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2013年10月

2013年10月29日 (火)

【DAI】Dragon Age Asunder(コメント7)

 メイジたちの「集会」の原語はconclave(コンクレイヴ)。日本人には「コンクラーヴェ」(コンクラベ)が馴染み深いでしょうか。先代ローマ教皇(法王)が異例の「辞職」(生前退位)を申し出たとき、後継者を選出するためバチカン(システィーナ礼拝堂)でコンクラーヴェが開催されたことはまだ記憶に新しいでしょう。ラテン語の原義は「鍵のかかった(密室)」で、期間中バチカンの立入禁止区域は拡大され、投票を行う枢機卿団の外部との接触は厳禁で、彼らには厳密な守秘義務が課される。まあ、結局漏れますけどね・・・。

 訳語は悩みましたが、本編にもあったとおりそこで何かが決まる場でもなく、参会者も漠然と決まっているだけで他に何の手続もなく、メイジの集会といったらこれを指すに決まっているので、あえて素っ気なく「集会」としました。原語の頭文字は大文字ですらありません。

 グランド・エンチャンターは、サークル・オヴ・メジャイのファースト・エンチャンターの中から彼らによる選挙で選出される決まりで、カレッジ・オヴ・メジャイの位置するカンバーランドに常駐しているようです。その権限は曖昧で、ファースト・エンチャンターたちの統括、ディヴァインのアドヴァイザー役の他はたぶんに名誉職の意味合いが強いと思われます。チャントリーもメイジに関する権限をひとりに集中させることはしないでしょう。本編の記述からセダスに十九のサークルがある(テヴィンター支配下を除く)ことがわかりますが、網羅的に明らかになってはいません。
(小説”Asunder”では、フェラルデンのアーヴィングが存命の扱いになってますね。それを言ったらウィンもシェイルもですが・・・。)

 フィオナはDA2のユニーク・アイテムに名前が使われていましたが、本編にあるように元グレイ・ウォーデン。小説”The Calling”の重要登場人物のひとりで、なぜウォーデンを「引退」することができたのかもそちらに詳しい。一説にはアリスターの母親ではないかと言われていましたが、ゲイダーさんは明確に否定している(実はその思惑もあったが、ゲイダーさんたちライター衆がプロットの時系列をうっかり間違え、設定が成立しなくなってしまったという話もある)。

 ところで、エイドリアンとフィオナが(ヒューマンとエルフの違いはあれ)ふたりともちっちゃい女性メイジというのはどうなんでしょう。敢えて冗長な効果を狙ったのでしょうか。

 前二章ではファラモンドの悔いが印象に残ります。その彼も殺されてしまったようですが。
 一方で生前のファラモンドの教えを受けたコールが自分の能力を呪いではなくギフト(恩恵)と考え始めた。
 エヴァンジェリンがコールのことを覚えておくためにメモを利用するのはディック原作の映画”Paycheck”(2003)とか、映画”Memento”(2000)なんかに似ていますが、それらはいずれも自分自身の(喪われた)記憶を蘇らせるためでした。”Asunder”では他人についての記憶を喪わないためメモを使う。ごく普通に私たちもやったりすることですが、それを読んでも完全な記憶を取り戻すことはできないというところがみそ。

 個人的に、ちょっとどうかなと思ったのはロード・シーカーの身の上話。少し陳腐すぎないかなあ。私はエヴァンジェリンと一緒に「へええ」と思ったくらいでしたが。彼はかつてのメイジの「友人」とリースを重ねあわせているというところがポイントなのでしょうが・・・。

 コールの正体も不明なままですが、(コールによれば)ランバートもまた常人離れした能力を有しているようである。その一端がリースとの対決で示されました。
 登場人物に普通の人はだれもおらんのかい(だってメイジの話だから!)。

【DAI】Dragon Age Asunder (18‐2)

 リースが最後に出席した集会は壮大だった。

 カンバーランドのカレッジ・オヴ・メジャイは実際のところ宮殿である。かつてネヴァラの女侯爵の居城であったものがチャントリーに供与された。風聞では、ときの女侯爵が魔法の才能が発現した愛娘を遠く離れたサークルに渡すことを良しとせず、自分のような贅沢を享受させようと画策したことがその理由であるといい、リースはそれを信じていた。

 ホワイト・スパイアが抑圧的ともいえる威厳のせいで名高いなら、カレッジはその贅を尽くした装飾が売り物だ。大理石柱、華やかなフレスコ画、焼き物の壺、城壁を伝わる金色のつる。正面ホールには過去六百年にわたる歴代のグランド・エンチャンターの胸像が並ぶ。何もかもが煌めいているここにメイジたちが集うのは場違いなくらいだが、現にそのための場所だった。

 天蓋が赤褐色のマホガニー材でできていることから命名された「赤の講堂」には優に二百人以上の人々が収容できる。ファースト・エンチャンターたち、各フラタニティの代表者たち、シニア・メイジたち、好奇心に満ち溢れたアプレンティスたちまでがここに集い、議論し、派閥を組み、演説をする。「激しやすい」新参者たちを愉快そうに眺めているだけの年長者たちもいる。大音声の中をうろつきまわったリースは、公式の催し物が何一つないことに気が付いて愕然とした。すべて対話が優先され、秩序だったことは脇に追いやられていたのだ。

 他の参加者たちに言わせれば、そこで何かが決まることなど極めて稀だが、それ自体誰一人気にもしていないようだった。メイジたちは、自分が常駐するタワーよりも何か大きな存在の一員であること、その気になれば皆が声を揃えて主張することができることを確認しているだけであった。

 今回の集会は、そう呼ぶことすら憚られるほどまるで違っていた。

 集会のため招集されたメイジたちは、ホワイト・スパイアの大講堂の中で極めてちっぽけな存在に思われた。到着が間に合わなかった四名を欠く各地の十五名のファースト・エンチャンターたちにグランド・エンチャンターを加えたメンバーの他には、リース自身、エイドリアン、そしてウィンが出席しているだけである。出席者の倍以上の数のテンプラーたちが壁際に居並んで悪意に満ちた眼で睨みつけており、誰もが落ち着かない気分なのは明らかだ。

 自分があまり歓迎されていない気がしたリースは、出席者一同から離れて立っていたが、エイドリアンは現れてからこのかたグランド・エンチャンターの傍らからひと時も離れていない。ファラモンドの登場を待つ一同は誰一人言葉を発せず、そのこと自体が緊張を高めていた。事の顛末はウィンがすでに伝えており、ファースト・エンチャンターたちはその内容を快く思っていなかった。エルフが再びトランクィルになった姿で現れたら彼らがいかなる反応を示すのか、リースには見当がつかなかったが見ていて気持ちの良いものではないだろう。

 グランド・エンチャンター・フィオナは、黒髪のこめかみのあたりに白いものが混じる年恰好のエルフの女性で、背丈はエイドリアンと変わらない。二人にその存在を際だたせる苛烈さが備わっていなかったなら、ちっちゃい二人が背の高いメイジたちに囲まれている姿は滑稽ですらあっただろう。フィオナは同僚たちの心中を代弁するかのようにテンプラーたちを突き刺すような目で睨んでいた。

 様子見しているリースにエヴァンジェリンが近づいてきた。彼女の鎧は磨き上げられているが紅いクロークは纏っていない。彼女がどことなく目立たない趣きに感じられたのは、リースが今まで彼女を権威の象徴だと見なしていたせいだろうか。敢えて控え目に振る舞っているのだとしたら、ここにいるテンプラーの中で唯一の例外になる。

 彼女からメイジたちの傍にいないことを指摘されたリースは、自分が特別な存在だからだと返した。自分は殺害事件の容疑者である上に、あまりに魅惑的すぎて見かけた女性が失神してしまうから待機するように告げられたと冗談を言う。彼女は笑い、すぐに不真面目さを咎めるような顔をしたが目はまだ笑っていた。

 自分はファースト・エンチャンターではないから遠慮しているのだとリースが言うと、エイドリアンのほうは気にしていないようだとエヴァンジェリンが応じる。エイドリアンはまるでフィオナのお尻に貼り付けられたアクセサリーのようだとリースが揶揄すると、エヴァンジェリンはにやつきながら彼女のほうを見やったが、ふたりの視線に気がついたエイドリアンから見返されるとその笑顔が消えた。

 メイジたちが集会をはじめないのはファラモンドの到着を待っているからであった。リースはエヴァンジェリンにライト・オヴ・トランクィリティに要する時間はどのくらいなのか尋ねた。彼女はテンプラーたちに厳しい目を向けると、今時分にはとうに完了していなければおかしいが、誰に聴いても今こちらに向かっている途中だと告げられたと答えた。そして、騎士団から疎ましく思われている自分には誰もまともな返答をしないだけかもしれないと卑下した。

 彼女の不遇は自分のせいだとリースが詫びると、彼女は驚いた様子になって、自分は信じるテンプラーの掟に従ってコールを救いたかっただけであり、それを認めないのはテンプラーであって責めを負うべきはリースではないと言った。
 彼女がなんとかコールの記憶を維持しようと苦労していることがわかり、リースは理由もわからずに胸を打たれた。ふたりで長い間黙ったままそこに立ち、メイジたちがうろつくのを見守っているだけで心地よかった。

 リースはエヴァンジェリンへの尊敬の念を伝えた。そして自分が抱いていたテンプラー像を彼女がひとつ残らず打ち砕いたことを認め、彼女のような者が多くないことを残念がった。
 彼女は明らかに赤面したが、それを何げない素振りで隠そうとした。そして騎士団は必要に迫られると理想を脇に除けてしまい、同情や慈悲の心を示す者は他の見せしめとして糾弾されてしまうのだと悔しがった。

 リースは、自分たちふたりが似たような境遇にあり、今では彼女のことをずっと魅力的に感じていることを告げた。彼女はそれが本心からの言葉かどうか疑うような目でリースを見る。リースは冗談で誤魔化そうとしたができなかった。見つめ合うふたりの間に言葉にできない何かが通じ合った。

 これ以上我慢できないと誰かが叫び、頬を染めたエヴァンジェリンが視線を逸らす。もう少し気の利いたことが言えなかったことをリースは悔いた。

 騒ぎの中心にはグランド・エンチャンターがいた。周囲の注意を集めるため大理石の床を強く叩いた杖からは明るい炎があがっており、周囲の黒ローブの群れの中で彼女の白いローブを一際目立たせていた。見守るテンプラーたちが腹立たしそうに囁き、うち幾人かは扉に向かって駆け出していった。

 フィオナは宣言した。ここには待たされるために集まったのではないこと、議論すべき点は明白であること、テンプラーから侮辱されていることを示すもうひとりのトランクィルなど必要ないこと。
 黒髭を編み込んだアンティヴァン(Antivan、アンティーヴァ人)のファースト・エンチャンターがあわてて彼女を咎めようとする。

 杖を輝かせた彼女は他のメイジを振り返り、一年待たされた集会を無為に帰すつもりはないと告げた。それから劇的効果を狙って一呼吸置くと、サークル・オヴ・メジャイのチャントリーからの分離に関する動議を提起した。

 室内の者たちが驚愕して息をのむ。さらに何人かのテンプラーがまるで何かに追われているかのような勢いで扉に向かって駆け出していく。リースは悪い予感がしていた。怒りに満ちた空気は今にも爆発しそうだ。彼はエヴァンジェリンに続いてメイジたちの元へ走った。

 ウィンは、集会の議題はファラモンドの実験結果についてであり、それを逸脱したらこの集会は二度と開催されなくなることを警告する。
 フィオナは冷笑し、これを集会と呼ぶのは冗談にもならず、トランクィリティの議論などしても堂々巡りのまま徒労に終わるだろうと言い返す。第一、テンプラーがメイジたちの助言を受け入れるはずがない。

 ウィンが集会はディヴァインの意向によるものだと指摘しようとすると、フィオナはディヴァインすら罵倒した。冒涜の言葉に衝撃を受けた他の者の視線を浴びると彼女は溜息をつき、興奮したように額を撫でながら、周囲を懐柔するような口調でこう告げた。彼女自身は優れた人物かもしれないが、同じくそうであったカークウォールのグランド・クレリック・エルシナが皆の幸福を願う一心で何をもたらしたか。何も解決されないどころか、無作為の挙句殺されてしまったではないか。

 彼女はひとりの狂人の手にかかっただけだとウィンが反駁すると、フィオナはアンダースの所業を云々するつもりはないが、彼の意図は理解できるものであると言い返した。そして、自分はホワイト・スパイアの爆破などではなく、メイジが行動を起こすよう提議しているだけであると主張した。

 フィオナは、テンプラーがどう反応するかは彼らの問題であり、自分たちは自分たちの行動にのみ責を負うのだと言って、ファースト・エンチャンターそれぞれの顔を見回した。そして、自分がグレイ・ウォーデンを去ってサークルにやってきたのは何らかの行動を起こす必要を感じたためであると告げた。ウォーデン時代に彼女は、好機の到来を待ってそれを逃さず掴むことを学んだのだという。彼女によれば、今こそその好機だ。

 ウィンがグランド・エンチャンターの前に進み出ると、懇願するように両手であたりの者たちを指し示し、この者たちをテンプラーとの戦争に差し向けるつもりかと問い質す。そしてメイジの好機はファラモンドの発見にこそあり、ライト・オヴ・トランクィリティの欠陥が見つかったことはディヴァインにとって改革の手掛かりになると主張し、そこから改革が始まることを固く約束すると誓った。

 フィオナは、前回の集会でなされたウィンの誓いはどうなったかと熾烈な調子で責めたてた。そして、ウィンの気持ちは理解できるとしても、チャントリーが正しい行いをなすまで悠長に待ってはいられないと言い放った。
 リバタリアンズがメイジの運命を決めるのかとアンダー(Ander、アンダース人)訛りの太った禿頭のファースト・エンチャンターが問い質す。顎髭を編んだメイジは、ファラモンドの発見が眉唾ではなく本当に顕著なものかどうか知るのが先だと言った。

 ファラモンドは自分でトランクィルから復帰したが、テンプラーが彼を再びトランクィルに戻したのだ、とエイドリアンが口を挟んだ。彼女によれば、テンプラーが気に掛けているのはメイジに対する支配のみであり、儀式の本質にも彼の発見にも興味はない。

 ファースト・エンチャンターたちは彼女の言葉に同意しているようだ。ウィンが動揺している理由はリースのものと同じだろう。話の流れはグランド・エンチャンターに有利に傾いている。ウィンの擁護に回ると目されている者たちは沈黙を貫いており、ウィンと同様にエクイタリアンズであるファースト・エンチャンター・エドモンドは顔をしかめて髭を撫でているだけだ。

 さらに何人かのテンプラーが退室する様子をエヴァンジェリンが神経質そうに見つめていた。もはや一ダースほどしか室内に残っていないテンプラーは扉の傍に固まって、メイジたちの間の不穏な空気を監視している。外の廊下からは多くの者の足音が聴こえてきた。

 エヴァンジェリンは、自分の意見を無視するのも自由であると断った上で、何か事を起こすのなら早くした方がいいとメイジたちに告げた。エドモンドが驚いて彼女の真意を尋ねる。エヴァンジェリンはできるだけ中立を守るような口調で、集会はメイジが自らの道を選ぶ場であるのだから、何かを決めるなら早くするべきだと答えた。

 誰ひとり発言しなかった。ウィンもグランド・エンチャンターも黙考している様子なのは、語るべきことが残っていないからであろうとリースは思った。誰もが他の誰もがどう考えているかを知っており、論点が明らかなことにも気がついていた。誰もが断崖から飛び降りるのを躊躇しているだけなのだ。

 発言の許可を求めたリースは、皆の注目を一斉に集めたことに驚いた。自分はファースト・エンチャンターの一員ではないと断ると、禿頭のファースト・エンチャンターが、ウィンからしょっちゅう聞いているので皆リースのことは良く知っていると応じた。そしてリバタリアンズにしては穏健な見方をしているという彼が発言することを支持してくれた。

 リースは神経質に唇を舐めて自説を述べ始めた。この集会はメイジが手にする唯一の機会であるというグランド・エンチャンターの言葉は正しい。ここでの評決がどんなものであれロード・シーカーはそれを謀叛と見なすに違いなく、それ故自分たちにはたったひとつの問いしか残されていない。
 彼を見つめるエイドリアンの視線から、彼女が自分の考えを支持するよう要求しているのが手に取るようにわかる。
 リースは続けた。サークルの他の者たちに告げるべきことは何か。事態を悪化させないためにディヴァインを信頼するのか、それとも戦うのか。

 扉の外から聴こえる騒音は、タワー中のテンプラーが駆けつけてきていることを示すもののようだ。メイジたちの眼からは、彼らがリースの言葉の意味を正確に理解していることを読み取ることができた。
 サイは投げられた。もはや後戻りはできない。

 グランド・エンチャンターが自分の動議の採択を求めて賛同者を募った。
 だが時はすでに遅すぎた。剣を手にした大勢のテンプラーたちを引き連れてロード・シーカー・ランバートが大講堂の扉から現れた。ロード・シーカーと同じ鎧を身に着けた一団はシーカーズの部隊に違いない。室内に進入する彼らの立てる大音声は、まるで死が行進しているかのように聴こえた。

 テンプラーとシーカーの者たちはあっという間にメイジたちを取り囲む。歩み寄ってくるロード・シーカーの冷たい怒りの表情からその意図を読み誤ることはない。彼は集会の終了を宣言した。彼は、指示されたことすら守れないメイジたちはまるで子供のようであると揶揄し、ホワイト・スパイアの屋根の下で謀叛を許すわけにはいかないと告げた。

 グランド・エンチャンター・フィオナが他の者たちを守るかのようにして進み出る。ちっちゃな彼女とロード・シーカーが対峙する姿は、彼女の内に秘めたパワーを知らなければまるで冗談のように見えただろう。彼女の眼に宿る憤怒を映し出すかのように手にした杖が明るく燃えている。
 彼女は、これはディヴァインの許可を受けた集会であり、ロード・シーカーからなんら指図される筋合いはないと応じた。

 ロード・シーカーは、ディヴァインは愚か者であると断じ、このような試みが許されると考え、また殺害犯人の言に耳を貸すのなら、ここにいる者たちも皆同類であると言い放った。リースは自分が俎上に挙げられていることにしばらく気が付かなかった。

 ロード・シーカーは、トランクィルとなったファラモンドが今朝刺殺されたことを伝える。彼は一本のナイフを床に放り投げ、それがリースの居室から発見されたものであることを告げた。黒い柄のナイフの刃には血が付着しているのがはっきりわかる。それはリースの持ち物でもなければ、コールのダガーと似てもいなかった。だが刃物は自分のものではないと抗弁するリースの言葉をロード・シーカーは一笑に付した。

 エヴァンジェリンが進み出て、ロード・シーカーにはすでに殺害犯人の素性を伝えてあることを述べ立てようとするが、彼の一喝で遮られた。彼は、エヴァンジェリンはリースのブラッド・マジックの影響下にあるか、またはメイジたちに心酔するあまり心を惑わされているかの何れかであると切って捨てた。

 ロード・シーカーはテンプラーたちにリースを監禁するため引き立てるよう命じた。
 拒絶の叫び声をあげたウィンがリースを引き寄せようとしてその片腕を掴み、この不条理はどうあってもディヴァイン猊下のお耳に入れなければならないと誓った。
 リースは途方に暮れていた。ロード・シーカーから疑われていたのは知っていたが、彼がここまで手段を選ばないとは思いもしなかった。テンプラーたちが剣を手にして近づいてくる。メイジたちが威嚇するように杖を振り回すと室内にマナが充満しはじめる。事態は一触即発の様相を呈していた。

 ロード・シーカーは動じることなく、ディヴァインにはこの地に耐えがたいほどの混沌をもたらす意図があり、もはや彼女と論ずべきことは何もないと言った。そしてメイジたちに選択を迫った。降伏してそれぞれのタワーに無事帰還するか、ここで叛乱に加担するか。

 選択すべきはロード・シーカーのほうだとグランド・エンチャンター・フィオナが警告する。法と伝統に基づく集会の継続を認め、リースへの糾弾を合理的に調査する権利をメイジたちに与えるか、さもなくばもたらされる帰結をその目で見るか。

 それを脅迫と受け取った彼の目がエヴァンジェリンに移り、叛乱に加担しないでおくだけの正気は残っているのかと問いかける。
 エヴァンジェリンは歯を食いしばって剣を抜くとこう告げた。この場で正気を喪っているのは自分の過ちを認めようとしないたったひとりの男だけだ。

 是非もなし。

 ロード・シーカーが手を振ると、テンプラーたちが襲い掛かった。戦いに備えていたメイジたちですら、押し寄せる破壊の波に持ちこたえることはできなかった。テンプラーの力はメイジのスペルを妨害することに特化しており、ここではそれが圧倒的な威力を誇っていた。いくつもの魔法の盾が剣で砕かれ、眩い閃光が大講堂中を覆った。 

 だがメイジたちは挫けなかった。グランド・エンチャンターは怒りの叫びをあげ、近くのテンプラーに眩い光を放つエナジー・ボールを浴びせかける。何人かが盾を構えたが、エナジー・ボールが炸裂した途端に身体ごと周囲に弾き飛ばされる。爆発の衝撃が大講堂全体を揺さぶった。 

 テンプラーたちがリースに殺到する。近くにいた女性のファースト・エンチャンターが恐慌に襲われ、両手をあげて降伏すると叫んだが、その声も大音声に紛れたか、あるいは攻撃の姿勢に見誤られたのか、最初に走り寄ったテンプラーの剣が彼女の胸を深々と突き刺した。

 若いテンプラーの男は意図せぬ結果に驚愕の表情を浮かべていた。自分の胸に突き刺さった剣を困惑して見下ろす女性メイジを、彼は茫然自失の様子で見つめていた。メイジの口からは言葉の代わりに血が吹き出し、剣から滑り落ちた身体は音もなく床に崩れ落ちる。倒れた彼女のローブには血の染みが広がりはじめた。

 その反応は瞬く間に広がった。誰かの悲鳴が上がると多くのメイジが惨劇を知るところとなり、突如として戦いは自分の身を守るためのものではなくなった。エイドリアンが怒りの叫びをあげながら恐るべき焔の雨をテンプラーたちに降り注ぎ、火だるまになった者たちが恐怖の悲鳴を上げる。稲妻と煙塵からなる竜巻が只中に陣取った大講堂は混沌の渦に巻き込まれていた。
 テンプラーたちは今や周囲のメイジたちに手あたり次第に斬りかかっていた。 

 リースは天井から落下してくる石材から危うく身をかわした。煙の向うから剣を振りかざしたテンプラーが叫び声とともに襲い掛かってくる。リースは杖からボルトを飛ばして、相手を混乱の中に弾き飛ばした。

