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2013年6月

2013年6月27日 (木)

【DAI】初スクショ。

 IGN(UK)の記事によればDAI初のスクリーンショットがBioWareから公開されているとの話。
 とはいえ、実際に見ることができるのは公式トレイラーのHi-Res版キャプチャー画像三枚。下のサイトで閲覧できる。
(スマホでしか閲覧できないので、確認してませんが、他にもっと大判の画像を掲載しているサイトがあるかもしれない)

http://www.gamefreaks.co.nz/2013/06/27/dragon-age-inquisition-new-screenshots-unveiled/

 BioWareの公式サイトには、同社シニア・プログラマーのインタヴューが掲載されているStaff Blogに、フロストバイト3エンジンの実力を示す例として挿絵で一枚用いられている。これが元ネタかな。

 こんなネタまで漁らないといけないゲームサイトのエディターたちもご苦労さんです(IGNが発見した後、あっという間に各サイトで同趣旨の記事が掲載された模様である。Tumblrのタグでもカブリ画像が増殖中)。

 唯一、目ぼしい朗報?としては、IGNのサイトにリストアップされているDAIリリース時期に、US、UK、AUと並んでJapanが含まれており、時期は2014年3Qとなっていること。
英語版と同時発売ですか? IGNの情報も御多分に漏れず結構いい加減かと思うと、過去はわりと正確だったりもしていたので判断保留中。

    一年近いリリース延期のおかげで、結果的にローカライズが間に合う日程になったのかな。

2013年6月25日 (火)

【DAI】3ではない。

 DAIの発売延期について、一番危惧していたことはタイトルが話題にすらならなくなることでした。
 実は「リリース延期」のネタですら客観的にみたら大した話題になっていない。

 世の中一般の流れがそうですが、その先駆けであるゲームサイトも御多分に漏れず「観ることができるもの」重視の編集方針に大きく偏っている。「耳目を集める」のは「観ることのできるもの」。画像、映像。
(日本ではそうでもないが、自動車による移動機会の多いあちらではポッドキャストなど「聴くことができるもの」もこれに含まれるようだ)
 放出したヴィジュアル(オーディオ)マテリアルの量と話題の量が比例関係にある感じ。

 テキスト記事は、一部好事家と他のサイトの同業者たちが恒常的に活用しているくらいでしょうか。それらですらPVでライター・エディターの成績が決まる世界ですから、できるだけ映像・画像を盛り込むような形になっている。
 また大手サイトでは、テキスト記事ですら専門キャストがニュース映像で読み上げることも普通になっています。

 あっという間にそういう時代になりました。

 Skyrimなどで好調なBethesda(Zenimax)のPR責任者が以前語っていました。どこの誰が年にどんだけどのようなゲーム・タイトルを買うとかいう類のマーケット・リサーチは全く無意味である。潜在ユーザーまで広く訴求する画像・映像素材をどのように戦略的に発信するかがPRのカギである。結果だけを見るならBethesdaはとりあえず成功しているわけで。

 DAIもトレイラー一発出したらダンマリ。BioWareの情報の出し入れはここのところとってもマズイと思っていましたが、過去DA2、ME3などのタイトルでヘイターのやり玉に挙げられ、「羹に懲りて膾を吹く」ていになっているのでしょうか。元々PRが上手な会社ではない。

 フランク・ギブー氏はEAの4つのラベルすべてを統括しているラベルズ・プレジデント。メガ・パブリッシャーのマーケティング部門ほぼ頂上にいるお方です。ビジネス・サイドの責任者がコメントを出すようになってしまったのも、BioWare創業者でスポークスマンでもあったふたりのドクターがEAをクビになったからもあるんでしょうが・・・。

 IGNネタ元記事のタイトルはDragon Age: Inquisitionのタイトルが、Dragon Age IIIでもDragon Age III: Inquisitionでもなくなったのはなぜか、ですが、実はそれは「ごく些細な話題」で、より重要なのは新世代プラットフォームを追加した理由のほうです。

http://uk.ign.com/articles/2013/06/20/why-dragon-age-inquisition-isnt-called-dragon-age-3

 タイトル名の変更について。

「(タイトルの)数字のありなしに関する、何がうまくいって何がうまくいかないかの議論はいつでもあるだろう。我々はこのゲームのストーリー・アークをより良く物語っているインクイジションという言葉にもっと注目を集めたいと考えた。あらゆるゲームプレイ、趣向(フィーチャー)、物語上の大きな選択のどれもが、プレイヤーがこの世界で起きるインクイジションをどのように経験していくかに関連しているからだ。
 これはマーケティング戦術上の意思決定だ。ザックリ言ってしまえば戦略的な意味あいは何もない。我々はこのDAIが、人々が考えるようなDA1とDA2の文字通りの直接的な続編ではなく、DAユニヴァースにおけるまっさらな新章であることを強調したかっただけだ」

 以下は、プラットフォーム問題について。

「(PS4とXOneをプラットフォームに加えた理由は)フロストバイト3エンジンと第四世代コンソール機能の生の実力に鑑みたものだ。我々はDAIIIをPS3 、X360、PC版でリリースする予定であった。それだけでも広い範囲のプレイ体験をカヴァーできるのだが、新プラットフォームはより広い世界の中で、より多くの趣向や物事を用いて物語を表現できる機会を我々に与えてくれる。我々の見地からすれば、『現世代』ゲームを『次世代』マーケットに投入するつもりはなかった。リソースをさらに追加し、より時間をかけることができるこの機会を捉え、新テクノロジーを導入した。ぶっちゃけて言えば、我々自身の期待要求を向上させたのだ」

 解釈。

 ネーミングについては(もちろんその決定自体はEAの頂上近くで行われますが)「そんな些細な話を聴くなよ」という感じでしょうか。ここの発言では「戦術」(tactics)と「戦略」(strategy)がミソ。ナンバリングをはずしたのは、うがった見方をすればDA2についてしまった「汚名」を払拭したいという「小手先」戦術の意味もあるのでしょうか。
 FF:VersusXIIIもまた、あまりに長い間タイトルだけが先走っていた(手垢まみれになってしまった)のでFFXVに改名して仕切り直した。似たような理由でしょう(こちらもクロス・ジェネレーションでリリース)。

 一方で、プラットフォーム問題はより重要な戦略級(strategic)テーマといえます。ただし、個別ゲーム・タイトルをどのプラットフォームに載せるかどうかの意思決定はタイトルワイズに決まるので「大戦略」(grand strategy)とは呼べない。ウォーゲームの例えでいうなら「作戦級」(operational)意思決定でしょう。

 この文脈でEAの「大戦略」と呼べるのは、内製・自家製のフロストバイト3エンジンを普及させようとしていることです。DAのみならず同じBioWareのMass Effectシリーズの次回作にも用いられることが決定しており、開発リソースを両チームで共有することまで明らかにされている。
 開発エンジンが力の源泉。サード・パーティ―のパワーを根こそぎ奪え、開発段階での行動の自由を獲得できることはメガ・パブリッシャーEAの「念願」と言ってもいいのでしょう。
 だから今回の意思決定は、まず自家製エンジンありき。それがコンソールの世代交代に丁度シンクロした。
 リリースを待ち焦がれているこちらからすればタイミングが悪かったってことですが。

 ゲイダーさんではないが、それに比べればタイトルの命名なんてどうでもいいことなんですね。

2013年6月20日 (木)

【DAI】予言の本質

 DAIしかタグを登録していないTumblrのダッシュボードを眺めているだけで気が紛れていたのですが、案の定世の中もあっという間にネタ切れとなっている。

 そういえばトレイラーのナレーション、ちょっと勘違いしていた部分があったので、過去記事を修正しておきました。とはいえ、なにか新事実が判明したわけでもありませんが。

 ちょっとしたネタとしては、過去ちょろっとだけ触れていたとおり、トレイラーに登場するモリガンの衣裳がオリージャンのドレスであること。実際、言われてみて”World of Thedas”のオーレイの項を眺めてみたら、そこに掲載されているコンセプト・アートそっくりであった。

Dress_2
 Tumblrで拾えたのは、それがDAOレリアナがモリガンとのバンター(コンパニオン同士のおしゃべり)で「モリガンにぜひ着せてみたい」と語っていたオリージャン・ドレスのデザインそのままであるというネタ。DAWikiに掲載されている下のセリフによれば、金色の刺繍をあしらった深紅のヴェルヴェットのドレス。ざっくり開いた胸元からモリガンの(略)。

Leliana: Maybe we could get you in a nice dress one day. Silk. No, maybe velvet. Velvet is heavier, better to guard against the cold in Ferelden. Dark red velvet, yes. With gold embroidery. It should be cut low in the front of course, we don't want to hide your features.
Morrigan: Stop looking at my breasts like that. 'Tis most disturbing!

 
 楽屋落ちってことでしょうか。
 なんでも真剣に考えたがるファンの中には、モリガンは噂通り(DAOエンディング・パターンの一部で知ることができるように)オーレイの宮廷魔術師として活躍していたのではないかとの解釈をする者もいる。

 ただしこのトレーラーそのものが、意識朦朧としているDAI主人公(インクイジター)にモリガンが呼びかけているものであるなら(私はそう考えているのですが)、彼女の衣裳についてあまり深い意味はなさそうな気もします。そもそも「誰の」描いたモリガンのイメージなのかってところが曖昧だし、オーレイの宮廷魔術師になった噂話を知ることができるのは一部のエンディングを見たプレイヤーだけである。

 書いている自分でも、こんな情けない小ネタしか拾えないのかとガッカリしてしまいます。仕方がないので、どうしてこのトレイラーが「主人公への呼びかけ、予言と決めつけているのか」、その根拠でも書きましょう。

 またしても「祝い」(「いわい」)と「呪い」(「まじない」ではなく「のろい」)のお話かと思われるかもしれませんが、ファンタジーのネタなんてそのどっちか(または両方)に決まっているんだよ。できるだけくどくならないように注意します。

 ・モリガンは、この戦いの帰趨について、深く数多くのことをとっくに見て知っていた。(過去)
 ・モリガンによれば、やがて世界に闇が訪れ、立ち向かわなければ世界は滅びる。(未来)
 ・モリガンは、これらのことをDAIの主人公(インクイジター)となるべき人物に告げる。(現在)

 このように、モリガンのナレーションは典型的な予言の形式を構成しているんですね。彼女が主人公に語るこの時点(現在)では、闇はまだセダス大陸に訪れていない(未来)のですが、モリガンはすでに何が起きたのか知っている(過去)。

 主人公(つまりプレイヤー)が経験していく時間のときどきを(現在)と考えてもらえばわかりますが、やがてモリガンの予言が現実のもの(現在)となるときがやってきます。闇が訪れる。そのとき、(過去)と(未来)と(現在)がすべて重なる。
 これこそ、予言という呪術の本質なんですね。 

 日本語の「祝い」とは望ましい(未来)を(現在)の時点で予め確定してしまおうとすることであるといいます。予祝儀式なんて言います。豊作・大漁祈願、合格祈願・出陣式、結婚式、起工式。祝いごと、祈りごと、祭りごとは数限りなくありますがすべてそういう取組みですよね。政(まつりごと)自体が元々そうだったのもご存じのとおり。逆に言えば不吉を忌避することでもある。「忌み」と「祝い」は同源。

