

・トラスクの協力を得た場合は彼が待っていて、PCはテンプラーの鎧姿になっている。彼は、その鎧は彼が用意したもので、誰にも話しかけずにベサニーのいる独房までできるだけ急ぐようPCに告げる(詳細な場所の指示は未定)。彼は後に残って他のテンプラーを遠ざけるように協力すると言う。
・サムソンから鎧を入手した場合、PCはそれを着用して現れ、「ベサニーを探さないと・・」とつぶやく。

 PCはテンプラー・ホールを自由に徘徊できるが、そこから外には出られない。数人のテンプラーが集まって雑談しているのを盗み聞くことができるが、会話はできない。ひとりだけ友好的なテンプラーがいて独房の場所を伝えてくれる。人気のないいくつかの場所でコンテナーからトレジャーを入手できる。

 PCがボトルネックに到達したら、#7に移行。

7.会話:カレンと遭遇(30行)

 PCがボトルネックに到達したら、カレンが後方から近づいてきて、PCを誰何する場面がはじまる。
・Act2「デセント」クエスト(サー・アーリックに関するもの)でPCがカレンと話していれば、カレンはPCの素性を即座に見破る。
・PCがAct2でまだカレンと話をしたことがなく、諧謔的PCだったらはったりをかますことができる。他の場合は、カレンがAct1でPCと出会ったことを思い出す。
・カレンがPCの素性に気づいた場合、いくつかの選択がある。

 *カレンに懇願。妹ベサニーと一目会いたいだけであると伝える。ベサニーのPCに対する好感度が十分高ければ、カレンはベサニーが兄を好いていると言う話を思い出し、面会させるため独房まで同行する旨申し出る。そうでない場合、社交的PCのみがカレンの同意を取り付けることができる。

 *サー・アーリックについてカレンと話したことがあるPCなら、ベサニーがトランクィルにされてしまう危惧を伝えることができる。カレンはその不安を理解し、面会させるため独房まで同行する旨申し出る。

 *トラスクがPCに協力していれば、PCは彼が招き入れたとカレンに伝えることができる。トラスクが登場し、PCに妹と面会させるようカレンを説得する。カレンは折れる。

 *上記いずれにもしくじった場合、カレンはPCに退去を命じる。好戦的PCのみが妹との面会が必要だと抗弁することができる。しばし緊張する場面が続いた後でカレンは同意するが、あくまでベサニーのためだと断る。それ以外の場合、カレンは手紙を届けることを申し出る(手紙を入手している場合のみ)が、PCはギャロウズから強制的に退去させられ、ロウタウンに戻される。クエスト失敗(#9に移行)。

・カレンがPCをベサニーの元に連れて行くことに同意した場合、#8へ移行。PCがはったりをかました場合、カレンはその場から立ち去り、ほっとしたPCは早くベサニーを探さないととひとりごちる。#8に移行。

8.会話:ベサニー(60行)

 どの場合でも、PCはこの場面に直接とぶ。カレンがPCに同行した場合は、彼が独房の場所を指し示し、時間をかけないよう促して立ち去る。PCが独房の扉に近づくとベサニーは驚きの声をあげる。彼女は、現在置かれた窮地を除けばサークルでの生活がそれほど悪くないこと、家族のために身を隠して不安に苛まれる必要がなくなって安堵していることを告げる。彼女は、兄であるPCと母が自分のことを忘れてしまうのが最良の道であるとの考えを伝える。PCが脱走を示唆しても、危険すぎること、さらに再び逃亡生活に戻ることを意味するので彼女は拒絶する。PCは、家族が依然彼女を愛していると告げて、連絡を絶やさずよこすように彼女を説得することもできる(好感度が高い場合、彼女は苦悶する)し、または自分のことは忘れてほしいという彼女の考えを認めることもできる。PCがリアンドラの手紙を携えていれば、渡すことができる。ベサニーはそれを読み、母への言付けを伝える。

 カレンがPCに同行していた場合、彼が現れて時間切れだと告げる。それ以外の場合、間もなく看守が巡回してくるとベサニーが告げる。別れの言葉を選択すると、PCはロウタウンに戻される(#9に移行)

9.会話:自宅に戻る(30行)

 PCがクエストに失敗していたなら、リアンドラにその事実を伝えることができる。悲しむ母親を見る以外できることはあまりない。トラスクかナマラからベサニーが生存していることを聞いていれば、それを伝え、また手紙をカレンに託していれば、そのことを伝えて母を多少安堵させることができる。

 PCがベサニーと面会していれば、その事実を伝えることができる。手紙を手渡していたのなら、ベサニーの伝言を伝えることができる。感情を揺さぶるような場面が始まる。いずれの場合でもリアンドラは歓喜を示す。カーヴァー亡き今もう一人の子供まで喪うことは耐え難い彼女にとって、ベサニーの身が安全であるとの報せは嬉しいものだ。彼女はPCを抱きしめ、慈しむ場面が訪れる。

*** 

 これでまだ概括ですからね・・・。実際にゲームでプレイヤ―が知るのはほとんどが「セリフ」であるし、それはこれからライター自身が書くわけだから、このドキュメントのほとんどは他のデザイナーたちに見せ、彼らが何を実装するべきか理解するために使うものです(バジェットはライター自身を縛るものです)。

 訳していて、「やー、これでもうええやん、お腹いっぱいです」と思っちゃいました。DAファンなら、どのような会話(セリフ)が書かれるかまでだいたい想像できちゃいますもんね。それをこれから実際書いて、色々ダメ出しがあって、声優が声あてて、レヴェル・デザイナー、カットシーン・アーティストたち他が実装して、QAがテストして、何度もやり直して、最後にはカットされてしまったりする・・・。
 遊ぶ方でよかった、とつくづく思います。

2013年11月28日 (木)

Game Writing – Nuts and Bolts (Part4)

 実は、ゲイダーさんにうまいこと乗せられてしまって、自分でも前回訳出した記事を読んだ後、今回訳出する記事を読むのをとりあえずおいておいて、色々考えました。
 そのうちいくつかは当たっていた。いくつかは気がつかなかった。
 やっぱ小説とは全く別ものなんでしょうね。そして小説Asunderで感じた、無駄を極力省いた書き振りも、こういう世界を続けることで培われたんだろうかと思います。

 この回には、プロットのフローを示すダイアグラムと、ゲイダーさんが約束した開発ドキュメント形式のPDFが参照されています。申し訳ないが(実は大して思っていないが)PDFのほうまで全部やる元気はない。ご覧になればおわかりのとおり完全な社内文書ですから。
 なもんで、一体どんなクエスト(案)になったんだろう、という読者のご興味に沿うところだけ要約(出た)するつもり。それも次回(忘れないように!)。 

***

 前回の記事を載せた後、沢山の素晴らしいコメントと分析をいただいた。そのうちいくつかのコメントについてここで触れ、それから私が修正したクエストの物語概要を示すことにしよう。

 参加してくれたすべての人に感謝する。そしてクエスト・デザインには誤った答えなんてないことは銘記してほしい。私には経験があり、Dragon Ageの世界ではうまく行くと判断することができるが、それ以外で何が良いクエストづくりに役立ち、何がそうでないかなんてことがわかる魔法の方法などはない。すべて試行錯誤の繰り返しであり、多少の判断と個人的嗜好が関与する。だがそれこそがゲーム・デサインの要諦だ。

”このクエストでプレイヤーは経験値以外に何を手に入れるのか? なぜプレイヤーはそのクエストを手掛けるのか? このクエストはゲーム全体に何を付加するのか?”

 良いコメントだが、このプロット創造の段階で、ライターは報酬が何であるかは考えていないということは指摘しておきたい。もちろん報酬が何か明白な場合は別だが。我々はせいぜい「ここに報酬を挿入」とか「XPボーナスを与える」とか書き加えることしかできない。それらはレヴェル・デザイナーが後に取り組む仕事であって、コンバット・エンカウンターなどとともに付け加えられるのだ(もちろん、事前にライターである我々と議論をして、レイザーにとってふさわしいものにしておくのが一般的だ)

 だが、そのプロットがどんな価値を付加するだろうと考えることには意味があると言える。私ならこれを「味付けプロット」(flavor plot)と呼ぶだろう。XPと潜在的好感度ボーナス以外に、プレイヤーが単にストーリーの観点だけで選ぶようなもので、多くのフォロワー・プロットと同じようなものだ。より本質的な報酬を与えるプロットに比べれば便益性は高くはないが、だからと言って価値がないとは言えないし、ベサニーが生きていて、彼女がサークルに収監されているという状況を手にしているプレイヤーにしか経験できない特殊なものである事実を除けば、悪いことじゃない。

”プレイヤーがウォーリアー/ローグしか認められないのが問題。メイジ・プレイヤーはこのクエストをプレイできない。”

 まあそうだが、プレイヤーがメイジならベサニーはロザリングで死んでしまうからね。この種のクエストを認めるためには、テンプラー・カーヴァーに関する裏返しのものがなければならないと私は思うが、今はひとつのクエストに限定して話をしよう。

”間違いかどうかわからないが、あなたがプレイヤーに何かをさせることについて書いていることを読んでいたら、主人公はステップ2でサムソンを探すことをどうやって思いついたのだろうと考えた。彼を知らないリアンドラがそんな提案をするはずはないので。”

 よくぞ気がついた! 私は第一の主要ルールを破っているんだが、実際かなりの人数が指摘してくれた。ステップ1とステップ2の間の結びつきが曖昧なんだ。もちろんジャーナル・エントリーに「サムソンに会いに行け」と追加して、Act1で出会ったサムソンを主人公が覚えていて手助けになるかもしれないとそこに書き加えることができるが、それでは弱い。従うべきルールは「プロットにとって致命的に重要な情報をジャーナルだけでプレイヤーに渡してはならない」だ。

”サムソンについて、プレイヤーが脅すことに失敗したらどうなる? プレイヤーは脅すことに成功するまでその先に進むことができないのか、別の方法があるのか。” 

 「脅してさせる」(pressure)ことには色々な意味が含まれるという点ほど重要ではないが、サムソンだけがプロットを完結するための唯一の手段であることもちょっと問題だろう。他の方法をうまく与えることができるなら、そのほうが常に理想的だ。

”サークルに向かうように要求されたのなら(ダークタウンを示す明白なマップ・マーカーが出ていない限り)主人公が取るべき最初の論理的なステップは、ギャロウズに出向いてメイジに面会する方法を尋ねて回ることだ。そこにいる沢山のテンプラーに質問する。プレイヤーが最初に行うべきことを指図するなら、すべてのテンプラーに質問を繰り返して、結局苛立たしげになって諦めることだろう。”

 素晴らしい! 「なぜ?」と問うことはとてつもなく重要だ。「なぜプレイヤーはサムソンに会うのか? たとえそう言われたとしたってそれは論理的な手段か?」 あるいは、私はいつもその種の問いが発せられる前に説明を終わらせることができる。リアンドラがすでにギャロウズに足を運んでみたが何の成果もなかったので、主人公にその方法じゃない別な方法を探した方がいいと言わせればよい。とはいえ、それこそが最初の良い一歩でないわけなんてあるかい?

”ステップ4の遭遇をもっと簡単なものにする。出会うのはカレンとオシノふたり(のどちらか)ではなくトラスクひとりにする。このNPCは中立な立場なので、収監されている妹に会いたいと言えばずっと容易にそうさせてくれるだろう。Act1のWayward Sonクエストで彼とどんなやり取りをしているかによって、ベサニーとの面会を承知させるためのトラスクとの間の社交チェックを「簡単」から「困難」の間で変化することにする。”

 素晴らしいアイデアだ。現に私の最終版にはトラスクを登場させている。ただしプレイヤーと対峙する役目ではなくもっと中立寄りな立場としてだが。そうであっても、カレン/オシノふたりの登場を分岐させるのは少し意味づけに乏しい。主人公の変装によってひとりのキャラクターの態度を変えさせる方が、ふたり別のキャラクターの個別のセリフを書くよりも良いだろう。前者は良いリアクティヴィティ(reactivity)の例で、後者はできれば避けるべき条件付き迫真性(conditional reality)だ。

”どの扉でも開けた途端に戦闘が始まってダークタウンに追い返されるなら、どうして変装する必要があるんだろう。むしろカーク・ウォールのテンプラーたちにより深い人格を与えるべき絶好の機会じゃないのか。”

 その通り! そして優れた指摘だ。誰も騙せないなら、それはおざなりな変装ってわけだ。クエストを眺めてみて、私は最後には「ステルス」の部分があまりうまく機能していないことに気がついただけではなく、ステルス部分を持ち込むことで何が得られるか考慮すべきだと考えた。ギャロウズを自由に歩き回れるのなら、それはとても面白くなりそうだ。だから最後にはステルスを残して、そのやり方を変えた。

”カレンとオシノ。ホークはまだチャンピオンではないので、頭を使わなければならない。説得や嘘をつくのも良い方法だが、それらの重要人物たちと、こんな些細なことで戦って逃げるなんて割に合わない。”

 そう、戦闘によって自動的に失敗となる点全体が少し問題であって、カレン/オシノとの関係だけの問題ではない。ここの戦闘がゲームの他の部分の戦闘と違うように機能するので、事前にきちんと説明しておかないとプレイヤーをただ驚かせてしまう結果になる。だから戦闘を丸ごと外してしまうか、そうでなければ他と同様の戦闘にすべきだ。

”クエスト・ギヴァーがリアンドラなのだから、ホークは最後に彼女に結果を報告しなければクエストが完結しない。主人公は将来にわたって娘からの音沙汰を受け取ることのない母を慰めるか、娘が考え直して手紙の返事を書いてくるだろうと希望を与えることになる。”

 うん、そのステップをすっかり忘れていたよ。しょっちゅう「クエスト報告」は自動的になされるものだと思い込んでしまう。でもそうだね、ちゃんと書いておくべきだ。

-----------------------------

 さて、クエストを修正してみたが、まだ完全ではないかもしれない。さらに一、二度修正を要するかもしれない。特に今のところ戦闘が一度も発生しない点が気になる。別に全部のクエストに戦闘が「求められる」わけではないが、それを愉しみにしている人のために含めるのは良い考えだ(さらに、ぶっちゃければ、戦闘がまったく好きじゃない人たちに口先だけで、あるいは別な方法で戦闘を回避させてみせると喜ぶものだ)。

Tumblr_inline_mwcfs3dgc51ra8gv6_2 少し考えて、「ステルス」の部分は書き直したほうがいいと決めた。ベサニーと再会する別な方法を追加するのではなく、ステルス部分に至る道を複数用意することにした。これは結局のところ味付けクエストだ。単にベサニーの短いフォロワー・クエストと呼んでしまってもいいかもしれない。だからと言って何も悪くはない。ベサニーが好きな者は気に入ることだろう。 

 またワード・バジェットを超過してしまっていることも指摘しておこう。私の各セクションの見積もりはちょっと少なめであるが(ベサニーやリアンドラとの会話は容易に見積もりを超過してしまいそうだ)、それでもすでに70行ほどバジェットを超過している。野心的過ぎるのではないか、ステップが多すぎるのではないかと自分の計画を見直すことにするか、リード・ライターに直談判してバジェットを増やしてもらうかしないといけない。 

 リード・ライターである私にとってそれは容易な談判だが、あまりに自分勝手にバジェットを増やしてしまうと、いずれ皆からにらまれてしまう。結局、バジェットを頻繁に超過するような事態になってしまえば、全体の行数カウントを適切なレヴェルに抑制するため、どのプロットをカットするか選ばなければならなくなってしまうのだ。それは決して面白い作業ではない。

 クエストの物語概要を記載したドキュメントは次のリンクから入手できる。

「finding_bethany_narrative_overview.pdf」をダウンロード

 

 次のステップは、この中から会話シーンをひとつ取り上げて、セリフの分岐をどのように構築するか、いくつかのコツや手口を交えながら示すことになる。もちろん、BioWare流のセリフ分岐にしか通用しない(へっ、Mass Effectはまた異なる方法を用いているので、実際はDragon Ageのみにしか通用しない)が、ともかく・・・。興味を持つ人もいるだろうし、コツや手口については他のエディターたちに流用可能かもしれない。

【DAI】ダグナ・リターンズ

 おっと、こんな記事が出ていた@gameranx。

http://www.gameranx.com/updates/id/18963/article/dragon-age-3-inquisition---dagna-confirmed-to-return/

 DAOダグナ(ドワーフ、フィーメール、メイジ?!)がDAI再登場とのこと。

 正しくはメイジではなく(ドワーフは先天的にマジック・スポイルの体質を有しているため、魔法の才能が欠落している)、アーティフィサー(Artificer)。直接の意味は「熟練工」ですが、DnDなどファンタジーRPG方面ではアーティファクト(この場合は広くマジック・ディヴァイス、魔法用品という意味)の専門家ですね。

 以下、拙訳ですが、DAOエンディングのアフターマス(その後)に登場するダグナに関する記述(あたしは毎回彼女のサークル入りを応援してたからこの記述はいつも一緒だ)。念願かなってフェラルデン・タワーに加入できると、こんな感じになる。
 Witch Huntのフェラルデン・タワーのくだりでも確かちらっとリファーされてた気がするが違ったかな。

 ドワーフのメイジ、ダグナは、再建されたサークルタワーにおいて、彼女の研究を完成させた。最終的に彼女は、レリウム蒸気が魔法の供給に与える関連性について包括的な理論を纏め上げ、出版した。この著作は非常な感心を集めることとなった。 

 ただし、DAIへのDAO、DA2セーヴ・ファイル持ち込みは今のところ未確認。複数世代マルチ・プラットフォームに対応するため、今のところは専用アプリ"Dragon Age Keeper"を用いて自分で自由にシナリオ(選択結果)を選ぶ方法だけが公開されていて、この場合DAOで実際どう選択したかは関係ない・・・。

 ちょっと悲しい。

 そして記事の中で触れられている30分のゲームプレイ・ヴィデオを私はどうやら見落としていたようだ。こちら。

http://www.gameranx.com/updates/id/18668/article/30-minutes-of-dragon-age-inquisition-gameplay-leaks/ 

 フィンランドのエキスポからリークしたらしいが、以前キャメロン・リー(プロデューサー)が「画像が出回ってるけどみんな見た?」とかツイートしていた。

 その時最初だけちらりと見て、あたしゃてっきり、PAX Seattleの隠し撮りとおんなじ画像と思い込んでしまったが、実は後半がだいぶ違う。インクイジターの居城となるストロングホールドなんかも登場する。まだであればご覧あれ。

 どこでダグナが登場するかは、残念ながらまだ見つけていない(テキスト文かな?)

Game Writing – Nuts and Bolts (Part3)

 さて、読者からいただいた回答の中から実例を選んでみた。中には優れたものもあったし、いくつかは実際にクエストとして開発するに耐えうると思われるものもあった。また、単なるクエストのとっかかり(start)に過ぎないものもあった。これをご覧いただこう。

「DAO、フロストバック・マウンテンズ。ダンカンとドワーフ・ウォーデンがオーザマーを離れる際に待ち伏せに会う」

 DAOでは、主人公はランダム・エンカウンターにしょっちゅう見舞われるので、これを実際のクエストにするためには、待ち伏せしている敵と戦って倒す以外に何かが必要になる。ダンカンが敵のひとりと話して誰の手先の者かを知ることになるなどが考えられるが、主人公はオーザマーを去るまでの間、その線を追及する選択はできない。あるいは待ち伏せは欺瞞のためで、いざこざの最中にダンカンが持ち歩いている大切な何かを盗まれてしまい、それを取り戻さなければならなくなるのかもしれない。もしかしたらそれはジョイニングの儀式に必要なアーチディーモンの血かもしれない。そいつがなくちゃ物語が先に進まない!
 
 こんな感じで少し話を発展させてみれば、クエストのプロットとして使えるものになるわけだ。

 他のいくつかの回答には、プレイヤーが実際に「行うこと」が欠落している、あるいは会話だけで成り立っているという問題が見られた。本当に簡単なプロットは「A地点に向かう、そこにいるキャラクターと話す」というようなものだが、それはぎりぎりプロットと呼べるものに過ぎないし、「A地点に向かう」部分に何も複雑さがないのであれば、そうとすら呼べない。意味が通じるかな?

 さて、残りの回答の中から、実際に開発作業を試みてみるものを選んでみよう。

「DA2、不法侵入、ホークはサークルに軟禁されているベサニーに手紙を渡す必要がある」

 実際のデザイン文書を作成する前に、これをクエストに落とし込むとどうなるかを示すより簡略化した版をお見せしよう。ただしそれは誤りを含んだものになる。どこが良くなくて書き直しが必要かを示すことにするつもりだが、その前に「読者自身」がどこが良くないと思うか教えていただきたい。

 さて、やってみよう。

ステップ1

(状況:プレイヤーはウォーリア―/ローグ、Act1最後でベサニーはサークルに収監されている)

 ハイタウン、プレイヤー邸宅、Act2冒頭部分の終了後、プレイヤーがリアンドラと会話、彼女が娘ベサニーの身を案じていることを知る。ベサニーから一年近く音沙汰がなく、リアンドラが娘に送ったいくつかの手紙はどれも開封されないまま送り返されてきている。彼女は主人公(ホーク)に、ベサニーへの手紙を直に手渡し、娘が無事であることを確かめるように懇願する。クエスト追加、手紙を受け取る。

ステップ2

 プレイヤーはダークタウンでサムソンと会話。元テンプラーであるこの男は、ギャロウズへの潜入路を知っているが話そうとしない。主人公が脅せば、彼は地下室に抜けるダークタウンの秘密の入り口の場所を明かすが、その先は主人公自身が道を探して進まなければならない。サムソンによれば、最良の方法は、主人公が一人きりで、テンプラーかサークルメイジに変装して潜入することだ。どちらの変装を用いるかはプレイヤーが選ぶ。

 ダークタウンの当該入り口の場所が示され、プレイヤーがクリックすれば、地下室に侵入する。

ステップ3

 地下室に入った後、プレイヤーは選択した衣裳に変装する。その後、プレイヤーはギャロウズの主要なエリアを移動することができる。時間帯は夜間で、実際にステルスを用いる必要はないが、向こうから誰かの声が聴こえる扉を開けることは避けなければならない。もし開けてしまえば戦闘がはじまり、プレイヤーはギャロウズの外に強制的に退出させられる(プレイヤーはギャロウズから追い出され、ダークタウンに移動、クエスト失敗)

 そうでない場合、プレイヤーはベサニーが二階の独房に収監されている話をいくつかの場所で盗み聞く。その場合、あるいは何も盗み聞かなかった場合でも、プレイヤーは階段で二階に向かうことができるが、その前にステップ4が発生。

ステップ4

 階段に近づくと遭遇(エンカウンター)が発生する。プレイヤーがテンプラーに変装しているなら相手はカレン、メイジに変装しているなら相手はオシノ。プレイヤーがベサニーとの面会を実現するための選択肢は、カレン/オシノにはったりをかます(プレイヤーが面会後即座に立ち去るとの条件つきで両者とも渋々認める)、何か緊急事態が別の場所で発生していると嘘をつく(ベサニーと面会するごく限られた時間が手に入る)、あるいは見事に失敗する(カレン/オシノがテンプラーたちを呼び、プレイヤーは強制退出(ステップ3と同じ)。プレイヤーがこの遭遇をうまく切り抜けたらステップ5に進む。

ステップ5

 プレイヤーがカレン/オシノに伴われてベサニーと面会する場合、彼らは直接ベサニーの独房に向かう。そうでなければ、プレイヤーは階段を登り、独房の扉の小さな窓からその姿を見かけたベサニーが呼び止める。

 会話はその窓越しに行われる:ベサニーは脱走を望まず、手紙を送り返したのが彼女自身であることを明かす。彼女は、家族が自分のことを忘れてほしいと望んでいる。プレイヤーはベサニーを説得して手紙を受け取らせ、母親への言付けを述べさせることができる。あるいは、プレイヤーは怒ってそのまま立ち去ることができる。クエスト終了、プレイヤーはギャロウズから出てダークタウンに戻される。

----------- 
 では、上のどこが間違っているか答えていただこう。ただし、「間違っている部分」を修正するために闇雲にコンテンツを追加しようとするべきではないと警告しておく。それでは「すべての」プロットがどんどん大きくなって行ってより複雑になってしまう。もちろんコンテンツを追加することでプロットが良くなる場合もあるが、プロットに関する問題の答えとしてそれが常に正しいわけではない。小さなプロットはできるだけ小さいほうがよく、この例では二千語の語数上限(ワード・バジェット)が課されていることになっている。

 それに注意して、ぜひ間違いを探してみてくれ。私の次のアップデートでは、書き直した部分の総括と、この状況を実際に開発用に書いた文書を示すことにする。

2013年11月27日 (水)

Game Writing – Nuts and Bolts (Part2)

プロットを書く。

 ゲーム(特にRPGのことだが、他の種類のものにも通用すると思う。とはいえ自分自身RPG以外書いたことはないので定かではない)についてのプロットを生み出す際、答えなければならならない主要な問いがいくつかある。プレイヤーは何をすることになるのか? そのプロットでプレイヤーにどのような経験をして欲しいのか。どのような選択を用意するつもりなのか?

 これらは無意味な問いではない。確かにストーリーはあるし、それを念頭に置いて書き始めるのが理想的だ。だがゲームのプロットを書くことはストーリーを書くことと全く同じわけではない。多くの初心者が、まるで小説を書くために必要なストーリーだけを考えてしまう過ちを犯す。つまり、出だしと真ん中と終わりを書く・・・。それが通用するのは、プレイヤーが完全にそのストーリーに描かれたままプレイを続けて、かつ、書き手が意図した主人公の抱くべき感情と完全に同じ感情をプレイヤーが抱く場合だけだ。そうでなかったらどうする?

 おそらく私が説明できる最良の道は、他の種類のプロット創造を示唆することだろう。すなわちテーブルトップ・ゲームのGM(ゲーム・マスター)が他のプレイヤーたちのためにプロットを創造する場合だ。GMはプレイヤーたちが次から次へとやらかすことを前もって知ってるわけではない。GMはプレイヤーたちがある場面から次の場面に移ることを動機づけるため、道しるべとしてパンくずを並べて置いておく。プレイヤーたちが出会うことになる(一部は最後まで出会わないかもしれない)NPCたちを用意してマップ上に配置する。プレイが始まったらGMはプレイヤーたちがあまり道から逸れないように控えめなガイド役を務める(理想的には、プレイヤーたち自身が思いついたように導く)。

 ゲームもこれと一緒だ。我々は舞台となる場所それぞれを映画のセットのように周到に用意し、プレイヤーは我々の定めた方法でそれらとインタラクトする(相互に作用しあう)。だが我々はプレイヤーが様々な方法でインタラクトできるように十分な種類のベース(訳注:後述)を用意する。プレイヤーは究極的には依然として我々が用意した道を進むことになるのだが、その速度もやり方もプレイヤーが選ぶ。我々が手にする最良の手段は、棒の先にニンジンをぶら下げて、プレイヤーを前に進ませようと誘うことだ。

どこから始めるか?

 最初にやらなければならないことは、プロットがどこからはじまるかを決めることだ。プレイヤーのエントリー・ポイント(開始地点)はどこか? それは複数用意するのか? 特に指図されずに旅をしている途中でクエストの開始地点に出会うのか? プロットはNPCから与えられるのか? それは一連のプロット・チェーンのある一部分なのか、そのプロットには以前のプロットで与えられた手掛かりを拠り所にして訪れることになるのか? これらのことから、「A地点」、プロットがはじまる場所が決まっていく。

どこで終えるのか?

 これはプロットの他の部分を書き始める前に決めておいた方が良い。プロットの最終局面(The endgame)はどのようなものか? 複数の選択を用意したいなら今のうちに決めておき、そこからリヴァース・エンジニア(reverse-engineer、逆算)してプロットの他の部分を書くのが良い。

 なぜか。こんなふうに考えてみてほしい。プレイヤーが最後にある男を殺すか、見逃すかを選択させるプロットを書こうとしているとする。それをプロットの最後に、その男が戦いに敗れた場面の後に挿入することもできる。だが、それまでプレイヤーにそれぞれの選択をとる十分な理由を与えていないとしたらどうだろう? プロットのどこかの場面で、その男が死を与えるに値する人物である、あるいは容赦すべき人物であるという情報を、プレイヤーに与えたくなるのではないか。あるいはプレイヤーの決断の結果として起きることに関する情報を、その場面に至る前に与えたくなるかもしれない。リヴァース・エンジニアリングを行わないと、プロットを書きあげてみたは良いが、合うと思った計算がきちんと合わないまま残されるのを目の当たりにしてしまうことになるだろう。

プレイヤーは何をするだろう?