 リースが振り返ると、ウィンが斃れた女性メイジを抱きかかえているのが見えた。彼女は必死に治癒のスピリットを召喚しようとしているが、すでに死んでいる相手に対しては意味がなかった。彼女は恐怖に駆られて首を振りつつ、こんなことになるはずではなかったと泣き叫んでいた。 

 リースはむずかる彼女の両肩を掴んで無理やり立ち上がらせ、自分の目を見るように強いた。その意味することすら理解できない放心状態の彼女に、ここから逃げ出さなければならないと叫ぶ。 

 どこからともなくエヴァンジェリンが現れた。彼女の剣には血が付いており、その険しい表情からは彼女がこの事態を一切認めたがっていないことがわかった。ふたりを見つけた彼女は、正面扉に向かうように大声で告げた。封鎖されている扉もメイジの力なら吹き飛ばすことができるはずだ。 

 エヴァンジェリンがリースの腕を掴み、リースはウィンを掴んだ。三人は戦いの只中をよろめきながら駆け抜けた。スピリッツが空中を飛び回り、その霊体の姿にはいたって無防備なテンプラーたちを攻撃している。大講堂中で猛威を振るう魔法のパワーのためヴェイルが粉々になってしまっており、リースはそれを不安がった。憤怒と絶望に駆られたたったひとりのメイジがディーモンの憑依を許してしまったら、戦いはずっと醜悪なものになってしまうに違いない。

「どこに行くつもりだ?」

 漆黒の剣を事もなげに手にしたロード・シーカーが自分たちの行く手を阻んでいることに気が付き、リースの心臓は恐怖で縮みあがった。相手は周囲の混沌に気を逸らされる気配も一切なく、灰色の眼は目の前の三人しか見ていない。 

「そこをどきなさい、ランバート」

 エヴァンジェリンが警告する。 

「誰もここから離れることは許さない」

 彼は冷たい氷のような口調で告げた。

「一人たりとも」

 一ダースほどのテンプラーが彼の後ろに現れた。さらに大勢が駆けつけてくるだろうとリースは観念した。今やメイジたちは散り散りになっており、必死に逃げ出そうとして斬り倒されている者もいれば、テンプラーたちに圧倒されてスペルを撃つためのマナを集めることすらできなくなった者もいる。メイジは敗北しつつある。 

 ウィンはリースから身体を離すと、顔の涙をぬぐった。

「ただでは済ませませんよ!」

 彼女の叫び声は擦れていた。

「殺害犯人を正義の手に委ねることをか? それとも新らたな叛乱を始まる前から食い止めることのほうか? すべてはメイカーの御心に従ったまで。それに他ならない」 

 ロード・シーカーは前に歩み出て、剣にパワーを集めはじめた。同時にテンプラーたちがリースたちの回りを取り囲む。

 覚悟を決めた顔つきのエヴァンジェリンが剣を構える。ウィンもまた杖を構える。リースにはふたりを危険に曝すのが耐え難かった。彼は今まで浚ったこともないような奥深いところからマナをかき集めた。それから憤怒の叫びとともに杖を掲げ、魔法の奔流を一気に解き放った。

 周囲のすべてのテンプラーが、まるで彼らに体重がないかのように遠くまで弾き飛ばされた。建物全体が震え、リースはほんの一瞬だけ愉悦に浸った。このパワーは今まで感じたことのないものだ。彼の血管を通じて湧き上がってきたものだ。

 望むなら、まだいくらでも容易に繰り返すことができる。ヴェイルは脆く、そのすぐ向う側でこちらの世界に侵入する機会を狙っているディーモンの存在すらリースには感じられた。リースが一言呼びかければ、求めるパワーはすべて手に入る。数多くのテンプラーたちを道連れにして、彼らが一生忘れることのできない、最後の一撃をくらわすことすらできる。

 禁断のパワーはほんの指先にあり、リースを手招きしている。

 大変な苦悶の叫びをあげ、リースは瀬戸際から舞い戻った。ウィンとエヴァンジェリンに向き直った彼の眼はパワーのため輝いている。急げと彼は叫んだ。驚いて彼を見つめているだけのふたりは動く様子もなかった。急げと彼は吠えた。

 ふたりを待つこともせず、彼はテンプラーのほうを振り返った。閃光を放つ純粋なエナジー・フォースの壁が両者を隔てており、テンプラーたちは空しくそれに打ち掛かっている。リースはエナジーの嵐を巻き起こし、さらに大渦巻を付け加えた。その必要さえあるなら、大講堂全体を石材ひとつひとつまで崩壊させることもできた。

 ロード・シーカーがフォースの壁に近づき、自分のパワーを集めると、漆黒の剣の一撃で打ち砕いた。リースは熱い苦痛を感じた。リースは魔法のボルトを次々放ち、ロード・シーカーはそれらをことごとくはじき返したが、彼の接近を遅らせることには役立った。

 そのときリースは何者かに後頭部を強打され、視界が揺れた。彼はその目に見えない何かをスペルで天井まで跳ね飛ばし、骨を打ち砕くのに十分な打撃を与えた。今度はリースの側面から何者かが斬りつけてきたので、そちらを見ることもせずに同じように打撃を返した。

 目の前にロード・シーカーが立っていた。男の眼は憎悪に塗れていた。彼はアンドラステの導きを求めて念じると、全力で剣を振りおろした。

 魔法を妨害された衝撃でリースは後ずさりした。周囲の世界が回転をはじめ、とうとう地面に倒れ伏す。数人のテンプラーが即座に飛びかかり、金属の小手と剣の柄でリースの顔面を殴り始めた。激痛は目も眩むほどだったが、やがてそれも感じなくなった。 

 世界が消え去りはじめるとき、彼は周りを見た。ロード・シーカーが彼の傍に立ち、殴られるリースを至極冷たい眼で見つめている。だがウィンとエヴァンジェリンの姿はその場から消えていた。

 よかった。少なくともひとつは正しいことができたようだ。

 やがて暗黒が忍び寄り、彼を包み込んだ。

2013年10月25日 (金)

【DAI】Dragon Age Asunder (18‐1)

 何か大きなことが始まりつつある。嵐の前に空中の電荷が蓄積されていくように、ここ何週間かにわたって事態は音もなく進行していた。タワーの者は皆気が昂っていて、嵐を避けたいと思いつつも、座してそれを待つことには耐えられないようだ。

 コールにはあまりよくわからなかったが、遠い土地から集まってくる重要なメイジたちが参加する会合があるようだ。彼らは皆「ファースト」・エンチャンターと呼ばれるが、皆一斉に「一番」であることなどできるのだろうか。

 そして彼らは皆テンプラーたちを恐れていた。周りで常にテンプラーたちが監視しているため、彼らはいつも声を潜めて話し合っている。テンプラーたちはまるで料理人が厨房でネズミを見つけたときのように腕組みしてしかめ顔をしている。重要なメイジたちは皆黒いローブを着ているが、だからといって囚人には変わりないようだ。

 ときどき見かける大鼻は新調した鎧を身に着け、エヴァンジェリンが身に着けていたものと同じ真紅のクロークを纏っている。彼が議論の内容を聞こうとして周りをうろつくためメイジたちは話をやめてしまう。皆コールと同じように大鼻のことが嫌いなようだった。

 テンプラーたちより怖いものなどないと思っていたコールが、自分でも不思議なことに今では普通に彼らに近づくことができるようになっていた。目と鼻の先に立って彼らの眼を見つめても誰も気が付かない。コールは、今はお前たちのことがよくわかるぞ、と彼らに告げてやりたかった。

 居室に監禁されているリースは彼を助けに来ることができない。コールは、自分のせいで多くの苦痛を与えてしまった相手に今更何を言えばいいのかわからず、そばに近づかないほうがリースの心もやすまるのだろうと思っていた。

 エヴァンジェリンも助けに来ることはできない。とても綺麗で優しさに満ちた彼女のことを考えると心が疼く。彼女がテンプラーたちの元に連れて行くと約束してくれたとき、コールは不安とともに希望も感じていた、彼女は強そうだし、誰よりもテンプラーのことを知っているはずだ。だが今彼女はピットにいて、他のテンプラーたちによれば騎士隊長に似つかわしくないことをさせられている。テンプラーたちが彼女の悪口を言うことは腹立たしく思っていた。

 老婦人もコールを助けることはできない。彼女がリースの部屋に行き来するときなどに姿は良く見かけるが、厳しく監視されていることは彼女自身も知っている。コールが見ていることにも気が付いていて、知らない振りをしているだけかもしれないし、実際彼女にはずっと最初から自分のことが見えていたのかもしれない。だが彼女の計画にコールのことは含まれていないので、気にする必要もない。

 赤毛、リースがエイドリアンと呼ぶ彼女は、コールを助けるつもりすらないだろう。彼女もリース同様自室に監禁されているが、それも形の上だけだ。彼女の仲間たちが部屋の前まで忍び込んで伝言の手紙を渡しているし、彼女自身も一、二度部屋から忍び出ていた。彼女の仲間たちが守衛の注意を逸らすために長い時間を費やして払う努力は見ものだった。エイドリアンも老婦人同様に多くの計画を有している。コールにとってそれを知ることは造作もないが、どれも自分の助けになるものではないはずなので興味はなかった。

 コールを助けられる者は誰一人いない。

 だが、コールは皆を助けることができる。ここへの帰路の間、皆テンプラーたちが諸悪の根源だと話していたが、今ではコールもそれに納得できる。彼らの眼を覗き込んでもかつてのような危険を感じることはなく、とてつもない恐怖だけが見える。

 コールにとって、これまでずっとテンプラーたちがディーモンであり、彼らから見つからないように闇に隠れるしかなかったが、そろそろそれもやめる潮時なのだろう。コールは誰にも見つからず、自由に動き回れるのだ。

 コールは、明朝の会合に備えて眠りに就こうとしているタワーの暗い廊下を歩いていた。この上ないほど高まっている緊張が、彼にはまるで叫び声のように聞こえている。些細なしくじりですべてが台無しになることがわかっていたので、彼は慎重に行動した。

 目指す扉の前では、太ったテンプラーの立哨が半分居眠りしながら立っていた。彼が眠りこけてしまっていれば楽だったが、あの黒鎧の男に対する恐怖が彼をそうさせないようだ。

 エヴァンジェリンの居室で出会ったあの男は研ぎ澄まされた鋼でできていた。コールの存在を感じることができた彼には他のテンプラーにはない何かの力が備わっているようだが、それが何かを言い当てることはできなかったし、知りたいとも思わなかった。

 ゆっくりと立哨に近づく間、コールの鼓動は高まった。ファラモンドは、誰からも忘れ去られてしまうのは自然にそうなってしまうのではなく、コールの操る能力なのだと教えてくれた。能力なら使わない手はない。

 コールは立哨の目を見つめ、集中して、何らかのものを召喚した。彼自身の心の奥底には、自分でも覗き込みたくない何かがあるのを感じていた。コールはそれに怖気づくかわりに、外に出てくるように呼びかけた。 

 コールは立哨の帯にぶら下がっている鍵の束に手を伸ばす間、彼から目を逸らさないようにした。鍵がこすれ合って微かな音がしたが、立哨の男は瞬きひとつしなかった。 
 自分は相手に姿を見せずに行動することができる。コールは愉快な気分に浸っていた。慎重に立哨から遠ざかると、鍵の束を胸の前で握りしめた。扉に近づいても立哨は依然として何の反応もしなかった。 

 コールは目を閉じて深呼吸をした。呼び出した闇は、彼の心の中に染み込み始めている。追い払おうとしてもそれは立ち去らず、逆に彼を引きずり込もうとしている。彼を消し去ってしまおうとしているのだ。 

 コールは歯を喰いしばり、気分が良くなるまでゆっくりと息を繰り返した。廊下中を包み込んでしまったと感じられる闇が彼のほうに手を伸ばしてくるが、彼はそれを無視した。自分は現にそこに立って行動することができる現実の存在なのだ。

 コールは扉を開錠して中に滑り込む。二フィートも離れていない場所にいる立哨は何も気づかない。

 寝室は狭く暗かった。鉄格子のついた窓から見える夜空からは初雪の予感がした。卓上に一本だけ灯されているロウソクはただのロウの塊になりかけていて、その明かりは室内の陰気さを深めているだけであった。そこは墓場、あるいはもうすぐ墓場になる場所であった。 

 闇の中から誰何する声は震えていた。小さい寝床に横たわる男の身体がかろうじて見えたが、それが誰であるかコールには尋ねるまでもなかった。

 コールが名乗るとファラモンドは跳ね起き、うろたえた様子で彼を見つめた。疲弊して蒼白な顔、目の下には黒い隈があり、やつれ切って体力の限界まで消耗しきったこの男が何日も、あるいは何週間も寝ていないのは明らかだ。かつて美男と呼ばれただろう白髪に碧眼のエルフは見る影もなく、今はただの老いぼれにしか見えなかった。 

 ファラモンドは、自分にコールの姿が見え、記憶からも消えていないことに当惑し、何がその変化をもたらしたのかと尋ねた。

 コールは、変わったのはファラモンドのほうだと告げながら寝床の端に腰を下ろした。ファラモンドの眼はコールが手にしているダガーにくぎ付けになる。コールは、ファラモンドに自分の姿が見え、記憶からも消えていないのは、彼が死を欲しているからだと告げた。

 エルフは大きく息をのんだ。目も逸らさず、質問もせず、それが誤っているとも言わなかった。彼は、明朝自分は再びトランクィルに戻されるのだと絞り出すような声で囁いた。そして、できることならいっそ死んでしまいたいと告白した。 

 コールは悲しげに頷いたが、ちらつくロウソクの炎を見つめたまま返答はしなかった。ずっと長い間ふたりとも黙り込んでいた。コールにとってトランクィルにされることはさほど悪いこととも思えない。闇に呑み込まれる恐怖とずっと長い間戦ってきたので、それから逃れられるのはむしろ救いに思えた。一旦無にされてしまえば、無にされてしまうことを恐れることもなくなる。
 死も同じことだ。
 
 コールは、ファラモンドをここから連れ出すことができると告げた。入ってきたときと同じ方法で出ていくだけだ。コールは慎重に考えをまとめた。自分の力は自分だけではなく、同行するファラモンドの姿も消すことができるはずだ。扉から外に出ていっても誰からも危害を加えられることはない。 
 うまくいかなかったらどうするかとファラモンドが尋ね、そのときはただ死ぬだけだとコールが答える。 

 ファラモンドは、脱走することなどまるで思いつきもしなかったかのように驚いた顔になった。彼は立ち上がって、部屋の中を興奮した様子でうろつきまわり、やがて足を止めた。ここを出てどこに行くつもりかと尋ねられたコールは、行けるところならどこでもいいと答えた。彼にとってタワーの外はほとんどが未知の世界だ。あの城塞までの旅にしても恐ろしさと寒さだけが印象に残り、人々はコールに対する以上にお互いに注意を払っていなかった。

 どこでもここよりましではないのか、とコールから尋ねられたファラモンドは窓に近づき、すでに霜が降りている鉄格子に指をはわせた。
 アダマントの冬はひどかった、と彼は言った。荒れ果てた地は氷のように冷たく、強風がまき散らす砂は生身を骨から削り取ってしまうかのように感じられた。城塞の人々は冬支度に何か月もかけるが、それでも毎年何人もが死ぬ。嵐に巻き込まれた狩人。不案内な行商人、愚かな子供。

 コールにはエルフがその話をする理由がわからなかったが黙って聞いていた。彼はとても変な感じがしていた。絶望に打ちひしがれた魂と出会う前にはいつも、彼らの燃えるような欲求が感じられるはずなのだ。彼らがコールを必要としているのと同じくらい、コールは彼らを必要としている。
 彼らの目を見るだけでそのことがわかり、その瞬間にコールは現実の存在になるので、彼らと敢えて話をする必要はない。

 ファラモンドは今どう感じているのだろうか。闇を解き放ち、飢えた昆虫の群れのように彼の身体を這わせても、燃えるような欲求は感じられない。コールはダガーの鋭い刃に指を這わせた。ファラモンドの嘆きを断ち切るのは容易い。だが彼がそれを欲求しないのなら、それでも殺害ではなく慈悲と呼べるのだろうか。 

「初雪のときには」 

 ファラモンドは話し続けた。

「毎年お祝いをする。不思議なんだ。冬は危険なものであって祝うべきものじゃない。ところが荒れ果てた地では、大変な富を注ぎ込んで盛大な饗宴を催す。それと踊りもだ。私もいつも仲間に呼ばれ、踊りに誘われるんだ。できないって皆知っているのに。いつも頭を悩ましながらそれを眺めているだけだった」 

 彼は言葉を詰まらせ、コールを見た。彼は泣いていた。

「今夜のアダマントでは、初雪のお祝いは催されないんだよな」
「ここから逃げ出したくないの?」
「逃げ出したくはない。いっそ君の手で殺してほしい」

2013年10月24日 (木)

【DAI】Dragon Age Asunder (17‐2)

 三週間。

 リースが自分の居室をこれほど狭いと感じたことは今までなかった。ダンジョンの独房よりよっぽどましではあろうが、時間の流れがあまりにも遅いことに違いはない。失意とともに悶々と過ごす以外には読書しか手立てがなく、新しい聖なる行軍(the New Exalted Marches)に関するブラザー・ジェニティヴィの無味乾燥な論文を読むことでかろうじて正気を保っていた。

 望んでいるのは読書ではなく、この居室から外に出て自ら行軍することだ。アダマント要塞の顛末、ファラモンドの発見、それらに関するテンプラーの隠蔽の目論みについてタワーのメイジたち全員に告げて回ることだった。自分がどんな厄介事に巻き込まれようとも、いっそタワーの天辺に登って真実を大声で叫びたかった。どのみち厄介事は事の始まりから山ほど抱えているのだ。
 その思いすらも悶々とした気分が生み出したものかもしれない。

 気がかりなことには事欠かない。リースたちを救おうとしたエヴァンジェリンは窮地にあるに違いないが、そうなることを承知のうえだった彼女の行いは尊敬に値する。だが彼女のようなテンプラーが増えるように期待するのは高望みだろう。ほとんどのテンプラーたちは権威に盲従しているだけの看守役で、囚人役のメイジを罵倒するか不憫な目で見るだけだ。たとえディヴァインがメイジに同情的だとしても、一千年も前の出来事を理由に何世紀にも渡ってメイジへの糾弾を続けてきたチャントリーの伝統を覆すことはできない。

 コールのことも気がかりだ。そうするのは容易なはずなのに一度もここを訪れてこないのは、その身の上に何かあったせいだろうか。ディヴァインの謁見で怖気づいたか、あるいは裏切られたと思ったのだろうか。グランド・カシードラルからここに連行される間、リースは必死に彼の姿を探したが見つからなかった。

 定期的にリースの元を訪れるのはたったひとりきりの者だけだった。そのことに正直複雑な感情を抱いていたが、丁度そう考えているところに静かなノックの音がして、ウィンが名乗った。扉を開けて中を覗き込んだ老婦人は真新しい黒いローブに身を包んでいる。ファースト・エンチャンター専用のローブをその立場以外の者が着用することは厳密には許されていないが、サークルで特別な地位を得ている彼女の場合は関係ないのだろう。彼女のあの古いローブは、雨と泥にまみれた旅の記憶とともに燃やしてしまったという。

 リースが起きていたのを見て微笑んだウィンが手にしている盆にはビスケットとチーズの他に湯気のたっているスープの椀が乗っており、リースはたちまち食欲を刺激された。ロード・シーカーには彼を飢え死にさせる考えはなかったが、テンプラーたちは彼の食事の運搬をしょっちゅう失念していたのだ。ウィンがちょくちょく訪れてこなければ、今頃自分の指でも齧っていたかもしれない。

 リースは礼を告げるのももどかしく、奪うようにして盆を受け取るとさっそくビスケットを口に詰め込み始めた。ウィンは寝床の端に腰掛け、両手を膝の上に組んで不躾さを咎めることもなくただ彼を見つめていた。

 侯爵が女帝支持の旗幟を鮮明にしたらしく、彼の軍隊が行軍をはじめたのは朗報だ、とウィンが言った。口いっぱいに食事を頬張ったままのリースが、そうしないわけがなかったのではないかと尋ねると彼女は肩をすくめた。東方からは女帝の廃位が協議されているという噂が流れていたのだ。女帝がすでに弑殺された、あるいは身柄を拘束されたという説も語られているが、ウィンが最も信憑性が高いと考えているのは、ギャスパードが西方街道を遮断したため、ジェイダーあたりで取り巻きの軍勢とともに潜伏しているという説だ。

 サークル・メイジたちが戦に駆り出されることを危惧するリースに、ディヴァインはメイジの集会が終わるまで慎重を期すだろうとウィンが言う。さらにレリアナの見立てでは、ギャスパードの軍勢がヴァル・ロヨーに入城する事態にでもならない限り、集会の後ですらその可能性はないとのことだと付け加えた。

 レリアナとはグランド・カシードラルでディヴァインの傍らに立っていた女性のことで、古い友人のひとりだとウィンが言う。ウィンにはいったい「古い友人」が何人いるのだろうとリースは訝しく思った。

 こうしている間にもファースト・エンチャンターたちがこの地に続々と到着している。ホスバーグ(Hossberg)のブライアス(Briaus、仏:ブリオー)、フェラルデンのアーヴィング(Irving)はこの朝到着し、グランド・エンチャンター(the Grand Enchanter)はまだタワーには顔を見せていないがヴァル・ロヨー市内に到着しているはずだと、ウィンはその部分だけ顔をしかめて告げた。

 現在のグランド・エンチャンターであるフィオナ(Fiona)は、かつてグレイ・ウォーデンの一員であった。通常ウォーデンを「引退」することはできないのだが、彼女だけは異例の措置を受けたようだ。それを言うならウィン自身もまた異例の立場であることに違いはない。
 ウィンによれば、定例的なメイジの集会が禁止されたそもそものきっかけは、フィオナが現在の地位に選出されたことだ。

 まるで彼女の失策のような言い方だとリースが咎めると、少なくとも自分の失策ではないとウィンが肩をすくめる。フィオナはサークルの独立運動を精力的に推進していた。当時のグランド・エンチャンターであったブライアスはそれがチャントリーの敵意を招くだけの動きだと正しく認識し、独立の是非を問う投票を決して認めようとはしなかった。だが彼女が選出されて事態がすべて変わった。

 リースは食事の手を休めてウィンのやつれた顔をしげしげと見つめた。集会の開催まで一週間を切った今、彼女はそこで主張すべきことを決めなければならないのだ。参加者が集合しつつあるのに、集会の議題が何も討議されていないのはどうしたものか、とリースが慎重に切り出した。