 「祝い」と「祈り」も密接に関係している。祈願とは本来予祝のことである。豊作でも合格でもなんでもいいが、予め祝われた(過去)を背負って、それが本当に実現するように(現在)を生き続ければやがて望ましい(未来)とすべて重なるときがやってくる。構造的には上と一緒。
 でも祈りが届かず願いが外れたら? きっと踊り方が悪かったか足りなかったんでしょうね。

 (現代日本人にとって「祝い」とはすでに起きた結果を寿ぐ・言祝ぐ(ことほぐ)こと、祝勝会とか祝賀会とか、そういうイメージを持つのが普通でしょう。こういったものが西洋文化(セレブレイション)にかぶれたせいなのか、あるいは戦闘集団である武家の文化の影響(首実検、論功行賞)のせいなのか知りませんが、それはこの文脈に直接関係はありません。つか、そんな場だってどうせご多幸とご健勝などを祈念して乾杯とかするんだろうし)  

 もちろんモリガンの予言は、あらかじめ祝うような「何か良いこと」ではない。来るべき破局、破滅の啓示でした。いわばセダス大陸を覆う呪い。

 でも「祝い」と「呪い」は裏腹なもの。
(以前、映画ヱヴァ:Qで、たとえ魂が消えてもこの世界に残るものは「願いと呪い」と表現していたことに触れましたが、それも一緒。ただ象形文字的には「祝い」と「呪い」が対になっているほうがステキ) 

 ただし、未来の何か良いことを予め確定するのが「祝い」なら、未来の何か悪いことを現前するのが「呪い」っていうふつうの説明は、ちょっと違うような気がするんですよね。そのように綺麗な対称にはなっていないのではないか。

 というのも「祝い」はそれ自体を原因に未来(結果)を呼び寄せようとしているのに対して、「呪い」の目論見には必ず過去に原因があるはずだから。「因縁」や「因果」のない「呪い」ってあるでしょうか?(とばっちり主人公のホラー物語は多々あるだろうけど)。

 「呪い」は実現しなかった善きこと、逆に実現してしまった悪しきこと、そういう過去をなんとか覆したい、修復したいということではないのか。ネガティヴィティの根源は、このような「どうしようもない悪あがき」にあるんではないでしょうかね。

***** 

 以下、余談の羅列。

 ギュンター・アンダースの興味深い寓話を大澤真幸氏が紹介していた。ノア(予言者ではなく預言者と呼ぶべき)が、毎日街角に立って声を枯らしながら洪水(裁き)の到来を告げ、方舟の建造を訴えかけるが、街の者たちは見向きもしない。業を煮やしたノアは、ある日死に装束姿で現れて今度は沈黙を続けた。怪訝そうな面持ちで真意を問いかける街の人々に「明後日には洪水はもう起きてしまった出来事になっている。そこでは今あるものは何も存在していない」と答える。やがてノアのもとには方舟の建造に協力しようとする大工や街人たちが集まってくる。

 私は堪能ではないが仏語では(また伊語でも)「前未来」という、英語の「未来完了」に似た時制があるそうな。未来のある時点で完了しているだろう事柄を示す。もちろん未来完了と同じで日常滅多には使わないそうだ。

 ノアは「未来」の出来事を「現在」の時点で確定して見せている(死に装束)。そうでなければ人々は「未来の話に現実味など感じるはずがない(非現実的と捉えてしまう)」というのが寓意。昨今の破局論関係で有名になった小咄なので、ご存じの方がいるかもしれない。

*****

 いくつか時間(可能性)に関連する話題。ぼんやりしたネタバレあり。

 ようやくFate/ Stay Nightに触れることができる(笑)。旬をとうに過ぎたネタは出し方に苦労する。
 と言っても、あの物語を褒めるのはほんの一言で済む。

 遠坂さん!(じゃねえし)

 
 つまり遠坂さんに召喚されたあれは、「未来」のあいつ(が現前した姿)である。おしゃれです。物語はそれだけで、そのアイデア一発で「勝ちゲーム」。
 あれの場合、ややこしい時間関係におかれているので、上でいう「祝い」と「呪い」を双方とも体現しているから、(ことさらあれの内面に迫らなくても)物語に自然と深みが増すというのもおいしいポイント。

 以上、説明終わり。やっぱアイデアがいいと説明めちゃ短くて済むわ!
 

 真・女神転生IVは、シリーズ原点への回帰を狙ったそうで、時間に関する解釈も非常にオーソドックスなものにとどまる。そこでは時間は分岐する「可能性」でしかないので、主人公主観から見たらどれも選べる「未来」。中には選択から漏れてしまった「可能性」が過去として描かれているし、JRPGお得意の繰り返す時間、円環する時間、iterationも仄めかされているが、すれっからしちゃったゲーマー諸氏には「あー、はいはい、またあれね」って感じですね。

 様式美が確立しているから、お話自体はあんくらいの複雑さでいいのかもしれない。

 
 

 

【DAI】赤いレリウム?

 DAI公式のインクイジターらしき人物の「指輪」について、諸説出ているようです。
 でもこの解釈は簡単ではないのかなと思って記事にもしていなかった。

Ring

 左から、シーカーズ、赤く輝く何か、サークル・オヴ・メジャイ、テンプラーズ。

 赤く輝く何か、は赤いレリウムと関係があるという説があるようですが。
 
 これこそ喪われた「インクイジション」の徴(しるし)である、と考えたほうが素直なのではないのでしょうか?(指輪の周りを取り巻く刻印文字は残念ながら読めない)

 赤く輝いているのは、単純にアーティスティックな表現ではないかという説もあるが、それにしては、あまりに仰々しい。

 無理やりこじつければ、赤いレリウムとインクイジションの関係もあっておかしくない。レリウムがテンプラーの対マジック(ディーモン)能力の根源であるなら、赤いレリウムはそのヴァージョンアップ版。

(ただし、生まれつきマジック・レジスタンスの資質を有するドワーフですら影響を受ける強い魔力を有している赤いレリウムを武器に用いるというのは、諸刃の剣になりかねない。逆にそのくらいのリスクを背負っていなければ、この世の危機に立ち向かう資格もないような気もする)

 この指輪がインクイジションのものだとして、四つの組織はすべてチャントリー支配下にある。
(インクイジションはシーカーズ・オヴ・トゥルースの母体であったが、シーカーズ設立以降、正式組織としては休眠状態であった)
 少なくとも形式上は、主人公はチャントリーの命を受けて行動することになるのかもしれない。

 つまり主人公がアナーキーなメイジの役を演じることができる可能性は、ここからは読み取れない。 もちろん、プロットを弄り回せば、いくらでもあり得ますけどね。
 

 実はこのインクイジターらしき人物は親指にも指輪をはめているかのように見えると主張する人もいる。
 それがグレイ・ウォーデンの指輪であるとか、クナリの指輪だとか、ちょっと眉唾な説も。

2013年6月18日 (火)

爆走の東京(三景)

 真・女神転生IV、自分何周もする元気ないだろうと言っていながら、カウント上は3周目。途中のセーヴから再開して途中で果てたものも含めると4周目。

 ニュートラル・ルートまでがきつくてきつくて(笑)。
 ネタバレを見ずに、自力でがんばるとこうなるっていう見本みたいなもんだね(笑)。
(さすがに二周目以降は、ネットに出ているマップ類は参照していますが)

 いや笑い事ではない。まじで数時間分のプレイが丸ごと無駄に終わっています。
 なお、どうすればニュートラル・ルートにたどり着くのか、そんなことを私に聴かないでください。
 自分でもわかっていないから!

・一周目、ロウ・ルートをクリア。ミッション・クエストも相当まじめにやっていたので、寝落ち含め90時間。ま、そうだろうなあというアンチ・クライマックス的結末。

・二周目、今度はカオス・ルートかなあ、と思って進めていたが結末があまりに予測可能なので、途中から無謀にも方針変更してニュートラルを目指す。途中ではワルターを選ぶ。その時点でなんとか「掴みどころのない奴」までこじつけていた。
 結果。中途半端に選択していたら、ロウでもカオスでもどちらでも選べることになっちゃった。なんとど真ん中に着地しちゃったみたい。それではニュートラルにはならないようだ。

 これには正直かなりグッタリした。そこまでのクエストで発現したものはほとんど漏らさずクリアしている。仲魔も相当育てた。プレイ時間で40時間くらい(私の場合は道に迷ったり合体で悩みこんだりと無駄な動きが多いので正味プレイ時間はだいたい半分か三分の二くらいに割り引いて下さい)。

 これを全部水泡に帰すのはちょっと勘弁だなと思って「世界を無に」を選ぶ。バッド・エンディングだろうがNull値エンディングだろうが、エンディングに変わりはあるまい。なにより仲魔データーが無駄にならない。

・三周目、哲学のなんちゃらまで爆走。そこで保存用のセーヴを作成。
 今度もワルター。ワルターだからきっとロウよりにしとけばいいんだろうと思ってその後はできるだけロウ寄りの選択を続ける。分岐のときはたしか「掴みどころのない奴」。
 結果。ロウを選べる。カオスは「ロウに寄りすぎ」で選べず結局ロウ・・・。
 
 オーヴァーシュートしちまった(笑)。

 いや、笑いごっちゃない。途中ミッション・クエストをだいたい無視して爆走しても4から5時間くらいかかった。
 これは丸ごと無駄になりました。国防兵器がああ・・・。

・四周目(カウント上は依然三周目)。哲学のなんとかから二度目の爆走。哲学のなんとかはロウ寄りを選ぶ。選択はワルター。これでちゃらぽんになるのか「掴みどころのない奴」になる。今度はできるだけ余計なことをせず、できるだけカオス寄りに。ただ全部カオスはまたオーヴァーシュートするだろうから、三回に一回くらいロウ寄りを混ぜる。もちろん完全手探り状態だ。慣れもあって3時間弱くらいで分岐点に到達。

 結果。ロウを選べる。
あああああっ! またやってしまったのかあ?!
 と思ったら一拍おいて(つうか3DSのレスポンスが一瞬遅れて)「でも維持も破壊もどっちもいけるね」みたいなセリフが出た。
 
 こういうラグは勘弁なんすけど・・・。心臓に悪い。知らずにそのままリセットしたらどうするんだよ。
 
 で、三度目の正直ではないが、ようやっとニュートラル・ルートに突入しました。
 でもまだ、気になっていたあれを復活させて「ちゃんぴおん」がどうしたこうしたとか、そこら辺まで。
 ニュートラルはどんだけ愉しい展開になるのだろうとわくわくしていたのですが、そんなでもないかもしれない。ただ、これまでメガテンにしては「アースダイバー」成分が足りないと感じていた不満は、このルートで若干は解消されるようだ。若干ですけど。
(一方で、きっとここで登場するんだろうと思っていた、とある登場人物の姿がやはり見当らない。やっぱりカオス・ルートも最後まで見ないといけないのか・・・)
 
 4、5時間のダメージで済んだと思うべきか、もうちょっと冷静に考えたらその無駄も防げたりするのか?
 とにかく、「時間がないんだよね」と思っている人に限って、結局無駄に時間がかかるというわかりやすい展開。「お金がないんだよね」と言う人は賭け事・勝負事に勝てないのと同じ?