 新米ライターがプロットを書いていてやらかす一番大きな間違いは、プレイヤーがそれぞれの地点で何を行うか正確に追いかけないことだ。まず不動の「A地点」があって、それはB、C、D地点へと続き、もしかしたら途中の選択肢で分岐していくかもしれない。だがそれらの地点間の結びつきが・・・、曖昧なまま残されている。

 「プレイヤーはアーティファクトを発見し、それからE地点、ゾンビが屍を食らっている場所に向かった」 待て。どうやってそこまで行った? その理由は? 他に選択の余地がなかったのか、通路に従って進むしかなかった先でゾンビと出会ったのか? もしプレイヤーが街中にいて逃げ出そうと決めたら、そこには戻ってくることができるのか? それともゾンビとは二度と遭遇しないのか?

 プレイヤーが行う「かもしれない」あらゆる行動を考慮する必要がある。他の道を塞いでしまうことは可能だが、他のすべての道を塞いで通路を先に進むしかないことにしてしまえば、エイジェンシー(訳注:後述)が損なわれるだろう。それでもプレイヤーが「何らかの」選択を手にしているならうまく行くだろうが、それについてはきちんと書いておかなければならない。書きあげたプロットを他のデザイナーが読んだとき、どうしていいかわからないと悩む余地を残してはならない。さらに悪いのは、他のデザイナーが疑問にも思わず書かれたプロットのとおりに実装してしまうことだ。QAテスターがそのプロットをテストしたときに予期していなかったことをしてしまったり、次に何をしていいか途方に暮れてしまうことになるだろう。

 新人がよくやりがちな別の過ちは、ストーリーを単に起きるだけのこととして練り上げるのにあまりに時間をかけ過ぎることだ。その一切がとあるNPCの周りだけで起きるプロットのアイデアを書いてしまえば(「さて、そこには姫がいて、父が大嫌いで、でもその父は姫を異常に溺愛していて、姫のためならどんなことでも叶えてあげたいと考えていて、でも夫人はそう考えていないのでややこしい関係が・・・」)、プレイヤーの入り込む余地がどこにもなくなる。あるいはストーリーそのままを書いてしまい(「バーで再会した旧友同志が、やがて手が付けられないほどひどい喧嘩をはじめた」)、プレイヤーが実際に行うことのできる行動は、ただそこにいてそれを目撃するだけとなってしまう。

 これらを我々は「ハイ・コンセプト」(high concept)プロットと呼ぶ。一般的には素晴らしい本になりそうなストーリーなのだが、実際に「プレイ」して愉しいものにはならない。

プレイヤーはどう感じるか?

 重要! これは、ストーリーを考えついた時点から、プレイヤーが体験する具体的な場所のプロットに落とし込むまで間のどこかで消えてしまう代物だ。我々は、一番最後にプレイヤーがどう「感じる」ように狙っているかを常に念頭に置いておく必要がある。

 我々はしばしば、我々が「レイザー」(razor)と呼ぶものを思いつく。プロットを記述する簡単なフレイズや文のことだ。「ハロウィングで、ディーモンをやり過ごす- 汚染された墓場」、「インディアナ・ジョーンズがヘルレイザーと出会う」、「街の愛すべき指導者ふたりの間のソフィーの選択(訳注:後述)」などはどれもうまく行きそうな例だ。ただし、後で追加しようとする事柄について是非を判定することができる基準か何かが必要だ。そのレイザーに即しているのか、それとも損なうことになるのか? 書き手はしばしば物事をどんどん追加していく誘惑に駆られてしまうことになりがちで、あるとき突然プロットのペースが損なわれてしまっていることに気がついて驚くことになるか(「プレイヤーが三十分も迷ってしまうことになる『ハロウィング』ってどうなんだろう?」)、あるいは、自分のストーリーの脈絡を喪ってしまう(「インディアナ・ジョーンズって言ったて、このダンジョンにはトラップがひとつもないぞ」)。我々がプレイヤーにどう感じてほしいのかを考えるなら、何がプレイヤーの感情に影響を与えるのかについて考える必要があるし、同時にどうしてプレイヤーはそう「感じないのか」についても、またその場合どうするのかも考えなければならない。

自問すべし。

 優れたQAテスターなら誰でも最初に発する問いは「なぜ?」だ。なぜこういうことをする? プロットはプレイヤーがクエストを明示的に受諾するだけの単純なものかもしれないが、そもそもそのクエストを受諾する理由があるのか? プレイヤーはそれを欲しているのか? それらについて様々な感情を抱くことはないのか? 様々な種類のプレイヤーのつもりになって考えてみることだ。善良な主人公を演じたい者ならどういう理由でその行動をとるのだろう? 単に自分が利口であることを感じたい者ならどうだろう? アクション好きなプレイヤーなら? プレイヤーが経験しないで済むオプションのクエストだったら、答えが「それはしない」である可能性は非常に高いかもしれず、それならそれでいいのだが、そのコンテンツを完全にカットしてしまう代わりに、異なる種類のプレイヤーの行動を促す異なる種類の理由を与える、かつ/または、別な方法を与える方が良い。
 
 同じ問いが、プロットの中の様々な地点に通用する。どうしてそのNPCは良からぬことをするのか? どうして彼はその特別なアーティファクトを手放すのか? 常に答えを説明する必要は必ずしもない。事実、それを続けると(プレイヤーが全てのこまごまとした出来事に疑問を抱くと想定して、問いが発せられる前に全部に応えようとすると)説明過剰の陥穽に嵌ってしまうのだが、自分自身では答えを用意しておく必要がある。そして答えを提供しないなら、プレイヤーが途方に暮れてしまって興味を喪ってしまわないように、いかにもありそうなように話をつくらないといけない。

実例

 私の言わんとするところを伝える最良の方法は実例を示すことなので、そうしよう。短いプロットを造るプロセスを、一歩一歩たどってみたい(そしてプロットがどのように文書化されるのかも同時に示す)。
 二千語を超えない程度の短いプロットを想定している。Dragon Ageのプロットだが、ここで読者の出番だ。次の事柄について意見を述べてくれ。DAOを使うかDA2を使うか(DAIでも良いのだが、それでは中身の文脈が通じなくなってしまうだろう)。プロットの舞台はどこか(具体的な「ハングド・マン」のほうが「カークウォール」より良い)、そしてその骨子(gist)。ここで骨子というのは、「一文以下」であるものだ。
 リブログの中から回答をひとつ選び、それに取り掛かることにする。また、もしよくある種類の間違いをやっている回答があれば、それがどうしてうまく行かないのかも示したい。ご心配なく、別に笑いものにするつもりはない。あくまで指導的意味合いだから(スマイル)。

訳注:
ベース。ゲイダーさんが言うときは、様々なプレイヤーの異なる意見、立場、態度、嗜好。例えば、なにがなんでもメイジは救うべきである、あるいはテンプラーこそ秩序の担い手、宗教に興味なし、など。あるいは、殺生は望まない、やむを得ないなら仕方がない、敵対する者は喜んで滅ぼす。

エイジェンシー。ここではプレイヤー・エイジェンシー。プレイヤーがゲーム内で、まるで自分自身で物事を判断し、そのとおりに行動した(できる)つもりになること。もちろんあくまで幻想ではある。

ソフィーの選択。あちらでは非常に有名な、ナチス・ホロコーストに関する小説。時間がないので詳しくは後ほど。

(追加) 後から書くと書いて、忘れてました。歳だな。

 まー、いまどき検索すれば誰でも90%の情報は手軽に手に入るんですけどね。
 ただし本文記事で「ソフィアの選択」と書いてしまったが、正しくは「ソフィーの選択」(Sophie’s Choice)。失礼。

 小説よりメリル・ストリープ主演の映画をご存じの方の方が多いかもしれない。
 お読みにもご覧にもなってない方のためネタバレは核心部分のとっかかりだけとします、と思ったが物語の構成上、何書いてもネタバレだな。これはやめておこう。

 この映画については、大澤真幸氏が彼の著作の中で(主として核燃料発電廃絶、リスク社会の論点で)かなり詳しく触れているが、映画のほうは、選択できるはずもないことの間の選択を迫られた人はどう振る舞うのか、というお話。
 大澤氏の論点は、自明な選択をどうして人は選ばないのか。んー、DDのB’zの主題歌の歌詞そのまんまですね。

2013年11月26日 (火)

Game Writing – Nuts and Bolts (Part1)

 他にネタもないので、ゲイダー節を続けましょう。
 ゲイダーさんのTumblrから、Game Writing – Nuts and Boltsという最近散発的にアップされているシリーズ。

 以前、ゲイダーさんの”on narrative design”というシリーズを紹介しましたが、そちらはBioWareの(RPG)ゲーム開発にライターの果たす役割は何か、ということが主眼でした。必然的にチームワーク論になってましたね。
 今回はライティングに特化したものになっているのかな。
 
 ご本人が述べているように、全く興味がない向きには意味のない記事です。ですが、ここをご覧いただいている方には興味がある人が多いんではないか(読者は多くないですが(笑))と思います。

 私個人としては、翻訳中毒症状がとまらないため禁断症状が出ないようにするという深刻な理由があるのですが。

*** 

 二人で別のキャラクターを担当しているとき、プロットの会話はどのようにして書かれるのでしょうか。一般的な情報共有がされるのでしょうか。たとえばDA2ホークが鏡についてメリルと話しているとき、それぞれを担当するふたりのライターが同じ部屋に集まって、一般的な情報を共有し、アイデアを出し合うのでしょうか(ファンの質問)

 この質問の真意を捉えるために何度か解釈し直したが、正しく汲み取ったことを願っている。質問者の問題なのではない。疑問の核心に迫る質問を発するためには必ずしも全ての者が(開発)プロセスに精通している必要はなく、開発者と同じ程度に専門用語を理解する必要もない。

 問われているのはBioWareのライターたちがキャラクター・ライティングの責任をどのように分担しているかについてだと「考える」。主要人物は複数のプロットに登場するので、別の者のプールに皆でつま先を浸さなければならないのが厄介なことに見えるのだろう。

 第一に、ここでは「プロット会話」と呼ぶことにするゲームの主要プロットのひとつに登場する会話がある。例えば私はDAOの“Nature of the Beast”と“Redcliffe”を担当したので、それらのプロットに登場する全ての主要な会話について自分で書き、そこに含まれるべきそれ以外のものの総括を担当した。

 一方で「フォロワー会話」は、ゲームのどこで用いられるかに係らず、フォロワーのプロット・アークの一部となる主要な会話だ。多くはハブ(会話が多く発生することになる場所で、DAOならキャンプ、DA2ならプレイヤーの邸宅)で発生するが、必ずしもそうである必要はなく、例えばフォロワーであるアリスターとの会話はレッドクリフに最初に訪れたときに発生する。アリスターについても自分が担当していたのでそこでの食い違いは事実上発生しないのだが、それはあくまで彼のパーソナル・アークの一部を占めるものであって、私が書いたかどうかに係らずRedcliffeのプロットの一部ではない。

 少しトリッキーなものは「インタージェクション」(“interjections”、間投詞、突然挿入される言葉)と呼ばれる部分で発生する。プロットの進行中にフォロワーが発言する場面のことだ。それには二種類あり、フォロワーのパーソナル・アークに影響を与えることになるものの依然プロットの一部である主要なインタージェクション(例えばオーザマー・プロット中の「虚空の鉄砧(かなとこ)」に関するシェイルの発言や、DA2の第二章クライマックスにおいてイザベラが重要な役割を果たす部分など)か、あるいは、フォロワーがプレイヤーの選択についてちょっとした意見を述べるだけ、または、(DA2で多用されているように)ダイアログ・ホイールを通してプロットに直接影響を与えることになる副次的なインタージェクションのいずれかである。

 この場合のやり方は、プロットを書いているライターが(当該キャラクターを書いているライターと別の場合)、主要インタージェクションを挿入する場所に印をつけて開けておく(スタブをつけておく)ことだ。普通は、プロット・ライターがキャラクター・ライターにそれを告げて、後に書き加えられるまで開けたままにしておくことになる。(「シェイルがここでカンカンに怒る、デイヴ、セリフを思いついたらここに書き加えて」。またはキャラクター・ライターと一緒に十分話し合って、思いついた第一稿を自分で埋め込むこともできる。副次的なインタージェクションでも同じことが可能だ。プロット・ライターが問題なさそうに思える最初のスタブを打つ。

 のちにキャラクター・ライターが、いわゆる「話調の統一感チェック(“voice consistency pass”)」を行う。自分で書いていないプロット部分を通して読んで、インタージェクションを探し、開けられたままのスタブを埋め、自分のキャラクターのものとしてすでに書かれたセリフを読んで修正が必要かどうか判断する。またその他にプロット・ライターが思いつかなかったインタージェクションを追加する(「ここはモリガンがゼッタイ黙っちゃいない。私がセリフを加えるつもり」)。

 プレイヤー・キャラクター(PC)について触れていないことに注意してほしい。主人公の話調に責任を持つのはひとりのライターではないからだ。PCはほとんど全ての会話に登場するので、ライターたちはかなり以前から集まって、PCのセリフをどのように書くか細部に至るまで議論する。皆の理解が一致するまでどれだけ努力を費やしても、やはり食い違いが生まれる。メアリーのPCはいつも皮肉を言うし、シェリルのPCは愉快だし、ルークのPCは事あるごとにプレイヤーの意表を突こうとするし、などなど。一般的には、その日にできあがった全てのPCのセリフについて最後にエディターがチェックして、でこぼこがないように不統一を解消する(大変な作業だ)。
 
 バンターはちょっと違う方法で書かれる。みなで集まって、フォロワーたちの関係について話し合う。仲間うちでうまくやっていくかな? 彼らの関係はゲームの進行に連れて変化するかな? 彼ら同志のロマンスの可能性はあるかな? そういった事柄だ。我々はそれぞれのペアについて複数のバンターを用意する。だから私はアリスターのライターとして「アリスター・モリガン」を書き、「アリスター・レリアナ」を書き、そうやって続けていく。裏返しの関係があることもおわかりだろう。レリアナを担当しているシェリルは「レリアナ・アリスター」のバンターを書くので、レリアナとアリスターの間のバンターの半分ずつをふたりのライターで書くことになる。話調の統一感を確認したら、お互いのバンターを見てみて、言葉遣いを少し変えたりする。

 話調の統一感チェックの際に論争を呼ぶこともしばしばある。別のライターがあるキャラクターにとって根本的に「ふさわしくない」(wrong)ことをやらせている場合、ただセリフの言葉遣いを変えるだけでは済まなくなるかもしれない。かなりの議論が必要になる。この場合は当該キャラクターを担当しているライターが最終決定する。あまり頻繁に行うことはないが、介入が必要な場合は例外的にリード・ライターである私が裁定を下す場合もある。キャラクターを担当しているのが個別のライターだとしても、プロット全体に関する、あるいは個別のフォロワーに関する全体の方向性に責任を負っているのは私だからだ。

 どうしてそんなことをしなければならないのか? なぜならライターは至って容易に自分のキャラクターをとりとめのないものにしてしまいがちだからだ。キャラクターそれ自体を面白いものにしようと努力を傾注しているうちに、より大きな目的のためにやっていることを忘れてしまう。キャラクターたちはストーリーに対しても、ゲーム・メカニズムに対してさえも役割を担っているのだ。自分のキャラクターは恋の火遊びが大好きな男だったらさぞ面白いだろう、と担当するライターが考えたとしても、私がこんなふうに介入するかもしれない。「ロマンス相手の彼がそんな風だと、ちょっとおかしなことにならないかい?」 あるいはライターが、そのキャラクターが後に行う必要があるプロット上の要請を忘れてしまったりすると、キャラクターのパーソナル・アークを進展させるために辻褄を合わせる必要が生まれてしまう。そんなことだ。

 そう言うと随分わかりやすくて簡単なように聞こえるかもしれないが、実際には違う。我々はゲーム開発の全体を通じるプロセスについて、時々思い出したように議論し続けることになるのだ。(テストの結果として)キャラクターに関する脈絡が丸ごと喪われてしまっていることに気がついたり、なんらかの変化がもたらされた結果、深刻な「声帯整形手術」(voice lift)(ホッ、ホッ、ホッ)が必要であることに気がついたりするんだ。キャラクターに関するアイデアが書けば書くほど湧き出してくるなんてことはあるはずもなく、むしろ一年前に書いたキャラクター像から今書いているものがまったく変わり果てていることを発見するのがおちなんだ。うぅ。

 (会社全体ではなくても、少なくとも同一プロジェクトに参加している)ライターたちが一つの部屋に集結していることは救いになる。我々は、ライターズ・ピット(Writer’s Pit)と呼ばれるその部屋でいつもやかましく騒いでいる集団だ。部屋の端と端で喚きあい、軽い質問のつもりで問いかけたことが大きな議論を呼び、議論に直接関係なかった者たちまでがそれまで何をしていたかに係らず手を止めざるをならなくなったりする。その会話の中でも私は特に多く発言する役割を担っている。私はそれを「デ・マネジメント」(de-management)と呼んでいる。

 ともあれ、これで君の質問の回答になっているなら幸いだ。

———————-

 表題にPart1とあるのを見落としている人がいるかもしれないが、ライターたちの日常の仕事ぶりについてのこの手の記事をシリーズ化していくつもりだ。とりわけ、ゲーム・プロットがいかにして造られ、セリフの分岐が正しく組み立てられ、リード・ライターとして他のライターたちの書いたもののどこを批判し、どのような一般的なコツを送ることになるかについて書こうと思う。

 一部の人たちには極めて退屈な内容になると思うので、この手の記事がアップされたら気にせず飽き飽きしてもらっていい。そうでない人たちは期待して待っていてくれ。それから少しは読者の声も取り入れて書くつもりなので、プロットづくりのどの部分についてこのチュートリアルを書いてほしいか意見があれば送ってほしい。

*** 

 一回目は、ちょっと考えれば答えがわかりそうなテーマでしたが、逆にゲイダーさんもそんな簡単な答えで質問の趣旨にあってるのかな、という感じですかね。次回以降に期待。

 デ・マネジメントは、「デ・マーケティング」(これはマーケティングの造語としてある)のもじりですね。デ・マーケティングとは、タバコなどそもそも需要を減退させたい商品に関するマーケティングのことでしたが、供給量が限られるので需要を抑制したい商品(Appleのバックログ商法)や、特別コスト高になる一部地域などで売りたくない商品に関するマーケティングに用いられるようにもなっているみたい。
 デ・マネジメントは「俺についてこい、言うとおりにしろ」というスタイルのマネジメントは行わないという意味の洒落らしく、あまり深い意味はなさそう。

2013年11月25日 (月)

全能の神

 ライトニング・リターンズの背景世界観がさっぱりわからないという話は、やりようによってはとても高尚な話になりうる(神の創造した世界の意味をゲーマーごときが理解できるはずがないじゃないですか)のですが、次は、表面上非常に稚拙なレヴェルのお話からはじまる。

・全能の神は、世界が混沌に呑みこまれるのを食い止めることはできない。
・全能の神は、ライトニングの心の中まで見透かすことはできない。

 全能ちゃうやん。

 上のふたつは「全能の神」を例えば「創造主」に置き換えれば問題なく成立するのですが(創造主必ずしも全能に非ず)、現に本編で「全能」と言っていますからね。
 その矛盾に気がつかないで平気なところが日本人ライターの物凄さなのか、あるいは後に触れる逆説を理解して、意図してそうしているのか。

 まず陳腐な反論として、全能の神を信奉するクリスチャニティにだって「悪魔」がいるじゃないかというかもしれないが、あんなの人間の、「教会」の後づけですから。簡単に言えば「異教徒」のこと。

 そもそもライトニング・リターンズの世界には「全能の神」が三柱もいる瞬間に意味不明。しかもうち一柱はすでに滅亡しているとか。それも全能ちゃいますね。「制限つきの全能」というのをぜひ定義してほしい。
 言葉尻を捉えているだけじゃないか、という批判もあるでしょうが、「信仰」とは言葉尻を捉えることである。むしろ捉えられちゃいけない。

 ちょっと待ちなさい。批判しているお前こそがまず「全能」を定義しなさい。
 なぜなら、全能の存在であるなら「自ら食い止めることのできない混沌を生み出す」こともまた可能と考えなければならないはずだからだ。「その内心を自ら見透かすことのできない存在を生み出す」ことも可能でなければ、どうして全能と呼べようか。

 どなたか存じませんが、そのご指摘感謝します。話が少しは高尚なレヴェルになってきたようです。
 しかしお言葉を返すようですが、全能の存在は、確かにおっしゃるように「自ら食い止めることのできない混沌を生み出す」こともできるでしょうし(それができないなら全能じゃない)、後に「それを食い止めることができるよう」に変更することも自由自在なはずですよね。

 あるいは、自ら全能の存在のときに生み出した混沌の拡散は自由に食い止めることができたのですが、その後なんらかの拍子に食い止められなくなったのかもしれないですよね。もっと厳密に言えば、「誰にも食い止められない混沌」を生み出した瞬間には全能の存在だったのですが、生み出した同じ瞬間に「自ら食い止めることのできない混沌」に対峙した、全能ではない存在に変質したのかもしれません。

 いや、全能の神っていうんだから、別段ロジカルな展開に従う必要なんてないだろう、「自ら食い止めることのできない混沌を生み出した」全能の神は、次に「その混沌を自由に食い止める」ことができる、でもいいじゃない。矛盾とかパラドックスなんて被創造物の人間の眼から見た現象であって、全能の神なんて時空だって歪めちゃうんだ。奇跡でなんでもできるんだから。

 これ、いわゆる「全能の逆説」というテーマなんですが、これ以外にも古今東西の哲学者が考えた様々な論があるようです。全能の存在は、自ら全能ではない存在になりうるのか。全能の神は滅びることができるのか。どうぞお考えになって見て下さい。

 ライトニング・リターンズの場合は、全能の神が「全能じゃないふりをして、ライトニングに手助けさせ、試している」というのもあり得るのか。

 そこまでわかって狙って書いているのだと信じたい。

悪辣漢

 Kindle HDX8.9、衝動買いしてしまいました・・・。意志のセーヴィング・スロー、クルティカル・フェイリア(致命的失敗)。しかもオリガミ付き。現有機の処理が遅いとか、画像が汚いとか、Wi-fiで困っているとか、特段理由があるわけでもないので、「軽い」ってところだけしか意味がなさそうだけど。

 すでに三種類活用しているのに、まだいんのかと。自宅各部屋一台を駆使しているという勝間なんとかの向こうを張っているわけではないですが(キライですが)、そういえばあの人、いかにも「タイム・マネジメント」が大事とか言いそう。

 Paperwhiteの新型購入の衝動を自制しただけまだまし(セーヴィング・スロー成功)。
 これでSurface2ゲットがずっと遠のいたけど、あっちはなくても何も困らなそうだし(Kindle新型もなくても困らないけど)。

(正直に理由を言ってしまいましょう。Kindle Paperwhite 3Gをメモ代わりとしても用いて持ち歩いているのですが、知り合いから「それってTVでやってる新型?」と何度も聞かれたことがきっかけになっていると思います。「いや、TVでCFやるずーーーっと前から活用してんだよね」と言っても、新型じゃないと聞いたノンユーザーたちの反応が「ふーん」で終わってしまう世界がイヤ)

***

 Asunderを翻訳しながら色々悩んでいる頃、少し経ってからKindleなどで読んだ本でドンピシャの記述があったりするとこの偶然は一体何ごとかと思ってしまう。しかもここのところそういう事態を再三再四経験しました。
 振り返ってみるに、結局知らないうちにDAとかAsunderに関連しそうな本を読んでいるんですね。ここであげるのは塩野七生氏の例ですが、ローマ帝国についての著作で名高い彼女、良く考えれば最初からドンピシャな本を選んで読んでいたのだ。

 これはAsunder本編にはないのですが、ロード・シーカーの造形が(ある部分斬新だけど)いまいちと感じてしまった私は、「邪悪ではない悪辣漢(あくらつかん)」を描くのは難しいんですね、と書いた。
 誓って言うが、下の文章を「日本人へ」の第一巻で読んだのはその後だ。

 塩野氏のエッセイでは次の場面に登場する。WWIIの日本の植民地における行為に関する一部国の非難についての話題だ。

“東京裁判でも示されたように、どうも日本人という民族は、言語を武器にしての戦闘(バトル)は得意ではないようだ。弁護人には肯定的な意味での悪らつさが必要条件だが、日本の辞書では「悪らつ」を、たちが悪いこと、としか書いていない。これでは、良き結果につなげる手段としての悪らつさ、なんて生れようがない。”

 ロード・シーカーは悪辣漢である。チャントリーの支配にとって必要な行いなら手段を択ばず、躊躇もしない。とはいえ宣誓のうえで審問官に就任した彼は理由もなく無闇に人は殺めない。「理由もなく無闇に人を殺める」、人々の生殺与奪を自分だけの都合で勝手に決めるのが邪悪のひとつの(重大な)類型と考えている私には、彼が邪悪であるとは思えない。

 これをすぐ引用できるのも、Kindle(もちろん電子図書一般もそうだろうが)の検索機能による。ありがたやありがたや。しかも「悪」で引けば、彼女の考える「善と悪」に関する記述を調べることもできる。例えば、次は必要限度ぎりぎりの「悪」について。こちらは、ブッシュ(子)政権で国務長官を担っていたパウエルが退任し、かわりに(塩野氏としては非常に不満な)「学校秀才」でしかないライスが就任したときの話題。

“とは言ってもパウエルにも、外政担当者にとってはとくに重要な、必要限度ぎりぎりの「悪」がなかった。必要限度ぎりぎりの悪とは、御汁粉に入れるごく微量の塩に似ている。誠意という形を維持しつつも相手を説得していくには必要な一種のズルさなのだから、いつどれだけ使うかにはなかなかの技能を要する。あの人は有能な軍人で誠実な男であったにちがいないが、政治家(真の意味の)ではなかったのだろう。”

 事あるごとに彼女がマキャベリズムを参照していることをご存じの方には説明を要しないと思います。ですが、ほぼモノカルチャーな日本は(無理なのは)ともかく、その種の「悪」を他でもないアメリカに求めるのも土台無理な話ではないのかという疑問もわきますね。

 それに関する彼女の主張についてもどこかにあったと記憶しているので、検索すればすぐ見つかる。今度はイラク戦争時におけるアメリカの戦後ハンドリング(がプアなこと)に関する話題の中で、アメリカ一極集中の功罪について。彼女は少なくとも責任の所在が明確である点は指摘するものの、世界の裁判官としての資格については疑問を呈している。

“しかし、問題はアメリカ側にある。アメリカ合衆国は多くの人種の混合体であり、ゆえにアメリカ人は他民族との共生に長じているとの見方は、私には大変疑わしい。アメリカ人は、自分たちの国に来て仕事をしたいと願っている他民族との共生には慣れていても、アメリカには行きたくなくあの国とは関係を持ちたくないと思っている他民族との共生となると、その成果としては半世紀昔の日本をもち出さざるをえなかったことが示すように実績にとぼしい。”

 ご本人が「要約」するのもされるのも好きじゃないと言われているように、「一部引用」も本当は危険。とはいえ、こちらは一旦全編を読んだ後ですのでご容赦願いたいと思います。

 DAやMEが(開発者にはアメリカ人も多く含まれているでしょうが)元々カナディアンの手で生まれた、ってのも意外と必然だったのかなあとも思います。帝国内部にいると帝国の本当の姿は描けなさそうですもの。

タイム・マネジメント

 先々週にはAsunderもうまいこと最後までたどりついたので、先週末(昨日まで)には「ライトニング・リターンズ」に没頭できるかなと思っていたのですが。

 んー。

 着せ替えギミックとかそういうのはなかなか面白そうだし、背景となる世界観は依然としてまったく意味不明だけど、ヴィジュアルそのものはなかなかいいので見た目ではあまり文句はない。
 バトルシステムはXIIIシリーズの間はもう変わらないだろうと諦めてしまっているので憤りを抑えることができないわけではない。ときたま出会いがしらの交通事故みたいなバトルに巻き込まれるが、そういう敵はとりあえず避けとけばいいだけなのでしょう。
 これでもかと放ってくるアイテム・ガジェット類はJRPGならではの種類の豊富さで、蒐集癖をくすぐるのはさすがに優れているポイントだと思う。

 ところが・・・。
 タイム・マネジメント(笑)。

 それぞれのクエストにどれだけ時間がかかるか見積もる材料も与えられないのに、タイム・マネジメントも何もあったもんじゃないんだよな。最初はあてずっぽうのギャンブルにしかならない。
 そういう試行錯誤を繰り返せということなのか?