  何か思うところがあるのかと問うウィンの愉快そうな面持ちを見てむっとしたリースは、ウィンがディヴァインの反感を買ってしまったおかげで、彼女の「サークルを変革する計画」はすべて台無しになってしまったのではないかと答える。ウィンが突然大声で笑い出したので、リースはたじろいだ。

 笑い止んだウィンは申し訳なさそうな顔で失礼を詫び、あのメッセージを送ったのは誰の指図によるものだと思うかと問いかけた。ウィンと同様にディヴァインもアダマント要塞の顛末について知らなかったが、その指示は明瞭だった。ウィンは、ファラモンドの実験に何らかの成果があったなら、各地のファースト・エンチャンターたちに即座に伝えるようにとディヴァインから命じられていたのだ。

 結局それもゲームだったのか、とリースが言う。
 耄碌しきって何ら権力を行使できなかった先代に馴れてしまったチャントリーの中には、現ディヴァインを激しく敵視する向きも、隙あらば足をすくおうと待ち構えている者も多い。変革を目指すならことさら慎重さが求められるのだ、とウィンが答えた。

 テンプラーが変革を認めるだろうかというリースの疑念に、それを目指すのが使命だとウィンは謎めいた顔で答える。だがそれこそ何世紀にも渡り誰もが目指してきたことではないのか。カークウォールの叛乱が示したことは、中庸の道を選んでも見せかけの平和しか手に入らないということだけではなかったのか。とはいえ、すでに決意を固めたウィンといくら議論してもはじまらないとリースは思った。

 リースは、前回の訪問時にウィンが予告していたファラモンドを訪れた結果について問いかける。ウィンは悲痛な顔つきになってしばらく逡巡し、ロード・シーカー・ランバートがファラモンドのライト・オヴ・トランクィリティをメイジの集会の前日に執り行うよう命じたため、彼はそれを死ぬ思いで待っているのだと告げた。ファラモンドの身の上に起きたことはタワーの全員が知るところとなっている。ロード・シーカーは、メイジの誰にも余計な手出しをさせないようにその日程を選んだのだろう。

 リースが食事を終えるまでふたりとも黙り込んだ。息子の自分を利用したと母親を詰ってから一週間も経たないのに、彼女が定期的に食事を運んでくれるようになった今では妙に親密な関係となっている。リースはそれをどう考えてよいのかわからなかった。互いにただ見つめ合っているのは居心地が悪い。彼女の秘密は漏らさないとすでに誓ったので、これ以上ここを訪れる必要はない、とリースが告げた。

 頷いた彼女は遠くを見るような目をした。彼女が心を痛め、途方もなく疲労していることはリースにもわかった。一番最初にリースのもとを訪れたとき、彼女は自分の導きが不要であることを確かめたかったのが理由だと告げた。だがその頃彼女は、フェラルデンにおけるブライトとの戦いが終わった以上、あのスピリットが彼女のもとに留まり続ける理由がなくなったと考えていた。自分の寿命が尽きる前に一目息子の顔を見たかったのが本心だった、と彼女が言った。

 その後ずっと戻って来なかった理由をリースが問うと、彼女は涙混じりの眼になって、両手で彼の頬を優しく愛情に満ちたやり方で覆った。そして、母親の加護なしで過ごしてきた愛おしい息子に余計な瑕疵をつけたくなかったからだと答えた。アボミネーションになり、サークルを救う聖戦の徒になった母親が息子の回りをうろついてもいいことはない。
 彼女は、リースがリバタリアンズに加入したことさえも自分の進むべき道を見つけた証であると喜んでいたのだという。

 リースは納得せずに首を振り、彼女の両手を顔からどかした。そして今回彼のもとを訪れたのは、自分の目的に利用するためだったではないかと詰問した。その言葉に衝撃を受けたウィンは首を振り、真意は違うと弁解しようとした。

 その時扉にノックの音がして、二人はしばし言葉を失った。
 扉の外にいるのがテンプラーの誰かだと考えたリースが立ち去るように叫ぶが、返事はエイドリアンのものであった。彼女は急いで居室の中に入ると扉を閉めたが、室内にウィンもいることを知って驚いていた。 

 リースがエイドリアンに、やはり居室に監禁されているはずの彼女がどうしてここに来ることができたのかと問い質す。
 二人きりで話があるのだろうと言って扉から出ていこうとするウィンを、彼女にも話があると言ってエイドリアンが遮る。ウィンはエイドリアンとの議論は十分し尽くしたとかわし、彼女がここに現れたことは秘密にすると付け加えて扉から出ていった。

 ウィンが二度とここを訪れることがないことを予期したリースは沈痛な気分になり、先ほどの言葉が別れ際のものとしては好ましくなかったことを後悔した。

 エイドリアンはリースの寝台に腰かけると、グランド・エンチャンターがホワイト・スパイアに到着したことを伝えて大はしゃぎした。リースは監禁されていたはずの彼女がどうしてその事実を知っているのかと尋ねた。リバタリアンズの者たちは自室からこっそり抜け出して動き回っており、エイドリアンは彼らと頻繁に連絡を取り合っていたのだという。

 エイドリアンによれば、来るべき集会でグランド・エンチャンターは再度サークル独立の是非を問う投票の敢行を目論んでいる。ファラモンドの実験結果から議題がすり替わってしまうことをロード・シーカーが許すはずがないとリースが言っても、半生にわたり待ち望んでいた瞬間がもうすぐ訪れることに興奮しているエイドリアンは聞く耳を持たなかった。
 正気とは思えないフィオナの目論見が招くものは戦争だろうか、あるいはメイジ大虐殺だろうか。 

 エイドリアンは、投票はメイジの意思表示であり、テンプラーがそれに何らかの手出しをすれば全土のサークル・オヴ・メジャイが知るところになると言った。彼女はリースの両肩を強く押さえると、今にも前後に揺さぶらんばかりに、自分たちは歴史的出来事の現場に立ち会うことになるのだ、と力説した。
 リースは、歴史と言っても色々ある、とだけ答えた。

 即座に傷ついたような表情になったエイドリアンはしばらく無言のままでいたが、やがてリースが心を割いている「あのテンプラー」がロード・シーカーに対峙しなければならなくなることを恐れているのだろうと詰った。

 リースがそれを否定すると、エイドリアンは立ち上がってしばらく居室内をうろつき回り、最後に彼の両手を握りしめて悲痛な声で、一体どうしてしまったのかと詰め寄った。ふたりはリバタリアンのフラタニティに一緒に入った。夜遅くまで起きてメイジによるサークルの自治について討論してきた。その話はもう諦めたのか。

 リースは苛立ちを押さえるために片手で髪をかき上げていた。エイドリアンが救いを求めるような困惑した目で見つめている。リースが寝台に腰かけて落ち着くように言うと、彼女はそれに従った。

 リースは彼女の両手をとりながら、メイジの自治を実現することはまだ諦めてはいないが、エヴァンジェリンも、エイドリアンも、コールも、誰であっても命の危険に曝したくないのだと告げた。
 エイドリアンは顔を曇らせて、コールとは誰だと尋ねる。

 リースは、大切なのは慎重に事を進めることで、性急な手を打ってしまえば、そうした動きを待ち構えているロード・シーカーの思う壺であり、皆が悲惨な憂き目に会ってしまうのだと言った。エイドリアンは溜息をつき、悲しげに頭を振った。初心(うぶ)な者を見るような目つきでリースを見つめ、言葉を喪いかけていた。彼女は暴力沙汰も予想しているし、それに備えるため皆で一致団結しなければならないと言った。

 リースは苦い顔つきになったが、彼女の言い分にも一理あることは認めざるを得なかった。リース自身も、結局中庸の道はもう残されていないのではないかと考えていたのだ。

 エイドリアンはリースに、ウィンを説得するように要求した。エクイタリアンズ(Aequitarians、公正派)・フラタニティの中には、まだ決心の固まっていない者たちが多い。アンティヴァ(Antiva)のアステバディ(Astebadi)やナヴァラ(Navarra)のグエニール(Gwenael、仏:グエナエル)もやってくる予定だが、グランド・エンチャンターは彼らを自陣営に呼び込むことは比較的造作もないと考えているという。

 エイドリアンは劇的な効果を作り出すためか、あえて一呼吸置いてからこう告げた。これは自分たちの願ってもない機会である。ウィンが集会でサークルの分離を主張すれば、エクイタリアンズ全部が彼女に賛同するのは間違いない。ローヤリスツですらなびくかもしれない。

 ウィンは同意しないだろうし、ディヴァインの援助のもと計画を進めてきた彼女には少なくともその結果を見るための機会を与えるべきだと、リースは自分の考えを伝える。
 エイドリアンは即座にそれを否定して、集会でトランクィルについて討議したところで無為に終わるだけだと断定する。彼女にとって集会は、実際に実りある試みをなすべき唯一の機会だ。

 ウィンに頼らず進めるべきだとリースが告げると、苛立ったエイドリアンは立ち上がり、母親を説得できるのは息子であるリースだけだと怒りに任せて言い放った。
 その彼女の見方がたとえ正しいとしても、リースにはそれが正しい行いとは思えなかった。自分を利用した母親のことを今度は自分が利用するのか。二人の間の縁故がどれだけか細いものであっても、目的のために無理やり利用するのか。

 それはやはりできない、とリースは詫びた。

 エイドリアンは諦めた。寝台に座り込んで、そのまま本当に泣き出すのではないかと思われた。これまでひとつの目標にあまりに固執してきた彼女が、仮にそれを手に入れることができたなら一体どうなってしまうのだろう、とリースは疑問に思った。確かにサークルが自由を手に入れたら何をするかについてふたりで話し合ってきたが、実際そうなったらこの娘に何が残るのだろう。彼女という存在がその信念に呑み込まれてきた何年もの間、リースは何も変わらず、置き去りにされていたのだ。

 リースが謝罪の言葉を考えていたとき、エイドリアンが顔を寄せて彼にキスをした。完全に不意を突かれたリースは、彼女の両肩を掴むと必要以上に力を込めてその身体を引き離した。

「一体、どうしたんだ?」
「あなたを喪いたくない」 

 彼女は泣いていた。こぼれはじめた涙はすぐに滝のように流れ始め、顔全体が嘆きでくしゃくしゃになった。

「ずっと長い間友達のままでいるべきだと自分に言い聞かせてきた。いつも一緒にいるのが当たり前だと思っていたし、一緒にいれば何かができると思っていた。でも・・・、あなたはあたしから離れていく」

「エイドリアン」

 リースはなんとか宥めようとしたが、彼女は泣き顔を恥じ入ったようにして背を向けた。

「エイドリアン、僕たちを結びつけているのは、そんなことじゃないんだ」
「そうかしら」

 彼女は赤く泣きはらした目で彼を見つめた。

「あたしを愛していないの?」

 リースには答えることができなかった。ずっと以前に彼女からそう迫られたときも答えることができなかった。その時以来、答えは二人の間に宙ぶらりんになっていて、エイドリアンはいつまでたっても拒絶されたと観念することができなくなっていた。そして今、彼女はもう一度そこを掘り起こしてしまった。

 自分がかつて愛していた女性は、とうの昔にいなくなってしまっていた。 それがリースの本心だった。

 リースが言葉で告げなくても、その表情を見れば答えは明らかだった。彼女は急いで立ち上がると気を取り直して、涙をぬぐった。

「どうでも構わない」

 取り繕ったような声で彼女が言った。

「あなた抜きでも、なんとかしてみせる」
「なんとかすると言っているじゃないか、エイドリアン」

 彼女は、辛辣な顔つきで彼を見た。

「リース、あなたは自分のことすらどうにもできない」 

 そう言い残して彼女が部屋から出ていき、リースは部屋にとり残された。ひとりぼっちで。

2013年10月18日 (金)

【DAI】Dragon Age Asunder (17‐1)

 三週間。

 ディヴァイン直々の意向をよそに、ロード・シーカーに疎ましがられる存在となったエヴァンジェリンは名ばかりの騎士隊長に貶められていた。その職位の者としては前例のないダンジョンの巡回を単身担うよう命じられたのであるから、むしろ事態はなお悪いと言える。

 アーノードが始終現れては、悲惨な役回りに追いやられた彼女の様子を眺めて悦に入っていた。彼は癪に障る冷笑をまるで勝利の旗のように振りかざして、メイジの集会が終われば彼女も騎士隊長から解任される手はずだと愚弄し続けた。ディヴァインのご威光もそれ以降は及ばないという彼の言葉に間違いはないのかもしれないが、どんな結果を招こうともこの男の薄ら笑いを消し去ってやりたいと願う彼女の気持ちに変わりはなかった。

 もちろん他のテンプラーたちの中には、深夜ダンジョンを訪れて同情の言葉をかけてくれる者たちもいた。騎士団の身分を永久に喪いたくなければ、ロード・シーカーに土下座してその慈悲を請うべきだと助言してくれる者たちは、ロード・シーカー・ランバートには如何なる慈悲の心もないことを知らないのだろう。もはや彼女はそれすらどうでもいいことだと思うようになっていた。

 だがそれでは自分に嘘をついていることになる。彼女の内心ではやり場のない憤りが石炭の火のように燃え盛っていた。これは自分が選んだテンプラー騎士団ではない。どんな悲惨な状況でも最善を尽くす守護者たち。力は思いやりの心とともに用いるべしというメイカーから授けられた天命を肝に銘じ、メイジたちも無辜の者たち同様に助力を必要としていることを信じる者たち。騎士団長イーロンも、エヴァンジェリンの父もそう信じていた。

 だがロード・シーカーには一切の妥協を許さない冷たい確信以外何もない。他のテンプラーたちの多くが、メイジ同様彼の餌食にされることを恐れて異議を唱えようとしないのが事態をなおさら悪くしている。騎士隊長自身が完璧な見せしめとなった今、声をあげようする者たちの意思も急速に萎えてしまっているのだろう。

 彼女は闇の奥で毎日過ごさねばならない羽目になった。ロード・シーカーに何度面会を求めても拒否され、または無視された。だが彼女には、ほんの些細な不服従の気配を見せた途端に彼が鷹のように襲いかかってくることがわかっていた。リースや他の者たちを訪ねることもできなければ、ウィンと言葉を交わすのもすれ違うときだけであり、お互い接触しないのが得策であることも心得ていた。

 私室に監禁されているリースと話す機会を持てないことをもどかしく感じた彼女は、彼と誰のことについて話し合いたかったのか忘れてしまっていることに慄然となって立ち尽くした。あわててチュニックの奥を探って小さな羊皮紙片を取り出すと、最寄りの照明石の灯りの下に駆け寄って中身を読んだ。

 彼の名前はコール。歳ははたちくらい。目にかかるブロンドの前髪。汚れた皮の服はおそらく一張羅。リースを見つけた霊廟にいたが姿を見ることはできなかった。誰も見ることができず、見ても忘れる。お前が今忘れているように。
 あの夢を思い出せ。


 彼女は眼を閉じて自分の記憶を探った。フェイドの中の夢。おぞましい農家、その台所の棚に隠れていた少年のことはすべてを覚えていた。だがコール自身のことだけは顔も声も思い出せなかった。それでも彼女は思い出したかった。そうするのが自分の義務だと感じた。

 彼はどうしているのだろう。ディヴァインとの謁見から数日後にコールが彼女を訪ねてきたのだが、その記憶さえも確固としたものではなく、印象だけが残る夢の残滓のようだ。彼はリースのことを尋ね、自分がテンプラーに引き渡されるかどうか知りたがった。自分には見当がつかないと詫びるしかなかったエヴァンジェリンは無力感に苛まれ、彼が落ち込む様子を見るのは耐え難いものだった。

 彼女は、ホワイト・スパイアまでの帰路の間、彼が本当に脅えていたことを覚えている。彼の希望と不安を断ち切ることになるはずの瞬間は決してやってこない。一行がグランド・カシードラルを訪れた後のことは何もはっきりわからない。ロード・シーカーは彼女をここに幽閉し、コールもまたタワーの闇の中に戻ったのに違いない。
 もしかしたら今でも彼女のことを見ているのかもしれない。

 暇つぶしの読書かと呼びかける声に彼女は跳び上がった。ロード・シーカー・ランバートがダンジョンの入口に立ってしかめ面で彼女を睨んでいる。照明石のサファイア色の灯りが、彼が纏う黒い鎧の表面で煌めいていた。彼女が答えずにいると、彼は傍らの小さな机のほうに歩み寄り、彼女が卓上に並べていた遊戯用のカードを手慰みに動かした。そして、退屈であっても守衛は重要な任務だと言った。

 彼女が素っ気なく用件を尋ねると、彼は顔をしかめて、置かれた立場上ものの言い方に気をつけるべきではないのかと詰った。彼の言うとおりこれ以上波風を立てても何も意味はない。彼女は、面会を求めていたのは確かだが、彼自身がピットまで下りてきたことに驚いたと言った。腕を後ろで組み、しばらく黙ったまま室内をゆっくりと歩き回っていた彼は、エヴァンジェリンの提出した報告書について他の者たちの詮索のないところで話をするために来たと告げた。

 彼女の報告書には、タワーにおける殺害事件の真犯人がリースではなくコールと呼ばれる若いメイジであること、コールが不可視な存在で出会った者の記憶から消え去ることが記されていた。
 ロード・シーカーから自分も例外ではないのかと問われたエヴァンジェリンは、彼女自身もすでに忘れ始めていると答えた。

 彼は足を止め、彼女に好奇に満ちた目を向けると、わかったとだけ告げた。それから、コールがリースを救うためなら姿を現すと言っていたのであれば、彼女の呼び出しに応じさせることが可能かどうか尋ねた。エヴァンジェリンはコールの居所がわからないと答えた。

 ロード・シーカーはその答えを予期していたかのように頷いて、仮にコールの存在が事実だとすると、その特殊な能力については初耳だが、犠牲者の血を用いるブラッドマジックの一種ではないかと言った。エヴァンジェリンがそれを否定すると、彼は彼女やリースの精神にコールが悪影響を及ぼしているという疑いを確信をもって否定することができるのかと詰め寄った。

 エヴァンジェリンは溜息をついた。たしかに確信はない。コールに出会ったのがフェイドだったというのも都合が良すぎる。彼女が最初にそう疑ったようにディーモンかもしれない。あるいは禁断の魔法で他者の精神や記憶を操作する邪悪なメイジ(メレフィカー、maleficar)であって、彼女たち一行に自らが無害な存在であると思い込ませていただけなのかもしれない。

 だが一方で、彼女の記憶の中の彼は無害ではなく危険な存在であり、良く理解していない世界に放り出されて自力で生き抜かなければならない子供のように不安な存在でもある。彼女の直感によれば、彼は見た通りに助けが必要なのだ。

 彼女は確信を抱くまでには至ってないが、それでもそう信じていると答えた。そしてコールはタワーに連行されて以来、その才能を恐怖かなにかの理由で歪められており、完全に正気を喪って他の者に害を及ぼす前にトランクィルにしなければならないと指摘した。

 ロード・シーカーは頷き、彼女がリバタリアンズに感化されることなく、まだ儀式の力を信じていることに満足した。彼女は儀式の必要性は認めながらも、代替策が必要であるというリースの主張は間違っていないと応じる。リースはまた殺害犯人でもなく、自分たちは互いの違いを乗り越えて真実の発見に努めるべきだと付け加えた。

 随分威勢の良い言葉だと返したロード・シーカーがまた歩き始める。顎をなでながら黙考している彼の姿を見つめながら、エヴァンジェリンはこの男には情けが欠片もないと断じた。彼にとってすべての事柄は鮮やかに解かれるべきパズルであり、解いた後は棚の奥に仕舞い込んで忘れてしまうのだろう。そうできないものは何であっても彼にとっての脅威なのだ。

 彼は提案を告げた。彼女が発見次第、彼はコールに会うことにする。痛めつけはしない。彼女の主張が正しいことが判明すればリースは解放される。
 その見返りは何かとエヴァンジェリンが問う。
 彼女がファースト・エンチャンターの集会に出席し、ファラモンドの実験について非難することが条件だ、とロード・シーカーが答えた。

 彼がここにやってきた理由はすべてそれだったのだ。寛大さを示したと見なされることを嫌い、彼女の証言に促されて措置を講じたと思われたくもないのだろう。
 彼女は申し出を断った。

 ロード・シーカーは、自分を窮地に追い込んだ張本人は彼女であり、事態を正す責任もまた彼女にあると言った。反論しようとする彼女を遮ると、彼女がメイジたちに同情心を抱いていることは報告書からもあきらかで、それは称賛に価することであると告げた。さらに将来その点について慎重に吟味するのもやぶさかではなく、その場合は彼女に指揮を担わせることも考慮しているが、メイジたちが叛乱の口実となる材料を探し回っている今はその時機ではないと付け加えた。 

 同情心を示さないというそのこと自体が叛乱の口実を与えているのではないか、とエヴァンジェリンが追及すると、ロード・シーカーは、自分たちはゲームをしているのではないと言い返す。かつてこの世界は魔法が支配しており、メイカーはそれを打破するため愛する花嫁までもお遣わしにならざるを得なかった。彼によれば、テンプラーだけがそうした事態の再来を阻止する防波堤なのだ。 

 それは同情心をもってしてでも可能ではないのかと彼女が食い下がる。ロード・シーカーはダンジョンの独房が並ぶ通廊を見通せる扉のところまで歩いていって、まるでそこに潜むゴーストたちを見ているかのようにずっと奥の闇を睨んだ。

 同情心の行きつく先について、彼は自らの経験を話し始めた。  

 ロード・シーカー・ランバートはテヴィンター帝国の出身である。帝国チャントリーで十年近く任に就いていたが、そこのサークル・オヴ・メジャイが再起不可能なほど堕落したため立ち去ったのだ。
 そこでは自治を任されたマジスターたちが徐々にサークル内部の権力を侵食していった。当時は彼も、メイジ自身にメイジを統治させるのが最良の方策だと信じていた。

 エヴァンジェリンから疑いの眼差しを浴びせられるのを見て、ロード・シーカーは笑みをこぼしそうな顔つきになった。彼は続けた。 

 彼ははじめからメイジに不信の念を抱いて任務に就いたわけではない。彼がテンプラー騎士団に加入したのは事態を良くすることができると信じていたからだ。他の者たちの規範となるに相応しいと目されるマジスターたちの仲間もでき、ひとりとは友人と呼べるまでの仲になった。彼は友人と二人で世界を変えようとした。

 裏切られたのかとエヴァンジェリンが問うと、彼は首を振った。

 その友人はブラック・ディヴァインまで登り詰めた。ふたりの夢を実現するためにはこの上ない地位だ。だがそこで友人は権力の行使ではなくその維持に没頭することになる。敵対する者たちが禁断の魔術に手を染め、対抗するため友人も同様の手段をとった。ランバートにとっては考えもしていなかったことであった。