 あんまりこういう雑なプレイを続けていると、見えなくていいゲームのアラが見えてきてしまうという損な感じもありますね。レヴェルアップのたび、いちいちスキルを取り換えたがる仲魔にブチ切れそうになる。あんまりうるさいので、レヴェル90以上の高給取りのガイジン選手(レヴェルアップは滅多にしない)だけ集めてやろうかと思ったくらい。

 物語は、結局今のところほとんど予想通りの展開なんで、ゲームなんかプレイせずに誰かがアップしているだろうYouTubeの映像でも観ていても同じかもしれない。
 そうはいかない、自分でやってみないと気が済まないのがゲーマー魂?
 途中から「目隠しプレイ」ですから、ロートル・ゲーマーにはかなり辛いんですけどね・・・。

 最後の有料DLCは「ロウ・カオスの数値がいつでもわかる」だったりして。そうだとしても、もはや憤りを感じる気力もないんだろうな。

2013年6月17日 (月)

【DAI】プロット勝手予想

 以下、アンダースに関する過去作DA2のネタバレのみならず、次回作DAIの予想を含んでいます。

 DA2のネタバレはもう勝手に解禁状態でしょうし、下に書いてある中身は大したことではなく、DAシリーズに慣れ親しんでいる人は少し考えれば思いつく内容です。ただし、たとえプレイヤーたちの勝手な予想であってもそんなの読みたくないという方は、「続きを読む」以降はご覧いただかないほうがいいと思います。


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2013年6月14日 (金)

【DAI】 "One day the magic will come back."

  「ニューズウィーク日本語版」(今週号)に、もう何度目か数える気も起きないが「みんなフェイスブックが嫌い、でも離れられない」という趣旨の記事(記者はアメリカ人)が載っていた。

 アメリカのハイスクールの生徒のほとんどがフェイスブックを利用(10代の94%)。元々同窓会ツール的な出自でもあるから、その数字まったく不思議ではないし、嫌いだけど離れられない理由が「ハイスクール生活そのものと同じ」というのも「なるほどね、うまいこと言うね」と思う。目立たなければ埋もれる(ノーバデイ)が、目立てば余計な面倒が押し寄せる(セレブ)。
 

 対してツイッター(10代の26%)やその他のツールを利用している生徒は少なく、これも納得できる。とりあえず画像か何かぶん投げて放置しておけば誰かが寄ってくる仕組みは楽だが、絶えず文章を発信する必要がある仕組みはきつい。
 ただし、ツイッターには字数制限があるおかげで、無制限にコメントを垂れ流しされる心配が少ないから好む生徒もいるらしい。

 さすがにブログ・サーヴィス(ここではTumblrのこと)を利用する生徒は少ない(10代の5%)。ブログがすでに古臭い仕組みだからクールじゃないせいか、まだおとなになりきっていない者には魅力がないせいかわからない。利用している者にとっては「自分を飾る必要がなく、同好の士だけで集まれて、関係ない人が立ち入らない」点が優れているという。
(実際にはブログは管理者がほぼ完全にコントロールできるから、なんでしょうけど、それが「古臭い」理由でもある)

 記者は「フェイスブックがなくなってしまえば、そこにあったバカバカしい内容をタンブラーで取り上げて茶化すこともできなくなるね」とおどけている。つまり、そういう使い方もある(笑)。

 Tumblr(ビッグデータ関連銘柄として最近ヤフーに買収された)があちらで他のブログサービスをほぼ駆逐しつつあるのは、(見かけおしゃれで、それこそあちらの多くのセレブがご愛用中という理由を除けば)ご承知のとおり使いやすさとその拡張性の高さ。ツイッター(ミニブログのひとつと定義される)の代わりも一部果たせる。

 たとえばTumblrでも、DAIにタグづけられた投稿をフォローすることができる。

 
http://www.tumblr.com/tagged/dragon%20age%20inquisition

 (Tumblrにブログを開設した)ゲイダーさんが過去苦言を呈していたように、ゲーム・フォーラムの御多分に漏れず、BSNもほぼアナーキーな状態になった。
 私のように過去から読んできた者には如実にわかるくらい、そこではネガティヴな言説が圧倒的多数を占めるようになった。ゲイダーさんの発言を検索する以外、私自身ももうほとんど読まない。

 
 心ある者たちはそこからとっくの昔に退出しており(それがBSNのネガティヴィティをさらに濃縮しているわけだが)、何か発信したければそれぞれ別の拠点を構築している。例えば上のページはそういった者たちの発信を機械的に集約している一例である。
(よってカブリも多い。DAIモリガンの画像だけでも無数にある。また、そこから何か意味を発掘するのは閲覧サイドの仕事になる。でもそんなのどこでも一緒だよね)

 本来Lawfulness(秩序)が守られるべきBSN(あくまで私企業が運営するサイトだ)に手のつけられないほどChaosが蔓延してしまった一方で、なんの縛りもコードもない(個々人に任されている)ゆえ、Anarchy(無秩序)であるはずの個々のブログ・ミニブログ・サーヴィス利用者のサイトを集約すると、なぜかOrderが見えてくる。

 なーんて、リヴェラル臭い話になってしまって、自分で書いているのも恥かしいのですが、そういった効用もあるってことかな、と思いました。

 DAIにかこつけるとこうか。

 本来秩序の担い手であるべきチャントリー勢力は、メイジ叛乱への対処方針に関する内部抗争から、シーカーズ、テンプラーズ、教会本部の各組織がそれぞれ反目しあい、手のつけられないほど混沌とした政治状態を招いてしまった。一方でなんの組織化も期待できず、散発的な抵抗に拠るしかなかったメイジ勢力の叛乱は、やがて各個に容易に鎮圧されると思われていたが、各拠点の自主的な反抗が全体としてまるで統制が取られているかのように呼応しあい、収まるきざしはない。

 こうなると、もはや物語原型ですね・・・。

 ではお前はなぜTumblrに移行しないのか、という問いがなされるのかもしれない。
 この宇宙で最も強大な力(パワー)が何かご存じだろうか?
 それは「惰性」である。(「愛」じゃない)

 

 まあ、そこで記事を書くかどうかはともかく、DAI関連の記事をまとめて読みやすいように開設はしておきました。

 実のところ本心は、このTumblrの記事を自分のネタ元にしようと虎視眈々と狙っているのですけどね(笑)。
 すでに効用があって、いくつかのネタが拾えている。

***

 例えば固い方のネタからいくと、今あちらでホットな話題は、まずはこれ。

“One day the magic will come back. All of it. Everyone will be just like they were. The shadows will part, and the skies will open wide. When he rises, everyone will see.”

 DA2サンダルの謎めいた、予言めいたつぶやき。

 「いつか、魔法が戻ってくる。完全に。皆かつてそうだった姿を取り戻す。影は散り、空が大きく広がる。彼が立ち上がるとき、皆がそれを知る」

いくつかの解釈。

・ゲイダーさんや他のDAライターが述べているように「サンダルのセリフの多くは、プレイヤーを混乱させるためライターがひねり出した与太話」である。よって解釈不要。

・アンダースの物語である。かつてそうだった姿とは「束縛のない自由なメイジたち」。「影」と「空」はDA2のチャントリー爆破事件を意味している。

・DA2のDLC「レガシー」に登場する古のマジスター、コリフェウスの物語である。

・DAIの物語である。「彼」とは、OGB(オールド・ゴッド・ベイビー、古の神の子、モリガンの息子)のことである。(かつてテヴィンター・マジスターたちがそうしたように)メイジが世界を支配する予言である。

・DAIの物語である。「彼」とはメイカーそのお方のことである。「影」と「空」はチャント・オヴ・ライトでいう「光」を暗示する。不在の神が復活される予言である。

・(異説)「光」はエルーヴィアンの所在を示すエルフの装置、ライト・オヴ・アーラサンを指す。「かつてそうだった姿」とは、エルーヴィアンを用いてセダス大陸を自由に移動できていた様子を示す。

・(異説)「皆かつてそうだった姿を取り戻す」とは、かつて魔法の能力を喪ったドワーフもまた、それを取り戻すことである。レリウム、特に赤いレリウムの謎もまた解明される。

 どの説に信憑があるかはご自由にご判断下さい。

***

 軽いネタですと、例えば、DAIのメイン・キャストは下のメンツにすべきだと「真面目に」主張している人がいる。

 Originsの犬
 サンダル
 モリガンの息子(儀式を行っている前提)
 シェイル
 アヴェリンとドニックが授かった可愛らしい赤毛の子
 サー・パウンス・ア・ロット

 これだけで、メシ何杯でもいけますね!

2013年6月13日 (木)

【DAI】Saving the world from itself

 IGNのインタヴューにBioWare Edmonton/MontrealのGeneral Manager(GM)アーリン・フリン氏がコメントしているとお伝えしました。内容に新味はありませんが、気になることを語っているので紹介しましょう。
 GMてのは開発スタジオ側のボス、責任者ですね。タイトル(プロジェクト)ごとに設定される役職とは異なり、スタジオ常設の役職です。

http://www.ign.com/articles/2013/06/12/e3-2013-dragon-age-3-inquisition-and-the-next-generation

 2013年E3の場でDragon Age: Inquisition(DAI)のトレイラーが発表され、たくさんの問いかけが答えられないまま残された。BioWareはその多くに対して実際答えるつもりはないようだ。しかしながら、同社GMのアーリン・フリンは、DAI開発の裏にある動機について、さらに最も重要なことにはBioWareのヴィジョンが長きにわたるファンにとって何を意味するのかについて語ることを引き受けてくれた。

 コンソールは新世代へと移り、オンライン・ゲームやネットワーク接続性(コネクティヴィティ)がすでに天下を取っている今このときでも、フリン自身はBioWareを今日の姿へと導いた礎を守ることが責務であると考えている。それによってBioWareがよく知られ、また愛されてもいる、圧倒的なシングル・プレイヤー・キャンペーンを捨て去るようなことは今後もないし、単に流行だからと言って、無意味なマルチプレイヤーを押し付けるようなこともしない。

 それによってBioWareは、自身の有する最も卓越したシリーズのひとつを、より良くするために考える余裕を手に入れることになる。

 DAIIではOriginsのタクティカル・コンバットの世界から距離を置いたが、DAIでは反射的アクションと秩序だった思考を融合させることを目指している。「これは二つのゲームの合体だ」とフリン。PC版とコンソール版の間ではコンバットの感覚と見せ方について差異がない(comparable)ように求められている。

 DAIの哲学(フィロソフィー)は「探索(exploration)に回帰するところからはじまる。確かにOriginsにも一部持ち込まれていたが、我々はさらに大規模なものにしたい」とフリン。そのワールドにおいてBioWareがプレイヤーに望むのは、周囲の環境と関わり合いながら、同時にセダス世界が崩壊していく「物語の緊迫感」(narrative urgency)を味わうことだ。セダス大陸が苦境に見舞われているそのときに、プレイヤーは具体的にどこに向かうのか、フェラルデンから去るのか、ついにオーレイを目にするのか、などについてフリン氏は触れなかった。BioWareは「セダス大陸の多くの場所を、新しい土地を含めて目にする機会を」プレイヤーに与えるつもりだ。

 DAIの開幕では、チャントリーのメイジに対する抑圧がその極みに達している。上空ではフェイドとの間に亀裂が走り、ドラゴンやその他の化け物が跳梁跋扈し始める。「それがさまざまな出来事のキックオフだ」
 続いてセダス諸国は戦乱に巻き込まれ、「進行している悪しき事態を把握し、それを阻止するために異端査問団(インクイジション)復活の決断がなされる」とフリンが説明する。