 「タイム・マネジメント」というと日本人は何か非常に恰好がいいことのように勘違いするが、ようするに言っているのはただの「工程表管理」。ガント・チャートやPERTと一緒(これらもまた「格好いい」と勘違いされる用語ですが)。
 官僚とかエンジニアの世界の発想ですよね。
 つまり「あてずっぽう」、「やってればなんとかなるさ」の対極にあるものなんですが、それは、限られた時間で達成すべき目標が予め厳密に決まっている場合に威力を発揮する。「マンハッタン計画」では核爆弾、「ポラリス計画」では弾道ミサイル搭載潜水艦、「アポロ計画」では有人月着陸、ヴィデオ・ゲーム開発では出荷製品・・・。「小泉改革」では・・・、よくわかんなかった。

 何やらされるのかわからないのに(時間的余裕の按配も知らされないのに)「マネジメント」しろって言われてもね。ぶっちゃけ試行錯誤パズルの世界ですね。

 またしても思いつきデザインかあ・・・。
 XIII-2の時空移動システムは好評だったのかどうか知りませんが個人的には悪くないと思っていたのです。毎回捨ててしまうんですね。

 せっかくの描きこんだヴィジュアルも堪能する暇など与えないのはどうなんだろう。

 もちろんかつてのFFを含め、様々なRPGゲームで「時間制限」ネタは用いられてきましたが、それはあくまでゲームの味付け、パズル編としてスリルを持ち込むための趣向でした。全編パズルってのはさすがにない。
 ヨーイドンでマップを必死に駆けずりまわり、ムーヴィー・シーンに到着したらぐったりして画面をぼんやり眺める。それが終わればまたダッシュ再開。その繰り返し。部活かよ。

 週末の午後をコントローラーを手にまったりと、アンニュイに過ごすつもりだった私にとって、これはない。知らないうちに嫌になったらしく、気がついたら「閃のなんとか」二周目をやっていました。

*** 

 アトラスのティザー・サイトについてすっかり忘れていましたが、P5(on PS3)がアナウンスされた(2014年冬発売)。
 ついでに世界樹版ペルソナ?(on 3DS)なども同時発表(発売は2014年6月)。個人的にアリーナ版は興味ないけど、それで儲けてもらってP5などへ開発資金が回るならいいことか。
 それらは良いニュースとして素直に喜んでました。

 ドラゴンズ・ドグマは課金カードゲームにいっちゃうし(それで儲けてDD2が開発されるならいいんだろうが)、せっかく予期せぬヒットを放ったのにやっぱりそっちかよ、と思ってたところなもんで。

 そういえば、あちらじゃPS4ってもう売られてるんですね。あ、XOneも先週発売されたのか。
 日本はコンソール激戦地じゃないから後回しとか、釣った魚にエサはやらないとか、XOne日本ローンチ未確定だったから後回しにしたとか色々言われてるけど、結局日本の開発サイドが追いつかなかったってことですか。任天堂もへたり気味なんで、戦いのないところに無理に戦力投入しないというのはビジネス資源の稀少性を考慮すればセオリー的には合理的なんだろうけど、ほんとにそれだけかねと思ってしまう。

 PSVita、有機ELから液晶にスペックダウンしたのはSonyらしくないと思っていたが、業界方面に詳しい人の説によれば(スマホ向け出荷が優先されてしまう)有機ELのマニュファクチャリング・ボトルネックが辛かったからとか。ボトルネック(これも工程表用語ですが)があるということは、つまりVitaは売れている、つうか売れる機会を逸していた(機会損失が生まれている)ということを意味する。たしかに(2000投入後の数字でしょうが)日本国内なら週間販売台数はあっという間に3DSを凌駕した。この話信憑ありそう。

 P5、本当はVitaでやって欲しいけど、お金のないアトラスに無理は言うまい。PS3で儲けてもらってリメイク・・・。いつのことやら。

2013年11月22日 (金)

デジタル・リアル・リダンダンシー

 リアル・リテール書店に連日出向くのは本当に久しぶりでした。
 すでに書いたとおり、マーティンの「氷と炎の歌」シリーズを現物(紙)で買おうか、Kindle版を買おうか、それともどっちも買おうか(どっちもやめようか)と逡巡していたため。
 横に並んでいた「エルリック・サーガ」(外伝も含む)全巻と似たような分量なので、読むのにどんだけ時間がかかるは推定できる。それよりも置き場所に困るような書籍は買わないと誓ったはず(ちなみに私、「ブック・●フ」は買うのも売るのも大嫌いです)。

 Kindleストアのプアなところは(いずれ改善されるだろうが)、よく指摘されているように「発見」がないこと。目指すものを探すのは検索が便利ですが、書棚を漫然と眺めて面白そうなものを見つけることはできない。「一覧性」ではまだまだ。「あなたへのお奨め」についてはプアなAIが「死ねばいいのに」みたいなものを奨めてくるのでさっぱり価値なし。

 塩野七生氏のエッセイ「日本人へ」は文藝春秋でたまーに読んでいましたが、雑誌自体つまらなくなったので最近はご無沙汰。新書三巻目が出たのを見てで、あわててまとめて読もうとして第一巻から三冊手に取ってレジに向かう途中、はたと気がついた。

 これ、Kindle出てるんちゃうん?
 とはいえ書店内でスマホ検索することは上品な私にはできない。アパレルで試着しておいてから、その場でいきなりスマホでネット・ショッピングをはじめる厚顔無恥なおばちゃん、失礼、中年女性の真似は誓ってできません。

 いっぺん外に出て検索するか(なんの違いが)とも思ったのですが、とりあえず新刊の第三巻だけリアルを買ってから、そうしようと思った。一種のギャンブルだが、まあ新書一冊だからね。
 ところがレジへの途中で今度は昔たまに読んでいた井上(章一)教授「日本人とキリスト教」をスポット。あれ、これ読んだことあるかなあ、まあ文庫だからいいかとそれもレジに持っていこうとして、はたと足をとめた(学習しよう)。

 これ、デジタルあるんちゃうん?
 角川ソフィア文庫のありがたいところは、「デジタル版もあるぜ」とちゃんと帯に書いてあること。
 (のちにKindleで購入)

(後にわかったのだが、井上章一教授は「美人論」しか読んでいなかった。私がよく読んでいたのは小松和彦教授。どこも似てないやんとか浅学の徒が言うべからず。小松教授は国際日本文化センター所長。井上教授は副所長。だから混同しちゃったの。「美人論」というタイトルはおそらく小松教授の名著「異人論」へのオマージュ。どっちも面白いが、ここの読者には「異人論」おすすめって、「死ねばいいのに」と言われたりして(笑))

 さらにその先で野矢教授訳の「ヴィトゲンシュタインの講義」を発見。かなり分厚い文庫ですがこれは躊躇なく手にした。なぜならこの手の書籍はゼッタイにKindleにはなっていないと確信したから。

 書店から出て得失を勘定。塩野氏のは予想通り第一巻、第二巻がKindleにあって、第三巻がない。
 野矢教授訳のものはKindleになかった。
 パーフェクト!(CV:「閃のなんとか」のサラ教官)

 それで思いましたね。日本人は本好きだから書店にたむろしてるんじゃないね(アメリカ人一般はKindle以前、実は本はほとんど読みませんでした)。

 狩猟採集(漁労)民族の出だからだ。「発見」を求めているんだ。食糧・生活物資の類はメガストアやコンビニにいけば整然と並んでいるから、それらを「発見」する必要はない。そうできない欲求不満を書店でぶちまけてるんではなかろうか。

 ラノベ以外では、くだらないノウハウ本、半可通向けビジネス本しかデジタル化されてないと怒っていましたが、ようやく状況は改善されてきました。まだまだこれからでしょうけどね。

 今の悩みはVitaの稼働率を向上させようとするあまりに、コミックについてはSony Readerで集めてしまったこと。残念なことにKindle版からはるかに遅れて出るのだ。デジタル化の数が圧倒的に違う。こんなに競争に負けてるなんてしらなかったのだ・・・。
 とはいえもうすぐ100冊になってしまうだろうライブラリ。今更Kindle版に乗り換えるのもどうかと思うし。
 一方、はるか昔にちょっと利用して、それ以来定期メールだけはもらっていたe-Book Japanが東証一部上場なんですって? うーん。団塊の世代向け?

 以前ご紹介した、エーコの対談本、「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」。
 デジタル化されていました(苦笑)。

 本文中でエーコと対談者が「日本じゃセルフォン(ケータイ)で小説読んでいるらしいぜ、なんじゃそれ」と失笑していたのですが、あえてデジタル化に踏み切った出版サイドはガッツありますね(笑)。

2013年11月19日 (火)

Banality of Evil

 岩波ホールで上映中の映画「ハンナ・アーレント」が連日大入りという記事を色々なメディアで目にしました。下はそのひとつ。(おおかた火をつけたのは他の新聞でしょうが、あいにくそちらは購読していない)

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/131112/ent13111210020007-n1.htm

 知る人ぞ知るユダヤ人哲学者の彼女(亡命後アメリカ在住)は、ナチスのホロコーストに深く関与したアドルフ・アイヒマン(ナチス・ゲシュタポのユダヤ人課長であった)の裁判傍聴記をニューヨーカー誌に書いたおかげで、世界中のユダヤ人コミュニティから総スカンを受け、親友からは絶交され、大学教授の職まで追われそうになる。轟轟たる非難を浴びたため、原文英語の連載記事はヘブライ語以外に翻訳すらされていない(というのがWikipedia(en)の記述で、日本語訳は実はあります)。

 アイヒマンが命令に従ったのは思考停止(thoughtlessness)によるものであり、「悪の根源は凡庸である」、「悪は陳腐である」というのが、自身ナチスから逮捕され、収容所から脱走してレジスタンス活動に従事したことのある彼女の結論であった。(悪の陳腐さ、”Banality of Evil”は彼女の造語)

 ナチスは誰であっても「極悪非道」でなければならないと断定する世論(ユダヤ人・コミュニティがアメリカ・メディアを牛耳っていた)から受け入れられるはずもなかった。ホロコーストの犠牲となった無数の同胞たちへの態度としてあまりに冷酷無比である、という非難が巻き起こる。

 後に、アーレントは裁判の一部しか傍聴しておらず、他は裁判記録を閲覧しただけであって、故にアイヒマンの人格を十分に評価することができず、自説を展開するために事実を曲げたという批判が出ているようですが、それを置いておいても、彼女の「発見」は個人的に非常に腑に落ちると言わざるを得ません。

 あそこまでの組織的な殺戮を、あるいは歴史上繰り返された様々な殺戮を、当事者たちが狂信者(fanatics)や反社会的人間(sociopaths)だったからという理由だけで説明するのは無理がある。必ず何の批判もなく指示に従っただけの大勢の普通の人々が介在しているはずである。

 「秩序にして中立」(lawful neutral)がもっとも危険なアライメントと考えたほうがいい。よく裁判官(the Judge)のアライメントなどと呼ばれますが、むしろ命令に忠実なだけの兵士・官吏が大多数でしょう。そもそも裁判官ですら法の要請に手足を縛られているだけの存在である。

 そしてこれらの人々は、則る法(秩序)が変わってしまえばいとも簡単に、それこそ列車かバスのように乗り換えてしまう。戦意高揚の軍歌を作曲して顕彰された同一人物が、今度は占領軍のもたらす価値観を称揚する行進曲を作曲してまた平気で表彰されたりする。

「狂人とは理性を失った人ではない。狂人とは理性以外のあらゆる物を失った人である」
 チェスタトンの警句は重い。

 劇場に出向く時間が取れなさそうなので、映画自体は英語版(あるのかな)を取り寄せて観るつもりです。

2013年11月17日 (日)

【DAI】Dragon Age Asunder(コメント10完)

 おっと、ひとつ忘れていた。ランバートが用いた「エイドララの連祷」はDAOに登場していましたね。個人的には、初回プレイでその使い方を完全に勘違いして、フェラルデン・タワーを悲惨な結末に導いたことが今でも思い出されます・・・。

 感想と言っても、ご覧のとおりの内容ですし、最初から言っているようにそないビックリするほど面白いわけでもない。

 ゲーム関連小説だから読んだのであって、そうでなければ手に取ることもなかったでしょう(出版されることもなかったでしょう)。

 BioWare亡者であっても「信者」ではないので、なんでも星五つなんてバカ、失礼、アホな評価をすることもしない。 

 しかもテーマは、自由、正義、信仰。それぞれひとつだけでも山のような真剣な議論がありうるのに、冒険や活劇まで織り込んで何か答えが出てくると思う方がどうかしている。

 DAシリーズがなにかと比べられるジョージ・R・R・マーティンの「ゲーム・オヴ・スローン」関連ファンタジー小説群。「氷と炎の歌」シリーズ。待ち時間ができたので久しぶりに大きなリアル書店に行って現物を手にしてみたが(以前持っていた第一巻と装丁が異なるので再刊された? 新訳?)、あまりの分量なのでそこで買うのは断念した。Kindleで読めるようになったら読もうか程度。って、今調べたら出とんのかい! さっそくお試しで読んでみるか。

 そちらは曼荼羅のように込み入った人間模様が売りであって、どう考えても自由とか正義とかに踏み込んでいるはずがない。だってマーティンだから。 

 ゲイダーさんは敢えてそこらに踏み込んだわけですが、果たしてどうだったでしょうか。
 むしろ個人的に良かったのは殺害事件の謎解き趣向。あとは馴染みのキャラクターたちのカメオ出演。 

 エヴァンジェリンやエイドリアンのようなエキセントリックな(過激な、信念を断固として曲げない)キャラクターたちは、答えを最初から決めているのだから楽。かつてとは違う人物に生まれ変わったランバートも行動の予測はたやすく、それ以外には信念を愛情のために曲げたウィンがいる。

 結局のところ、そういったキャラクターたちに触れたリースが一本立ちするという物語です。自由とか正義について、これからのことについて思い悩むのは実はリースしかいないんです。自分の過去の行いを後悔する登場人物は色々いるけど。 
 固い信念がなかったが故に、思い悩んでいたが故に、そういう立場に立たされる。

 ウィンのくだりについての感想は人それぞれでしょうし、最後はそうなるとわかっていたって確かに心を動かされはしました。ですが息子への愛(自己中心的な愛)が他者への愛(博愛です)を上回るなんて、ほんと大丈夫かなと思いました。ゲイダーさんは敢えてそういう疑問を提示したつもりなんでしょうけど、ウィンのその行動は、エイドリアンが彼女を指弾したように「偽善」であっただけではなく、一神教の世界では実はメイカーに対する冒涜なはずなんです。ことほど左様に博愛を貫くことは難しい。家族愛は盲目的である。アーチメイジですら復讐の炎の誘惑に負けそうになる。よって人は愚かで、原罪を背負っていて、悔い改めなければならない。クリスチャニティのロジックですね。
 得体の知れなかったコールまで救おうとしたリース、のちにエヴァンジェリンが実は「博愛」を体現しているのはおわかりでしょう。

 本編中でもリースが述べているように、ロード・シーカーはただの一つも嘘をついていません。不用意なことを敢えて知らしめないという手口は用いますが、官僚なんてだいたいそんなもの。
 ランバートは、あくまでメイカーの教え(正しくはチャントリーの教え)に誓いをたてて任命された高級官僚(審問官)ですから、その教えを逸脱するようなことは決してしない。そこはゲイダーさんも流石だなと思いました。それも自己保身ではなく、彼なりの信念と権限に基づいて行動しているのですが、その信念の前提となる発想、全てのスピリッツは危険である、よって全てのメイジは危険である、それが誤っているかもしれないというのがAsunderのテーマのひとつでもあったわけです。
 彼の峻烈さがかつてブラック・ディヴァインに裏切られたことに対する慚愧の念に由来するというのは、前にも書きましたがちょっと陳腐かな。 

 コールについては、謎解きの題材としてはなかなか面白かったのですが、夢ネタが嫌いなこともあって最後のほうでは辟易してました。もちろん、ランバートの(もしかしたら誤っているかもしれない)信念の前提を打ち砕く可能性として登場してきたので、重要人物には違いないのですが。 

 彼(の実態)がDAI新登場と言われる「絶望」のディーモン、ディスペアなのかなと思いましたが、あたるかなあ。

 ディーモンと言えば、意外にもファラモンドの造形には味わいを感じました。あるいはリースが幼い頃師事していたメイジとか、エドモンドとか、もちろんウィンとか、ゲイダーさんの描く老メイジはいいですね。本人そんな歳でもないんだけど。それと名もないテンプラーたちも、お約束ではあるのですがまあ面白かった。主要登場人物以外でセリフをそのまま訳そうと思ったのは地下道を捜索するテンプラーたちだけでした。

 シェイル、レリアナのカメオ登場はただ素直に喜んだ。彼女たちのセリフは(声優まで覚えているから)訳を思いつくのも楽ですね。それを言ったらディヴァインそのお方も(DAOのDLCに登場していますから)再登場なんですが。 

 さて、Asunderにおける自由と正義ですが、結局よくわからないという結末なのでほっとしました。メイジ糾弾の根拠となっているスピリッツとの関係を究明するほどにはまだ何もわかっていない、というのが結論。

 ゲイダーさんがデモクラシー(クリスチャニティ)の危うさを描くために登場させたかもしれないのがエイドリアン。彼女は(もしかしたらフィオナも)メイジが自由を勝ち取った暁にはあっという間に専制者となるか、あるいはその危惧を感じた者によって殺されるでしょうね。生き残った場合はノンメイジ相手だけではなく、同僚のメイジ相手にも、チャントリーとは異なる形の抑圧をはじめるのでしょう。自由と正義の美名のもとに手段を選ばない彼女の行動原理は、すべての権力をその手に握ろうとするランバート、急進的なテンプラーと何ひとつ変わらない。

 コールが、赤毛はいつも自由と正義について議論しているが、自分でも何を言っているのかわからないのだろうと指摘するくだり。ゲイダーさんてば、ちゃんとわかって書いてるんだなあ、と思いました。彼女に愛想を尽かしたリースが、「君にはなにもわかっちゃいない」と吐き捨てるように告げるのも、「知らずを知る」ことのできない相手への最大の侮蔑でした。

 対してエヴァンジェリンは、もう一方の過激派。ただし本当の意味の正義と善を体得した女性パラディンとして描かれている(しかも最後にはメイカーの恩寵を得たのか、復活までしてしまった!) 。

 リースの最後の演説は、困難な問題を二元論にあっさり帰さないための慎重さがにじみ出ている。過去を否定するのは革命であり無政府主義。過去に安住するのが守旧であり伝統主義。彼の演説は、敢えてそのどちらの立場にも取られないように言葉を選んでいる。本当の選択肢は服従するか、戦うかではないんですね。ふたつきりでもない。

 彼が戦いを選んだのは、過去の歴史を破棄するためではなく、未来の可能性を手探りするため。自由とは何か、正義とは何か、それらの答えを手繰り寄せるため。

 まさかDAシリーズの作者がくだらない結末に走るとは思っていませんでしたが、正直ほっとしたという感じでした。まあ、そういうわけでビックリするほど面白くはないと思いますけどね。 

 Asunderの紹介も終わったので、残された問いはたったひとつだ。これからどうするか?

 来年までなにしてましょうかね・・・。
 ライトニングが帰ってくるまで、とりあえず(続編でくだらない二元論をやらかしそうな香りがぷんぷんしている)「閃のなんとか」の二周目でもやるか(まだやっとんのかい)。 

 

 

 

 

 

【DAI】Dragon Age Asunder(コメント9)

 ご覧のとおり、最後のほうは(自称)要約を放棄しました。
 そのほうがあり得ないほど楽。生産性数倍違うし、たぶん品質も上。

 結果的には込みいった結末を逐一なぞったほうが良かったとも思います。まさにhindsight、後智恵ですが。 

 ビタースウィート・エンディングが好きだというゲイダーさんですが、言うは易く行うは・・・。やはり総体としてビターなエンディングになった。ウィンのくだりが辛うじてビター・スウィートでしょうか。

 ゲイダーさんは、DA小説は「正典」ではないと何度も断っていますし、ウィン、シェイル、アーヴィングなど過去ゲームの登場人物はプレイヤーの差配で生きも死にもしているはずなので、それも当たり前。またDA2アンダースについては作中で何度か触れられているものの、彼がその後どうなったかは不明ですし、ホークについては一切触れられていない。DA2をプレイしたプレイヤーの判断と齟齬が出ないようにしたとのこと。DAOウォーデンの行方も小説で示されることはありませんので、主役(アンダースは当然DA2のもうひとりの主役である)とウィンなどの脇役では扱いが違うということでしょう。 

 この小説がDAIにどのように関わりあってくるかですが、過去の小説がDAO、DAOAのプリクエル扱いだった例からみても、かなりの部分が参照されることになりそうです。そのため、敢えて梗概レヴェルではなく、自称要約レヴェルでの紹介を試みたのですが、んー。 

 まず、先の二章+エピソードの内容に関するコメントをしてから、全体のテーマについていくつか感想などを。

 原文については通勤時も含めて結構読み直すことになるとわかっていたので、TOR版ペーパーバックの他、Kindle三台にアンドロイドのスマホを駆使して読み込むことになりました。

 Kindleにはハイライト(赤線、ラインマーカーを引くもの)機能、コメント、メモを付す機能があり、ネットで公開することもできる。ポピュラー・ハイライト機能を用いれば、数多くの読者が同じ文章にハイライトを付けた部分がわかるようになっている。
 といってもゲーム関連小説のAsunderですから、多くても十数人がいいところです。

 あちらのにいちゃんねえちゃんが印をつけているところは「なるほどね」という部分が多い。

 例えば、前二章からはずれますが、タワーに潜入中のエヴァンジェリンが出会ったエルフのトランクィルのセリフ。

 "Obedience is prudent. To interprret it as a lack of free will be an error."

「従順さは分別の現れ。それを自由意志の欠如のように解釈するのは誤りである」 

 格言めいてますね。他の書籍なんかでみても、どうやらあちらの人たちはそういう格言とか警句、あるいは箴言(しんげん、教訓めいた言葉)のような部分にハイライトを付ける傾向がある。

 これは原語圏(英語、あるいはアルファベット言語圏)の特権かなあ。翻訳を介すると解釈は十人十色になる。「公式」翻訳版のある「聖書」ならともかく、いやそれだって言葉は揺らぐ。(有名な「わが名はレギオン、われらあまたなるが故に」が今は通じず、「我々は大勢であるが故に」になってるとか・・・、ゆとり教育のせいですか。リズムも味わいも何もかもめちゃくちゃ)
 日本ですと仏典(しかも漢語訳)などが警句・箴言によく用いられますけどね。それも原典がはっきりしているから。今回のAsunderでも仏教関係の言葉にはだいぶお世話になっています。

 前二章ですと、やはりここ。エヴァンジェリンの父の教え。

 "(T)yranny (is) the last resort of those who (lost) the right to lead."

「専制とは導く資格を喪った者たちの最後のよすが」 (原文は父の言葉の引用のため時制が過去)

 まさにその通りなんですが、ゲイダーさんは「クリスチャニティ」あるいは「民主主義」こそがその恰好の例であることに気がついているのだろうか。「導く資格のない者たちが導く者を選んでいる」ことがわかってるのかなあ。Asunderを読むと、少し心配になってくる。

 私はむしろ、Mass Effect 2にも(逆の意味で)用いられていた、この文章が心に残る。

"A fool is a man who reaches beyond his grasp. A fool is a man that refuses to accept there are limits to his knowledge."

「愚か者とは、知りもできないことを知ろうとする者。愚か者とは、自分が知りうることに限りがあると認めない者」 

 最初の文がロバート・ブラウニングの(あちらでは)至極有名な言葉であることも、ME2のおかげで知ったのでした。

"Ah, but a man's reach should exceed his grasp, or what's a heaven for?"

「(何をおっしゃる、)人は手の届きそうにないところまでも目指すべきなのですよ。そうでなければ天国は何のためにあるのですか?」

 ただし、こちらは神、信仰そのものがテーマであり、意味も「手を伸ばせ」である。ME2でも、科学の力を過信して踏み込んではいけない領域に踏み出してしまった科学者の言葉として用いられていた。

 二つ目の文はもちろんソクラテス(というか記述したのはプラトン)、あるいは孔子(論語)を持ち出すまでもなく、古今東西あまりに普遍的に用いられている「賢者」の定義に由来する。無知の知。知らざるを知る、これ知るなり。 

 実はこのような警句めいたセリフは、(ディヴァインのものがちょこっとあったが)ここまで非常に少なかったのですが、ゲイダーさんもクライマックスまでためにためて連発している感じですかね。 

 べた訳のほうが楽といいましたが、たったひとつのセリフで長く呻吟することも。

 ロード・シーカーが捨て台詞を吐いて立ち去る場面、ウィンは"Not today."と言い返すのですが、うーん。たしかに「それも今日じゃない」って意味はいいんだけどそのまま訳せないんですねえ。日本語の「今日」とは違うニュアンスがあるから。 

 チャーチルがWWII「仏国の戦い」(the Battle of France)のときの有名な演説で用いた"our finest hour"(実際の原文は"their finest hour"、将来の大英帝国コモンウェルスの者たちがチャーチルの時代の者たちについて語っているから)のhourも手ごわい。「栄光のとき」でだいたいいいんですけど。裏返しに”(the) darkest hour"ってのがあります。

 ちなみに「ファイネストアワー」と言うヴィデオゲームは直接関係はないが、アヴァロンヒルの往年のボードゲーム"Our finest hour"は「英国の戦い」(the Battle of Britain)がテーマなのでもろ。ヴィデオゲームのタイトルもそこからとったかな。

 どこかで聴いたよなあ、と思ったら「指輪物語」三作目("The Return of the King"、2003)、ブラック・ゲート前でアラゴーンが兵士を鼓舞するときのセリフ。でもそっちは"(I)t is not this day!"、「(いつか人の世が滅ぶときがくるとしても、)今日はその日じゃない!」ですね。

http://www.youtube.com/watch?v=EXGUNvIFTQw

 ハリー・キャラハン刑事の有名なセリフ、"Go ahead, make my day."("Sudden Impact"、1983)は「やれるものならやってみな」ですかね。これらの連想からウィンのセリフを訳してみました。 

http://www.youtube.com/watch?v=3ishbTwXf1g

 「受けて立つわ」。うーむ。今でもまだ悩んでいます。

(追加)"The Delta Force 2"(1991)、チャック・ノリス兄貴扮するマコイ大佐の映画最後のセリフ。これが一番ぴんときた。「言ってろ(ぬかしてろ)、ボケ」。ウィンの発言もそういう意味ですね。

"Not today, asshole."

(追加終わり)

 

 感想も書きたかったが長くなったので次回(笑)。

(蛇足)

 あたしの時代の英雄たちには上に例示した方々が含まれてるんですが、上のYoutubeにもあるハリーのセリフは当時も笑っちゃいましたねえ。imdbから。

"Well, we're not just gonna let you walk out of here."
"Who's we sucka?"
"[slowly drawing his .44 Magnum] Smith and Wesson... and me."

「俺たちからは逃げられんぞ」
「俺たちって誰だ(お前の他に誰がいるんだ)、ボケ」
「スミス・アンド・ウェッソンと、俺だ」

【DAI】Dragon Age Asunder (Epilogue)

 自室に戻ったロード・シーカー・ランバートの顔は満足げに紅潮していた。黒いクロークを手早く脱ぐと、付き従ってきたエルフの小姓に放り投げる。十五名の騎士団長たちが一堂に会していたが、誰一人反論する者はいなかった。皆何を為さねばならないかわかっていた。内心忸怩たるものを抱えている少数の者たちは黙し続けるか、そうでなければ他の者に置き換えられるだろう。

 大軍が召集され、アンドラルズ・リーチにたむろする惨めなメイジどもはそれによって一蹴されるか、あるいは籠城して餓死することになるが、どちらでも大差はなかった。彼らの死が後に続く者たちへの見せしめになる。サークル・オヴ・メジャイはなくなったが、真の平和をもたらす力を有した新しい秩序がすぐ代わりに生まれるだろう。チャントリーですらしくじった役割を、メイカーそのお方が見守られる中、シーカーズ・オヴ・トゥルースが代わりに成し遂げるのだ。

 「手紙の用意だ、小僧」彼がぶっきらぼうに告げる。
 小姓は怯えて悲鳴を上げそうになり、クロークと一緒に持ってきた紙まで床に落としてしまった。ロード・シーカーは小姓がそれらを拾い集める姿を苛立たしそうに見つめている。少年はクロークを壁に掛けると、小さな机に座って震える手でペンをインク壺に浸した。

 「メイカーズ・ブレス、小僧よ、もし読めもしないような出来栄えだったら、お前の皮を剥いでしまうぞ」
 小姓は息をのんだ。「畏まりました、閣下」彼の手の震えは止まったが、その息遣いは乱れていた。少年がその場で絶命することなく手紙を最後まで書き終えたなら、ランバートはそれを幸運と感じるべきだろう。もっとも手紙が今晩中に書きあがって届けられるのなら、それですらどうでも構わない。彼は手紙の内容を口述しながら鎧を脱ぎ始めた。

―――

 至聖なるお方。 

 シーカーズはあなたがこのたびの叛乱に果たした役割について十分承知している。あの夜中に、あなたが私を「緊急の」要件でグランド・カシードラルに召喚したのは、至極些末なことを伝えるためであったようだ。私が帰投したときホワイト・スパイアは混乱に見舞われており、しかもアポステイトたちの中には、あなたの手の者の姿もひとり含まれていた。 

 私が見過ごすとでもお考えだったのか? それらの所作の科(とが)も問われず済ませるお考えか? チャントリーがかかる無能な女性を日輪の玉座に頂いている今このときは不遇な時代である。長きにわたって伝統と正義が築いた成果をあなたが破壊する間、私が手を拱いて見ているようなことはない。

 ディヴァイン・エイジ二十年にネヴァラ合意が締結された。シーカーズ・オヴ・トゥルースは独自の旗印を下ろしてチャントリーの右腕の役割を担うことに合意するとともに、双方の組織がともにサークル・オヴ・メジャイを創設した。サークルがもはや存在していない今、私はここに、かかる合意の効力がすべて喪失されたことを宣言する。もはやシーカーズ・オヴ・トゥルースもテンプラー騎士団もチャントリーの権威に服することはなく、我々はメイカーのお勤めをそう期待されるとおり、我々がふさわしいと考えるとおりに担っていくことにする。

 ドラゴン・エイジ四十年の本日署名
 ロード・シーカー・ランバート・ヴァン・リーヴズ

――― 

 彼は机に歩み寄ると、小姓がちょうど書き終えた手紙を奪い取った。それに一通り目を通すと、彼は満足げに頷いた。「私の封蝋を押してサー・アーノードに直に手渡せ。これを彼自身がグランド・カシードラルまで届けるように告げよ。彼自身が、だ。わかったか?」

 「畏まりました、閣下」小姓はあまりにあわてて部屋から出ていこうとしたため危うく転びそうになった。扉をピシャリと閉めたランバートは思わず笑顔を浮かべた。彼はディヴァインが手紙を読んだときの様子を想像した。テンプラーなくしてチャントリーは牙をもがれたも同然である。口舌のみで身を守らざるを得ない老婦の集まりでしかない。彼女はどうするだろうか? メイジどもを恐れよ、囲い込めと長きにわたって教えてきたにも関わらず、今度は全てが変わったとでも告げて人々を説得しようとするのか?