 ランバートの権限は徐々に無力なものになっていった。テンプラーたちはほとんどの情報から遮断され、些細な問題すら解決できない有様だった。権力の座に就くためランバートが力を貸したマジスターたちが、自分たちの腐敗を暴露されることに抗っていたのだが、彼はその事実を認めたくなかった。

 それでも結局実態を知ることになった、とエヴァンジェリンが言うと、彼は短く苦い笑い声を発した。 

 ランバートは友人と対峙することになった。友人から初心(うぶ)だと詰られ、権力のことが何もわかっていないと断じられた。実際彼は、その日にはじめて権力の何たるかを理解したのだ。 

 エヴァンジェリンは居心地悪そうに体重を足から足に移し替えた。ロード・シーカーの過去から洞察を得たいなどと思いもしなかったが、それも彼のことを理不尽な男だと信じたいがためかもしれなかった。テンプラーは各人それぞれが信念を持っていて、それらすべてが善なるものである。その一方で、それらすべてが釈明にしか聴こえない。それが悲しいかな現実なのだろう、と彼女は思った。 

 ここではそんな事態は起こらない、と彼女が言う。
 扉のほうから振り返った彼は彼女をじっと見つめ、メイジたちに少しでもゆとりを与えれば、連中の要求はどんどん高まり続け、結局最後にはまったく同じことが起きる、と言った。 

 エヴァンジェリンは首を振って言い返した。

「私たちは無謬ではありません、閣下。彼らをあまりに強く抑圧すれば、閣下が最も避けたかった事態そのものを招くことになるでしょう。他に方法があるはずです」

 ロード・シーカーは深く溜息をつき、ダンジョンの入口に向かって歩き始めた。

「他に方法などないのだ。だがこれ以上何を話しても無駄なようだ。であれば、集会で好きなことを話すがよい。だが、ディヴァインが如何に宣われようとも、このタワーに貴公の居場所がなくなることは覚悟しておくことだ」

「コールのことはどうなるのです?」

「本当に存在するなら、狩り立てるまでだ」

 彼は去り際に逡巡した。

「貴公に対する私の第一印象は誤りだったようだ。騎士団長イーロンに部下を選ぶ目がなかったことはどうやら間違いない。嘆かわしいことだ」

 そう言い残して、ロード・シーカーは立ち去った。 

 それはそれは、どういたしまして。

 彼女は心の中で毒づいた。

2013年10月17日 (木)

【DAI】Dragon Age Asunder(コメント6)

 「閃のなんとか」もやらずに頑張ったんだが(嘘)。

 あまりに間を開けると死んだと思われかねないので、16章は慌ててラッシュでアップしました。まだ枝葉の剪定が行き届いていない部分ありそうですがご容赦ください。ぼちぼち直します。

 15章はまたしてもコールの視点から。世界を子供のような視点で見つめる効果を狙っている部分もあるのでしょうが、やっぱどうしても苦手。ただし、彼自身も、自分が子供扱いされていることに気が付いてくるあたりはちょっと救いがあった。

 旅の仲間の名前を憶えていくのも、子供が閉ざしていた心を開いていく表現のひとつでしょうが、エイドリアンだけは「赤毛」と呼び続けるところには少し笑いました。また、彼女が馬を洗う時だけかわいく見える、ってのはゲイダーさんのやさしさの現れですかね。

 彼がエヴァンジェリンに思春期の初恋?の感情を抱いているらしいのも、なんかこそばゆいのですが(笑)。 

 ファラモンドがチャントリーが支配する以前の魔法について言及するところは突然説明調になってますが、このロアはDAIに用いられるのでしょうか。はなからチャントリーの支配を逃れている「ヘッジ・メイジ」(hedge mages)の代表はフレメスとモリガン。それからデーリッシュも含まれるのでしょう。

 「ヘッジ」はこの場合「はずれ」、「周縁」の意味でしょうか。最初からチャントリー世界の外にある。「アポステイト」やローグ・メイジの「ローグ」は「はぐれ」、「逸脱」の意味で、本来管理下にあるべき(あった)のに、そうではない状態。区別するとそんなところでしょう。 

 DnD世界でいえば、ウィザードがチャントリー支配下の魔法を司り、ソーサラーが「野生の魔法」を担うって感じでしょう。

 ヴァル・ロヨーに到着した場面では、フランス語の名称をどうするか呻吟(しんぎん)することになりました。日本人には「マルキ・ド・なんちゃら」、「なんとか・ダルジャン」、のほうが馴染み深いのでしょうが、DAもMEも固有名詞はできるだけ英語(カナディアン?)読みにすると決めてしまったのでつらいところ。サー・アーノードもフランス語では「アルノー」だと気が付いて慌てて最初に登場するところに追加しました(笑)。

 地名についてはホワイト・スパイア、グランド・カシードラル、アヴェニュー・オヴ・サンなど英語表記がメインですが、市場街は突然「ベル・マルシェ」。これも日本人にはベル・マーシよかよっぽど通りがいいはず。

 どうせこの後に出る小説"The Masked Empire"も「やるんだろう」、「やれよな」、と思われているでしょうが、そちらもフランス語名称てんこもりだろうから、今から怖気をふるっています。まあ、やらなくていいならそれに越したことはないが(日本語訳が出るとも思えませよねえ)。

 あとは初めてセリフを直接文でやることになったロード・シーカーの一人称に適当なものが思いつかなかったこと。放棄して「私」にしちゃった。「余」でも「拙者」でもなんかしっくりこなかった。エヴァンジェリンを「貴公」と呼ぶくらいで味をつけたが、本来これは男性の後輩を呼ぶ言葉。まあ侍社会は当時男性社会だったわけだからいいか。 

 16章は、終盤に差し掛かるところの山場。本来リース主観のまま続く長い章。話者が次々に変わるいわゆるディヴェート、裁判ものの場面ですから、要約方式の限界が思いっきり出てしまいました。 

 リースが回想する先代のディヴァイン、ベアトリクス三世は、アニメ映画"Dawn of the Seeker"でメイジの蜂起で殺されかけたお方。Asunderでは耄碌しきった姿で描かれていますが、メイジから攻撃を受けたと勘違いして狼狽えるのは、映画の場面を念頭に置いているのかな。

 「至聖なるお方」の元は"the Most Holy"。これはなかなかいいですよね。実はディヴァインへの呼びかけとして他にもリアル欧州で用いられる"Your Holiness"に対応する造語の"Your Perfection"も出てくるのですが、そっちはローマ法王なんかに用いる「猊下」にしてます。同じく用いられる訳語の「聖下」が造語丸出しなのに対して、「猊下」は由緒正しい言葉ですかね。 

 ホワイト・スパイアなんて白亜尖塔、白屹塔、色々いじれそうですが、ファンタジーだからといってあんまし無暗に造語を作るのは好きじゃないので、すでに世の中にあるものはできるだけ流用する、あとはカタカナにするという感じです。ただグランド・カシードラルを「大聖堂」とやっちゃうと、(リアル欧州には、つうか日本だって含めて沢山あるから)一般名詞になってしまう。セダスには一つしかないはず(固有名詞)なのでやめといた。 

 内容についてはお読みになったままです。余計なことを書くとリアル・ウィズダムの高い人に今後の展開がバレてしまいそうなので、何も申し上げないでおくことにします。 

 んー、でもDAOでも思ったが、レりアナのチャントリー・ローブ姿こそ冒涜的だと思うんですが・・・。脳内的にちょっとやばすぎます(笑)。

2013年10月16日 (水)

【DAI】Dragon Age Asunder (16-2)

 またしてもやってしまった。自分はいつになったら学ぶのだろうか。
 リースは気を強く持って高座に近寄ると、ロード・シーカーの隣で同様に膝をつく姿勢を取り、ディヴァインに発言の許しを請う。
 ディヴァインは愉快そうに唇の端を曲げ、今宵は誰もが立ったままでいられないようだと冗談めかして言った。

 リースが名乗ると、ウィンの息子であることを知っていた様子のディヴァインは、彼が母親によく似ていると言った。
 リースは、ウィンがすでに彼女に自分との関係を告げていたことに加えて、それを彼女が覚えていることに狼狽えた。ましてやウィンと自分に似ているところなどないと思っていたのだ。

 リースが逡巡している隙にロード・シーカーが割って入り、殺害事件の容疑である男の言葉は自己弁護に違いないので聞いてはならないと進言する。ディヴァインはおかしそうに笑うと玉座の背もたれに体を預け、誰もが偏見を有していると応じた。そしてリースを任務に同行させたのはロード・シーカー自身であったことを指摘し、リースに話を続けるよう促した。

 リースはファラモンドの実験結果を放棄するのは誤りだと主張した。ライト・オヴ・トランクィリティに限らず、魔法全般に関して知られていることは伝統か風説に基づくものばかりである。彼の成果は儀式の代替策を発見する役には立たないかもしれないが、それだけで代替策がないと結論付けることはできない。

 さらに彼は、アダマント要塞からの帰路ずっとファラモンドと意見を交換してきた結果、自分自身のスピリッツに関する研究と組み合わせれば重大な解明が可能になることが判明したと告げた。

 衝撃を受けた様子でリースを凝視していたロード・シーカーが、侮蔑に満ちた目をエヴァンジェリンに向けるが、彼女の石のような表情もその視線も揺るぐことはなかった。ロード・シーカーはディヴァインに向き直ると、これこそ実験結果の伝播が悪影響を生み出す証左であり、次にこの者たちは実験の継続にはディーモンが必要だと主張し出すに違いないと告げた。

「必要なのはディーモンではない」とリースが反駁する。「スピリッツだ!」
 ロード・シーカーとディヴァイン双方から疑念に満ちた視線を浴びつつも、彼は断固とした調子で続けた。
「スピリッツに関するすべてが邪悪なわけではない。私たちは治癒に用いているし、チャントリーがそれを認めているのもその有益さ故でしょう。それとこれとは何も違わない」

「もちろん大違いだ!」とロード・シーカーが喝破する。「要塞丸ごとの無辜の住民が虐殺されたのがその証拠だ!」
「彼らの死を無為に帰してしまうおつもりか?」
「責めを負うべきは私ではない! 復元すべきでなかったものを復元する際に彼らを利用した自己中心的な男の行いが、彼らの死を無意味なものとしたのだ! その行いは冒涜である!」

 リースは皮肉を込めた笑いを浮かべる。

「冒涜といわれるか? 扉は開かれている。閉じるのも自由だが、向こう側をご覧になったらどうだ! あなただって恐れているに違いない、迫り来る叛乱を食い止める手立てがあるかもしれないのに!」

 ロード・シーカーが鞘から剣を抜く金属音が室内に反響すると、半数近いテンプラーたちも同様に武器を手にした。彼らにロード・シーカーを制止するつもりがないことを悟ったリースは、身構えながら後ずさりしてマナを集め始めた。彼の傍に駆け寄ったエイドリアンは両手に炎の渦を召喚する。

 ここで流血沙汰は許さない、とディヴァインが制止の叫びをあげる。
 エヴァンジェリンが剣を手にして駆け寄るより早く、赤毛の尼僧が行動を起こしていた。彼女はロード・シーカーが剣を握る手を掴み、それを振り払おうとする彼を冷たい目で睨み付けると、馬鹿な真似はするなと低く容赦ない声で警告した。

 彼は彼女の手を振り払うと、剣を下してリースのほうに向きなおり、迫り来る叛乱などどこにもないと抗弁した。そして、メイジはチャントリーの存在意義すら忘れており、その要求をひとつ飲めば、それをいいことに今度は十倍の要求をふっかけてくる。脅威があるとするなら、その手に権力を握った途端に、誰よりも先に堕落するだろうリバタリアンズの男が今もたらしているものだ、とリースに非難を浴びせた。

 リースは魔法のパワーを消し去るのに苦労した。ロード・シーカーは侮蔑と独善の塊のような男で、見ているだけで吐き気がする。その顔から冷笑を消しさることができるなら、それがたとえ自分の死をもたらすことを意味しても、他に望むことはないと思われた。 

 リースは、脅威を与えるつもりなどなく、他の方法を提示しているだけであると言った。そして、それに目を向けようとせずに相変わらずメイジをいたぶり続けるなら、いずれ彼らを従わせることができなくなるのは間違いないと断じた。

 ロード・シーカーはリースを無視してディヴァインのほうに向き直り、ことほど左様に都度メイジの抵抗を受ける状況がここから外に拡大しないよう、今ここで断ち切るべきであると進言した。 

 すでに手遅れだ、とウィンが叫ぶ。彼女はファラモンドの手を優しく叩くと、彼を置いて一人高座に近づいた。そしてファラモンドの実験については、セダス各地のサークル・オヴ・メジャイがすでに知るところであると申し立てた。 

 ロード・シーカーが発言の意味を問う。ウィンは爽やかな笑みを返し、交信石で情報を送信した相手先には、ホワイト・スパイアとグランド・カシードラルのみならず、セダス中のサークルも含まれていること、各地のファースト・エンチャンターたちが今この瞬間にもヴァル・ロヨーに向かっていることを暴露した。

 エイドリアンが息をのみ、リースも同じように衝撃を受けた。ウィンは最初から計画していたのだろうか。あのゴーレムが辛辣な罵詈雑言を吐き続けたのも、彼女が一行から離脱する際、エヴァンジェリンがむしろ安堵するよう仕向けるためだったのか。それに思い至った彼は、いくばくかの悔しさを感じざるを得なかった。

 ロード・シーカーはディヴァインに振り向くと、全員を処刑するよう進言した。彼によれば、これはチャントリーの規範すべてに対する軽視であり、権威そのものへの重大な挑戦である。

 ディヴァインは眉をしかめて、思慮深げにウィンを見つめ、玉座の肘掛けを指でリズミカルに叩いていた。ウィンはお辞儀をすると、これがチャントリーとサークルが共に行動して、ファラモンドの発見を脅威ではなく好機に変える機会を生むことになる、と慎重な調子で告げた。

 ウィンのために難しい立場に立たされた、と応じたディヴァインの様子から、リースは不快さと窮地に追い込まれた焦燥を読み取った。彼女がロード・シーカーと切迫した視線を交わす様子がリースの不安を煽る。ディヴァインは拒絶するのだろうか。ウィンは味方にすべき相手の反発を買ってしまったのか。 

 メイジの置かれている立場より難しいわけではない、とウィンが答える。ディヴァインはさらにしばらくの間肘掛けを指で叩き続けていたが、やがて素っ気なく頷くと、それも已む無し、と言った。そしてロード・シーカーが反論を告げる前に、片手を前に差し上げる。

 彼女はロード・シーカーに、ファースト・エンチャンターたちの集会を、従来のカンバーランドではなく、この地のホワイト・スパイアで開催する手はずを整えるように命じた。時期は一か月後で、そこではチャントリーとサークルが共存するための手立てを討議する。

 歯ぎしりするロード・シーカーが、ディヴァインと同様に進退窮まっているのは容易に見て取れた。骨折り損に違いないとは言いつつも、彼もまた素っ気なく命令を受諾するが、それには三つの条件を付すようディヴァインに申し出た。 

 ひとつめは、集会の規模を各地のファースト・エンチャンターのみに限定すること。セダス中のシニア・エンチャンターが一堂に会せば、メイジたちの間に愚かな考えが浮かばないとも限らない。ディヴァインはそれを受け入れたが、今この謁見に臨んでいるメイジたちは例外として集会に参加するよう命じた。

 ふたつめは、今ここにいるメイジたちを監禁すること。良からぬ企みを画策することを防がなければならない。これもまたディヴァインは受け入れ、ウィンだけは過去の偉業に鑑み除外するとした。彼女は集会が終わるまでホワイト・スパイアに留まるが、ウィンがその特権を濫用したとロード・シーカーが判断すれば、他の者たち同様監禁される。

 みっつめは、ファラモンドをトランクィルに戻すこと。

 ロード・シーカーの言葉が皆の腑に落ちるまでしばらく沈黙が流れ、ファラモンドが心が張り裂けんばかりの絶望の悲鳴を上げた。膝をついてロード・シーカーをこの上ない恐怖の表情を浮かべて見つめ、涙を流しながら許しを請う。

 ウィンが駆け寄り、彼をなんとか立たせようとする。彼女はディヴァインに慈悲を求めた。
 ロード・シーカーは、一度目の儀式を執り行った理由は今も依然として有効であること、自律すらできない今の状態ではディーモンの憑依に打ち勝てるはずもないこと、彼の得た知識は儀式によって消えるわけではないこと、と理由を数え上げた。

 ファラモンドは床に崩れ落ちた。罠にかかった動物のような悲鳴がリースの心に突き刺さる。彼は、ファラモンドが見舞われてきた災難からして、あまりに無慈悲な仕打ちだと非難した。
 だがロード・シーカーは、リースもまた儀式の対象に値するのではないかと冷たく言い放つ。

 ディヴァインが首を振ってロード・シーカーに言葉が過ぎると告げる。そしてファラモンドをトランクィルに再び戻すことを改めて裁可した。それから彼女は玉座から立ち上がり、居並ぶテンプラーたちが気を付けの姿勢をとる。

 ディヴァインが高座から去るとき、ウィンのほうに咎めるような目を向けてこう告げた。老エンチャンターの判断が正しく、集会の場でサークルとチャントリーの間の新しい合意が生み出されることを祈っている。もしそうでなければ。メイカーがメイジら皆にご慈悲を賜らんことを。

 赤毛の従者がディヴァインの片手を取って先導する。ふたりが高座から去る間、ファラモンドの悲痛な嗚咽だけが沈黙を破り、室内にこだまする。その中でリースは茫然としたまま立ち尽くしていた。 

 ここで何が起きたのだろう。集会が開催され、そこに自分も参加するのか。またしても刑の執行が猶予されたのだが、ロード・シーカーが彼を睨む様子からみてそれも長く続かないことは想像に難くない。

 それでもファラモンドよりはずっと幸運だった。リースはエイドリアンとともに彼に近寄ったが、ふたりともウィン以上に彼を宥めることはできなかった。永遠の炎の前で、ウィンはまるで赤子をあやすかのように悲痛の泣き声を上げ続けるファラモンドの身体を揺すっている。

 彼が城塞で犯した過ちがなんであれ、その償いをすることになる。感情を全て剥ぎ取られ、空虚な闇の中に生きることを強いられる以上に悲惨なことがあるとするなら・・・、その闇がどのようなものか正確に知っていて、再度そこに放り込まれることに違いない。

【DAI】Dragon Age Asunder (16-1)

 リースはこれまで一度だけグランド・カシードラルに招かれたことがあった。彼がシニア・エンチャンターに任命されたとき、エイドリアン他の昇進者たちとともにときのディヴァインであったベアトリクス三世に謁見するためだった。儀礼的訪問に過ぎなかったのだが、至聖なるお方がお出ましになられるまで息苦しい暑さの中を数時間近く立ったまま待たされた。

 それから一年もしないうちに彼女は崩御めされたが、謁見の最中に身罷られたとしてもリースは特段不思議に思わなかっただろう。従者四人がかりで担ぎ出されてきた彼女はただの震える老婆で、身に纏った深紅のローブの重さだけで潰れてしまいそうに見えた。首から下げた分厚い金のメダリオンの重みのせいで頭を上げることができず、豪奢な髪飾りは斜めに傾いていた。

 日輪の玉座(the Sunburst Throne)に辿り着くとディヴァインは眼を瞬かせてあたりを見回し、困惑した様子でここはどこかと尋ねた。それから歯がほとんど残っていない口を開いて、朝食はまだか、粥はお断りだと喚き始める。従者のひとりが居並ぶメイジたちを紹介すると、メイジに攻撃されていると勘違いして玉座から転げ落ちそうになるほど取り乱し、従者全員に加えて近くにいたテンプラー騎士ふたりばかり手を貸して落ち着かせなければならない始末であった。静かになった彼女はただのぼろ切れの束にしか見えず、腰かける玉座に大きさでも風格でも負けていた。それから彼女はあっという間に物凄いいびきをかき始め、周りの者たちは誰もそれに気が付かないふりをしてメイジひとりひとりの「紹介」が執り行われた。

 敬虔なアンドラステ信奉者である自負など一切抱いたことのなかったリースですら、セダスで最も聖なるお方がただの人であることを知って失望を禁じ得なかった。

 それから七年が過ぎてもグランド・カシードラル自体は何も変わっていなかった。ヴァル・ロヨーの最深部、壁に囲まれた一画にあるこの建物はかつて市街地の外にあったのだが、今は成長を遂げた街自体に取り囲まれている。
 灰色の石造りの堂々たる要塞で、そのアーチ群は天高く聳えている。金色の彫刻群と建物の端から端まで覆う色とりどりのステンドグラスなどの美しい外観とは裏腹に、血腥い過去がもたらす陰鬱さを湛えていた。

 とどのつまりチャントリーは、かつてセダス全土を震撼させた戦争から生まれた宗教なのだ。幾度となく戦火を潜り抜けてきたグランド・カシードラルやホワイト・スパイアなどの主要な建造物は要塞同然の造りで、数知れないほどの白骨の上に築かれている。今回の騒乱でその数がどれだけ増えるのだろうかとリースは思った。
 
 リースは七年前と同じように座り手のいない玉座の前に立っていた。ステンド・グラスは夜のこの時分には暗く翳っており、大理石の台座に灯された永遠の炎(the Eternal Brazier)だけが光源となってあらゆる影を躍らせている。高さ四十フィートに及ぶローブ姿のアンドラステの彫像が正義の剣を高々と掲げる様はひときわ不吉に見え、これから彼の身に降りかかる不幸を憐れんでいるようにも見えた。

 ロード・シーカーが玉座の近くに立ち、テンプラーたちは玉座を挟むように横一列に並んで不動の姿勢を取っている。そこに加わるエヴァンジェリンは無表情で、心中は何も読み取れない。コールはおそらくどこかの闇の中に隠れている。メイジたちだけが玉座前の床に並んでおり、リースには待たされることが拷問のような責苦に感じられた。

 銅鑼がなり、合掌した尼僧の一団が現れた。室内にこだまする彼女たちの詠唱がリースの背筋に悪寒を走らせる。
 すぐに続いて姿を現したディヴァインは前任者と打って変わってずっと若い女性であり、ゆったりした深紅のローブの裾を引く者すら要せずに、まっすぐ堂々とした態度で歩いていた。室内の者は皆、彼女が前を通り過ぎるときに片膝をついて会釈していく。
 ディヴァインが日輪の玉座に就くまでの長い間、彼女の足音以外物音ひとつしなかった。

 テンプラーのひとりが天蓋に響き渡る声で、メイカーの高貴なる僕にして至聖なるお方、ジャスティニア五世の御出座しを告げた。我らに知恵を授けたまえ、と一同が唱和する。しばし間をおいてディヴァインが直るように告げると一同が立ち上がった。
 彼女は玉座一杯に背筋をまっすぐ伸ばして座り、暖かく歓迎に満ちた笑顔を参列者たちに向けていた。