 インクイジションのリーダーとして、プレイヤーは心中穏やかならざる類の道義上の判断(モラル・チョイス)を迫られる。異端弾圧の犠牲者であるメイジの肩を持つか、それともアンドラステのために戦う宗教的狂信者、弾圧者たるチャントリーに与するか。

*****

 私が気になったのは「マルチプレイヤー」の部分。EAのラベル全体のポリシーが上で言う「コネクティヴィティ」重視ですから、含めないわけにはいかない。フリン氏が語っているのはMEのようにソロプレイとほとんど関係がない路線を踏襲するって意味でしょう。
 私のようなロートル・プレイヤーは、時間を拘束されるマルチプレイは心身ともきついのでパスするつもりです。もったいないけどね。ただし新旧コンソール・ユーザーがマルチプレイで同居できるのかという話は(マーケティング的な関心から)気にはなります。

 あとはフリン氏の語りとトレイラーのナレーションから物語を解釈(推理)するって話題です。

 フリン氏の説明を文字通り受け止めれば、ヴァリックが目撃したメイジ集団処刑(それに伴う両陣営の衝突?)の現場と、カッサンドラ(シーカーズ)が指揮する攻城戦の最中に空中に現れたヴェイルの亀裂を通してフェイドのモンスターが現れる場面。それらが様々な出来事(すなわちインクイジションの物語)のキッカケ(キックオフ)になる。

 このトレイラーも(映画のもの同様に)継ぎ接ぎであると思われますが、そのまま本当にゲーム内ムーヴィーに用いても「謎めいた」感じを強調するだけで別段支障があるわけでもない。
 ただし、フリン氏の説明とあわせてモリガンのトレイラーのセリフを考えると、使えるのはゲーム劈頭のタイミングのみでしょう。それ以降はモリガンの語り(すべて未来の予見です)が劇中で陳腐化してしまうので使えません。

 
 何の前触れもなしにいきなりモリガンが登場する(受け手は彼女の正体を知らないでしょう)。トレイラー最後の砂漠でよろめく人物の姿はおそらく主人公(後の「インクイジター」)である。
 
 そうだと考えると、なんらかの理由で砂漠(荒野/フェイド?)に置き去りにされ、意識朦朧としている主人公に(無意識/夢/フェイドの中で?)モリガンが語りかける内容ってのがこのトレイラーのコンセプトでしょう。
 いわば「予言者」(預言者ではない)からの「啓示」ですね。
 途中までDAIの物語は、この「予言」をなぞるように進行する。

 
 というのもこんな解釈でもしないと、物語冒頭でそこまで一気に話が進んでしまうってのはドラマツルギー的に貧弱かなと思うからです。チャントリー、テンプラー、シーカーズ、メイジ、サークル、フェイド、ヴェイル、その他各地方の説明などもしないといけない。いきなりヴェイルが裂けましたって、とってもはしょりすぎな感じだし、そうした説明を省くなら旧来のプレイヤーだけではなく新規プレイヤーも取り込むと言っている方針と食い違ってしまう。
 
 また、物語に主人公がしばらく未登場のままだとか、物語の進行からずっと置き去りにされるとか、とってもよろしくないことになるので避けるはずであるし。

(DA2冒頭のヴァリックの「尾鰭のついたホーク伝説」も、続くのはせいぜい数分間でした。しかも主人公操作可能だった。RPGが主人公不在で見せることができるのはあれが最大限でしょう)

 逆にこの推理(解釈)の悲しいところは、(こういう趣向はよくあるので結構陳腐ということを除くと)「生身の」モリガンが本当に作中に登場するかどうか怪しくなるってとこですね。最悪、夢の中に出てきて終わり?
 
 ま、きっと生身で登場させんでしょうけどね? ネット上でのファンの暴動を避けたいってわけではないでしょうけど。

 他に答えられていない問いで大きいものは、「ダークスポーンどこ行った?」問題。
 メインテーマはメイジ・テンプラー抗争から、ヴェイルの亀裂とフェイドからの侵食の謎に移っていく。インクイジション復活の直接の理由は、フリン氏によればこのヴェイルの亀裂が生み出された原因を探ること。 

 マイク・レイドロウ氏(リード・デザイナー)が「DA2の次作のプロットは世界を自壊から救うこと」("saving the world from itself")と言っていたことともしっくりくる。

 宗教戦争でセダス大陸は滅びません。そんなの過去にもしょっちゅう起きている。テヴィンターなんて何度も戦争している。リアル地球上でも何度も起きている。
 でも、ヴェイルが裂けてフェイドとこの世(リアル)が融合してしまう。境界がなくなってしまう。「この世」の終わり、自壊ってならこっちですよね。

 主たる敵役はディーモン軍団。インクイジターの敵にはふさわしいが、ウォーデン出番ないじゃん、となりますね。

 個人的にはグレイ・ウォーデンとダークスポーンの戦いがDAIからまったくオミットされても問題ないですし、DA2くらいの控えめな登場のほうが、セダス世界の広がりがぐっと感じられてとっても好き。世の中の出来事をすべて主人公が把握しているなんて子供っぽくて嘘くさい。メイジ・テンプラー抗争、フェイドの侵食でセダス中が大騒ぎだとしても、グレイ・ウォーデンには全く違う任務があるわけですから。

 とはいえ、ダークスポーンは年中無休なのでウォーデンともども作中必ず登場するでしょう。ディープロードにだってディーモンは巣食っているし(DA2ハンガー・ディーモン)、宗教対立とは無関係のウォーデン組織も政治抗争と完全に無縁ではいられない。ブライトから守るべきセダス世界がなくなるのを手をこまねいて見てはいないでしょう。

 あと重大なのは「フレメスどこ行った?」問題ですね・・・。

 これは材料がまったくないので予想は無理。逆にぜひ、あっという正体でも見せて驚かせてほしいですけどね。

2013年6月12日 (水)

ほんとに冬眠すべきか

 だいぶ前の時代には、なにかってとレゾンデートル(raison d'être、reason of existence、存在理由・存在価値)ってのを口にしたがる人たちが大勢いた。いやロックバンドの歌じゃなく。あんまし存在価値のなさそうな人に限って口にしていた。
 
 DAI(Dragon Age Inquisition)のリリースが2014年秋になっちゃったので、ここのブログのレゾンデートルが問われているとかなんとか、そういうふうに使う(いいえ、そんなしょうもないことにはふつう使わない)。

 DAOだって(マルチプラットフォーム対応を理由に)リリース時期は当初予定からだいぶ伸びたのだが、そもそもこのブログシリーズをはじめたのはDAOがリリースされる直前だから関係なかったのだ。今回もまたマルチプラットフォーム対応のためリリース時期が伸びたのだろうが、DAOと違って(PC/Macを除くと)PS3/4、X360/Oneと新旧世代四重マルチ対応のため、いやいや、それぞれのマルチプレイ対応も含めると八重マルチ対応のためになるのか。

 まだ自分の士気阻喪状態が完全に回復していないので、E3で発表された他のタイトルに(FFXV以外は)気が回っていないが、DAIのようにPS3/4、X360/Oneというマルチ・クロスジェネレーション・プラットフォームでリリースする作品ってあるのでしょうか。それぞれの新世代機に後方互換がないこともあって、そんなにあるはずがないですけど。

 BioWareの行動パターンからみて、しばらくの間は「おためごかし」にちょこちょこっと当たり障りのない素材を出してきて、あとレイドロウ氏あたりがよせばいいのに余計なことを喋ってしまったりしつつ、すぐ長いダンマリ期間に戻ると思われる。
 来年のE3で詳細が明らかになるとしてもこれから一年先。ネタ切れ期間が一年近く続く。

 今気が付いたが「御為(おため)ごかし」ってのは、まさにBioWareのためにあるような日本語ですね。

 存在意義がないとかいう前に、お前やり残している紙芝居まだあるだろう、というのもごもっとも。耳が痛い。
 老後の愉しみを作るためやっているのに、作業が老後になっちゃいけないのですが。それはいずれ最後までやる前提。

「よし、DAO、Awakening、DA2、あともろもろのDLCを引っ張り出してきて、通しで回すぞ!」

 そんな元気があって、それに意味を見出しているならとっくにやってますっ!
 
 お気づきのように元の素材がないと、ろくな記事にならないこのブログ。
 コミック、小説の訳は自分の縛りでご法度にしている。
 World of Thedasの面白そうなところをつまみ食いでやる?
 書いてあるのは既知の事柄がほとんど。しかも驚くほど文章量が少ないのだ。

 
 ときたま気になるJRPGをプレイして感想書くったって、(すでに幾つかやっているように)たかが知れているし。

 洋ものRPGで射程内に何があるのかというと、新生"Might & Magic X: Legacy"が2013年9月(PC版)リリースという話がありましたが、他の目ぼしいタイトルはまだまだ先の話でしょう。つうか"The Witcher 3"も何もかも、軒並みXOneかPS4向けの開発工程だよ!

 
 Obsidianの"Project Eternity"(例のKickstarter project)は、PC/Mac版のみなのでコンソール戦争の影響を受けないが、納期遅れの悪名高いObsidianだけに予定通り2014年春に来るとも思えない。追加コンテンツに出費したお金の配分方法についてだって、いまだに何にも言ってこない。この人たちは相変わらずだ。

 期待のPCゲーム60連発ってのをみたけど、引っかかったのは(他にここで触れていないもので)たったふたつ・・・。

 The Witcher シリーズのCD Projektが開発中の"Cyberpunk 2077"。2014年にも間に合いそうにない。

 "Project Eternity"を上回るKickstarter 資金を集めた"Torment: Tides of Numenera"は、"Planescape: Torment"のスピリチャル・サクセッサーとの呼び声高いのだそうだが、PC/Mac向け2015年予定。

 なーんだ、DAIって、どっちかってと早く来る方じゃん。

 IGNでBioWare Edmonton/Montreal のStudio General Manager、アーリン・フリン(Aaryn Flynn)氏の下のコメントを見つけたが、今翻訳する元気がない。気が向いたら明日にでも。

http://www.ign.com/articles/2013/06/12/e3-2013-dragon-age-3-inquisition-and-the-next-generation

掴みどころのない奴

 DAIのリリース延期で士気阻喪状態が続いているため、現実逃避します。

 真・女神転生IV。ようやっとロウ・ルート終了。
 まあね・・・。

 「天使」の解釈が、どうもね。
一般的な「天使」ということじゃなくて、単に「秩序」って考えればいいんだろうかねー。

ここに登場する「天使」を名乗る連中は、DnDワールドに登場する秩序の担い手、「イネヴィタブル」(Inevitable)という名のゴーレム(コンストラクト)をもろに連想させます。
イネヴィタブルは、この宇宙の理(ことわり、摂理:natural laws of the universe、公理:axiom)に反するような事態を監視し、それらを強制的に実力排除することだけを目的に存在している。一体や二体撃退したところで、たかがゴーレムですからそれこそ無限に生まれ、何度でも襲ってくる。

DnDは多神教世界の設定であり、真・女神転生IVが仄めかすような絶対神の存在を前提とした世界(全ルート見ていない私にまだ確証はない)とは違う。DnD宇宙の公理は、公理それ自体がシステムを維持しているという意味合いであり、イネヴィタブルはシステムが勝手に生み出す秩序維持装置。そこがイデオロギーを語るメガテンの「天使」たちとは違う。