 三日のうちにテンプラーの軍勢がアンドラルズ・リーチに向かって進軍する。うまく行けば彼が凱旋する頃にはチャントリーにも分別が生まれ、新しいディヴァインを選出していることだろう。今度は、シーカーズが手にするにふさわしいずっと強固な権限を与える新たな合意を望んで締結しようとする者に。

 ロード・シーカーは残りの鎧を脱ぎ去ると、照明石の灯りを消して寝台に潜り込んだ。今夜はよく眠れそうだ。間もなく彼は英雄になり、メイジどもは元の立場に引き戻され、この世は正しい姿に戻る。まさしく実りある一日であった。 

 ゆっくりと眠りに落ちそうになったとき、彼は何かがおかしいことに気が付いた。闇の中の音、彼の部屋の扉が開くときのような擦れる音。即座に彼は寝台の横に置いた剣に手を伸ばすが、それを掴む前に何かが彼に覆いかぶさって来た。男が彼を抑えつけ、その喉元にダガーを突き付ける。彼は凍り付いた。 

 窓を通したぼんやりした月明かりを手がかりに、侵入者のもつれた金髪を一目見た彼は相手が誰か即座に理解した。「ディーモン」と彼は唸り、肌に押し付けられた刃先の痛みのせいで低くうめいた。 

 若者の顔はすぐ近くにあり、その表情は恐ろしいほど真剣であった。「コールという名の者は現に存在していた」と彼は囁いた。「お前たちは牢の中に彼がいることを忘れ、誰の耳にも届かない彼の叫びを私だけが聞いていた。私は彼の元に赴き、闇の中で彼の手を取って、息絶えるまで見届けた。それからテンプラーどもが彼を見つけ、失態を隠すために痕跡を消し去った・・・、だが私は自分ではどうすることもできなかった」悲嘆と、それからおそらくは後悔が、若者の顔にほんの一瞬だけ往来した。「今はもう無力ではない」その言葉はランバートの心を冷たく突き刺した。

 「何が望みだ?」

 若者は冷たく笑った。

 「私の目を見るんだ」

【DAI】Dragon Age Asunder (22‐3)

 夜になって雪は強さを増していたが、リースは気にもかけなかった。

 彼は廃墟の中庭の暗い一角に腰を下ろし、ようやくひとりきりになって考えを巡らしていた。彼は自分の投票が騒乱を巻き起こすと思っていたが、沈黙に迎えられただけであった。サークル・オヴ・メジャイの廃止が決定された今となっては、残された問いはたったひとつだ。これからどうするか? それはまだ直面することのできない問いであったので、彼はその場を後にした。他のメイジたちも同じようにしていたのは、皆避けられない運命を潔く受け入れる心の準備が必要だったからだ。

 雪と風の中からエヴァンジェリンが現れた。他の誰であっても彼の慰めのときを邪魔する相手とみなしただろうが、彼女だけは別であった。
 「終わったわね」と言って近づいてくる彼女の面持ちは真剣だった。
 「ああ」 

 彼女は彼が立ち上がれるように手を差し出し、彼はそれを取った。「何を考えていたの?」と彼女は言った。
 「母のことさ」
 悲しげに頷いた彼女に、それ以上の言葉は必要なかった。「私があの暗闇の別のほうの側に立っていると、ウィンが金色の光を送ってそこから連れ戻してくれた。それは・・・、綺麗だった」

 エヴァンジェリンはあの夜のことを、今まで一度も話してはいなかった。リースは今でも彼女が生きていることに驚いていた。あのときまで魔法が生と死の狭間を乗り越えることはできなかった。それは不可能だと考えられていたのだが、エヴァンジェリンはこうして生き返った。スピリットでもなく、以前知っていた者の模造としてでもなく。奇跡だ。

 「それは・・・、君の中にいるのかい?」彼が不安げに尋ねた。
 「スピリットが? わからない。何も違いを感じないから」
 「その前に何が起きたかは覚えているかい?」
 エヴァンジェリンはしばらく何も言わなかった。「コールは覚えている。それから彼の正体を知ったときのあなたの瞳に浮かんだものを覚えている」リースが頷いて、恥辱のあまり頬を染めると、彼女は元気づけるように彼の肩に手を置いた。「自分を責めるべきじゃないわ」

 「そうかい? 彼は僕を騙していた。選りによってこの僕こそ、それに気が付くべきだったんだ」
 「私もフェイドにいた。あれは嘘じゃなかったわ、リース」
 彼は首を振った。「でも嘘なんだ。コールという名の少年はいなかった。あれも決して起きなかったことなんだ。きっとすべてが・・・」
 「ついさっき集まったメイジに思い込みを捨てるときだと言ったのは誰でしたっけ?」リースが口を閉じると、エヴァンジェリンは悲しげに笑った。「コールが誰か私にはわからない。彼はさまよう魂で、あなたは彼を何とか救おうとした。それだけでいいじゃない」
 「あのメイジたちもきっと僕が殺したんだ」
 「そうね。だからといってあなたは何も変わらない」
 しばらく静寂が訪れた。「またコールと会えると思うかい」とうとう彼が尋ねた。
 「わからない。会えるとは思えない」

 リースも同意の頷きを返した。「それで・・・、どうするつもりだい?」彼は静かに尋ねた。「サークルはなくなってしまった。フィオナが言ったようにテンプラーがやって来て戦争になるだろう。彼らと戦うつもりかい?」
 彼を見た彼女の顔から笑いが消え、至極真剣な顔つきになった。「あなたの傍らで戦うのなら、もう一度死んだって構わない」

 「それじゃあ、ふたりで一緒に未来に向き合おう」エヴァンジェリンは頷くと彼を強く抱きしめ、彼も喜んでそうされるままにしていた。この先何が待っているかなど大したことではないことにリースは気がついた。彼女と一緒なら・・・、だが彼女の瞳を見詰めているとその考えも途中で消えた。彼女を危うく永遠に喪うところだったのだ。二人の周りに雪が静かに降り続けているこの廃墟の中庭で、ふたりはキスをした。それは自然で真っ当なことに感じられた。

 ふたりが身体を離すと、彼女は笑って彼の手を取った。「一緒に来て」

 彼らはアンドラルズ・リーチからさほど遠くない場所までやってきた。巨大なオークの樹が一本だけ野原に立っており、とてつもなく古いごつごつとこぶだらけで灰色のそれが今でも立っていること自体信じられなかったが、また同時にそれは目にする者の息を奪うほど威厳に満ちていた。その樹はずっと長い間歴史を見続けてきている。ダークスポーンが跋扈していたブライトの時代も潜り抜けたが、汚染を浴びることもなかった。アンドラステの軍勢が強固な要塞を撃ち破るのも見ていたのかもしれないし、何千人もの兵士たちが斃れた戦いも目撃していたのだろうが、その樹は倒れることなくまだ立っていた。 

 ウィンの遺灰はその樹の根元に埋められていた。それはレリアナの示唆によるものだった。ウィンは墓碑も、大理石の墓石も、ファンファーレも欲しないだろうと彼女は言っていた。永遠の眠りに就けることができるだけの場所、彼女を知る者たちが訪れ、彼女を偲ぶことができる場所。彼女は、自分の信念に従って戦った女性、ダークスポーンと混沌に立ち向かった女性。この世界をより良いものにしてから去るため、与えられた命を捧げた女性。 

 そこにはレリアナも、シェイルも来ていた。ファースト・エンチャンター・アーヴィングもいた。他の者たちも集まって、亡き友を惜しんでこうべを垂れ、別離を心に刻んでいた。ゴーレムですらいつもの皮肉を封印しており、その眼窩の輝きも暗く灰色であった。

 リースとエヴァンジェリンは遠くから見つめていた。彼は母のことを、彼女の最後の微笑みを思い出そうとした。彼女が息子である自分と引き裂かれることなく過ごした場合の、自分の人生について、彼女自身の異なる人生について考えると心が痛んだ。それぞれにとってそちらのほうが良かったのかもしれない。 

 レリアナが歌いはじめた。エルフの言葉であったが、それでもリースには意味がわかった。それは歓喜と喪失についての、全てのものには終わりがあることについての歌だった。 

 それはまた、彼が今まで耳にした中でも最も心をとらえて離さない美しい調べだった。

2013年11月16日 (土)

【DAI】Dragon Age Asunder (22‐2)

 今回の集会は前回とまるで違っていた。大理石とステンドグラスに囲まれた巨大な広間ではなく、メイジたちが集っているのは廃墟の一室で、そこはかつては兵舎に用いられていたのかもしれないが、今はもう何ものでもなかった。壁の半分は崩れ落ちた石材と化していて、天井のそこここもずっと昔に抜け落ちていた。雑草が床を貫いて生えており、表面に隙間があるところは全て苔むしていた。多少雨風が凌げるとはいえ、メイジたちは野外に集まっていたと言ってもいいくらいだった。

 ここに参集しているのも一ダースを少し超えるだけの数のファースト・エンチャンターだけではなかった。部屋には何百人ものメイジがひしめいていたので、天井が残っているところに皆が立てるはずもなかった。彼らの頭上からは雪が舞い落ち、ゆっくりと床に積もり始めていた。メイジたちは文字通り肩を寄せ合って立っており、部屋の中央に倒壊した石柱の周囲だけが辛うじて演台と呼べそうなくらい開いているだけであった。

 しかも、ここにいるテンプラーはひとりきりだけだ。リースが入って来た姿を見つけたエヴァンジェリンはほっとして微笑んでいた。彼も笑い返し、エイドリアンとの間の出来事を頭から脇に追いやった。エヴァンジェリンが近づいてくるに連れ、多くの者たちの視線がリースに集まって来た。室内の会話が少なくなり、やがて完全になくなった。誰もが集会が間もなく始まることに気が付いていた。

 グランド・エンチャンター・フィオナが倒壊した石柱に近づいた。注意深くその上に登ったエルフが一同のほうに厳粛な顔を向けると、彼女がその立場に適任かどうか疑いを差しはさむ者は誰もいなかった。彼女は不撓不屈に見えた。大胆不敵であった。彼女がかつてグレイ・ウォーデンであったことも容易に信じることができる。彼女がメイジたちを自由に導くのか、それともチャントリーの庇護のもとに皆を連れ戻すのか、それも今からわかる。

 「選択肢はふたつ」と彼女が告げた。彼女の声はよく通り、室内には囁き声も聴かれなかった。「ここにお集まりの誰しもがそれをご存じでしょう。私たちは服従するのか、戦うのか」

 彼女の目が、反論があるかと問いかけるように皆の顔を眺めまわす。誰ひとり異存はなかった。「服従するのなら」彼女は続けた。「私たちはまとまってそうします。たとえリバタリアンズであっても。チャントリーに帰還して彼らの慈悲を請うでしょう。その事実を知る者は多くはないでしょうが、私たちがホワイト・スパイアを脱出するにあたり、ディヴァインそのお方からお力添えをいただきました。彼女は友人です。トランクィリティや処刑からも何人かお救いいただけることになるでしょうが、皆が救われるわけではありません」

 誰一人口を開かなかった。「戦うのなら、私たちは一人残らずそうします。私たちはサークルの廃止を宣言し、それによってテンプラーやチャントリーが私たちを支配しようとするいかなる試みも拒否します。それは戦争を意味します。ディヴァインがたとえそう欲したとしても、テンプラーを掣肘することはできません。私たちも多くの者が戦いの果て斃れるでしょうが、皆が斃れるわけではありません」

 依然誰も口を開かなかった。天井の隙間から降る雪は強さを増していたが、そのことにも誰も気が付かなかった。リースの背中が寒さで凍みた。「議論のときは過ぎました」とグランド・エンチャンターが言った。「今は行動するときであり、さもなくばテンプラーがやってきて全ての選択肢を私たちから奪い去ってしまうでしょう。サークル・オヴ・メジャイのグランド・エンチャンターとして、私は今ここに、私たちの独立に関する投票の開始を宣言します」 

 さざ波のような囁き声が室内を覆ったが、それもすぐにやんだ。「すべてのファースト・エンチャンターがここに集っているわけではありません。ディアズミッド(Dairsmuid)のサークルではライト・オヴ・アナルメントが発動されたと聞いています。タワーの全てのメイジが殺害され、ファースト・エンチャンター・リヴェラもその例外ではありませんでした」彼女は再び言葉を句切り、聴衆の間に驚きが染み渡るのを待った。「消息の知れない者も多くおります。ここに集うメイジたちが代わりに各フラタニティの代表者を選出しました。リーダーの方々は意見を述べ、投票を行ってください」 

 最初に投票を行ったのは腰のまがった老人で、ローヤリスツの代表者として任命されたファースト・エンチャンターに就任して間もない男だった。彼は震える声で短い演説を行い、メイジは服従すべきであると意見を述べた。テンプラーとの戦いに勝つ望みはないと彼は言った。セダスの人々は自由なメイジを決して許容することはなく、アンドラステの時代のように一致団結してメイジたちを撃ち滅ぼすであろう。サークルだけがメイジの唯一の希望である。 

 ローヤリスツの主張としては予想どおりのものだったが、それに追従する者たちの多さは予想外だったのかもしれない。続いて小規模のフラタニティが順に投票を行い、その全てがローヤリスツの主張に従った。抵抗ではなく服従を。支持者の数こそ少ないが、その言葉は室内に陰鬱な雰囲気を醸し出していった。グランド・エンチャンターの瞳に宿る生気がほとんど根こそぎ喪われていった。 

 次にリースの立っているところからさほど遠くない入口からエイドリアンが歩み出た。「リバタリアンズは戦うほうに投票する!」彼女は叫んだ。聴衆が一斉に彼女に注目しようとしてカサカサという音をたてた。「あなたたちは皆、家畜のように横たわって避けられない運命を甘んじて受けるつもりなの? 服従して何かが変わるというなら、もちろんそのとおりよ! 事態はいっそう悪くなる! すべてのサークルが監獄と化す。ここから一マイル以内に近づいたメイジは全てトランクィルにされる。奴らは他の手段を知らないし、私たちが教えなければこれからも何も学ばない!」

 彼女の言葉を受けて以前より大きな呟き声が聴こえてきたが、怒りの声はあがらなかった。彼女の主張を否定する者もほとんどいなかった。頭を下げ、涙を流している者たちの姿から、リースは今問われているのはどちらの選択がより多くの苦痛をもたらすかに尽きるように感じられた。その選択は容易なものではなかった。 

 騒音が止んだ頃、グランド・エンチャンターがリースのほうに目を向けた。エクイタリアンズは最大多数派のフラタニティで、今までも今も力の均衡を保つ役割を担っていた。リバタリアンズに与すれば過半数を握る。ローヤリスツの肩を持てばやはり議論は決着する。エクイタリアンの代表者の選出方法について訝しく思う者もいるだろう。ファースト・エンチャンターでもなければ、つい今朝までこのフラタニティの一員ですらなかった男だ。リース自身が悩んでいた。自分が母親の代役として役者不足のような感じがした。たとえそうであっても、誰も彼の回答を予想することはできない。 

 彼はエヴァンジェリンの手が彼の手を包んで、きつく握っているのを感じた。
 「僕の母については皆ご存じのとおりだ」彼は聴衆に向かって言った。「彼女は死ぬ少し前に僕にあることを教えてくれた。それは、過去に起きたことからの思い込みを捨てなければならないときがやってくるということだ。他者についてもそうだし、自分たち自身についての思い込みも捨てなければならない。僕たちはトランクィリティについても、ディーモンについても、それこそ自分たちメイジの限界についても何もわかっていない。次にやって来るのが何であっても、僕たちはそれを新しい目で見詰めることでしか生き残ることはできない。もしそうしなければ、昔の間違いをまた何度も繰り返すだけになるし、それがもたらすどんな運命も、自分たちで招いたものだと言わざるを得ないのだ」 

 何人かが頷いていたが、誰も言葉を発しなかった。しばらくの間待っていたグランド・エンチャンター・フィオナが、やがて彼を途方に暮れた顔つきで見た。「申し訳ありません、エンチャンター・リース」と彼女は言った。「どちらに投票するのか、はっきりと述べてもらえませんか」

 リースは一度深呼吸をして、最後のサイを投げた。
 「戦うほうに投票する」

【DAI】Dragon Age Asunder (22‐1)

 残っている塔のうち、一番背の高いものの頂上に立って廃墟を見渡していたリースの髪を冷たい風が揺らしていた。
 暗い雲が午後いっぱい降雪を予感させ、空気は冬の嵐の到来を告げていたが、空は持ちこたえていた。天候もまた、彼の気持ちと同様に予断を許さないようだった。

 アンドラルズ・リーチ(Andoral's Reach)はオーレイの周縁部に位置し、大昔にはテヴィンター帝国の強固な要塞であったが、蛮族の軍勢を率いたアンドラステがメイジ支配打倒のため決起した戦いで陥落した。ホワイト・スパイアにおけるもの以来初めてメイジの集会が開催される場所としてさぞうってつけに違いない。

 ひと月前にファースト・エンチャンターたちが到着して以来、メイジたちががぽつぽつと集まってきていた。しばらくの間は一日に一ダース程度のメイジたちが到着し、その後何週間はそのペースが落ちるといった感じだったが、今では百名を超えるメイジたちでごった返しており、その全てがアポステイトだった。この廃墟について皆が何を聴かされ、何を目的に来るのかリースにはわからなかったが、それでも彼らはやって来た。他にどこに向かうべきところがあるというのか? 

 皆が飢えていて、携える荷物もなく、目は不安に満ちていて、それぞれのサークルでの出来事を語り合っていた。テンプラーは厳重な取り締まりをはじめていた。一部の場所のテンプラーは、ホワイト・スパイアでの一件の情報をメイジたちよりも早く入手することができたため先手を打つことができた。だがそれでも何の違いもなかった。どのタワーでも、メイジたちは同じ反応を示した。彼らは戦った。多くが死んだ。生き残った者たちは逃亡した。

 リースは、本当は憂慮すべきなのだろうと思った。数多くのフラクタリが破壊されたのでメイジたちはしばらくのところ守られているが、他のタワーのメイジたちがアンドラルズ・リーチの集会のことを知れば、テンプラーたちの知るところにもなる。そうなれば彼らはフラクタリを必要としない。だがテンプラーがここを目指すのであれば、大軍を引き連れてこなければなるまい。廃墟は朽ち果て、壁は崩れてツタに覆われているが、その基盤はまだ守りに役立つ。百人ものメイジが胸壁に配置されれば、少なくともその十倍もの軍勢を食い止めることができるだろう。 

 来るなら来い、彼は断固として決意した。

 彼はもう何百回目になるかわからないほど地平線を見渡しているが、雪山と黒い空以外には何も見えない。たったひとりのテンプラーの影すらない。オーレイの内戦はさらに激化していると噂されている。ハートランズでは激戦が繰り広げられているという。ヴァル・ロヨーは炎上しているとの話だ。それらのどれかにでも真実が含まれているならテンプラーは手一杯のはずで、帝国周縁部に隠れているアポステイトたちに対処することなどできないだろう。 

 彼はエイドリアンが塔の階段を上ってくる足音を、彼女がこの頂上に姿を現すずっと前から耳にしていた。自分たちが見舞われたあの試練にもまるで堪えていない様子だが、彼女の場合はそれも不思議ではない。エイドリアンは挫けない。彼女は今や黒いローブを身に纏うファースト・エンチャンターだ。高齢だったエドモンドはホワイト・スパイアからの逃避行を生き延びることができず、タワーの生存者たちがエイドリアンを後継者に選出したのはほんの一週間ほど前のことだった。ファースト・エンチャンターと言っても、どこのそれかはリースにも言えなかった。彼女が主導すべきサークルはもはやない。どのファースト・エンチャンターもそれは同じだった。

 だからと言って彼女がその地位への指名を熱烈に受け止めないはずもなく、どれだけ短い間のことになろうと、留まるつもりだろう。近づいてくる彼女は彼に会釈すると、突然吹いてきた風のため顔にまとわりついた赤い巻き毛を手で押さえた。

 「皆が呼んでいるわ、リース」と彼女が言った。「もうすぐ始まるって」
 「わかった」

 彼女はそのまま立ち去ることもできたのだが、彼の傍らに留まった。彼女は彼と一緒に不毛の丘陵を見つめていて、二人の間に長い沈黙が続いた。「サー・エヴァンジェリンから、あなたがリバタリアンズ・フラタニティを抜けたと聞いたわ」と彼女はあっさりと、まるで何事でもないかのようにそう言った。リースは騙されなかった。エイドリアンが耐え難いほど侮辱されたと感じているときは、いつでも手に取るようにわかる。「彼女によれば、あなたエクイタリアンズに入るんですってね」 

 もちろん、それが彼女がここにやって来た狙いだったのだ。「もうそうしたよ」と彼は答えた。「今朝ファースト・エンチャンター・アーヴィングから、母の後を継いで集会の代表者になるように求められた。それを受けたよ」
「あなたが、彼らの代表者ですって?」
「どうやら僕の判断を信用してくれているみたいだ」
 彼女は思慮深げに眉をひそめた。「それで、投票はどうするつもり?」
「まだ決めていない」

 彼を注意深げに見据えている彼女が、彼が曖昧に答える理由を吟味しているのは間違いなかった。もしかしたらグランド・エンチャンターが彼女を送り込んできたのであって、ふたりの間の友情を手がかりにして、集会が始まる前にリースの投票権をエイドリアンに託すよう説得することを求められたのかもしれない。そうだとしても、それは間違いだった。エイドリアンと疎遠になったと感じていたのは昔の話で、今は完全に絶縁していると言えた。ふたりの友情は霧散して、言いようのないぎこちなさが取って代わっていた。彼が自分の居室で彼女を拒絶したことだけがその理由とは思えない。彼女が彼と目を合わせようとしないのは他に何か理由があるはずで、彼はそれについて入念に考えを巡らせていた。 

 エイドリアンは説得を諦めてこの場を立ち去ろうとしたが、その肩を彼が掴んだ。「待つんだ」と彼が言った。「尋ねたいことがある」
 彼女は身構えた。だが振り向いたときには平然さを取り繕っていた。「どうぞ」
 「ファラモンドの死の真相はどうなんだ?」
 彼女はぎくりとした。「テンプラーが殺して、あなたを嵌めたんでしょう」
 「ロード・シーカーは否定していた」彼は反駁した。「彼が嘘をついていたと言いたいんだろうが、なぜそんな嘘をつく? 他のことについては全て真実のみ語っていたのに、どうしてそこだけ嘘をつく? どうしてわざわざ苦労して僕を嵌める必要があった? 意味が通らない」
 彼女は肩をすくめた。「じゃあ他の者たちを殺害した誰かさんがファラモンドも殺したのよ」
 「彼の名前はコールだ。君も彼に会ったが、もう覚えていない」リースはエイドリアンの視線を逸らさず自分に向けるように強いた。彼女が再び目を逸らすと彼は顔をしかめた。「つまり、コールもまたエヴァンジェリンに自分は殺していないと言っていた。彼は他の殺害についてひとつも嘘をついていなかったのに、なぜそこだけ嘘をつく?」

 「さあね。どうして殺害について嘘をつくのかしらね」
 リースはエイドリアンに歩み寄り、怒りの眼を向けた。彼女は後ずさり、びくつき、欄干に背中が当たって行き場所をなくした。彼女は振り返って遥か下に見える廃墟の中庭を見下ろし、それから彼に目を戻した。「答えは別にあるようだ」と彼が唸った。
 

 張りつめた沈黙の中、ふたりは対峙した。彼女は身動きするつもりも、彼に答えるつもりも断固としてないようだった。やがて、ゆっくりと眼差しを下した。「わかったわ」と彼女が言った。彼女の声はとても静かで罪悪感に塗れていたので、リースには聞く前からその答えがわかった。「あたしがファラモンドを殺して、あなたのベッドの下にナイフを置いた」
 「なぜそんなことを?」
 「なぜだと思う?」憤りながら彼女が言った。「ウィンの考えを変えさせるにはそれしかなかったからよ。彼女は他の皆との会合に出向いて、またしても独立に反対の投票をするよう働きかけて、しかもそれはうまく行きそうだった」彼女は挑戦的な眼差しで彼を見上げた。「彼女は理由がなければテンプラーと戦うこともしなかったはずよ。誰か自分の愛する者がテンプラーたちからの危険に曝されなければ」

 リースは心の中に憤怒が沸き立つのを感じた。エイドリアンのローブの胸倉を掴んだ彼は、いっそ相手をここから投げ落としたいという激しい誘惑にかられた。それは容易なはずだった。どんな魔法も彼女の命を救うことはできないし、彼女も抗いもしないだろう。実際、彼女の顔つきはやれるものならやってみろと告げているのに等しかった。それがまた怒りを大きくした。「君が彼女を殺したんだ」彼は癇癪を爆発させた。「君がエヴァンジェリンを殺し、他の皆を殺したんだ。君の両手は血に塗れている」

 「自分の行いの責任は取るつもりだわ」と彼女は言った。「でもテンプラーのやったことは知らない。こんなことになるなんて思ってもいなかった。たとえわかっていても、あたしはまたやるわ。ファラモンドは死にたがっていた。彼はあたしに懇願した」
 「自分の行いに誇りを抱いてるのか」
 「誰かがやらなきゃならなかった。あたしたち皆のために」

 あたしたち皆のために。リースは乱暴に彼女を離すと背を向けた。もはやその姿を見ることすら耐えられなかったが、ある意味で彼女は正しい。死体の山にもうひとつ新たに加わったからと言ってそれが何だろう。自分のこともとても無辜とは呼べない。彼もまたこの一件の中で役割を果たしてしまったのだ。彼の両手もまた血に塗れている。 

 それでも彼はカークウォールの叛乱について想起せざるを得なかった。アンダースという名のメイジがグランド・クレリックを殺害し、あの街のサークルのほとんど全てのメイジたちが殺されることになる出来事の引き金を引いたのだ。だがそれもまた彼が他の皆のために善かれと思ってやったことだろうし、テンプラーと対決する以外の手段は彼には思いつかなかったのだ。誰がその巻き沿いになろうとも厭わず。

 本当にそれしか道は残されていないのだろうか? 正義の名のもとに、どちらか一方だけが残るまで互いに血を流し合い、殺し合うしかないのだろうか? サークルは争いをやめなければならないという意見に説得されたのはそう遠い昔のことではないが、それについてウィンは間違っていた。彼女はエイドリアンのおかげで考えを改めたが、自分はどうだ? だが今は愛想を尽かしたという気持ちしか感じられない。

 「これでおしまいだな、僕たちの間柄も」と彼は冷たく言った。「かつては友人だったが今は違う。覚えておいてくれ」 

 彼女は悲しげに見えたが、予期していたようだった。「わかったわ」
 「君にはなにもわかっちゃいない」

 彼女を後に残し、彼は塔から下りる階段に向かって足早に歩いていった。雪が降り始めた。

【DAI】Dragon Age Asunder (21‐2)

 リースもコールも、ふたりとも身動きしなかった。
 「なるほど」ロード・シーカーがほくそ笑んだ。「不可視とは、興味深いトリックであることは認めよう。もちろん、どんなトリックもタネが明かされてしまえば価値はない」彼は小瓶をしまうと小さな本を取り出した。それは彼の掌ほどの大きさで、輝く金で装丁された奇妙な代物だった。男はそれを開くと声をあげて読み始めた。古代テヴィンターの言葉で、実際にはほとんど詠唱に近い。相手が何を狙っているのかリースには見当がつかなかった。