 従者は一人を除いて皆部屋の奥に退いており、短い赤毛の綺麗な女性だけが玉座の傍に立っていた。尼僧のローブを身に纏ってはいるものの、その寛いだ優雅な様子がリースには護衛役のものに見えた。ディヴァインが自らの特命を担わせるためバードを雇っているとの噂は、あながち突飛なものでもないのかもしれない。

 ディヴァインはその良く通る声で、これだけ遅い時分の謁見は異例であることを告げ、その到着を長らく待ち焦がれていた一行が道中無事であったことを寿いだ。発言の許可を求めたロード・シーカーは彼女の承諾も聞かずに、この謁見自体が無意味であり、帝国の現状に鑑みればディヴァインが衷心すべき事柄は他にあると述べた。ディヴァインは助言に対する感謝の言葉を返したが、リースにはそれが皮肉交じりに聴こえ、敬称さえ添えなかった真意は相手に確実に伝わったはずだと思った。ロード・シーカーは憤然とした様子で黙していた。

 ディヴァインは戦に巻き込まれた多くの無辜なる魂への安寧の祈りを捧げる一方で、政治のためにチャントリー本来の責務を疎かにしてはならないと告げた。本件への対応は自分が担っているとロード・シーカーが応じると、眉を吊り上げたディヴァインは自らに対する暗殺未遂事件に言及し、カークウォールの不幸な一件以来、テンプラーがサークルを管理下におくことがますます困難になっているのではないかと質した。ロード・シーカーは不承不承それを認めるしかなかった。

 ディヴァインは参会者一同を見回し、暗殺未遂事件の際の恩人にまだ礼を告げていないと言って、エヴァンジェリンに玉座の前に来るよう命じた。
 エヴァンジェリンが驚きのため大きく目を見開いたのがリースにもわかった。ディヴァインが手招きするまでしばらく逡巡していた彼女は、高座の下まで渋々やってくるとディヴァインの前で片膝をついた。

 ディヴァインは、今回の任務完遂と安全な帰還が彼女の功績によるところ大であることは詳しく報告を受けたと告げ、チャントリーが感謝すべき彼女の貢献がこれでふたつになったと讃えた。そしてロード・シーカーに対して彼女に十分な褒賞を与えるよう命じた。彼はしばらく無言のままディヴァインと視線の火花を戦わせていたが、結局それにも渋々従うしかなかった。

 さらにディヴァインは、ロード・シーカーが本来の任務に復帰すればホワイト・スパイアを統括する後継者が必要になると告げた。驚いたエヴァンジェリンが滅相もないことだと言いかけたが、ディヴァインは今後一層チャントリーへの忠誠を尽くすように彼女に告げ、この謁見の間は自分の玉座の傍らにいるように求めた。

 エヴァンジェリンがロード・シーカーと視線を交わす。リースの位置からはふたりの背中しか見えなかったが、男が微動だにしないことから憤懣やるかたない気分なのは明らかだ。リースがそれで少し痛快な気分にならなかったと言えば嘘になるだろう。

 リースは、エヴァンジェリンが高座の階段を登って赤毛の女性の傍らに立つのを見守った。彼女は少し動揺しているようだったが誇らしげに見えた。旅の一行のうち、少なくとも一人は良い目に会うことができたことをリースは嬉しく思った。

 ディヴァインは次にウィンの名を呼び、彼女は恐怖で震えの止まらないファラモンドの手を引いて一緒に前に出た。今にも嘔吐しそうな様子のエルフはディヴァインの前までくるとその場で平伏し、自分は依頼に従っただけであると震える声で許しを請う。膝を折ったウィンが宥めるが、鼻水が出るに任せてすすり泣くエルフの姿は見るに堪えないほど惨めだ。とうとうディヴァインが今しばらくは話を聴きたいだけだと言って立つように命じた。

 ウィンの助けを借りてのろのろと立ち上がったファラモンドは平静を保つ努力をしているようだが、結果は余り芳しくなかった。彼はディヴァインの依頼に従っただけであるとの弁明を繰り返す。

 ロード・シーカーが大股でディヴァインのほうに歩み寄り、憤怒の表情でエルフの発言の意味を質した。彼はデヴァインが無礼を咎めるのも構わず、テンプラーには足下で起きている事態について知る権利があり、メイジの管理がますます困難になっているこの時期に余計な介入は願い下げであると告げた。

 ディヴァインが顔をしかめるのを見て、リースは事態の収拾がつかなくなることを恐れた。セダスで最高の権力を握る者たちのうちふたりが一同の目の前で対峙しており、不穏な空気は誰の目にも明らかだ。リースはこの場で帯剣を許されているテンプラーたちが数の上でも圧倒的優位にあることを不安がったが、一方でチャントリーに仕える彼らがディヴァインに公然と叛旗を翻すこともあり得そうに思えなかった。

 ディヴァインは乾いた調子で説明をはじめた。彼女は五年前にライト・オヴ・トランクィリティの性質についてある者に調査を命じた。彼女はチャントリーがその意味すら理解していない儀式を用いることについて懸念を抱いており、また感情を奪うことなくメイジの能力を制御できる方法の探究を求めていた。彼女はファラモンドのほうを指差して、儀式からの復元が可能かどうかにも関心があったが、それについては明らかになったと告げた。

 ロード・シーカーは調査をはじめたそもそもの意図を彼女に質した。彼によれば儀式はチャントリーの手で何世紀にもわたり執り行われてきたものであり、能力を自己統制できないメイジから人々が身を守る最後の手段だ。秩序の維持を任務とするテンプラーは、メイジたちから無辜の者らを守らなければならないのと同時に、メイジたち自身をも守らなければならない。

 ディヴァインは頷き、それは自分たちが夜安心して就寝するために都合の良い方便だと応じて、こう続けた。メイカーは魔法は人々に尽くすべきものと宣(のたま)われたが、我々には我々に尽くす者たちを守る責務がある。その能力が有用なときだけ褒め称え、不都合になった途端に牢に閉じ込めるわけにはいかない。彼らとてメイカーの子らに違いなく、我々が耐え忍ぶ相手ではなく慈しむべき者らだ。

 リースは愕然とした。ディヴァイン本人はもとより、チャントリーの立場にある者の口からそのようなセリフを聞くことになるなど考えたこともなく、周りから聴こえるつぶやきは多くの者たちが彼と同感であることを示している。彼は自分の右隣に立って玉座のほうを見つめているエイドリアンの方をちらりと見やった。
 彼女は泣いていた。

 ロード・シーカーは仰天した様子になって、その理想主義のため如何ほどの対価を支払うつもりかとディヴァインに詰め寄った。彼女は、理想主義こそチャントリーの持ち前であり、理想なき宗教は専制でしかないと応じて、支払うべき対価こそ、まさに今宵ファラモンドたちに説明を求めていることであると告げた。

 ウィンが深々とお辞儀をして、感情を抑えることが困難なエルフの代わりに返答することを申し出ると、彼は救われたような顔で彼女を見た。このエルフが憑依に抵抗できる状態にあるとは思えないと突き放すロード・シーカーをディヴァインが遮り、ウィンの報告が詳細にわたっていたことに謝辞を述べ、それでもなお問うべきことが残されていると告げた。

 ディヴァインは玉座に深く腰掛け直すと、顎の下で両手を組んで思慮深げに眼を細めた。そしてアダマント要塞の人々に起きたことについて尋ねた。
 ウィンが逡巡している理由はリースにも明らかだった。血だらけの壁に囲まれた焼け焦げた屍で一杯の部屋の記憶が蘇る。ロード・シーカーが大声で催促してようやく、彼女はそれ以上に大きな声で皆死んでしまったと答えた。

 ディヴァインは眼を閉じ、祈りの言葉を呟いていた。彼女が再び眼を開けるまで長い沈黙が訪れる。その瞳が濡れていることを見てとったリースは良心の呵責に苛まれた。あの大虐殺をおぞましいものと感じるのと同じくらい、そこで命を落とした者たちに思いを巡らさねばならなかったのに、自分の心は他の不安で一杯だったのだ。

 城塞の者たちがどのように命を落としたのかを問うディヴァインの声は感情的に震えていた。ウィンはその答えにもしばし躊躇し、アダマント要塞のあたりではヴェイルが薄くなっていたこと、ファラモンドの実験がディーモンをこちらの世界に招いたこと、そしてディーモンたちが城塞の人々に憑依したことを告げた。
 ロード・シーカーが後の言葉を引き取り、住民たちが互いに惨い殺し合いを演じたこと、その後ディーモンが住民たちの屍にまで憑依したことを補足すると、ウィンはそれぞれに黙って頷くしかなかった。その間ロード・シーカーはディヴァインの方を見やる必要すらなかった。

 実験からは役立つ成果が得られたのかとディヴァインが問う。ファラモンドがトランクィリティから復帰したのは偶然の産物なのか、それとも再現可能なのか。

 ウィンの前に今度はファラモンドが答えた。まず、自分に憑依される意図はなかったことを誓い、求められるならずっと安全に再現可能であると答えた。次にディヴァインは、トランクィリティの儀式を用いずともメイジの能力を制約することは可能かと問うた。

 リースは、ファラモンドの眉毛から不安の汗がしたたり落ちているのを見て取った。彼は救いを求めるような目でウィンを見つめたが、彼女は黙って答えを促す素振りをするだけだった。彼はディヴァインに向きなおり、何度も言い淀んでからついに答えた。
 それが可能だとは思えない。

 しばらくその答えだけが宙に浮いていた。

 これ以上議論することはないとロード・シーカーが宣言する。彼によれば、実験の成果があるとすれば儀式が復元可能であるとわかったことだけであるが、それすら失敗と呼ぶべきものである。しかもそれは危険な類の失敗であり、今やホワイト・スパイアのメイジたちの中には全てのトランクィルが復元されると信じる者たちすら生まれてしまった。

 彼の言葉を吟味している風のディヴァインは一言も言葉を返さなかったが、代わりにエイドリアンが突如前に進み出た。その涙と憤怒にまみれた表情を見たリースは心の中で唸り声をあげた。

「そうすべきなのよ!」と彼女は叫んだ。「最初から不具になんてするべきじゃなかったのよ!」

 男は怒りに満ちた表情で彼女を睨んだが、ディヴァインが先に応えた。

「では、我々はどうすればよかったとお思いですか、娘よ。処刑してしまえとでも?」
「そうよ!」エイドリアンは周囲の者たちが驚愕した顔つきで自分を見つめている様子を見回して、さらにそれを怒りの糧とした。

「そうよ! まさか操り人形や召使いに変えた方が慈悲深いなどと思っているのではないでしょうね。もしあたしたちが本当に怖いのなら殺してしまえばいいのよ! 人として必要なものを全部奪っておきながら、そのふたつは違うものだなんて振りをしないで!」

 ロード・シーカーが苛立ちながらテンプラーたちを傍に呼ぼうと手招きするとディヴァインが首を振り、不信の表情で睨む彼を無視して言った。

「苛立つ気持ちはわからないでもないですが、我々は難しい立場にあるのです」
「その立場をさらに難しいものにすべきではございません、至聖なるお方」

 ロード・シーカーが玉座の前に片膝をついて誠意を示す姿はリースを驚かせた。玉座の両脇に立つサー・エヴァンジェリンと赤毛の女性も驚いた様子で男を見つめている。

 ロード・シーカーが申し立てる。これ以上実験を続ける愚を犯すことはできない。エルフ自身が言うように何も生み出さないのは明らかであり、噂が広まる前に秩序を維持する措置を講じなければならない。

 険しい顔つきになったディヴァインが、遠くを見るようにしてその言葉を吟味している様子はリースをさらに驚かせた。エイドリアンは反論するわけでもなく、すでに諦観したかのように首を振っているだけだ。

 だめだ、と叫んだのはリース自身だった。その声は静寂に包まれた室内に響き渡り、彼は全員の注視を浴びることになった。

【DAI】DAIはきっとこんなじゃないと思う、について

 果たしてカナディアン・コメディは面白いのでしょうか。オチを読まずにやってみましょう。

 ゲイダーさんのTumblrから。

 

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DAIはきっとこんなじゃないと思う、について            

On What Inquisition Will (Probably) Not Be Like

 

 

カッサンドラ(以下カ):インクイジター! 城が攻撃を受けている!

インクイジター(以下イ):(一口酒をすすり)だから? ここって、ほら、あの、城壁あったんじゃなかったっけ。

 

カ:そうだけど、でも・・・。

 

イ:立派な。でかい。城壁。どでかいやつ。

 

カ:だからと言って・・・。

 

イ:あの城壁を跳び越すなんてかなり難しいよ! 言っとくけど、魔法の跳躍ブーツをもう一足手に入れて、あの城壁に顔面からぶち当たったら、うーん、皆が指さして大爆笑するだろうな、頭が割れるまで。いや、比喩だけど。

 

カ:誰も壁を跳び越してなんかいない!

 

イ:(一口酒をすすり):法で縛らないと。あのブーツはハーレム丸ごとと交換したんだ。手放すのは惜しかったけどな。エルフの姐ちゃんたちじゃないほうのやつ。

 

カ:壁の話から離れて!

 

イ:壁をよじ登っているのか? オセロットどもか?

 

カ:なんですって?

 

イ:だってオセロットは恰好いいんだよ。

 

カ:オセロットじゃないし!

 

イ:(息をのんでグラスを取り落す)まさか奴ら、サイボーグじゃないだろうな!

 

カ:もう別に聞きたくもない感じ。

 

イ:人間半分、機械半分、レイザー銃! サイボーグが如何なるものか知らないなんてことがあり得るのか?!

 

カ:インクイジター、ちょっと・・・。

 

イ:サイボーグの侵略を受けているのに、どうしてそこに突っ立っているのだ?!

 

カ:突っ立ってるわけじゃないから!

 

イ:へえ、じゃあなに? 軍隊にでも戦わせたらどうなの。

 

(ヴァリックが息を切らして血だらけの姿で飛び込んでくる)

 

ヴァリック(以下ヴァ):軍隊が退却しているぞ! どうして手を貸さないんだ?!

 

カ:本当か

 

イ:へっへっへ。小さくて毛むくじゃらで、おぬし本当に愛い奴じゃ

 

ヴァ:ああ、くそっ。

 

カ:本当か

 

イ:(ヴァリックに近づき、顎をなでて)かわいい小っちゃい子は誰かしら! あなたよ! あなたよ!

 

ヴァ(相手の手を払いのけて)酔っぱらってるのか?!

 

イ:しーっ。それを言うなら、しこたま酔っぱらっているのか、だろ? そいつはとっても! 難しい! んだぜ!  

 

(外からの声: 句切り法だ!(Phrasing!))

 

ヴァ:うーん、お前さんが飲んだくれている間に・・・、ウィスキーの趣味は悪くねえな、俺が侵略者たちと戦ってたんだ。(クロスボウを装填) 俺と、この娘とでな。(ドアから駆け出していく)

 

イ:へっへっへ! あの青臭いクロスボウちゃん! かなり。やばく。ね!

 

カ:インクイジター、すぐにでも手を打たないと・・・。

 

イ:カッサンドラ。

 

カ:城は蹂躙されてしまう! 残った者たちをかき集めて・・・。

 

イ:カッサンドラ!

 

カ:そして援軍を呼ばないと! もし逃げるなら、発動を・・・。

 

イ:クワッスウアンンドウラアアーーーッ

 

(短い間(ま))

 

カ:なに

 

イ:んー、サイボーグの侵略? ヘロー?

 

(カッサンドラ睨みつける)

 

イ:それとも、そこでただ突っ立っている、のかな。ま、お好きなほうで。

 

カ:呼びに。来たの。あなたを

 

イ:しーっ。君はなんにつけてもエッチの話ばかりだねえ。ノーが意味するのは、ノーだってこといい加減気づいたら? たく!

 

(インクイジター、剣を抜いて走り去る。カッサンドラ、立ったまま頭から湯気)

 

カ:(ぶつぶつと)わかった。インクイジターの奴はきっと。スカ。ポン。タン。

 

(遠くの方から)聞えたぞ!

 

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 なんでこれがTumblrで絶賛されているのか。元ネタを知らないといけなかったらしい(笑)。アメリカン・アニメ。Archer(2009)。日本でやってたかどうかしらん。

 

 まあ。たまには。はずれ。ネタも。あります。

 

 

 

 

2013年10月10日 (木)

【DAI】Dragon Age Asunder (15-2)

 ひどい眺めだ。
 リースの言葉にエヴァンジェリンも同意した。
 一行が西方の丘からヴァル・ロヨーに近付いていくと、これまで噂で聞いていた光景を目の当たりにすることになった。
 日中間断なくすれ違ってきた大勢の群衆たちの誰もが、首都は大混乱だと口々に告げていた。

 東方プロヴィンシズにおける戦の報せが稲妻のように首都を撃つと、恐慌に襲われた貴族たちが脱出を始めた。ほどなく女帝崩御の噂が駆け廻り、首都が炎上するとの風説に根拠を与えるまことしやかな理由がその他にもいくつも続き、帝国の宰相(The Imperial Chancellor)が農民たちを兵役に徴集するお布令(ふれ)を出したとき、暴動がはじまった。

 一行が首都を留守にしていた二週間のうちにそこまでの変化があったことは容易に信じ難かった。道中耳にする話はどんどん大げさで突拍子のないものになっていったが、ここにきてその全部がただの法螺話ではないことがはっきりした。

 城門の外には招集された軍隊が駐屯する天幕の海が広がっている。エヴァンジェリンのみるところ、優に一万を越える兵が野営していて、彼らの焚火から上がる煙が首都の半分から上がるものと入り混じり、空を煤で覆い尽くしていたが、その匂い以上に耐え難いのは、野営地の活動から生まれる様々な悪臭であった。

 丘の上の宮殿は煙で霞んで見えず、背の高いグランド・カシードラルでさえ帝国の首都に林立する建物の影に隠れていた。ただホワイト・スパイアだけが他の建物の間から屹立していて、あたかもそれは平常を示す篝火のように見えた。

 城門が閉ざされている、とエイドリアンが言った。太陽の門(the Sun Gates)は鋼鉄製で、ドレイケン皇帝の隆盛を描く金色の装飾を施した荘厳な造りだ。陽光が万遍なく降り注ぐと、攻め入る敵の軍勢から視界を奪うほど眩しく輝くと言い伝えられている。バカげた迷信ではあるが、オリージャンにとってこの門は一方ならぬ畏怖の対象だ。

 だが、「遅かれ早かれ全てのオリージャンはこの門をくぐることになる」という有名な言い習わしも今は当てはまらないようだ。最後にヴァル・ロヨーの城門が閉鎖されたのはドラゴンの襲来時だが、復興まで何年も要したという当時の惨状ほどまで事態が悪化していないことをエヴァンジェリンは願った。

 軍勢は首都を包囲しているのだろうかとリースが尋ねると、ウィンが首を振って天幕の群れを指差した。紅いバナーは女帝セリーンの忠臣シェヴィン侯爵(the Marquis de Chevin、マーカス・デ・シェヴィン、仏:マルキ・ド・シヴン)のもので、他にもジスレイン(Ghyslain、仏:グイレン)とモラック(Morrac、仏:ムハク)、ダージェント伯爵夫人(Countess d’Argent、カウンテス・ダージェント、仏:カンテス・ダルジャン)など、集結しているのは侯爵がかき集めたらしき北方の諸侯だという。

 よって城門が閉ざされているのは、徴兵から逃散する住民を阻止するためか、疫病が発生したかのどちらかの理由だろうとウィンが言うと、その言葉を打ち消すようにエヴァンジェリンが手を振って、たった二週間の間に疫病が蔓延するとは思えないし、逃げている人々は城門の中に入ってすらいないから理由は別にあり、それは自分たちの眼で確かめるしかないと言った。

 一行はエヴァンジェリンの先導に従い、軍隊の野営地の真ん中まで続く急こう配の道を馬で駆け下りていく。より小さな夜の門(the Night Gate)まで迂回する手もあったが、その場合は河を渡らなければならなかった。
 一行の到着は予告されているので何も問題はないはずだが、同じ理由でエヴァンジェリンは不安を抱いていた。

 野営地の中はゆっくりと進む。皆不安げな表情の兵士たちは、粗末な鎧を身に纏っている者さえ稀で、焚火を囲んで粥をがつがつ食べている。彼らとまるで対照的なのが色とりどりの家紋で飾り立てた完全装備のシェヴァリエたちで、兵士の隊列の前に馬を走らせて命令を叫び、天幕から天幕へとうるさい蜂のように駆け回る。エヴァンジェリンの眼には、誰一人じっとしている者がいない騎士たちのほうが下級兵士たちより余程神経質になっているように見えた。

 周囲の雰囲気は戦の予感に満ちていた。この軍勢はヴァル・ロヨー市街に進軍するつもりだろうか。それよりも何よりもテンプラー騎士団は旗幟を明らかにするつもりだろうか、とエヴァンジェリンが黙考する。かつてのようにチャントリーの要請に従うのなら、彼女もテンプラーの一員として行軍することになるかもしれない。

 軍隊に属さない者たちも大勢いた。駆けまわっている子供たち、軍隊に随行する女性たち、料理人、エルフの遣い走り、得体の知れない「護符」を売りつけようとしている商人、盗賊らしき怪しげな風体の者たちまでいた。

 城門の前には二十人もの衛兵たちがいて、開門を待つ数百人もの旅人たちを疑わしそうに見張っていた。まるで貧民街が一時的に移ってきたかのようで、意気消沈した人々が座り込み、意志の力だけで開門がかなうと信じているかのように衛兵たちを見つめている。
 エヴァンジェリンと一行の姿は場違いなほど目立っていて、利用できる機会と見て取ったらしき旅人の何人かが立ちあがる。衛兵の一人が彼女のほうに槍先を突き出し、ヴァル・ロヨーの城門は宰相閣下の命により閉鎖されていると叫んだ。

 ホワイト・スパイアに赴く用があると彼女が告げると、衛兵の後ろから待てという声がして、手練れらしき胡麻塩頭の男が現れた。指揮官然とした彼の誰何にエヴァンジェリンが応じると、男は顔をしかめて唾を吐き、自分の当番の終わりがけに彼女たちが現れたおかげで、酒場で寛ぐのがお預けになったと愚痴をこぼす。それから彼は、ロード・シーカーがここに来るまで一行が市街に入ることは許されず、彼自らロード・シーカーの元に報告に向う間、ここから動いてはならないと告げた。それがロード・シーカーの厳密な指示であるという。

 指揮官が詰所に戻り、非常用の門の向こうに姿を消すと、リースが先ほどの指示は何を意味すると思うかと尋ねるので、エヴァンジェリンはロード・シーカーが腹を立てているのだろうと答えた。