 とても三周(もしくは四周?)する気合いがあるとは自分でも思えないのに、二周目やっぱりカオスを目指してしまっていた。
 
 カオスのほうも「悪魔」というより単に「混沌」(宇宙創造直後の原初状態:state of primordial matter、無秩序:anarch、アナーキーのアナーク)を言っているようだ。
Chaosは実はCosmos(一般に「宇宙」だが「秩序」、Orderの意味もある)と対になっている。

真・女神転生IVで気になるのは、「混沌」の生存原理に「力」という意味を持ち込んでいるらしいこと。例えば途中で滅亡の危機に瀕している妖精たちが登場する場面があるが、「秩序」の支配下で妖精たちが生存できないのはともかく、力が支配する「混沌」の天下でか弱き連中にチャンスがあるかというと実はそれも怪しい。
(ところで個人的にイチオシだったノゾミちゃんが、あんなことになっちゃうなんて。あまりに唐突で説明不足で、自分のプレイスルーで何か見落としているのかと思ったけど、少しショックな展開であった。これも含め、ミッション・クエストには面白そうなネタが結構あるから、もうちょい丁寧にやってくれてもよかったかな)

 言ってしまえば、このゲームの「秩序」は「世界」から与えられた原理を意味していて、「利他」に見えるけど実際「利己」でもあり、「混沌」は「個人(個体)」が持つ力を尊重する原理で「利己」に見えるけど「利他」でもある。

 秩序と混沌の戦いだと結局こうなっちゃうんだよなあ、と物足りなさがある。はじめてこのシリーズ(こういう概念)に触れる人には新鮮かもしれないけど、ロウ・ルートをやると、カオス・ルートで何が起きるか粗方わかってしまうのも辛い。

 「秩序にして中立」と、「混沌にして中立」のどっちかを選べと言われてきたわけですが、どちらも選ばないのが本当は正しい道ってことがわかっていたんですよね。どちらにも「善」という要素が含まれていないはずだから。ヴィデオ・ゲームなんだから「善」ルートが「正典」でしょう、たぶん。
「中立」が「中庸」を示していて、中庸こそ「善」なんでしょ、たぶん。
 そして、忘れ去っていたキャラクターたちも(身分紹介保留中のキャラクターたちも)軒並みそこに登場すんでしょ、たぶん。
 ニュートラルが「中立にして善」かな。
 わかってるなら最初からニュートラル目指せって感じだよね・・・。
 
 気が付いたのが二周目の池袋か御苑のあたりでした。まだなんとかなるかもしれないので、「掴みどころのない奴」(だっけ?)に方針変更中。今までだいぶへヴィーにケイオティックな選択肢を選んできちゃってるからどうなることやら。

 「動け、私のからだ・・」を二回続けて見たくねえってのもあるしねえ。

2013年6月11日 (火)

【DAI】EAの公式サイト

 はーい、DAIの公式サイト、ここでーす。Originのアカウントは特に必要ないよー、ってめぼしいものはEAのE3トレイラーしかないけどねー。

 一年以上も先の話なんで、気乗りしねえこと、しねえこと。

 http://www.dragonage.com/

 えー、ドイツ語、フランス語など堪能な方は、こちらに多国語版ありますよ、ってナレーションは英語だけどね。 

 ここのサイトにメールを登録すると、一応アップデート情報を教えてくれるつもりらしいよ。EAのことだから、アップデートなんて全然なくて、ここもこのままずっと放置だろうな。 

 なんかまた、リリースまでの一年、しょーもないWebゲーとかスマホゲーとかやらされんのかなあ・・・。小ばかにしつつ、ゲーム内アイテムのアンロックとかにつられてやるんだろうなあ。

 

【DAI】Morrigan the Seer?

 2014年秋なんて、明日をも知れない私たちレミ(略・・・。

 何書いても、愚痴になりそうだ。

(XOneには後方互換がないのに新しい方で出しちゃってX360ユーザーどうすんだろと思っていたら、新旧全部のヴァージョンを出すの? むーん、ほんとだとして賢い手なのかそれ?)

 とにかく、トレイラーにはヴァリック、カッサンドラ、そしてモリガン、さらにはクナリの新コンパニオン候補(なんとかブル)が登場しているのは間違いなかった。

 スマホのYouTube画像ではカッサンドラがまるで別人のようで、よくわからんかったけど、大画面で観ても・・・。さらにモリガンのニヒルぽい造形は賛否両論?
 
 DAOの遺灰探しトレイラーや、DA2のホーク対アリショクのトレイラーは外部に委託していたものだけど、今回のキャラクター・モデルは"Actual Game Footage"とあるので、そのままゲーム内で使うもののようだ。

 過去Greywarden.com(すでに閉鎖されたようだ)のアイデアに乗っかってやった、DAI(正式名称から「3」が外れたので、今後はDA3をDAIと表記します)に登場するんじゃないかキャラクターのリスト。

 http://vanitie3.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/da3-0a36.html

 詳細は上のリンクの記事にあるので、主要コンパニオンなどに絞ることにする。
 このキャラクターたちはゲーム作中で明確に死ぬ場面が「ない」サヴァイヴァーたち。
 (レリアナ・チートデス問題ってのはあるけど、死んだのはチャイになったみたい)

 ・モリガン
 ・レリアナ
 ・犬

 DAOは、たったこれだけ。残念ながらアリスターには殉死ケースがあって含まれない。主人公ウォーデンも同じ。

 
 DAIIは逆で、アンダース・メリル・フェンリス以外のコンパニオンは常に生存しているそうだ。イザベラは(フェンリス同様)丸ごと無視できてしまうオプション・コンパニオン。
 ・ヴァリック
 ・アヴェリン
 (オプションキャラではイザベラ)
 (DLCキャラでセバスチャンとタリス)
 (コンパニオン以外でカッサンドラ)

 
 このうちモリガン、ヴァリック、カッサンドラについて(コンパニオンかどうかはともかく)DAI再登場が確定したみたいだ。

 レリアナ、アヴェリン含む他のDA2キャラも顔出しの可能性は高そうだし、アリスター、アンダースはセーヴファイル(ない場合デフォルト設定)の中身によって出たり出なかったりかな。

(あ、2014年秋までにはPCがお陀仏になりそうだから、過去のセーヴファイルが吹き飛ばないようにちゃんとクラウドかどっかに保全しておかなくちゃな)

 
 NPCでは、フレメス、ボウダン・サンダル、それから開発者はカレン再登場にも言及している。
 フェラルデン王が欠けるケースのプレイスホルダーとしてティーガン、フェラルデン・ウォーデンではストラウドか。
 
 こんなとこっすかねえ・・・。気合が入らないこと著しいなあ。

**********

 先に訳してみたトレイラーのナレーションですが、声優さんはモリガンの人(クラウディア・ブラック)で間違いなかった。自宅で観直したら最後モリガンが喋ってんだもんね。 逆にそうじゃなくちゃおかしいんですよね、と考えていた。

(昼はスマホでこそこそ観て聴いていたので、以下は語り手がモリガンと決めつけずに書いています)

 トレイラー冒頭のセリフはこうです。

“I've seen more of this war than you can imagine.”

 
 語り手は、この戦の趨勢について、「もうずっーーーと長いこと、あるいはとっくに(現在完了形!)、深く色々なことを見て、知っている」んですよね。

(最後の問いかけで話題はこれから先の出来事とわかるし、それを除いて以後ずっと現在形だから、ふつうに戦を回顧しているのではない)

 そんなことが言えるキャラクターってモリガン以外に誰でしょう。

 辛うじてフレメスが漠然と知っているくらいか。でもこの語り手は(まだ起きていない/すでに起きてしまった/決して避けられない/多くの可能性の一つに過ぎない)出来事について確信を持って語るのです。そこまでの自信はフレメスにはなかった。

 
 モリガンが”Witch Hunt”のラストで、あのエルーヴィアンという装置でいつの時代のどこに飛んで行ったのかわかりませんが、逆にいえば、(いつどこかわからない/いつどこでもありうる)今こことは違う時空にいたことがないと上のようなことは言えない。

 
 “see”は「知る」という意味に近いでしょう。いわばモリガンは”Seer”の地位を得た。
 “Seer”とは予見者、予言者をいいます。そういう類の者は、すでに起きてしまった出来事として未来を語るのでしょう。

 「私たちのもろい同盟」(”Our fragile alliances”)というセリフは、上の行(”Faith lies in ashes.”)が「地に堕ち灰にまみれた信仰」についての記述ですから、この対になる行はメジャイのアライアンスを指すと考えるべきでしょうか。モリガンが語り手ならそれしかありえないかと思ったが、映像では誰と誰との同盟かよくわかんない。クナリがメジャイの盟友になるって話は、ないよなあ。

 テンプラー側の信仰が灰燼にまみれ、メジャイ側の同盟が塵埃に帰していく。どちらも事態の展開を自陣営に有利にひきつけることができず、「世界はもはや手が付けられないくらいバラバラに拡散していく」(”As this world is torn asunder...”)クナリとかテヴィンターとかまで参戦してきてしっちゃかめっちゃかになるということなのか。

 カッサンドラが指揮して攻め入る城塞は、グレイ・ウォーデンのものではないかという説があるが、それが本当ならまさにしっちゃかめっちゃかですが。ちょっと眉唾。

 戦いの混沌が増すことに呼応するように「闇」が襲い来る。(”Darkness closes in.”)

 戦乱で流された血とまき散らされた恐怖によって、そこら辺のヴェイルが裂けてしまいましたか?

 
 最後のセリフはモリガンの口から問いかけられる。「その闇と戦うのか、それとも世界の終りを座視するのか」(”Will you  stand against it…”)。

 モリガンが「闇」と敵対するのかどうかはわからないが、それに与する立場ではないこともわかる。

 まあ、こう解釈したって、なーんにもわかっていないことに変わりはないんですけどね。大画面で見つつ、さらに考察を重ねることにしよう。だって、答えわかるのどうせ来年だしぃ。

【DAI】EA Trailer "The Fires Above"

 DAIは、どうやら2014年秋リリースが確定したようです。あーぁ・・・。

 ということでイタリアンに謝らないといけない。ガセでもなんでもなく、プラットフォームはXOneなど次世代機のようだ。

 スマホで閲覧しているので、果たして登場人物が過去作のあの人たちなのかどうか確証がありませんが・・・。

  すまん、絶望時の士気チェックに失敗しそうだ。

 2014年秋では、射程距離が長すぎて今あんまり真面目に考えたくない心境です。

 仕方ないからトレイラーのセリフでも訳しておこう。
 ナレーションの声優はモリガンさんの声の人かな? なんかそう聞こえるんだけど、ま誰でもいいかあ(やる気ないんかい)。

 GameSpotのリンクは下。

http://www.gamespot.com/e3/dragon-age-inquisition-e3-2013-ea-press-conference-trailer-6409635/

*****

 あなたが考えもつかないほど深く 私はこの戦について知っている

 降り注ぐ業火から無事である者など誰もいない

 信仰は灰燼の中に横たわる

 私たちのもろい同盟は塵埃へと砕け散る

 この世界がばらばらに引き裂かれるにつれ

 闇が迫りくる

 あなたはそれに立ち向かうのか

 それともこの世界の終わりをなすがまま見守るのか

  I've seen more of this war than you can imagine.

  None shall be untouched by the fires above.

  Faith lies in ashes.

  Our fragile alliances crumble to dust.

  As this world is torn asunder,

  Darkness closes in.

  Will you stand against it,

  Or leave this world to its bitter end?