 何かが変わり始めた。魔法のちりちりとした疼きが彼の首元あたりを刺激する。それが通路を風のように通り過ぎ、二人の姿を隠していた覆いを剥ぎ取っていった。コールが息を呑んだ。
 その音を聴きつけたロード・シーカーが即座に振り返る。ふたりを視野に捉えた灰色の瞳が狭まり、彼は冷たく笑った。「思った通りだ」彼は言った。「お前がコールだな」彼は本を放り投げると、剣を振り上げて突進した。

 コールは跳ね起きるとダガーを手にした。音も立てずロード・シーカーのほうに走り出す。彼を掴もうとしたリースが警告の叫びをあげる。「やめろ! バカはよせ! 逃げるんだ!」
 だがコールは止まらず、代わりにリースは堤防の端から転げ落ちてしまった。水中に落ちた彼の頭の中に血が充満して眩暈をもたらす。マナを召喚するため、心の奥底に残っているかもしれないパワーを必死に手繰り寄せようとするが、激しい頭痛のため引き戻されてしまう。彼は悲鳴を上げた。

 コールはロード・シーカーの最初の一振りを低く屈んでかわすとダガーを突き出した。だがそれは男の黒い鎧にあたって敢え無く弾き返される。リースの眼からはとても常人技とは思えない速さでシーカーが即座に体を回し、コールを蹴り飛ばす。金属のブーツで蹴られ、若者は苦痛のうめき声をあげながら下水の中に落下する。
 コールは長く倒れてはいなかった。彼は流れるような動きで飛び起きると、低く屈んで戦いの姿勢をとった。ふたりは円を描く用に間合いを保って動き、ロード・シーカーは相手の技倆を注意深く見極めている。

 「リースを傷つけさせはしない」とコールが唸る。ロード・シーカーに突進して、ヘビのような速さで打ちかかる。シーカーが振り下ろした剣をコールがぎりぎりのところで飛び退き、剣は空しく水を切る。すかさずコールが跳び上がり男の首元に斬りつける。ダガーは相手を捉え、ロード・シーカーが身体を捻って受け流さなかったなら、傷を負うだけでは済まなかっただろう。

 それで男は激高したようだ。彼は小手で首元を探り、それから小手に付着した自分の血を検分した。「素早いな」彼は言った。「それは認めよう」彼がコールに突きつけた剣先は、左右に位置を変える若者を追っていき、それから彼は突進した。ロード・シーカーの剣の振りは素早く、次々と繰り出してくるため、コールはすんでのところでかわすことしかできない。後ずさりを余儀なくされた若者が土手まで追い込まれたとき、ロード・シーカーはとどめを繰り出してきた。

 「コール!」リースが叫んだ。
 コールは相手の剣先を跳ね除けようとしたが、代わりにダガーを弾き飛ばされてしまった。地面に落ちたダガーをロード・シーカーが水中に蹴り込んだ。コールがそれを追って跳びつこうとしたとき、シーカーは剣の柄を素早く振ってコールの頭を打ちのめした。若者は弾き飛ばされ、通路の壁に打ち付けられた。

 コールが起き上がる前に、ロード・シーカーがコールの一方の肩を剣で貫く。剣は深く突き刺さり、痛みのためコールは悲鳴をあげた。
 シーカーが剣を抜くと、コールは獰猛な野獣のような唸り声をあげ、相手に跳びかかった。ロード・シーカーは不意を突かれた。コールは相手にのしかかるとその顔を掻きむしり、噛みついた。男はふらつき剣を取り落としたが、混乱から立ち直るのにそう長くはかからなかった。彼はコールの髪を掴んでぼろ人形のように投げ飛ばした。コールは大きな水飛沫をあげて水中に落ちたが、即座に立ち直った。だがそれさえも予期していたロード・シーカーがコールの腹部を蹴り上げた。それが強烈な一撃だったので、コールは数フィートも弾き飛ばされて再び水の中に落ちた。立ち上がろうとしたコールをロード・シーカーがまた蹴り上げた。弾き飛ばされるコールの口から鮮血がほとばしる。

 「やめろ!」リースが叫んだ。「コール! 逃げろ!」彼はロード・シーカーがダガーを蹴り込んだあたりの汚水の中を這いまわっていた。この近くのどこかにあるはずだ!ねばつく泥の中を探る彼の両手は震えていた。

 ロード・シーカーはコールのほうにずかずかと近づくと、髪を掴んで引き摺りあげた。もはやコールにはそれに抗うだけの力しか残されていなかった。シーカーは拳を固めるとコールの顔を殴った。コールは倒れたが、また立ち上がろうとした。ロード・シーカーは再びコールの髪を掴んで引き摺りあげると同じように折檻を繰り返した。二度、三度。最後の一撃でコールの鼻孔から血がシャワーのように噴き出した。コールは倒れ伏したまま、水の中を堤防の方に向かってのろのろと這い寄っていた。

 リースはダガーを見つけた。その柄を握り、彼は震えながら立ち上がった。世の中全部が彼の周りでゆらゆら揺れている。彼は突進するつもりだったが、ロード・シーカーのほうへただよろよろと近づいていくことしかできなかった。「彼に、手を、出すな!」彼は叫んだ。

 ロード・シーカーは振り向いて彼の手首を握り締め、ダガーを取り落すまで締め付けた。それから侮辱の意味を込めて、手の甲でリースの顔を叩いた。一撃でよろめいたリースは壁に打ち付けられ、汚物の塊の中に倒れ込んだ。彼の腹が刺すような痛みに見舞われ、床を転げ回って身もだえしたが、悲鳴はただの喘ぎにしかならなかった。

 苛立たしそうに溜息をついたロード・シーカーは、自分の剣のところまで歩いて行ってそれを手にした。そこで立ち止まると、彼はコールが再び起き上がっている姿を見つめた。若者の顔は血まみれで、片方の瞼が塞がっており、足元はふらふらしていたが、まだ戦う構えであった。シーカーは感銘を受けたようだった。「獲物を逃さないため、そこまで必死になるのか、ディーモン? フェイドに逃げ帰って、二度と現れないのが賢明だと思わんのか」
 コールが黒い血を吐き出した。「僕は・・・、違う・・・」

 「ディーモンじゃない? バカを言うな」ロード・シーカーは周囲を見回すと、先ほど自分が放り投げた本を見つけた。それを取り上げてコールのほうに示す。「『リタニー・オヴ・エイドララ』(The Litany of Adralla、『エイドララの連祷』)だ。これが何かわかるか?」
 コールは彼を睨み付けたまま何も言わなかった。
 「もちろん知らんだろうな」男は続けた。「ディーモンが人の心に与える影響を消散させるため、テヴィンターのとあるマジスターの手によって造り出されたものだ。それ以外に使い途はない」

 リースは絶望した。彼はコールから怒りが消えていく様子を見つめていた。彼はシーカーを困惑した様子で見つめている。

 「憐れで、愚かなスピリットよ」とロード・シーカーが言った。彼は本をしまうとコールの方に歩み寄った。若者は退こうとしたが、相手から眼を離すことができず、口をあんぐりと開いていた。「あまりに必死に人間の仲間だという振りをして、現実の存在の振りをして、自分が何者だったかまで忘れてしまったのではないか?」

 彼は乱暴に手を伸ばすとコールの首を掴んで、その身体を地面から浮き上がらせた。コールは喉をつまらせ、弱々しく揺れているだけで何もできなかった。「貴様は現実ではない」とロード・シーカーが言った。その口調は痛烈だった。「我々の世界に潜り込んで、自分たちが持つことのできないものを何でも呑み込む寄生虫の類に過ぎない」
 「彼を離せ!」リースが叫んだ。「お前には関係ない!」

 ロード・シーカーは心底仰天したような様子でリースに振り向いた。「この化け物は、たとえその価値がなかろうとも私が守ると誓った者たちを食い物にするのだ。貴様を騙し、貴様を殺害犯にし、そのうち貴様を宿主として利用するかもしれなかったのだ。なぜ擁護する?」
「お前は彼のことを誤解している」リースは気を強く持ち、ゆっくりと立ち上がった。「全てのスピリットが同じじゃない。全てのメイジが同じじゃないように。憑依された者全てがアボミネーションではない。全ての魔法が同じじゃない」彼はマナを召喚するため心の奥底を探った。苦痛は耐えがたいもので、目もくらみそうなほどだったが、むき出しの意志の力だけでそれに耐えた。白い焔が彼の両の拳の周りに現れ、魔法のために空気がぱちぱちと鳴った。

 それがロード・シーカーの注意を引いた。リースには彼が値踏みしている様子がその眼から読み取れた。はったりか? どれだけのパワーが残っている? 彼はコールから手を離して、地面に倒れ伏すままにし、剣先をリースに向けて警告した。「愚かな真似はよせ」

 リースはひるまなかった。「愚か者とは、知りもできないことを知ろうとする者。愚か者とは、自分が知りうることに限りがあると認めない者。僕は違う」

 コールはロード・シーカーの傍から逃げ出そうとしていたが、立ち止まった。彼がリースの方を見てふたりの視線が交わり、リースは彼が泣いているのを見た。それは否定でも、拒絶でも、憤怒でもなかった。そこにあるのは開悟(かいご)だった。コールの世界は彼の周りで崩壊し始めており、彼がいつも恐れていたことがとうとう現実になったのだ。彼は現実ではなかった。

 そしてその通りにコールの姿が消えていった。

 その瞬間、リースは真実を知った。彼の心の一部、ずっと奥深いところでは、とうの昔に気がついていたことだった。
 まるで彼自身の足元にぽっかりと穴が開いて、戦うための力がそこに全部吸い込まれて行ったような気がした。マナは霧散し、白い焔も消え、彼は両膝をついた。奴に殺されてしまえばいい。彼は思った。もう終わりにしよう、今ここで。

 「失望したぞ」リースのほうに歩み寄ってくるロード・シーカーの口元が不快そうに結ばれている。「もう少し戦う気概があると思ったが、エンチャンター。実のところこの叛乱は以前から予想していたのだが、正直に言えばかなり対処の難しいものになると考えていた」

 リースはようやく眼をあげた。「僕を斬り捨てればいい」彼は言った。「だがそれで他の者たちを止めることはできない」
 
 「他の者たちの番も巡ってくる。秩序は回復される。必要とあらばメイジひとりづつ順番にでも」
 「残念だけどそれにはもう手遅れよ、マイ・ロード・シーカー」闇の中から別の声がした。エヴァンジェリンだった。薄暗い光の中に姿を現した彼女が、今まで戦いを潜り抜けてきたことは明らかだ。鎧には血の筋がいくつも塗りたくられており、容赦ない厳しさを湛えた眼つきはかつての同僚たちとの殺し合いを余儀なくされた女性のものだ。だが剣を構えて彼女が歩を進める様子は、それも覚悟の上であることを示していた。

 「サー・エヴァンジェリン」ロード・シーカーは驚いたようだった。リースを無視した彼は彼女の方に顔を向け、自分の剣を注意深く構えた。「そうできるうちに逃げ出せば良かったものを。貴様は騎士団の名に泥を塗り、家名に泥を塗り、メイカーそのお方の名誉まで汚したのだ」

 ふたりとも相手から眼を離さず、水の中をゆっくりと円を描くように動いている。「他は好きに言ってもいいけれど」彼女が言った。「家族については違うわ。父は私の行いを誇りに思ったことでしょう。彼はいつもこう言っていた。専制とは導く資格を喪った者たちの最後のよすが」
 「たわけた教えだ」
 「エヴァンジェリン」リースはかすれ声で言った。身体中の力が抜けたような気がして、立っているのがやっとだった。「コール、彼は・・・」

 彼女はロード・シーカーから眼を逸らさない。「聴いていたわ。だからと言って何も変わらない」そう告げると彼女は突進した。剣士二人が激突し、二振りの剣が交わる。戦いの舞踏が繰り広げられ、腕の立つ剣士同志の間に情けも容赦もなかった。リースはただ見守るしかない。魔法を呼び起こそうとしても、そのたびに気が遠くなってしまった。

 他の者たちが近づいてくる。遠くの方から、彼らの声と彼らが走るときに立てる水音の反響が聴こえる。メイジたちか、それともテンプラーたちか。踏ん張るんだ、エヴァンジェリン。

 彼女は果敢に戦った。リースの眼から見て幾度かエヴァンジェリンがロード・シーカーより優位に立つ場面もあった。だがその度ごとに男は彼女の剣を弾き返すか、身を交わすかして辛うじて難を逃れた。
 彼女は徐々に押され気味になっていった。エヴァンジェリンは防戦を強いられ、後ずさりしながら相手の剣を弾き返すしかなくなっていた。ロード・シーカーは勝機を見て取った。彼は彼女の剣を激しく打ち据えはじめ、その力が一撃ごとに強くなっていくので、彼女は剣を取り落さないように必死に耐えるしかなかった。

 ついに人々の姿が現れ始めた。メイジたちだった。ウィンが先頭にたち、その杖は明るく輝いていて、少なくとも一ダースほどの他のメイジたちが彼女に付き従っていた。ロード・シーカーを阻止するため、水を掻き分け駆けつけてくる。

 だが手遅れだった。

 たった一度注意を逸らしただけで、ロード・シーカーが必殺の剣を繰り出すには十分だった。彼の痛烈な一撃がエヴァンジェリンの剣をその手から弾き飛ばした。剣は激しく回転して、リースの居場所から一フィートも離れていないところに落ちて水飛沫と大きな音を立てた。男は彼女が反応するより早く突進し、鎧の胸当て越しに剣で相手を突き刺した。

 「エヴァンジェリン!」リースが叫んだ。彼は彼女のほうに両手を差し出し、自らの無力を呪い・・・、そしてしばらくの間、周りのすべてが動きを止めた。リースの眼には自分を見つめるエヴァンジェリンの瞳しか見えなかった。そこには苦痛が、掴み切れなかったものへの喪失感があり、彼はそれらを彼女と同じくらい強烈に感じていた。エヴァンジェリンの唇が、ごめんなさい、と動き、その後から血が噴き出してきた。彼女の身体がロード・シーカーの剣から滑り落ち、音もなく水の中に沈んていく様子を、リースは信じられない思いで見つめていた。

 突進してきたメイジたちが足を止めた。歩み寄ってきたウィンが最初にエヴァンジェリンの亡骸を見つけ、次にリースを、最後にロード・シーカーを、厳しい表情で見た。「あなたの騎士団は負けた」彼女は彼に告げた。「あなたは敗北した」

 彼は何も言葉を発しなかった。緊張した様子で身構えながら、自分の立場を計算していた。傷を負って身を守る呪文も満足に打てないひとりのメイジ相手。ダガー一本だけで武装したひとりの若者相手。倒すのになんの問題もない。ひとりの腕の立つテンプラー相手ですら、彼は容易に凌駕することができた。だが怒れる一ダースのメイジたちが相手となると、話は全く違う。

 「だが貴様たちは何も手に入れることはできない」とうとう彼は告げた。「ここでしでかしたどんなことからも、その罪を逃れることなど許されない。我々は貴様たちを追跡し、また牢に放り込んでやる。そう誓う」
 ウィンが眼を細めた。「受けて立つわ」

 ロード・シーカーは退いた。近づくメイジは容赦なく斬るというように剣を構え、それから振り向くと闇の中に消えていった。メイジたちが杖に炎を纏わせて即座に追跡する。間もなくみなその場から立ち去ると、彼らの呪文の音さえも隧道の中に消えていき、ウィンだけがこの場に残った。老婦人は悲しげに首を振っていた。

 リースはそれにも気づかず、苦痛と衰弱に耐えながら水の中を這いずってエヴァンジェリンのほうに近づいて行った。彼は自分が涙を流していることにようやく気がついた。心の中では大声で悲鳴を上げていた。こんなバカなことがあってたまるか。こんなことが許されるのか。エヴァンジェリンはロード・シーカーが自分を殺すに任せればよかった、彼を制止して代わりにこんな目に合うことはなかったのだ。

 彼が彼女の亡骸に辿り着くと、水の中から引きあげた。彼はありったけの力を絞り出した。それから彼女を両手で包み込むと、血まみれの顔から濡れた髪の束を除けていた。彼女の死に顔はほとんど安らかなものだと言ってよく、その瞳はどこか遠くを見つめていた。「うそだ・・・、うそだ、うそだ、うそだ」彼は何度もそう繰り返し、とめどもなく湧き出てくる嘆きを抑える気持ちさえ今はなかった。

 彼女を死なせたくはなかった。彼女を取り戻したかった。リースは自分の心の中に残ったほんの少しのマナを探した。その苦痛で身体が震え、しかも見つけたのは惨めなほど少しだけだったが、それでも彼はエヴァンジェリンの亡骸にそれを降り注いだ。肌を治療の呪文で縫い合わせ、傷口を治癒の呪文で元に戻したが、なんの意味もなかった。彼女は蒼白で生気を喪ったままだった。

 手が彼の肩に優しく触れた。「リース」ウィンの声は憐憫のため痛々しかった。「もう手遅れよ。あなたには・・・」
 彼は首を振り、悲嘆のあまり支離滅裂なことを口走る。「彼女は最高の騎士だった。彼女がこんな目に合うなんておかしい。メイカーが僕の元からこんな風に彼女を取り上げるなんてできないはずだ・・・」彼はエヴァンジェリンの胸に自分の頭をあずけて泣きながら、自分にも死が訪れるように無言で祈った。コールを喪い、エヴァンジェリンを喪い、何もかもを喪った。彼はただ助けたかっただけなのに、皆を破滅に導いてしまった。

 ウィンは彼の髪を撫でていた。それは愛情のこもった仕草で・・・、そして彼が見上げるとウィンの眼に同情の涙が浮かんでいるのを見た。彼はずっと昔に出会った女性を思い出していた。ホワイト・スパイアを訪れたブライトとの戦いの英雄は、暖かい微笑みと広い心を持ち合わせた、彼が誇りを持って母と呼べる人だった。

 「任せて・・・」
 「あなたにも無理だ、彼女は・・・」
 「しーっ」ウィンは彼の唇に指を立てて黙らせた。それから彼女は彼の両頬を両手で愛おしそうに包んだが、その目には悲嘆と痛恨の念が浮かんでいた。「何年も昔に死ぬべきだった私のことを、あのスピリットが今まで生かし続けてきた理由がずっとわからなかった。今ようやくわかったの」

 ウィンはエヴァンジェリンに注意を向けた。彼女は両手を亡骸の上に置くと眼を閉じた。パワーがほとばしり出てくる。リースはそれをどう表現して良いかわからなかった。それはウィンの身体から湧き上がると、暖かい光で下水道の内部を充たした。リースは彼女の身体から何かが浮き上がり、それがエヴァンジェリンの亡骸に吸い込まれていく様を度肝を抜かれながら見守った。それは暗くも惨くもなかった。それは命だった。それは生の閃光だった。

 はじめは何も起きないかのように思われた。だがやがてエヴァンジェリンの頬に赤みが差してくるのを彼は見た。突然彼女が大きく喘ぐように息を吸い込んだ。両目を見開いた彼女は恐慌に見舞われて激しく動揺していた。リースは彼女が水の中に落ちないようにしっかり抑え付けていなければなかった。
 ふたりの眼が合った。それは彼女だった。彼女は生きかえった。

 リースはその本当の意味に気がついた。ウィンのほうを見やった彼は・・・、彼女が微笑んでいるのを見た。それは別離の微笑みだった。それから彼女は倒れ、今度こそ永遠の眠りに就いた。

2013年11月15日 (金)

【DAI】Dragon Age Asunder (21‐1)

 苦痛が生み出す朦朧とした意識の中にぐずぐず留まっていたリースは、誰かに肩を揺さぶられてそこから無理やり引きずり出された。
 メイカーご慈悲を、痛いってば!
 彼は悲鳴をあげたかったが、出てきたのは弱々しい呻き声だった。
 起きるんだと叫ぶ声がコールのものだとわかったが、それもずっと遠くから聞こえてくるような気がしていた。まるで闇の中に横たわる自分自身を見下ろしているような感じがするが、そのことすら自分とはなんの関わりもないことのように思われた。きっと夢からまだ醒めていないのだろう。

 大声で名前を叫ばれ、嫌々眼を開けた彼を現実が鋭く容赦なく襲ってきた。燃えるような胃の痛みが体中に触手を伸ばしているような感じだ。彼は闇の中に再び逃げ戻りたかったが、激しく体を揺さぶられていてはそれも適わない。もう目覚めたからやめてくれとリースは呟いた。

 コールはほっとしたようだった。彼に手枷を外してもらう間、リースは周囲の異様な感じに気がついた。牢の外から聴こえる叫び声は切迫しており、扉の開閉する音や人々が駆け出す足音がする。ずっと遠くの方からは爆発音が聴こえてきた。

 身体を起こした彼は、タワーが攻撃を受けているのかと訝しみ、皆一体何をしたのかとコールに尋ねた。
 外された手枷が鈍い音とともに床に落ち、そんなに重いものを身に着けていたことに初めて気がついたリースは解放された気分に浸った。救いに来たと告げるコールの口ぶりは、それがまるでこの世の中で一番容易なことのようだった。彼はリースの眼を直視して、立ち上がれないなら自分が担いでいくと言った。

 コールの力でそれができるとは思えなかったが、それでも彼はひるまず試みるに違いない。だがリースが躊躇したのはそれが理由ではなかった。コールの立居振る舞いやその心配そうな表情を見つめているうちに、その中に以前と違うものを見出したからだ。リースの記憶にはロード・シーカーの言葉が蘇ってきた。

 あの男の言葉が正しかったらどうする。全部本当だったら。
 話したいことがある、という言葉が考えるよりも先に口をついた。
 コールは何も訊ね返さず、時間がないとも言い返さず、ただ頷くと腰を下ろしてリースの言葉を待っていた。

 何を話すべきなのだろう。ロード・シーカーから示された以上の証拠は何もないし、あの男には目的のために事実さえ歪めようとする動機がいくらでもあるはずだ。ロード・シーカーはコールと一度も出会っていないし、その眼を覗き込んだこともない。フェイドに侵入したことも、若者が今このような存在となってしまった痛みの正体を目撃することもなかった。リースの直感はコールが現実の存在であることを告げている。
 だがそれならなぜ、自分は罪悪感を抱くのだろうか。
 彼はゆっくりと視線を下ろすと、やっぱりよそう、とだけ言った。

 コールはリースを立たせるとふたりで通路に歩み出た。一歩踏み出すごとにまるで内臓が飛び出してしまうかと思うような激痛がリースを襲う。胃を強く抑え付けても助けにならず、眉毛からは汗が滴り、震えがとまらなかった。
 これ以上歩けないと唸るリースを、あと少しだけだとコールが励ます。

 リースは自分を治癒しようとしてマナを召喚しはじめたが、苦痛があまりに強すぎて意識を集中することができなかった。苦痛はまるで抗うことのできない白い焔のようで、それを突破しようとするほど増大していった。彼は身体を折り曲げ、眩暈のために気を喪いかけた。

 照明石を手に駆け寄ってきたのはエイドリアンであった。誰かの顔を見かけてそんなにも嬉しく思ったことは今までなかった。彼女は大講堂の戦いで殺されてしまったと思っていたのだ。完全に負けと決まるまで戦いを止めない者がいるとしたら彼女だ。彼女の腫れた頬が少なくともそれを試みたことを物語っている。

 エイドリアンは立ち止まってリースの容態と、魔法で治療しない理由をコールに尋ねた。苦痛が耐え難いようだとコールが答えると、エイドリアンは顔をしかめ、このタワーには何千もの治療薬が用意してあるのに、それを持ってくることに誰ひとり思い至らなかったことを非難した。彼女はリースの顎を持ち上げてその顔を見た。リースは歯を食いしばって同時に襲ってくる灼熱と冷気に耐えていた。エイドリアンのいらついた顔が真剣な憂慮の表情に変わり、自分が治療の呪文を使えないこと、それが使える誰かを連れてくる時間さえ今はないことをリースに詫びた。

 そっちこそ大丈夫か、とリースは彼女に弱々しく声を掛けた。驚いたような表情になったエイドリアンは、次に当惑したような、むしろ疑わしそうな顔をした。どこと指摘できないが彼女は変わってしまっていた。エイドリアンとの付き合いは長かったが、リースは自室で最後に彼女と話した時のことを思い出した。あの時以来、馴染の親友を永久に喪ってしまったのだろう。彼にはそれが悲しかった。

 エイドリアンは、リースこそ安全に脱出するようにと告げて走り去った。リースはその姿を見届け、自分を介助してくれるコールに嬉しそうにうなずいた。彼はおぼつかない足取りでなんとか歩き続けた。

 人々がふたりを追い越していった。その中には大講堂にいたファースト・エンチャンターたちも、このタワーで顔馴染のメイジたちもいた。皆恐怖にかられており、ふたりのため歩みを止める者は誰もいなかった。照明石を手にした赤毛の女性が前方の広間の入口に立っていて、手振りで皆を誘導している。どこかで見かけたはずだが、リースには良く思い出せなかった。

 今はそんなことよりも歩くことの方に意識を集中するときだ。コールとふたりで必死に歩こうとしても、ペタ、ズル、ピョン、ペタ、ズル、ピョンといった奇妙な、身もだえしたくなるほど遅い足取りにしかならない。それでもリースは歯を食いしばってなんとか前に進み続けようとした。リースは腹が立つほどの無力感にさいなまれたが、気にもしていない様子のコールは彼を励まし続けた。

 間もなくふたりは他の者たちに後れを取ってしまっていた。皆急ぐように叫んでいる赤毛の女性の傍らにはグランド・エンチャンターもエイドリアンも立っていたが、しばらくすると彼女たち三人も姿を消してしまった。リースとコールふたりだけが闇の中に取り残され、遠い剣戟の音と、メイジたちの叫ぶ声だけが進むべき方向を知らせている。もちろんここの通路を熟知しているコールにはそれすら不要だ。

 ペタ、ズル、ピョン、ペタ、ズル、ピョン。

 時の流れがあまりに遅い。物音もどんどん遠ざかって行き、ついに全き暗闇が訪れた。ピットの深部に降りているのはわかったが、どこに向かっているかリースには皆目見当がつかなかった。先導はコールに任せきりで、リースの耳には自分たちの足音と、自分の心臓の鼓動だけが鳴り響く。

 エヴァンジェリンやウィンもどこかにいて戦いに参加しているのだろうか。皆はどこに向かっているのだろう。テンプラーの追撃の手が及んだらどうするつもりだろう。リースはそれらのことをコールに尋ねたかったが、今は苦痛に耐えつつ歩みを進めるのに精一杯だった。

 拷問とも思える長い時間が過ぎた頃、リースは足元の水音に気がついた。廃棄物まみれの下水道で嗅ぐような汚臭もしてきた。リースは途切れがちな息遣いで自分たちの居場所をコールに尋ねた。

 もうすぐ先だとコールが答える。彼は姿を消しているのかもしれないが、闇の中から聴こえるその声とリースの腰を支える片腕は確かなものだ。
 この先にある壁を伝って降りることになると告げられたリースは、それを言うなら壁から転げ落ちるだろうと言って笑った。なんとかするとコールが答えた。

 突然、後ろの方から物音が聴こえてきた。何人もの走る足音。命令を叫ぶ声。テンプラーたちだ。リースは凍りつき、反射的にマナを召喚して守りを固めようとしたが、襲いくる激痛がそれを許さなかった。後ろによろめき、石につまずいて転びそうになったリースの身体をコールが支えた。

 リースの鼓動が激しくなった。その場にしゃがんだ彼は胃の苦痛に顔を歪めながら待った。周囲の闇を暴く照明石の灯りが遠くの方にいくつも見え始めると、テンプラーが違う方向に行って欲しいという望みも打ち砕かれた。テンプラーが近づいてくるにつれ、灯りの眩さも増してくる。

 早く逃げなければとコールを急かしても、彼は大丈夫だと言うばかりだ。
 大丈夫なわけがない。自分の足取りでは遠くまで逃げることなどできないが、だからといってここで座して待っていても幸運など訪れるはずがない。

 一人目のテンプラーが視界に入るとリースは恐慌に見舞われた。テンプラーは全部で五人で、がっしりした巨漢たちの鎧はどれも返り血で汚れている。その真剣な面持ちから、出会う誰でも叩き斬る気満々であることがわかる。

 先頭の男が照明石を高く掲げて通路の先を覗き込む。リースは困惑した。男から五フィートも離れていないのだから、リースたちの姿は白日の下のように晒されなくてはならないはずなのだ。

「確かに水音がしたはずなんだ」先頭のテンプラーが呟く。
「俺たちの立てた音だろう」と別のテンプラーが言った。「ただの反響だよ」
「かもしれん。だいたい奴ら本当にここに逃げこんだのか。こんなところに何があるっていうんだ」

 黒ひげを蓄えたテンプラーが進み出ると、壁に向かって苛立たしげに剣を振り回した。

「メイカーズ・ブレス、そんなこと知るかよ。戻ろうぜ。ゴーストを追いかけた挙句にこんなところで迷子になるのは御免だ」
「ロード・シーカーの命令は、ダンジョンから逃げ出した奴らは一人残らず見つけ出せだ。彼自身も間もなくここにやって来る」
「もし来なかったら? 一ダースものファースト・エンチャンターどもと俺たちだけで戦う羽目になったら? 勘弁してくれよ!」