 何かが始まることを期待した旅人たちが城門に近づこうとして一行の周りに密集してくる。ファラモンドが悲鳴を上げて、ローブの襟首を引っ張っりながら自分がどれだけ人ごみが嫌いだったか忘れていたと叫ぶ。エイドリアンも不快そうな様子で、ここから離れるべきだという。エヴァンジェリンがここ以外のどこに向かうつもりかと尋ねると、エイドリアンは、もう一度その質問をしたら、皆テンプラーたちの手で牢獄にぶちこまれてしまうだろう、と答えた。

 うるさく騒いでいたふたりのテヴィンター商人が衛兵たちから激しく殴打されると、ようやく群衆が後ずさりをはじめる。商人たちの用心棒らしきごろつきが剣を抜いたが、衛兵のひとりが槍であっさり突き殺してしまった。群衆の興味もそれで萎えたようで、今度は急いで城門から遠ざかろうとする者たちが互いを踏みつけそうになっていた。

 馬上のエヴァンジェリンたちの身は安全だったが、周りの騒ぎで馬たちが落ち着かなげになり、頭上を覆う雲から雷鳴が聞こえるとさらに神経質になった。ひと雨くれば煤も悪臭も洗い流してくれそうだったが、今にも降り出しそうな空からは雨粒ひとつ落ちてこなかった。

 一行が到着したときにはすでに夕刻だったが、それから一時間は優に過ぎた。待つのは辛く、エヴァンジェリンは緊張を味わっていた。サー・アーノードは、一行がアダマント要塞から生還したことが気に喰わず、食糧・物資を置いて立ち去るよう命じたときには激怒していた。彼がロード・シーカーに何を報告したかは不明だが、好意的なものであるはずがない。とはいえロード・シーカーが彼女を叱責する理由に事欠くわけでもない。彼女の信じるテンプラーの真の任務を論じても、壁に向かって話しているようなものだろう。彼女自身がなした決断がもたらす帰結に向き合うときが迫っている。

 歯車がきしる音にエヴァンジェリンが飛び跳ねた。不機嫌な様子だった旅人たちが即座に跳ね起きると、大騒ぎしながら城門の方に駆け寄ってきた。荷物を抱えている者も多く、彼らがとうとう門の中に入ることができると考えているのは間違いなかった。
 丁度同じ頃に先ほどの指揮官が非常用の門から姿を現し、市街に入ろうとするものは容赦なく斬り倒すよう、衛兵たちに大声で命じた。

 不吉な音とともに巨大な門が開き始めた。まばゆい光に眩惑されたエヴァンジェリンが視界を取り戻すと、テンプラーの一連隊が轡を並べて現れてくるのが見えた。三十人の騎士がそれぞれ松明を手にしている。先頭に立つのは印象深い黒鎧を身に纏ったロード・シーカー・ランバートで、何週間か前に彼がここに到着したとき目にしたのと同じ堂々たる軍馬に跨っていた。

 旅人たちの群れは即座に足を止め、恐れをなして後ずさりはじめた。衛兵といざこざを起こす者も誰一人なく門から遠ざかっていき、間もなくその場に残ったのはエヴァンジェリンたちだけになった。あたりには静寂が訪れる。

 ロード・シーカーの顔つきは怒りのため強張っていた。固く閉じられた顎、灰色の瞳の光、強く握りしめている皮の手綱は千切れんばかりで、どれも良い兆しとは思えない。
 彼女はできるだけ穏やかな調子で彼に帰還の挨拶をした。

 到着できたこと自体喜ぶべきなのだろう、と告げる彼の一言一言が乾いていた。エヴァンジェリンに道中の様子を尋ね、それから彼は乗馬をウィンとファラモンドの乗る馬の傍まで近寄せてきた。ウィンは朗らかな顔を向けるが、エルフは恐怖のため震えている。
 救出対象だったのはこのエルフかと尋ねた彼は、研究内容について説明しようとするウィンを遮り、氷のような視線を向けると、それに関する知識はすでに入手したと告げた。

 誰かが交信石でその情報を広めたおかげで、ホワイト・スパイア中が憶測話でもちきりになっている。そう言うと彼は待機中のテンプラーたちに近くに寄るように合図し、一行を護衛してグランド・カシードラルまで速やかに連れて行くように命じた。

 行先がホワイト・スパイアではないことに困惑した様子でウィンが尋ねると、至聖なるお方が速やかな謁見を要請していると、彼は一言一言に侮蔑を込めて伝えた。そして、どうやら猊下自身も交信石を保有しているようだが、ウィンはその事実を最初から知っていたのだろうと詰る。

 一行はテンプラーたちに取り囲まれた。騎士たちは武器を構えることはせず、表情は兜に隠れて見えなかったが、テンプラーたちと言い争う者は誰もいなかった。彼らは一団となってゆっくりと城門に馬を進めていった。

 ロード・シーカーはサー・エヴァンジェリンだけを呼びとめ、彼に同行するように命じた。馬を止めた彼女は狼狽ぶりが顔に出ないように心掛けた。リースが振り返って彼女と視線を合わせ、無言で同情を伝えた。彼の後ろにはコールができるだけ身を隠そうとしている。ロード・シーカーが彼の姿を目撃できるかどうかにかかわらず、彼はリースのローブに潜り込んで姿を消したいと思っている様子だった。

 一行の姿が見えなくなると、ロード・シーカーはエヴァンジェリンについてくるように告げ、一行の後を追うように馬を進めた。ふたりが門をくぐり終えると、歯車がまた鳴りはじめる。巨大な門が轟音と共に閉じ、それで全てがお仕舞になったような感じがして、悪寒が彼女の骨に染み渡った。

 ふたりの馬は太陽通り(the Avenue of Sun)を静かに進んだ。普段の日中はあらゆる類の商人が軒を並べてごった返し、街に到着したばかりの旅人に案内人たちが大声で呼びかけている場所だ。夜間は幾分静かとは言え、如何わしい類の案内人が徘徊しているはずだが、今宵は人影ひとつない。大変な費用をかけて導入され、日々トランクィルたちによって整備されている街頭沿いの照明石が投げかけるサファイア色のとばりが不気味な雰囲気を醸し出している。 
 煙が街のそこここから上がっているが、貧民街のあたりがより惨い状況であるように思われた。沢山の衛兵たちが街路を巡邏しており、厳しい外出禁止令が敷かれていることがわかる。 

 命令が不明瞭だったようだ、と、ようやくロード・シーカーが口を開いた。
 エヴァンジェリンが否定すると、彼は、支援のため派遣したテンプラーたちは送り返され、メイジたちはここに戻り、彼女が防ぐように期待されていた混沌そのものの不安に直面しなければならなくなったのはなぜかと、難詰する。 

 彼女は荒れ果てた地からトランクィルを連れ出しただけではなく、それに関する情報を広めることまで許してしまった。誰よりも先にメイジたちが知ってしまったので、ロード・シーカーには伝播を阻止することもできず、独自に交信石を保有しているディヴァインにまで知れ渡ってしまった。 

 ロード・シーカーが弁明を待つかのように話をやめたので、エヴァンジェリンは、至聖のお方がウィンの任務に個人的関心を抱いておられるため、猊下ご自身のご英断を仰ぐことが適切であると判断した、と答えた。 

 判断した、という言葉を吐き捨てるように繰り返し、ロード・シーカーは首を振った。ふたりは沈黙したまま馬を進める。ロード・シーカーは彼女の処分について黙考しているのかもしれないし、とうの昔に心を決めてしまっているのかもしれない。 

「私が貴公に指示を与えたのだ、騎士隊長。貴公には何の意味もなかったようだな?」
「私はチャントリーへの忠誠を誓っております」

 そう断言した彼女は、それでなんとか言い逃れできないかと願っていたが、同時に心の中に怒りがこみあげてもきていた。

「我々はディヴァイン猊下に対する責務と同様に、秩序を維持するだけではなく、メイジを保護する責務も負っております。お言葉を返す失礼をお許しください、閣下」
「礼はとうに失せられているようだが。騒乱を阻止する手立てを講じる機会を私から根こそぎ奪い取った女しかここには見当たらん。それが貴公の意図したことか?」
「最良と考えられる判断をしたまでです。詳らかに申し開く機会を与えていただければ、ご理解いただけると信じております」
「説明を聴く時間などあると思うか? グランド・カシードラルに向かうこの時点で、すでに道は定められている」

 ロード・シーカーは顎を固く閉じ、彼女のほうを見ないように努めていた。

「ホワイト・スパイアに帰投後、サー・アーノードの元に出頭するがよい。そこで貴公は騎士隊長の任を解かれる」
「承りました、閣下」

 彼女は、憤怒を押し殺した。確かに彼に選択の余地は残されておらず、事態の収拾は彼の力の及ぶところではなくなってしまったが、彼女は自分の行いが最良であるとの確信をますます強めていた。正しい行いをなすためなら、地位を喪うことなど恐れるつもりもなかった。 

 しばしの間通りが市場街に差し掛かると、そこで彼女は首都が見舞われた騒擾を目の当りにした。すべての建物が焼け落ち、いまだ煙が燻り続けているものもあった。通りの敷石を覆う沢山の塵芥はここで戦いが行われたことを物語っている。薄暗い夕闇の光の中でも、路面の血の跡は見紛うべくもなかった。 

 ロード・シーカー・ランバートがそれ以上会話を続ける意図がないことは明白だったが、彼女はタワーの殺害事件の真犯人についても伝えなければならなかった。リースがタワーを離れている間、殺害事件が発生していなかったことを指摘するロード・シーカーに、エヴァンジェリンは真犯人を別に発見したことを伝えたが、それについては多少説明を要すると付け加えた。

 彼女は、ロード・シーカーが向ける疑いの眼差しから目を逸らさないように努めた。コールのことを伝えるのはこんな場合でなくても難しいが、試みないわけにはいかなかった。ロード・シーカーは、ホワイト・スパイアに帰投してから報告を聴くと応じた。今は猊下との謁見が先だ。

 ロード・シーカーはこれから迎える事態への苛立ちを隠せずにいたが、エヴァンジェリンにとってはそれが希望のしるしであった。あの宮廷で起きた暗殺未遂事件の際に見かけた猊下は、公正かつ公平なお方のように思われた。今エヴァンジェリンにできることは、メイカーがその聖なる僕に真実を見極めるための智恵をお授けになるよう、静かに祈りを捧げることしかない。

 小さな希望に過ぎないが、彼女はそれに精一杯しがみついていた。

2013年10月 7日 (月)

【DAI】Dragon Age Asunder (15-1)

 サー・エヴァンジェリンが首都まであと一日余りだと告げたとき、コールは切望と不安に引き裂かれた。広い空の下で裸にされたような気分だった彼にとって、タワーの暗い廊下に戻るのは歓迎すべきところだが、そこでテンプラーたちから受ける仕打ちのことを考えると怖気づく。独房にだけは入りたくないと思っていたが、それよりなお、自分の姿を見ることができる人々に囲まれているほうが嫌だった。

 そうなることをずっと待ち望んでいたのに、今では誰も彼を見ていないときでさえ、のべつ幕なしに視線を浴びている気がしてならない。自分の発する言葉に誰かが返答する都度、自分が驚いて跳びあがりそうになってしまうので、できるだけ喋らないようにしていた。

 騎士隊長のことを、コールは心の中で「エヴァンジェリン」と言い直した。彼女が二日前に街道を避けると言い出さなければ、首都にはずっと早く着いたはずだ。できるだけ姿を見られないように南からではなく西から首都に近づくと彼女が告げたとき、皆が不安そうな顔になったが、いつもは何にでもケチをつける赤毛でさえ黙っていた。

 きっとあのとき出会った軍隊のせいだろう。一ダースばかりの兵士たちは軍隊とは呼べないかもしれないが、近くにまだ何百人もの軍勢がいたはずだ、とエヴァンジェリンが後から話していた。兵士たちのひとり、洒落た紫色のクロークを身に纏った老人が馬から降りてエヴァンジェリンと老婦人に話しかけてきた。老人の兜には間抜けな白い羽毛の飾りがついていて、泥まみれで疲れきった顔つきでなければ裕福そうに見えたはずだ。

 コールは退屈な世間話に耳を貸す気が起きなかったので、馬を降りて他の兵士たちが待つ方にぶらついて行った。リースが奇妙な音を出したのは、兵士たちに悟られないようにコールを制止しようとしたのだろうが、彼は立ち止まらなかった。何人もの兵士の間を歩いても誰からも気づかれないのは奇妙に心地よかった。馬たちはコールに気が付いていて、黒い大きな目をぎょろりとまわしており、コールが近づきすぎた一頭がいなないた。埃まみれの肥やしのような匂いさえしなければ馬のことももっと素敵に思えるのに、とコールは思った。

 コールはむしろ兵士たちのほうに興味を抱いた。屈強な大男たちの鎧はまるで借り物のように似合っていない。彼らがリースたちを見つめる眼つきも、武器を擦る様子も気に入らなかったが、彼らが心中に抱いているのは恐怖ではなく、流血の予感であることがコールにはわかった。
 仲間はいつ到着するのかと兵士のひとりが問うと、連中をあと少し足止めできれば十分だろうと別の兵士が答えた。

 それだけ耳にしたコールは駆け戻ってリースに伝えた。リースは馬をエヴァンジェリンの傍まで寄せて耳打ちする。彼女が紫クロークに別れを告げると老人の笑顔が消えた。コールに言葉は聴こえなかったが、老人の身振りを合図に武器を構えた兵士たちが馬を突進させてくるのが見えた。

 だが兵士たちは途中で魔法のカーテンに足止めされた。杖のオーブを光らせているリースが、自分たちの身分に偽りはないと「男爵」なる相手に告げ、立ち去らなければ兵士たちとともに蛙の姿になるだろうと脅す。老人は顔面蒼白になり、他の兵士たちとともに捨て台詞を吐きながら逃げ去っていった。
 エヴァンジェリンは、兵士たちが仲間を大勢引き連れてすぐ戻ってくるだろうと言うと、一行に街道から逸れて進むよう促した。
 コールは少しがっかりした。リースが兵士たちを蛙の姿に変えるところを見たかったのだ。

 一行は草深い谷間を渡り、農家の柵を跳び越え、小さな森を駆け抜け、馬に休息と餌を与えなければならない時分になってようやく停止した。追手がかかっていたとしても間違いなく振り切った、とエヴァンジェリンが言った。紫クロークはどうして攻撃しようとしたのかとコールが尋ねると、老婦人が身代金のためだと言った。誰も手出しできないテンプラーとメイジの姿に化けて旅をしていると疑われたのだ。硬貨が欲しかったのかと訝しがるコールに、誰か身内を探して支払わせるつもりで、そうできなければ見繕って奴隷市場に売り払う気だったのだろうと老婦人が答えた。

 帝国がばらばらになっている、とリースが言った。信じられないといった様子で首を振っている。
 エヴァンジェリンも同意すると、最初に盗賊が出没し、次に餓えた農奴が暴徒と化し、やがて貴族が強制徴募(press gang)によって兵を掻き集めるだろうと言った。彼女によれば、一行をヴァル・ロヨーで待つのは混沌に違いない。

 一行はその苦い報せの味を噛みしめているようで、特にエルフの動揺ぶりは老婦人が宥めすかさなければならないほどひどかった。
 意味がよくわからなかったコールは「ちょうぼ」とは何のことか聴きたかったが、これ以上バカな質問が許されるとも思えなかった。エヴァンジェリンが黙って鞍に跨る。無駄にした時間を挽回するため一行が馬を急かせる間、コールは彼女に必死にしがみ付いていた。

 それが二日前のことであり、一行は今、半ば崩れかけた干し草納屋の中で野宿していた。畑ではラヴェンダーが伸び放題になっていて、見渡す限り紫色だ。夕暮れ時の風に花が静かになびき、その香ばしい匂いはどこか甘美だった。

 家畜の姿はなく、エヴァンジェリンによれば遠目に見える母屋も放棄されて人影がないように見える。とはいえ彼女は、そこに近づく危険は避けるよう言い渡した。
 コールは畑の端から母屋を眺めて、以前は誰が住んでいたのだろうと考えていた。まるで悪意に満ちた両眼のように見える窓を見つめていると、どの床にもどの壁にも秘密が潜んでいて、農家が朽ち果てるまでどこにも行かないと告げているようであった。

 身震いしたコールは母屋から眼を逸らして花畑に戻った。空は晴れ渡り、夕刻になっても昼の暖かさが残っている。コールは野外の素晴らしさを満喫した。もうすぐそれも望んでも適わない立場になるかもしれない。

 老婦人のことを、コールは心の中で「ウィン」と言い直した。彼女は馬小屋の中にいて、破れた自分のローブを縫いあわせながら、赤毛が「自由」に関するいつもの話題で難詰し続けるのを我慢強く聞いている。それがどんな意味の「自由」なのかコールには不明だったが、赤毛本人にもわかっていないように思えた。自分でそうだと思うものを断固として手に入れたいというだけなのだろう。

 果てしなく続くかと思うくらい長い議論のあと、赤毛は憮然とした態度でその場を立ち去り、その後馬たちを洗って時間を潰した。彼女は馬が好きだ。自分でつけた名前で優しく呼びかけている。ちっちゃいメイジが馬たちの間にいるとその顔から怒りも眉に寄せた皺も消えて可愛らしく見える。もっと馬と一緒にいればいいのに、と彼女に伝えたかったが、喚き返されるのがおちなのでやめた。

 エヴァンジェリンは、近くの小さな村落で食糧を調達すると言って、しばらく前から出かけていた。リースとエルフ、ファラモンドは花畑に座り込んでコールには見当もつかない内容の話をしていた。傍に他人がいると人々は話し止める、ということもコールははじめて経験した。
 皆から姿が見えているとはいえ、コールはいまだによそ者扱いされている気がした。結局そうなのだろう。きっとそれも呪いの一部なのだ。

 リースは夢の世界でコールの姿を見たことが呪いを解く鍵かもしれないと言ったが、コールはすでに変化が始まっていることを彼に伝えていなかった。朝方エヴァンジェリンがコールを見つめる目はまるで相手が誰か忘れかけているようだし、すぐ傍にコールが立っているときでも、赤毛は彼がいつも傍に寄って来ようとすると不満を言い続けている。

 皆コールのことを忘れ始めていて、そのことにさえ気づいていないのだ。自分のいる地面だけゆっくりと砂地獄に変わっていくような感じで、周りの者は沈んでいくコールのことを忘れて歩き続ける。自分が次第に消え去っていくあの馴染みのある感覚が、骨身にしみる冷気のように忍び寄ってきた。

 大丈夫か、と呼びかける声は荷物を肩に担いで近づいてくるエヴァンジェリンのものだった。紅いクロークが風に揺れ、登る月の灯りで銀色の光に包まれている彼女の姿を見ると、コールの心は強く締め付けられた。コール自身も知らないことまで見通すような眼で見つめられるのは居心地こそ良くなかったが、悪い気はしなかった。

 エヴァンジェリンは崩れかけた柵の手前まで来ると、担いでいた荷物の袋を地面に置いて、安堵したようなうめき声をあげた。彼女は、食糧を満載した荷車を曳いて市場から戻ってきたばかりの農夫に出会ったのだそうだ。農夫の商品には全く買い手がつかなかったという。何が起きているかわからないが、ハートランズのこの辺りまで影響は及んでいないらしい。

 よかった、とコールが言うと、彼女はそれに同意して、リースとファラモンドがいる方を眺めた。それからコールに、どうして彼らと一緒に話をしないかと好奇に満ちた様子で尋ねた。彼らも気にしないだろうに、いつも遠くから見ているだけではないか。

 リースの話を聴いていたエルフが、いつものように文字通り地面を転げまわって笑い続けている。ちょっとした話をこれでもかというくらい可笑しがり、周りが呆れ果てて顔を見回すまで続ける。彼は感情の海に洗われていて、どんな潮にも流されてしまうようだ。

 できない、と首を振ったコールは、顔が赤くなってくるのを感じた。きっと彼女からは、内気で物怖じする、まだ何も知らない子供に思われているのだろう。

 彼女は柵から身を乗り出すと、なんとか視線を避けようとするコールの顔をまじまじと見つめて尋ねた。彼女がロード・シーカーから告げられた任務をなぜ知っていたのか。
 黒い鎧の男が彼女に告げているのを聞いたとコールが答えると、ロード・シーカーと話をしたのが自分の居室であることを思い出した彼女は、あのとき彼が感じたと言っていた奇妙さの正体を知った。そして彼女が全裸の時分からコールがずっとそこにいたことにも気が付いた。

 コールは、エヴァンジェリンが鎧を脱いでいた様子を思い出して彼女から目を逸らしたが、顔が一層火照ってくるのを感じた。タワーの人々を覗き見していたことについて非難されることなど思いもしていなかった。

 以前から始終覗いていたのかと問われて、コールは激しく首を振る。彼女がリースを連れ去ろうとする理由を知りたかっただけだと答えたが、彼女の眼を見ているとそれ以上言葉が継げなかった。眉間の皺からみて彼女が怒っているのは間違いなく、今まで彼女に親切にしてもらったのも、これでもうお仕舞だと観念した彼は、弱々しく謝った。

 柵を挟んで立つ二人の間に居心地の悪い沈黙が流れる。足元の袋に眼を落として足で軽くこづいている彼女は、何かを心に決めかねているようだ。

「あの本は何?」

 とうとうコールが訊ねた。彼女はその問いかけに驚いたように顔をあげた。
 

「どの本のこと?」

「あの部屋で。本を取り出して・・・、とてもお気に入りのようだった」

 彼女の雰囲気が和らぎ、コールがあの居室で見たのと同じ悲しげなものに変わった。

「あれは・・・、父のもの」

 声が急にくぐもる。彼女はコールから目を逸らした。

「チャント・オヴ・ライト。よくふたりで一緒に詠みあげていた。あなた・・・、チャントのことは知っている?」

「いや」

 彼女はまるで答えを予期していたかのように頷いた。そして照れくさそうな人懐こい笑顔をコールに向けた。

「あなたも父のことは気に入ってくれたと思うわ。父はいい人だった」

 彼女は悩ましげに溜息をつき、暗い考えを振り払うように頭を振った。それから身を乗り出してコールの額にキスをした。

 彼女はコールに、リースのところに行って話をするように促すと、食糧の袋を持ち上げて干し草納屋の方に歩き始めた。コールは困惑して額を撫でながら、彼女が立ち去る様子を見つめた。キスされたところだけではなく、足のつま先まで全身が疼くような感じがした。

 それもまた悲しかった。一週間後か一か月後かには、エヴァンジェリンはいずれ彼のことを忘れてしまう。そのとき、今の出来事を覚えているのは自分ひとりになってしまうだろう。