 *スマホ+イヤホン(Bluetooth!)でこっそり聴いていたので一部聴き取れなかった部分修正。

 画像も含め、中身の解釈はのちほど、つか別に来年まで放置でもいいかもね!

 (さらに一部修正。  "As this world is torn asunder,"の部分、"the war"じゃないですね。)

2013年6月 8日 (土)

お陀仏になるその日まで

 DAのサイトちゃうんかい、と読者諸氏から愛想を尽かされて数か月経過していることでしょう。

 ネタがないんすよ。もうじきE3がはじまるっちゅうに何やってんだろ。

 しょうがないから、ゲイダーさん原作のDAコミック、”Until We Sleep”のネタでも。
 
 “The Silent Grove”、”Those Who Speak”と続いてきた、アリスター、ヴァリック、イザベラの同行記。 “Until We Sleep”で三部作は結末をみた。

 表題をざっくり訳すると、それぞれ「沈黙の森」、「教えを伝えし者ら」、「とわの眠りに落ちるまで」ですかね。
(本当に売る気ならこれらは全部ボツで、きっと「血脈の呪縛」、「海賊の忌名」、「夢幻の誓約」とかなんとかやるのかな。これらもだいぶ陳腐だけど)

 舞台は、アンティーヴァ、テヴィンター、セヘロンと移り、再びテヴィンターに戻って、それからフェイド。

 DAI(Dragon Age: Inquisition)との関係で言うと、これらの土地(セダス大陸の北部、北東部にあたる)はDAIに登場しない予定だから選ばれたのだと私は考えている。
 「できるだけ色々な土地を見せたい」という、原作者ゲイダーさんのサーヴィス精神の発露ではないかというもの。ページ数が厳密に決まっているアメコミじゃ、サーヴィスにも限界ありますけどね。

 DAIの舞台は、オーレイ、ネヴァラ、フェラルデンあたりではないかと考えられている。
(コミックに登場するテヴィンターは北部沿岸部だが、帝国の版図は広いのでネヴァラと接する南部はもしかしたらDAIに登場するかもしれないが)

 
 コミックの内容のネタバレは避けますが、まー、何でもいいから、どうしてもDAワールドに浸りたいという方なら読んでみてください。
 (下に一部出ているように、そんなに面倒な英語ではありません)

 
 “Until We Sleep”は「眠りこけるまで」ちゃうんかい。
 以前、デヴィッド・ギルモア(ex.ピンクフロイド)の同名曲の歌詞を紹介しました。

http://vanitie4.cocolog-nifty.com/rain_dancing_vanity_13/2013/01/biowa.html

 こっちは確かに「眠りこけるまで」かなと思ったのですが、含意としては「死ぬまでずっと」でもいいんだよね。

 DAコミックの表題の意味はハッキリしています。
 珍しく、コミックのセリフを一部だけ紹介します(セリフがメチャクチャ分岐するようなRPGゲームと違って、コミックのセリフ全部の訳を公の場でやったらさすがにヤバかろうと思っているのでそれは勘弁)

 ネタバレを避けるため、唐突に途中からはじまります。”Until We Sleep”の語り手はヴァリック。彼の一人称です。

*****Uws_4

 のちにイザベラから、アリスターのあの決断は正しかったと思うかどうか尋ねられた。それを知る術などあるはずもない、と俺は答えた。

 俺たちは皆、自らの人生丸ごとすべて、何も知らないまま生きていく。悩みながら。手探りで。

 とわの眠りに落ちるまで。

“Isabela asked me later if I thought he did the right thing. I told her there’s no way to know.”

“We all go through our entire lives not knowing.  Wondering.  Trying.”

“Until we sleep.”

*****

 (おまけというか蛇足)

 どうしてこのエンディングのセリフにひっかかったかというと、別段語っていることにことさら感動したからではない。悪口を言えば、こういう表現はよく出くわします。

 ちょうど最近、真木悠介氏の「気流の鳴る音」を読み返していて、それとのつながりを感じたのが理由である。
 (真木悠介氏は「時間の比較社会学」をちょこっと紹介したことがある見田宗介氏と同一人物、社会学者。大澤真幸氏の師でもある)。

 先日その本をひととおり読み直していて、それから上の記事を書いた。
 にもかからわず、最初アップしようとしていた訳は、いきなりこうやらかしていた。

“We all go through our entire lives not knowing. Wondering. Trying.”

俺たちは皆、自らの人生を、その端から端まで、何も知らないまま、悩みながら、手探りで生きていく。

 カンマとピリオドをごっちゃにしたとか(事実ですが)、そういうところはどうでもいいと考えています。だってアメコミのセリフは全部大文字だし、スマホで読んでいるから画面ちっちゃいんだもん。それに逐語訳ばかりが正しくて優れているわけじゃない。

 問題は”entire lives”の部分、「(人生の)端から端まで」という発想について、「それじゃダメじゃん」ということを読んでいたにも関わらず、現にやらかしていたこと。

 上述の真木氏の本にそっくりな部分が出てくる。
 本の主題は、ペルー生まれのアメリカ人文化人類学者(カルロス・カスタネダ)が、自分の学生時代に知り合ったメキシコ北部に住むインディオ呪術師たちとの長きにわたる交流を記した著名な書籍(ドンファン・シリーズ)をもとにした、人生、生き方、「心のある道」についての考察ですが、元となっている書籍自体こんなところで要約できるような代物じゃないんで、ご興味があればお読みください。

 余談であるが、このドンファン・シリーズ(が描こうとしている非西欧文明的な生き方)は、70年代の発表当時、ビートニク世代(60年代)の東洋思想への関心なども背景として、カウンターカルチャー全般、スピリチュアリズム、ニューエイジ方面に多大な影響を与えたそうである。って、ここにはなんだか最近ブログに出てきた単語ばかり並んでいる(「アースダイバー」の中沢新一氏も当然絡んでくる)。よって、メガテンの話にも随分引きずられているのかもしれない。

 
 引用は関連する部分だけにします。

 (元々はスペイン語であるが)英訳では”to traverse its full length”という部分について。もちろん歩む(traverseする)のは人生、人の一生、「心のある道」です。

 真木氏はこう言います。この部分、邦訳では「その端までたどりつくのが」ただひとつの価値ある証し・・・、となっているが、本当のニュアンスは「その道のりのすべてを歩みつくす」であり、このふたつは「心のある道」という思想から見れば全く正反対のことを指していることになる。そして熟練の翻訳者でさえ(うっかり?)「終端」を持ち出した点で、われわれ西洋文明に染まった者たちの「世界」がいかに貧しいかを表している、のだそうである。

 真木氏は、上のふたつのニュアンスの違いについて、松尾芭蕉が松島を目指して奥の細道に旅立ちながら、四十余日を経て到着した松島では一句も読まずに、翌日には石巻に向け出発したことを例として挙げている。芭蕉にとって松島は旅の「終端」でも「目的地」でもなかった。芭蕉の旅の意味は、奥の細道それ自体、旅自体に内在していた。

 それを読んでいながら、私は上のようにやらかしたわけで、ガッカリ度はかなりでかい。つまり、自分も西洋文明にそこまでどっぷり染まりきってるということについて、ガッカリしたわけなのですが。

 言い訳するなら、西欧文明に染まっているはずのゲイダーさんだって”go through”とやってるわけだから、発想は私と変わりないし、そこの部分に引きずられて最初の訳を思いついたということもある。
 さらに言えば(ゲイダーさんも、西洋文明に染まった私たちも)「物事を知り、悩み迷わず、(試行錯誤のいらない)確信に満ちた人生」がポジティヴなものだという前提にたっている。

 私の書き直したものが果たして良い訳かどうか知らないですが、やらかした間違いには気が付きました、と言いたいだけであったのかもしれない。

2013年6月 5日 (水)

死んでくれる?

 真・女神転生IV、60時間。レヴェル70越えあたり。物語はそろそろ佳境にはいってきたらしい。市ヶ谷訪問が三回目のところかな。今週末くらいには一回クリアしたいです。

 PC版のゲームの場合は正座してプレイするからありえないのですが、3DSやVitaなどハンドヘルド機はごろごろしながらプレイするので、よくうとうとしてしまう。
 
 今回のメガテンも大事なところでよく寝落ちしてだいぶ巻き戻した。重要な展開のところでとりあえずセーヴさせてくれないつくりなんですよ。うっかり忘れてしまうのだ。大事なバトルやストーリー・シーンを二回づつ体験できるというのも嬉しいような悲しいような。

 あちらのゲームサイトで英語版のトレイラーなどが閲覧できますが、吹き替えがめちゃくちゃ恰好いい。日本語版も人気声優さんを山ほど使っているからハイレヴェルには違いないのだろうけど、こういうテーマの作品はなぜか英語がしっくりくる。「サムライ」の発音が微妙に違うことにちょっと笑っちゃうのはともかく。

 ところでバロウズの英語表記は、やっぱりBurroughs。ウィリアム・バロウズを参照しているようだ。まさか「裸のランチ」などの(斬新かつ難解・意味不明な)ビートニクの代表作群をリファーしているはずはないと思うので、「映画ブレードランナー」という小説からの連想でしょうか。

 バロウズのその小説はリドリー・スコットの映画「ブレードランナー」(Blade Runner)の題名に用いられたことで有名ですが、映画が借用したのは題名だけ(権料も支払っている)で内容はまるで違う。ご承知のとおり映画はディックのサイファイ作品「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」(Do androids dream of electric sheep?)に基づいている。

 小説「ブレードランナー」(The Bladerunner)自体は別のサイファイ作家の作品の題名で、荒廃した未来社会で医薬品を横流しする密売人たちのことをブレードランナーと呼んでいる。同作に共鳴したバロウズが同じ着想を用いて「映画ブレードランナー」(Blade Runner(a movie))という小説を執筆する。そしてリドリー・スコットたち映画製作者がその題名(だけ)を気に入る(とってもややこしい)。リドリー・スコットの映画が評判となってから、ディックの友人にしてその再来と評判だったサイファイ作家ジーターが続編小説群を執筆していて邦訳もあるが、そちらは残念ながら映画化という話にはなっていない。

 私自身、小説「ブレードランナー」も「映画ブレードランナー」も読んでいないので何とも言えないが、無理やりこじつければメガテンの世界観に合致しているといえなくもありません。つうか、それ以外の含意があるのだったら、ちょっと私には手に負えない。

 途中までプレイしてみて、東京周遊が「はとバス」化している感がぬぐえず、例えば「アースダイバー」が試みたような解釈、世界観の面でいまひとつ物足りないと書いていました。

 確かに(シリーズ過去作やスピンオフ作品に比べると)そういう面はあまり表面化していないが、よくよく考えたらこのゲームの全体像が同書の力説している「地下世界」と「地上世界」の話に通じているみたいだ。地下(低湿地帯)が「穢れ人」、その時折々で虐げられた人々の隠れ棲む場所であったという一点においてですが。

 むしろ今では、「メガテン」シリーズの中における「歴史」観を堪能するほうが良いのではないか、こんな考えになってきています。と言うほど過去作を覚えていないし、物語の連続性も欠いているはずなんだけど。

 シリーズ正統作品にどれまで含めるのが一般的かよくわかりませんが、2003年発売の「真・女神転生III」を直近作とすると、それ以降に生まれたランドマークなどで著名なものは六本木ヒルズ(2003)、ミッドタウン(2007)、それからスカイツリー(2012)。ここら辺は気が付きました。いずれもプロット上それなりに重要なポジションを占めているのも当然でしょう。