 先頭の男が意地の悪そうな顔で他の者たちを見た。

「じゃあ、ロード・シーカーにそう言えよ。それともサー・エヴァンジェリンの味方にでもつくか? メイジどもと一緒に戦っている姿をお前だって見ただろう。正気の沙汰じゃない」

 他のテンプラーたちは押し黙り、心中を見透かされたくないかのように誰とも眼を合わせなかった。先頭のテンプラーが忌々しげに唾を吐き出すと、通路を先に進んでいった。他の者たちも遅れてそれに付き従う。彼らの立てる水飛沫がコールとリースを濡らしたが、誰一人としてふたりに気がつかなかった。

 リースは微か過ぎてそれまで気がつかなかったパワーの存在を感じた。毛布のように自分の身体を包み隠しているそれは厚く、濃密で、コールから発せられていた。テンプラーたちの照明石の灯りが見えなくなるほんの一瞬前、きつく目を閉じているコールの顔が見えた。あまりに神経を集中させているためか、彼は鼻血を流していた。

 連中はもういなくなったとリースが声を掛けると、両目を見開いたコールが驚いた顔でリースを見て、それから苦しそうに顔を歪めた。彼は地面にうずくまり、両脚で頭を挟み込んですすり泣き始めた。何が理由なのかわからず途方に暮れたリースはコールの肩を叩き続けるしかなく、やがてふたりは再び闇の中に取り残された。
 しばらくしてようやく呼吸が穏やかになったコールが、もう大丈夫だと言った。
 リースが尋ねても、コールは先ほどテンプラーをやり過ごした手口について何も答えず、リースを立ちあがらせて再び歩き始めた。コールの新しい能力はリースを不安がらせた。彼の知る限りそれはどんな種類の魔法でもなく、何か完璧に異なるものに違いなかったが、その考えは心地よいものではない。

 テンプラーたちはエヴァンジェリンについても話していた。リースは彼女がまだ生きていると信じたかった。メイカーが真に信仰に篤く善なる者をお救いになるのなら、彼女こそ生き延びさせて欲しい。

 ふたりはコールが言っていた壁のところまでやってきた。闇の中でそれを降りるのは難しく、永遠とも思えるほどの時間を要した。リースは自分の眼では見えない石を握りしめ、途切れがちに息をしてこのまま落ちないように祈った。その甲斐もなく落ちてしまったリースの身体を下で待っていたコールが首尾よく受け止めた。想像を絶するほどの激痛に見舞われたリースが冷たくじとじとした下水の中に横たわって痛みが去るのを待つ間、コールは彼の頭を叩いて先に進むよう急かしていた。

 汚水の匂いから、ふたりがいるのが下水道の中だとわかった。他のメイジたちもここを通って逃げたのだろう。通路の先から微かに声が聴こえると、コールは即座にリースを反対方向に誘導した。

 テンプラーの援軍が到着するのに時間はかからなかったようだ。しかも今度は大勢である。互いに命令を叫び合う声と、汚水を掻き分けて進む水音が、リースの耳にはありとあらゆる方角から聴こえてくるような気がした。だがコールには進むべき道がわかっているようで、リースはそれに頼るしかなかった。

 いくつもの角を曲がりながら進む道のりは永遠に続くかと思われ、苦痛のため朦朧となっていたリースは何度か気を喪いかけた、実際気を喪ったはずなのだが、気づいた時にはまだ歩き続けていた。
 とうとうリースがコールの袖を引っ張り、少し休ませてほしいと言った。

 コールは何も言わずにリースを近くの堤防まで連れて行った。ふたりでそこに座り込んで、リースは呼吸を整えようとしていた。腹部が燃えるような感じがするのは出血が再度はじまっているからに違いなく、生きる力がどんどん萎んでいくのをリースは自分でどうしようもなかった。疲労困憊で眩暈もしていた。

 天井の鉄格子から微かな灯りが漏れてくるのはヴァル・ロヨーが夜だからだろう。通路の壁の輪郭を知るには十分な光で、隅を走り回るネズミたちの姿も映しだしていた。リースはそこから街に出ることができないかと一瞬だけ思ったが、即座にその考えを打ち消した。たとえ梯子があったとしても今の自分では到底それを登れない。鉄格子が外れないかもしれない。魔法が使えなければ自分は完全に無力だ。

 リースは凍りついた。誰かが近づいてくるのだがその足音は走ってはおらず歩いている。コールに手を掴まれたリースは、彼が再び先ほどの闇の覆いを使ってふたりの姿を隠すつもりだろうと思った。

 姿を現した追跡者はロード・シーカーだった。

 下水の中をゆっくりと進んでくる男の片手は赤く輝く小瓶をかざしている。それが自分のフラクタリであるに違いないと思ったリースは絶望した。ロード・シーカーは自分を追跡してきたのだ。彼はまるで何でもないことのように優雅に歩いている。獲物を探してうろつく狩人だ。

 フラクタリがあってもコールの能力で姿を隠すことはできるのだろうか。リースはロード・シーカーが立ち止まるのに合わせて息を止めた。男はゆっくりと小瓶を左右に振り、深紅の光がどのように変化するか吟味している。そして顔をしかめた。

「出てこい」と彼は言った。
「そこにいるのはわかっている。お前のフラクタリを破壊するために仲間が苦心惨憺したようだが、ずっと私が持っていたのだ」

2013年11月14日 (木)

【DAI】Dragon Age Asunder(コメント8)

 物語はいよいよ佳境に入ってまいりました(笑)。

 19章はお約束の下水道ルート。かつてDDOというMMO/MOはリリース直後に下水道クエスト以外のコンテンツがほとんどなく、「どぶ浚いMMO」とまで呼ばれたものでしたが、DnD由来のRPGにはどうしても多く登場することになりますね。天然の洞窟と人工の地下道。そのまんまのダンジョン(地下牢)を除けば、このふたつがダンジョン・クロウラーの舞台の双璧でしょうか。 

 ウィンがフェラルデンの英雄から譲り受けたという「邪悪の杖」。DAO本編に関連するものがあったかどうか調べがついていませんが、DAWikiにも記述がないようです。

 前章(18章)でリースがテンプラーたちを食い止めるためディーモンの力を手に入れる誘惑に打ち勝ったエピソードと、ウィンが邪悪な紅い杖を復讐に用いようとしたエピソードは同じ意味を持っているのでしょう。メイジが邪悪なパワーの利用を抑制するのがいかに難しいことか強調している。DA2オシノは結局その誘惑に負けてしまったわけですしね。
 ゲイダーさんらしく、メイジ=善、テンプラー=悪という単純な図式では済まされないということを明確にしたかったのでしょう。 

 逆に言えば、テンプラー側を代表するロード・シーカー・ランバートも単なる狡猾な専制者ではない描かれ方をしている。彼はコールに関する謎解きの探偵役でもあるんですね。わざわざリースの著作までひっぱり出してきてコールの正体を推理するのですが、もちろんその動機は真実の探求だけではなく、叛乱を阻止するためとの意味合いが強い。

 最終的には自分の判断についてディヴァインへの釈明を求められるわけですから、推理の辻褄はあっていないといけないんですけどね。 
 大変始末に悪いことには、ランバートはリースが殺害事件の真犯人(共同正犯)であり、(ディーモンまたはブラッド・メイジの影響を受けて)結果的に叛乱の煽動役になっていると心から信じている。彼自身がテヴィンター・チャントリーのブラック・ディヴァインを生み出してしまった張本人であることへの後悔の念がそうさせているのでしょうが。

 20章では、ウィン、エヴァンジェリン、シェイル、コール、そしてレリアナまでがメイジ救出のためホワイト・スパイアに侵入する。

 ゲームやアニメと違って、小説ではさすがに五人パーティーとはいかないわけでしょうか・・・。会話がこんがらがっちゃう。「指輪物語」だって、旅の仲間がすべて集結してた時期って意外に短かったですもんね。

 フラクタリ・チャンバー崩壊シーンは圧巻でしょうか。DAOにはフェラルデン・タワーのフラクタリ・チャンバーが登場しますが、さすが田舎サークルだけあって描かれ方もしょぼしょぼでした。荘厳とまで呼べそうなホワイト・スパイアのそれとは大違い。DAOには開発手法、予算の制約もあったでしょうし。
 シェイルを連れてきたのも、ここに登場させたかったからなんでしょうね。んー、ここは映画か動画シーンで見てみたい気もします。 

 レリアナ登場はファン・サーヴィスかとも思ったのですが、ここではコールの「覚醒」の目撃者役に回ってしまいました。ステルス方面のプロ(レリアナ)からしたら、コールの技能は商売あがったりになりかねないという意味かなあ。 

 全22章+エピローグですので、次のコメントはついに全編紹介終了後となります。

 まあ、どう長引いても年内には終わりそうですねえ。来年4月に"The Masked Empire"が出るまで、なにすっぺ(いや、そっちもやると決まったわけじゃないから!)

 ちなみに先ほどDAWikiを見ていたら、Asunderのいわゆる「要約版」が(英語だけど)掲載されていた。以前にあったかどうか覚えていないが、まあ暇になったらそれを訳して、こちらの紹介版のさらに要約版としてもいいかもしれない。 

 こっちはもやは要約とは呼べない代物になってしまいました・・・。海賊対策がこんなに手間だとは思わなかった(言ってしまえば自分だって私掠船みたいなことしてるけどね)。 

2013年11月13日 (水)

【DAI】Dragon Age Asunder (20‐2)

 コールの両足は痙攣しそうになっていた。彼はダンジョンの入口からそう遠くない闇の中に長い間隠れていた。

 見知らぬ連れと一緒でなければ隠れる必要すらなかったのだが、彼は老婦人がシスター・レリアナと呼ぶ短い赤毛の女性と同行していた。赤銅色のチェインメイルを身に纏い、太ももまで覆う黒い革製のブーツを履き、肩にはロングボウを担いでいる彼女のいでたちはコールが今まで見たこともないほど絢爛豪華で、とても尼僧には見えなかった。彼女は呼吸をするように気軽に戦いに臨むことのできる類の人物に見えたが、そんな尼僧がいるとも思えなかった。

 エヴァンジェリンたちと別れてこのかた、シスターとコールは一言も言葉を交わしていなかった。自分の隣にしゃがんでテンプラーたちを見詰めている彼女に、コールは老婦人やリースとの間柄について尋ねたかった。コールはおぼろげな記憶から、あの香水の匂いが漂う聖なる館で、背の高い帽子をかぶった女性の傍に立っていた女性とこのシスターが同一人物であるとわかったが、今の彼女はその時とは全く異なる佇まいであった。 

 だが今すべきなのは質問ではなく、リースを救い出すことだ。コールが牢の中の様子を覗いたとき、リースは蒼ざめ、話は要領を得ず、腹の傷はひどそうだった。薬品の知識もなければ治療の呪文も使えないコールはその時何もできなかった。あれから今までの間にリースが死んでしまったりしていないだろうか。 

 何時間も待たされたような気がした頃、ようやく事が始まった。 

 はじめに頭上の遥か遠くのほうから雷鳴のような音が微かに伝わってきた。その音が徐々に大きくなり、天井を揺らし始め、溜まっていた塵の塊が崩れてパラパラと降り注ぎ、テンプラーたちの警戒を呼び起こした。彼らは一斉に飛び跳ねると剣を抜いて口ぐちに叫び合った。

 ひとりのテンプラーが駆けつけ、タワーが攻撃されていると叫んだ。ロード・シーカーの居場所が不明だと知ってテンプラーたちはしばし混乱していたが、次に聴こえてきた爆発音をきっかけに、ようやく行動を開始した。指揮を執ったテンプラーが、三名だけをここに残して他の者たちと階段を駆け上がっていく。その足音が聞えなくなった頃、シスターがようやく身体の向きを変えた。

 彼女はロングボウを手にすると矢をつがえたが、弦はまだ引かなかった。そして三人も残ってしまったのは具合が悪い、と不愉快そうに囁いた。三人くらい楽に倒せるのではないかとコールが尋ねると、シスターは、ダンジョン入口の防御装置はたった一人で起動することができるため、三人いっぺんに倒さなければならず、それは至難の業なのだと答え、微かに笑って弓を持ち上げると弦をひき始めた。

 コールは彼女の肩に手を置くと、自分に任せてほしいと言った。シスターは好奇に満ちた目で彼を見たが、特に拒絶もしなかったのでコールは立ち上がった。
 コールは今までテンプラーを傷つけたことはなかった。だがリースを救うことを邪魔する者は許せなかったし、エヴァンジェリンからは時間をかけている暇はないと言われていたのだ。

 ダガーを強く握ると、コールは衛兵詰所に向かって通路を忍び足で進み始めた。入口付近に立っている最初のテンプラーのところまで近づく。日焼けして年季を示す肌の、白いものの混じった黒いひげを蓄えた年長の男だ。彼はコールの姿を通して階段のほうを不安げに見つめている。剣戟の微かな物音がするたびに彼の身体がぴくりと動いた。

 また叛乱か、と男が唸る。四角い顎をした女性のテンプラーは、兜ですっぽりと覆っている頭を振りながら、ロード・シーカーは今度こそ愚かなメイジたちの頸を刎ねるに違いないし、そうでなければ連中は何も学ばない、と答えた。

 年長のテンプラーは何かをぶつぶつ呟いた。男の目を見つめるコールには、その臭い息まで感じることができた。コールは自分の心の奥底にある闇の井戸に触れるため神経を集中させた。襲ってくる恐怖に打ち勝つよう気を強く持った。

 自分はこの世から消え去ったりはしない。リースは世界で唯ひとりの友人、彼を救うためなら何だってやる。

 コールはダガーを持ち上げ、そのぎざぎざの刃をテンプラーの首筋にゆっくりと近づけた。肌に押し付けると一筋の血が流れたが、男はまだ気が付かず、何事もなかったかのように前方を注視しているばかりであった。

 お前たちには僕は見えない。コールが深く切り裂くと、男の喉から鮮血がほとばしり、鎧の胸にしたたり落ちた。男は目を見開いて息を呑み、恐慌に見舞われて自分の首を抑えた。血の流れはさらに早くなり、チュニックを濡らして床にまで飛び散り始める。彼は自分の小手を見つめて困惑した顔つきになり、喉からごぼっと音を立てるとついに片膝をついた。

 お前たちには僕のすることが見えない。コールは年長のテンプラーを捨て置いて次の標的である女性に近づいた。コールは彼女の眼に自分がかけた覆いを感じることができた。彼女はそれに抗っていたが、そうしていることにすら気が付いていない。コールの両のこめかみは痛みで脈打っている。

 お前たちには僕を止めることはできない。コールはダガーの切っ先を彼女の喉元に突き付け、体重を乗せて押し込んだ。刃は奥までぶっすりと突き刺さり、ぐうと音を立てた彼女の口からほんの少量の血が吐き出された。それでも彼女は釘付けにされたままで、忘却の海から顔を出すことができないでいた。

 お前たちの誰も僕を止めることはできない。コールはダガーを抜き去り、女が後方によろめいて壁に倒れ掛かるのを見つめていた。彼女が剣を床に取り落すとガチャリと音がした。彼女は流血を食い止めようと両手で無為に傷口を抑えている。彼女は最後のテンプラーのほうに震える手を伸ばして警告を与えようとするが、その口からは締め付けられたような叫び声しか生み出せなかった。

 リースが死んでいたら、お前たちの最後の一人まで狩りたててやる。最後の一人まで逃がさない、そう誓う。

 最後のテンプラーは若い男であった。長くぼさぼさの金髪の男はどこかしらコールに似通っていた。若い男はなにか妙な感じを察知したかのように眉をひそめているが、その正体を突き止めることはできないでいた。コールはなんとか神経を集中させようとしたができなかった。自分の鼓動があまりに大きく響いていて、耳にはそれしか聞えないほどになった。 

 女はついに地面に倒れ伏し、その物音が若いテンプラーの注意を引いた。振り向いた彼が驚きの叫び声を発し、同時にコールの姿を目にとめた。若い男は叫び声をあげ、振り上げた剣でコールに斬りかかった。

 だが時すでに遅く、コールのダガーはすでに若い男の喉元を切り裂いていた。男はよろよろと後ずさりし、コールはその不器用な剣捌きを容易く避けることができた。男が再度剣を振り上げようとするが、もはや鮮血は留まることなく吹き出している。男の力は弱く、剣は揺れ動いてやがて床に落ちた。男も両膝から崩れ落ち、コールを驚愕の表情で見つめつつ、ゆっくりと倒れ伏した。

 コールは大きく強く息を吐き出した。死体から離れると壁に背中をあずけ、吐き気と戦っていた。彼の全身に蔓延する闇の力は、まるで身体の中のあらゆる線維に染み渡る瘴気に満ちた油のような感じがした。身体が震え、眉毛からは汗がしたたり落ちた。彼は目を閉じ、その闇を抑えつけようとした。自制を取り戻すためには、意志の力の最後の一かけらまで必要とした。

 コールが再びようやく震える足で立つことができるようになった頃、弓を手にしたままのシスターはすでに詰所の中に入っていた。彼女はテンプラーの死体には気が付いていたが、ずっとコールを注視していた。彼女の眼には彼に対する警戒が、むしろ恐怖が潜んでいた。

「あなた随分と・・・、興味深いことができるのね」と彼女は慎重に言葉を選んで言った。

「気にしないで。どうせあなたは覚えちゃいないから」 

 彼女はその言葉を信用していないようだったが、コールも気にしていなかった。彼がひとりのテンプラーのクロークでダガーの血を拭っていると、階上の叫び声が次第に大きく、近づいてきているように聴こえた。 

 シスターが壁の照明石を手にし、年長のテンプラーのベルトから鍵の束を取り上げると、ふたりは沢山の牢が連なる通路に駆け込んだ。コールはいくつかの扉の陰から大勢のくぐもった声がするのを耳にした。コールがいまだかつて見たことのないほどの人数が、こことさらに下の階にも閉じ込められており、皆が助けを求めているようだった。 

「リースを探さなくちゃ」

 彼は不安げに言った。

「もちろん!」

 シスターが最寄りの牢に駆け寄って開錠する。扉の中には片方の頬にむごい殴打の後のある背の低い女性がいて、追い詰められた猫が今にも相手に飛びかからんとしているかのように牢の隅っこにしゃがみこみ、ふたりに怒りの表情を向けてきた。コールはそれが赤毛、いつも口論ばかりしていたエイドリアンであることに気が付いた。 

「あたしをどうする気?」と彼女が詰問する。

 シスターがくすりと笑う。

「助けに来た相手に対して、随分なご挨拶だこと」

 赤毛は疑い深そうに目を細めた。

「助けに来た?」

「ここに居残りたいならどうぞご自由に」

 赤毛が事態を呑み込むまでほんの一瞬を要するだけであった。彼女は立ち上がり、手枷された両手を突き出した。

「じゃあ、これも外してよ」と彼女は言った。

「グランド・エンチャンターを探さないと。彼女だけはどうしてもここから逃がさなくちゃ」

 シスターは頷き、コールを振り返った。彼女は鍵束から鍵をひとつ抜き去って彼に放り投げる。

「他の人たちも出してあげて。急いで」

「リースを探さないと」彼が繰り返す。

「皆一人残さず逃がさないといけないの」

 彼女は即座にエイドリアンに駆け寄り、手枷を外した。コールは通路に走り出た。騒音はさらに大きくなっている。牢の中からあがる沢山の叫び声には恐怖が入り混じっており、彼は敢えてそれに身を曝すことにした。

 コールは目を閉じ、自分の思念を探り始めた。リースは生きている。彼が近くにいることが感じられる。か弱く、消え入りそうだが、持ちこたえている。まだ手遅れじゃない。他の者たちはシスターが救えばいい。コールはそのために来たのではない。

 死んじゃだめだ、と彼は呼びかけた。僕は君を救うために来たんだ、そう約束したじゃないか。

 死なせたりするもんか。 

2013年11月11日 (月)

【DAI】Dragon Age Asunder (20‐1)

 フェラルデンのタワーのほうがまだよかった、とシェイルが呟いた。

 ウィンはバカを言うなというように鼻を鳴らし、シェイルはたった一度しか訪れたことがないはずであり、そのときあの場所はアボミネーションとあらゆる種類の堕落で半分埋まっていたではないか、と囁き声で問い詰めた。
 そこが洒落ていたところだ、とシェイルが言い返す。

 エヴァンジェリンが静かにするようにふたりを小声で叱った。ゴーレムと一緒に隠密行動をすること自体難しいのに、お喋りされていてはどうにもならない。ウィンがシェイルとどうやって合流できたのかエヴァンジェリンには見当もつかなかった。モンツィマードに到着した後、シェイルは首都までエヴァンジェリンたちを追いかけてきたのだ。もちろん道中出会う鳩たちに恐怖を振りまきながら。
 たとえ隠密行動が苦手でも、これから待ち受ける事態にゴーレムの味方が心強いことは言うまでもない。 

 ここまでのところ順調だった。エヴァンジェリンたち一行は、古代の地下道とタワーを結ぶ遥か昔に忘れ去られた連絡路からの侵入を計画した。エヴァンジェリン自身もその抜け道の存在を知らなかったし、このピットの最奥部を人が往来した形跡は何世紀にもわたってなさそうだった。
 黒い汚水に半ば漬かったり、今にも崩れそうなしっくいの壁をよじ登るなど決して楽な行程ではなかったが、予想に反して壁はゴーレムの重さにさえ耐え、一行は首尾よくタワー内部に侵入した。

 コールはピットの内部をまるで自分の手の甲のように熟知していた。通路には崩落した箇所や攻城戦用に要塞化された部分が至る所にあり、彼の先導無くして暗闇の中を誤りなく踏破することはできなかっただろう。

 ダンジョン付近に到着すると、そこはコールから知らされていたようにテンプラーでごった返していた。詰所内部には少なくとも二十名がおり、その外にも大勢が屯(たむろ)している。少なくともメイジの半数が牢に入れられているに違いない。仮にメイジ全員を投獄しようとするなら、ロード・シーカーはダンジョンの最下部の牢まで使わなければならなかったはずだ。そこにはタワー全体のメイジの優に倍の人数が収容できる。

 正面突破も可能ではあった。エヴァンジェリンはかつての同僚たちと剣を交える考えを好まなかったが、流血を避けることができると考えるほど間抜けでもなかった。だが真の脅威はテンプラーたち自身ではない。その中の誰かひとりでも誤ったレバーを操作してしまえば、ダンジョン入口の防御装置が作動して誰も出入りができなくなってしまう。
 それが悩みの種なのだ。

 リースの怪我のことを気にかけているウィンは、コールとレリアナと一緒に彼の救出に向かうべきだったと後悔していた。自分がいなければ誰もリースを治療することができないのではないかと慮っていた。エヴァンジェリンは、リースのことはふたりに任せて、こちらは自分たちの役目を果たすことに傾注すべきだと告げた。

 ウィンが用心のため杖の灯りを消していたため、タワーの正面玄関階までの長い階段は慎重に進む必要があった。深夜のこの時分でもテンプラーが徘徊していることは十分あり得るし、そのうちたった一人に見つかるだけで全ての努力は水泡に帰してしまう。

 だが運は一行に味方していた。誰にも遭遇することはなかったし、タワーの内部は完全に静まり返っていた。通常時でも大広間の入口や共用広間はテンプラーたちが警備しているが、さらに手厚い警備を予想していたエヴァンジェリンは、それが杞憂だったことを知って安堵した。

 おざなりな警備だ、とシェイルが批判する。彼らは内部からの攻撃は心配していないようだとエヴァンジェリンが答えると、それこそ最も警戒すべきことではないのかとゴーレムが食い下がる。
 タワーがあまりに広すぎるため、テンプラーがそのすべてを一度に監視することはできない。代わりにメイジたちを狭い区域に押し込めてテンプラーはそこだけ集中的に監視しているのだ、とエヴァンジェリンが説明する。
 とはいえ長く留まるほど巡回警備の者に遭遇する可能性も高くなる。彼女が手を振って指図すると、一行はさらに上層を目指して階段をゆっくりと上り始めた。 

 数階層は何事もなく通過したが、メイジたちがいる階層に近づくと話し声が聴こえてきた。エヴァンジェリンが手摺から身を乗り出して様子をうかがうと、彼女の予想どおりテンプラーの一隊が共用広間を占有していた。だが彼らに警戒している様子はなく、ひとつきりの照明石の灯りをたよりにカードで遊んでいる数名の者たちの他は、囁きあったり、頷きあったりしていた。
 メイジの姿はひとりも見当たらない。 

 ロード・シーカーの眼にとまれば、この怠慢なテンプラーたちの頸が軒なみ刎ね飛ばされてしまいそうだが、今それは問題ではない。このままでは誰にも気づかれずに上層に向かう階段までたどり着くことができないのだ。 

 エヴァンジェリンは、ウィンの名前を呼んで目くばせする。老婦人はそれに応えて片手を掲げ神経を集中させ始めた。その手を包み込んだ微かな輝きが、最後にはエヴァンジェリンが心配になるほど強く明るくなっていった。

 ウィンは両目を開くと、目の前に浮かんでいる輝くオーブに向かって声をかけた。オーブはまるで承知したと答えるように弾み、高く浮かび上がると一ダースほどの小さなオーブに分かれたが、その光はずっと微かなものなので暗闇の中ではほとんど目につかないほどだった。小さなオーブの群れは一斉にテンプラーたちのほうに飛んでいった。
 エヴァンジェリンが狙いを尋ねても、ウィンは黙って見ているようにと言い返すだけだった。

 自分たちの頭上を越えて飛んでいくオーブの群れにテンプラーたちは誰も気が付かなかった。オーブはそれぞれが目指す扉のほうに向かって散っていき、床と扉の隙間から室内に入り込んでいった。

 エヴァンジェリンたちは階段でやきもきしながら待っていた。 時間が経てば経つほどテンプラーの誰かに見つかる可能性が高くなっていく。派手な剣戟こそ今ここでは最も避けたいことだった。 

 カード遊びをしているテンプラーの一人が勝利の叫びをあげて手札を卓に投げ捨てた丁度そのとき、扉の向こうから大きな破裂音が立て続けに聴こえた。テンプラーたちは即座に跳びあがり、よろめきながら大慌てて剣を抜き去った。何人かは音のした扉のほうに駆け出して行ってそれらを大きく開け放つ。部屋の奥からは恐怖に駆られたメイジたちが悲鳴を上げた。 

 これだけの騒音と混乱があれば気づかれずに移動するのには十分だ。エヴァンジェリンたちの心配は、この騒ぎが下の階層はともかく、上の階層のテンプラーたちまで警戒させてしまっていないかどうかに尽きる。

 共用広間からかなり遠ざかってから、エヴァンジェリンが誰も傷つけることなく騒ぎが済んでいることを祈った。先ほどの階層にいるのはほとんどがアプレンティスたちで、彼らの緊張ぶりを考えると間違いが起きてもおかしくない。それについてはウィンも同意見だった。

 それ以上話し合うこともなく、やがて一行はテンプラーの将校クラスが居住する上層階に到着した。ロード・シーカーが変更を命じていなければエヴァンジェリン自身の居室もそこにある。それともアーノードが戦利品として使っているのかもしれない。彼女は父の本だけは取り返したいと思いつつも、今は形見の品のため危険を冒す場合ではないことも承知していた。 

 墓場のような静寂の中、たったひとつの照明石だけが進路を照らしている。自分たちの一歩一歩の足音がエヴァンジェリンにはまるで雷鳴のように感じられ、間違いなく誰かに気づかれるだろうと覚悟していた。 

 階段の次の角を曲がったとき、行く手を誰かが遮った。

 ウィンが驚愕して息を呑む。石の拳を固めて前に飛び出そうとするゴーレムをエヴァンジェリンが制止する。灰色のローブと額の日輪の印から、目前のエルフの女性がトランクィルであることがエヴァンジェリンにはわかった。暗闇の中で踊場に佇んでいる相手は身じろぎもしないが、その表情からは恐怖ではなく、不意に遭遇した相手に対する冷静な好奇心だけが読み取れた。 

 無言で対峙する一瞬の間だけ誰も身動きしなかった。エヴァンジェリンが自分のことを知っているかと尋ねると、相手は彼女が騎士隊長であり、ロード・シーカーからサークルの敵であると名指しされた者であると答えた。

 テンプラーたちに警告を発するつもりかと問われるとエルフは逡巡し、エヴァンジェリンたちに誰かを傷つける意図があるのかどうか尋ね返した。必要に迫られない限りそうはしないとエヴァンジェリンが答えると、トランクィルはそれを許容するかのようにゆっくり頷いて、こう告げた。
 ロード・シーカーがグランド・カシードラルに緊急召喚され、多数のテンプラーを伴って出ていった。彼はタワーを長く離れることにはならないと言い残していたので、何か事を構えるなら早くした方がいい。 