 リースとファラモンドは、傍らに置いたリースの杖の光を頼りに、エルフの持ってきた書物の一冊を前に広げて検分していた。
 少し離れたところでふたりに気づかれないように祈りながらこっそり立っていたコールをエルフが見つけ、初対面の者に告げるような挨拶の言葉をかけてきた。

 リースがにやついて、以前も紹介したのにもうコールのことを忘れたのかと、もう十回目にはなるはずのセリフを繰り返した。エルフは困惑したような様子で眉をしかめ、人々から忘れ去られてしまう者の話は聞いたが、こんなにすぐに出会えるとは思っていなかったし、ここに自分たちがいることは誰も知らないはずだ、と答えた。それから、コールのほうがずっとここにいて、エルフ自身が忘れ去られる者だったのなら話はわかる、そいつはいい、と叫ぶと、いつまでも笑い続けて仕舞いには自分で涙を拭わなければならなくなったほどだった。

 顔をしかめているコールを、我慢しろ、という顔つきでリースが睨む。コールはファラモンドに、そいつはいい、とはどういう意味か尋ねた。エルフの顔から笑いが徐々に、最後には完全に消え、すぐに瞑想しているような顔つきに変わった。そして目の前の本に悲しげな視線を落とし、頁をめくりながら指で文字をなぞりはじめた。やがて、やらかしたことが忘れ去られるのは悪いことじゃない、自分自身のやらかしたことを忘れてしまうよりよっぽどましだ、と言った。

 自分の行いは誰も覚えていないだろう、とコールが言う。エルフは顎を撫でながら、書き留めておいたらどうか、と答えた。コールについて書き物が残っていれば、記憶を辿る助けになるのではないか。

 リースは、コールに関する記録を調べても何も見つからなかったので、記録自体消されたのかもしれないと言った。素晴らしい、と叫んだエルフはその風変りな碧眼でまるで難しいパズルでも見るようにコールを見つめた。コールはこそばゆい思いがした。

 ファラモンドの質問に、魔法の類は使えないとコールが答えると、ファラモンドは魔法錯乱(アーケイン・ディレインジメント)ではないかと言った。リースとコールが困惑して顔を見合わせると、ファラモンドが次のように敷衍する。

 魔法錯乱とは、遡ることタワー・エイジに、魔法の才能を河の流れに譬えたマジスター・アリネアスによって編み出された造語である。彼によれば、魔法の才能を正しく導けば大海まで流れ着き、リースのように魔法を用いることのできるメイジとなる。だが才能がありのまま放置されると、通常と異なる予期せぬ方向に流れていってしまう。とはいえその場合でも、才能は何らかの形で開花する。 

 ヘッジ・メイジのことではないか、と言ったリースの顔が曇る。ファラモンドによればそれはチャントリーが生み出した蔑称であり、サークル発祥前の時代には、魔法の才能はしばしば古代の伝統に従ってさまざまな方法で開花したのだという。今日ヘッジ・メイジと呼ばれる者の才能にはサークルが認めるスペルでは再現できないものがあり、予測困難であるが故にチャントリーは脅威とみなしているのだ。

 まるで良い事のような話し振りだとリースが非難すると、エルフは降参したように両手をあげて、古い本に書いてあることをそのまま述べただけだと弁明した。だが彼によれば「錯乱」というのは言い得て妙で、それら野生の才能は予測困難どころか無秩序と呼ぶほうがふさわしく、アリネアスが書き記したところによると、そうした才能の持ち主はスピリッツと交流し、暗黒の道に惹き付けられやすく、多くの者は正気を喪い、長く生きた者はいない。 

 コールは頭を抱えた。リースが何を言おうが、やはりこの呪いから解放されることなどないのだ。背を向けて立ち去ろうとするコールは、リースが非難の唸り声をあげるのを聴いた。飛び跳ねたエルフが追いかけてきてコールの片手を掴み、自分が考えなしに発した言葉を真に受けないでくれと詫びた。

 でもそれが真実だ、とコールが言うと、エルフは感情をむき出しにして、自分は書物に書いてあることをそのまま言っただけで、自分がまさに過ちを犯したように、理論も仮説も間違っていることだってありうる、と釈明した。

 コールは、このエルフが自分とこれ以上ないくらい似通いすぎていると感じた。ファラモンドは一旦忘却の中に沈み、そこから這い出してきた今でも現実離れしている。ちょっとした風で吹き飛ばされそうに脆い姿は、まるで紙でできたコールのようだ。コールはファラモンドの心に広がる闇が自分のそれと変わらないことにも気が付いていた。 

 トランクィルになるのはどんな感じか、とコールが不意に尋ねると、ファラモンドは打ちのめされたように顔を背け、両目を固くつむって涙をこらえていた。リースが立ち上がって、今はその話をするべきではないとコールを咎めた。

 エルフはうつろな声で構わないと言った。そして、この若者も殺害事件の犯人として罰せられることになると聞いているし、リースも、ファラモンド自身もトランクィリティに直面する可能性がある、と告げてから、それが熟考するには余りにおぞましい話であることをまるで今更気が付いたかのように身震いした。

 コールはそれ以上の話を期待していなかったが、ファラモンドは彼に頷き、次のように続けた。

 ライト・オヴ・トランクィリティによってメイジを夢の世界から断絶するというのは皮肉な物言いであり、実際のところトランクィルは夢そのものの中にいるように感じることになる。ただし、その夢の中の物事はすべてしかるべきところに収まっていて、場違いなものは何もない。それでも自分の心の一部では、どこかがおかしいと気が付いている。そこは自分の居場所でもないし、それは自分の人生でもなく、自分は自分自身ですらない。

 ところが、その夢が認める以外の振る舞いは何もできない。夢はそれ自体の道に従い、トランクィルはそれが現実ではないと知りながらその道に従う。普通の夢の中であれば、道から逸れて角を曲がればそこで目が覚め、安全で健全な世界に戻ることができる。だがトランクィルにはそれができない。代わりに、何一つ意味らしきものを伴わない、一点の曇りもない静寂の中に徐々に包み込まれていく。

 三人が無言で立ち尽くす中、緩やかな風が紫色の花畑を揺らしていた。タワーを抜け出してから初めて、コールは本当の脅えを感じ始めていた。

のっぺらぼうと福笑い

 スティーヴン・キングの翻訳などで知られている風間賢二氏のコラム記事。
 短いながら、非常に面白いのでリンクを載せておきます。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/131006/bks13100608460000-n1.htm

「そもそも翻訳自体が嘘である。誤解を生じる表現なのでソフトに言い直すと、日本語版コピーである。もちろん、オリジナルは外国語の原文」

 誤解を生じても言い直さないでほしかった(笑)。
 コーランの外国語訳が許されないのも、翻訳は「偽物」だからでしょうかね。

「おもしろいのは、オリジナルをコピーするさい、翻訳家それぞれの思惑で歪(ゆが)んだり色がついたりすることだ。真実はひとつ、嘘は八百。どうせ同じ嘘なら巧妙にして効果的であるほうがよい。ぼくが翻訳で精根をつくすのが、この効果の妙である」

 翻訳家本人が「職人」を自称することはないのでしょうけど、他の者(佐藤優氏が翻訳家一般をそう呼んでいた)から見ればそのものである気がします。「それぞれの思惑で歪んだり、色がついたり」。「壺つくり」のメタファーですかね。あるいは「鏡像」のメタファーとしてみれば、例の「スキャナー・ダークリー」(A Scanner Darkly)の題名の元となった聖書の一節、”Through a glass, darkly”なんかを思い出しちゃいます。
 期せずしてふたつともフィリップ・ディックの作品に関連してしまった・・・。文中の「三百代言」(にせ弁士)という言葉から連想しちゃったのかもしれない。

 風間氏は最近「ウォーキング・デッド」の翻訳をやられている。んー、面白いのかなー、買っちゃおうかなー。
(「ウォーキング・デッド」のドラマも見ていないし、ゲームもやってないし、スティーヴン・キングの最新作(白石朗氏訳)さえ手を出していないくせに、あなた読む暇ないでしょ)。

2013年10月 3日 (木)

【DAI】Dragon Age Asunder(コメント5)

 Asunder、毎回書きたいことが浮かぶのですが、いちいち書いていると本編より注釈のほうが長いじゃないかという批判が来るので自制しています。
(本編の百倍くらい注釈が長いブログ記事ってのは、過去やったことがありますが)

 まず一番近いところでは、リースがウィンを”You need to be a crusader. I get it.”と非難するところ。
 もちろんそのまま「十字軍(兵士)にでもなりたいのか」なんですが、DAのセダス世界で、「十字軍」て。ちゃんとエグザルテド・マーチ(the Exalted March、聖なる進軍)まで用意してあるのに、クリスチャニティの十字軍を出されるとファンタジーとして興ざめですよね。より広い意味で「聖戦の徒気取り」としておきました。

 クルセーダーといえば第二次大戦の主として北アフリカ戦線に投入された英軍の巡航戦車、その話題ではなくて語源ももちろん「十字(架)の印」のこと。“a remedial enterprise undertaken with zeal and enthusiasm”(メリアン・ウェブスター)という意味のほうで訳すると(宗教的情熱に満ちた)「救済者」とか、「世直しの担い手」などの意味になるのでしょうが、この意味自体があくまで「十字軍」から来ている。

 まあ、いいのかなあ・・・。でもこういうところ、すっごい気になるんですよね。ゲイダーさんがクリスチャニティにどっぷり漬かっている証明でもある。ここで「ジハードでも始める気か」と書いていたらあちらの読者から一斉に非難が巻き起こったでしょうし(日本では「ジハード」には「聖戦」という意味しかないと誤解されていますが、本来「奮闘」の意味だそうです)。

 そういう細かいところはともかくとして、前二章(13及び14)はそれまでの派手な立ち回りもなく心理戦の様相であるし、新しい発見もあって愉しかった部分もあります。

 メイジはフラクタリによってテンプラーの監視に縛られている。一方、テンプラーはレリウム依存症のためチャントリーの支配から逃れられない。フラクタリはブラッド・マジックの一種であり、それを抜きにしてもレリウムを用いたテンプラー・オーラ(マジック・スポイルの能力)は紛う方なき魔法である。魔法を管理するチャントリーがその手段に魔法を用いる。ゲイダーさんが繰り返し述べているように、これすなわち偽善ですね。彼にならって銃規制のアナロジーを持ち出すなら、銃の暴力は銃で阻止するしかないという全米ライフル協会の物言いに近い。

 メイジが不用意にレリウムを摂取すると死に至る。逆にひとたびレリウムを摂取したテンプラー(ノンメイジ)は、そうし続けないと発狂する。ゲームは魔法を簡単に描きすぎると批判して、よくわからないあまり評判にならなかったゲームを作った日本人のおっさんがいましたが、それも和製ゲームだけのことでしょう。少なくとも洋ゲーの多くでは銃器・兵器や劇薬・麻薬のアナロジーで描かれることが多い。これもまたクリスチャニティの影響ですね。それぞれ教会が蛇蝎のように忌み嫌う「暴力」と「快楽」に対応するのです。

 一方、私はコールの登場するところが苦手なこともわかってきた。小説のお作法をご存じの方なら、各章(あるいは明確に区切られたサブ・チャプター)ごとに、主観者がコール、リース、エヴァンジェリン、エイドリアン持ち回りで交替していることがおわかりですよね。一般にそうなっていない小説の場合、①実験小説である、②単に書き手がへたくそ、のどちらかでしょう。要約するときに一番面倒なのも、そこを外さないようにすることのようです。
 主題からしてコールとリースが主観者である場合が多くなるのですが、コールは世界に関する知識があまりに乏しいので、まるで幼児のような目でまわりを見ている。私がどうにも苦手なのはそういう点なのかもしれません。

 砂漠を渡る間、シェイルがひたすら愚痴をこぼし続ける部分はほぼ省略していません。除砂車代わりに嬉々として先行していたゴーレムが落とし穴に嵌って馬に引き上げられるところなど、それこそ北アフリカ戦線の砂漠でbog downした戦車を他の戦車数両がかりで牽引・救出するシーンを連想して笑ってしまいました(bog down は本来泥濘にはまって身動き取れなくなることですが)。

 リースの知識では「スピリットはディーモンのように憑依しない」となっている部分、DAファンは「え?」と思われたかもしれません。ウィンは本編でも描かれているようにスピリット(DAOではとりあえずFaith(信仰)と名付けられている)に憑依され、またDA2アンダースはJustice(正義)/Vengeance(報復)というスピリットに憑依されている(正義と報復は無論表裏一体です)。二人ともゲーム内ではスピリット・ヒーラーのような扱いである。

 非常にレアな現象が、DAシリーズの主要登場人物には偏って起きているということでしょうか。それともスピリットの媒介者特有の力なのか。

 あるいはウィンがそうであったように、DAOAでジャスティスが最初に憑依したウォーデン・クリストフはすでに死んでいました。憑代(よりしろ)となる人物が死んでいることが憑依の要件なのか(アンダースがジャスティスに憑依された様子は詳しくわからないのですが)。それとも、ウィンが悩んでいるように、何か果たすべき使命を有している者だけなのか。はたまた平井和正の「死霊狩り」ではないが、スピリットの「慈愛」や「同情」(さらには「興味本位」)だけによるものなのか。

 色々と含蓄のある章でした。中だるみ防止ともいえるかもしれない(笑)。
 次章では、一行がヴァル・ロヨーに到着します。

【DAI】Dragon Age Asunder (14-2)

 翌朝の太陽が地平線から顔を出す頃、野営地は慌ただしくなった。

 リースはエイドリアンと話して以来ずっと苛立って眠れなかったが、エヴァンジェリンには代わりに少し眠るようようやく説得することができた。彼女が毎晩一睡もせず過ごせるのはレリウムの影響なのか、それとも警戒心がそうさせるのかはわからなかった。

 他の者たちの寝顔をひとりで見つめるのは奇妙な感じがする。ウィンは寝ている間も顔は疲弊しているようで蒼白だ。なにしろ老齢にもかかわらず、帝国領土の半分を旅して、今は雨の中で野宿しているのだ。ファラモンドがそうであったように、アボミネーションは歪んで醜い姿に変化するものだし、ディーモンが憑依を隠そうとしても何らかの痕跡は見出せるものだ。それが感知できるはずのリースにとってみても、ウィンが憑依されているようには思えない。
 エイドリアンが間違っているのか。

 皆がのろのろと立ち上がり、朝の冷気に耐えるように身体を必死に擦っている。夜明けの空は晴れ渡っていて、物思いに耽っていなければ、赤とオレンジ色に彩られた日の出を美しく感じたことだろう。

 草原に放していた馬を集めているエヴァンジェリンに、リースはウィンと二人きりで話す必要があると告げて、一頭だけその場に残しておくように頼んだ。その言葉に髪に櫛を入れているウィン本人が驚き、他の者たちはふたりに好奇の目を向けたまま黙していた。エヴァンジェリンはただ頷き、ゆっくり進んでいるからできるだけ早く追いつくようにとだけ告げた。

 皆が押し黙って馬に乗ると、リースとウィンを後に残して去っていく。コールだけが心配そうな顔つきで振り返ったのは、リースが彼を見放そうとしていると考えているためだろうか。そのうち彼も渋々前に向き直り、馬上の一行の姿は見えなくなった。

 ウィンはその間リースのほうを見ようともせず、何事もなかったかのように髪に櫛を当て続け、今では丸く結った髪をピンで止めはじめていた。エイドリアンと話して以来、リースが一晩ずっと考えていたはずの話は頭の中から全部吹き飛んでしまい、どう切り出していいかわからないまま、ぐずぐずしていた。相手にアボミネーションではないかと尋ねることなんてできるのだろうか。

 あの娘が話をしたのだ、というウィンの言葉にリースは唖然として彼女を見つめた。それは質問ではなく彼女の所見だった。ウィンは膝の上で両手の指を組んで彼のほうを用心深げに見つめている。そうみたいだ、と答えたリースは、呆けたように口を開けているのはお行儀が悪いと叱られて慌てて口を閉じた。
 いずれわかると思っていたと溜息をつく彼女に、リースは本当に知りたいのかわからないまま、事実なのかと尋ねた。

 ウィンは、自分がスピリットに憑依されているのは事実だと答えた。そしてリースが言葉を継ぐ暇を与えないように指を一本立てると、辛抱強く微笑みながら、憑依と言ってもリースが考えているようなものではなく、何年も前にこのスピリットと最初に出会ったときから続いていることだ、と言った。

 ウィンは消えた焚火の灰を見つめながら話を続けた。

 ウィンは一度死んでいる。先のブライトが始まった頃、フェラルデンのタワー・オヴ・メジャイがアボミネーションの群れに蹂躙され、彼女もそこでの戦いで殺されたのだが、生死の際にあった彼女のところにスピリットがやってきた。ディーモンでもなく、おぞましくも自己中心的でもないその存在が、彼女に二度目の機会を与えてくれた。
 リースはまだ話の続きがあると思って身構えていたが、ウィンはその後押し黙って彼を見つめていた。彼女の様子はまるで懺悔をしているようであった。

 何のための二度目の機会かと尋ねると、ウィンは肩をすくめて自分もそれが知りたいのだと答えた。それから、以前にはもともと短かった余命の分だけ死を猶予されて、何か大きな目的を成就したときに元通りの寿命を終えるのだと考えていた、と告げた。そして、これまでサークルの崩壊を食い止めるため、そして多くの命を奪う戦争を食い止めるため努力を重ねてきたはずなのに、なぜかまだ生き永らえているのだ、と悲しそうに続けた。

 会話は予期していた内容とは違っていた。リースは考えをまとめるため彼女から少し離れて額を撫で回した。振り返ると、ウィンは何かを期待するように見つめている。リースは草の上に勢いよく腰を下ろし、それがディーモンでないとどうしてわかるのか、と尋ねた。

 リースは、好意的なスピリッツがこちらの世界に興味を示すことはあっても、誰かに憑依することはないと聞いていた。ウィンは、ディーモンとスピリットは硬貨の表裏のようなもので、さして違いはないのだと答えた。ところがそのスピリットが自分のところにやってきた理由はわからない、と瞑想するような様子で認めた。あまりに急な出来事でもあったし、以前からずっとウィンに付きまとっていたスピリットが機会を得ただけなのかもしれない。

 ウィンとそのスピリットの間に会話はなく、単に体中が火照ってくるかのように感じるだけだという。一度消えた命の灯を再び点火したスピリットは、彼女とともにその魂の中にいる。ウィンとスピリットは不可分な関係となったので、リースが感知できなかったのも当然かもしれない。

 フェイドの中では、ウィンはスピリットのパワーそのものを体現できる。エイドリアンの眼には、その様子があたかもスピリットが彼女から湧き出てきたように見えたのだろう。そのときまで発現しなかったのは、自分がディーモンに手の内を知られたくなかったからだ、とウィンは言った。

 ウィンが忙しく荷造りしている間、リースは口をつぐんで考えを巡らしていた。尋ねたいことがまだ山ほどあったが、直面している問題があまりに大きすぎた。ファラモンド救出の是非を議論したとき、彼女が怒り出した理由も今ははっきりわかった。

 アボミネーションの母をご紹介します。
 素敵なお母様ですね! あまり醜く歪んではいないようですけど。
 そうなんです。死んでるわりにはピンピンしてるでしょう?

 リースが溜息をついて、これからどうするのかと尋ねる。しばらく黙って荷造りを終えたウィンは彼をまじまじと見つめながら、サー・エヴァンジェリン抜きでしたかった話を打ち明けるには、今こそ丁度都合が良いと言った。

 ウィンはリースに、ファラモンドの儀式を学ぶように告げた。ディヴァイン猊下はサークルの変革を企てており、ファラモンドの得た知識がその第一歩になる。城塞におけるサー・エヴァンジェリンの反応からも明らかなように彼の命は風前の灯だが、その知識まで彼と一緒に喪うことがあってはならない。

 色々な怒りが一斉に湧きだしてきたリースは飛び跳ねるように立ち上がった。母親が憑依されたり死んでいたりすることについては正直まだ腑に落ちていなかったが、この話は別だ。

「あなたは最初から知っていたんだな!」
「彼の目的をね」
「それなのに・・・、エヴァンジェリンの手にかけさせようとしたのか」

 ウィンはバカを言うなというように手を振り、エイドリアンが割り込んだのでその必要もなかったが、最後にはシェイルが止めていただろうと答えた。ウィンは、ファラモンドが愚かにも度を越してしまったと考えている。憑依されていても自分の企てがうまくいくと理屈づけられるのはトランクィルならではだろう。だがディヴァインの目的も、ウィン自身の目的もはっきりしているという。

 重大な危機にある友人を救い出すという話は全部でたらめだったのか、とリースが詰ると、ウィンは、それもテンプラーの眼を欺くためであると答えた。彼女はファラモンドの元にここ数年の間に何度も訪ねており、成果が出るのを待っていたのだ。そしてその成果は今手の内にある。

 もっと以前に彼に伝えなかったのは、リースがコールの話やエヴァンジェリンの真の任務のことをなかなか伝えなかったのと同じことだ。ウィンは、自分の目的もディヴァインの関与も秘匿しなければならなかったという。
 憤慨したリースが、脇目も振らず馬のほうに歩み寄ろうとすると、ウィンが駆け寄ってその手を引いて、こう言った。

 エイドリアンのようなリバタリアンズはサークルを破壊しなければならないと考えている。ウィンはより良く変えることができると考えている。テンプラーたちには真実を伝えなければならない。

 ディヴァインが騎士団にただそう命じれば事足りるではないか、とリースが質す。ウィンは、ディヴァイン猊下は何世紀にもわたる伝統に縛られており、またチャントリーの内部にも抵抗する勢力があるという。第一、ホワイト・スパイアから都合良く忍び出たメイジがたったひとりで宮廷舞踏会の場に入り込むことなど、テンプラーの関与なくしてできるはずがない。ウインによれば、テンプラー騎士団こそが手に負えない野獣の群れであり、彼らを泉に連れて行くことはできても水を飲むことを強制はできない。しかるべきときがくるまで、メイジたちは自分の身を守らなければならない。

 躊躇した様子を見せていたウィンは、突然親しみを込めてリースの両頬を両の掌で覆い、それからあなたの身も守らなければならない、と告げた。リースが儀式を学べばファラモンド以外唯一の担い手になることができる。その事実は、ディヴァイン猊下はもとより、ロード・シーカーでさえ見逃すことはできない。

 リースは顔をしかめて彼女の手を振りほどいた。ウィンは、スピリッツの媒介者が儀式を学べることも知っていた。だからこそ、リースをこの旅に連れてきた。
 リースを救うためだ、とウィンが言った。