 六本木ヒルズ含むロッポンギは前作には登場しなかったようです。また六本木(檜町駐屯地)跡地をミッドタウンに譲った防衛庁(当時)本庁は市ヶ谷駐屯地に2000年に移転。その市ヶ谷駐屯地は「真・女神転生」(1992年)に合衆国大使館(地名表記は赤坂ですが六本木扱い)とセットで登場していたはず。

 一方で東京タワー、(スガモ・プリズンこそ登場しないものの)サンシャインビル、都庁、御苑などなど、レガシーなランドマークもひととおり登場する。「はとバス」感満載と感じたのはそうした拠点数の多さからくるものだったようです。フィールドの地名表示は確かに細かい。

 残念ながら物語のプロット自体は、当初予想どおりの展開と非常に近く「あー、やっぱりかあ」って感じが否めませんが、20年も続いたシリーズ作品の最新作としてプレイする人の方が少ないのかもしれませんから、あまり奇をてらわずに、ひととおりオーソドックスなお話にしたほうがいいんでしょうね。
(最後のどんでん返しを期待しつつも、この調子だと、おそらくないんだろうなあと諦めモード)

 「はとバス」観光客向けが言い過ぎだとしても、だいぶアク抜きしちゃった東京八景。
東京自体の霊力が損なわれてきてるのかとも思ったが(この20年で怪しげな部分が減ったのか?)、むしろこの都市に対する情報が作り手や受け手サイドの隅々まで行きわたっちゃった結果なのかな。タウン情報やグルメ情報のカタログ化。雑誌「ぴあ」の興亡なんか関係あるか。

 かくいう私もgoogle mapを参照しつつこの記事書いているので、思いっきりそういう影響下にあるはず。光があまりに強すぎると、影も消えるんですよね。

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 以下、よくありがちなゲームプレイに対する感想。

 プレイ自体随分フレンドリーになっていますね。開始当初の拷問に近かった難しさも鳴りを潜め、経験値、マッカ、APなど各種ボーナスをいただける有料DLCに頼らずとも(それぞれ一回覗いてみただけです)そこそこ手なりで進めるようになってしまった。敵の弱点狙い(味方弱点防止)で一気にオール・アウト・バトルにもっていけることが原因のひとつ。バトル自体が詰将棋感漂うと思っていたら、あろうことかそのまんま「詰将棋」のクエストまで用意されている。アイデアこそ面白いけど、詰将棋である以上楽しめるのは一回こっきりなんだよね。

 また悪魔合体の作業がとても自由になっていることも大きいのでしょう。私のように同じような手口(反射狙いスキル構成)ばかり追求していると、(主人公の持つ同じスキルのボーナスがあっという間に溜まって天井を打つ一方で)どこかで手痛いしっぺ返しがくるのかもしれませんが、その都度必要スキルをもった連中を辞典から呼び出しちゃえばいいわけだし。

 本来その悪魔のシンボルともいえるスキル、「持ってなくちゃおかしいよな」というものまで平気で削除できちゃうんで(例外あり)、悪魔の名前とスキルセットの間の連関性をまったく欠いてしまうこともできる。どう見ても炎の悪魔(一般に氷が弱点)なのに氷系特化も可能。それってどうかなあとは思いつつ、楽ちんなほうに流れていく私。

 初出の悪魔を勧誘するとき、いまだに相手側の屁理屈まみれの会話にはむかっとしますが、主人公が勧誘系スキルをひととおり身に着けちゃうと、実は勧誘を繰り返すことでそれなりに儲かっていくことになってしまうんですね。これはやりすぎじゃない? おかげで魔石はいつも上限値で、マッカは勝手に増えていく。

 傍目からは、お前は見た目「美女系」の悪魔ばかり揃えている!という批判があるかもしれないし、それはそれで事実だが、大きなお世話である。悪魔固有のHP・MPや弱点系ですらなんとか補強可能なので、ブサイクな悪魔を泣く泣く雇用し続けなくても済んじゃうのだ。とはいえ、いくらかわいいから、お気に入りだからといっていつかレヴェルについていけなくなる子(「子」って言うな)をいつまでも抱えているわけにもいかず、合体に送り出すときはしんみりした気持ちになってしまう。

 そして表題のスキルがやっぱり継承できないことを確認して一気に後悔の念が。

 今までのシリーズ(スピンオフ)作品で悩まされた「マッカが足りない」問題もこれまでのところ表面化しない。銀座は、あれは実はボーナス・エリアですかね。やろうと思えば初期投資はすぐ回収できるでしょう。

 メガテンのイメージからはだいぶ「温く」なっているのですが、マゾプレイが好きなわけではないし、いまどきはこんな感じでいいのかもしれない。
 
 ハンドヘルド機で移動中に本当にプレイする人ってどれだけいるか知らないが、網羅的な攻略本(または類まれな暗記力)がないと合体すら手も足も出ないつくりでもない。

 「すれちがい通信」についても大盤振る舞いのようです。「ソウルハッカーズ」のすれちがいが悲しいくらいつまらなかった(ソウル溜まってもそのうち見る気がなくなってしまう)のに対して、お土産てんこ盛りになっている感じ。

 惜しむらくは、言うほど売れていないらしくて、どこぞのDQリメイク(あの「すれちがい」のつまらなさも大問題)みたいに常時溢れるほどにはすれちがわない(笑)。
 プラットフォーム問題、「メガテン」というネーミングからくる敷居の高さとユーザー層の食い違い、が原因なんでしょうかね。

2013年6月 2日 (日)

【DA3】またしても正典論争

 サヴァティカル休暇あがりのゲイダーさんが久々にBSNのフォーラムに参戦。 

 いつまでも繰り返されるDAシリーズのキャノン(canon)についての話題、「正典論争」。

http://social.bioware.com/forum/1/topic/371/index/16769633/1

 OPの素朴な疑問は、DAシリーズこれまでのどのプロットが(噂話ではなく物語の中の現実であって)引き継がれるものなのか、どのキャラクターが生きていて今後も登場するのか、混乱するあまりわからなくなっているというもの。
 特にアンダースは「正典」でも生き残って再登場するのかどうか?
(カジュアルぽいOPだから、コアゲーマー怒らないように)

 以下、ゲイダーさん。

 前作からセーヴ・ファイルを持ち込まないプレイヤーには「デフォルト」設定を与える。
 その内容がBioWareにとって「お気に入りの」あるいは「望ましい」ものであるということではない。一般には、シリーズ過去の物語の帰結に関する予備知識やそれらへの感情移入なしでプレイできる出来事(イヴェント)群のヴァージョンを指す。

 (ある決断によって、プレイヤーがあるキャラクターとこれまで一度も出会う機会がなくなったり、プレイヤーがゲーム内のある物語展開を経験しなかったためにそれに関心を抱く理由がなくなったりする場合もあれば、当該キャラクターが死んでしまったり、当該イヴェントが物語と無関係となるヴァージョンもある。ここでは後者のヴァージョンがデフォルトになる)

 「正典」は、プレイヤーにとって選択の余地がなかったもののみを指す。第五のブライトはフェラルデンの英雄によって打倒されたというのは「正典」である。カークウォールのチャントリー寺院が爆発したことも「正典」である。プレイヤーに選択の余地があった場合には、色々なレヴェルでその選択結果が反応される。異なるセリフ、代理キャラクターの登場、あるいは実際に分岐するプロット。

 私は、すべての選択結果に対してプロットが分岐していないとファンが大騒ぎで糾弾することについて、そしてそのことはファンがゲームの最初の頃になした決断の神聖さを脅かすと主張することについて、これっぽっちも許容するつもりはない。あるいは選択の結果がファンの期待していたものではないという議論、結果が無理にこじつけられた「正典」であるという議論などについてもそうだし、そこでは「正典」という言葉がその定義のいくつかを逸脱して用いられているように思うのだ。

 「プロット」は必ずしも「正典」ではない。プロットがどう進むか決めるのは私たちだ。プレイヤーがなした選択がプロットに影響を与える。DAの小説やコミックなどの派生的な文献(訳:教会公式の「正典」に対して「在俗的な資料」(tertiary materials)という意味)の内容は、プレイヤーがゲーム内で、自分の物語の連続性の中でなしたプレイヤー自身の決断に優先されることはない。

 この説明がややこしいと思うなら、DA3についての情報が開示されるまで待ったほうがいい。パニックを起こす必要なんてない。もっとも、自分が過去になしたありとあらゆる決断が今後おしなべて同じように尊重されることがないのではないか、という不安に苛まれているのなら、是が非でもパニくるべきだ。なぜなら、事実はそのとおりだから。

********** 

 プレイヤーに選択の余地のないものはすなわち「正典」であるとは言ってなくて、次が正しい。というか当たり前の話である。

 あるプロットが「正典」として用いられるための必要条件は、「プレイヤーにプロット上の選択の余地を与えなかった」ことである。

 よって、プレイヤーが処刑の選択をゆだねられたアンダースは、「正典」では生存していないはずである。 

 DA2ラストシーンでホークとその一党は欠けることなくギャロウズを脱出する。そして(ヴァリックの物語が正しいとすれば)少なくともカークウォールから生きて脱出できたところまではハッキリしている。 

 ここまでが「正典」である。これをいじくったらどんな文句を言われても仕方ない。(ヴァリックの話はでっち上げというオチを持ち込んだとして、それも含めて糾弾されてしかるべき)

 では、(DA3のタイムラインはDA2の直後であるとした場合)ホークがその後も生き続けてDA3の物語に再登場する資格があるのかどうか。 

 生死も含め、それは作者側の都合ですよね。 

 どこどこまでは生きていて、どこに向かったらしい、まではプレイヤーが目撃している。その後どうなったか考えるのは(考えずに放置しておくことも含めて)作者側の自由。

 このシリーズのように、レヴェルの違いこそ幅広いものの、プレイヤーに大きな選択の余地を与え続けてしまったものの場合、ゲイダーさんが例示した「ブライド打倒」と「チャントリー爆破」などごく主要なイヴェントを除けば、DA3に引き継がれる「正典」って数えるほどしかないと思います。

 小説、コミック、映画など、物語のオーサーシップ(オーナーシップ)が比較的確立しているメディアでは(存在しないとは言わないが)稀な「正典論争」は、ヴィデオ・ゲームの、特にRPGの世界では例外なくいつも喧(かまびす)しい。インタラクティヴィティ、ノン・リニアリティ、開発者集団による共同作品であることなども原因としてあるのですが、そうした点がオタク的興味、「正典」という言葉にこだわるなら「カルト的興味」をそそることは間違いない。

 継続性はオタクの大好物だから。

 個人的には駆け足で「同窓会」や「思い出ツアー」をやらされるくらいなら、DA3はフレッシュな物語・キャラクターでやっていただいて十分ですけどね。

(まあ、レリアナがもう一回豹変するプロットがあるとうれしいっちゃ、うれしいんだけど・・・)

【DA3】アミーチ、DAIはXOneで発売じゃないぜ?