 エヴァンジェリンはウィンに目配せした。タワーからテンプラーが大挙して出張っているのはレリアナが首尾よくディヴァインの協力を取り付けたからに違いない。
 彼女はエルフに、指示に従うだけのトランクィルが、その情報を敢えて自分たちに伝えた意図を尋ねた。

 エルフの女性は、自明なことを質問されたかのように不思議そうに首を傾げながらこう答えた。
 従順さは分別の現れ。それを自由意志の欠如のように解釈するのは誤りである。
 
 彼女は去り際に振り返り、騎士隊長の幸運を祈ると闇の中に消えていった。

 このまま見逃すのかといぶかし気に尋ねるシェイルに、ほとんど悲し気な顔になったウィンが頷き、エヴァンジェリンもそれに同意するしかなかった。エルフを手に掛ける理由などないが、今のやり取りは疑問を生んだ。トランクィルでさえ騎士団の行いに反感を抱いていることを仄めかしたのは、暗黙の了解と同じと受け取っていいのだろうか。トランクィルの論理的な思考が叛乱すべき理由を見出したとき、彼らが一体どんな行動をとるのかエヴァンジェリンは常に疑問を抱いていたのだ。

 だが思いあぐねる時間はなかった。エヴァンジェリンは今まで以上にウィンとゴーレムを急かして、最後の階段を上りはじめた。彼女がファースト・エンチャンター・エドモンドとともに、今と同じ理由でここを上ったのはそう遠い昔のことではない。

 彼女たちはタワーの最上部に到着した。入り口にはフラクタリ・チャンバーに続いている巨大な扉があり、以前同様にテンプラーがひとりきりで警護していたが、今回の男はすでに剣を手にしていた。同僚だったテンプラーの他、杖を輝かせているアーチメイジ、岩石と水晶からなるゴーレムに対峙しなければならないことに気が付いた彼の眉毛からは汗がだらだらとしたたり落ちている。

 彼はエヴァンジェリンたちを大声で誰何した。名前こそ失念していたが、彼女にはそれがまだ入団一年足らずの夢と理想に満ち溢れた新人であることを覚えていた。若者は恐怖に塗れながらも持ち場を放棄することを拒む様子だ。 

 自分のことは知っているだろうと告げたエヴァンジェリンは剣を抜いた。彼女が入口に近づくのをテンプラーは不安げに見やり、ウィンとシェイルにもちらちらと目くばせをした。彼の剣が小刻みに震えているのは腕前が稚拙なしるしであり、エヴァンジェリンが即座にその剣を叩き落すことも、さらには相手を刺し殺すことさえ容易であったはずだ。

 ここに来るべきではないという警告をエヴァンジェリンからあっさり無視されると、彼は保管庫の壁に背中が付くまで後ずさりし、そのこと自体に驚いて飛び上がった。エヴァンジェリンは窮地に追い込まれた相手が斬りかかってくることを予期したが、テンプラーはそれをやっとのことで思い留まった。 

 エヴァンジェリンは相手から剣先を逸らさず、懐柔をはじめた。ここで死ぬ必要はない。持ち場を離れ、階段を降り、他のテンプラーを呼びに行け。急いで、できるだけ大声で。
 唇をなめている相手は逡巡しているようだった。エヴァンジェリンは、無謀な戦いで死ぬことではなく、警告を発するのが今の任務だろう、と畳みかけた。 

 テンプラーは試すように一歩エヴァンジェリンのほうに近づいたが、その剣の震えはますますひどくなっていた。エヴァンジェリンは相手に道を譲るため後ずさりした。それで勇気づけられたのか、テンプラーはさらに二歩、恐慌寸前の様子で剣をウィンとシェイルのほうに振り向けながら彼女たちのほうに近づいていった。

 相手を静かに見守っていたウィンは、杖を包んでいた魔法の輝きを抑えるとテンプラーに道を譲った。ずっと気乗りしなさそうだったゴーレムは、若いテンプラーが目の前を通るときに不機嫌な顔で睨みつけたが、通り道は開けてやった。

 何かの罠に違いないと考えている様子のテンプラーはじりじりと歩を進めていったが、扉にたどり着くまで何事も起きなかったとわかると、ありったけの声で叫び出しながら階段を駆け下りていった。それを聞いたエヴァンジェリンは溜息をついた。 

 さてこれで、間もなくテンプラーたちが大勢押し寄せてくる。 

 早く済ませてしまおうとウィンが言って、保管庫の一方のプレートまで歩み寄ると片手をかざした。エヴァンジェリンももう一方のプレートの前で同じことをする。フラクタリ・チャンバーの扉は、テンプラー一人とメイジ一人が揃わなければ開かない。エヴァンジェリンはロード・シーカーがこの仕掛けに何の細工も施していないことを祈った。

 ふたりがパワーをプレートに注ぎ込むとその赤い輝きが青く変わり、保管庫の扉が開き始めた。扉のメカニズムが大きな音をたてはじめ、何重もの金属の層が次々と位置を変えていく。
 ずっと下のほうから叫び声が聴こえてきた。 

 さっきのテンプラーは殺すべきだった、とシェイルが呟くが、エヴァンジェリンはそれには答えず、やがて現れた保管庫の取っ手に駆け寄るとそれを引いた。巨大な扉が唸るような音をたてながら開き始める。その後ろから以前に見たとおりのチャンバーの内部が見えてきた。

 大きく輝くピラー群がタワー最上階の天井まで届き、それぞれに何百もの赤い小瓶が格納されている。ホワイト・スパイアのメイジひとりひとりの、その他多くの者たちの血。チャンバー全体が発している闇のエナジーがエヴァンジェリンの背筋に悪寒を走らせた。

 チャンバーに入った三人は階下の騒乱をひとときだけ忘れた。ウィンがフラクタリ・チャンバーを見るのが初めてかどうかは定かではないが、彼女の見開かれた目が意味するのは驚嘆なのか拒絶なのか、エヴァンジェリンには判然としなかった。

 エヴァンジェリンは中央にある最も大きなピラーに歩み寄った。

「リースの小瓶がある場所は覚えています。トランクィルが戻し間違えていなければ・・・」

「待ちなさい」 

 最寄りのピラーを観察していたウィンが言った。彼女は片手を差し出すと小瓶の列に指を這わせた。彼女の表情が徐々に険しいものになっていった。 

「時間はありませんよ、ウィン」 

「リースのフラクタリを見つけたとしても、ファースト・エンチャンターたちのものもここにあるはず。それらをここに残したまま彼らを解放したところで、また狩りたてられるのがおち」

 エヴァンジェリンは動揺した。

「何がお望み?」

 ウィンはシェイルを見た。

「粉々にしてしまって」と彼女は言った。「ひとつ残らず」 

 おそらく微笑んだのだろうゴーレムは、力強く中央のピラーに歩み寄った。ほんの一瞬、エヴァンジェリンはふたりを制止するべきかどうか逡巡した。フラクタリを破壊するという考えが浮かんだことなど今までひと時もなかった。いや、そうだったろうか。テンプラーがただの方便としてブラッド・マジックを用いることには常に疑念を抱いていたのではなかったか。今更何を尻込みする。皆と同様、自分も覚悟を決めたはずだ。

 エヴァンジェリンはシェイルがピラーに近づくのを見守った。ゴーレムはピラーに一瞥を加えると、両の拳を握りしめて巨大なハンマー代わりとし、すさまじい力でピラーに叩きつけた。耳をつんざくようなガラスの割れる音がするとピラー全体が揺れ、棚に並んでいた小瓶が雨のように床に降り注いだ。

 シェイルが二発目の打撃を加えるとピラーそのものの位置がずれた。エヴァンジェリンは自分の骨が打撃を受けているような感じがした。ピラーの周りを取り巻いていた金属のらせん階段が突然外れ、二つに折れそうにひしげたかと思うと、ついにはゴーレムのすぐそばを掠めて床に落下し、粉じんを巻き上げた。他のピラーも震え始めており、それぞれから数多くの小瓶がばらばらとこぼれ落ちてきた。 

 物凄い叫び声をあげながら、三度ゴーレムがピラーに一撃を浴びせた。それがとどめになったようで、ふらついたピラーに最後まで残っていたフラクタリの赤いガラスがゴーレムに降り注ぎ、それからピラー自体がぐらりと倒れ始めた。中央のピラーが轟音とともに別の一本のピラーに衝突すると、またそれが次のピラーに倒れかかり、将棋倒しのようになったすべてのピラーが倒れ始めるとチャンバー全体の崩壊がはじまった。そのあおりで天井の一部さえ脱落した。

 ウィンとエヴァンジェリンは入口の外まで退避して、チャンバーが吐き出す粉じんから顔を覆っていた。轟音はタワー全体が倒れはじめているのではないかと錯覚させるほど強烈で、エヴァンジェリンはその破壊の程度のすさまじさに言葉を喪っていた。 

 狂乱が過ぎ去ると、ふたりは保管庫の扉から中の様子をうかがった。闇と粉じん以外はほとんど何も見えなかった。そこに形あるものが残っているはずもなく、ゴーレムでさえ生き残っているとは到底思えなかった。

 だが、ふたりが見つめている間にも、ぶかっこうな影がガラスを踏み潰す音を立てながら近づいてきた。
 全身ガラスの破片に覆われたままのシェイルが現れ、にやりと笑った。そして、なにやら奇妙なまでに愉しかった、と言った。

 軍靴が階段を駆け上がってくる足音が近づいてくる。大勢の者の叫び声を伴って。

 エヴァンジェリンは剣を構えた。戦いはこれからだ。

2013年11月 7日 (木)

クリフハンガー。

 「FFXIII-2」とか「閃のなんとか」の一部軽いネタバレあります。


 先のコメントで分割リリースについてのお話がありましたが、自慢じゃありませんが(自慢ですが)だいぶ前の過去記事で予想してました。

 といっても、ご承知のとおり世の中一般のMMOは分割リリースそのもの。モジュール化されてますしね。同じ発想でソロゲームだってできるんじゃないかという話でした。”Walking Dead”は時間がなくてまったく手を付けていないが、あれも似たような発想じゃないのかしら。
 EAのプロスポーツ・ゲームだって「アニュアライズ」(年次展開)してるから、似たようなもの。それいっちゃうとCoDもBFももはやアニュアライズしちゃってる。広い意味ではエキスパンション・パックだってDLCだって一緒ですよね。
 だったら本編も分割リリースできますよね、というだけのお話。

 でも濫用は良くない。「主人公危機一髪、果たして彼(彼女)の運命は!」というところでto be continuedになることを、映画などの用語で「クリフハンガー」(cliff-hanger)エンディングといいます(同名の映画はその洒落です)。
 連載小説、コミック、TVドラマならせいぜい来週までのお愉しみなんでよろしいと思いますが、次の作品がいつ出るかもわからない(年単位で待たせる)ヴィデオゲームでやっちゃいけないよな、と思います。

 JRPGがこれを使いたがるのは、やっぱ収益に自信がないからでしょうか。

 FFXIII-2のエンディングなんて「ばっかじゃなかろか」と思いましたし。「閃の」も、「あーあ・・・」なんですよね。
 
 第一、FFXIII-2なんて中身がどうだったかもはや記憶もおぼろげ。ライトニング・リターンズでお話を回収するのかしないのか、そんなことにも興味がわかない(トレイラーなどで見る限りゲーム自体はかなり力作ぽいので期待はしていますが)。
 「閃の」については、「零の」と「碧の」の関係からして、始める前からマップ他リソース続編使いまわしの同じ手口だろうなと予想はしていたけど、前作、前々作が一応完結してるのに対して、「そりゃねえよ」というエンディングだし。

 JRPGのDLC小銭稼ぎと、このクリフハンガーがどうにもみみっちいと感じられちゃうんですよねえ。

2013年11月 5日 (火)

【DAI】Dragon Age Asunder (19‐2)

 咳き込んだリースの全身は激痛に見舞われた。口の中に吹き出してくる血はおぞましい銅の味がして吐き気をもたらす。独居房の石の床に何度か吐き出してみても胃が痛くなるだけなので、彼は咳き込みが治まるまで目を閉じてしばらく待つことにした。 

 意識を喪う直前の朦朧とした瞬間、誰かに殴られたことだけは覚えている。でかい鼻をしたテンプラーの男で、アダマント要塞でリースたちを待ち構えていた中にもいた奴だ。彼は、当然の仕打ちだと思い知れ、メイジどもめ、と言いながらリースを殴った。胃の中に冷たい剣先が突き刺さったことも、まるで昨日のことのように覚えている。
 それですら大したことではない。 

 いくらでもそうする口実があるのに、なぜ彼らはリースを殺さないのか。叛逆者と呼ばれても仕方なく、彼の死がメイジたちの怒りを呼ぶわけでもあるまい。大講堂の激戦の後、ホワイト・スパイアは公然と叛旗を翻したのか、あるいは完全に閉鎖されてしまったのか。他のサークルがその報を受けたときの反応は想像するしかないが、テンプラーはてんてこ舞いに違いない。  

 自分の頸が刎ねられた途端、ファラモンドの業績は永久に喪われてしまう。それが理由か。テンプラーがリースだけが知っていると考えているその情報を欲しているのだとしたら、さぞ失望するだろう。トランクィリティの治癒に関するエルフの理論は聞いたが、それ以上話を聴く時間はなかったのだ。 

 ファラモンドのことを考えると心が痛む。彼がトランクィリティの恐るべき忘却から復帰したのも、再び同じ刑を受ける直前に殺されてしまうためだけだったのだ。
 コールが殺したのではない。ロード・シーカーが見つけたダガーは彼のものではなかった。テンプラーがファラモンドを処刑して、その罪をリースに擦り付けたに違いない。 

 少し前に眼を醒ましたとき、コールに見詰められていた記憶がある。傷の痛みでうなされていたときの夢だと思っていたし、他にもエヴァンジェリン、ウィン、それにエイドリアンの姿すら現れて、彼を憐れむなり詰るなりしていた。とはいえ、実際にここに現れるとしたらコールだろう。

 ここから必ず連れ出すと約束する。彼が本当にそう言ったかどうかまるで自信はなかったが、それが事実ではないことを願った。エヴァンジェリンやウィンと同様、コールもこれ以上危険な目にあわせたくない。来るべき事態に呑み込まれることのないように、ヴァル・ロヨーからできるだけ遠くに逃げ出していて欲しい。

 ここで起きる叛乱はカークウォールのそれとはきっと比べ物にならない。リースは何人かのファースト・エンチャンターが殺められるのを目撃したが、他の者たちの安否すら、もはや頓着する意味がなくなったのかもしれない。

 扉の錠前が開けられる音を聞いたリースは、苦痛をこらえて何とか起き上がった。大きな音とともに金属の扉が開くと牢の内が急に明るくなり、リースは眼の痛みをやり過ごすため瞼を閉じた。
 ついに自分も処刑されるのか。

 ふたりきりにするよう命じる声がして、ひとりの足音が立ち去りがけに扉を締め直す音がした。目を開けたリースは残像を消し去るため何度か瞬き、目の前の姿に焦点を結ぼうとした。照明石の淡く青い灯りが照らす鎧から、男がロード・シーカーであることがわかった。 

 男は軽蔑の眼差しでリースを見下ろしていた。リースが目覚めていたのは都合がよいと告げると、照明石を壁に掛け、彼自身が持ち込んできたに違いない椅子に腰かけた。それまで完全な闇の中であったので、最初からそこにあった椅子にリースが気が付かなかっただけかもしれない。

 食事ではなくて残念だと減らず口を叩くリースの言葉を無視し、ロード・シーカーはしばらく振りに二人きりで話す時分だろうと言った。吹き出してしまったリースは、咳き込んでまた血を吐いた。彼は、話し合いなどではなく処刑のほうがずっと楽だし、自分だけ他の者と違う扱いをされることに納得がいかないと言い返した。 

 ロード・シーカーは辛抱強く微笑んでいるが、目はまったく笑っていない。彼は、誰の処刑も執行されないこと、大講堂で殺されなかった者たちは、他の多くの者たちと一緒にここの牢に投獄されていることを告げた。そして、ここのダンジョンがこれだけ混み合っているのはおそらく何世紀ぶりのことだと付け加えた。 

 他の者たちも処刑されないのかとリースが尋ねると、男は椅子の背もたれに身を預けて腕組みし、リースを鋭く見つめてこう告げた。他の者たちの命運はひとえにリースにかかっている。 

 ロード・シーカーはリースに懺悔を求めた。リースはファラモンドを殺害したのが自分ではないことは承知しているはずだ、と言い返した。
 ロード・シーカーは失望したように眉をあげると、見えない男コールが他のメイジたち同様にファラモンドを殺したという話を繰り返すのかと言った。

 リースの背筋に冷たいものが走った。他の者たち同様にテンプラーたちもコールについての記憶を喪っていることを期待していたのだ。だがエヴァンジェリンもコールのことを覚えていたように、そうはならなかったようだ。少なくともあの見つかったダガーを使ってファラモンドを殺したのはコールではない、と彼は答えた。 

 確証があるのか、と詰め寄るロード・シーカーが顔を近づけてきたので、のけぞったリースは寝床に仰向けに横たわった。だがリースは、その突き刺すような灰色の眼に懸念が潜んでいるのを見て取った。それがリースに対するものか他の何かに関するものかはわからないが、この男に何等かの慈悲の心があると考えること自体笑止であるに違いない。 

 コールの正体について問われたリースは、このタワーに連行された後で行方不明となったメイジであろうと答えた。ロード・シーカーが、その場合コールの能力についての記録がない理由はブラッド・マジック以外にありえないと告げると、リースはコールがブラッド・メイジではないと反論した。 

 初めてコールと出会った時期を問われたリースが答えないでいると、ロード・シーカーが椅子から立ち上がって、狭い牢の中を歩き回りながらこう告げた。
 リースがコールと出会ったのはこのタワーの中に違いない。はじめは他の誰も気が付かない見知らぬ者の姿をちらりと見かけただけだった。ところがリースは彼と話がしたくて、それから彼の姿を追い求めはじめたのだろう。 

 コールを見たのは自分だけではなく、エヴァンジェリンもその一人だとリースが言い返すが、ロード・シーカーはそれはフェイドの中での話であると切り捨てる。彼は、コールがリースたちを追いかけてきたという考えにも疑問を呈した。途中一度もリースに気づかれず、馬上の者たちから引き離されることもなく、帝国のおよそ半分を追跡できることなど可能であるとは考えられない。
 重要なのは、最初にコールを見かけたのが、リースが彼の姿を追い求めていたときだということだ。 

 歩みをとめたロード・シーカーはリースに疑惑の眼を向けた。そして、リースほどの賢い男がそれらの事柄をより良く説明できる別の理由に気づかないはずがない、と言った。
 リースは、コールはディーモンではないと言い返したが、その言葉にすでに確信は持てなくなっていた。その考えは今まで何度も拒絶してきたのだ。コールと話をしているとき、リースの直感はこの若者が現実の存在であり、救いを求める見捨てられた魂であると告げていた。彼もリースと同様ひとりの人間のはずだ。だが今、彼の心の中では疑いが頭をもたげはじめていた。 

 待て! この男は自分を嵌めようとしているんだ!

 これはもうひとつまた別の罠だ。相手は自分の役に立つ懺悔をさせたいだけなのだ。

 記憶を新たにしてもらおう、と告げたロード・シーカーは、椅子の後ろに立って一冊の書籍を床から取り上げた。それはリース自身がスピリッツの研究を書き記したうちの一冊だった。中断を命じられて以降、その研究に思いを巡らしたこともなかったリースは不意を突かれたが、それ以上に驚きだったのはロード・シーカーがそれを書庫の奥からわざわざ発見してきたことだった。

 照明石のそばに近づいた男は、自分の探していた一節をみつけると声をあげて読み始めた。

 ディーモンはヴェイルを通過する際にしばしば混乱に陥る。こちらの世界では自分たちの支配が及ばず、接点もないからだ。彼らは接点を探し求め、見て触れることのできる何らかのものに憑依する。それから自分たちが後にしてきた世界、不変の現実からではなく概念と感情からなる世界で享受していたものと同様の安息を得ようとする。自分たちを命ある者たちの世界に組み込もうとする。彼らが発狂する理由はそれに他ならない。

 男は音をたてて書籍を閉じ、沈黙したまま疑惑の眼をリースに向けた。落ち着かない気分になったリースは、コールは混乱したスピリットだというつもりかと相手に尋ねかけたが、ロード・シーカーはそれを遮り、尋問を再開した。 

 殺害事件が発生し始めたのは、リースがコールと出会った後であるのはなぜか。コールが長い間タワーの中を彷徨っていたのなら、なぜそれ以前に誰かを殺害しなかったのか。

 コールは、殺害の動機を自分が消え去らないようにするためだと言っていた。それはこの世界との接点を維持するためであり、他者を殺害することで接触が強固になるという意味にとれるのではないか。

 ロード・シーカーは顎を撫でまわしていた。恫喝や譴責を受けることは十分覚悟していたリースにとって、この尋問は予想外のことであり、彼の不安をますます募らせた。 

 ロード・シーカーは言葉を続けた。

 ブラッド・マジックとは生命エナジーの操作であり、生命エナジーはマナのもっとも強力な供給源である。それが故にメイジが利用することを禁じられている唯一の供給源だ。たとえ一時的であっても、スピリットがこの世界との接点を維持するために生命エナジーを利用するのは有効なのではないのか。

 リースはゆっくりと頷いた。ロード・シーカーはさらに続けた。 

 だがブラッド・マジックを用いることができるのはメイジのみである。このコールなる者は、とある不幸なメイジの身体を利用しているアボミネーションであるのか、あるいは他者の精神に影響を与える能力のみを有している肉体を持たないスピリットが、我々の世界との接点を必死に維持しようとしているのか、そのいずれかではないのか。

 ロード・シーカーは両手を広げると、こう告げた。
 問題は、我々が対峙しているのは一体そのどちらであるかだ。 

 どちらかでもない場合もあるのではないか、とリースが尋ねた。もう一度起き上がる際に胸に刺すような痛みが走る。仮にコールがどんな存在であれ、自分が求められている懺悔とは関係もないし、コールがスピリットであるなら自分が殺害犯人として告発されるはずがないのではないか、と抗弁した。

 ロード・シーカーはそれがまるで優れた問いであるかのように頷くと、こう告げた。

 リースは情け深い男であり、他者を救おうと心掛けているから人望が厚い。悲惨な身の上の若者に出会ったならさぞ心を痛めるであろう。
 自分だけがその若者を救うことができる。どんな誤解を生むかもしれないので誰にも伝えられないし、誰にも若者の姿が見えない。どうして自分だけが彼と出会えたのかは不明だが、偶然のなせるわざかもしれない。自分でも気が付いていない自分の才能なのかもしれない。 

 気味が悪いほど耳慣れた言い方に触れ、リースは押し黙った。ロード・シーカーは続けた。 

 この憐れな若者をどうすれば救えるのか。ブラッド・マジックなら可能だし、それができるのは自分だけだ。牢獄の中で死にたくて仕方のないメイジを探し出し、慈悲を与えるという名目でその生命エナジーを吸い出して・・・。

 自分はやっていない、とリースが叫んだが、ロード・シーカーは、さもありなん、と言いたげな目で見つめて話し続けた。  

 ロード・シーカーはあらゆる記録を調査した。それにはすべてのアポステイトに関するありとあらゆる記録が含まれているが、コールという名前も、容貌が似ている男の子についても記録は一切見つからなかった。この若者には記録を消す能力が備わっていると考えるのも自由だが、コールなる者は最初から存在していなかったと考えるべきではないのか。

 話に我慢のできなくなったリースは、相手から目を背けるため身体をひねった。 心臓が脈打ち、大声で相手が間違っていると叫び出したかった。だが今やリースの頭の中には疑惑が渦巻いている。
 コールが彼自身に関する他者の記憶を消去できるなら、他のことに関する記憶もそうできるのではないか。リース自身が彼に協力することを合意した記憶も消去されてしまったのではないか。たった一晩だけのつもりでコールをこちらの世界に呼び込み、その記憶自体を消されてしまったのではないのか。

 ロード・シーカーがリースに飛びかかりざまその喉元を掴む。鋼鉄の小手で強く締め付けられたリースの顔は相手を見つめるように仕向けられた。男の灰色の眼から忍耐の色は消えうせている。 

 「懺悔せよ」 

 彼は強要した。

「ファースト・エンチャンターたちにディーモンの影響を受けていたと告げよ。エルフも、他の者たちもその手に掛け、意図せずディーモンの力を増大させ、タワー中のメイジを煽動させたことを告白せよ」
「嫌だと言ったら?」 

 リースは喰いしばった歯の間から絞り出すように言った。

「貴様は死ぬ」 

 男は手を離すと再び退いた。床に崩れ落ちたリースは咳き込み、息を詰まらせ、その胸の痛みはほとんど耐え難いものになっていた。

「ファースト・エンチャンターたちは処刑され、ここに投獄されているエンチャンター・エイドリアンも他のメイジたちも同じ目に合う。我々は叛乱を見過ごすことはできず、それに対処するためなら手段を問わない」

 リースは笑い出した。痛々しくあえぎながらも弱々しい笑いをやめることができなかった。口の中にはさらに血が溜まり、それを吐き出しながら彼は笑い続けた。見つめるロード・シーカーの不審気な顔が徐々に怒りの表情に変わっていった。

「危うく口車に乗るところだった」 

 にやりと笑ったリースは体を返し、重労働のためひどい汗をかきながらようやく身体を持ち上げた。ロード・シーカーは無表情で彼の苦行を眺めている。
 その顔から笑いがゆっくりと消えていったリースは、ロード・シーカーを真剣に見つめながら口元の血をぬぐった。

「コールがあなたの言うような存在であっても」と彼は言った。
「彼はそのことに気づいていないだろう。タワー全体のメイジを操ってなんていないに決まっている。罪を擦り付けるなら他所を当たった方がいい」

「貴様が皆を殺害したのに違いないのだ」
「それともあなたが嵌めようとしたか。ちょうど今やっているようにね」

 リースは愉しそうに微笑んだ。

「そのどっちなのか、最後まで謎だけどね」

 ロード・シーカーは言葉に詰まった様子でリースを探るように見ており、リースは自分の今の言葉を撤回すべきかどうか悩んだ。実際に自分が殺害犯人で、コールがディーモンだったらどうなのか。自分はどの道死ぬが、告白すれば少なくとも他の者たちの命は救えるのだ。 

 救えるといっても、皆トランクィリティにされてしまうのではないか。メイジたちに嘘を告げれば、彼らはテンプラーが信じさせようと望むあらゆる種類の嘘も受け入れてしまうことになる。リースの心の奥底ではコールが見た通りの存在であることを信じており、ロード・シーカーについても見た通りであることは同じなのだ。彼は、サークル・オヴ・メジャイが自分の目の前で音を立てて崩壊することを必死に食い止めるため、藁にもすがろうとしているひとりの男に過ぎない。 

 好きにするがよい、とロード・シーカーが言った。彼は照明石を取り上げ牢から出ていった。扉が閉まると、リースは再び暗闇の中に取り残された。 

 メイカー、我に力を。

 彼は祈った。

 皆が自分を助けに来ようとしませんように。自分の身を守るため逃げ出しますように。

 目を閉じると、突然極度の疲労に見舞われ身体が震えはじめた。

 コールのことも救いたまえ。彼がどこにいて、正体が何であっても、善かれと思ってやっているだけなのだ。

 そう信じている。

2013年11月 3日 (日)

【DAI】キャメロン・リー、再遅延の噂に回答す。

 諸君は幸せである。"GTA"でも、"The Last of US"でも、"Beyond:Two Souls"でも、"POKEMON!"でも、さらには「閃のなんとか」でも、「ライトニング・リターンズ」でも、「FFX/X-2リマスター」でも、あるいはそんじょそこらのMMOでもスマホゲーでも、ゲームと名の付くものを遊んでいれば満足な者たちは幸せである。

 だが私にはDAI以外何も眼にはいらない。 

 (いや、お前も「閃のなんとか」のせいでAsunderの翻訳が進んでないだろう。FFについてはその全部予約しているだろう!) 