 リースは馬のほうに向きなおり、手綱を取って鞍に跨った。ウィンは黙ってリースを見つめたまま動かなかった。

「大したお方だ。エイドリアンと何も違わない。ふたりとも、自分の目的のためなら他の者たちのことなんて知ったことではないんだ」
「リース、私はただ・・・」
「あなたはただ、スピリットが自分に二度目の命を与えた理由を証明したいだけだ。自分がでたらめに選ばれたのではなく、それには何か理由があると思いたいだけだ。聖戦の徒気取りなんだろう。わかったよ」

 リースが意図したよりもきつい言葉であったが、どのみちふたりとも黙り込んだ。彼女は良かれと思ってやっているのかもしれない。エイドリアンも同じなのかもしれない。コールを連れて逃避行を始めるのも、あながち悪い考えではないのかもしれない、とリースは思った。
 リースはウィンに馬に乗るように促し、ウィンの秘密を口外することはないし、自分は儀式を学ぶことにする、と告げた。
 その理由を尋ねるウィンに、リースは答えた。

「逃げても誰のためにもないからだ。そろそろ踏み止まって立ち向かう時分なのだろう」

2013年10月 1日 (火)

【DAI】Dragon Age Asunder (14-1)

 一行がヴァル・ロヨーまで戻る間、リースは、ホワイト・スパイアで自分を待つ運命のことを考えないでいたかった。だが一行の間の緊張は、誰かがたった一言余計な言葉を発すればたちまち溢れ返る敵意に満ちており、そのため皆が無口で、リースは有り余るほどの長い時間にわたり黙考を強いられることになった。

 リースはコールから目を離さないように努めた。自分の姿が見える多くの者と長い間一緒にいることで、若者が落ち着かない気分なのは手に取るようにわかる。彼は毎朝目が覚めるたびに、周りの者たちが依然として自分の姿を見ることができ、かつ記憶に留めていることに驚いていた。
 ファラモンドだけはその例外で、彼の存在が自分の呪いが解けていない証しとなっていることにコールは心痛めているようだったが、エルフの様子はリースにとって愉快な見ものであった。

 ファラモンドは、コールに注意を向けられない限りその姿を見ることができない。だがそうされる都度、彼は「見ず知らずの者」が突然一行に加わっていることを発見して驚愕してしまうのだ。以前紹介されたことはほとんど覚えていないうえに、また数分もたてばコールのことはたちまち彼の記憶から消え去ってしまう。その繰り返しであった。

 一体どんな種類の魔法なら可能なのか。フェイドに入る前、リースがコールについて話をした者たちはその名前を忘れることはなかったのにファラモンドだけはなぜ違うのか。フェイドの中でコールに出会った者には彼の姿が見え、かつ覚えているのだとしたら、それは彼を呪いから永久に解放する手掛かりになるのだろうか。リースにはとても解けそうにない難題に思えた。 

 エイドリアンは誰彼かまわず怒りをぶつけていた。エヴァンジェリンについては、いずれ彼女が皆を裏切ることになると公言して憚らなかった。ウィンが自分の肩を持たなかったことも許せなかったし、それはむろんリースに対する非難でもあった。ファラモンドの研究の成果についてウィンに議論を吹っ掛け、ホワイ ト・スパイアに到着した途端に対決が待っているという説をウィンがあっさりあしらうと、それがまたエイドリアンの怒りに油を注いだ。コールのことはまるで疫病のように忌避していて、少しでも傍に寄ったら睨みつけた。

 エイドリアンはリースに一言も話しかけなかった。ウィンが馬の後ろにファラモンドを乗せることにしたので、リースの後ろにエイドリアンが乗ることになったため、彼女の氷のような沈黙は余計辛かった。後ろから睨みつけられているのがわかったし、彼女が腕でリースの胸を必要以上に締め付けるのも心地良くはなかった。
 リースは、彼女との友情が取り返せるだろうかと悩む一方、彼女のいつもながらの自分中心的態度に怒りも感じていた。

 エヴァンジェリンは一行に先を促し続けた。彼女は城塞を出てからほとんど口を開いていない。城塞の外にいたテンプラーたちとの間でどうけりをつけたのかわからないが、それが理由かもしれないとリースは推測した。指揮官らしき男と彼女が激しい口論になったときには、戦いの準備をした方がいいとエイドリアンが囁くのもあながち大袈裟ではないと思ったのだ。

 結局事なきを得たようで、テンプラーの指揮官が馬一頭と食糧物資をエヴァンジェリンに分け与えるよう指図すると、配下のテンプラーたちが渋々従った。テンプラーたちの去り際に、指揮官がエヴァンジェリンを呼び止めて一言告げたが、彼の嫌悪に満ちた表情からその内容は想像するに難くなかった。
 リースたちを攻撃するつもりだったテンプラーたちをエヴァンジェリンが説き伏せたのかどうか、戻ってきた彼女が何も語らないので不明だった。彼女は即座に出立するよう告げ、皆その言葉に従った。

 荒れ果てた地を通過する最中、シェイルの口やかましさが一層際立っていった。馬の足並みが砂と風のせいで遅々として進まないことにずっと不満を漏らし続け、最初の野宿のときには、疲労困憊が避けられないことをはじめとした「やわな」ヒューマンの罪状について、小一時間ばかり連祷のような悪態を繰り返していた。
 ゴーレムの愚痴については皆我慢していたが、エヴァンジェリンが始終あきれ返って目を回しているのはリースの眼にもとまった。

 ファラモンドだけは実物のゴーレムを目にしたことに歓喜しているようで、シェイルに山ほど質問を投げかけた。だが答えはほとんど皮肉まみれで、素材を問われればナグ豚(nug)の固まったうんち、創造法について尋ねられれば、父ゴーレムと母ゴーレムが何をいたしたからと答え、ファラモンドがしばし本当に騙される始末であった。眼窩の光だけでどうやってものが見えるのかとの質問には、できればそこらの生き物の眼球を引っこ抜いて嵌めるほうがよく見えるし、とりわけエルフのがしっくりくると答えた。それでファラモンドも質問攻めをやめることになった。 

 翌朝には寝ている間に皆が立てていた騒音について物申した。それからこの荒れ果てた地に到着して以来最悪の暴風の中、一行がどれだけゆっくりとしか進めないのかについていちいち描写しはじめ、特に「老いぼれ」とか「おんぼろ」などの棘のある冷笑はウィンに対して向けられていた。 

 ついに馬の踵を返したウィンが、突き刺すような笑みを浮かべながら、いっそシェイルが先頭を進んでくれれば助かるだろうと告げた。ゴーレムが喜んでその任務に就くと、確かにそれは非常にうまくいった。砂が掻き分けられた跡に沿って進むのはずっと容易だったのだ。一度だけゴーレムがすり鉢状の穴に落ちて姿が見えなくなったことがあり、馬で牽引して引き摺り出すのに一時間ほど費やした。

 荒れ果てた地を後にして緑の丘が見え始めたころ、ウィンがシェイルに、モンツィマードのサークル・オヴ・メジャイまで伝言を携えて向かってほしいと申し出た。最寄りのサークルであるそこなら、交信石(the sending stone、センディング・ストーン)を用いてホワイト・スパイアと通信することができる。交信石は安易に用いる類の代物ではないが、事態の重要性に鑑みれば、一行の到着次第ディヴァイン猊下の謁見を仰ぐ手はずを整える意義はあるとウィンは述べた。ただし、モンツィマードは一行の進路から大きく外れていた。

 エヴァンジェリンは心から救われたかのような素振りで同意した。シェイルはただのお遣いに貶められたことに嘆息して、次には椅子を持ってこいとか、自分を背中に載せて走り出せと命じられるのではないかと愚痴をこぼしたが、ウィンの容赦ない顔つきに黙り込み、手紙を受け取ると一行から別れて出発した。リースは、タワーのメイジたちが玄関に現れたゴーレムの姿を見たときの様子を想像して愉快な気分になった。だが他ならぬゴーレムが携えていくならウィンの手紙の説得力も増すことだろう。ゴーレムのお遣いなど他に聞いたことがないし、その憎めない態度しかりだ。

 シェイルと別れると沈黙が舞い戻った。往路と同じ道を選んだエヴァンジェリンは一行をできる限り急かした。三日目の遅く、馬に牽かせた貨車一台のみ伴ったひとりのドワーフ商人とすれちがうまで道中人っ子一人見かけなかった。最初そのドワーフの男は立ち止まるつもりすらなかったようで、エヴァンジェリンの胸のチャントリーの紋章にすら疑いの目を向けた。戦がはじまってからそこここで繰り広げられている暴動騒ぎを避けるため、モンツィマードまで遠回りして向かうつもりだと告げた男は、一行がその話に目を丸くするのを愉快そうに笑って見ていた。東方で戦があり、誰と誰が戦っているのか定かではないが、ハートランズに難民が大挙して押し寄せて大騒動になっているという。男によれば、一行が首都まで辿り着けたらそれは僥倖だ。

 馬を急かして立ち去る男を見送りながら、最悪の類の報せに接した一行は立ちすくむしかなかった。内乱が勃発しているなら、招集されたシェバリエたちも、帝国のバナーに集う徴収兵たちも姿を見せないのはなぜだろう。一行が荒れ果てた地にいる間、外では何が起きたのだろう。リースは、遠くを見つめて首都で自分たちを待つ運命について沈思黙考している様子のエヴァンジェリンを見つめていた。出発の合図を待つ一行の間を風が吹き抜けていくが、彼女は微動だにしなかった。

 ウィンが躊躇いがちに、日暮れまでまだ一時間はあると呼びかけても彼女は押し黙っていた。リースが他にも報せがないかどうかヴェラムの村に立ち寄って尋ねたらどうかと提案すると、それはエヴァンジェリンの気を引いたようで、無秩序が蔓延しているなら危険はずっと高まっているはずなので集落には決して近寄らないことにする、と厳しい口調で応じた。馬の踵を返すと彼女は一行を見まわし、最後にファラモンドに眼を向けた。

 集落に連れて行けばエルフが行方をくらます可能性も高くなる。リースには彼女の考えが手に取るようにわかった。彼が今更逃げ出すとも思えなかったが、今まで通りに彼女が始終エルフとコールに眼を配れなくなるとしたら、確かなことは何も言えない。
 この場で野営する、とエヴァンジェリンは一行に告げた。

***

 普段雨に対して何の感慨も抱かないリースだったが、荒れ果てた地を渡る間に体にこびり付いた砂が立っているだけで洗い落とされていくのは、歓喜に満ちた感じがすると言って差し支えなかった。上空を仰いで冷たい雨粒を顔に受けるのが心地よく、遠雷ですら吉兆に思われた。

 立哨を務めるエヴァンジェリン以外の者たちが疲労困憊して眠りこけた後も、リースは眼が覚めたまま焚火の傍に座っていた。エヴァンジェリンに代わりに休むように告げたが、彼が逃走することを警戒しているのか彼女は黙って首を振っただけだった。

 コールは彼の横で焚火に目いっぱい近いところで身体を丸めて寝入っている。瞼の裏で眼球が動いているのは悪夢にうなされているからだろう。この若者があのような過去を忘れ去りたいと考えるのも無理もない。このまま彼が殺害の衝動に苛まれている理由がわからず仕舞いになり、リースのことすら忘れてしまうのは耐え難いとはいえ、リースは彼への同情を禁じ得なかった。
 リースは、雨に濡れたコールの金髪の束を彼の瞼の上から除けながら、タワーに到着するまでの数日間だけでもこの若者に安息が訪れるよう心の中でメイカーに祈った。

 彼らには話しが通じないと思うわ、とエヴァンジェリンが突然言ったので、リースは驚いて彼女を見上げた。テンプラーは焚火のすぐ傍まで来ていて、物思いに沈んだ表情で彼を見下ろしていた。銀の鎧は雨に輝き、紅いクロークは黒く見えるまでずぶ濡れだ。認めたくはなかったが、黒髪が顔にべっとりへばりついていてさえ彼女は美しかった。リースがテンプラーの話かと応じると彼女は頷いた。

 彼女はロード・シーカー・ランバートのことを苛烈に過ぎるとしても公正な男だと考えている。だが戦争が勃発している今、真実の探求より秩序の維持を優先するかもしれない彼に対して、コールがディーモンでないと説得することは難しいに違いない。
 加えて、城塞の外にいたテンプラーたちが勝手に話を捏造した場合、エヴァンジェリンの見方のほうが偏っているとみなされることも十分ありうる。

 リースが他に方法がないのかと尋ねると、エヴァンジェリンは逃げればいいと答えた。焚火の傍らに片膝をつき、小枝で炭火をかき回す彼女をリースが驚きとともに見つめる。彼女はさらに、自分の任務はファラモンドをタワーまで連行することであって、リースはそれには関係なく、コールと一緒にフェラルデンにでも、あるいは北のテヴィンターにでも逃げればいいと言った。

 彼女が自分を試しているのかもしれないと疑ったリースは、逃げても狩り立てられるだろうと答えた。
 エヴァンジェリンはクロークの下から不吉な深紅色に輝くガラスの小瓶をひとつ取り出した。それにかけられた魔法と何か得体の知れないものがリースの後ろ髪を逆立てる。
 リースの追跡に必要となるこのフラクタリを、仮に彼が今力づくで破壊してしまえば、と言いかけて彼女は口を閉じた。

 リースが真意を尋ねると、しばらく押し黙って炭火を見ていたエヴァンジェリンは、自分の果たすべき任務と正しい行いを天秤にかけたくないのだと答え、騎士団長イーロンがかつて彼女に告げたという言葉を口にした。テンプラーの任務には常に懐疑を持ってあたるべし。それを止めた時が自分たちがテンプラーでなくなった時だ。
 彼はいい人だったようだとリースが言うと、彼女は解任された元の上司の身の上を案じた。
 それからエヴァンジェリンはリースをまじまじと見つめた。

「あなたは私の命を救ってくれたのよ、リース。城塞でエイドリアンがスペルを撃つのをあなたが傍観していれば、私は死んでいたわ。でもあなたは止めてくれた」
「死にはしなかったと思うけどね」
「死んでいたわ」

 リースは困惑した笑いを浮かべた。

「それには思い至らなかった。君に危険を伝えたかっただけなんだけど、確かにふたりとも黒焦げにされていたかもしれない」

 エヴァンジェリンは、リースがただ謙虚なだけなのかどうか見極めるかのように、彼を注意深く見つめていた。それから心が固まったかのように頷いてこう告げた。
 今まで誤解していたが、彼女にはリースが善人であることがわかった。ディーモンの誘惑にも抵抗できるだろうし、ここで逃げ出したとしてもどこかの誰かに害が及ぶことはないだろう。
 そして彼女は、コールのことはリースが教え導き、そして守れと言う。あの若者にはもう一度やりなおす機会が相応しい。
 これまでの彼の罪状がどうであれ、彼女はコールのことを断罪する立場にはないし、彼の過去をその目で見てしまった今となっては、後はメイカーの思し召しに委ねるしかないのだという。

 それからふたりの間には沈黙が訪れ、時折炭火が鳴る音と遠雷だけが聴こえていた。

「君も一緒に来ればいい」
「私はファラモンドを送り届けないといけない」
「ファラモンドなんてどうでもいいじゃないか。ウィンに任せればいいさ。どのみちこれは彼女の任務で君のものじゃない。もし君が彼と一緒に戻っても、僕が消えていたら・・・」

 エヴァンジェリンは微かに笑った。さっきの小瓶をクロークの下にしまうと、今度は紫の絹の包みを取り出して無言のまま地面の上で開いた。中から現れた五つの小瓶のうち四つは空で、ひとつだけに輝く青い液体が入っている。頭の中に鳴り響く調べを聴くまでもなくその中身がわかったリースは、レリウムだと告げた。エヴァンジェリンは頷いて、テンプラーたちはレリウムの力を借りないと魔法に対抗できないことくらい承知しているだろうと言った。

 彼女は最後のひと瓶だけ絹の包に丁寧に戻して、他は脇に除けた。そしてこの瓶が空になってから禁断症状の影響が出るまで一週間ほどしかかからず、さらにそれから一か月か二か月も経てば自分は発狂するだろうと言った。

 レリウム中毒なのか、とリースが尋ねた。レリウムの供給を管理しているチャントリーは同時にテンプラーも支配している。ひとたび騎士団に入れば二度と後戻りはできない、と言って彼女は肩をすくめた。そして自分の行く道は変えられないが、リースの道まで決めてしまう必要はないと言った。

 
 リースは、彼女にずっと見つめられていては理路整然と考えられないと思って立ち上がり、放っておいてくれることを期待して野営地に背を向け歩き出した。逃げろと言った言葉通り、彼女は止めはしなかった。彼が焚火が辛うじて見えるあたりまで離れると、雨雲に月が隠れてあたりはほぼ真っ暗闇になっていた。彼は最寄の丘まで歩き、雨露に濡れた草原と冷たく新鮮な空気の匂いを香しんだ。

 丘の頂上から地平線の方を眺めると、月光の下で銀色に煙る靄が広がっているのが見えた。雨音の調べはまるで催眠を促すようで、聴いていると心が休まる。彼は深呼吸して冷たい空気を吸い込んだ。

 逃げ出せば当然アポステイトになるわけだし、フラクタリがなくてもテンプラーの追跡は続くだろう。コールが同行に同意すれば彼の面倒を見ながら逃避行を続けることになる。ところが実際の行先を考えると、どこもタワーよりは安全だろうが、希望がないことに変わりないように思える。

 リースは、コールを助けると約束したことを再び思い出した。人々が彼のことを記憶に留めるようになったのなら、何か手伝わせることができるだろう。昨年来禁止されていたスピリッツの研究を続けるため、どこか遠く離れた、とやかく詮索しない住民のいる場所で工房を立ち上げる考えが頭に浮かんだ。

 そして、彼はファラモンドそのものになる。

 あまり愉快な考えではなかった。テンプラーの間断ない監視は気に喰わなかったが、おかげで誰も傷つけずに済んできた。それがなければ、たった一回の間違いで、たった一回の好ましからぬディーモンとの出会いで、自分だけではなく数多くの人々を悲惨な運命に巻き込んでしまうだろう。

 行ってはだめ、という声がしたので振り返ると、寝癖髪のまま雨でびしょ濡れのエイドリアンが、両手で自分を抱きしめるようにして立っていた。惨めな見かけと対照的にその表情は決然としていた。

 ふたりは彼女が横になっていたすぐ傍で話をしていたので、内容は皆聴こえていたのだという。リースが先ほどの景色に目を戻しても、もはや静謐を感じることはできなかった。リースは、エイドリアンと議論するつもりもないし、自分を嫌う理由がいくらでもあるのだから引き留める必要もないだろうと告げた。彼女は両手を差し上げると、嫌っているのはリース本人ではなく、彼がテンプラーにみすみす殺されるように振る舞っていること、そしてあの見てくれの良いテンプラーのおかげで間抜けになってしまったことだと応じた。

 結局エヴァンジェリンの話かと問われたエイドリアンは、顔をしかめてリースの傍らに立ち、暗闇の谷を見下ろした。自分が嫉妬していると言えば気が済むのかと応じたエイドリアンは、エヴァンジェリンが申し出ているのはリースがこれからの一生ずっと逃避行を続けることであって、テンプラーがメイジに押している烙印を証明する材料がひとつ増えるだけの話だと決めつけた。彼女によればリースは、自分自身のためにも、メイジ全体のためにもテンプラーと対決しなければならない。

 
 リースがその真意を尋ねると、エイドリアンは彼の片腕を取って自分に対面させ、断固とした顔でこう告げた。リースはタワーに戻り、テンプラーたちが真実ですら認めようとしないことを確かめなければならない。彼らがリースを見せしめにすることで、その本性を曝すように仕向けなければならない。
 殉教者になれと言うのか、とリースが驚いて尋ねる。エイドリアンは、リースはメイジたちに名が知られているので、皆その身を守るべく立ち上がるだろうと言った。

 リースは心中の怒りをできるだけ表に出さないようにして身を引いた。エイドリアンにとって、自分の戦いに誰かを巻き込むのは容易なことなのだ。目的のために誰かを死に追いやり、その間自分は脇で皆を煽動しているつもりか。そこまでひどくはないだろう。彼女がリースのことを過ぎるくらい気遣っていることは百も承知だ。彼の知る限り、エイドリアンは常に目標だけを見据えている。それが彼女を認めている理由でもあった。

 コールについては、エイドリアンはもう大概にしろという立場だ。憤慨を押し殺して彼女が言うには、彼を救いたければタワーに連れていくべきではない。テンプラーの赦しなど期待できないからだ。エイドリアンによれば、サー・エヴァンジェリンには彼が救えないことは彼女自身こそ十分承知していて、だからリースたちに逃げろと告げたのだ。また、何年もテンプラーの鼻の先で暮らしてきたコールのほうがむしろ安全なのであって、逃げ出して危険なのはリースのほうだ。

 エイドリアンはリースの肩に手をやって、真剣な顔つきでこう言った。ファラモンドの発見の報せが広まれば、テンプラーたちがメイジに対する権力を死守しようと必死になることは皆が知ることになる。彼らがリースを弾圧しようとすれば、カークウォールと同じことが起きる。それこそリバタリアンズが待ちに待っていた千載一遇の機会だ。

 リースは、それじゃあ自分は生贄の仔羊と変わらない、と溜息をつくと、濡れた髪を撫でつけた。雨は散発的になっていたが、雨粒は強く降り注いでいる。雷雨と稲妻がやってきて、それから空が晴れ渡ると思っていた予想ははずれ、ずぶ濡れになってしまった。

 世の中はエイドリアンの考えるように白黒がはっきりつくものばかりではない、とリースが言った。叛乱以外にも解決の方法があるはずだ。
 例えばウィンがいるではないか。

 エイドリアンの顔が強張り、少しだけ身をひいた。そしてウィンがリースの母親で、彼がどれだけ重きを置いているかは知っているが、彼女に希望も信頼も寄せてはならないと言い放つ。

 どの道誰も信用していないではないか、というリースの皮肉を受け流したエイドリアンは、今までサー・エヴァンジェリンの耳があるところでは切り出すことができなかったと言って、これから話すことがリースにとって到底聞きたくない類のものであることを匂わせる。リースは落ち着かない気分で彼女の言葉を待った。

 エイドリアンは、フェイドでのディーモンとの戦いについて話し出した。ウィンはエイドリアンの助けなど少しも必要もせず、たった一人でディーモンを打ち負かした。
 問題はその方法だ。ウィンの身中には強力なスピリットが住んでいて、エイドリアンはそれが彼女から湧き出して来る様子を目撃したのだ。魔法の類でもなく、召喚されたわけでもなく、ウィンとずっと常に共にある存在のようだった。

 リースは痺れたようになって彼女を見つめていた。その意味するところは。
 ウィンはアボミネーションだと思う、とエイドリアンが言った。

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