 すごい久しぶりにDA3(DAI)のネタ。

 まず、DAIがXBox Oneのソフトウェア一覧に載っているというお話。

 IGN。

 http://www.ign.com/articles/2013/05/31/dragon-age-3-listed-for-xbox-one-by-retailer

 GameSpotはIGNの引用(孫引き)。

 http://www.gamespot.com/news/dragon-age-iii-listed-for-xbox-one-on-amazon-6409126

 でもネタの出所がAmazonイタリー。自分たちの国が「世界で最も信頼できない国」と呼ぶイタリアン。しかも他のプラットフォームについての記載なし。

 おふざけか、ただのポカか、理由はともかくガセでしょう。ガセなんだけどタイミング悪すぎて腹が立つ。でもイタリーだからそんなもんだろうと許してしまう。

 元MS社長の成毛氏もブログで書いていたように、「ニューズウィーク日本語版」のヨーロッパ国民性調査結果が面白かった。

 ここでも紹介しようと思ったが、掲載号がどこかいっちゃったので、ネットからパクります。

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 イタリアンの「もっとも信頼できる国」はドイツで「最も信頼できない国」はイタリア。

 その意味の限りで「正直さ」は非常に信頼できる気もするのですが(笑)。

 逆に「自分に極端に甘く、他人に無意味に厳しい」私のような者ですら(だからこそ?)、怒りの念を禁じえないのがギリシャ人(グリーク)の結果。 

 ギリシャ人の「もっとも信頼できる国」はギリシャで「最も信頼できない国」はドイツ。 

 こんなのも救わなきゃならないEUとかユーロって、一体なんなんでしょうね。もちろんヨーロッパ戦争を二度と起こさないための、やむにやまれず編み出された仕組みなのはわかっているのですが。

 最近じゃフランスまで足元がふらついてしまい、貧乏な一族中で唯一財をなした家族(ドイツ人)のところに、金の無心だけのため集まってくるごろつき集団みたいだもの。

 でも、こういうエスニック・ジョーク、おふざけが「アジア」なる呼び名の地域で決して成立しないというところにも苦々しさというか憤慨を感じてしまう。

 まず「アジア」なんつう概念を認めるつもりが私にはないし、ひとまとめにしたいならパシフィック・リムのほうがよっぽど意味がある。 

 仮にそんな(白人の作った)人工的な地域分類で無理やりまとめようとしたって、ギリシャみたいな国民性の国がいくつも幅きかせているだけだからまとまりようがないよ。

 白人優位主義でもヨーロッパ文明至上主義でもなんでもないけど、そこは腹立つね。EU諸国の関係性に嫉妬しますね。

 漫画「ヘタリア」にケチをつけるべきはイタリアンであって、たいして出番のないマイナーな半島国なんかじゃないよ。 

 (私を含めて)エスニックジョークを笑い飛ばせるくらいじゃないと、とても国際的に成熟しているとは言えない。

 そういう意味では、ことさらダメな地方を「アジア」とひとくくりにした白人が正しかったのかもしれない。
(同じように、意味もなくひとくくりにされた「アフリカ」もまた、似たようなひどい目にあっている)

 (ずん飯尾のようにごろごろ寝転がりながら)

 「あーあ、日本だけヨーロッパ大陸のとなりに飛んで行かねえかなあ」

2013年6月 1日 (土)

メガテン・ダイヴァー

 真・女神転生IV。帰宅後にぼちぼち進めているだけなのでそんなに進行していませんが、かつて109があったあたりまでやってきました。

 「渋谷には結界が張ってある」とは私自身の物言いである。そして、いまだかつて賛同を受けたのはたったひとりの知り合いからだけである(笑)。
 かといってオカルト的、諸星大二郎的、「犬夜叉」(注)的、「アースダイバー」的な意味あいはない(と思う)。
 (注)ルーミックワールドの住人のひとり、「諸星あたる」の苗字は(略)。

(もちろん作中では渋谷に限らず、いたるところに結界が張られているが、その話ではまったくない)

 不思議なもので、上京したての頃(言い忘れてましたが、御多分に漏れず「いなかもん」です)はそうでもなかった。

 最近では渋谷界隈こそ根城にしている(いた)人たちと付き合うことが多いので、そんなことを口走ってしまったら、それこそ彼ら彼女らから「人外」(ひとでなし)、それが言い過ぎなら「化外」(いなかもん)と見なされ、そういう扱われ方をする。

 一部そんな私のことを気の毒に思った人たちがシェルパ―代わりを買って出てくれて、結界内部まで遠征(!)することも数次試みてはいて、年齢とともに感性が鈍くなったせいか、今でこそ短い滞空時間ならなんとか耐えられるようにはなった。以前は本当に「結界」を生身で感じていたらしく、立ち入る気すらおきなかった。

 若い頃はもっぱら新宿あたりを根城に生活・遊興していたせいで、真・女神転生IVが舞台にしているあたりでいえば、ふつうの人々が立ち入るのを躊躇しそうな界隈にも、今でもわりと平気で潜る(ダイヴ)することができる(街自体はだいぶ様変わりしてしまった)。

 その街との「親密さ」が足りないから入りずらいのではないかと思われるかもしれないが、例えば池袋なんか正直縁遠かったせいでそれほど馴染みもなければ好きでもないが「結界」を感じることなんて昔も今もない。
 渋谷だけ、ダメなんだよね・・・。

 「平成ガメラ」が109をあっさり吹き飛ばしたときは、なぜか知らないけどやたらと嬉しかった記憶があります。
 
 結界があるからといって別段困らないし、どうしてもそこでなければ手に入らないものなどないので、自分が立ち入れないことを知ってるはずの飲み友達から結界内の酒場に呼び出されて立腹する以外、とくに支障はない。

 原因はなんだろう、「嘘くささ」かなあ。それを「虚飾」?というなら東京でそうじゃない場所なんてあるのだろうか。丸の内のOLだって完璧嘘くさいし、新橋のさらりまんだってさらりまんを演じているだけだし、「嘘くささ」だけで言ったら銀座や六本木のほうがはるかにそうだろう。だがそのいずれも苦にならない。

 真・女神転生IVについて(今までプレイした範囲について)言えば、今回は「はとバス」的遊覧紀行の面が強くなっちゃったかなあという点が少し残念である。舞台の土地に対する、例えば「アースダイバー」的ものの見方が不足しているのが少し不満である(「アースダイバー」で中沢新一氏が主張していることが正しいかどうかは問わない)。

 ここで私が言っているのは、土着の精霊や地霊に関する伝説などがこの土地の人間社会の変化とともに変遷していく様子などのこと。そういうテーマはシリーズ過去作(あるいはスピンオフ作品群)ですでに一通りなぞられているせいで、今回作品では不在なのかもしれない。神社仏閣が登場しなければメガテン(およびスピンオフ作品)ではないし、今回も多数登場するのだが、「はいはい増上寺ですよー、スケジュールおしているので10分間でバスに戻ってくださいねえー」とバスガイドに念を押されて足早に駆け巡っている感じが惜しい。

 また物語やゲームの要請上せっかく橋梁群を落としたのであれば、もうすこし河川についてフォーカスするエピソードがあってもよかったのではないかとも思う(これからの展開であるならいいのだが)。「渡し」の話は確かにちらっとは出てくるが物足りない。なにより東京は(江戸は)大海運都市だったわけでもあるし。

 お前が言っていることは、Fallout やFallout: New Vegasが廃墟となった合衆国を舞台にすでにやっているではないか。
 んー、その話までもっていくとね、ずっと深淵な話題になってしまうのだ。東京と違ってアメリカの土地には残念ながら精霊・地霊は「いない」。いてもそれはネイティヴのものなので「見えない」し、もはやなにも「伝えてこない」。しょうがないからハロウィンのお祭りで自分たちがおばけ(精霊)の仮装をしないといけない。合衆国という土地の霊的薄っぺらさ=根源的空虚の怖さという話題になっちゃうんだよね。

 現にFalloutのシリーズがリファーしている「伝統・過去」とは1950年代あたりの「豊かなアメリカ」という「神話」ですよね。歴史的深みのない(一旦断絶した)文明の精一杯のハッタリなんですよ。アメリカン・スピリチュアリズムのお話などと通じる。もし仮に東京でもスピリチュアリズムの需要が増えているとすれば、それは霊的薄っぺらさが拡大している(住民が精霊・地霊を見えなくなってきている、精霊・地霊も何も伝えてこなくなってきている)ことを意味する。

 オカルトチックな話でもなんでもなく、むしろ社会学的・文化論的テーマなのはおわかりいただけるでしょうか。「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか?」というテーマにも関係する。同名書によれば「だまされなくなった」のは1960年代半ばからだ。

 ともかく、「デヴィル」(悪魔)なんて呼び名(クリスチャニティでは当然オカルト・サタニズム批判を呼ぶ)を抜きにしても、精霊・地霊を(特段の契約もなにもなく)仲間にする(あげく合体させてしまう)ゲームを作るなんて発想は日本人ならではだったんでしょう。むしろ(ざっくりいって)アニミズム・シャーマニズムの世界と親和的で、かつヴィデオゲームなんか作れちゃう人々がたまたま日本人だったというほうが正確ですが。

Photo

 本邦「地図マニア」の壮絶なまでのマニアックさについては「タモリ倶楽部」でたまに話題にしてたりするのを観て、口開けて笑っているだけの私ですが、「アースダイバー」が根拠にしているこの(5~6千年前あたりの)縄文時代の予想再現地図(全体の一部分である)なんか、やっぱメガテン世界と無理やり結びつけたりすると何か面白いことがわかるのではないかと思っちゃうんです。

(中沢新一氏のこの書籍に対する「定型的」な批判は、「なんでも死とエロスに結び付けすぎ」というものでしょうが、「結局なんでも死とエロスに結びつく」と考えることはできるわけだし、日本ではあきあきするほど見かけることができる「(一般に著名な)門外漢に先に面白いことやられちゃった(無名な)専門家たちの嫉妬や怨念にかられた、議論をためにする批判」が多いでしょうね。専門家でもないこっちは知ったこっちゃないわけで)

 私の「結界」の話にこじつけるなら、今の新宿(駅)と渋谷(駅)、あるいは池袋(駅)の位置をこの「アースダイバー」の地図で参照すると、中沢氏のガイドに拠らずとも色々と屁理屈が思い浮かびます。やろうと思えば地図にすら「物語」は見つかるんですね。

 そういえばメガテンの過去作では東京の扱いって実際どうだったっけ、と思って少し調べたら、アトラス作品のメガテンはiOSでもAndroidでもアプリ化されてる・・・。
 いやあ、これは余計なもの見ちゃったなあ。そんなプレイしている暇あるわけないよなあ。しかも真・女神転生の最初の作品群は過去に遊んでいるし。

 3DSかスマホを手にメガテンを遊びながら舞台となった東京を実際に歩き回る(ダイヴする)。メガテン・アースダイバーとか?
 (お前、そんな大変なことゼッタイやるわけないだろう) 
 そりゃそうだ。休日そんな暇あったらあたしゃ自宅で寝そべってプレイして、物語を先まで進めたい。
 でもこのアイデアはわりとふつうに思いつくので、もうとっくに実践してYouTubeにでも映像をアップしている人がいるかもしれない。(それを探すのすら面倒くさい)

 やるなら、ぜひプレイ内容もわかるようにしてほしいよね。歩きながらやってる以上サクサク全滅しちゃって、蘇生のため渡し守カロン(シャロン)にゲームコインをしょっちゅう渡さないといけなくなったりする様子なども。
 3DSの万歩計で歩数を稼げばそのコインも自然に集まるわけじゃん。(ますます自分じゃぜったいやらない)
 

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