 そういえば若い子からPOKEMON!に誘われたが、XとYの違いもぜんぜんわからず(ただの形を変えたバンドリング(抱き合わせ)、売ってなんぼの商売なだけ?)、というかポケモンを強くするため撫でたり、くすぐったりするんですか?
 できません。申し訳ないがそれは断じてできない。

 その話ではない。

 なんの苦行ですか。DAIはすでに一年リリースが延期されて2014年秋リリース予定となったのに、もう一年延期の噂がすでに飛び交っているのは。 

 「BioWareも埋蔵金探しに行っちゃったのかなあ」(by 吉田戦車、古すぎて誰もわからん)

 噂の出どころ、「煙」については直前のここのブログ記事で既報のとおりEAの偉い人。EAのCFOである彼が株屋相手の業績発表の場で、DAIは"most likely, possibly"(おそらく、たぶん)来年に出るだろうと言ってしまったものだから、すわ、再延長(なんのこっちゃ、ちゃうわ再遅延)が一部メディアで既成事実化してしまった。 

 http://www.videogamer.com/pc/dragon_age_3_inquisition/news/uncertainty_over_dragon_age

 これに対してDAIリード・デザイナーであるマイク・レイドロウのおっさんが「問題なく開発進行中」とツイートしたが、今までいつも適当なことばかり喋ってきたため、「マイク・レイドロウは黙って!」と信用されず、とうとうビジネス・サイドの責任者であるキャメロン・リー(DAIプロデューサー)が弁明せざるを得なくなった。 

 以下、キャメロンがツイートで答えた内容に関する、examiner.com(ゲームサイト)の記事。

http://www.examiner.com/article/dragon-age-3-inquisition-producer-responds-to-release-date-delay-rumor

 彼のツイート。

 "Don't worry, Dragon Age: Inquisition is shipping fall 2014. The team is hard at work :)"

 あー、よかった。ってマイクのツイートと何の違いもないんですが! 

 繰り返しますが、EAのCFOの立場で不用意な発言をしたら許されない。開発者が「すまん、リリース遅れちゃった」と言っても最悪クビになるだけだが、CFOの場合は会社が訴えられちゃう。まあ、ゴーンさんのところではないが、CFO自身のクビもとぶ。

 彼が2014年に「確実に」リリースされるとしていたのは、(適当に中身いじって(いじったふりだけして)パッケージの年数を2013から2014にすればいいだけの)EAのスポーツ・ゲーム・シークエル群。

 DAIについてはEAとしても経験したことのない大がかりなプロジェクトであり、五つのプラットフォーム(PC、X360、XOne、PS3、PS4)一斉発売という、これまた誰もやったことのない離れ業に挑む。さすがに「確実に」と言うことは憚られた。ただそれだけ。そう信じたい。信じましょう。信じるんだ!

 メイカー、我らを救いたまえ!

2013年11月 2日 (土)

On “Diverse Demographics” in Gaming

 ある意味で、Asunderの記事をはじめたのは正解だったかもしれません。
 だってBioWareゲームに関して書くネタがほとんどないのだもの。

 公式にリリースされる情報もここのところほとんどなく、DAWikiは長い冬眠に入っている状態。Greywardens.comは資金が尽きて閉鎖されたようで、ゲイダーさんのTumblrも、関係者のTwitterもあまり目ぼしい記事がない。

 レイドロウのおっさんが、「まだ2014年秋リリースを疑っている/心配している人がいるようだが、計画通り進行中だ」と断ってます。一年延ばしておいてまた延期ってのは恰好悪いもんな。

 

 噂の出どころはEAの偉い人。

http://www.videogamer.com/pc/dragon_age_3_inquisition/news/uncertainty_over_dragon_age_inquisition_2014_release.html

 "...we would most likely, possibly have Dragon Age next year."

 まあ実のところ、"most likely"という言い回しに(日本人が考えるような)深い意味はない場合が多く、「たぶん」、「おそらく」程度。「十中八九」という意味だとしても、「確か」とは程遠い。EAお家芸のプロスポーツ・ゲームなんて開発とは名ばかりのタイトル付け替えで中身ちょいと見直す程度の内容だから、投入シーズンを選んでリリースできるはず。狙ったとおりの時期に「確か」に出荷できるのでしょう。DAIのようなチャレンジングなタイトルは流石にそう言いきれないので、株のアナリストども相手でもあって保守的にしゃべってるんでしょうね。いや、そう信じたい!(笑)

 ハロウィン絡みのファンアート、コスプレ、パンプキンアート?、その手の話はなんぼでもありますが、それはご覧いただければいいかと。

 「レリアナズ・ソング」をカヴァーしている人の映像がYouTubeにありましたが、どうなんですか。個人的にはアマチュア(セミプロ)の演奏ってあまり興味湧かないけど、レイドロウのおっさんが絶賛していました。まあ、当然するだろうけど。

http://www.youtube.com/watch?v=4zgsPO48wvw&feature=youtu.be

 いつの間にかゲイダーさんが第一人者になってしまったかのような、ゲーマーのデモグラフィックス(demographics性別、年齢、国籍等々の属性)とインクルーシヴィティ(inclusivity、性的嗜好も含めたいかなるマイノリティをも受容する考え方)に関するネタが彼のTumblrにありました。小説以外のゲイダーさんの文章を読むのは久しぶりなんでやってみます。

*****

 質問者(ファンのひとり)によれば、Redditの女性ユーザー間の話題で、女性ゲーマーが待ち望んでいるゲームは、DAIはじめBioWareゲームが(Bethesdaゲームはともかく)、ポケモンやシムズなどの「カジュアル」ゲームに肩を並べており、中でも過去のDAシリーズは至って好評価であるとか。
 ゲイダーさんへの質問は、デモグラフィックスの多様化に関してBioWareの果たす役割をどう考えるか、他のメディアとの比較でどうか、さらにはそれが全体としてBioWareの認識にどのような影響を与えていると思うか。

 以下、ゲイダーさん。

 BioWareはDAOの頃からテレメトリー・データーを収集しており、オプト・アウト方式(意図的に拒絶しなければデーターが送信される方式)であるため、統計的に意味のあるサンプル規模をはるかに上回る量のデーターを入手している。データーの解釈は慎重に行う必要があるとしてもそれはそれで有意義だ。そのような数字が出た理由は何か、その数字の意味するものは何か、自分で気づかないうちに仮説を立てて見ているのだ。

 Mass EffectやDragon Ageでは、かなりの数の女性PC(プレイヤー・キャラクター、主人公)が用いられていることがわかっている。もちろん、それらPCを用いるプレイヤーが女性かどうかはわからない。自分も選択が許されるならそうすることがあるように、多くの男性プレイヤーが女性PCを用いているし、おそらく逆の場合も多いだろうが、その数字から女性プレイヤー層がかなりの部分を占めていると推定するのは危うい。

 そうであっても、DAのPCは三分の一以上が女性であり、それは無視できる数字ではない。

 また個人的には、ゲームをプレイできる女性ファンの数自体が限られていて、その全てが現にプレイしている結果が数字になっているだけだとする意見にも反対したい。エンターテイメント・ソフトウェア・アソシエーションが毎年収集しているデーターでは、女性プレイヤーが全体の半数を占めている。もちろん、ポケモンやシムズのような「カジュアル」ゲーム、MMO、ソーシャルゲームも調査の対象に含まれているが、「カジュアル」プレイヤーこそ、どこのマーケティング部隊もターゲットにしたいと考えている客層だ。すでに何らかのゲームを遊んでいる者たちを別のゲームに誘引するのは、我々が対象としてふさわしいと考えている層に属しているにもかかわらず、まったくゲームをしない者たちをそうするよりずっと容易なのだ。

 言えることはこうだ。女性(もちろん他のマイノリティを含む)に遊んでもらえることを促すような良いゲームを作れば、彼女たちは手に取って遊ぶ。他のゲームをすでに遊んでいるからというだけの理由で、我々のゲームを遊んでみたいと思うかどうかはわからない。その理由の半分は、我々がそういう事実を正面切って広告しておらず、そうしたメッセージを発信していないからだ。

 この場合「我々」は、BioWareのことも指すし、業界全体をも指している。ゲームがインクルーシヴになれば、より大きな顧客層を獲得することができ、やがてゲームとはそもそもそういうものだということになる。
 別に根も葉もないことを言っているのではない。だがインクルーシヴィティの議題に触れると、今まで何度となく次のような反応に曝されてきた。「いつまでそんな話題を続けるのだ?! いいから黙って良いゲームを作ってろ!」 そこでは、まるでそのふたつが両立しない目標のように、他の誰かの損失を前提にしてある誰かに注目しなければ議論など成立しないかのように見なされている。

 個人的にはBioWare、Electronic Arts、業界のその他の企業が果たすべき役割は、反発を恐れず、ゲームを単にインクルーシヴなものにしていく努力を続けることに他ならないと思う。良いゲームを創ることが常に最優先だ。少なくとも、潜在的観客層の一部を積極的に排除するようなことをしないように「少しは」気を配り、できるなら、それらの人々に積極的に受け入れられるように心を割くことだ。

 インクルーシヴィティの「いかなる」議論も、自分と異なる者たちへのいかなる配慮も、「自分たち」の商売にとって損失になると考える人々がいたなら握手して幸福を祈ってあげよう。さもなくば、努力の対価を受け取るのは自分たちだけであると主張し続けて(どこかで聞いたよな?)、業界全体を人質に取ることも厭わない、小さいが声高な集団の恩恵に与かることになるのだ。彼らは大きな潜在的ゲーマー層が控えていることを示す証拠が山のように増え続けていることなんてお構いなしだ。その潜在的客層を「カジュアル」のゲットーに隔離したりすることはできない。ここでいう「カジュアル」は、自分たちの仲間に属さず、熱心なファンと同じだけの金額を自分たちのゲームに支払うことのない「他の者たち」を示す便利な言葉であるかのように用いられているのだ。

 私自身はそのような企業方針を指図する立場にはない。中間層にいるただの開発者にすぎない。だが自分の感じていることはここに述べたとおりであり、Electronic Artsがその方向に向かっていることを喜ばしいと考えている。願わくば業界全体がそうなってほしい。こうしたものの見方は、結局変わって行くしかないのであり、ひとたび既成事実(fait accompli)となってしまった暁には、思ったほど面倒な負担を要しなかったことに皆気がつくものだ。

***** 

 ゲイダーさんが力説するときはやたら複雑で面倒な構文になるんですね。しんどいなあ。

 内容はいつもの主張どおり。BioWareゲームは一部自称ファンからバイ(ホモ)セクシャル・コンテンツについて叩かれ、必要以上に女性ファンに媚びていると詰られ、女性ライターは身体に危害を及ぼされるような脅迫を受けた。 

 でも「正義」を物語の中心に据えているBioWareのライターとして、ゲイダーさんもこの主張以外に道はあり得ないのもわかる。ここで折れたら「偽善」だもの。

 
 
 事の本質は、数少ない心地よい居場所(コアゲーム)が侵食されつつあることに対して気が気じゃない、あちらのストレート・ホワイト・メイルが必死にネット上で抵抗しているだけ(笑)。

 いや、笑いごっちゃない。某コミック作者が狙い撃ちされて、関連商品が軒並み店頭から姿を消しているとか、悲惨な状態になっている日本はひとつも笑えない。

 民間企業なんて本質的にビビリ、ヘタレ、なんとかの腐ったの(おっと失礼)ですから、ゲイダーさんが言うように少数の過激派が「業界全体を人質に取る」なんてことも成立するかもしれませんね。

 まあ・・・。クリスチャニティ世界は大変ですねえ。大方の場合「ふうん」で済んでしまう日本人でほんとに良かった。

 

 

【DAI】Dragon Age Asunder (19‐1)

 ウィンとともに地下の下水道を重い足取りで歩いていたエヴァンジェリンは、自分たちが膝まで浸かっている汚水の正体は考えないようにしていた。ここが攻城戦の際に城外から物資を運搬する避難路として建造された当時は、街全体の住民を匿うことができるだけの規模を有していた。街が戦乱の危機から長らく遠ざかっていたため、今では老朽化し、忘れ去られ、ただの廃棄物の集積所に成り代わっていた。

 ここに棲まう者たちも同様に忘れ去られていた。周囲には寝床、焚火の跡、衣服類や武器など、住人がいたことを示すものが残されている。貧民の中でも最も貧しい者たち、街人たちから「下の者たち」(”sous des gens”)と呼ばれる彼らの姿はひとりも見かけなかった。強制徴募兵たちが具合の悪い者だろうが頓着せずに兵隊としてここから掻き集めていったに違いない。三度の飯に与かることができるという誘いに乗った者もいただろう。エヴァンジェリンにしてみれば誰の目にも触れずに徘徊できることは好ましかった。

 下水道の寒さは凍えるようで、地表に続く鉄格子には分厚い霜が降りているものもある。鎧さえ通して感じる泥水の冷たさは堪(こた)えたが、ローブの胸まで染みになっているウィンのほうがずっと悲惨な姿であった。

 追手を振り切って地下に逃げ込んで以来、不平不満も含めてウィンは一言も発していなかった。冷たい怒りの表情で足早に歩く彼女は、同行者のことすら忘れているのかもしれない。彼女たちのたてる水音以外は完璧な静寂で、エヴァンジェリンはどこに向かっているのかさえ定かではなかった。

 エヴァンジェリンは、リースを救うと大声で叫びながら抗っていたウィンを引きずるようにしてホワイト・スパイアから逃げ出した。皆が捕まってしまわずに済んだのだから、ひとり踏みとどまったリースの目論見は正しかったのだが、彼を置き去りにするのは容易な決断でもなかったし、ウィンの気持ちに納まりがつきやすくなったわけでもなかった。

 今でもホワイト・スパイアに引き返したい気持ちでいるエヴァンジェリンは、故にウィンの考えを完璧に理解していた。リースの安否。爆発音が聴こえたに違いないタワーの他のメイジたちの動静。ロード・シーカーは周到に準備していたに違いないので、タワーのメイジたちは寄宿舎に隔離され、厳重な監視下に置かれていたのだろう。そこでメイジたちは憶測と恐怖に苛まれている。一緒に監禁されていないメイジたちは皆トランクィルにされてしまっていて、次は自分たちの番に違いないと。

 ロード・シーカーはグランド・カシードラルの謁見の直後から計画していたのだろう。テンプラーたちが今回の件を新しいメイジの叛乱であるとみなし、さらに熾烈な制約を課すつもりであることが容易に見てとれるため、エヴァンジェリンは嫌悪感で胸をつまらせた。テンプラーたちはメイジたちが血を流すまで満足しないだろうし、しかもそれを当然の報いだと考えるのに違いない。

 古い隧道をいくつかくぐりぬける間、先導するウィンの杖の灯りが唯一の光源であった。地上に繋がる鉄格子の下を通過するときにも陽光が漏れてこないのは、すでに夜が訪れているためで、彼女たちは丸一日逃亡していたことになる。翌朝にはふたりでヴァル・ロヨーから脱出しなければならないのだろうか。

 エヴァンジェリンがどこに向かつもりか尋ねてもウィンは歩を緩めず、常に備えを怠るなというレリアナの助言を聴いていてよかった、とだけ答えた。次の角を曲がった先には下水道の壁に埋め込まれた金属の開き窓が見つかった。錠前はとてつもなく複雑なものに見える。
 場所を失念したのではないかと恐れていたがようやく見つけた、とウィンが安堵の声を漏らした。

 錠前のダイアルを回し始めるウィンに疑いの目を向けながら、エヴァンジェリンは地下道の只中に隠し箱がある理由を尋ねた。
 隠し箱の仕掛けは地元の盗賊ギルドに属する若い男から借り受けたので、万が一の場合に備えてウィンが街に到着したその日のうちに手に入れたのだという。大きな音とともに箱が開くと、磨き上げられた紅い金属の杖とずだ袋が現れた。ウィンは杖を取り出すと愛おしそうに手を添わせた。

 追加の杖が必要な理由をエヴァンジェリンが尋ねると、ウィンはこの杖は別物だと答えた。彼女は白い杖を箱に仕舞うと、袋をエヴァンジェリンに手渡した。ずっしりとした重さは硬貨が一杯詰まっているからに違いない。ウィンによれば、その新しい杖はブライトの戦いの頃にフェラルデンの英雄から受け取ったものであり、気軽に用いる類のものではない。アダマント要塞で用いなかったのも、テンプラーにその存在を知られたくなかったからだという。

 ウィンは真剣な表情でエヴァンジェリンに振り向くと、テンプラーの動向について意見を求めた。エヴァンジェリンは、彼らは街路の探索からはじめるだろうと答えた。見習いメイジがひとり逃げ出したとでも言えば街人は皆協力を惜しまない。城門を閉鎖してふたりが城外に出ていないことが確かになれば、即座にこの地下を捜索し始めるだろう。
 ウィンは、そうであればまだ時間があると言った。エヴァンジェリンの予想に反して、彼女はグランド・カシードラルに向かうつもりはない。

 ウィンの紅い杖が光り始めると、白い杖のときには感じなかったとても落ち着かない気分がエヴァンジェリンを襲った。ぼんやりとして邪まを感じさせる杖の光を受けて、地下道の闇が蠢きはじめたような感じがした。
 エヴァンジェリンは鳥肌が立った。その杖から遠ざかり、地上に逃げて、悪寒が消えるまでできるだけ遠くへ走り去りたい気分になった。

 ウィンはホワイト・スパイアに引き返すと告げた。その決意に満ちたまなざしはいかなる反論も受け付けそうにない。彼女は、必要ならホワイト・スパイアを石材ひとつひとつにまで戻すつもりだが、目的は息子を無事救い出すこと、それがかなわなかったなら息子を殺した相手に復讐することだという。

 エヴァンジェリンは不安になった。老婦人がその杖を秘匿していた理由は明らかだ。どのテンプラーも、いかなる高尚な者であれ、メイジは誰でも最後の切り札として禁断の魔法を隠し持っていると信じている。ウィンが今そのようなアーティファクトを手にしていること自体が必要に迫られればそれを用いる意志の証であり、非難されてしかるべきなのだ。

 とはいえエヴァンジェリンは、メイジたちを窮地に追い込んだテンプラーの立場を擁護する気にはなれなかった。あの大講堂の戦いで絶望にかられてアボミネーションに変化したファースト・エンチャンターは誰一人いなかったはずだが、仮にそうせざるを得なかったとした場合にそのメイジを非難することができるだろうか。テンプラーたちの恐怖がメイジたちを非難される立場に追いやったのだ。敵意の循環はどこかで食い止めなければならない。

 ウィンの眼差しを受けたエヴァンジェリンは何も言わずに頷いた。張りつめた瞬間だったが、老婦人は彼女の答えに満足したようだった。踵を返したウィンは以前よりも足早に再び隧道の中に戻っていく。

 ウィンからテンプラーには二度と復帰できなくなることは承知しているのかと問われたエヴァンジェリンは、すでに取り返しがつかないところまできていると答えた。レリウムの補給が絶たれてしまうことについては、この街にいくつもあるドワーフの密売網を狩り立てることでも入手可能だと答えた。実際彼女は長い間そうした任務にも従事していたのであるが、今日に至るまでその知識が役立つとは考えもしなかった。もっとも、以前狩りたてていた相手に対し、今は取引だけを望んでいると信用させるのは容易ではないだろう。

 エヴァンジェリンは、自分が役立たずになるまで少なくともあと一週間はあると答えた。
 ウィンは、その時間を無駄にしないようにしようと言い返した。

 もうひとつ別の隧道をくぐった先で、エヴァンジェリンは行く手の闇に何かが潜んでいることに気がついた。誰かが下水を揺らすことなく静かに動いている。彼女は剣を素早く抜くと、ウィンに待てと伝えた。

 低く身構えるような姿で近づいてきたのは、ぼろぼろの皮の服を着たぼさぼさの金髪の若い男であった。下の者たちの一員だったのかもしれないが、奇妙な形のダガーを手にした危険な存在でもある。だがエヴァンジェリンはその若者に妙に馴染み深い感覚を抱いており、かつて自分が知っていた重要な人物のような気がした。

 ウォンが顔をしかめて若者をコールと呼んだ。若者は覚えてもらえていたことに安堵していた。
 あの夢を思い出せ。エヴァンジェリンの記憶が一斉に蘇った。彼女は剣を納めると困惑した表情で見つめるコールのほうに歩み寄り、抱きしめ、無事でよかったと深く息をついた。抱きつかれることに不慣れな様子で、はじめは困ったように身じろぎしていた彼も、やがて身体の力を抜いて彼女を抱き返した。ほんの短い間、ふたつの喪われた魂が暗闇の中で抱擁しあった。

 その男から離れろとウィンが警告する。彼女が手にする杖の輝きは悪意に満ち、不吉の闇の中に彼女の姿を浮かび上がらせている。
 エヴァンジェリンはコールから身体を離したが、彼を守るようにしてウィンの前に立ちはだかり、彼に敵意を抱く理由を質した。

 ウィンは、コールがファラモンドを手にかけたことは自明だと答えた。いくらロード・シーカー・ランバートでも、そこまで道を踏み外すことはないはずだという。

 エヴァンジェリンは躊躇した。ランバートが見つけたナイフはコールのものではなかったが、彼が間違えたのか。この若者がまた別の誰かを殺めたと思いたくはなかったが、もしその通りだとしたら、友人たちに危機をもたらした人物をお人よしにも信じていた自分はどれだけ大ばか者だったのか。彼のせいでリースはすでに死んでいるかもしれないのだ。

 罪を認めるような彼の表情がエヴァンジェリンにどうしようもなく不安を募らせた。コールは口ではファラモンドを殺していないと言ったが、床に落とした彼の視線は別のことを物語っていた。

 強いまなざしで睨んだウィンが、そこをどけとエヴァンジェリンに告げる。
 逡巡する彼女にもう一度だけ警告すると、老婦人は手にした杖で床を強く叩く。杖から湧き出した黒い焔は彼女のまわりを取り巻くように蠢いて、その憤怒のリボンが彼女の怒りから闇のパワーと力を吸い出している。
 復讐の力と化した彼女の眼は血のように紅く染まっており、エヴァンジェリンは怖気を振るった。

 コールは逃げた。隧道を駆け抜け、ウィンが放った焔のボルトから間一髪で身をかわした。地下道の壁に衝突したボルトはそこに冷たい焔の幕を張った。膨張した空気がエヴァンジェリンを拳のように打ち、彼女はたまらず後ずさりした。ウィンはその場から一歩も動かず、煙の間からコールの姿を探している。

 エヴァンジェリンはやめろと叫び、ウィンのほうに突進して紅い杖を両手で掴んだ。杖からあがる焔はとても冷たかったが、彼女は両の掌に水泡ができはじめても離そうとしなかった。ふたりが杖を奪い合おうとしている間、杖の先からほとばしった焔がエヴァンジェリンの頬を掠めるように飛んでいった。

 ウィンはまるで獣のような形相で、杖から手を離せと唸っている。
 エヴァンジェリンは力任せにウィンごと杖を地下道の壁に叩きつけ、その衝撃で相手から杖をもぎとった。振り向きざま彼女はありったけの力を込めて杖を地面に叩きつけ、粉々に打ち砕いた。

 喪失感と激怒のため、ウィンがまるで生まれたての赤子のような絶叫を発した。ウィンの放ったフォース・エナジーの一撃から身を守る暇がなかったエヴァンジェリンの身体は宙に舞い、そのまま隧道の端まで弾き飛ばされた。排水路の中に落下した彼女は、邪悪な味のする汚水を呑み込んで一瞬気が遠くなりかける。腕をやみくもに振り回してもがく彼女には、くぐもるような自分の悲鳴が遠くのほうから聴こえていた。 

 やっとのことで水面に顔を浮かびあがらせた彼女は大きく息を吸い込んだ。それから排水路の堤防までよろよろとたどりつくと瞬きし、上を見上げた。そこにはウィンが立って怒りの表情で自分を見下ろしている。

 愚かなことをしてくれたと言ったウィンがマナを集め始める。エヴァンジェリンはなんとか相手を説得しようとするが、咳き込むばかりで言葉が出ない。

 だがウィンのスペルはかき消された。コールがウィンの背後に立って、その喉にダガーを突き付けていた。コールは、エヴァンジェリンを傷つけさせることはしないと言った。

 エヴァンジェリンは、コールがウィンの喉をそのまま掻き切ってしまうのではないかと恐れたが杞憂であった。彼は慎重にウィンの身体をエヴァンジェリンから遠ざけるように仕向けた。エヴァンジェリンは堤防の上に這い登り、肺の中の汚い水を吐き出した。

 彼を擁護するのか、と腸が煮えくり返っていることを示すような声でウィンが言った。
 あの杖は邪悪なものであったとエヴァンジェリンが言い返した。そしてゆっくりと立ち上がりながら、どんな場合であっても用いてはいけない手段であることは承知していたはずだろうと詰った。

 エヴァンジェリンはしかめ顔の老婦人の眼に後悔の念が浮かぶのを見た。とうとうウィンは弛緩し、怒りが即座に消え去ったように見えた。コールがまだ刃を突き立てていなかったら、そのまま膝から崩れ落ちただろう。
 エヴァンジェリンは、ウィンを解放しても問題ないとコールに告げた。

 ウィンの傍から飛び退くと、コールは不機嫌そうになって、自分はファラモンドを殺していないと弁明した。ファラモンドから殺してほしいと頼まれたが、殺すことはできなかった。リースの不幸をこれ以上増やしてはいけないと考え、思いとどまったのだという。 

 コールは嘘をついていることについてではなく、ファラモンドを殺さなかったことについて罪の意識を感じていたのか。たしかに不思議な発想ではある。エヴァンジェリンはエルフの嘆願する様子を、テンプラーに連行されていくときの打ちひしがれた面持ちを覚えていた。もし彼女自身に機会があって、一思いに殺してほしいとエルフから慈悲を請われたらどうしただろう。

 コールでも、ロード・シーカーでもなければ、誰がファラモンドを殺したのか。ウィンが困惑した様子で問いかける。
 エヴァンジェリンは、ファラモンドの発見が、そしてリースの存在がロード・シーカーの権威を失墜させる原因になりうることを指摘する。なによりランバートはすでに一度ウィンたち全員を人知れず始末するよう彼女に命じているのだ。

 ウィンがゆっくりと頷き、二人を直視できないまま、自分の愚かな行いを謝罪した。彼女はリースがすでに死んでしまっているのではないかという思いを払拭することができなかったのだという。愛息である彼に先立たれることが母として耐えられなかったのだ。

 リースは死んでいない、とコールが告げた。ウィンが驚愕した様子で訊き直した。

 コールは続けた。リースは怪我をしたままダンジョンに入れられたが、テンプラーが沢山見張っているので自分ひとりでは連れ出すことができなかった。だからここにふたりを探しにきた。

 そもそもどうして救おうとするのかとウィンに尋ねられたコールは恥ずかしそうな様子になって、理由はわからないがリースがいつも自分を助けてくれようとしていたからだと答えた。リースの不幸は全部自分が招いたものだから、何とかしたかったという。

  ウィンは彼を見つめた。それから恥じ入った様子で首を振った。

「私は老いぼれの大ばか者だった。考えなしに行動してしまった。他のメイジたちを諌めていたとおりのことを自分でしでかしてしまった。できるなら・・・、許しておくれ、若者よ。もちろん到底許されるようなことではないのでしょうけど」

「あなたはリースの母さんでしょう」

 彼は素っ気なく答えた。

「僕の母さんも僕を守ろうとしてくれたよ」

「守ってくれたの?」

「ううん、死んじゃった」 

 彼の顔が悲しみで歪んだ。ふたりから遠ざかると、隧道の壁にぶつかってよろめいた。そこでしゃがみこんで、膝の間にはさみこんだ頭を両手で覆った。自分を外界から遮断するような姿勢だ。
 エヴァンジェリンが彼の横に跪くと、彼の身体に片手を置いて、優しく慰めの言葉を囁いた。彼女の父が、母が亡くなった日に一度だけ自分にそうしてくれた。父自身の悲しみを隠してでも、苦悶する娘をただ見ているわけにはいかなかったのだ。自分同様に父自身も絶望に打ちひしがれていたのに違いないのに。

「私は・・・、あなたまで手にかけようとしてしまいました、サー・エヴァンジェリン」

 老婦人が言った。

「あろうことか私は・・・」 

「テンプラーはメイジを守るのが役目ですよ。お忘れなく」

 エヴァンジェリンが相手を遮ってそう告げた。

「メイジたち自身からさえもね。騎士団のことはもう信用できないけれど、だからといって自分の信念まで捨て去るつもりはありません」 

 ウィンは、まるで彼女のことを初めて見るような目つきで見つめた。

「リースがあなたのどこに惹かれたのかわかったような気がします、サー・エヴァンジェリン」

「とにかく彼を救い出しましょう」

 エヴァンジェリンが立ち上がると、コールもともに立ち上がった。彼はさっきまで自分の世界に閉じこもっていたことが嘘のように突如として落ち着いた様子になっていた。コールは再び自分の周りに壁を築いており、彼女にはそれが悲しかったがいかんともしがたかった。

 エヴァンジェリンは事を運ぶには入念な計画が必要だと告げた。 生煮えでおざなりの計画だけで怒りに任せて走り回っても役に立たない。ホワイト・スパイア中のテンプラーたちから脱出を阻止される事態を招くことなく、ダンジョンに侵入する手段が必要だ。 

 侵入方法を知っているとコールが告げ、ふたりの女性が彼を見つめた。
 誰も知らないピットの古い部分の壁が一部崩れ落ちていて、下水道から入ることができる。現にコールはそこから出てきたのだという。 

 エヴァンジェリンは微笑みながら、すでに次々と考えを巡らせていた。ロード・シーカーが配置している守衛たちと、ダンジョンに仕掛けられている死の罠は依然として何とかしなければならないが、正面から突入する必要がないのであれば・・・。

 どうやらやるべきことが見つかったようだ、と彼女が言った。

« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »